エロ率分析 (α)

〜分析結果サンプル〜


 『間』


 低く垂れ込めた雲が、天を覆っている。

 月も星もない。今にも雨が降り出すか、それとも霹靂と鳴るか。

 その雲間を、黒い四脚獣が、銀の尾を引きながら駆けていた。

 否――銀の尾は、その背に跨ったエルフの銀髪だ。

 平坦な胸をぴったりと獣の背に預け、先を睨んでいる――と。


「ぬ」


 彼女は目を細める。

 地上は山脈である。稜線に隠れていた山が、今見えたのだ。


「……なんということをするか……!」


 彼女の目には、山の姿がはっきりと見えている。

 雄大な山から、地力が立ち上っている。それが、山を照らしている。

 色で言えば青。炎のように揺らめき、煙のように霞んでいく。

 それは本来、地脈を駆け巡るべき力だ。

 それが、どこにも行けずに、散らされている。流れる力が淀んでいる。

 仙人対策としては十分以上だろう――領域化してあるはずの場所であるが、産みだされる力を処理しきれていない。

 巨大な領域からの力を制御しようと受け取れば、いかな仙人と言えど破綻する。

 今現在の防衛力は上がっていようが、遠からず山が崩壊するだろう。

 領域を失おうとも仙人ではあるが、軍勢に十重二十重に囲まれては、敗北は免れまい――それを想定した軍勢が、用意されているのだろう。

 歯噛みし、手綱を強く握り、――そして、彼女は違和感を得た。

 見られたと、直感する。


「と、と……流石に、最後までは無理であったか」


 彼女は息を吐き、左手で剣を引き抜く。

 刀身はない。柄だけのそれを、彼女は構える。

 宝貝――"灼赫剣"。


「渦状馬よ――軍を抜く!」

『うん。分かっているよ』


 彼女は刀身のない剣を振り上げる。

 同時、彼女が跨る黒霧の獣が嘶いた。


「《連なる雷鳴、嘶く雲馬! 嵐の怒りは蹄鉄鳴らし火花散らしここに集わん! いざや! いざや! いざや!》」


 天がうなりを上げる。

 積雲に稲光が走った。

 紫電が陰影を作る。


「仙技――――《霹靂剣》!」


 柱が如き稲妻が彼女たちを撃ち、そして、剣となった。

 雷光をそのまま剣の形にしたかのような、不定形の剣であった。


「駆け抜けよ!」

『了解っ』


 獣は雷を伴い空を駆ける。

 空を踏みしだくごとに紫電が散った。

 手綱を右手で握り、彼女は雷光の尾を引く。

 軍勢は、天に稲光が走った時点で動き始めていた。

 スクランブルがかかっている。

 炎の尾を引いて、鋼の巨人が飛びあがる。

 風を巻いて人が舞い上がる。

 鳥が翼を広げる。

 魔術、銃弾が飛び来る。

 動揺はほとんど見られない。

 星のない夜を狙ってくる者がいる程度は読まれているか。

 やはり、最精鋭かそれに近い軍勢ではあろう。

 領域外――あるいは領域を失った仙人では対抗しがたい練度の軍勢だ。


「はッ!」


 火球を、雷光の剣で切り飛ばす。

 銃弾を、稲妻の刀で払い飛ばす。

 空間に作用する術が追い付ける速度ではない。


「もっと持って行けッ」

『お腹いっぱいだよっ』


 握る手綱が光る。

 彼女と獣を繋ぐ力を持つ宝貝だ。

 彼女の力を食って、魔獣は加速する。

 彼女は領域外にあるが、しかし力に満ちている。


「昨晩たっぷりと精を食らってきたのでなっ、このままでは食べ過ぎで乳が膨らむわっ!」

『それはないと思うね』


 獣が、プルヒヒヒ、と笑った。

 同時、一番槍となった兵と交錯する――鋼が両断され、一瞬の後に爆発を起こした。


「――――!」

「――――!?」


 稲光を帯びて人馬一体。

 それを前にして怒号が響く。

 それを後にして苦鳴すら残らない。

 銀髪を靡かせ、縦横無尽。

 血煙が舞い、炭化した人体が吹き荒れる風で飛び、砕かれた鋼が落下していく。


『銀!』

「おう。分かっておる!」


 彼女は右に視線をやる。

 並走する影がある。

 それは、翼ある虎に跨っていた。

 虎は一足ごとに焔を空にまき散らしている。


「名乗るがよい!」


 雑兵を切り払いながら、彼女は言葉を投げかける。


