エロ率分析 (α)

〜分析結果サンプル〜


 Hong-Kong!!!

 油断は大敵、慢心は痍を創る!

 波濤は来ずとも怒涛の如しの天空街都!

 今や十二国志の第十三国! 龍の尾を踏むなかれ!

 Hong-Kong!!!




/




 マウスを小脇に抱えて、そこに着地する。

 クリーム色の外壁を持つ要塞じみた建造物――香港警察署、その本部だ。

 マウスは恥ずかしがるように身を丸めている。

 軽いな。もの食ってんのか。って感じだが、ともあれ、抱えたまま署内に入る。

 すると、人魚系のおばさん婦警と目があった。よく応対をしてくれる女性だ。

 腰には浮き輪。

 浮き輪があるということは周囲に水もある――下半身回りには水のリングができており、わずかに宙に浮いている。

 首周りには鰓を塞ぎ呼吸を補助する首輪もあるが、それに肉が乗っている。

 人魚と言っても忙しかったりして体型を維持できないとこうなるんだろうなー、というお方だ。


「おやぁ、バイトちゃん! 大丈夫かい!?」

「ええ、なんとか」


 ……しかし、強敵だった。

 香港・ディスティニーランド。俺達が今行ってきたのは、そこだ。

 正直に言えば、そこは憧れの地だった――いや、その一つと言うべきか。

 俺は、1歳にもならない頃に両親が死に、孤児院で育った。

 孤児院には当然のようにディスティニー社のアニメがあり、そして勿論のこと擦り切れるまで見たもんである。

 日本の帝都(近郊の)ディスティニーランドに行きたいってダダをこねたっけか。

 日本のそれではないが、そう、ディスティニーランドだった。

 憧れの地に不法侵入した俺とマウス(そもそもマウスは存在自体が違法だが)は、バリテープまみれのパレードを目撃することになった。

 どうやらクソピエロの爆弾生物、今度はスライムかなにかだったようで、パレードを呑みこんでいたのだ。

 で、マウスも飲まれて大変なことになった。というか俺も飲まれたが、全身強化で爆弾を泳ぎ、"銀杖"によって引き裂き、パレードを行っていたマスコットたちや、先行して攻略しようとしていた警官隊を救出し、最後はパレード車と合体した爆弾を湖にぶち込んで氷結させ、で、スタンプを回収して現在に至る。

 マッキーマウスがあんなに強力な魔術師だったとは寡聞にも知らなかったぜ――周りが周りだけに、俺一人、マウスをあわせても二人で、被害なく終わらせるのは難しかっただろう。


「さっ、本部は2階の奥よ。ひとが沢山いるから、すぐわかると思うわ」

「わかりました、ありがとうございます」


 おばさん婦警が手を振って、宙を泳いでいく。

 欧州の方では、浮き輪ではなく車椅子を使う人も多いそうだが、香港のような人いきれの中ではあちらのほうが有利だろう。

 中に水を貯める必要はあるが、空を飛ぶこともできるし。

 それにもちろんの事ダイエットにも効くわけだし。

 大変だなあと頷きつつ、マウスを下ろす。

 キャスケット帽をかぶった頭はうつむいている。

 帽子のつばをつまんで、どうにも落ち着かなさそうだ。


「どうした? 行くぞ、マウス?」

「い、いやあ、私は、その、要らないんじゃないかなっ、と、……ね?」

「別に未認可ドッペルだぞって告発しに行くわけじゃねえよ。変身しなきゃバレねえって。それに、金一封くらいは出るぞ」


 まあ今回一封じゃすまないって話だが。

 3か所だから金3封もらえるんじゃないかと期待している俺である。事件の解決まで行けば、あのクソピエロの報奨金まで待っている。

 どやどやと警官が出入りしているそこに立ち入り、高身長を探す。

 オーガ、サイクロプスに、熊系獣人――竜人、と、見つけて、近寄っていく。


「ジェームズさん!」

「と、おお。来たか――、と」


 ジェームズさんは、マウスを見咎めた。

 誰だ、って視線ではない。なぜこいつがここに、って視線だ。

 いきなり咎められたすまんな、と。

 マウスを隠すように、ジェームズさんに近寄って、スタンプを差し出す。


「こちら、ディスティニーランドのスタンプです」

「む……ああ、ありがとう。これで15か所目だな……」


 スタンプラリーは合計16か所。まあラリーではなくスタンプの方を集めることになっていて、趣旨からは大幅に外れてしまっているような気がするが、狂人のルールに合わせることもない。

