エロ率分析 (α)

〜分析結果サンプル〜


 『7』


 高く燃え上がる焔の結界を形成しながら、彼はその背を見た。

 視線の先にいるのは、少年だ。

 銀の杖で、巨体を釣り上げるように持ち上げている。

 釣り上げは180度。バックドロップのように放り投げて、更に飛び蹴りをぶち込んで建物を抜く。

 強くなった――今では竜体を出さねば勝負になるまい、と思い、その通名の基たる"銀杖"が無ければ多少やりようはあるが、と対抗するように連ねて思う。

 最初にあった時よりずいぶんと背も伸びた。当初は170センチも無かったが、今では180センチ半ばの丈夫だ。

 傷も増え、ピアスも付けて、近ごろはジャケットのセンスも更に残念になってきている。

 口端を笑みで歪めながら、足元、土と光の結界の中に声をかける。


「ガビザン、ゲッセイ。問題はあるか」

「すみません、ちょっと暑いです。いや、熱いです、というか、蒸し焼きですね」

「わ、私はまだ大丈夫です……が、ゲッセイは暑さに弱い方ですからね」

「少しは耐えられると言うことだな」

「多少は」

「ま、まあ」

「「でも正直5分以上は嫌です」」

「了解した」


 彼は腰から警棒を引き抜き、跳躍し、焔の結界を越える。

 竜爪を地に食い込ませて、喉奥に焔を溜めておく。

 蛆のように這い寄って来る"無尽"を踏みつぶしながら、息を吐く。

 ……洗脳ができる犯罪者も多く知っている。

 が、相手、"無尽"が洗脳に極めて強いと言うことも分かっている。

 どの犯罪者がこれをするか。あるいは、新しく入って来た犯罪者か。

 考えつつも、彼は挑発する。


「――21年前とは違うところを見せてもらおうか」


 警棒は、ステッキ代わりだ。バリツの構えを取り、焔を混じらす息を吐く。

 うじゅる、と音がする。

 眼前に、雑に人型を象った肉の塊ができる。腹部が震え、スピーカーじみて空気を震わせた。


「うーん。素直に倒れてくれると嬉しいんだけどどうだろう? 僕は君の強さを知っている」


 言葉と同時に、彼は爪を牙を尾を警棒を振るった。

 無数の"無尽"が襲い掛かってきたためだ。

 白い線虫が裂かれ食われ弾き飛ばされ一瞬で血煙と化していく。


「うーんダメかぁー。いや、実際のところ君の強さって、竜であるってことだから、相性悪いんだよね本当。絶望的に。足止めくらいはできるけどね」


 彼は、軽く息を吐いて、牙に引っかかった線虫を消し済みにする。

 線虫は、鱗に張り付いて、牙を突き立てている――突き立てようとしている。

 だが通らない。制服は破れても、その鱗を破ることはできていない。


「変わっていなければこのまますり潰すだけだな」

「いやあ、昔は制約があったから、相性は本当に絶望的ってわけじゃあないんだよ。そして、今はもっと違う」

「ほう――」


 彼の強みは、竜であることに集約される。

 強靭な肉体は並みの身体強化術では追いつけない膂力を持つ。

 長く伸びた尾はしなり、一振りで岩を砕く。

 爪はそこらの名刀を凌駕する鋭さを持ち、牙は鋼すら噛み砕く。

 鱗は並みの刀剣なら弾き返すほどに頑健。

 吐息は焔と等しく、吹きつければ化石化したそれとは言え竜鱗を蒸発させるほどの熱量を誇る。

 更にバリツだ。日本武術が英国に渡り、それを修めた父親が香港に赴任したことで東洋へと戻って来た武術である。

 ステッキを用いた短刀術、棒術の技術を取り込んだ武術。

 無論、仙人などの猛者に叶うものではないが、彼の本業、本道は警官である。

 過去の鍛錬、現在の片手間の訓練――それだけでこれだけの強さを誇るのが、アレク・ジェームズという男だった。


「――試してみるがいい! "無尽"! その底を見せるまでにはなッ!」


 圧倒蹂躙。

 踏みつぶし蹴り飛ばし、跳ね飛ばし焼き尽くす。

 時折飛んでくる大型の塊も、顔面さえ守れば問題ないとばかりに弾き飛ばし、"無尽"の中央で竜が暴れまわる。


「グゥォオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!」


 咆哮と共に、焔が撒き散らされ、火の粉だけで"無尽"が焼き尽くされていく。

 ――武技を修めた人型の竜。

 それを止められるのは、香港でも滅多にいるものではない。


「うっわマジで手加減ない、っていうかマジかあー、そりゃそうだ人間とは違うもんね人間で40歳手前とかロートルだけど竜ならまだまだだもんなぁー、やばいやばい、口とか作るの結構面倒なんだってば洗脳されてるから喋りたいときに喋れるよう維持したりしておかなきゃいけないの待って待ってねえ待って炎が! こっちに! うひぃ!」

