エロ率分析 (α)

〜分析結果サンプル〜


 『5』


 "九龍背城"に入ってわりとすぐ。

 道にかぶさるように湾曲したビルの下、ゴミや段ボールハウス、怪しい店が並ぶ通りを抜けて、とある雑居ビルに入って、そこから地下に降りて血管跡地である地下道に入る。

 3つ目のマンホールから昇って、ビルの傘で昼でも暗い通りからビルを飛び越えて隣の通りに移動する。


「っと、」


 三角飛びで昇るが、このあたりは流石にケイの方が速い。

 身が軽い――身長体重差はあるが、それでもなお、そう言うべきだろう。

 やや遅れて、背中から翼を展開したジェームズさんが飛びあがって来た。

 両腕に部下の人をぶら下げている。

 総勢5名だ。


「やれやれ。この侵入方法は面倒だな」

「そろそろ変えるらしいですけどね」


 と、ケイが言った。

 より面倒になりそうな気がする。クソピエロの爆弾恐竜に侵入されて以来、準備を重ねているらしいし。

 ともあれ、と飛び降りて、隣の通りに。

 目の前の路地に入る。

 そうすると。


「……あら。いらっしゃい? ジェームズも、ここに来るのは久しぶりね」


 ――このように。

 黄さんのアジトたる、黄信征信所に辿りつく道が開く。


「護衛さんにその口調させるのどうかと思うんですが」


 路地を塞ぐ大男――黄さんの護衛キョンシー――は、女性的なイントネーションの言葉を発していた。

 護衛さんは目深にかぶった帽子の下、青い唇を歪めて笑う。


「そうだったネ。こっちの方がいいだろかネ?」

「まだそっちのがマシでしょうね」

「ふふふ。――で、ジェームズ? 貴方がわざわざここに来るってことは?」

「ああ」


 と、護衛さんと同等以上の体躯を持つ竜人悪徳警官が、一歩前に出る。


「聞きこみに来た。少々、まずい予感がある」

「……ええ。上がりなさいな。おおよそ、分かってはいるから」




/




「いやあ、そうかそうか。僕に話を聞きたいのか。仕方ないなあ、ちょっとだけだよ。でも僕は、我ながらすごく話が長いよ。長広舌さ。御託を並べるのが大好きで、能書きを垂れるのを愛していて、ご講釈を述べるのを好んでいて、お題目を揃えてみるのが趣味なんだよ。だからちょっとだけだよって言っても長くなることは許してほしいんだけど、どうかな、お時間大丈夫? 忙しい? だったら現場を一緒に見に行こうじゃないか。その途中で僕が見聞きしたことをお話しできると思う。多少は時間を有効に使わないと怒られてしまうからね。誰にだって? そりゃあ時間の神様だよ。汝時間に祈ることなかれ。時間はナンニデモ効く万病の薬だけど、だからこそ無駄遣いしちゃいけない者だろう? ああ、大丈夫、僕はきちんと場所を覚えているからね。歩きながらだって話すのには支障はないさ。いいだろう、信? どうせ可欣に話すことがあるんだろう。あの時僕とは繋がっていなかったわけだし、一緒に来る意味は大してない。資料の写しだけ貰っておけば十分だろう? なに、心配することはないさ。しっかり立派にお役目を果たしてくるからね。200年来の付き合いだろう? 僕のことは信じてくれているだろう? なあ、そうだろう、黄信――」

「――うるさいからさっさと連れ出してくれる???」




/




 ――ということで、ケイが抜けて、無尽が入って5名。

 改めて、昨日の現場の方へと歩いていく。

 大ハイドラ右肩の駐車場の方へと歩いていく道だ。


「いやあでも、一回ここは作り直した方がいいと思うんだよね。最近は大ハイドラ近くの再開発も始まってるけれど、それでも依然としてこの背中は街だ。一種の城だ。好き勝手自分勝手に拡張を繰り返しているんだものな。西洋の城郭も、最初は監視塔があって、宿舎があって、宿舎を守るために柵を作って、ってところから発展して行ったものらしいけど、ここもある意味似たような場所と言うか、大ハイドラ、"ここのつ"っていう山の上に作られた一種の山城なんだよねえ。城壁があって発展に限りがあるのにまだ無理矢理に発展しようとしてるって言うか、さ」


