エロ率分析 (α)

〜分析結果サンプル〜


 『間』


 彼女はふうむと頷いた。

 洞の中――伏した亀がいる。

 人が幾人も甲羅に乗れるほどの、巨大な亀だ。

 周囲には、赤に塗れた布が散らばっている。

 巨亀の甲羅には、孔が開いていた。

 銀髪の、胸がとても平坦なエルフが、その傷を診ていた。


「……分かる? 大丈夫なのかしら、ああ、師妹、夫は……?」

「分かりますとも。師姉」


 その後ろに立つ女性もまた、エルフだった。

 ゆったりとした衣服を身にまとった、小柄な、しかし非常に豊かな胸部を持つ女性だった。


「この傷は、常に開かれております。外からの力でなく、この傷自身によって。姐丈殿だからこそ生きていられるようなもの。わしが到着するまで動かさずにいたことは、賢明な判断でありましたな」

「ええ、ええ、師妹! あなたの目から見て、この傷は……?」

「残念ながら……手持ちの薬ではどうにも。魂にまで傷が到達しております故、香港に戻ってからの治療が必要となるかと。今すぐの命の危険はありませんが、決して楽観できる状況でもありませぬな」


 首を振りながら、彼女は立ち上がる。

 手を振るって空間に穴を開き、手を突っ込んで、いくらかの薬包を取り出した。

 笑顔を見せながら、彼女は言う。


「逆を言えば、治療は間に合うということ! 流石の姐丈殿、師姉を守り抜いたとはなんとも強靭剛毅でありますことよ!」


 カカ、と笑い、彼女は師姉の手を両手で握る。

 薬包を握らせながら、笑みのまま言葉を続けた。


「――ひとまずの治療のため、こちらをこの山の水で溶いて、再度煮詰めて頂きたい。その間、臓腑の洗浄などしておきます故、大水瓶を2つほどご用意いただければ」

「え、ええ。わかったわ。お願いね、師妹……!」


 小柄な女性が、たぷんたぷんと豊満な乳房を揺らしながら駆けて行く。

 だれか、と、弟子なのか、小者なのかを呼んでいる。


「相変わらずそそっかしいと言うか、必死なお方じゃのう……」


 懐かしむようなそれへと笑みを変えながら、再度彼女は膝をつく。

 茣蓙の上に寝かされた巨亀は、傷口から黒い血液を零している。


「しかし、次元穿孔とは。厄介な真似をしてくれおるものよな」


 彼女は薬草を用意し煎じながら、昨晩のことを思い出す。

 《霹靂剣》を無傷で抜けたこと。

 隙をついてきたこと。

 そしてこの姐丈たる巨亀の傷で答えは知れる。

 脱出しようとして、師姉を庇ったと聞いている。

 通常であればそれで十分であるはずだ。齢1500年を数える霊亀である。並みの宝貝では傷一つ負うまい。現代兵器で相手をするならば、核が必要だろう。

 当然、たとえ次元穿孔であっても、通常ならば容易く弾こう。

 それを可能にしたのは、"張遼"と名乗った男の力によるものだろう。


「……この姐丈殿の甲羅を破るとあらば、そうであるとしか考えられぬ……」


 己であっても、たとえあらゆる手段を用いても、甲羅にヒビを入れるのが精々であろう――と、彼女は思う。


「"貫通"……の、概念術師、か」


 《霹靂剣》に人体が回避できる隙間は生まなかったが、しかし確かに隙間はあった。

 そこを"貫いて通って来た"。

 隙など互いにごくわずかではあるが、それでも危うかった。

 武技の差ではない――"隙を貫いてきた"。

 姐丈の甲羅については最も簡単だ。"防御を貫通した"のだろう。

 こと"貫き通る"ことについては、なんでもできると言っていい。

 弟子と共に"虚実"の概念術師――狂った道化と争ったのは、記憶に新しい。

 虚ろの海より既に存在しないものを浮上させる、

 虚実を操り周囲に遍在する、

 ありえざる可能性の爆発を起こす、

 香港仮想風水螺旋を不成立としかける、

 吐いた嘘を実際にされる、

 ……などなど、好き放題やってくれたものだった。

 眼を潰した辺りで殺す気を虚ろにされてしまい、結局逮捕収監と相成ったのだが。


「失礼します、師叔! お水をお持ちいたしました!」


 と、鳥の頭を持つ男が、水瓶を抱えて洞に入ってくる。

 彼女は振り返り、手で近くを示す。


「うむ、このあたりに置いておくれ。薬を煮詰めるのは、どれほどで終わりそうか?」

「は。量があまりありませんでしたので、もう間もなくかと」

「さよか」


 言いつつ、彼女は水に指をひたす――そして目を見開いた。


「……流石は師姉。この状況でこれほどの水か。これならば手間も要るまい……」


 彼女は、煎じた薬草を水瓶に投じて、掌で軽く打撃する。

 水が波打ち、打ち上がった。

 その雫を、塔のように伸びた水を掌で掬う――掌の上に、水が球状になって乗った。


「姐丈殿。……申し訳ないが、少々染みるかと」


 巨亀は、その老いた樹肌のような瞼をごくわずかに開き、彼女を見た。

 深く、そして優しい瞳だ。

 彼を失わせるわけにはいくまいと、彼女は決意を新たにする――











/











「はぁーっははははははははははははははははははははははははははははははははは!!! 遅いわトロいわ鈍いわ間抜けどもめがぁ――――!!!」


 ――彼女は、叫びながら疾走していた。

 右手には棒があり、その先端には短刀が挟まれている。

 短刀は、地面に跡を刻んでいる。


「ほれほれ当ててみんか! 無駄じゃろうがの!!! カーカカカカ!!! 銃の撃ち方にも作法があろう!!! わしでも違うと分かるぞへっぴり腰どもが!!! はははははははははは!!! 無様、無様よなぁああああ!!!」


 常人が歩く速度になったかと思えば、次の瞬間には音速を超えて、完全に停止し、瞬間移動としか思えない速度で通り抜ける。

 山河の区別なく、彼女は駆ける。

 彼女と並走するように、軍勢が走り、飛び、あるいは待ち構えていた。

 その間には薄青の結界がある――領域を隔てる、文字通りの結界が、だ。

 攻撃が結界でわずかに減衰し通るが、彼女の銀髪一本すらも傷つけられない。

 弾幕を、単純に走破される。


「くそ……! なぜ当たらねぇッ」

「ジャミング入ってやがんのっ! 俺のせいじゃねえって! 結界内じゃ誘導効かねぇの!!! 見えてるけど違う界だから!!!」

「おおっともうすぐ一周じゃぞカスども――!!! 残念じゃなあ実に残念じゃおぬしらの脳が! あと腕前! か弱い乙女一人撃ち殺せぬか! カーッカッカッカッカッ!!!」