 ジェームズさんはマウスを気にしないことにしたようで、言葉を続ける。


「残るは1か所――香港総督府だけだ。現在、爆弾の捜索を続けているが、まだ見つかっていない」


 ジェームズさんは時計を見上げる。

 時刻は20時25分。およそ残りは3時間半と言った具合だ。

 彼は手の中で、15個目のスタンプを弄ぶ。

 図表化されたディスティニーランドのキャラクターたちのスタンプを見て、ぼそりと呟く。


「んん……ロクなことにはならない気がするな」


 だが仕方あるまい、と、彼は本部長らしき人物の方へと歩いていき、スタンプを渡した。

 本部長は、腕章を付けた犬系の獣人だ。

 彼は、耳をぴんと立てて立ち上がり、言った。


「皆! 聞いてくれ!」


 ざ、と警官たちが姿勢を正す。


「新年早々の事件は諸君の努力により解決しつつある! 残るは1か所! 香港総督府のみだ!」


 彼はスタンプを掲げる。

 総督府までは屋根上を走って5分ほどの距離にある。


「調査班により、スタンプの解析は済んでいる――15個目のスタンプを押すことで、総督府に"何か"が起きるのは確定している!」


 15か所を潰したことで、人員はこの本部に再集合している。

 負傷者もいる。

 脱落した者もいるだろう。


「総員、第一種制圧装備にて総督府へ集合せよ! 香港をナメた狂人に! 今度こそ香港を教えてやれ!」


 15のスタンプを掴んで、彼は吠える。

 了解、おう、イエッサー。口々に返答し、警官たちが一斉に動き出す。

 人の波が外に向かっていく――が、一人。ジェームズさんが、こちらに歩んできた。


「準備しなくていいんですか?」

「私は竜体に変化できるからね。仮眠も取ったし、栄養補充も済んでいる――君たちはどうする」


 竜体に変化できる竜人は、獣に変化できる獣人よりも希少だ。

 その本性が、半竜半人の今の姿ではなく、竜であることの証左である。

 気力、体力を激しく消耗し、時間制限もあるものだが、万全状態の5分間ならば、この香港の中でもトップクラスの力を発揮することができる人物だ。

 当人的には、殺しすぎるから警官には向かない力だ、と嘯いているが。目立つしな。


「俺はまだ金を貰ってないもので。ペアチケットもね」

「わ、私は――」


 肩をすくめつつ答える。

 マウスは俺の後ろで縮こまってしまっている。

 "九龍背城"でもそうだが、2か所目、アベニュー・オブ・スターズで香港映画オールスターの武技を凌いでいる間にスタンプを押して止めてくれたし、もちろんディスティニーランドでも誘導に一役買ってくれた。

 中々度胸のある娘だ、と思っていたのだが。


「まあ、もう俺達の出番は半分無いような気もするな。謝礼は後で俺が預かっておくから、今度、山の方に来てもらうか……あるいは、黄さんを通してもいいか。っていうか、黄さんのところで、話は終わってたのか?」


 マウスは首を縦に振る。

 そして、ジェームズさんの竜首を見上げ、言った。


「私も、手伝います。銀さん、ちょっと間が抜けていますから」

「おい」

「銀さん、アベニューの方であの映画スターと戦えるなんて、って喜んでたよね。スタンプ忘れて」

「いや、そりゃあ、あの偉大なるドラゴンと戦えるなら誰だってそうなるって――って言うか、銀さんってなんだよ」

「"銀杖"さんだから?」

「本名も名乗っただろうが、クソが……」


 はあ、とため息を吐いて、マウスの腹に手を回す。

 細っこい胴だ。あまりくびれていない、まだまだ子供の体格である。

 いい加減慣れたのか、帽子を押さえつつ、マウスはおとなしく抱えられる。


「それじゃあ俺達は、総督府に向かいます」

「ああ、そうしてくれ。警官隊が到着し次第、15個目のスタンプを押す予定だ。それまでに爆弾本体を見つけて、可能ならばスタンプを奪っておいてほしいが……」


 昼過ぎに事件が発生し、16か所から避難を実施("九龍背城"では警報が行く前に解決したが)――およそ5時間くらいは、警官隊が爆弾を捜索しているはずだ。

 大トリを飾る爆弾であるだけに、ロクでもなく面白くもなく、しかし大規模な仕掛けがあることは予見できる。

 窓から飛び出し、屋根やビル壁を飛び跳ね駆ける。

 交通規制のかかったストリートを、パトカーやバスが走っていくのが見えた。


「しかし、クソ、そろそろ腹が減ったッ!」

「終わらせて、一緒にご飯食べる?」

「お疲れ様会くれェはしねぇとなッ!」


 あとは師匠のご機嫌取りか。

 どてらは今の時間からは流石に見つかるまい。

 となれば、土産の一丁は携えて帰らねば、だ。

 ディスティニーランドのペアチケット喜んでくれるかなあ、ってところではある。


「銀さん! アレ!」

「おう、見えてる! あと銀さんはやめろ!」


 背の高いビルに駆け上ってかるくブレーキをかけ、ぐ、としゃがみ込む。

 総督府の周りは、香港街中だと言うのに広い庭園がある。

 その中央――ライトアップされた総督府の上に、一人のピエロが立っている。

 スタート直後に、ジェームズさんの竜炎でぶっ飛ばされたはずの、ジェスター・クラウンだ。

 ヘリの破片の中には見つかっていなかったようなので、逃げていたらしい。

 神出鬼没さから、転移系の魔法を納めていると目されているが、さて。

 屋上が陥没する程度に力を込めて、全身強化で大跳躍。

 途中で、キンキンとひっくり返った高い声が響いてくる。

 花束のように束ねたメガホンからの声だ。


『そう言えばボク今日誕生日なんだよね! めでたい日に生まれたものだろう!? 嬉しいよね! クリスマス生まれのお兄ちゃんと一緒に誕生日プレゼントを貰ったものさ! 10年前も11年前も12年前も14年前も15年前も!!! クリスマスと合体! 新年と合体! だから成人した暁には俺も今までありがとうこれからもよろしくねってイエローケーキを贈ったんだ! なぜだか分かるかい!? 嬉しかったからさ! 私は本当に嬉しかったんだ! いつもそこらで狩ってきた腕とか脚とか本当に美味しくてね! 一番美味しかったのは兄さんのペニスだったけど! ママンの子宮はぐでぐででおいしくなかったな! そうそう子宮と言えば日本で食べた牛の子宮、コブクロっていうんだっけ!? アレはすごく美味しかったよ! 君たちも食べるといい! でもふぐの卵巣はテッポーっていうんだぜ! 馬のちんこの刺し身はもうないチンポがヒュンッてしたね! 美味しかったけどな! あッ鉛玉はノーセンキューだよ! ファイアBallもだ!