 べらべらと陽気に、無尽は喋る。


「と、いけないいけない、僕の視点からも昨夜については話さないとならなかったね。まずは経緯から話すことにしよう。誓って偶然と宣誓するためにもね。所詮僕の証言ではあるから証明にはならないけど調書くらいにはなるだろう? さて、昨日の僕たちだけど、信が自分の身体の調整を終えて、溜まっていた仕事を片付け終えたところでね。だいぶお疲れだったみたいだからなにか疲れを解消したらどうかと僕が提案したんだ。おっいい視線だ、質問の視線だね? ここから話す意味はあるのかって視線だ。あるよ。あるある。だから我慢して聞いておくれ。ええと、そう。疲れが溜まっているみたいだったから、大好きな娘みたいな女の子を愛でたらどうかなって提案したんだよね。信ったら、大好きな娘のあたりは否定してたけど、明らかに信の弱点の一つだからね。覚えておくといいよ。まあ利用しようとしたらそこのこわーいお兄さんにぶち殺されそうな気がするけど」


 開始3分で俺を含む他4人がげんなりだ。

 以前黄さんと戦った時は"銀杖"がなかったために大変だったが、今ならたぶん一撃でぶち殺せるぞクソが。


「と、こっちだったかな。そうこっちだこっちだ。向こうの方からあの時喧嘩の声が聞こえてね。バイクの音もしたから、あ、その顔は疑ってるね? 僕は嘘はつかないんだよ。余計なことはたくさん言うけどね。ジェームズ、君とは違うのだよ君とは。あードラゴン専門だーって聞いてたからいつかドラゴンになってからかってやろうと思ったのに! 金髪巨乳の10歳以上年下のお嫁さんだって!? もげろ爆ぜろ100年くらい嫁さん幸せにしてから死ねぇ! だよ。あ、でも100年後には君も真に竜になってるのかな、どうなんだろう? そうなったら血をちょっとくれない? ほらこの前仙人骨取り込み損ねたからさあ、レア物はやっぱり穏便に手に入れた方がいいよねえ。"銀杖"君は多分お師匠さんに死後まで握られてると思うからダメだけど、可欣は指の骨を貰う約束してるんだ。覚えておいてよ? "銀杖"君」


 へいへい、と返事を返す。

 昨晩の場所くらい、俺も大ざっぱには覚えている。

 先導する無尽の、無駄にいい尻を軽く眺める。

 師匠の方がいい尻だが、上下のバランスというか、大人のバランスというか――そういうのはいいな、と軽く思う。

 幻覚の師匠が肋骨を折って来たので頭を軽く振って追い出し、そして、見覚えのある路地に到達する。


「そう、この先さ。結局ぜーんぜん話せなかったね。まあ大ハイドラと言っても所詮は2キロメートルくらいしかないし、背中の居住可能スペースも結構狭いものなんだよね。化石化した鱗を掘ったりして暮らしている人もいるんだけどさ。首や尻尾はたまに動くし、その根元も柔軟性ある下地で、結構高級なんだよあのあたり。高級って言うハクを付けないと売れないくらい環境が悪いってことね。ああ、うん、分かっているよ。実際に昨日あったことをお伝えしよう。"銀杖"君はそっちの路地から歩いてきていたね。僕と可欣は、二人で歩いていた。その間、僕は周辺に自分の分身を張り巡らせていた。いや、本体の本体はまだ事務所にあるけど、なんて言えばいいんだろうね。親子機と言うか、この身体の僕も子機なんだよね。分身体の分身体を周囲に放っていたわけさ。――こんなふうに」