「――"張遼"。恥ずかしながら、そう名乗らせてもらっています」


 戟を地へと向けながら、虎に跨る男は語る。

 静かでありながら、彼女の耳に届く声音だった。


「"将"か!」

「はい。と言っても、外様の新参ではありますが」


 男は、口元に薄く笑みを浮かべる。


「むしろ、今この瞬間は貴女こそが"張遼"に相応しい――軍勢を裂く逸話は、いにしえの"張遼"にもありますから」


 カッ、と、彼女は笑った。カカカ、と高く笑い、そして言う。


「我は"銀精娘々"! そのような古臭い雷名なぞ要らぬわ!」

「私も私として戦いたいのですが……転生体ではあっても、記憶などありませんから」


 ですが、と、男は笑みを深くする。


「臓物から沸き起こるこの喜びは――貴女のような、強者を前にした喜びは、おそらく、前世のそれと同じなのでしょうね」

「おう、おう! 戦狂いか! よかろう、来やれ、古臭き若造!」

「ええ、行きます。胸をお貸し頂ければ幸いです、"銀精娘々"……!!!」


 虎が翼を開く。

 裂けたような笑みの男が、戟を構えた。

 彼女は剣を右手に持ち変え振るう――稲妻の剣が、雷光を放つ。


「せぁッ!」


 大気を裂く。

 網じみて大気を覆った稲妻を、男は受け、


「!」


 しかし影響を受けず、ぬるりと滑るように雷光を抜け、間合いへと近づいてくる。

 雷光の幕が、"張遼"の背後をキロ単位で駆け抜けた。

 彼女は舌打ちしながら、左手を振り上げる。

 次元に穴を開き、手首のスナップで異相空間から剣を投擲する。


「む」


 戟を振るい、"張遼"はそれを撃ち落とす。

 その一瞬のうちに、彼女は右手の剣を持ち変えていた。

 長柄を持つ、黒鉄の大刀だ。


「かァッ!」


 火花が散る。

 火花が舞う。

 双方の顔が照らされるほどに咲く。


「ぬぅッ!」

『受け方考えてちょっと斬れた!』

「やっておるわ!」


 1秒で百を超える斬り結びが発生した。

 大気どころか空間が刻まれ歪む。

 余波だけで、崖が生まれ河が逆上り頂が削れる。


「く!」


 首に迫った戟を、彼女は辛うじて受ける。

 ごくごくわずかな隙を狙われている――貫かれている、と直感する。

 彼女の背筋に冷や汗が浮いた。

 平地で、一対一で戦うならばともかく、今は歩法も使えない馬上だ。

 彼女の大刀も男の鎧を数カ所切り裂いているが、致命傷には程遠い。

 どちらが先に果てるか、分かったものではなかった。

 ――ああそうか、と彼女は気付いた。


「こうすればよいのじゃな」


 と、彼女は跳んだ。

 空気抵抗を受け、一気に彼女は減速、落下する。


「!」

『ちょっと銀――!?』

「先に行っておれ渦状馬! すぐに追いつく!」


 叫びながら、彼女は身を広げ、落下を制御する。

 つま先をかすめるように弾丸が飛び、しかしすぐに止んだ。

 "張遼"が手綱を捌き、彼女へと突進してきたためだ。

 重力も用いたパワーダイヴ。

 罠と警戒はしていよう――だが豪胆。

 好機と見て、一瞬の迷いなく突貫してくる。

 穏やかそうな顔をしておきながら獣のようじゃと、彼女は笑った。

 高速であり、受ければいかな仙人であろうと必死。

 戟の一撃は、魂まで切り裂くだろう。

 しかして、落下までは未だ間がある。

 そして、いかなる飛行を行おうと、逃げ切れまい。

 ならばどうするか。


「――と」


 彼女は一歩踏み込み、そして渦状馬の背に乗った。

 風に暴れる手綱を掴み、振り返る。

 "張遼"も首だけで振り返っていた。

 表情には驚愕が乗っている。


「勝負は預ける! おぬしと戦いに来たわけではないのでなッ!」


 翼虎が翼を広げて急停止し、彼女に向かって吠えた。

 既に追いつける距離ではない。

 カーカカカ! と笑って、彼女は鞍に腰を下ろした。

 山の裾野に入り、森に潜む兵を斬り飛ばしながら駆け抜ける。


『……無茶しちゃってぇ』

「すぐに追いつくと言ったであろ?」


 プルヒー、と、渦状馬が溜息を吐いた。

 そうして、結界を抜ける。

 姉弟子の領域へと、彼女は至ったのだ。