エロ率分析 (α)

〜分析結果サンプル〜


 Hong-Kong!!!

 平安ならず、狂乱の巷!

 怪人行き交い狂人嘆き魔人の闊歩す天空街都!

 今や十二国志の第十三国! 麻のごとしに乱しかね!

 Hong-Kong!!!




/




 書置きを残して、家を出る。

 竜双子様に新年のあいさつをして家に帰ってみれば、尻だけ掲げてぶっ倒れてゲロ吐いてたとか、百年の恋も覚めるわ。

 ……出る前に、酒にあんまり強くないくせに、美味い美味いとガバガバ開けていて心配はしていたのだが。

 寝ゲロで死ぬことはたぶんないとは思うが(モノは食ってなかったみたいだし。ツマミは雪で十分とか寝言を抜かしてガバガバ呑むタイプだ)、いくらなんでもそのうちマジで酒の失敗をしかねない。


「年食ってんだから酒の飲み方くらい覚えろよなァ……」


 あと未成年に飲ませに来るのやめろマジで。クソが。明日には二日酔いで涙声で頭撫でとくれとか言うんだろ卑怯すぎるわ。

 これからしばらく酒を飲ませないことにしたい……が、我儘を押しとどめる自信はない。

 一応無様姿の写真撮影はしておいたので、しばらく大丈夫だろうとは思うのだが。あの無残な写真を見れば飲みすぎた自分がどうなるかわかっていただけると思いたい。


「フー……」


 深くため息を吐いて、香港本島に上陸する。

 本日は、元旦である。が、香港は大陸の方の文化圏でもあるので、日本で言う旧正月――春節の方が、"年越し"って言葉に見合うイベントだ。

 イギリス系も多いんで、普段より休みの店が多いかもしれないが、ブラブラ出歩く分には問題もあるまい。

 本島と山をつなぐ鎖も抜けたので、ちょっと加速して、車より多少早い程度に速度を出す。


「張さんあたりは……今日は忙しそうだな……」


 そこまで親しい――と言うか、近しい間柄ではない。

 三が日のうちに挨拶に行けばいいだろう。

 せっかくだし、今日はどてらでもきちんと探すか。

 "九龍背城"みたいなところで探すよりは、街の方で日本店を探した方がよさそうだ。あそこは怪しさに目を瞑ればだいたいなんでもあるのだが、品物が胡散臭すぎる。

 ついでに多少調味料とか少なくなってきているし買い物もしようか。

 日本店と言えば、味噌とか売ってないだろうか。米はこの前見つけたから、日本的朝食を久々にフルセットで食いたい。

 漬物、梅干しまであれば最高なんだが。キュウリの一夜漬けとかも美味いよな。

 食品に関してはやっぱり信用できるところだよなあ、日本ではそのあたり疑ったこともなかったな……と、そこまで考えて、はっ、と気づく。


「……主婦か俺は」


 まあ、未認可異界生物の肉を使った饅頭を製造していた業者の摘発とかやった身だ。多少飯の安全にうるさくもなる。

 たしか初めて紅可欣とアルバイトした日だったな、などと思い出しつつ、木々や地面を蹴る割合が減っていき、屋根を足場にする割合が増えていく。

 徐行して、同じように飛び回るヒキャク(日本の飛脚が語源らしい。人が屋根上などを跳んで運ぶ、バイク便のようなものだ。40年ほど前に日系人が始めた事業らしく、"宅急便"とか"ホチキス"とかみたいに、俗称になってしまっている)とぶつからないようにしつつ、雑多な街並みの上を通り抜ける――と。ばばばばばばば、と、音。

 周囲のヒキャクや、翼を休めていた鳥系獣人が音の方向――空を見上げる。

 いやに派手な配色のヘリだ。逆光になって少しわかりにくいが、紅白に塗装されているように見える。

 ふと嫌な予感がした。


『ハァッピィ――――ッッッ!!! ニュゥウウウウイャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!』


 当たった。


『あけましておめでとおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!! ――あ、私喪中だったな謹賀新ねェエエエエエエエエエエエエエエエエエン!!!!!! 昨年は兄貴をぶっ殺してくれてお世話になりましたぁアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!』


 耳がキンキンとする。軽く耳を塞ぎながら、叫び散らすヘリを見上げる。

 異常に高い男の声だ。


『去年の年末はちょっと原子炉系のお仕事で忙しくてェエエエ!!! クリスマス爆破できませんでしたがァアアアアアアアアア!!! 新年こそはとお祝いに来ましたァアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!』


 ヘリは何か、白いものを横腹の扉からばら撒いている――扉から乗り出す、マイクを持った、ピエロ姿のアホが見えた。

 ――香港に、狂人、怪人、魔人の類は数多いが、その中でも一等クソ野郎の部類。

 狂った道化のクレイジーピエロ、ジェスター・クラウン。トートロジーじゃねえかってアイツがそう名乗ってるんだから仕方ない。

 本拠地は香港――過去、"九龍背城"の半分を爆破し、旧総督府を爆破し、島一つを爆破し、昨年の夏には共同墓地を爆破してバイオハザードを引き起こしたクソ野郎だ。

 最後の一件には師匠も出ており、いや、ひどいことになったもんだ。


『詳しくはァアアアアアアアアアアアアアアア!!! 配布したカードをご覧くださァああああああああああい!!! ヒャッホードライバー君前! 前!!!! 怖いの来てるよぉオオオオオオオオオオオオオ!!!!』


