エロ率分析 (α)

〜分析結果サンプル〜


 『2』


 ――ついついうっかり、欲しさが、私の理性を突破しかけた。

 銀兄さんが「ヒェッ」って言ったのが聞こえてしまった。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……」


 お布団の上でゴロゴロして、枕に顔を埋めて息を吐く。

 ……銀兄さんにはとても聞かせられない声だ。


「ううう、ううう……」


 ――時々、こういうことがある。

 つい、お風呂に追撃に行ったりとか。

 つい、胸を押し付けたりとか。

 つい、「二人っきりですね」って言ったりとか。

 他にも思い返すだけで二度と出歩けなくなりそうな気分になる思い出がいっぱいだ。

 タガが外れると言うか……確かにやりたいことではあるんだけど……理性が飛ぶと言うか。

 まるで淫夢の中だ。私の中には夜魔の血は入っていないはずなのに。……お母さんの出自はよくわからないけど、入っていても多分ごく薄いはずなんだけど。

 なんでだろう、とは思う。思うけれど、同時に原因もわかっている。

 きっかけがそうだった。だから、私の理性では抗いきれない。


「……はぁあああ……」


 ひっくり返ってあおむけに。

 正直最近かなり邪魔になってきた(とうっかり口にしたら銀精様に貧乳自慢された)おっぱいが重い。

 銀精様が出て行ったあと、銀兄さんは、逃げるようにどこかに出かけてしまった。

 ……運動後だったからシャワーを浴びてから出かけたみたいだけど、お風呂場の前に"銀杖"が突き立っていた。

 私は、銀兄さんに、そこまでさせることを、してしまった。


「……うわああああああああ……」


 また顔を覆って、じたばたとする。

 銀兄さんもいないし、銀精様も、渦状馬ちゃんもいない。

 好きなだけじたばたすることができた――下手に体力があるのも考えものだった。

 だから、その電話がかかって来た時。時間がものすごく経っていたことに、私は驚いた。


「っ」


 画面に表示されているのは、黄信、の字。私の義父……だった人(現在義母)。

 立場としては保護者、後見人、だ。


「はい、もしもし。紅可欣です」

『もしもし? 私よ』


 艶やかな声が、電話口から届く。

 ……黄さんは私にとっては、引き取って育ててくれたおじさん、っていう立ち位置だ。

 3歳くらいからずっと竜田様たちのお家で暮らしていたけれど、実家と言えばそっちになる。

 年末とかは、同じく"九龍背城"出身の兄弟子に連れられて帰ったりしていたし、……だから、私の中では黄さんは恰幅のいいおじさん、なんだけど。


『今、大丈夫かしら?』

「はい、大丈夫です」


 ちょっと、この声とか、姿とかには、違和感がある。


『今、銀精娘々が不在なのでしょう? いい機会だから、食事でもどう、って思って?』

「あ、はい。ありがとうございます。すぐ向かいます。どこに――」

『ああ、いいわ。今、楊に車を回させているから。島の前で待っていて頂戴』

「あ、はい」

『恰好はあまり気を使わなくていいわ。いつものところだから?』

「わかりました。それじゃあ、島の前で待っています」

『ええ。それじゃあ、また後でね』


 バイ、と、電話が切れる。

 携帯電話をベッドに置いて、立ち上がる。


「ん、と」


 格好をどうしようかな、と、ちょっと迷う。

 気を使わなくていい、とは言っても、普段着で行くのは恥ずかしい。

 あまり目立たない格好の方がいいとは思うけれど。

 顔を洗って、歯を磨いて、リップクリームくらいは塗って、……迷って、クローゼットの中から、裾の長いパーカーと短パンを取り出す。タイツも履いて、靴もちょっといいのを出しておく。

