〜分析結果サンプル〜
中華邪仙ド貧乳エルフ師匠をちんぽでこらしめるやつ@NEO/鵺野新鷹
『6』
目を閉じ、思い出す。
もう三ヶ月以上前になる――叔父さんを解放するための計画について、銀精様にお話した、あの吹雪の日。
あの日が、動き始めた日だった。
銀兄さんが追い出されるように出発した後、私は応接間に通されて、銀精様と対面していた。
「して、何が望みじゃ、印璽の主よ」
銀精様はあの日、首元まで覆うドレスを着て、私を威圧していた。
下手なことを言えば、聞かなかったことにして殺そうか、と、そう考えている瞳だった。
銀兄さん――いや、銀さんは吹雪の中を歩いているのかな、なんて、軽く現実逃避をしたことを覚えている。
私は、意を決して、バラバラに分解され、しかし揃えてくみ上げられた印璽を机に置いて、言った。
「はい。――叔父を、解放したいと思っています」
叔父には、呪いがかかっている。
総督という役職にかかる呪いだ。
「あの人にかかる呪いから。……勿論、銀精娘々様、貴女へかける負担や不利益は、可能な限り少なくしたいと考えています」
「……ほう? 叔父、叔父、か。――姜龍、か」
「はい。……私は、姜星の娘です」
「なるほど、の。そう言えばあの阿呆は、写真をばらまいておったのう。……どちらかと言えば、母親似かの。その姿は」
「はい」
私はそこで、可欣、に変異した。
実演をするため、だ。
「このように、私は別の姿を持っています。この姿を用いて、叔父を表向き殺害。殺人犯の死体を用意すると同時、私はこの姿で過ごすという策を考えています」
――再度、"マウス"に戻って、私は銀精様を見る。
彼女は片目をつぶって私を見ていた。
観察されている、と、その時は感じた。
「……ほう。なるほど。"恨みを持った初代総督の娘による仇討"といった筋書きかの」
「はい」
「単純ではあるが、よかろ。表向きにはそれで民も納得しよう。ただ殺すよりは、よい仕事よな」
銀精様は頷き、立ち上がる。
「そうとなれば、おぬしの死体を用意せねばならんな。変位系種族の死体は手持ちにはない」
「はい。黄信が、用意をしています。警察内に、協力者も用意しました」
「……ほう、準備がよいのう。重畳、重畳」
この計画は、参加した者達全員に得がある。
叔父さんは呪いから開放される。
私は叔父さんを救うことができる。
ジェームズさんは恨みを晴らし、黄さんは肥大化した叔父さんの権益を拾うことができる。
銀精様は、私の集めた印璽を回収することができる。
そういう得がある計画だった。
……黄さんとしては、その過程できっと銀兄さんが銀精様から離れるだろうと読んだ。
私はそれに同意した。銀兄さんならきっと大丈夫、と(後に聞いたところ、"銀杖"がなかったせいで大苦戦したらしいけど)。
銀精様は、くみ上げられた印璽に手をかけ、止まった。
「……そうなると、おぬしは香港外に出た方がよかろうと思うのじゃが。その姿では、二度と出歩けなくなるのじゃろう。否、害した上で出歩くことができる時点で上等かの」
そう。
"マウス"は死ぬ。
二度と人目に触れることはないだろう。
「……なぜわしを恃む?」
印璽は、父が――初代総督が、仙人全員と話し取り付けた約定だ。
『印璽を以て願われたならば、これを断るべからず』。
一度きり。香港にとっては、"香港大砲"以上の、最終最後の奥の手だ。
それを私は、自分のためだけに使おうとしている。
罪深さに震えてしまう。誰もが私を非難するだろう。
「田、圏の影響力があれば、姜龍を総督の座から引きずり下ろすことも不可能ではあるまい。――紅可欣を名乗る娘よ。なにを思いこれを望むか?」
私は息を吸い、吐く。
そして真っすぐに彼女を見つめる。
美しいエルフ、彼の師で、焦がれる女性を。
「ええ。そうですね。ですけど――」
それはある種の、宣戦布告だ。
「――ついでに、私も、幸せになりたいんです」
/
――思い返していると、背中の一点を軽く押されて、う゛、と声が出た。
「……ここは痛い?」
頷くと、指から力が抜けて、痛みが消えた。
ふんふん、と頷き、笑う気配があった。
背中を触れる手が、つ、と下がっていく。
ん、と吐息が漏れる。
細くしなやかな指先だ。
医師のような動き――のはずなのに、どこか官能的ですらある。
「……まあ、健康体。ちょっと運動しすぎ、ってくらいね」
「はぁ……はい」