 ヘリが急旋回し、飛来した影――竜、そしてその咢を回避する。

 長い首を持つ西洋系の竜。コウモリの翼を持つトカゲと言った風体――ジェームズさんの竜体だ。

 本気を出すと疲れるらしいので、滅多に変化しないのだが、今回ばっかりは例外か。

 追いすがるように、箒に乗った警官やジェットで空を飛ぶ警官なども飛んでいく。

 全長20メートルを超える竜は旋回し、ヘリから放たれるロケット花火を回避し、口元に炎を溜める。

 ロケット花火に数人の警官が撃ち落とされるが、殺意マシマシの魔法や銃弾が空を引き裂いていく。


『ぎゃぁあああああああああああああああああ――――っ★』


 きたねえ悲鳴と同時、ヘリが火を噴く。

 後部回転翼が折れ飛んだのが見える。

 その場でグルグル回転しだしたヘリに向けて、ジェームズさんが、口内に貯めた火球を撃ち放つ。


『あ、ちょっとマジでそれはヤバイ』


 どこーん、とヘリが爆散する。

 強い風が吹き、ほぼ同時に、ひらり、と、アホがばら撒いていたモノ―― 一辺15センチばかりの正方形のカードが手元に来る。

 嫌な予感しかしないが、ここで逃げてももっとひどいことになるだけであろう。

 どれどれ、と読んでみる。


『君も爆弾を巡ろう! ~香港観光名所爆発アー~』


 爆発、アー?


「……爆破ツアーか!!! クソが!!!」


 べしっとカードを足元に叩きつけて、拾って、続きを読む。


『君も爆弾を巡ろう! ~香港観光名所爆発アー~


 ハーイ! みんなのアイドル、ジェスター・クラウンだよ!!!好きなものはニトログリセリン! 心臓が弱いんだ!!!新年だね! ジェスター・クラウンはもうみんなの中で過去になっちゃったんじゃないかな!? 前回の爆破じゃお兄ちゃんしか消し飛ばせなかったからね! 忘れられるのは寂しいよ! 心臓が止まる!やだ!!!でも忘れられたころに素敵なことをしたら印象的になるんじゃないかな!? 事故は忘れたころにやって来るのさ! ジェスター・クラウンは事故!? そんな!ひどい!まあジェスター・クラウンのことなんかどうでもいいんだ。今は重要なことじゃない。忘れた方がいいよ。忘れて? 無理? ダメ? 仕方ないな、君も寂しがり屋さんなんだね! 狂った道化のクレイジーピエロ、ジェスター・クラウンはいつでも君の傍にいるよ。だから安心して? と言いたいけれど、ジェスター・クラウンは忙しくって、去年はクリスマスを爆破できませんでした。ごめんね。その分新年には頑張ることにしたんだ!!!クレイジーピエロは埋め合わせを忘れないマメな男なんだ!!! 火工品ちゃんだって愛でるよ!!だからデートしながら考えたんです。考えたんだよ!!! デートスポットに証を残そうって! プリクラを駅のトイレに張るみたいに、いろんなところに僕らのベイビーを放置児童してきました! なんてひどいことをするやつなんだ! ジェスター・クラウンは許さない! でもゴメンね!!! 今度は遺跡系のお仕事があるから僕は俺になる。あとは分かるな。君にしか任せられない。詳しくは日本国東京都雷門が有名な町、なんて言ったっけアソコ? ともかくそこの3年前実施されたスタンプラリーの要綱を参考にしてくれ。クッ、右腕が疼く! 君にしか任せられないんだよ!!! もう駄目だおしまいだ! 香港を祝うほかない!!! 君も一緒に祝ってくれ! さあご一緒に。はぴはぴにゅーいやー★ さあ君はぜんぶみつけられるか!??!?!』