 着替えて、髪に櫛を通して、姿見の前でちょっと確認。

 デザインはちょっと小奇麗だけど、"九龍背城"にいても特別の問題はないくらいの格好だ。

 ついでにちょっと魔術を使って、目の色と髪の色を変えておく。

 銀兄さんと同じ黒髪黒目、だ。結構綺麗な色が出た。うん、と頷いて、外に出る。

 剣は、迷ったけれど、置いていくことにした。

 楊さん――銀兄さんよりもなお背の高い、いつも黄さんの横に控える、屈強な男性キョンシーだ――が迎えに来てくれるなら、大抵のことは大丈夫だと思うし。

 家に鍵を一応かけて、てくてく歩いて、鎖の上を歩く。

 何百メートルかの鎖を超えれば、黒塗りの車が最寄りの道路に止まっていた。

 あ、と走ろうとすると、車の前に立つ楊さんが手を上げて静止してきた。

 大人しく歩いて、楊さんに近づいていく。


「お久しぶりです。よろしくお願いします」

「…………」


 楊さんがこくりと頷いて、車の扉を開いた。

 こうまでしてもらうべきじゃあないんだけれど、ここで固辞するのも変だから、大人しく後部座席に乗り込む。

 シートベルトを締めたあたりで、楊さんも運転席に乗り込んだ。

 彼はエンジンをスタートさせて、シートベルトを締めて、そして手を上げる。

 バックミラーに頷きを送ると、手が降りた。車が滑るように発進する。

 外はすっかり夜で、銀精様は今頃姉弟子さんのお山に着いたころのはずだ。

 無事に着けたかな、とは思うけれど、渦状馬ちゃんも一緒なら、大概の場所は大丈夫なはず。

 銀兄さんが心配を表に出さない限りは、私も大丈夫と思っておこう…………その前に、出発直後の言葉とかを、謝らないとだけど。


「…………」


 溜息を吐きそうになって、楊さんがいることを思い出す。

 彼は、基本的に喋らない人……キョンシーさんだ。

 機能として欠陥はないらしいんだけど、自意識があまり残っていない、と黄さんは言っていた。

 無尽さんは結構喋るしフレンドリーなんだけど――と思っていたら、耳元でくちゅりと音。


「わっ」

『やぁ』


 多分、トランクに入っているのだろう。

 無尽さんが、顔…………えっと、触手を一本、座席の隙間から出していた。


『お久しぶりだね、可欣』

「お、お久しぶりです。年末、以来ですね」

『ごめんごめん、驚かせちゃったかな……』


 ずるずると、座席の下から何かが出てきている。

 それは極細の触手だ。糸を折り重ねるように、それは座席の下に落ちて、堆積していく。

 爪先を作って、その周りに黒い靴を作る。それは足首を作って、同じく黒いタイツに変色して、脚、丸みを帯びたお尻、スカートを作って、くびれた腰、背中――そして顔まで作って、最後に目の周りを布じみた質感の触手で覆った。

 そこに現れたのは、ゴスロリっぽいファッションの女性だ。

 耳には、鈴のイヤリングが見えた。


「……と。ふう。ごめんね、君と会うまで、楽をしていたくて。楊が起こしてくれないんだものなあ」


 楊さんが、バックミラー越しに無尽さんを見た。

 自分のせいではない、みたいな視線だった。それから、自分の肩を――シートベルトを指先で示す。


「分かってるよ。――口で言えばいいのにねえ」


 と、無尽さんもシートベルトを締めた。


「今日は、女性なんですね」

「うん、信が今、女性体だからね。僕も女性になってみた。操作もヒト一人分だしね。気合を入れてみたよ」


 かわいいでしょう? と、小首をかしげてくる。

 ……確かに。ちょっと倒錯的というか、趣味の偏った服装だけど、美人さんだった。

 とても触手で形成されたとは思えない出来栄え。肌も艶やか、私よりも少し年上、20歳前くらいの、女性の身体だ。

 喋っている途中で見えたけど、歯や舌まで作っているみたいだった。


「最近どう? ――と、これは信と一緒に聞いた方がいいかな。んー、急なお誘いだけど。これも信だね。えーっと、……飴食べる!?」

「あ、えっと……もうすぐご飯ですから」

「くっ、これでも200歳くらいだからね僕ね! 今どきの若い子の好みわかんないね!」

「い、いえ。十分、流行に追随してると思いますけれど……」


 格好とか、口調とか、とても200歳くらいとは見えない。

 そもそも彼女(少なくとも今はそう)が、元々は人間だったと言われても信じられないけど。


「あ、それとも、"銀杖"君になってみた方が良かった?」

「それはちょっと」

「即答だね! いやあ、2月かな、もう3か月くらい前かあ。あの時の彼は強かったなあ! その時の話でもしよっか?」

「んと、」

「しちゃおう! いやああの時の彼の無謀さと言ったらなかったね! "銀杖"があるならいざ知らず、僕ら4人で殺せると踏んでたからねあの時! 終わってみれば君の言葉が正しかったわけだ。慧眼、慧眼」


 ぺらっ、と、無尽さんは喋り出す。


「君も目的を7割方達成。僕らも5割くらいは達成できたし、あれはいい計画だったね。僕としては仙人骨を取り込んでみたかったんだけどね。いやあ、"銀杖"くんは強かったね! いくら速度重視生産とは言ってもあそこまでパカパカ頭割られるとスカッとしちゃったよ!」


 詳しい話は、誰からも聞いていない。

 銀兄さんは気まずそうに、なんとかした、とか言うくらいだったし、黄さんに聞くのははばかられる話題だし。


「楊も李も本性を現したのにダメだったしね。彼はすごかったよ。僕の触手も最後に一回なんとか当たっただけだったし。いや、僕も本気は出してなかったんだけどね? 死体壊していいなら、僕が本体で出たんだけどね。いや、出てもどうだったかな。あの動きは、やっぱり銀精娘々の教えなのかな?」