「そもそも、かの"銀精娘々"の傍にいるのですもの。なにか特別な異常があれば、きっと彼女が指摘しているわね」
「……それもそうですけれど」
いいわよ。と言われて、服を下ろす。
乱れた灰色の髪を流して、ん、と息を入れる。
イメージするまでもなく、もう一つの姿に切り替わる。
視界の端で、灰色の髪が燃え上がった。
後ろに――黄さんの方に向き直って、座り直す。
今日の黄さんは、黒っぽく、どことなく艶っぽいながらも、カジュアルないでたちだ。
薄手のセーターとロングスカート、そしてパンプス――30代くらいに見える外見の黄さんだけど、外見通り、30年間女性としてだけ生きてきました、って全身で語っているように見える。
演技派なんだなあ、と改めて思いながら、……今度一緒に服を買いに行こうとか言ったらどうなるかなとか、軽く考えてみる。
多分親戚のおばさんみたいに振る舞ってくれるんだろうなあ、と、その様が想像できてしまった。
もうおじさんだった黄さんが思い出せなくなってきている。ちょっと自然すぎる。
扉を開けて、楊さんが入ってきた。
ほぼ同時に、李さんがお茶を持ってきてくれる。
「……"マウス"になるのも、久々じゃなくて?」
「そう、ですね。そうでした」
うん、と頷く。
私――"私たち"は、二人で一人の双子のようなものだ。
母親似の"マウス"。
父親似の"紅可欣"。
同じ魂魄と記憶を持っている。
だけど、肉体が違った。
似てはいるけれど、同じ記憶に対して、同じ状況に対して、少しだけ思うことが違う。
「でも、もう表には出さないって決めてますから」
「そうね――せっかく手に入れつつある、幸せだものね」
黄さんは頷く。
「――正直まだ15歳にもならないのに将来キメるのはどうかと思うのだけど。考え直した方がいいと思うのだけど。アレは人を幸福にできないとは言わないけど人生滅茶苦茶に過ごすタイプよ。悪運が突き抜けていて天運もあるけれど安定って言葉のない男。いえ、15歳と言えば、もう立派な大人だけど。でも常識は変わるものだものね。今ならあと10年くらい、いえ、可欣なら15年は結婚相手に困らないでしょう。20年行けるわ。若いうちの彼氏にはいいかもしれないけれど、結婚相手としてはもう少しよく考えた方がいいと思うわ」
「あ、はい」
すごい早口で言われた。
「……ごほん」
黄さんは、誤魔化すように咳払いして、お茶を飲み下した。
銀兄さん、ジェームズさんと、警官さん二人、それに無尽さん――5名が、昨日の、現場の方に向かっている。
事務所には昨日も来たけれど、昨日はすぐにお宅の方に行って診断を受けたから、こうして事務所内に座るのは結構久々だ。
「最近の生活は、どう?」
「とても楽しいです。……あ、いえ、竜双子様たちのところが楽しくなかったってわけじゃなくて。……でも、楽しいです」
お茶をひと口。
「なんて言えば、いいんでしょうか。これまでは、寮生活だったと言うか……師兄たちは、一緒に住んでいる人たちではあっても、友人とか、家族とかでは、ありませんでした。親戚のおじさん、お兄さん……と言ったらいいでしょうか」
うん、と、黄さんが頷き、促してくれる。
「銀精様のお宅は、大きいけれど、二人しか住んでいません。銀精様達は、二人で完結することもできたはずなんです。でも、お二人は当然のように迎え入れてくれた。銀精様には、別の思惑があるんですけれど、銀兄さんは、しかたねぇよなあ、って。笑って言ってくれたんです」
……思い返して、少し笑う。
私の言葉を聞いた銀精様は、怒るどころか呵々大笑してくれたのだけど。
曰く、久々に死ぬかと思った。腹筋が壊れる、くびれがまた深くなる。
ひとしきり笑った後で、よかろう、と彼女は更に笑って、私を"匿う"ことを許可してくれた。
……後々、遠回しに、とーおーまーわーしーにー、二号さんが来ることを待ち望んでいたみたいなことも言われたわけだけど。
「そんな風に楽しいから――だから、このままなし崩し的に既成事実作れないかなあって」
「14歳がしていい発言じゃないわねえ……」
黄さんは、まったく、と息を吐いて、お茶を飲む。
あはは、と笑って、私もお茶を口に含んだ。
「好きなのよね? 彼のコト」
お茶が鼻に入った。
「んぐっ、げほっ、えほっ」
「そこで驚かれても困るのだけど」
「いっ、……いきなり言われても、……困りますので……っ」