 と、無尽が手を上げる。

 その指が一本、骨を失ったように曲がり、そしてバラバラになった。

 一本一本が、木綿の糸くずのように。しかしそれは生きている――寄生虫じみている。

 マンホール、排水溝、窓際、扉、壁の亀裂、鱗の狭間、空。そこら中からぞわぞわと、それははみ出して来ていた。

 無数の線虫には、眼球が付いている。

 サイズは小さいが――しかしはっきりと、しっかりとした眼球が、付いている。


「大丈夫。検察官の皆さんには見つかっていないし、現場を荒らしてもいないよ。さあ、行こう」


 言葉を受けて、ジェームズさんが押し黙る。

 俺も口をつぐむ。

 ジェームズさんが手を上げることで、何かを言いたげだった二人の警官も黙った。

 ――疑問があった。


「そう、ここだよね」


 と、無尽が両手を広げて、スカートの裾を広げるように俺たちの方を向いた。


「一応君たち――警察さんたちの動きは見せてもらっていたよ。流石に隠れながらだったけどね。で、実際の当時のだいたいの動きは、えーっと、こうなって」


 と、無尽は、その後ろで再現を行う。

 ハリボテの、棒を持った男。それから8人の姿。


「まあ、結果的にはこうだね」


 その足元――現場は、無尽の線虫により保護されている。

 立ち上がった人形が雑に交錯して、7つの人影が倒れ伏す。

 俺はホルスターに手をかけていた。

 ジェームズさんは襟元を緩めていた。

 部下の方々も、腰の拳銃に手を伸ばしていた。

 ――疑問があり、そして確信に至った。


「ああ、そのように倒れていたのだな。ありがとう。お弟子さん。およそでいい。合っているか?」

「……そうですね。経緯は省きますけど、結果はあんな感じです」


 棒を持った人形が振り返っている。

 移動して、立っている小さな人形の前で少し止まって、また移動した。

 そうだ――俺が知っているのは、ここまでだ。

 小さな人影、おそらくあの末っ子らしき少女が、倒れ伏す七人の方に近づいていく。


「そうか。では、改めて、無尽君。3つ聞きたい」

「なんなりと?」

「ああ。なに、簡単なことなんだが……」


 一息、


「それらは、"ゲキ一家"が加害された瞬間を、見ているのではないか」

「見てるよ」

「その時君は?」

「見てたよ」


 ――"銀杖"に手を沿える。

 ゴシックロリータを広げて笑う"無尽"の後ろには、肉色の触手が絨毯のようにさざめき集まっている。

 背景で、立ち上がるものがある。

 ばいんと跳ねるように立ち上がって、8人の人形が統合される。

 それは色を持った。

 昨晩見た巨体よりもなお大きい。

 身長は5メートルを超えている。

 それは無数の不揃いな腕を備えていた。

 それは脚が絡みついた脚を持っていた。

 それは大小8つの頭部を生やしていた。

 それは2本のナイフじみた剣を構えた。

 それの顔は、腕は、脚は、胴は、剣は、ナイフは、拳銃は、服は、昨晩見たものだった。


「――通報しなかったのはいいとしよう。だが、ここに来るまでの間、なぜそれを言わなかった?」

「もうわかってるんじゃないかな?」


 ……周辺の"無尽"の気配には、正直なところ気付かなかった。

 俺が気付かなかっただけならいい。

 だが、警官隊まで気付いていないようだった。

 おそらくはこの量の"無尽"を。

 ありえない。

 そんな隙間はない。

 見つからない理由があった。

 隠れ見る理由があった。

 つまるところ。

 "無尽"は、敵だった。


「「「「「「「「

        ――香港滅ぶべし。

                 」」」」」」」」


 ――瞬発する。


「おっるぁアアアアアッ!!!」


 抜き撃つと同時に"銀杖"を最速で伸ばす。

 手元で破裂音が響く。

 腹部を貫いた"銀杖"は、衝撃波でその周囲の肉を千切り飛ばす。

 対物ライフルでも着弾したように。"無尽"のゴシックロリータが、華散るように砕けた。

 同時、凪いでいた海が突如として荒れ狂うように、"無尽"の肉塊が波打った。


「ガビザン! ゲッセイ!」

「分かってます!」

「《護封剣》!」


 ジェームズさんの叫びを受けて、警官の片方が地面に手を付き、もう片方が右手を振り上げた。

 足元――化石化した竜鱗が変形し、同じく波打ち、そして高く、弾けるように持ち上がった。

 眼前――剣が突きたち、結界と化した。

 半球状に土壁が背を覆う。

 周囲を囲い、蠢く"無尽"を遮る。


「くふふふふふふふふふふふふふふふふふふ。ひどいことするひどいことする」


 結界の向こうで、真っ二つに裂けた"無尽"が、指を口端にひっかけて裂いた。

 笑った。

 "無尽"は、鎖骨から下が消し飛び、残ったパーツもしゅうしゅうと煙を立てて浄化されていくような状態だ。

 キョンシーであるが故に、真銀によって浄化されている。

 文字通り、以前戦った時とはモノが違う。今の俺は、それこそ無双ゲーじみて駆逐できる。

 痛覚がないためか、苦しそうな様子が無いが――と、昨日ケイが言っていたことを思い出す。

 ――うそです、今も触手です。


「……テメェ。何がひどいことする、だ。ダメージもねえくせに」

「引きこもりの言葉は聞こえないかな? 日の当たるところは気持ちいいよ。あ、僕キョンシーだから本当は当たっちゃいけない気がするんだけどね。これがまた克服が厄介だったんだ」