X火力はやめてくれゥィ! ちくしょう俺でバーベキューをするってのか!? ファックやめろよ今すぐ許せよ! 頼む殺さないでーッ! 珍味だぞ!? やめてーッ! なんにも! なんにもないったら! あたしの後ろにはなんにも――』


 火線が、火球が稲妻が、衝撃波が氷塊がクソピエロを襲うが。

 その周囲に現れた青白い障壁が、その全てを散らしている。

 青白い障壁は、総督府全てを覆っている。


「オイオイオイオイマジかテメー……」


 飛びながら、頭を抱えたくなった。

 総督府は英国借款時代から存在するものだ。

 政府機能については、現在は政府合署の方に移されているが、名目上香港総督が住まうことになっているし、他国の大使を迎えたり、条約を結ぶのもここである。普段は限定的ながら一般開放もされている場所だ。

 歴史ある、大きな建造物である――が。


『――あったァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!』


 叫びと同時。総督府が、立ち上がった。

 爆弾恐竜どもと同じだ――人工魔導生物を外装式で動かしているのだろう。

 ガコン、バギンと音を立て、部屋ごとに分割。

 ひどく歪な人型を取って、更に近場に生えていた樹を掴んで引っこ抜く。


『おおおおおおお見よッッッ!!! この威容ッッッ!!! 見よッッッ!!! この雄渾なる姿ッッッ!!! これぞまさに俺の最終決戦バースデーメカノイド!!! 我が夢の在り処ッッッ!!! その名も天空合体・超総督The・HongKonger!!! 右手には樹齢28年の日本から送られた桜の樹となっておりまーす展開S・K・Rブレードッッッ!!! ヒュー! かぁっくいー!!! いくぜ! キックだロボッッッ!!!』


 元総督府――ホンコンガーとやらが動き出す。

 身長にして50メートル近い。キックなどと抜かしておきながら、桜色に光る樹木がゴルフスイング。

 地面がえぐれ、そして木っ端のように人員がハネ飛ぶ。

 おそらくまだ15個目のスタンプは押されていないはずだが、敵は動き出している。


『ちょっと皆ががぁんばぁってくーれたーのでー!!! ありがとう、センキュー!!! 巻き進行で行くぜーッッッ!!! 段取りの悪さはごめんな俺友達いねぇんだ!!! パーティーの進行とかわっかんねぇよ!!! バカにすんなバカにすんなバカにすんなすんなすんなすんなす(ゴリッ)あ゛――ッ! 舌噛んだ――っ!!!』


 人で言う肩の上あたりでのたうち回るクソピエロを全く気にすることなく、ホンコンガーが歩く。

 半ば実体化するレベルの外装に鎧われ、青白く光る巨人だ。

 クソが、奈良の超機動大仏じゃねーんだぞ、そうそう歩き出すんじゃねえよ。


「マウス! 隙見てアレに登れるか!?」

「任せて」

「オーケー、クソ野郎をぶちのめすぞ!」


 着地と同時にマウスを降ろし、駆ける。

 マウスは早いが、やや体力に欠けている。

 身のこなしは軽く、何かの武技を学んでいるような動きも見せるが――おそらくは竜双子様の系列の武技だろう――幻惑系以外の術は使えないらしい。

 俺と同じく、魔法や仙術と呼ばれるものを使う上での、共通した工程――構築、集中、変換、指定、顕現という5ステップのうち、俺と同じく、属性変換が苦手だとのことだ(まあ俺がまともにできるのは集中くらいだが)。

 どれだけ複雑な魔法を使えるかは、構築能力でおよそ決まるが、どれだけ多彩な魔法を使えるかは、属性に影響されるところも大きい。

 属性とは生まれ持った特性だ。

 育ちも多少影響はするが、例えば火属性を持って生まれた場合、せいぜい火炎になったり、融解になったりと、熱、火炎、火によって起こる現象、と言った範疇から外れることはない。

 遺物や異物の影響で全く違う属性に変化することもあるとは聞くが。

 血液型診断のように、この属性を以って性格を診断するなんて商売もあるわけだが、俺は欠片も信じていない――俺の属性は、たいてい"良い人"とか"正義の人"とか診断を喰らうからだ。

 ともあれ、幻惑系の属性は、見た目だけならば多種多様な属性を再現できるが、直接的な影響を与えるのが難しい属性でもある。魔道生命相手なら魔紋迷彩系くらいしか効くものがないかもしれない。術者が操っているタイプならば、光学迷彩は効くかもしれないが。