「どうでしょうか、銀精様は、あまり型稽古をしない方なので」

「なるほど。彼女の弟子はこれまで、型はできてた人たちだったもんね。教えるのがだいぶ下手だと思うんだけど彼女。いや、馬鹿にしているわけじゃないよ。竜双子様と比べればやっぱり劣るんじゃないかってことさ。流石にね。というか、竜双子様が教え上手と言うべきなのかな。年季が違うから」

「そう、ですね。ただ、手加減はものすごく上手いですよ、銀精様」

「へえ?」

「私たちが力を合わせて、全力を出したら、本当にギリギリで髪の毛一本切れるくらいの手加減をいつもしてくださってます」

「それは下手って言いそうな気がするなあ。相対距離変わらないんでしょう? 僕だったら辛くなっちゃうな。すごく強くて憧れるのは分かるけれど、毎日負けてたら心が折れちゃう」

「そう、……ですね。私も1人だったら、そうだったかもしれません」


 思い出すのは、口では悪態をつきながらも、何度も、何度も、何度でも立ち上がって、銀精様に向かっていく、銀兄さんだ。

 銀精様の修行は、常に全力を強いられる。

 その修行を2年以上、ほとんど毎日続けていればああもなるのも納得できた。

 常に死闘を繰り返してるみたいなものだ。

 …………そうだ。

 最初に、銀兄さんと出会った時。

 私は、負け越してしまった。

 10戦やって、5勝4敗1分。

 確かに、すべてを使ったとは言えない。真剣ではなかったし、火力の高い魔術も使わなかった。

 だけど、それは銀兄さんも同じだ――そもそもあの当時、銀兄さんは魔術の類を一切使えなかった。

 それでも私は負け越した。

 私は、3歳くらいから修行をしていた。決して密度の薄い日々だったとは思わない。

 ただ単純に、銀兄さんが私の10年を超えるほど密度の高い日々を過ごしていただけ。

 ……なんで銀兄さん生きていられるんだろう。


「…………う」


 戦いを思い返して、おっぱいを触られたことを思い出した。

 あの時期くらいから、大きくなり始めたんだった。

 あれから半年以上経っている。身長は、だいたい止まったかな、と思うけれど、胸の方はまだ大きくなる気配があると言うか――そうだ、銀精様がいらっしゃらないうちに、服も買い替えないと。

 そろそろサイズが合わなくなってきている。胸が少し苦しい。

 銀兄さんの手には胸を大きくする力が――あ、ううん、あるわけないですね銀精様。

 これ以上大きくなったら困るなあ、と思いながら、おしりの位置を正す。

 隣の無尽さんが、すん、とにおいを嗅いだ。


「ん? んんん? 乙女スメルがするよ?」

「……どんなにおいですか」

「いいにおいさ。……と。小粋な会話を続けるうちに、なんと既に"九龍背城"の門前でございますよお姫様?」

「お姫……」

「上司の義理の子みたいなものでございますからね? それに僕らからしても、小さいころから見ているからね。君のことは。いやあ大きくなったねえ。身長何センチ? おっぱい揉む?」

「遠慮しておきます」


 腕の上に這う通路を昇って、立体駐車場に車が向かう。

 "九龍背城"で車を持っている人はごく一部だ。持てる人はだいたい、腕脚の付け根にある駐車場に車を預けている。

 そもそも、"九龍背城"の中は、車では進めない――と言っても、いつものお店は外周にあるし、歩いても近い。

 促されて、車から降りる。

 無尽さんが、本体と接続されている触手を断って、同じく降りる。


「それじゃ、行こうか。楊は後から来るからね」


 背中を押されて、ついでにパーカーもかぶされる。

 ゴスロリさんと、普通の女の子(とりあえず格好はそうだ)が一緒に歩くっていうのは、ちょっと目を引く――はずのものだけど。

 この"九龍背城"では、むしろあまり変ではない組み合わせになる。


「…………」


 馬に乗った鎧武者さんと、西洋鎧をまとってランスを握ったケンタウロスさんとすれ違った。決闘かな。

 うん。さっきの人たちよりはずっと普通。




/




 お店の前に、黄さんと、李さんが立っていた。

 キセルをくわえた黄さんが、ひらり、と手を振ってくる。

 灰色に近い髪は、むしろ銀髪に見える。それほどに艶やかで、肢体も女性的。私よりも背が高く、頭身も勿論高い。カジュアルな格好はしているけれど、なんというか、隠しきれない色気が立ち上っているようですらあった。

