エロ率分析 (α)

〜分析結果サンプル〜


 Hong-Kong!!!

 暗黙了解、知らぬを知ると言い張る者あり!

 お噂かねがね天空街都!

 今や十二国志の第十三国! この右に出るものはなし!

 Hong-Kong!!!




/




 ――少しだけ、時を巻き戻そう。

 青年――まだ少年と言える年頃であるが――はその時、風呂から上がったところだった。

 そして妹分たる少女が、脱衣所に入ってきたところだった。


「ちょっばっおまっ」

「あっ、銀兄さん、ごめんなさい、まだ上がっておられませんでしたか」


 とか言いつつチラッチラと青年の肉体を見る妹分である。

 片手に着替えやタオルを持っており、片手で目を隠しているが、指の隙間から瞳が思いっきり見えていた。

 青年はぶっちゃけ完全に油断していた。咄嗟にタオルで股間は隠せたが、見られたのではないかと疑う。青年の股間のブツはオーク並みであるため、そもそもはみ出しそうである。

 そして、それ以外はフルオープンだ――鍛えこんだ肉体をこれでもかと妹分の前にさらしている。

 しっしっ、と、手を振りながら、青年は叫ぶ。


「急いで出るから出てけ、ケイ! っつかまだ入ってなかったのかよぉもう12時だぞ!?」

「え、でもお風呂場はもう空いているんですよね?」

「聞けよ! 脱衣所が開いてねえよ! やめろよぉ!!!」


 青年は戦慄した――やべえ、喰われる、と。直感した。ここで風呂場の方に逃げ帰るとそのまま一緒に入る羽目になると。

 だが、その瞬間だった。青年の着替えの上から、音が鳴り響いたのだ。


「こ、この着信音はジェームズさんだなぁーっ、どうしたのかなぁーッ」


 青年は、極力妹分の方を見ないようにしつつ、水の滴るままにスマホを手に取り、通話を開始する。


「はいもしもし!」

『ハロー。ジェームズだ。遅くで悪いのだが、緊急で頼みたいことがある。大丈夫だろうか?』

「ハイ大丈夫です!!!!!」

『どうしたんだ、元気がいいな……』

「いやあハハハなんでもないっす」


 青年は、後ろからの視線を感じる。尻とか背中とかの筋肉に熱い視線が来ている気もした。

 やべえな。と思いながら、頷いた。


「で、どうしたんです? 場合によっちゃ断りますけど。クソピエロが逃げたとか」

『魔人案件ではないので安心してほしい。……とある男、君も知る頑固者を助けてあげてほしくてね』


 言葉を聞き、彼は表情を変えた。

 追い詰められた情けない半笑いから、仕方ねえなと笑う、男の顔へと。

 彼は、カッ、と笑った。


「了解ですよ。今から出ます。金一封くらいはお願いしますよ」

「助かる。今回は、そうだな。ボーナスにはディスティニーランド期間限定のチケット2、いや3枚を出そう」

「超がんばります!!!!!!!!!!!!!」


 ……そうして彼は。

 寝室でスケスケネグリジェなど着て待つ嫁をお預けしつつ、バイトに走ることになったのである。




/




 カッ、と笑って、"銀杖"を構える。

 左足を前に。腰を軽く落とし、緩やかに呼吸し気を回しながら、周囲を観察する。

 ジェームズさんから依頼を受けて急行した先。中々デカい屋敷にお邪魔したわけだが、マジで中々愉快なことになっている。

 玄関ホールには、(さっき人間砲弾でぶち抜いた)玄関から月光が差し込んでいる。それを背にする俺たちは、視界的にはやや不利か。

 敵は3。

 左腕から血を零しながらも笑みを浮かべる巨漢。

 憎々しげな表情を浮かべる銀色の杖を持つ男。

 それから、やたらと色鮮やかな鳥だ――


「……アラン!」


 ――違う、敵は4、か!