 ともあれ、ほぼ武技一本で、頑丈な俺が囮を務めるべきだ。


「とは言え、サイズがな……!」


 おそらく爆弾を捜索していたのであろう警官隊が、魔法や銃弾を放っている。

 だが、アレを破壊するなら対軍規模の攻撃が必要だろう。

 師匠ならば苦もなくバラバラに解体するんだろうが――


「いやいや。ちげーな」


 ――俺は師匠の弟子である。

 そうである以上、師に恥じぬ弟子であるべきだ(師匠が恥まみれなのはこの際置く)。

 師匠がいないならいないで。師匠と同等の所業を、やってのけてみせるべきだ。

 初撃から全開で。

 捜索にも関わらず見つかっていなかった以上、あの総督府内部に爆弾はなかったはずだ。

 ああして二足歩行をしてしまっている以上建て直しも確定――つまりはブチ砕いていい。

 ホルスターから"銀杖"を引き抜く。

 およそ剣程度の長さに伸ばして、末端を握る。

 それを肩に構えながら、駆ける、加速する。

 一日中走り回されたり。予定をぶっ壊されたり。殴り合いをしたり、追い掛け回されたり、ジャケットをダメにされたりした怒りと。

 それから、"銀精娘々"の弟子であるという誇りを、意思として"銀杖"に込めて。


「おっ、おおお――」


 跳躍すれば、ようやく立ち上がったクソピエロと目が合った。

 意外なほどに素早く、ホンコンガーが桜の樹を構え、防御する。

 更には青白い装甲を重ねてくる。

 合計10枚ってところか。最早クソピエロの姿は完全に見えないが、ちょうどいい。

 一回、瓦割りってしてみたかったんだよな。


「――っらァ!!!」


 ――振り下ろす。

 1枚目を切断し、

 2枚目を飛び散らせ、

 3枚目を苦もなく砕き、

 4枚目を粉砕し、

 5枚目を叩き折って、

 6枚目をブチ割って、

 強く光りはじめた7枚目を打ち砕き、

 青白く輝く8枚目に食い込み、ぶち抜いて、

 完全に実体化した9枚目にヒビを入れた瞬間、中身から噴出した空気に弾き飛ばされた。


「ッッッそが!!!」


 即座に"銀杖"を短く戻し、反動でトンボを切る。

 あのクソを垂れ流す頭を開いて中身がどうなってるか確認してやろうかと思ったんだが、まだ気合が足りなかった。

 だが、度外れて強力な術者ということは分かる。

 このサイズの魔道生命を即席で作ることもそうだが、俺の――"銀杖"の一撃を弾いてみせるとは。

 装甲を実体化させる際に、空気を取り込み圧縮、簡易的な爆発反応装甲としたのだろう。

 そんなもんをほぼほぼ即座に作ってみせるってのは、少なくとも俺が100年くらい修行したって追いつけないほどに高位の術者だろう。

 くるり、くるりと回る中、ホンコンガーの構えに気がつく。

 桜の樹は、防御のために掲げたのだろうと思った。

 だが違う。両腕で構えられたそれは、野球の、


『ランナー振りかぶってゴォオオオオオオオオオオオリュ!!!!!』


 高速。桜の樹が、雲を引く速度で迫ってくる。

 無理に伸ばされた館――動くはずのない、関節などあるわけがないために、建材の破片を撒き散らしながら。

 言ってることはめちゃくちゃだが、ホームランとでも言いたいのだろう。――丁度木製バットだな。


「こっちゃ金属バットだゴルァアアアアアアア元野球部舐めんなッ!!!」


 と言っても俺は中学時代バイト漬けで、代打専門だったが。

 野球のルールは知らんが、とりあえず打ち返して場外まで持って行って一周回ってゴールすりゃあバイト代が入ったし、試合の時はスケジュールを空けていた。

 まあ、後に全国優勝する学校とぶち当たって、最後の夏も敗北したんだが。

 一回ごとに7,8点入れられて、俺も魔球によってバットを折られ敗北したのだが――もう二年以上前の話だ。

 懐かしく、遠い夏を思い出しながら、空中で身を捻り、こちらもフルスイング。

 激突する。

 桜を覆う装甲が砕けて、幹が半ばから弾けるように砕ける。

 とは言え、質量差がある。踏ん張れず、反動で更に俺は跳ね跳び、離れた場所に着弾させられる。

 パワーそのものでは負けていないが、相手がデカすぎる。

 げほ、と血を吐き、衝撃でせり上がった横隔膜をなだめるよう調息する。

 見上げれば、ホンコンガーは両手で桜の木を構えている。


「ホンコンガーフルパワァアアアアアだぁアアアアアアアア!!! 行くぜ行くぜ僕らのKing! Of! Hong-Kong!!!」