 とても、元男性には見えない――私も色気を感じてしまうくらい、女性だった。

 ……詳しく聞いたことはないけど、女性歴の方が長いんだっけ。


「こんばんは。今日はありがとうございます」

「いいのよ。苛められたりしていないか、心配だから姿を見たくて?」

「お二人には、とてもよくしてもらっています」

「そう。まあ、苛めるような方ではないわね。……気にくわなかったら首を刎ねる方だから」


 ……なんだか嫌に実感のこもった言葉を呟いて、黄さんはお店の入り口を手で示す。


「さ、入りましょう。久しぶりですものね」

「そう、ですね」


 "九龍背城"外周――つまりは最も条件のいい場所にある、お店。

 昔々はもっと内側にあったのだけど、繁盛して、今ではこうして外側に店を構えている、行きつけのお店だ。

 ラミア系のご夫妻がやっているお店で、黄さんと親しいから、もしかしたら香港浮上騒動の時のお仲間のお店なのかもしれない。


「いらっしゃい」「イラッシャーセーッ!!!」


 昔から変わらない、平坦な旦那さんと、妙にテンションの高い奥さんの歓迎の言葉を受けて、……ちょっとはしたないけれど、おなかが空いてきた。

 この声を聞いた後はとても美味しいものが食べられるのだと、私は学習してしまっている。

 ダイエットとは無縁というか、きちんと食べないと死んでしまうから、おなか一杯食べられるのは、仙人骨があってよかったなあ、と思うところ。




/




 ……だからと言って、食べ過ぎていいわけではなかった。なかったんだけれど、炒飯がサービスで出てきてしまったのが悪い。

 無尽さんか楊さんにあげればよかった。

 余裕あるデザインのパーカーでおなかを隠しながら、会話をする。


「そのお身体の具合は、大丈夫ですか?」

「間に合わせだったのが、調整が終わったから。だから、そうね、これは私の快気祝いも兼ねているわね」


 本当は李のパーツ取り用だったのだけど、と、黄さんは言う。

 歩く姿から見て、前の身体の骨――アダマンタイトで強化した人工骨とかも使っているみたいだし、調整が終わったって言うのは、多分本当だ。


「しばらく出歩けなかったから、久々に貴女の顔を見たくて。……元気そうでなによりよ。やっぱり好きな男と一緒に住んでいると、可愛くなるわね?」

「好っ、」


 顔が赤くなるのが、自分でも分かった。

 無尽さんがケラケラと笑い、楊さんまでもが口端をほんの少し上げていた。


「……可愛くなったかは、分かりませんけど……」

「ふふ、ふ。……まあ、それもいいけれど、勉強も。多少はね」

「はい。中学後期課程、一応今年の9月からですから……」


 今は休学中の扱いだけど、黄さんや兄弟子たちの勧めもあって、中学後期課程も行きたいと思っている。9月くらいには、ほとぼりも冷めているだろうし。

 流石に香港大学は無理だろうけれど……大学にも、行ってみたい。

 銀精様もわりと新しいものが好きだから、一緒に行くとかも楽しそう。

 銀兄さんはどうするんだろう。銀兄さんは、通信制高校に入学しているから、直接ではないけれど、先輩になる。

 多分一緒の時期に大学入試を受けられるようになるから、同学年にもなれる。

 だから、もしかして、教えてもらったりとか。一緒のお部屋で勉強したりとか。肩が触れ合ったり。のぞき込まれたり。そのままキスとか――――


「大丈夫?」


 無尽さんが、私の顔を覗き込んでいた。

 あ、と、理性を取り戻して、すみません、と謝る。


「……食べ過ぎて眠いとか?」

「いえ……」


 ……流石に、重症な気がする。

 す、と調息して、体内の気の巡りを感じ取る。

 問題はない。私は私として、完結している――けれど。


「黄さん。ちょっと、聞きたいんです」

「……生きてるものは、専門外なのだけれどね」


 黄さんは、私が言わんとするところを、正確にくみ取ってくれた。


「いいわ。診てみましょう。今からの方が、いいわよね?」

「はい。……ありがとうございます」


 立ち上がって、頭を下げる。

 ふふ、と、彼女は笑った。


「まあ――色々、悪い話では、ないことだしね?」

「……悪だくみしたら、また銀兄さんに身体ダメにされますよ?」

「大丈夫大丈夫。彼にとってもいい話だから――ね? そうでしょう?」


 笑顔を向けられて、うぐ、と視線をそらしてしまう。

 黄さんは、悪党だ。小さいころは分からなかったけれど、"マウス"として動く前後にはもう分かっていた。

 そんな彼女が言うことだから、『悪い話じゃない』って言うのは、本当に悪い話じゃないことは、少ないのだけど――絞り出すように、私は言う。


「……そうであれればいいと、思ってます」


 黄さんの顔が見れない。

 見た目や口調が変わっても、黄さんはやっぱり黄さんだった。