「本当に洗脳されているのかどうかはっきりしろ!」

「されてるってば! ウワー身体が勝手にー」

「冗談は存在だけにしろ……!」


 スピーカーとなっていた人型の塊を警棒の振り降ろしで割ったところで、警棒に限界が来た。

 半ばからへし折れたそれは、強化されてはいたが、竜人が長く振るう武器としては軟弱だ。

 彼は警棒を捨て、同時、地面から沸き上がって来た石杖を手に取る。


「使ってください!」

「すまない、ガビザン!」

「優秀な部下だなあ! うらやま-C!!!」

「黙っていろ……!」


 警棒とはリーチが違う。

 無論石であるだけに固く、しかして脆いが、


「ガビザン、次だ! 右に10歩前に12歩の位置! そこから半歩後ろにもう一本再生成準備!」

「お、おう!」


 背後に背負う結界内から、次々、という速度で石杖が再生成される。

 使い捨て、破片すらも武器にしながら、高速で"無尽"を叩き潰す。


「と、ところでそろそろ脱ぐものが肌と肉くらいしかないです!」

「同じく毛皮だけ!」

「もう少し数を減らす……!」


 部下たちの声が掠れていることを認識し、彼は脚を止めた。

 そうして、深く息を吸う。


「「げっ」」


 と、部下2人が声を上げた。

 焔の結界を内側から弾き飛ばす勢いで、土石と光の結界が巨大化し、強度を増す。


「簡単に――言ってくれるなぁああああああああああああああああ」「ああああああああああ」「ああああああああああ」「AAAAAAAAAAA」「身体が熱いの❤ 物理的に❤」「ああああああああああああ!!!」「待って今変なのいなかった?」「ああああああああああああああああああああああ!!!!」


 肉が寄り集まる。

 どこに隠れていたのかというほどの量――路地一つを呑んで余りある物量だ。

 津波のように押し寄せてくるそれに、彼は腰を少し落としただけだ。

 結界が飲まれて、彼も飲まれた。

 そして一瞬の後、下から一斉に打撃されたかのように、津波が打ち上がった。

 衝撃で結合していた肉が千切れ、その隙間からはプラズマじみて焔が噴出する。

 音速を越える速度で吐き出された焔は、一瞬で地を舐め、蒸発させ、水蒸気爆発じみた現象を発生させた。

 一気に破裂した大気は、急速な吹き戻しを呼ぶ。

 打ち上がった消し炭、灰、肉片が、一気に路地から散らされていく。

 肉の底から現れるのは、やや焦げた、しかしほぼ無傷の竜人だ。

 一掃された路地に残っているのは、表面を削られた結界くらいのものだ。

 けほ、と一息、煙を吐くと同時に、結界が砕けるように割れる。

 中からは、半裸の男2人が現れる。しばらく蒸し焼きにしていたため、二人とも汗だくだ。


「っと――熱ッ!? ガビザン! 結界! 結界!」

「ば、馬鹿言うなよ! こっちだってそろそろキツ――」


 笑みを浮かべたあたりで、部下2人が、彼の方を見て、凍った。


「ん? どうした?」

「そ、その、脚……ど、どうしたん、ですか?」


 なにか怪我でもしたかな、と、足元を見た。

 茶色い毛のようなものが、両足に生えていた。

 わさり、と海藻のように揺れている――


「グゥォッ!!!」


 ――即断。

 炎を吐きつけ、足を焼く。

 己の鱗すらも焼く熱量だ。


「ぐゥうううう!」


 鱗が耐えきれず、破裂するように跳ねて、そして血肉を露出し、そして焼ける。

 長躯を支えきれずに尻もちをつきながらも、鱗と同化したそれを焼き尽くす。


「あーあ」「せっかく張り付いたのに」「ヤンナルネ」「ホント昔から思い切りは本当にいいんだよね。竜化なんて切り札を得たあとは特にそうさ。ともあれ、これで鱗の守りはなくなったわけだね。いやはや苦労したよ。僕として増えたものは僕でしかないからね。今焼かれた僕はわりと切り札だったんだよ? 最初に"銀杖"くんに半分くらいミンチにされちゃったけどね。さて。さあ。ジェームズ。アレク・アレックス・ジェームズ。力強き火竜の化身、本物の竜人」