 半ばから砕けた桜の木を柄に、ライトセーバーじみて桜色の光が伸びる。

 ゆっくりと、不格好なそいつは高く剣を掲げ、


『ヒャッハ――z__ァ!!!』


 叫びとともに振り下ろしてきた。

 だがそれは、飛来した火球に砕かれる。


「来たか……!」


 竜となったジェームズさんが、ホンコンガーの頭上をフライパス。

 ほぼ同時に、戦闘服を纏った警官隊が飛び降り、そして背後から声も聞こえてくる。


「A分隊は左脚! B分隊は右脚だ! 行けェい!」


 朗々とした声――先ほど聞いた本部長の声が響く。

 二手に分かれた警官隊が、高速で動きながら魔法を投射していく。

 負けてらんねぇな、と気合を入れ直す。

 正直、二度のフルスイングで腕が痺れている。

 背中も痛い。治癒そのものは終わっているが、負ったダメージが消せるわけではない。

 だが立ち上がり、口元の血を拭い、叫ぶ。


「スタンプはッ! クソピエロが首から下げてんのを確認したッッッ!!!」


 了解、オーケー、任せろ、と、声が聞こえてくる。

 渦を巻くように、警官隊がホンコンガーの足元を周回する。

 青銅じみた輝きを持つ装甲が脚を鎧っているが、ヒビが入っているのが確認できる。

 上空からは、ジェームズさんを筆頭に攻撃が降り注ぎ、桜の剣を攻撃に使えないでいる。

 走りながら魔法を構築するってのは、走りながら小説を書いて日常会話をこなす、って程度にはタスクが多い。

 全力疾走しながら――そして、飛行魔法を使いながらってなると、俺は何年修行すればいいんだか、だ。

 だが、出来ることがある。

 思いついたアイディアが。決まればおそらく一発だ。

 息を深く吸って、深く吐き、軽く吸って、


「フッ!」


 飛び出す。

 直線距離の徒競走ならば、筋力任せの加速ができる。

 小回りで言えばケイには劣る――マウスにも劣るが、直線的に走る分には俺のほうが早い。

 警官隊が後ろに回った隙をついて――クソピエロがホンコンガーごと後ろを見た隙をついて、左膝の装甲を飛び蹴りで砕き、総督府内部に侵入する。

 90度回転し、更には曲げ伸ばしまでされた総督府は、めちゃくちゃになっている。

 砕けた調度品、稼動したために接触し砕けたのであろう壁、そして、青い制服の、おそらくは警官の――。


「…………」


 外から、そこはらめぇええ、とかクソピエロのクソ叫びがクソみたいに聞こえてくる。

 揺れ動く壁面に降り立ち、床に"銀杖"を突き刺す。

 今度こその――満身の怒りと、気合と、誇りを込めて。


「――伸びて! そして太くなれ!!! "銀杖"!!!」


 叫べば、"銀杖"は天地に伸びて、建材をブチ抜き、そして膨張した。

 直径は10メートルを超える。動いていたこともあり、内側から引き裂かれるようにホンコンガーは左半身を失う――調度品と一緒に撒き散らされながら、俺は"銀杖"を駆けのぼり、蹴って跳躍する。

 俺を追うように、警官隊の遠距離攻撃――それもおそらくは個々人最大のものがぶち込まれていく。

 左足が消し飛び、胴体の中身が消し飛ばされていく。

 左足がなくなったと言うのに、右側に傾いでいくほどの攻撃だ。


「ギぃャヤヤヤヤヤヤヤァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?!!??」


 クソピエロが叫ぶ。

 耳が痛い――近い。

 空中で構えを取る。

 腰だめに構えた右の拳に、気を集中する。

 両利きになっておいた方が良いぞとの教えであるが、まだまだ修行が浅い身。

 こういうときに頼るのは右手側だ。

 だが、少し遠い――ホンコンガーが、右に傾いているためだ。

 計算以上に警官隊の皆様が強かった。

 カッコ付けて飛んだってのにな、と思った瞬間だ。

 俺から見て正面――ジェームズさんが、飛んできている。


『ルゥオオオオオオオオオオオオオオオ!!!』


 傾きをキャンセルする、どころかぶっ飛ばす勢いのタックル。

 それがホンコンガーの右腕を砕き、そして傾かせる。

 頭部部分が、クソピエロが近づいてくる。

 そして、はるか50メートル下方、そして空より、声が聞こえてくる。


「「「ぶっ飛ばせ!!!」」」


 口々に。

 そう叫ばれちゃあ、気合も乗るってものだ――!