「クッソド貧乳ババアが!!! 全員爆裂術式用意! とりあえず一周は阻止しろッ!!!」


 軍勢が一斉に銃を、剣を、掌を構えた。


「俺の方"張遼"将軍の術式かかったのはもうほとんどねえぞッ!」

「俺もだよだからまとめて使うんだよッ、行くぞ!!!」


 魔力が膨れ上がる。

 彼女はそれを見て、脚を止め、そしてにまりと笑った。


「……おお。一周してもうたわ」


 言った瞬間だ。

 双方を隔てていた結界が、色を変えた。

 青であったものが、輝度を上げた――銀色を内側に備えたのだ。


「うっ、撃ち方やめェ――!?」

「ここが一周ポイントかよ詐欺ババァ――!?」

「――あっゴメンちょっと出た」


 彼女は長耳を畳んでしゃがんだ。

 結界の外側で、派手な爆発が起きる。

 ちゅどごーん、と爆発音が山野に木霊した。

 ……それが絶えたあたりで、彼女は立ち上がる。


「……うむ、よし。これで一手目は終了じゃな」


 棒の先から、刃こぼれを起こした短刀を外す。

 そうして周囲を見回した。

 師姉の領域を、丸く覆ったのだ。

 いくらかの部分は棄てていくことになってしまうが、仕方のないところであろう。

 それに、これには守りを固める以外の理由も――


「――ぬぅッ!?」


 彼女は身を反らし、その一撃を回避した。

 頬に一筋の傷が入る。

 張ったばかりの結界を貫通する一撃だ。余分な、他所に流れない地力をも転用した強固な結界を構築したつもりだったが――と、彼女は結界の外を見た。

 そして納得する。


「……勝負は預けられていましたね? "銀精娘々"」

「……そうじゃったのう、"張遼"とやら」


 戟を持った男が、ゆっくりとこちらに歩いてきていた。

 結界を抜けてくる。

 何事もないかのように、だ。


「よいのか、手の内を晒しおって」


 彼女は短刀を放り投げ、代わりに二本の剣を異相空間から引き抜いた。

 両手に構え、ふ、と息を吐く。


「ええ。昨日、歩法を見せていただきましたので。こちらも手の内を明かさねば公平ではないでしょう」

「なるほど、なるほど――まあ、今度こそ胸を貸してやるとしようかの、若造」

「ありがたく」


 ――激突する。

 山河の地形が変わる。

 生き残った兵が離脱する。

 激しく打ち合い、止まらない。

 結界内は、仮とは言え彼女の領域だ。

 今この山河は、彼女の掌握下にある。

 師姉の許可を得て、その上で結界で囲った。

 己の領域としての年季は3分かそこらではあるが、それ以上に彼女は卓越した術者でもある。

 足場は崩れ木は折れ水は逆巻き風は逆らい砂塵が眼を襲う。

 それにも関わらず――その内にあって、"張遼"は立ち回ってみせる。

 周囲の天然自然がすべて敵と言える状態であると言うのに、だ。

 やりおる、と、彼女は歯噛みする。

 だが、予想の内ではある。

 大きく飛びのき、後方の湖上、浮かぶ木の葉を足場に立つ。

 彼女は、片足、つま先だけで立ち、"張遼"に笑みを見せる。

 "張遼"も笑い、即座に飛びかかった。


「ぬぅりゃッ!」


 戟の空振りは圧を産む。

 牽制の一打。しかして次元を貫通する空圧の刃だ。

 それに対し彼女は、水面へと踏み込んだ。

 瞬間、水が炸裂する――湖が一瞬で底を見せる膨大量が打ち上がる。

 衝撃波が、気を通された水に飲まれ散った。

 透明な、澄んだ水ではあれど、気泡によってその先は見通せない。

 だが、彼女には"張遼"の位置が分かっていた。

 今、戟を突きこんできている。

 元よりこの近辺を、結界を刻む開始位置としたのだ――この周辺は、彼女の用意した狩場だ。