 ……三行でまとめることにする。

 ・クソがクソなことをやろうとしている。

 ・爆弾を香港全土に仕掛けたらしい。

 ・爆弾止めてクソ野郎を殴り倒せ。

 カードの裏面を見ると、香港本島の地図に、合計16のマスが重ねられている。

 総督府に始まり、香港ディスティニ―ランドや"九龍背城"、ヴィクトリアピーク、などなど。

 スタンプラリー期間は、1月1日15:59(UTC)――


「――世界標準時か分かりにくいわ今日中か! クソが!!!」


 香港はUTC+8だから、香港時間で23:59がタイムリミットか。

 叩きつけたカードを拾い直し、空を見上げる。

 上空では警官隊がネットを張ってヘリの破片を回収しているところだ。

 ……ジェームズさんと目が合った。

 竜が身を縮小しながら降りてくる。

 背中から翼を生やしたまま、身長がまだ三メートルを超える状態のジェームズさんが、眼前に降りてくる。

 腰布一丁のジェームズさんは、足元のカードを拾い、一読。

 がふぅううう、と煤の吐息を吐く彼は、肩を落とし、ひどく疲れているようだった。

 竜体を現したからなのか、カードを読んだからなのか、判断に困る。


「……"銀杖"くん。新年早々で悪いのだが。アルバイトをする気はあるかね」

「ディスティニ―ランド爆破は困りますね。まだ行ってないんですよあそこ」

「今回は金一封とは言わない。なんならペアチケットも出そう」

「承りましたよ、と」


 "銀杖"は腰にある。

 軽く足を曲げ伸ばしして、準備運動。

 にわかに騒がしくなり始めた香港の街を見下ろしつつ、跳びあがる――途中、ジェームズさんの部下の方から無線機を受け取り、肩に括り付ける。

 ここからだと最寄りは"九竜背城"か――ジェームズさんの部下はあそこと親しいが、大半の警官はそうではない。

 俺の方は多少なりとも顔が効く。まずはあそこから取り掛かろうか。

 スイッチを押して、叫ぶ。


「こちら、バイト! "九竜背城"に向かう!」

『了解した。こちらは総督府より始める! 魔人ジェスター・クラウンの作品だ、見つけやすいとは思うが面白くもないギミックが組まれている可能性が高い! 定時連絡をしろ!』

「了解!」


 返事をして、頑丈そうな屋根を選んで、屋根を踏み、身体操作で速度を下向きに変えてしゃがみ、足に力を籠める。

 強化術――仙人骨を経由し増幅される生命力を、気脈に乗せて脚部に回す。

 骨格の補強。筋肉の増強。無論のこと下半身だけではなく、それを受ける全身の骨格、筋肉もだ。

 内臓は腹筋の操作で持ち上げ、肋骨を強化して保護する。


「フッ!」


 気息を吐いて跳ぶ。

 香港本島の環境は、高度1000メートルながら、高度500メートル程度になるよう調整されている。

 故に、地表よりはやや空気抵抗が薄い。

 高度をなるべく高くとって、跳躍を繰り返す。

 ビルがあれば壁や屋上を走って速度を稼ぎ、更に加速跳躍を繰り返す――そうして高々度に跳び上がれば、香港の街が眼下に映る。

 香港も全域が華々しい市街、騒々しい街都、物々しいコンクリートジャングルというわけでもない。

 本島浮上時にいくらかの島が合体し、さらに仙人たちが持ち寄った深山幽谷の余分な部分なども合体し面積が広がった香港だが、開発されているのは30%程度に過ぎない。

 今回スタンプラリーの対象になっているヴィクトリア・ピークも自然が溢れる場所だし、競馬場など緑が用意されている場所もある。

 森の中に不法入居する人々もいるが。浮上前どころか戦前から残るあばら家なども多少残っている場所もあるし。

 もともとは船に住む人々もいたという。言ってしまえば不法住居者であったのだが、香港住人でもあるがために、浮上した島々の開発のためのマンパワーとなったのだが、閑話休題。

 郊外のビルから跳んで、ジャケットを翻し軽く滑空すれば、全長2キロメートルの黒竜が見えてくる。

 毒を失った九首九爪九尾のハイドラ。

 香港にて最たるもの、"九龍背城"――大ハイドラの背に建てられた、超・超過密地帯だ。

 元から九龍という地名だったらしいのだが、俺もこの九頭の竜が地名の由来だと香港に来るまで思っていた。

 ある意味では香港を代表する地だろう。なんでも一平方メートルあたり4,5人住んでいる計算になるんだとか、なんとか。

 ともあれ、半ば化石化した背鱗――岩場に突き立つようににょきにょき生えたビル――建築法無視の、ビルとビルが支え合うような構造の場所だ――の前、肋骨通路の前にアスファルトを割りつつ着地し、勢いのまま前のめりに転がって手を付いて回って、身を翻して、ジャケットで減速しつつもう一度着地。