 その背後に、人型の肉が立つ。

 体中に生えた口が言葉を発する。


「その焼け焦げた足で、僕の侵食を防げるかな? 無理だよね。だから君はそうするしかない。思い切りはいいにしたって、選択肢を奪って僕がそうしたと言うことに変わりはないわけだ。さ、竜化したまえよ、ジェームズくん――」


 言い募る口を、光の剣と土の槍が貫いた。

 それは連続し、簡易的な結界と化す。


「退きましょう!」


 部下の言葉に、ああ、と、口にしようとして、呻きが先に出た。

 血は出ていないが、表面が炭化しているのだ――後ほど療養が必要だろう。

 嫁に怒られるな、と思いつつ、彼は、尻尾も使って四つん這いになる。


「ゥ……オ、オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!」


 咆哮と共に、その背から翼が生える。

 全身が作り替わっていく。

 腕脚は短くしかし太くなり、同時、鱗が早廻しのように下から生える。

 胸郭が拡充され、首と尻尾は太く、長くなる。

 背が――体長が伸びる。結界はあっという間に弾ける。

 額からは角が生え、顔面はヒトの様相を完全に消していく。

 背に人が乗れるほどの大きさに至ってもまだ大きくなる。

 辛うじて残っていた建造物を砕いて――数秒で完成するのは、火竜だ。


「乗れッ」


 軽い一声が、部下2人の汗を一気に吹き飛ばす。

 部下2人が顔を見合わせ、しかし次の瞬間には半裸のまま身体強化で竜の背に乗る。

 2人は手に制服を(片方はついでにジャケットも)持っており、そしてそれを着用する前に、竜は動き出した。


「うわー……緊急時とは言えパンイチでお空の旅か俺達……」

「し、仕方ない」

「お前はいいよな、まだ半裸じゃないし……」

「脱いだら、大変なんだって」


 竜が翼を動かせば、その超重の身が浮く。

 コウモリじみた皮膜の翼だ――巨体を浮かせる揚力など得られるはずはないが、竜と言う存在は1945年以前の物理法則に縛られる存在ではない。

 飛びあがったかと思えば、次の瞬間には飛翔している。




/




「うーん、優秀な部下だよ本当。――さて。とは言え僕もだいぶ削られてしまった。となれば、僕の本体を出さざるを得ないんだけれど。いいよね? "僕"様」

「ああ、構わない。精々騒ぎを起こせ。人を集めろ。なるたけ集めるんだ。しかる後に全員滅ぼす」




/




「――さて、飛びあがってすぐだが降りろ」

「す、スパルタだなぁあ!」

「私の炎に耐えられる結界を張れるからこそ連れてきたのだ。美味い汁を吸わせている分の仕事はしてもらう」

「ま、まあそうなんですけどね! この前はいい土ありがとうございましたッ」


 と、ガビザンと呼ばれていた方が落下し、砂でグライダーを作り飛んでいく。


「俺が死んでも妹の入院代は払ってくださいよ」

「勿論だ」


 頷けば、ゲッセイと呼ばれていた方が、獣の様相を発揮して飛びだした。

 猫系だ――身は軽く、ビルに着地したかと思えば跳ねるように移動していく。

 見下ろす先で、ビルを割って、ヒトの頭部のようなそれが生え始めていた。


「グ……ゥ」


 正直なところ、同情する。

 何が起きたのかは知らないが――後ほど調査するが――洗脳されているのだ。

 どんな意図をもって敵対しているのかは分からないが。ともあれ、己の炎にもう一度焼かれるのだ。

 それは全く、同情するべきことだった。


「ゥ、オ、オ」


 肉色の頭部――"無尽"本体、最大集合たるそれを見据えながら、その『視線』が向く先へと降下していく。

 4人の男女が攻撃にさらされているためだ。

 ほぼ同時に、視界の端に光が灯る。

 二人の部下が、位置についた、という合図だ。

 上空に飛び込み、伸びる触手に向けて、焔を吐き出した。


「――ゴギャァアアアアォオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!」


 咆哮と共に、焔のブレスを吐き出す。

 触手など何の壁にもならない。

 肉は焼けるよりも、一瞬で沸騰蒸発する、と言った方が正しい有様となって消えていく。

 触手の根元に着弾した炎は、跳ねるように首を覆う。


「ぎぃいいいいいやぁあああああああああああああああああああああああッッッ!!!!!????」