 剣を構えながら、彼女は詠った。


「――《冥界の凍。命の澱を振るい落とせ。頓に花詞を捧ぐ》」


 水の壁を突き抜けて、"張遼"が飛びこんでくる。

 防御は貫かれるが故に、回避を優先する。

 "跳梁"は、眼を見開いた。

 詠唱にではない。

 湖の底に刻まれていた無数の文字に、である。


「《祖よ、祖よ、怒るなかれ。荒ぶるなかれ。我ら祈りを欠かさぬ者なり》」


 詠唱の間に数十の刃が交わされる。

 "張遼"が、更に半歩踏み込んだ。

 皮一枚で避けていたところを――肉を貫かせた。

 同時、戟が、彼女の肩口を大きく裂いた。

 それでも彼女は、言葉を紡ぐ。


「ッ、《しかして春は来たらず! 闇に閉ざされぬ夜を見上げ、赦しを乞う》……!」


 "張遼"は、戟を手放し、跳躍しようとして、……ふ、と笑い、息を吐いた。

 全周が水で満ちており、彼自身も濡れており、身体の数カ所からは血も漏れていたからだ。


「――《嘆きの季節》!」


 命名の瞬間だ。

 打ち上がっていた湖水が、全て停滞した。

 全てが、凍ったのだ。











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「……仕留め切れなんだ。申し訳ない、師姉」


 と、肩に包帯を巻きながら彼女は言う。

 可哀想な胸部を露出しながら、んむう、と唸る。

 相討ちに近い勝利だった。

 肩の傷は深い。命に関わる傷でも、治りきらない傷でもないが、血が流れ続けている。

 姐丈たる巨亀と同質の傷を、彼女は受けていた。


「あの男さえ仕留め切れれば、と思ったのですがのう」

「……ええ、師妹。ありがとう。私の方も、今晩には準備が整うわ。……貴女が引き付けてくれたおかげよ。ありがとう」

「なんの。師姉の力になるに勝る喜びはなし。この程度であればいくらでも」


 言いながら、彼女は思い出す。

 全身を凍らされたあの男は、芯まで凍る前に、時空を"貫通"して逃れたのだ。


「……数日は動けぬであろう負傷は与えましたが、しかしそれ故に、後続が来るおそれも生じております」

「分かっているわ。……大丈夫。少し休んでいて、師妹。きっとまた、力を貸してもらうことになるから」

「は。……と、師姉?」


 彼女は、小柄な彼女に抱きしめられ声をあげた。

 豊満な乳房に頭が埋まる――撫でられる。


「……いつの間にか、こんなに頼れるようになっていたのね、銀精」

「お、おやめくだされ。師姉……?」

「いいじゃないの。姉が妹をかわいがって駄目なことがある?」

「……ぬうう」


 柔らかな笑いを、彼女は聞く。

 赤面しながら、撫でられるに任せる。

 そして、はた、と気づいたように、師姉が問うた。


「……そう言えば貴女。いいひとは見つかったのかしら?」

「そ、それは……あー、えー。その。うぬぬ」

「香港には、仙人が集まっているそうだけど……もし良かったら、私の伝手で誰か紹介しましょうか?」

「師、師姉! そ、それはっ、」

「大丈夫よ、銀精。みんな変わり者だから一人くらいは銀精でも好きって言ってくれる方がいるはずよ! その可愛らしいおっぱいでも大丈夫って人がきっといるわ! むしろ綺麗だもの、羨ましいわ! 大丈夫!」

「そ、そのぉ――おっ、男は、間に合っておりますのでぇ!!! 毎晩寝かせてもらえぬほどでありますのでぇ!!!」


 ……わー! きゃー☆ と叫ぶ声で、巨亀は少しだけ瞼を持ち上げた。

 そして、深く、優しい――温度で言えば生暖かい瞳で二人を見て、また瞼を落とした。