 "銀杖"を地に突き刺して、勢いで流れる身を留めて、衝撃を逃がしきる。


「……っと。よし」


 ちょいと足が痛い。

 屈伸し痛みをほぐしつつ、見上げる。

 露出し半ば化石化した肋骨に沿って、長い螺旋階段がある。

 腕の方――車両用の出入り口、なだらかな坂の方から入ってもいいのだが、あそこは検問が面倒だ。

 付近にほかに足場はないので、この階段を使う。流石に表皮をロッククライミングするのは時間がかかりすぎるし、跳んでいくと対空砲撃が面倒だ。

 "銀杖"を深く地面に突き刺し、意識を込めてぐいいと伸ばす。

 体高はおよそ500メートル。流石にそこまでは伸ばせないが、多少のショートカットと言うか、楽にはなる。

 エレベーターじみて登っていくと、数人の顔見知りが螺旋階段を駆け上がっているのが見えた。

 張さんのところの若い衆だ。情報早いな、などと思いつつ追い抜かしていく。


「あっ! "銀杖"野郎! ズリィぞそれ!」

「乗せろ! 脚がやべぇんだよ!」

「やなこった――と」


 返事をしたあたりで限界が来た。

 タイミングよく"銀杖"を短くして引き抜いて、螺旋階段の外に飛び移る。

 錆びだらけの階段で、手すりが壊れないか心配だが、


「よっ」


 と、手すりから手すりに飛びあがる。

 螺旋階段の外側を直線に上に。

 伸ばした"銀杖"で手すりを叩いて更にもう一段跳んで手すりを掴んで更に跳ぶ。梯子でも登るような動きだ。

 錆びた手すりが表皮にやや痛い。たまに強度が怪しい場所があるので、"銀杖"をメインに上っていく。

 下の方から見上げるやつらがあんぐりと口を開けている――この程度できないと師匠に瞬殺されるんだよ。できても秒殺されるが。

 所要時間45秒で、螺旋階段の上に辿りつく。

 分厚い鱗――半ば岩盤と化したそれの上、正面に、幅5メートルほどの通路がある。

 左右には雑な手すりと商店街。

 この鱗の外周をぐるりと巡る道は全て商店となっている。勿論鱗から落ちたら500メートル下まで真っ逆さまだが、空輸も受けやすいし、"九龍背城"の中では景色がいいので(と言うか、日照権がきちんと享受できるので)比較的高級な場所になる。