「死ィねぇええええええええッッッ!!!」

「いいいいいいよぉおおおおおおおおおおおおお!!!」


 障壁が眼前に展開される。

 気合を込めた右拳は、それをぶち砕き、回避しようとしたクソピエロの左耳をカスって、髪と肉を千切り飛ばす。


「あ゛――ッ!!!」

「いちいち喚くなクソうるせぇッ!」


 着地と同時、身を沈めて折る勢いで脚を払い――防壁展開された、折れなかったか対応力高いなこいつ!――横に回転し始めるクソピエロに、更に回転して蹴りを放つ。

 ハイキック――だが、回転し天地が逆転しているために、狙うのは足になる。

 バギャリ、という手応えは、おそらく装甲を砕いたそれだ。肉にもダメージは与えただろうが、骨が折れているわけではない――と、思った瞬間、


「!」


 視界が歪んだ瞬間、爆圧が来た。

 咄嗟に蹴り足を戻し、床を砕く勢いで踏みとどまる。

 衝撃で痺れる身体の前面に気を回し高速で治癒しながら、ホンコンガーの肩の上――砕けた屋根の上で距離を取る。

 クソピエロは、片足でひょこひょこと立ちながら、青白く輝く玉を手に持っている。

 どこから出したのか――いや、装甲を、丸く形成したのか。

 ひょいひょいとジャグリングまではじめて、クソピエロはにまァと笑う。


「んもぅ。乱暴なんだからぁ☆ ジェスター・クラウンは暴力反対だよ? 出し物で喧嘩が起きたら興ざめでショウ? だからほら、スマァアアアアアイル?」


 ……見た目、言動こそクソ野郎だが、こいつは強い。

 それを認めて、自制する。

 ジャグリングそのものは煽りだろう。

 だが、あの玉は。


「……フー」


 攻撃がやんでいる。

 ホンコンガーが片足でバランスを取って立っている。

 つまりここはステージだ。

 クソピエロの言葉通り、にっこりと笑う。


「クソピエロ。ありがとうな」

「いえいえどういたしまして? 俺はなにもやっていないさ。全て君の力だよ。ハッピーバースデイ、ミー。感謝されることで私はまた一つ強くなるんだ」

「お前の懸賞金、1億香港ドルなんだよ」


 日本円にしてだいたい15億円ってところか。

 高額の懸賞金がかかっていることは知っていたが、これを確認したのはディスティニーランドに向かう途中だった。

 ちなみに師匠には5億香港ドルかかっている。


「しかも生死問わずなァんだよなァアアアアアアアアア!!!」


 膝を抜くように体重を落とし、そして前に出る。

 ヒョエッ、とわざとらしくクソピエロが驚いて、玉をばら撒いてきた。

 それを掴み、膨れ上がるそれを握力で握りつぶす。

 やはりと言うべきか。

 さっきの九枚目、爆発反応装甲と同じだ――中に空気を圧縮している。

 開放されたとき強力な空気圧と、飛散する半実体化装甲で傷つける、即席の手榴弾だ。

 流石に手のひらがズタズタだが、手指は動く。


「オラァ次来いやァ!」


 足元からせり上がってきた装甲の胸壁を蹴り抜いてブチ砕き、刃のように薄く成形された装甲を裏拳で砕いて、飛んでくるトランプを指で挟み止めて、足元から爆発的に膨れ上がる玉を踏み割って、飛んできた鼻飾りをショートアッパーで弾き、蹴り足の爪先に仕込まれていた刃を噛んで止めて今度こそ脚を砕き、悲鳴を上げたクソピエロに肉薄し、胸ぐらを掴んで振り回し、壁に叩きつける。


「ぐぼァッ!」


 クソピエロが壁にめり込み、苦鳴をあげた。

 ……流石に口の中が斬れた。血を吐き出し、手指の中、引きちぎった襟と、スタンプを確認する。

 ジャケットの裾で血を拭って投げれば、周囲を飛んでいた警官隊の一人がそれをキャッチしてくれた。

 それを確認し、さぁて、と、クソピエロに向き直る。

 半ばめり込んだまま、口からごぶごぶと血を吐きながら、クソピエロは俺を睨んでいる。


「まだ余裕あるなテメー」


 まず、ホンコンガーが崩壊していない。

 建材は強度あるものが使われているが、それでも変形して人体を模した動きをされて耐えられる訳がない。

 これを支えているのは、このクソピエロの魔法。魔道生命として操るための装甲によるものだ。

 俺がこいつを追い詰めているのは、魔術師と武闘家の、得意分野の違いによる。

 総合的な力量そのものは隔絶しているだろう。

 げぶ、と血の塊を吐いたクソピエロは、笑った。


「近寄ってきたら……一緒に、天国に行けたのにね……残念だな……」


 その全身が青白く光る。

 同時、足元が崩れ始める。

 ばぎ、めぎ、と音を立てて、落下していく。


「いいぜ――ファイター。お前がボク様さんに勝てるってンなら」


 クソピエロが、壁から抜けた。

 目に見立てていたのであろう、ホンコンガーの窓が砕けた。


「その思いやりィ! ありがたく受け取ってやろうじゃねえかよぅァ――!!!」


 ばおッ、と破裂音がしたと思った瞬間、青白い光が走り、頬に衝撃が来た。

 なぎ倒される。


「がッ!?」


 だん、と俺自身の身が叩きつけられる音が聞こえ、同時に、ばぎばぎぶちぶち、と音がする。

 首が引っこ抜かれたかと思った。

 頑丈に産んでくれた両親に思わず感謝を捧げる。


「ぎゃヒィいいいいいいいいてぇええええええええあああああああッッッ!!!」


 もう一度、ばおッ、と破裂音。

 直感で飛び跳ね起きて、崩れ行くホンコンガーの上で、わずかに浮く。

 俺が寝ていた位置に、クソピエロ――青銅の鎧を纏ったかのような姿のクソの踵がめり込み、屋根に蜘蛛の巣のようなヒビを入れている。

 その右手からは血が溢れており、叩きつけた脚からは、血が霞のように飛び散っていた。

 おそらくは魔道生命を操るように、自分に鎧じみて装甲を着せて、動かしている! 自分の体に返ってくるダメージすら厭わずに!


「しゅるぅあああああああああッッッ!!!」


 飛び跳ねた俺に、大ぶりの腕が向かってくる。

 両腕を十字に構えガードした瞬間、鎧の中で何かが弾けたような音が聞こえた。

 同時に、俺の腕からも、だ。


「グッ、」


 左腕にヒビが入った。

 この程度ならば2秒あれば治癒できる――普段ならば。

 だが今日は、香港を駆け巡り、3度の戦闘をこなしている。

 仙人骨の生み出す気力は無限でも、それを用いる俺の集中力は有限だ。

 そして、


「アア! うぁっ! いぁッ! ひィッ! キェェエエエエエエッ!!!」


 猛攻の中! 普段通り、の速度を出すことは、不可能!