「っと、ぉ!」


 叫びと同時に、俺とアランは跳んで左右に別れていた。

 俺たちが立っていた場所がべごりと凹んだ――念動もしくは透明化による重量物の投擲――いや、空間そのものに魔力を感じる――つまりは――


「――重力系魔術師だ!」


 二階部分に、スーツ姿で杖を片手に構えた、角を額から生やした男が立っていた。

 事前に、ジェームズさんから聞き及んでいた情報。

 二月ほど前にクーデターによって代替わりした、この屋敷を本宅とする出戻り華僑系マフィアのボス――名は、クラーク・シーズとか言ったか。

 強大な重力系魔術師。空間に作用する術であるため回避できたが、事前にあるべき魔力の集中がろくになかった。

 武術で言えば、構えていたと思ったら既に急所に向けて剣が走っていた、みたいな――工程の一つがほとんどないかと誤解しかねないほどの速度。

 魔術のステップ――構築、集中、変換、指定、顕現――のうち、集中から指定までが異様に早いのだろう。

 それでいて、あのままとどまっていれば、ミンチ肉にされていてもおかしくはなかったほどの威力。手に余るとまでは言わんが、絶対に楽勝できるような腕前ではない。


「ガキ二匹も片付けられねぇのかテメェらッ」

「不意打ちで仕留められなかったアンタに言われたくないわねェッ」

「うるせぇ、あっちがイカレてんだよ!」


 言いあう巨漢と角男から視線を切って、急襲してくる銀の杖の男に意識の焦点を合わせる。

 銀色の――おそらくは総真銀製の杖を両手で持って、バットじみて振り下ろしてくる。


「はぁあッ!」

「らァッ!」


 下から"銀杖"を振るう。

 かち合い、火花が散り、打ち勝ち、しかし俺の方が回避をすることになった。

 男の杖が、炸裂したからだ。


「くッ、」


 俺の頭上にまで到達した真銀の杖は、内側から弾けるように高速で増殖変形。

 未だに《金剛身》も使えない俺では防御できない攻撃となって飛来した。

 銀色の棘の殺傷範囲からなんとか逃げ出して――その瞬間、頬の傷跡に風を感じ、更に跳躍した。

 俺が止まろうとしていた場所を含めた範囲が、ぐずり、と融ける。死臭を同時に、わずかながらも感じる。

 跳躍しながら、色鮮やかな鳥が羽ばたいているのを目撃する。

 あの鳥の攻撃らしい――"銀杖"が変色していないあたり、通常の毒ではなさそうだが。

 生命系"腐敗"――もしくは経年劣化を起こす同系の属性か。まさか"死"属性ではなかろうが。

 鳥の風使いとか、どこかで聞いたことあるな、と思いつつ、壁に着地――装飾を指で掴んで、身を固定する。

 鳥と杖男は既に俺の方を見ている。

 あの鳥は、どうやら羽ばたきで風を起こし、それに毒を乗せているらしい。

 キェッ、と、鋭く高く、鳥が鳴く。


「っとぉ!」


 打ち出されるように跳び、絨毯の上を滑って、更に回避する。

 走った場所がどんどん溶けていく。

 風は当然ながら無形。ついでのように投射される重力魔法と合わせて回避しながら、距離を取る。

 速度に任せて壁を走り二階部分に行こうとするが、重力波に撃ち落とされそうな感じがしたので壁を駆け下りて逃げる、逃げる。


「っと、っは、っほ」


 広いとはいえ所詮玄関ホールだ。壁を走ってもスペースに限りはある。

 正直一度退きたいが、あまりアランと離れるわけにもいかない。俺が逃げればアランは1対4でぶち殺されるだろう――巨漢とバチバチ殴り合い始めてて邪魔もできん。

 舌打ちして、走り、回避し、防御しつつ、観察を行う。

 まず2階に立っている角男。

 回避中に軽く調度品を投げてはみたが、周囲に重力結界を張っているらしく直前でかくんと落ちて届かなかった。直接殴りに行くならともかく、投擲はそれこそアランの一投でもなきゃ通らんだろう。

 "銀杖"を届く位置まで伸ばすと流石に隙がデカくて死ぬ。

 自分の周囲以外にも、アラン達を中心に重力結界を張っている。

 そこに踏み込めば鳥の毒気の風で足を止められ二人仲良くぶち殺されるだろう。

 幸いと言うか、結界を張るのにかなり魔力を裂いているらしく、飛んでくる魔法も牽制程度だ。空間作用系故に発現場所も分かる。動きながら戦うならほぼ無視できる。


「んのっ、」


 次に階段の手すりにつかまり風を起こす鳥。

 鷲に似ているような感じはする。あるいは隼か何かか――ともあれ猛禽類の類だ。

 そのくせ色鮮やかなあたり、何らかの突然変異を起こしているとみるべきだろう。ジェームズさんから聞いた話、今回のバイト目標である猫娘のように先祖返りでもしたか、あるいはまた別か。