 今回用があるのは、この通路の中だ――幅5メートルであっても大通り。

 ハイドラの背の頂点、脊柱の上――背鰭街の方まで道なりで到達できるメインストリートだ。まあ途中で下水道を通るが。

 ともあれ今回はそこまで行くわけでもない。

 "銀杖"を仕舞いつつ、わりと外側に近い雑居ビルに踏み入る。

 そこから地下に降りれば地下道に直通だ。

 三つ目のマンホールから上がって、ハの字に湾曲している気がするビルの間を三角飛びで登って、屋上に上がり、隣の通りに降りる。

 途中で洗濯紐に注意しなければならないのが面倒だが、ともあれそうすると目の前に路地があるのでそこに入ると、


「……おや。どうしたんだネ、お弟子さん」


 ――このように。

 黄さんの事務所に辿りつく道が開く。

 路地の出口に、大男が立ちふさがっている。

 血色の悪い男だ。身長にして2メートルを超え、継ぎ目のある両腕は、肌の色が黒い。

 目元は目深に被った帽子で隠れている――黄さんの部下の一人。年季の入ったキョンシーのうちの一体だ。

 彼は、低く渋い声で、しかしいつもの黄さんのイントネーションで話してくる。


「ちわーっす、三河屋でーっす」

「いらっしゃい。……弟子さん、それ日本でしか通じないよ。身内ネタとローカルギャグは分かる人の前でやるべきネ」

「わかってんじゃないですか、黄さん」

「ウン、たまたまね。ここ日本の番組も受信してるからね」


 キョンシーが踵を返す。

 路地を抜ければ、多少道が広い通りに抜けることができて、黄信征信所が見えてくる。

 ――職業で言うなら、彼は探偵なのである。裏の顔は4個くらいあるらしいが、ともあれ本拠地はそこだ。

 近所では比較的マシな方の物件――その実は霊的要塞。

 築30年以上と見えるビルで、陽光は一切入ってこない場所だ。

 その1階にキョンシーは入って行く(キョンシーは黄さんの所有するダミー企業の従業員だ)。

 向かうのは2階だ。

 傾いた階段を登れば、結界を抜けた感触がある。

 こんな見た目でも、神珍鉄の重量に耐える家屋である。

 未だに術のことはよくわからないが、それでも黄さんが高位の術者であることはわかる。

 事務所の扉を開ければ、正面に胡散臭い男――黄さんが座っている。


「ようこそ。どうしたね?」


 黄さんは両腕を広げ、鷹揚さを示すようなポーズを取って見せる――ソファーには先客なのか、小柄な人物が座っている。

 生気があるのでキョンシーではあるまい。

 灰色の髪をキャスケット帽に押しこんだ、少女らしい。見た目と中身が一致するとは限らないが。


「アホがここに爆弾を仕掛けたそうなので手伝ってもらえたらなと」


 ぴくっ、と、小柄な人物の肩が跳ねた。

 黄さんは、ホウ、と驚いたような声を出した。


「市街の方に狂道化が爆弾を仕掛けたらしいとは聞いているけどネ。ここにも?」

「みたいですよ」


 と、クソスタンプラリーのカードを机の上に置く。

 黄さんは一瞬何かの術を発動させてから、それに触れ、鼻眼鏡を通すような位置でそれを読んだ。

 表情の変化が面白いが、俺も読んだ時あんな表情をしたと思う。


「……成程ネ。調べさせるよ」


 やれやれ、と、黄さんはカードを机に投げ出す。

 立ち上がって、美人秘書キョンシーに何事かを言いつけ、当人も奥の方へと引っ込んでいく。

 電話でもかけているのか、声が聞こえる。

 ……少女がカードを拾い読み、あんぐりと口を開いた。


「なにこれ。ホント?」

「大マジだと思うぞ、と――去年の12月か。ニューヨークの天界門維持を担う原子炉爆破しようとしてたクソだしな、アレは」


 少女の手からカードを取り返し、ジャケットの内ポケットにしまう。


「去年の……ああ、新聞で……」

「ああ、原子炉を一個の循環系環境生物と見立てて生態系を爆発させたあの事件だ。星の核として、核の精霊が生まれたって話だが……どうなるんだろうな」


 少女が、こちらを見た。

 俺の顔を見て、ちょっと驚いたような顔をしている。

 13、4歳くらいだろうか。身近で言えばケイくらいの年頃だ。

 体格もだいぶ近い。ケイが150弱(最近伸びて150に届きましたって言ってたか)、こいつは150と少し、ってくらいか。細身であるところも似てはいる。

 灰色の髪と瞳で、どこか寝ぼけたようなジト目である。

 中々かわいい顔をしているが、頬を汚しているあたりで少しマイナスだ――あるいはこの"九龍背城"で生きるための知恵か。

 変身魔法の気配もない。獣人系ではなさそうだが、どこか小動物っぽい印象を受ける。

 しかし――


「なんだ。どこかで会ったか?」


 どこかで見たような気がする。

 ジェームズさんの犯罪者リストだったか、張さんのいつか殺すリストだったか、黄さんのキョンシー用肉体リストだったか。

 黄さんはないか。ここに一人でいた時点で。


「い、いえ、いや。初対面だと思う」


 そうか。と頷き、俺もソファーに腰かけようとしたところで。

 窓の外を通り過ぎる、黄色と黒の集合品を目にした。


「…………」

「どうしたの?」

「あーと……」


 バリケードテープと言えばいいのだろうか。

 黄色と黒で縞々になったアレだ。