 叫びと同時、落下させた部下たちによる結界が展開された。

 片方は光の剣。

 幅広の剣が数百――それが一瞬で展開され、密度高く敷き詰められ壁となった。

 片方は土と石。

 崩れかけたビルを利用し、溶けて混ざり合うように高くそそり立ち壁となった。

 吹き付けられ勢いのまま散るはずだった炎が、熱が漏れない。

 肉の表面を焼き融かすさまを確認しつつ、竜は身を翻し、その背に4人を乗せる。


「さて!」


 叫びながら、『首』を観察する。

 土石側の結界が耐えきれず、元ビルが焼け崩れる――炭化した表皮の下から、触手がアッパーでそれを砕いた。


「……流石にこの程度では沈まないか!」


 牙を鳴らし、笑う。

 限界までの時間を、体内の活力から計算する。

 己の能力の内、警官として最も替えが効かないのが竜化だ、と彼は任じている。

 故に、常日頃から気を付けてはいる。最近は嫁の食事管理や搾り取りで調子のアップダウンが激しいが――本日については残り5分と言ったところか、と、竜は思う。

 平均よりもやや上の体感だ。先ほどのような蒸し焼きをしてやらずとも、あの肉塊を焼き尽くすことはできよう。

 だが、嫌な予感がしていた。

 1分――否、2分くらいは、限界までの時間を残したい、と、警官としての――そして香港住人としての勘が言っていた。

 竜体を表す際にも消耗するので、そのくらい残してやっと1分ほど活動できる計算になるからだ。


「3分以内にカタを付けるッ!!!」


 竜は、背に乗る4人に視線を向け、頷きを返される。

 飛び行く。


「――楊、李、それに可欣は降りなさい」


 背の声を聞きながら、竜は深く息を吸い、焔を喉奥に貯める。

 飛び散り飛散させてもいけない――ナパームの如く執拗に、が肝要だ。


「それはッ……」

「役割分担というものです…………おっと。役割分担というものよ、可欣」


 いけないいけない、と、外面に余裕を取り繕う見た目妖艶な女を半目で見ながら、弧を描いて飛び、焔を吹きつける。


「――"無尽"を操る術者は、恐らく近くにいるわ」

「……はい」

「それに警官2人もね。あれだけ大規模な結界を張ったから、今頃は逃げるのも精一杯のはず。楊。李。回収しなさい。――さあ、可欣も降りて。私たちに、任せて?」


 声をかけられた少女は、一瞬躊躇した。

 剣に視線を落とし、その刃紋を見て、……そして頷いた。

 三人が飛ぶ。

 竜は一度身を翻し、触手をその爪牙で切り裂き、尻尾で打ちすえ、そして自らの身でもって庇う。


「――さて!」


 竜は、数カ所の傷から血を流しながら、自らの焔が起こす上昇気流に乗った。


「どう見る! 当人は洗脳と言っていたが!」

「完全に支配しきれていない可能性がある! 私の"無尽"を乗っ取る術者だなんて、仙人の中にも滅多にはいない!」


 風の中、叫ぶように会話する。

 竜の知識の中にも、これができる者はそうそういない。

 思考に特化した仙人や、死霊術を修めた仙人は思い当たるが、これをする理由がなかったり、香港外に出ていたり、だ。

 仙人の線はほぼ消える。

 仙人を抜いてしまえば、これが可能な術者など香港にはほぼいない。


「できる野良か! ――香港に恨みを抱いた!」

「つまりは、我らの敵ということ!」


 なるほど、と竜は笑う。

 それだけ分かれば十分だ、と――久々に、"我らの"、という言葉のくくりを聞いたなと。

 竜は首を巡らせる。

 既に竜をして十分な距離を稼いだ。

 そこから行われるのは、重力を利用した急降下だ。


「グゥウウオオオオオオオオッッッ!!!」


 咆哮。

 振動だけで崩れかけていた建造物が崩壊していく。

 口奥に溜まった焔が、火球として撃ちだされた。


「キィキキキキキキキキキキキェエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!!」「って奇声を上げて必死さアッピィイイイイイイイル!!!」「マジで必死だよだから僕基本的に無理なんだってばコイツ!」「ブラック労働反対イイイイイイ!!!」「イィイイイイエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!!」