「そうかよ」


 吐き捨て、ジャケットを脱ぐ。

 首を鳴らす。

 肩を回す。

 寝不足で、調子はやや低い水準。

 だが、動くに支障なし。


「お、おい、君、まさか……!」

「ちょっとお願いあるんですけどいいですか」


 と、3人に向き直る。

 警官さんの片方、胡乱な瞳をした方に、ジャケットを預けることにした。


「絶対にコレ汚さないで持っていていただけますか。絶対にだ」

「あ――ああ、だ、だが、」

「頼みます。絶対負けないんで。預かっていてください」


 有無を言わさず押し付ける。

 着てくるんじゃなかった、という後悔は先に立たない。クソが。


「き、君は、警官ではない。それに、き、君には、恩がある。代わりをしてもらった恩が。だから、だな……そんな危険は、看過できない!」

「ガビザン」


 と、ジェームズさんが言う。


「大丈夫だ。彼は僕より強い」

「ですが……!」

「それにまあ、見ているといい。――彼も僕も、やつの天敵と言うものだからな」

「ついてくる気です?」

「早く帰って調書を作らねばならないのでね」

「まあ、二人の方が早く済みますかね……」


 光る剣を、二人で踏み越える。

 同時、"無尽"は当然襲い掛かってくる。

 まるでミニチュアのピラニアだ。

 直径1ミリにも満たないようなそれが、牙を持って襲ってくる。


「《闇を照らせ。》――《聖光》」


 "銀杖"に魔力を通し、一言。


「――おおおおおおおるァッ!!!」


 バチュン、と音。

 輝きを放つ"銀杖"を、振り回した結果の音だ。

 半径3メートル――その圏内にいた"無尽"が消し飛んだ音だ。

 血煙が、灰が、路地裏に吹く風に乗って流れた。


「ありがとう。前に出るな――」


 と、ジェームズさんは息を吐く。

 彼は竜人。

 それも火竜。

 この世で最も強い火を起こすモノの化身だ。


「――ガァッ!!!」


 軽い一息、なのだろう。

 扇状に放たれた焔は、路地を舐めて溶かした。

 化石化したとは言え竜鱗であるというのに、だ。

 その上にあったモノなど、灰すら残らないに決まっている。


「――忘れたか、"無尽"。21年前を。なすすべない貴様の本体を嬲ったこの僕を」

「っつーかよ、4人がかりで"銀杖"なしの俺に負けてんだから、テメー、勝てると思ってんのか、雑魚が」


 ジェームズさんがバリツの構えを取りながら語る。

 "銀杖"を構えながら、煽る。

 お互いに動かない。

 ――先ほどは、絶対に負けないと言ったが。

 正直なところ、負ける目があると思っている。


「黄信はどうなんだ、テメェ」


 辛うじて残った頭に目線を向けて、問う。

 頭は、裂けたままの口で狂笑した。


「くっ。くはっ、ははは。ははははははははははは。はははは。素直に聞くのはいいことだよね。問答無用だけどそういうところは聞いてみるってあたり僕は好感をもっているんだよ。ははは!!! 答えよう。答えよう、答えよう答えよう! 君の聞きたいこと!!! この雑魚がお答えしよう!」


 ――血煙。

 正直なところ、俺は属性変換は下手だ。ヘタクソだ。

 最近聖なる光を発する術を覚えたが(なんで俺が)、出力自体は弱いものではない。