 アレでぐるぐる巻きにされた何かが、道を歩いていた。

 窓に近づき、開く。

 のっし。ずしん。と歩いていくそれは、恐竜じみたフォルムを持っている。

 ティラノサウルスとかと同系の二足歩行で、頭は10メートル程度の高さだ。体長は18メートルってところか。竜体になったジェームズさんに近い。

 マッチ棒で作った恐竜――と言うべきだろうか。マッチ棒は一本一本が白い粘土のような素材だ。

 においから察するに火薬。


「――なるほど。アレか」


 "銀杖"を取り出す。


「黄さん! いた! 避難よろしく!」


 なにィ、とか聞こえてくる声を半分無視して飛び出すと、灰色の少女も付いてくる。

 着地してから振り向いて、おい、と問うてみる。


「あぶねえぞ、逃げてろよ」

「私もちょっと腕には覚えがあるから。このあたり、縁があるところなんだよね」

「……そうかい」

「任せて」


 ぱん、と、胸元を叩かれる。

 クソが、と振り返って、それを見る。

 のっしのっしと歩いていく――このあたりはなんと道幅が4メートルもあるが、バランスを取るように振られる尻尾がガリゴリと建物を削っている。

 周囲でサイレンが鳴り響き、足音が遠ざかっていくのを感じる。

 振り返ってみれば、落とし物であろう爆弾が道に転がっている。

 元々がアバウトな成形だから分かりにくいが、仮称爆弾恐竜、も胴体横が削れているようだ。

 どこをどうやって動いているのか分からんが――


「無理はすんなよ」


 言い捨てて、タン、と軽く地面を蹴る。

 2階程度の高さまで跳んで、壁を蹴って再度跳躍。爆弾恐竜の頭上をパスして前に回る。

 眼球――あるいはそれに類する感覚器官があるのかどうか。

 "銀杖"を地面に突き刺し、衝撃と音を発する。

 果たして、爆弾恐竜は、俺を認めた。

 立ち止まり、口を開いたのだ。


『ニュゥウウウウイヤァアアアアアアアッッッ!!!』

「テメェそれが鳴き声か!?」


 ヒト一人を噛み砕いて余りある大きさの口が迫ってくる。

 案外と早い。まともな骨格があるわけではなく、ある種の外骨格――人工魔道生命体によくあるパペット型、魔力の殻を纏わせ、それを操るタイプだ。

 幸いこぼれた分が自動で爆発するわけではないらしい――つまり、


「テメェそのバリテ全部はがして解体してタタキにしてやらぁあああああ!!!」


 咢をスライディングで回避し、右手でバリケードテープをひっつかんで引き裂く。

 爆弾恐竜自体が前に踏み込んでいる。

 脚の間さえ抜けてしまえば、喉元から腹下までを一気に切り裂くも同然だ。

 指の間に可塑性のあるそれがへばり付く。

 粘土なんて触るのはいつ以来か。

 思い出しつつ、"銀杖"を伸ばして太くし、尻尾の付け根に押し付け、


「どッ、せぇえええええあああああああああ!!!」


 釣り上げるように押せば、爆弾恐竜はバランスを取るように一歩、二歩と前に出る。

 生意気にも踏ん張ってきているので強化術フルパワー。トルク重視の全身強化だ。

 ガリゴリガリゴリと周囲を削り、頭が建物にぶち当たり、突き抜ける。

 どわぁああああ、と、避難中の住人らしき声が聞こえてくる。許せ。

 頭部のバリテープの結合がほどけたためなのか、首から下も膝をつき、尻尾を地に落とし、死んだように止まった。


「よし――!」


 あとは爆弾の処理か。

 スタンプラリーってんだから、どこかにスタンプがあるはずだ。

 おそらくC-4系だ。信管がなければ爆発しないはず――


「ン」


 どすん、どごん、ずずず、と、音と振動。

 振り返ってみると、路地にみっちり詰まって、同じようなモノが複数いた。

 見えるだけで、3、4。恐らくその後ろにも詰まっている。

 路地の壁面を乱暴に削り。

 仲間を一匹倒した俺に向けて、一直線に突っ走ってくる。


「……成程。九龍だけに、九匹の竜ってことな」


 俺は180度旋回し、駆けだした。


「やってられるかクソが――ッ!!!」


 既に倒した一匹目の背を駆けのぼり、頭が突っ込んだ部屋に突入し、立て付けの悪い扉を蹴りでぶち抜いて一直線に走る――数秒で、ビルをぶち抜いて爆弾恐竜が迫ってくる。


『アゲマシデェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!!!』

『キンガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!』

『ガショォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!』


 路地は狭い。ついでに言えば道もよくは分からない。走りにくい事この上ない――既に人っ子一人いないあたり訓練されてるなって感じだが!

 狭い道を通ってみると、建物をブチ抜いて迫って来るし、なるべく広い道を走っているが、それでも走りにくいものは走りにくい。

 平地ならば。爆発させてもいい平地なら、やりようはあるが。こんなところで爆発させちゃあ、黄さんにどんな借りを背負うことになるか! 仕掛けたクソピエロが悪いもんは悪いが、それはそれとして爆発させた俺の責任問うてくるタイプだ! クソが!