「あら、失礼? ――まあ、それくらいしか原因がないのよ。昨日、今日と診た限りでは、まったくの健康体。死んだら骨は頂戴ね」
「は、……はい。それで、ええと……どうすれば、いいですか?」
「とぼけないで貰えると、話が早いのだけど。可欣?」
……押し黙る。
黄さんは、笑みを浮かべながら私を見ている。
「……"マウス"」
叔父さんのように呪いが原因ではない。
私自身の問題で、
私自身が問題だった。
「可欣は我慢できるけれど、マウスが我慢できていない……から」
閉じ込められて、押し込められて、だから"可欣"では抑えられないほどに強くなってしまった。
だって、彼を好きになったのは、マウスなのだ。
「同じもので、だから同じ人を好きになったけれど、……その表現が、違ったから」
最初に出会った時――負けて、悔しかった。
ちょっと年上で、男性で、師とマンツーマンで鍛えられているからと言って、当時1年と少しの修行で私に勝てるだなんて、と思った。しかもおっぱいまで触られたし。
強さの秘密を盗もうと思って、バイトにも付いていった。
結果として彼の強さに特別な秘密はなかった。
仙人骨を持っていて、ただひたすら厳しい環境にあって、当人も努力していたというのが分かっただけだった。
それはそれで特別なことではあるけれど、私だって同程度に特別だ。
それでも勝てるなんて、と、最初は、本当に、服の趣味も悪いし顔も悪そうだし乱暴だし背も高いし気を使ってくるし、って、僻んでいたのだ。
「……好きなのにどうしてそうしないの、って、言うんです。やらないなら、私がやる、って。……そう言っているような、気がします」
それが変わったのは、年明けくらいだった。
ジェスター・クラウンと戦った時だ。
マウスとして会ってしまって、……知らない一面を見た。
彼にとってマウスは、知らない女の子だったはずだ。
だけど彼は、……乱暴ではあったけど、知らない女の子にも、不器用にだけど、優しく接するひとだった。
本当は、本当にやさしいひとだったんだと――分かってしまって、残念なことにときめいてしまった。
肩を落とし、ため息を吐く。
「銀精様にも、よい、と言われているんです。……ですけど、銀兄さんが、こう、襲ってくれないって言うかぁー……もう襲おうかって思ったりとか、はしたないぃ……」
「そうね。それを口にするあたり本当にはしたないわね」
「ふぐぅ」
……と。背後で扉の開く音。
もう戻って来たのかな、おかしいな――と思いながら振り向く。
時間的に、そろそろ現場に着いた頃だと思う。忘れ物でもしたんだろうか。
そこにいたのは、3人の男女。
顔を、鈴のついた布で隠したキョンシーたちだった。
「……無尽?」
と、黄さんが声を出す。
怪訝そうな声だった。
ちりん、と鈴が鳴って、落ちた。
「――可欣!」
その身が弾けて、触手と化した。
槍のような先端が迫る。
「っ!?」
姿勢が悪い――完全に油断していた。
剣は預けているし、私の炎では焼き尽くせない。
「くぅっ!」
つま先で高く音を立てて跳躍し、何とか回避しようとしたけれど、右の肩口を抉られた。
背面宙返りの途中で肩を跳ね飛ばされた形だ。
「…………!!!」
さらに、2本目、3本目が眼前に迫る――直前、足が何かに引っ張られた。
「わっ」
と思わず声を出した瞬間には、冷たくも柔らかい何かに受け止められていた。
目を開けば、眼前には豊満な胸元があった。
助けられたんだ、と理解する。
「……ありがとうございます、李さん!」
「可欣! 下がっていなさい! これはっ……!」
黄さんと楊さんが前に出る。
楊さんは既に6腕と化していた。
その多椀で触手を掴み、千切り折っている。
黄さんはその後ろで剣を振るっていた。
身から亀裂のような音を立て変異していく李さんから剣を受け取り、そして引き抜く。
昔、竜田様が、父さんから賭けで取ったっていう剣。
磨り上げて私の体格に合うように調整した、斑の刃紋を持つ一刀だ。
「私も戦います!」
息を入れて駆け出そうとして、けれど脚を止めた。
振り向く黄さんの視線が、危険だからとかじゃなくて、前に出られたら困るって視線だったからだ。
「っ!」
その理由はすぐに分かった。
黄さんがどこからかスイッチを出し、それを押し込んだのだ。
一度戯れに見せてもらったことがある。
ある意味での、最終手段だった。
「禁!」
黄さんが札を投げつけ、無尽さんの触手を抑え込んだ。