 ハーピーへの人化、あるいは予想だにしない魔法を放つか、アランのように変身するか。

 瞳には知性が宿っている。知能がある猛禽類と言うだけで、十分警戒に値する。俺飛べねぇし。


「……クソが!」


 そして三人目、事前情報によれば、金良とか名乗っているらしい、銀色の杖使い。

 パワー、スピード、頑丈さ、武器の性能、体力、再生力で俺が上。技量についてはまだ完全に把握したわけではないが、同等か、向こうがやや上ってところか。

 それより特徴的なのは、総真銀製と見えるあの杖だろう。

 俺の"銀杖"も負けてはいないが、それだけで通り名が付くような特徴的なものになる。

 しかも変形、巨大化する。それも爆発的な速度で、だ。

 伸縮速度は俺の"銀杖"以上、強度、質量は"銀杖"が勝っていたが、限界はどこまで行くか。伸縮に際して魔力が感知できたので、伸び縮みについては魔法の可能性が高い。

 金属系"増殖"、または、金属系"真銀"。後者だとしたらとんだレア属性だ。

 次元系で空間を折りたたんでいる可能性はないだろう。そんなことができる時空系なら魔術士一本の方が強いし、真銀をそれだけ揃えられる金持ちには見えない。

 幸いなのはこいつらが特別に連携してはこないってことだ。

 完璧な連携をされてたらそろそろ追い詰められている――下がろうとして、毒気の風に遮られそうな感じがしたので、むしろ前に出て攻撃を受け止め弾き飛ばす。


「考え事してんだよ邪魔だなテメェッ!!!」

「グッ……余裕ぶりやがってェッ!!!」


 変形を合わされて衝撃を吸収された。流され、反撃を繰り出される。

 胴を捻って回避し蹴るが回避された。振り上げた足を振り降ろし踵落しをするがこれも回避。強く踏み込んだ形になる――体重が下に行った俺に対し突きを放ってくるが"銀杖"を短くして弾いて防御。

 重いと思ったら銀男の後ろ側が伸びて床に突き刺さっていた。そりゃ重いわっていうかほとんど軌道が曲がらなかった。辛うじてジャケットが裂けるだけの結果になる。

 クソが――と思った瞬間、真銀の杖が曲がって俺の顔面に向かってきた。げ、と思いつつ体を反らし回避、そのままブリッジで両足で蹴り上げ、回転し距離を取る。

 小技に優れた中々の――いや、俺より1段上の技量か。魔術と体術の並行使用は中々できるものではない(俺は勿論できない)。

 身体強化術を使っており、杖の重量も相まって、俺とて容易に弾き飛ばせないパワーがある。

 ……しかしチンピラだ。

 ルーズな格好と言うか、だぼっとした服装――明らかに二つ三つサイズの大きい服を身に着けて、銀色の装飾をじゃらじゃらと身に着けている。輝きも違うし、ただの銀ではなく、おそらくは真銀。