「クソがーッ!」


 行き止まりだ。

 木箱を足場に跳んで、洗濯紐に手をかけて、反動で更に跳躍する。

 建物を飛び越えたあたりで、隣に人影があることに気が付いた。


「おまえっ……」

「やるでしょう?」


 に、とジト目のまま、灰色の少女は笑った。

 ――着地し、再度駆け出す。

 速い。俺の方もかなり全力を出しているつもりだが、余裕で付いてきている。

 身の軽さは、ケイ以上とも見える。

 俺の動きが直線高速――ピンボールじみて跳ね返る動きとするなら、灰色の少女はぬるりぬるりと流れる水流じみた動きだ。


「で、どうしますか、……ね、アレ」

「外にブン投げる!」


 ブン投げてそこで爆発すりゃあそれでよし。

 爆発しなけりゃブチ砕いて終いだ。

 爆発の規模だけ心配だが――あの大きさの爆弾だ。爆発した場合、被害が甚大になるのでは――と。

 思って振り返った瞬間、視界が光った。


「――クソが!」


 並走する灰色の少女をとっ捕まえて、抱き寄せる。


「ひゃわっ、にゃにっ」


 ズゴンと地面――化石化した鱗に"銀杖"を突き立て、太さを増して盾とする。

 一瞬遅れて、爆圧が来た。

 "銀杖"を支える手が痺れる。

 周囲の違法建築が薙ぎ倒される――ここにいちゃまずい、とバックステップ、爆圧に乗るように跳んで、辛うじて無事な建物の屋上に上る。

 俺たちがいた場所が瓦礫に埋もれていく("銀杖"も埋もれた。クソが)。

 チ、と舌打ちして、爆弾恐竜の方を見やる。

 そいつを中心に、瓦礫が薙ぎ倒されている。

 範囲にして、100メートルほどの建物が吹っ飛んでいるか。


『キンガニューデトウゥウウ……』


 そいつは、ずしん、ずしり、と、瓦礫を踏みしめて迫ってくる。

 1体だ。

 ただし、九つの頭を持っている。


『シンネンイヤーガショォオオオオオオオオオオオオオオオ!!!』


 バリケードテープの切れ端を舞わせながら、それは吠えた。

 天に向けて、長々と――爆弾でできたハイドラが。


「……見て、アレ。首の付け根……」


 と、小脇に抱えたままだった灰色の少女が、指さした。

 指さす先。八俣の首の根元、バリテープに紛れるように、時計が収まっている。


「……あれが信管だってか?」

「多分……」


 目を凝らすと、……スタンプと言うべきか、いやきっとスタンプなんだろう、それがぶら下がっているのも見える。


「スタンプラリーでスタンプ先が移動式とかクソ以外の何物でもねえぞ、クソが」

「そのクソが、って、口癖?」

「……そうだよ! クソが! 香港に来てからなッ!!!」


 なんにせよ"銀杖"を掘り出す暇はなさそうだ。

 爆弾ハイドラが、四つん這いの姿勢で、腹をこすりながら近づいてきている。

 ここにいるわけにもいかない。

 100メートルほど、瓦礫だらけになって、丁度いいバトルフィールドもできてしまった。

 灰色の少女を下ろして、ゴキリ、と指を鳴らして、気脈の流れを確認する。

 一頭分なら力で勝てたが、さて、9匹分が合体したらしいアレに勝てるかどうか。

 やるしかねえわな、と踏み出したあたりで、声がかかった。


「ねえ、……私が、あのスタンプを取って、信管を抜くから! なんとか、注意を……!」


 振り返ると、灰色の少女はスタンプカードを持っている。

 はっ、と、胸元を探ると、カードがなかった。

 さっき胸を叩かれたときか。手癖の悪いやつだ――いや、気付けなかった俺の未熟か。


「……名案だな」


 それだけ返して、跳躍する。


「やれたらやってくれ!」


 やらせる気は更々ないが。

 ――瓦礫の合間を抜けるように駆ける。

 やらせるかどうかは別として、隙を見て信管を抜く、それ自体はいいアイディアだ。

 問題は、引き抜いた瞬間大爆発するおそれがある、というか俺ならそうする、ってあたりだ。

 現在時刻は昼過ぎ14時。首元の時計も14時ごろを指しているので、あれがタイムリミット――本日23:59に爆発する時限信管で間違いあるまい。

 時計と直結してるならば、時計そのものを停止させるか。

 ともあれ――この九つの首の猛攻を、どうにかしなければならないか。

 鞭のようにしなる首の一本を身を沈めて回避。ついでに首を形成するバリテープを引きちぎり、同時に降ってくる三本の首を右に踏み込んで回避。

 左側の首は、振り下ろした首が邪魔でこちらには届かない。

 と思って横目で見ていると、その口元が光った。


「!」


 加速したが少し間に合わなかった――ふくらはぎを何かに撃ち抜かれる。


「っ、ぐっ!」


 転がりつつ観察する――首の一本。光った首が、煙を吐いている。

 口の中で小爆発を起こし、瓦礫でも撃ちだしたか。

 一種の銃撃だ。

 全爆破はできなくとも、一部爆破はできるらしい――なりふり構わなくなれば全爆破もされそうだが。クソが。

 治癒に気を回しつつも、首の大半がこちらを向いたことを確認――跳躍して回避、追ってくる瓦礫砲弾を裏拳で撃ち落とし、時間を稼ぐ。

 音速は超えていないようだが、それでもこの距離、そして砲口の数だ。

 角度も自由自在。回避しにくい事この上ない。


「――クソが!」


 ジャケットを捨てる覚悟をして、立ち止まり、腕で瓦礫をガードする。

 着弾の瞬間に腕を回し受け流し、あるいは砲弾を掴んで投げ返し迎撃する。

 "銀杖"があればそのまま突っ込めたが、と歯噛みするがどうしようもない。

 連打、連打、防御し最低限回避。

 ハイドラの首の圏内まで近寄れば、攻撃は直接のそれも入り交じる。

 足元を這うように伸びてくる首を飛び越えバリテープを引きちぎり、鞭のようにしなる首を潜ってバリテープを引きちぎり、丸太のように振り下ろされる首を、


「おッおおおおおお!」


 叫んで全身を強化。右手で手刀を作り、肘から突っ込むようにバリテープを引きちぎり首をぶっ千切る。


『コットヨロォオオオオオオオオオオオオオオ!?!!』

「うるせぇエエエエエエエエ死ねッ!!!」


 背に飛び乗り、首に腕を回して引っこ抜く。

 ぶっちぎった首はびちびち暴れている。