「クソ、がぁあああああッ!」


 砕けた腕を砕けたまま防御に回す。

 それでも幾度か拳が蹴りが頭突きが肘が膝が防御をすり抜け打撃を与えてくる。

 すでにクソピエロに無事な四肢はあるまい。

 そのうち出血多量で意識を失うだろう――などと考えていたら、鼻面にいいのを貰った。首がメキリと音を立てる。

 次の瞬間には、腹、胸、肩、と三連打だ。


「っそ、がッ!!!」


 その前に俺が殴り殺されかねないか!

 高速で空気を圧搾、それの爆発により高速に至り、高速で自分を操縦している。

 敵ながら感服せざるを得ない――武技の欠片も見えないが、それでも今、こいつは俺より強い!


「貴様に寿ぐこの祈りィイイイイイイイイイ!!!」


 狂乱の叫びを上げながら、クソピエロが更に加速する。

 兜の隙間から見える目が見開かれている。

 血の涙まで流しているってのに、根性のあるやつだ。

 そろそろこっちは脚に来てるってのに。


「凶ォオオオオオオオ!!!」

「キンキンうる、せぇえええああああああ!!!」


 瞬間、衝撃が足元から襲った。

 身が泳ぐ。視界の端に、地面が見えていた。

 ホンコンガーが全壊したのだ。

 正面――拳を振りかぶったクソピエロが、見えた。

 視野の広さでも負けていたか。

 すげぇクソ野郎だなこいつ。

 隙間から見える目が、笑いに歪み、


「うぇっ?」


 ――マヌケな声と同時に、それが手で覆い隠された。


「今!」


 細く白い手指だ。

 響いた声は、マウスのものだった。


「ッ、」


 砕けた屋根を踏みしめる。

 右腕はまだ動く。

 拳を握り、踏み込みの速度を腰の旋回で肩に伝え、腕に伝え、


「おおおおおおおらぁああああああああ!!!!!!」


 その顎を。

 兜ごと、ブチ砕いた。


「がばァあああッ!」


 高く。

 夜空に高く、クソピエロが打ち上がる。

 鎧が分解し、爆発し、更にクソピエロを高く打ち上げていく。

 ……そこまで見送って、膝をついた。

 げぼ、と血を吐く。何度かいいのを貰っている。

 左腕が特に重篤だが、肋骨、鼻骨、右腕の方も全く無事とは言い難い。

 鼻血を零しながら、は、ふ、と息を整える。


「銀さん!」

「お゛ォ……マウ、ス、すまんな、すげぇ、助かった……」


 変なタイミングで窓が割れたと思ったが、コイツ、あの状況で、いつの間にか総督府の中に侵入していたらしい。

 とりあえず動くようになった右手指で鼻骨の位置を直し、左手を伸ばして骨の位置を直す。

 普段なら泣くほど痛いが、アドレナリンがドバドバ出てるのか、じん、と痺れる程度だ。


「っ、っと……」


 立ち上がると、ふらついた。

 ちょっと血を流しすぎた。全身がいい感じにボロボロだ。

 また膝が折れそうになったところで、マウスが抱きついてきて、支えてくれた。

 ……意外と柔らかい部分が大きい。たぶん師匠よりはずっと大きい。

 いやいやいや、と思いつつ、声をかける。


「おい、汚れる、ぞ……」

「いい、いいんです、銀さん、大丈夫っ……?」

「大丈夫だ、っての。泣きそうな顔、しやがって……」


 頭を撫でてやろうとして、手が血だらけな事に気づき、やめることにした。

 見上げてみれば、クソピエロは、空中で確保されたようだ。

 痙攣しているあたり、まだ生きているらしい。

 イキのいい、根性のあるクソ野郎だ。二度と顔見せんな。


「っと……"銀杖"は、と……」


 軽く周囲を見回せば、徐々に短く細くなっていく"銀杖"が見えた。


「マウス、もう、大丈夫だ」


 というか、早く回収しないと、"銀杖"が倒れて二次被害が出る。

 気づいたサイクロプス系警官が、慌てて"銀杖"を支えにかかっている。

 どやどやと、他の警官たち――オーガ系や熊系――足元では役に立ってるのか立ってねぇのか、小人系までもが、支えに行く。


「ありがとうな」


 まだ左手は痛いが、ともあれ歩ける。

 マウスが腕を話したのを確認し近づこうとしたあたりで、


「やべぇ、ちょっと腰やべぇ!」

「わしもだ! 久々にマジだったからな!」

「つーぶーれーるー!」


 あ、やべぇ、と駆け出したあたりで、巨大な影が頭上を覆った。

 ジェームズさんだ。

 彼は竜頭に笑みを浮かべながら、"銀杖"を支えに入り、


『おッおおおお重い! 重いな!!!』


 ……とにかくダッシュで回収することにした。

 俺が触れて念じれば、"銀杖"は一気に縮み、細くなり、軽くなる。

 それでも通常の神珍鉄インゴットと同等の重さはある。とりあえず通常状態で脇の地面に刺し直して、両腕の完全治癒を待つ。

 警官隊のみなさんも、瓦礫の中から捜索していた警官隊を捜索に入っている。

 "銀杖"を支えていた巨人たちが協力して屋根を持ち上げ、投げ飛ばしている。

 回収した人員に応急処置をしている。

 あるいは周囲に走り、救急車を誘導する人員も見える。


「やった、か……」


 クソみたいな元旦もこれで終わりだろう。