 ファッションと実用を兼ねた服装なのだろうとは思う。余裕ある服で、筋肉の動きが見えにくい。一瞬遅く反応させられる。

 ああいうのもアリなんだなあ、袴みてえなもんか、と思いつつ、突き、払い、振り下ろし、弾かれ、牽制の重力波が飛んできたので飛び退いて回避する。


「クソが……!」


 1対、2.5ってところか。

 正直いえば、死地だ。ジェームズさんも軽く言ってくれたもんだが、


「やってやれねえこたァねーな……!」


 鳥も角男も、精密性にはやや欠けている。

 正直に言えば――こいつらと1対1を3回繰り返したら殺されうるが。

 1対3ならば、勝てる。

 鳥の風も、角男の重力も、銀男の動きまで縛ってしまっている。


「おらァッ!!!」


 杖の距離では鳥と角男の攻撃が俺にだけ届く。足を踏み砕くように距離を詰めて、肘を顔面に打ち込む。

 回避されるも体が崩れる――"銀杖"を短くして握り込み、脇腹に拳を打ち込む。


「ぐがッ!」


 身が僅かに浮いたので、足を縫い止めるように踏み、更に拳を連打――3発目で、ごぎ、と拳が砕けた。


「ぐ……!」


 男の体表を、銀色が――真銀が覆っていた。

 砕けた拳を再生しつつ、腕で首を引っ掛けて倒し、引く。

 精密操作から考えて、やはり属性は"真銀"か。例えば鉄、鉛、金といった真銀以外の操作は難しいが、真銀の操作、増殖、形成については専門と言える属性。

 表皮に1センチ弱であっても、拳で砕くことは流石に出来ない。

 "銀杖"で力を込めてブチ砕くほかないわけだ。殴って落とせればそれが一番イージーだったが。

 体表全てを銀色に光らせた男は、改めて杖を両手に握り、襲いかかってくる。


「無駄な……抵抗しやがってよぉッ!!!」

「うるせェッ、なんだテメェ、"銀杖"だと!? "銀杖"ッ! 俺をパクりやがったかッ!」

「知らねえよ死ねッ! 自分で名乗ってるわけじゃねぇよ! 勝手に名乗りゃいいだろうが!!!」


 打撃が重い。突き一つそらすのも一苦労だ。その上、多少の被弾を意に介さずに突っ込んできている。

 表皮の鎧がなければ肩骨を砕く一撃も、表面を滑るのみだ。

 厄介にも程がある。顔面も剣道の面じみた防具を作ってカバーしている。殴り倒すのは難しい。

 そして、鳥が羽ばたくのが見えた。

 飛び退ろうとしたところで、嫌な予感がして踏みとどまる。

 直後、ぼごり、と背後で音。角男が舌打ちをするのが見えた。

 死んでたな、と思いながら、気合を込める。そうしなければ、これから死にかねないからだ。

 銀男の顔面が完全に鎧われた。同時に、表皮の銀鎧が分厚さを増す。

 その表面を毒気の風が撫で、一瞬の後、俺の身を蝕んだ。


「な、め、んなァッ!」


 弓を引くように"銀杖"を構え、そして全身を硬直させた銀男に打ち込む。

 床を噛んでいた真銀のスパイクを砕き、数百キログラムの体を――


「おおァッ!」


 ――ぶっ飛ばす。

 錐揉みして吹っ飛ぶ剛体は毒気の――否、食らってわかった、瘴気だコレ――風を吹き散らす。

 それを追って跳ぶ。

 ジャケットはボロボロにされたし(またか!)、表皮や眼口鼻がじくじくと痛む。吸い込んでしまった瘴気が肺を焼く。

 だが、致命傷ではない。

 鳥がキェッと鳴いて飛び上がった。

 同時、銀男が唐突に地面に落下する。角男の魔術か。

 踏み込めば激突してしまうかってところだが、


「おおおらァッ!!!」


 もう一度、満身の力を込めて"銀杖"を打ち込む。

 派手な音がして、数百キロでは済まない重量の真銀塊がブッ飛ぶ。真銀の表皮にヒビがはいる。

 それを飛び越えて、鳥の爪が急襲してくる――濃密な瘴気を翼から生み出しながら、だ。

 あれを吸い込んだら流石に肺が融けて死ぬか。

 そして重力場に俺は捕らわれている――銀男が落下した場所に立っている。

 跳んで逃げることは流石にできないが、重力が高いならそれなりのやり方はある。


「カッ、は!」


 重力に逆らわず身を落とし転がって、鳥の翼下を潜り抜ける。

 重力場の範囲から抜け出し、"銀杖"を伸ばしつつ鳥を追撃――鳥は宙返りし回避、のみならず翼に貯めていた瘴気を放ってくる。

 それを回避した先には、血を吐きながら銀男が迫ってきていた。

 両手には真銀のスパイク。打ち放たれた拳を首をそらして回避――首横がわずかに裂ける。

 "銀杖"でがら空きの胴を打ち、アラン達の方へとふッ飛ばす。


「ぐぉっ、が……!」