 再合体されかねんので、引っこ抜いた勢いで投げっぱなしスープレックス――放り投げる。

 当然それは隙だ。勢いのままバク天、バク宙で距離を取るが、頬を裂く軌道で瓦礫が飛んでくる。

 防御しつつ、一瞬調息。


「残り七本だなコッラぁアアアアアア!!!」


 爆弾のハイドラがこちらに向き直る。

 七本の首が光り、瓦礫砲が連射される。

 ずし、のし、ずし、と、近づいてくるが、連射速度がむしろ高まっている――瓦礫自体も速度が速い。

 近づかれて、着弾までの間隔が短くなっている。

 瓦礫の補充のタイミングもずらしており、常に五本は射撃を行っている状況だ。

 無論のこと、ジャケットの袖は既にズタズタだ。気に入ってたんだぞコレ。クソが。

 徐々に首が短くなっているような気がするが、無くなるまで待ったら腕の毛がなくなるし、そんな悠長なこともしていられないし、


「舐めんな、クソが――ッ!!!」


 大きめの瓦礫を掌で受け止めて、回転で勢いのまま投げ返す。

 三本目の首の頭部を爆散させ、恐れるように連射速度を上げたハイドラに、こちらから近づいていく。

 3度目の肉薄。


『アゲオメェエエエエエエエエエエエッ!!!』


 叫びと同時に、残る6つの首が、瓦礫を同時に放ち、そして襲い来た。

 ゴキリ、と両手指を鳴らす。

 熊手のように指を固める。

 この程度――


「――師匠の技の万分の一だ、クソがッ!」


 弾道を見切り、砲弾すべてを叩き落す。瓦礫を握りつぶして拳を作り、首もブチ砕こうとした瞬間だ。

 迫っていた首が、急に分解した。


「!?」


 両腕を空振る。ひゃわ、という声も聞こえた。

 振ってくる爆弾とバリテープを弾いていると、その声の主が見える。

 カード、そしてスタンプが宙に浮いているようにも見えたが、違う。

 保護色になった何かが、そこにいる。


「お前、」

「あいた、たたた……」


 服に張り付いたバリテープをはがしながら、それは立ち上がる。

 背景を燃やすように、姿を赤く染めながら。

 現れたのは、灰色の少女だった。

 紅く色づいていた髪が灰色に戻ったあたりで、彼女は振り向いた。


「スタンプ、押してみたら止まった」


 カードの"九龍背城"に、押下の跡。

 確かに、止まっている――魔道生物として死んだだけで、まだ爆弾としては生きていそうだが。

 ともあれ後は、通常の解体手段で十分だろう。


「……シェイプシフター系か、おまえ」

「そう。ドッペルゲンガー。ハーフだけど」


 ……変異系種族。文字通り、姿を変異させる系列の種族だ。

 犬も猫も鳥も獣人と呼びならわすように、変位系種族と言っても様々な種類がある。

 ドッペルゲンガーとは、シェイプシフターの中では比較的変身に自由度がない種族で、眼前の相手にしか変身できない種族を指す。

 その分変身精度は高く、指紋や声紋は勿論のこと、魔紋やにおい、魂の色――さらには表層的なそれながら記憶まで変異・転写するが、変異する瞬間の痕跡には特徴があり、同定できる。

 勿論種族特性がそうであると言うだけで、通常の幻惑魔法で他人を装ったりもできるが(現に、こいつは保護色を纏った)。

 ともあれ変身する時に独特の魔力を発することにはなる。


「そうか。ドッペルゲンガーか」


 当然。他人に化けられては、社会が成り立たない。特にドッペルゲンガーは、一般人が一見して見抜くことは不可能に近い。

 ドッペルゲンガーは、生まれた時点でしるしを――登録証を付けることが義務付けられ、隠すことは許されていない。

 例えば日本では、腕輪や指輪、首輪――あるいはイヤリングあたりが主流だ。

 大陸では、顔に変身しても消えない入れ墨を入れる例もある。

 そうしたものを付けており、個人の特定が極めて容易であるために、シェイプシフターの犯罪率は非常に低いのだが。


「そうかあ、ドッペルゲンガーかァ……テメェ。思い出したぞ、そのツラ」


 いつの間にか、俺の胸元からスタンプカードを盗んでいた手癖の悪さ。

 どのリストで見たかって、ジェームズさんの犯罪者リストだ。

 俺が香港に来た日――俺が師匠に弟子入りした日。

 俺はドッペルゲンガー系の犯罪者に姿をパクられ、そして誤認逮捕された。

 後日、ジェームズさんの部下から、世間話の延長で、あの時のドッペルゲンガーが捕まっていない、という話を聞いた。

 戸籍がない。恐らくは、"九龍背城"で生まれたドッペルゲンガーだ、と。

 その後数度、盗みを働いていることも分かっており。

 最近では予告状まで送りつけると言うクソっぷりだ。

 見つけたらぶちのめす、と決めていた。


「?」


 と。

 灰色の少女は首を傾げる。


「なにか?」


 ……決めていたが。

 小動物じみたしぐさに、毒気を抜かれる。


「いや……どっかで見たと思ったが、あれだろ。お前、"快盗"だろ。モグリのドッペルゲンガー」

「う。……はい、そーですよ、っと」


 溜息を吐きながら、肩に括り付けた無線のスイッチを入れる。

 幸い、壊れてはいないらしい。


「あー、こちら、バイト。こちらバイト」

『こちら、ジェームズ。アレク・ジェームズ』

「直通たぁ涙が出ますね。……"九龍背城"処理完了。ちょい爆発したが。とにかく、スタンプを押せば爆弾が止まる。念のため、本部までスタンプを持っていく。以上」

『ああ、了解した。本部は本庁だが――そうだな、九龍から近いとなると――』


 会話しつつ、念のため時計まわりを抉って、万一起爆してもすべてが爆発しないようにする。

 指示了解、と返して無線を切って、ドッペル少女に視線を投げる。


「で、どーする、おまえ」

「わ、私は――」


 彼女は周囲を見回し、肩に乗った粘土状の爆薬を払い、言った。


「――他の場所がこうなるのも、嫌かな」


 そうか、と頷いて、問う。


「名は? まさか"快盗"が名前じゃあるまい」

「……マウス。マウスって、名乗ってる」

「マウスか。鼠小僧ってか……まあいいや、俺は、」


 そこで、マウスが首を振った。


「知ってるよ。銀精娘々が弟子、"銀杖"さんでしょう。――お噂はかねがね」


 彼女はそう言って、キャスケット帽の位置を直し、薄く笑った。