 口々に頭に開いた口が言う。

 同時に、触手が槍となって伸びた。

 火球は風船を針で突いたように破裂し、爆炎を飛散させる。

 第一波はそれで焼失したが、第二、第三と触手の波は続く。

 いかに竜鱗と言えど、限界以上の力を受ければ砕ける。

 特に翼、皮膜は弱い部位だ。

 竜は回避しつつ、地上を薙ぎ払うような高度で一気に90度回転――『頭』に背を向けながら、血を零しながら、触手を避けるように高速で飛翔する。


「ええい……!」


 その背で、髪をはためかせながら、黄が袖口から札を連射する。

 身体強化術を使用してさえ、気を抜けば一瞬で身体を持っていかれる速度だ。

 触手を撃墜するも、その大元は殆ど削れていない。

 1周は一瞬で終了し、2周、3周と、多少いびつな円を描きながら竜は飛ぶ。


「そろそろ」


 と、竜が焔を吐いた。眼前から迫る前周の触手を焼き尽くし煙を突き抜けながら、言葉を続ける。


「よいのではないか」


 背に乗る黄は、一瞬振り返った。

 しかし迫る触手に再度振り返らざるを得なくなり、そして、


「血か……!」


 高速に舞いながらも地に落ちていく朱い液体を認め、溜息を吐き、――灰の長髪に両手指先を突っ込んだ。

 そこから引き出されるのは、ひときわ細かく図柄の描きこまれた札が8枚だ。

 竜は5週目に入る。

 治癒していない傷から血を流し、地面にまき散らしながら、だ。


「屍鬼黄塵法! ――《縛妖陣――竜血図》!」


 札が飛ぶ。

 八方を封じ壁となる。

 地に落ちた紅が光を放つ。


「ちょっと待ってぇええええええええ!!!!???」「ワリとそれシャレになってないよぉおおおおおお助けてェエエエエエエエエ!?!!!」「――先に殺せばいいか」「って考えちゃうじゃないかあぁアアアアアアもおおおおおおおおおおおお」「殺ァああああああああああああああアアアアアアアアアアアアア!!!!!」


 『頭』が『髪の毛』を用いて高速回転する。

 30メートルよりやや嵩を減らした頭部は、回転し、回転し、回転し、その形状を楕円に変化させる。


「ジェームズ……!」

「分かって――いるとも! 信!!!」


 『首』は、一気にその身を細く形成した。

 回転速度が急激に上昇する。頭頂部で触手をより合わせたそれは、超高圧縮肉でできたドリルだ。

 自ら血を遠心力でまき散らしながら、それは竜血の陣すら打ち破らんと突貫する。


「ォ、オ――」


 竜が翼を広げ、舞い上がる。

 慣性によって上昇する中、竜は姿勢を整え、首をもたげ、口に溢れんばかりの炎を溜めこみ、


「――オォオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアッッッ!!!」


 陣の中央にぶっ放した。


「ドッッッリィイイイイイイイイイイイイイイイイイイル!!!!!!!」


 肉のドリルがジャイロ効果を得て一直線に行く。

 焔に突き刺さり、回転によって巻き込むようにそれを突き抜け、しかしそこが限界だった。

 爆炎は《縛妖陣》内で反響するように肉を蹂躙する。

 回転に乱れが生じ、ブレたドリルは地に突き刺さり、化石化した鱗を抉り、折れ砕けて跳ね飛んだ。

 竜の首元から顔を出した黄信が、左手、剣を突き出し叫んだ。


「――禁!」


 同時、《縛妖陣》が収縮する。

 爆炎が中身ごと凝縮される。

 ただ一カ所だけ開けた孔、天頂に開いたそこから、圧縮された大気、灰、熱が混ぜ合わされて噴出する。

 高圧のそれはプラズマだ。大気を同じくプラズマと化しながら、文字通り天まで届き、雲に穴を開く。

 内部の様相は、地獄と等しいだろう。しぶといから生きていそうだが。と、2人は同時に思う。

 そして、竜が言った。


「――と、すまん、着地は任せたい。時間だ」

「え」


 竜が力を抜く。その身が縮小していく。

 黄信は、元より血色の薄い顔を更に青ざめさせて、ほとんど土気色にしながら札を引き抜き叫ぶ。


「そッ――そういうところですよ君ねッ、札の手持ちももう少ないと言うのにああああああ地上が! 地上がっ!?」

「血も流したので時間制限が厳しくてだね。本気で焦った時の顔は相変わらず面白いな、黄信」

「黙れ若造――!?」


 わぁ、と。

 熱の余波で焼き尽くされた地上に、二つの声が出る。




/




 ……遠く離れた、爆心地。

 その中心に、バスケットボール大の札の塊が落ちている。

 それが風もないのに転がって、そして、首を振るように――やれやれだぜ、とでも言いたげに、横揺れした。