 "無尽"一匹一匹に、この光に抗うほどの防御力は無い。灰になって散るはずだが、しかし弾けた個体があった。

 衝撃波によるものかというと、手応えとして違う。

 そもそも。ここはおそらく、狩場として用意された場所だ。

 俺達を狩り殺せると見たからこそ、本性を出したのだろう。


「――まあ洗脳されてるってやつだよね。ごめん、助けて」


 首は言った。


「そんな展開さ。ははは。ははははははははあ。はふへひへっはははははははははは」「ははははははははは」「ははははははははは」「ははははははははは」「ははははははははは」「ははははははははは」「ははははははははは」「ははははははははは」「ははははははははは」「ははははははははは」「ははははははははは」「ははははははははは」「ははははははははは」「ははははははははは」「ははははははははは」「ははははははははは」「ははははははははは」「ははははははははは」「ははははははははは」「ははははははははは」「ははははははははは」「ははははははははは」「ははははははははは」「ははははははははは」「ははははははははは」「ははははははははは」


 路地に笑いが残響する。輪唱される。

 ずしり、と、脚を踏み鳴らして、元"ゲキ一家"が歩み寄ってきた。


「デカ物は任せてください」

「分かった」


 と、ジェームズさんは跳びあがり、結界と土塁の上に乗った。

 その上で、長い竜首を巡らせる。


「――ゴォァッ!!!」


 焔が円とふりまかれる。

 足元を濡らすような焔に、結界に染み入ろうとしていた"無尽"が蒸発する。


「なに、失敗しても気にするな! 離脱だけならいつでもできる……!」

「了解です」


 アランはよくこの人に勝ったもんだ、と思いつつ、"銀杖"を振り回し、


「フン!」


 と、伸ばして叩きつけた。

 巨体の割に動きは軽い――髪のひと房を千切るように、手の一つを砕くだけに終わるが、


「おおッ!!!」


 "銀杖"を即座に短くすることで遠心力を制御。引き戻す動きで身を回し、横から叩きつけに行く。

 メギ、と音がする――やはり、やはり、だ。


「まだ生きてやがんな、こいつら……!!!」


 《聖光》の付与された一撃を受けて、巨体が折れ曲がるも、しかし煙は立たない。

 "無尽"に食われたか、取り込まれたか。そうであると言うのに、キョンシーではない。

 原因はわからないが、ともあれそうだってのは理解した。

 最早触れれば消し飛ぶ雑魚ではない。

 俺達を狩ると決断した一因だろう。

 "銀杖"を、太い腕で握られるが、


「テメェ」


 "銀杖"を握る腕に力を込める。

 血管が浮く。


「どこのどいつだッ、ク、ソ、がッッッ!!!」


 どこのどいつが、こんなことをしやがった。

 どこのどいつが、こんなクソをしやがった。

 どこの――どいつが! こんなクソをしやがったッッッ!!!


「うぅううおおおおおッッッ!!!」


 ――その巨体を持ち上げて、頭部群から叩き落す。

 バウンドした巨体に"銀杖"を離して飛び蹴りをブチかます。

 壁を抜いて転がり身を再構成して立ち上がった姿になった巨体に飛びかかる。


「「「「「「「「

        ――香港!!!