 床をへこませるほどの重量となって銀男は重力場結界に転がる――立ち上がれまい。

 鳥が羽ばたき、距離を取った。

 重力場が解除され、同時、アランがふっ飛ばされてくるのをキャッチ。

 甲殻を砕かれている。俺もアランも怪力な方じゃあるが、あの巨漢の筋肉は伊達ではないだろう。

 重力場結界で足を止めての、不利な殴り合いを強制されたってわけだ――だが、まだまだやれるらしい。

 俺の腕を振り払って、アランは自らの脚で立ち、改めて構える。

 血だらけの巨漢が銀男を抱えて、ホール階段下に跳躍した。

 鼻口の粘膜を修復しながら、息を吸い、叫ぶ。


「クソども! 俺をナメてやがるか! 俺ァ銀精娘々が弟子、人呼んで"銀杖"! 俺を殺したかったらお前ら全員二人になりやがれ、足りねえよ馬ァ鹿!」


 巨漢に抱えられた銀男が、全身の真銀を解除して、杖にして立ち上がる。

 胸を抑えながら、銀男は叫ぶ。


「うる、せぇっ……なにが"銀杖"だッ……俺は、俺は……"大銀杖"だッ、この"大銀杖"を、食らって死ねよ、偽物……!」


 二度、胴体にいいのをぶち込んだが、まだ立つか。

 やるじゃん――とは思いつつも、素直な感想を言う。


「……聞いたことねえんだけど?」

「テッ……メェッ……!」


 巨漢がその肩を掴み止める。

 一歩前に出て、両腕を開き、言う。


「アタシはビゲスト・ドリーマー。"傑道"なんて呼ばれているわァ」

「元、っつった方がいいか? 八卦衆最高の腕力家。お噂はかねがね?」

「ンフ? 若手ナンバーワン、なんて言われてる、かの"銀杖"殿にお見知りおきいただいてるなんて嬉しいわァ?」

「よせやい。いや、横目で見てたが、素手で殴り合ったら勝てそうにねーわアンタ。すげえな。聞いてた話以上だ」


 銀男の形相がひでぇことになっているが無視――していたら、勝手に割り込んできた。

 "傑道"を押しのけ――ようとして"傑道"は動かず、仕方なくその腋下から銀男が身体を出し、叫ぶ。


「……金良。人呼んで、"大銀杖"!」

「だから聞いたことねえって。なんなんだテメェ自己主張激しいぞ」

「やめてやれ、"銀杖"。お噂はかねがね、と言ってやるのが礼儀と言うものだ。俺も聞いたことがなかったが」

「それはそれで失礼な気がするんだがなぁ。ハゲにかっこいい髪形だねっていう感じっつーか」

「たとえが分からん」

「ウフッフッフ」


 "傑道"が笑いつつ、腕で銀男を押しとどめる。

 そして、肩に着地した鳥を俺たちの方に示し、言う。


「こちらも元・八卦衆――ピトフーイ、よォ。喋られないから、代わりに紹介させてもらうわねェ」

「あ、お噂はかねがね。いや、マジで聞いたことあるわ、毒を放つ大鷲がいるって。そっか、そいつか」


 銀男が飛び出しかけて、また"傑道"に肩を掴まれ止まった。

 ぶっとい指を銀男の肩に食い込ませながら、"傑道"は上を示す。


「そしてあちらが、アタシたちの雇い主、お友達。クラーク・シーズ。アタシたちは社長って呼んでるけどね」

「社長」

「そう、社長。最近はマフィアの取り締まりも結構激しいから、ウチも会社として成立してるわけェ。アタシたちも一応ボディガード枠で雇われてるのよォ」

「余分なこと言ってんじゃねえよスカタンが。……オイ、テメェら。流石に強えな」


 角男――クラーク・シーズが、ゆっくりと階段を降りてくる。

 イギリス系の、中々の色男だ。


「テメェらに確実に勝てる気しねェわ。手打ちにしねえか」

「…………」


 アランが何かを言いかけて、やめた。


「俺の部下も散々ブチ殺されたし、そいつらも傷を負った。フツー許せねぇとこだが俺ぁ許す。別に致命的でもねえ。やめにしねえか」

「……俺も雇われだからな、俺はいいぜ。仕事の半分は達成したようなもんだしよ」


 今回の依頼は、アランを助けろ、だ。角男もブチのめせればボーナスが入るってだけである。

 ディスティニーランドチケットは惜しいが、アランが納得するならそれでいい。

 アランが、納得するならば。


「……一つ聞きたい」

「なんだ」

「キャリコはどうした」


 クラーク・シーズは、それ聞いてくるかあ、という顔をした。

 フー、と息を吐いて、そして言う。


「決裂だな。そりゃあそうか……」


 角男は、ロッドを構えなおす。


「無事じゃあ、ねえな。テメェが騒ぎを起こすまで、魂を解体してたもんでな」

「……そうか。間に合わなかったか」