ほぼ同時に、楊さんに抱えられて飛び退いてくる。
動きは遅くなったけれど、触手、触腕はまだ動く。
「効きが悪い……! 変なものでも食べましたか、無尽……!」
「黄さん!」
追いすがるそれを切り払って、私も跳び、そして窓ガラスを破って外に出た。
――同時、アジトがサイコロサイズまで縮小し、次の瞬間には爆発するように元に戻った。
事務所が砂に還って砕け散る――そういえば上着を置いてきてしまった。
空間爆縮だ。内容物の保護を考えないそれは、範囲内の崩壊を意味する――もちろん、中から己を保護しようとするなら、あるいはそれにすら耐えられるなら、その限りではないけれど。
……砂と化した事務所跡地から、肉がずぼりと噴出した。
私の上着どころではない貴重品の数々を失った黄さんが、くぅ、と、惜しそうな声を一つだけ漏らして、叫んだ。
「ジェームズ達と合流します!」
「はい!」
楊さんに抱きかかえられながら、――それもお姫様系の抱っこだから、あまり格好は付いていないけれど。
屋根上に飛び上がって、駆ける。
林立するビルの上を走って、並走する彼女に気付いた。
本性――蜘蛛体を表した李さんだ。
片側4つの目で流し目を送ってきて、乗りなさい、と視線で伝えて来た。
「……失礼します!」
スーツの切れ端を残したおなかにしがみついた瞬間、加速度が私を襲う。
糸を伸ばし、振り子のように揺れて、打ち出されるように飛んだ。
下を見れば、2本の腕で黄さんをぎゅっと抱えて、残る4本の腕と脚で縦横無尽に疾走する楊さんが見えた。
そして。
その路地の場所は、すぐに分かった。
だって、炎上している――焔の結界が形成されている。
何かが起きているのは、一目瞭然だった。
「……無尽さん……!」
無尽さんは、急に襲ってきた。
無尽さんは自意識を濃く残し自立したキョンシーだけど、術者である黄さんの命令には逆らえない。
冗談で驚かす――襲うふりくらいはできるけれど、本気で私を殺そうとするなんて、黄さんが改めて『紅可欣を殺せ』とでも命令しない限りはありえない(こうして一緒に逃げているから、その可能性は低いと思う)。
ましてや、黄さんの封印を受けても動くなどありえない。
黄さんの影響下から、なんらかの手段で脱した。あるいは、命令権を奪われた。
そう考えるべきで、そしてそれは、無尽さん全体に及んでいると考えるのが自然だ。
――黄さんの切り札。辣腕触手の"無尽"。
その正体は、異星生物と化した無尽さんを、多数無数の死体を寄り合わせることでこの星の法則に沿うよう薄めたものだ。
地球の言葉で表現するならば、並列同位巨大万能単細胞群体生物。
分かたれた線虫のようなそれ一つ一つが、"無尽"を構成する細胞の一つ。
並列同位であるが故に、大概不死身で、精神汚染を受けてもその個体を駆逐することが可能なはずなんだけれど――。
「……李さん!」
着地点――ビルの上に、人影が出現する。
寄り集まった肉体。無尽さんの戦闘体だ。
それはあっという間にビルを埋め尽くすほどの数に達する。
「…………しゃぁっ!」
と、李さんが(見た目とはだいぶ違ってかなり可愛い)声を発して、糸玉を投げつける。
戦闘体一体一体はかなり力が弱い。李さんの糸にからめとられては身動きができなくなる。――だからと言うように、彼ら、彼女らは、生贄を選んだ。
幾人かを掴んで、胴上げするようにその糸玉に投げつけたのだ。
拡散前に抱え込まれた糸玉が爆発し、鋼線よりも強固なそれに裂かれ、あるいは巻き取られ、地面に落ちていく。
少なくとも数十体を行動不能にするはずだった糸玉が、ほんの数体の犠牲で突破される。
地面、路地にもみっちりと戦闘体が詰まっている。
地上を援護するように李さんは糸玉を投げつけ、蜘蛛腕で更に飛んできた戦闘体を叩き落す。
「李さん、すみません!」
私は李さんの甲殻を踏み、つま先をひっかけて立つ。
両掌を後ろに伸ばして魔力を集中し、そして叫ぶ。
「《炎翼》!」
ご、と焔が噴出する。
それを腕力で支えれば、浮上する力が発生する。本性を現した李さんはちょっと大分重いけれど、それでも屋上を飛び越えるくらいなら何とかなった。
蜘蛛脚がビル壁に突き立つ。肩の甲殻に指を引っ掛けて身を支えて、ビルからこぼれるように落ちてくる戦闘体を撃ち落とす。
「《炎矢》……!」
単純に、多い。
焔の矢が貫こうとも、それを足場に、足に火を燃え映らせながらも戦闘体が飛んでくる。