                 」」」」」」」」


 無数の腕があろうとも、大ざっぱに人体をしている以上動きは変わらない。

 そもそもデカすぎて隙が大きい――動きの速度はともかく死角が大きすぎる。

 速度のままに拳を腹部にぶち込んだ――瞬間に、違和感があった。


「!!!」


 腕を引っこ抜けば、拳の皮が剥がれている。

 拳の着弾点には、俺の拳の皮が残っており、魔力が波打っていた。

 俺の《閃光》と同じくの、原始的な魔術――属性は"接着"あたりか。

 拳を再生しつつ"銀杖"に触れ、太くして手指とわき腹を裂き、瞬時に細くして握り引き抜いた。


「っと!」


 真上から炎と氷が同時に降ってきた。

 "熱"――いや、素直に"炎"と"氷"か。

 そりゃそうだ、と思う――生きてるならば、原因はわからんが合体したならば、その属性すらも兼ね備えているに決まっている。


「香港滅べってか、クソが!!!」


 "銀杖"で全弾弾く。

 背後に追いついてきた"無尽"を砕き、魔弾を発射しようとする腕を砕く。

 一際太い腕が、脚を止めた俺に降り注ぐが、逆に"銀杖"で砕く。

 拳が上下で裂けた。

 びちり、とそれが張り合わされし、"銀杖"を呑もうとするが、


「滅ばねぇよテメェ程度じゃあよぉ!!!」


 そのまま鎖骨部分までを裂いて引き戻し、身を回して後ろ向きで突いて、違和感があったので反動で前に飛び、降り注いだ刃を回避して、空気が歪んでいたのでそれをなんとなく蹴り砕き、更に攻め立てる。

 倒れ伏す巨体が建物をぶち抜く。

 脚が枝分かれして、炎と氷をその先端に宿すが、


「おおおおおおおお!!!」


 そのすべてを射出前に消し飛ばす。

 滅多打ちだ。

 肉が爆ぜる。骨が砕ける。再生する先から崩壊させる。

 1トンを超えるであろう巨体がピンボールじみて路地を跳ね崩壊させていく。

 剣をへし折り、ナイフを飛ばし、頭を砕き、見覚えのある顔を割る。

 受け止める腕を折る。防御する脚を裂く。そして、ヘタクソだな、と、思う。

 おそらく八人の意識はない。

 生物としては生きている――人間としては死んでいる。

 もし"剣翼"の意識があればこんなにも簡単に殴り倒せていない。

 ただ暴れる。ただ己の機能を発揮する。ゾンビにも劣る生命と化している。

 飛んできた銃弾を首を捻って回避して、追い打ちの銃弾を跳躍して回避。

 "接着"、"炎"、"氷"、"刃"、"透明"か"空圧"あたりで透明化――属性五種は見えている。

 残り3種があるかは分からないが(被っている属性もあるかもしれない)と――あとは"無尽"と合体、融合同化している属性、か。

 おそらく外的要因での融合。

 キョンシーと化していない以上、"無尽"に食われたわけではないはずだ。

 故に黒幕がいる。

 黄さんではあるまい。あの人ならば、師匠がいないこの機会をチャンスなどとは思わない。

 おそらくは、竜人と道士、という『餌』が来たことで先走った考えなしのクソが黒幕だ。

 ――右腕に魔力を込める。

 全開だ。


「「「「「「「「

        ――香港!!! 滅ぶべし!!!