 "銀杖"にもたれかかってそれを眺めていると、マウスが救急キットを持って駆け寄ってきていた。


「銀さん、手、まだ、血がっ……」

「内臓、先に治しててな」

「ち、治療、しないとっ!」

「ツバつけときゃ治るっての。わりとマジでな」


 流石に明日、明後日くらいは激しい運動はできねーな、って程度には負傷したが、その程度だ。

 だってのに、マウスは涙目で、勝手に腕に包帯を巻き始めた。

 消毒先にしろよまったく――ってところだったが、まあ悪い気はしない。

 と言うか、マウスの方も、おそらくあの屋根上にいたためか、何か所か傷がある。

 だが、俺の治療の方を優先してくれているようだ。

 へ、と笑っていると、犬系の――本部長が、歩み寄って来るのが見えた。

 彼はシェパードじみた精悍な顔に、精一杯と見える笑みを浮かべていた。


「よくやってくれた、"銀杖"君」

「いいんですよ。俺も香港市民の一人ですからね、ってことで」

「うむ。君のような若人に、そう言ってもらえるのはありがたいな。ジェームズからも、見どころがあると聞いているよ」


 竜体から戻ろうとしているジェームズさんがこちらを向いたが、気づかなかったふりをする。


「いや、話は後日の方が良いか。緊急の重傷者を送った後になってしまうが、病院まで送ろう。君が頑丈なことは知っているが、精密検査を受けたほうがいいだろうしな」

「……ありがたく。左手、かなりいい感じにイってますんでね。骨の欠片とか、肉に残ってるかもなんで」


 えぇっ、とマウスが小動物じみて反応するが、まあ、師匠と修行しててもまれによくあることだから慣れてるっちゃ慣れてるんだよなあ。

 特に最初の一年だと内臓破裂とかもあって――いや、痛い記憶の痛みを思い出すのはやめておくか。


「ともあれ、そうだな、君」


 と、本部長は、カードとスタンプを渡してくる。

 15個が押されたそれと。おそらくは俺が奪い取った、最後の一つを、だ。


「最後の一つだ。功労者である君が押すべきだろう」


 本部長の笑みに合わせて、笑う。

 右腕を伸ばして、本部長の肉球ある手のひらの上でそれを押す。

 すると、ゴトン、という音が聞こえた。


「「ん?」」


 音の方向をみる。

 そこには、爆弾があった。

 青白い装甲に全面を覆われた爆弾だ。直径にして、およそ15センチくらいだろうか。

 見るからに強大な魔力が、青銅どころかクリスタルじみて発光している。

 本部長と視線があった。

 マウスはまだくるくると包帯を巻いていた。


『アイアムスタンプラリー踏破記念景品でぇえええええええす!!! あ、のこりいっぷーん! 巻き進行でごめんネ!』


 爆弾が叫んだ。


「…………。あンのクソピエロ」

「救助は終わっているか――ッ!?」

「ま、まだ全員の安否確認がとれていませぇん!!!」

「総督府前に集合ッ! 全員で障壁急げッッッ!!! ……君たちも来るんだッ!」

「いえ」


 遮って、ぐるりと肩を回す。"銀杖"を持つと、ちょっと左腕が傷んだ。

 だが、やれるだろう。

 せっかく巻いてくれた包帯だが、邪魔になるので引きちぎって、マウスに向き直る。


「マウス、最後にあぶねぇこと頼んでいいか?」

『のこりさんじゅうびょーう!!!!!』

「っ……はい、銀さん」

「悪いんだけどよ、ちょっとそれ、こっちに投げてくれねーかな。軽く。トスしてくれるか?」

「はい!」


 こっちに来い、とか警官さんたちの声も聞こえているが、無視だ。

 マウスはひらりと爆弾を飛び越えて、それを持ち上げる。

 俺の方も、ごきごきと首を鳴らし、"銀杖"の端を両手で持ち、天に向け、構えを取る。

 身体を半身に。マウスに左肩を見せるような形だ。


「――いいぞ」

「はいっ!」


 ひょいっ、と、緩く爆弾が放られる。

 軽く左足を引いて、強く息を吐き、踏み込み、腰を回し。

 雑にやっていた中学時代のスイングを――今! 師匠より叩き込まれた武技でもって、ここに再現する――!


『ヒャッホ――!!! のこりじゅうびょッ』


 ――澄んだ快音が鳴り響く。

 青白い光の軌跡を描いて、一直線に爆弾が飛翔する。

 香港総督府庭園を軽く飛び越える場外ホームラン。

 リリースのまま、"銀杖"を放って、


「……たまやー、っと」


 ――遠くの空。香港圏外で、派手に輝く爆炎を眺めた。

 だいぶ遅れて、大気の振動が音としてやってくる。

 クソピエロが、ともう一回だけ毒づいて、傷口が開いたことに気がついた。


「あー……悪いな、マウス。もう一回、包帯巻いてくれるか?」


 マウスはとうとう泣き出して、嗚咽しながら、ぐちゃぐちゃに包帯を巻き始めた。

 あとで病院の人が解くの大変だろうが、と思ったが、突っ込むのも野暮だろう。

 障壁を張っていた警官さん達も駆け寄ってくる。

 その後、俺はもみくちゃにされて、胴上げされて、そのまま救急車にシュートされて、その日は検査入院することとなった。

 ……後日。

 ジェームズさんに、今度は草野球のバイトを依頼されるのだが、それはまあ、また別の話だ。