徐々に追いつかれながら、李さんが壁を走る。
炎の柱が立ち上る路地へと駆けていく。
3対の手足で跳ねるように、楊さんも追いついてきた。
「黄さん、無尽さんは……!」
「近くまで来ていますッ!」
それじゃないんですけど、と思った瞬間だ。
李さん、楊さんが駆ける先――壁面が破裂した。
円筒状のモノが突き出したためだ。
「ははははははははは」「ははははははははは」「ははははははははは」「ははははははははは」「ははははははははは」「ははははははははは」「ははははははははは」「ははははははははは」
多重の笑い声が聞こえる。
「ははははははははは」「ははははははははは」「ははははははははは」「ははははははははは」「ははははははははは」「ははははははははは」「ははははははははは」「ははははははははは」
どこからって、真上から。
「ははははははははは」「ははははははははは」「ははははははははは」「ははははははははは」「ははははははははは」「ははははははははは」「ははははははははは」「ははははははははは」
――見上げた先には、肉色を見せる触手があった。
「無尽さっ……」
叫びかけた瞬間、足元が揺れた。
樹が歩くように、根を引きはがすように、揺れる。
ビルが倒れて隣のビルに寄りかかって、そのビルも倒れていく。
うわああああ、と、住人たちの悲鳴が聞こえる。
「は・は・は・は・は・は・は・は!!!」
笑いの空圧で、ビルの破片が飛んだ。
吹き飛ばされ回転する中見えたそれは、人の頭部にもよく似たモノだ。
眼球のようなつるりとした表面の凹凸があり、鼻のような隆起があり、口のような亀裂があり、耳のような突起があり、頭髪のような触手が生えている。
遠目から見れば生首にも見えるだろう――30メートルほどの大きさが、スケール感を狂わせてくれるけれど。
全てが肉でできた生首――それが、辣腕触手"無尽"の本体、本性だった。
その『頭髪』が、ざわりと動く。
鞭のように撓り、貫き通すために真っすぐに伸びてきて、そして呑みこむべく回り込んでくる。
「楊! ――《噴進百歩拳》!」
楊さんがこくりと頷いて、腕の一本を無尽さんへと向けた。
真っすぐに突きこんでくる髪に拳を向けて、一対の腕で肩口を掴み、
「…………!」
その腕を射出した。
二の腕半ば、縫い目のあたりで裂けた腕は、爆炎を引いて猛進する。
螺旋状に回転し、触手を迎え撃って貫き、生首に着弾して波紋を起こし、そして呑みこまれた。
楊さんが作った隙を、李さんは逃さない。糸を吐いて触手の上に張りつけ、そこを足場に大跳躍する。
「美味美味美味美味美味美味美味美味美味美味美味美味美味!!! ははははは!!! かわいいかわいいかわいいかわいいかわいい抵抗だ!!!」
わざわざ『口』を動かしながら、生首は言う。
『頭髪』が、首を持ち上げた。
わざわざ向きを変えて、飛びあがった私たちを『視線』で追う。
生首は、にたーッ、と笑って、『鼻』をピノキオじみて伸ばした。
その上から、戦闘体が生み出される。
やりたい放題だ――容赦がない。
『頭髪』で尺取虫のように生首も動いている。
どうするんですか、と、視線を黄さんの方にむけ、――そして違和感を得た。
そして、あ、と気付く。
焔が上がっていない。
上空に、影ができた。
「――ゴギャァアアアアォオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!」
それは、竜体となったジェームズさんの作る影だ。
影は焔で照らされ焼失する。
伸びた『鼻』は、紙よりもなお容易く燃やし尽くされる。
「ぎぃいいいいいやぁあああああああああああああああああああああああッッッ!!!!!????」
生首が焔に巻かれのたうち回る。
更に、光剣の結界が、倒れかけたビルが、その生首を覆った。
炎が逃げない――蒸し焼きだ。
竜が身を翻し、私たちを背に乗せる。
「さて!」
と、ジェームズさんが言った。
巨大である分、声も大きい。
滑空しながら、彼は下を見る。
「……流石にこの程度では沈まないか!」
触手がビルを押しのけて、結界を破って突き出してくる。
表面を炭化させ、あるいはケロイド状に溶かして、それでも生首はなおも健在。
飛竜は牙を鳴らし、声を発する。
「3分以内にカタを付けるッ!!!」
紅玉の瞳に頷きを返し、黄さんたちと顔を見合わせ、アイコンタクト。
眼下は、混迷を極めていた。