                 」」」」」」」」


 巨体が姿を変動させる。

 球状になって、こちらに転がってくる。

 膨大な質量。

 八人分の魔力が発されている。

 受ければ死ぬだろう。

 だが恐れない。

 恐れはあるが、それ以上に強い感情がある。


「仙技――」


 槍投げのように、"銀杖"を構える。

 全身の筋肉を連動させる。

 ――キレている。

 誰がやったか知らんが。

 クソ野郎がやったのだとしか分からんが。

 昨日やりあっただけの、知り合い以下の一家だったが。

 勘違いしたアホ兄弟と、気弱な妹と、子離れできてなさそうな母親と、武人すぎた親父と、――そんな一家だったが。

 仲の良さそうな一家だった。

 呼んだら来るとか面白すぎるだろう。

 兄弟の息も合っていた。親父は多少厳しそうだったし、母親は過保護そうだったが。

 どんな一家だったんだよ、と想像すると、笑みが浮かぶ。

 ――父も母も、俺が赤ん坊のころに焼け死んでいる。

 俺だけが生き残った。

 彼らは俺の知らないものだった。

 彼らは俺が失ったものだった。

 故に、魂が叫んでいる。

 楽にしてやれと、

 許すなと、

 仇くらいは、討ってやれと。

 その叫びを、"銀杖"に込める。

 跳躍し、全身にひねりを入れてタメを作る。

 右腕が、"銀杖"が、光を放った。


「――《彗星》!!!」


 投擲する。

 "銀杖"が突き抜けた。

 肉塊を、化石化した鱗を、虚空をぶち抜いて、飛んでいく。

 遅れて、衝撃波が荒れ狂った。

 "銀杖"一本分の穴の開いた肉塊の背は大きくはじけ、さらに内側から拡張される。

 細胞の一つ一つが力によってねじ切れて行く。

 空気が裂け、ねじれ、肉塊の破片ごと光熱に焼かれ蒸発していく。

 爆裂した。

 土煙と混じって肉塊だったものが宙を舞い、風によって洗われた。

 吹き荒れる風の中――カッ、と笑う。

 弾けた右腕の血を払う。

 親指を下に向け、叫んだ。


「――香港ナメんな、クソがッッッ!!!」


 右腕は筋肉が弾けているが、治癒は可能な範囲だ――前に使った時のように左腕や背中が吹っ飛ぶまでは行っていない。

 気脈がズタズタでマトモに動かせないが、通常の治癒が可能な範囲ではある。痛いは痛いが半分感覚がない。

 そこまで自己診断して、脇に手を挟んで血を止め、少しづつ気脈から修復しつつ、振り返る。


「…………っつーことで、済みましたよ、ジェームズさん」


 と、足元に視線を向ける。

 ジェームズさんは、足元に張り付いている。

 いつもどおり、襤褸を身にまとって、頭髪は伸び放題。摩耗した爪で地面を噛んで、ぺっとりと、地面に張り付いている。


「そっちは済んだんですか?」

「あれを殺すか」


 と、ジェームズさんは顔を横にして、地面に頬擦りするように頷いた。

 がらがらとした声だった。


「元より捨て駒のつもりだったが、ははは、流石。流石は香港に適応した屑だ。流石だ。やる。同じ屑でも、ものが違うか」

「ん? ジェームズさん?」


 首を捻る。

 ジェームズさんは、よく分からんことを呟きながら、虫じみた動き、あるいは泳ぐような動きで俺の方に近づいてきている。

 と――路地の向こうに、ケイと、黄さん、護衛さんと秘書さん、それにジェームズさんに警官二人が現れた。

 "無尽"はいない。

 やっぱり仕留めてたのか流石だなと足元の、――足元の?


「銀兄さんっ!!!」


 ケイの叫びで我に返る――二人いる! ……じゃねえよ、違う!


「なんだてめッ、」


 身を引く前に、"ジェームズさん"が地面を這って、俺の脚に手を置いた。

 瞬間――


「がッ……!?」


 ――全身が凍る。


「な、んだッ……」


 脚が動かない。

 侵食。

 侵入。

 されている。

 やばい。

 まずい。

 ――やられる。


「ケ……イッ、」


 だが、理解した。

 "無尽"、"ゲキ一家"、こいつがやりたいこと、全部理解した。

 そういうことだったのか、と。

 届けと、ケイに叫んだ。


「折れッ…………!」


 俺の意識はそこまでだ。

 ぶつん、と切れる。

 俺が俺ではなくなる。

 ……最後に見えたのは。

 泣きそうな顔で叫ぶ、ケイだった。