 ……魂の解体。例えるならば、麻酔なしの外科手術――あるいは、腑分け。

 ひとの最もやわらかい部分を切り裂く行為になる。

 例えば、魂を解体し呪いを解く手法はある。そういう目的はあるし、それを可能にする技術はある。

 だが、成功率はどんなに高くとも20%前後だ――師匠ですら、成功すると自信を持って言えない難度。

 なぜならば。魂を直接触られ抉られ斬られる痛みや苦しみによって、発狂する率が高すぎるからだ。

 一度ばらばらになった魂は、二度と元の形に戻ることはない。

 アランは、静かに口を開く。


「……我は、三重複合学園が鋳造せし最終ハイブリッド――欠番ナンバーズ・ナンバー01。

 結末シスターズの長兄にして、失敗作、意欲作、流用品」


 ごき、ばき、と音がする。


「人呼んで、"嵌合体"。またの名を"奇喜怪快"」


 みち、びき、と音がした。


「姜龍が子にして――彼女の庇護者とならんとしていた者。アラン・モングレル」


 泣くような声で、アランは名乗った。

 その姿は、悪魔のようだった。


「落とし前。つけるしかないみたいねェ」


 "傑道"が、右腕を引いて腰だめに構え、筋肉を膨張させた。

 銀男が、両手で真銀の塊を構えた。

 ピトフーイが、羽ばたき飛び上がった。

 クラーク・シーズが、ロッドの先端に黒い塊を生み出した。

 俺とアランは、再度構えなおす。

 俺が左前構え。

 アランは右前構え。

 対のように構えて、きっかけに備える。


「…………」


 からり、と、瓦礫の崩れる音。

 一斉に、動く。


「《圧殺》!」


 練り上げられた重力魔術が、空気で人間が潰れるほどの重力を生み出す。

 俺とアランは左右に回避――そして俺の方には、銀男とピトフーイが来ている。


「俺こそがッ、"銀杖"だッ! 死ね! 死ねよォッ! ――《大・銀・杖》ッ!!!」


 真銀の杖が、増殖し、拡大し、伸展し、膨張しながら降ってくる。

 瘴気を帯びた突風が、足元を洗いに来る。

 ……名乗りたいって思うのは勝手だ。

 正直、俺もそんなに好きじゃあない。

 だが、テメェごときに――譲れる"銀"の字名じゃあ、ない。

 "銀杖"を回しながら、魔力を集中する。

 脚を止めたまま。属性を変換し、集中し、魔術を発現する――


「《聖光》ッ!!!」


 "銀杖"が、聖なる輝きを帯びる。

 生み出した光は熱も帯びている。

 属性変換に失敗している。だがそれでも、輝きは瘴気を焼く。

 俺は地に足をつけたまま、更に"銀杖"を回転させ、勢いに乗せる。

 俺の属性は光熱系"光"――変換しやすい属性は、光熱、とある通り、熱。その他、光であるために、当然ながら、聖なる属性への変換も容易である――極めれば太陽をも生み出せる属性だ。


「お、おおおおッ!!!」


 回転速度を高める。

 先端速度は音速を超過している。

 バトンのように振り回し、そして、勢いに乗せたまま気合を込める。

 ――銀男のように、真銀を操るのも、便利だとは思うが。

 "銀杖"の方にも、明確な利点がある。

 形状は棒状で固定だが――伸縮自在、太細自由であることに加えて、重量についても調整が可能であること、だ。

 今"銀杖"は極めて軽い。先端に重心を残し、音速超過の速度で回転させている。

 その状態で――速度を保ったまま、質量を増せばどうなるか?


「おぉおおおらぁッッッ!!!!」


 1945年以前の物理法則に、真っ向から喧嘩を売る。

 回転力を保ったまま握り、踏み込み、重量を増し、手首がぶっ壊れそうな勢いを、上へと振り上げる動きに変更する。

 ――真銀を裂く。

 "銀杖"が、逆上がる隕石でも着弾したかのように、銀の柱を液状化させる。

 一瞬遅れての余波が引き裂いた真銀を飛散させる。

 柱は焼き鏝を当てた氷柱じみてドロドロになる――持ち手たる銀男が、衝撃波で吹き飛び、天井まで打ちあがった。

 天井が砕ける。

 噴火するように屋根の建材が夜空に舞う――強いてもう一歩を踏み込みながら、叫ぶ。


「アラァアアアアアンッッッ!!!」


 超重の"銀杖"を、その重量に見合うサイズに拡大し、振り下ろす。

 振り下ろす先は、先ほどまで俺たちがいたところ、だ。

 いまだ、《圧殺》は消えていない。

 つまりその場は、いまだ超重力場である。

 ――"銀杖"が、支えられない程の重さになる。

 またも、そして今度こそ隕石じみて、"銀杖"は床にぶち当たり――そして、屋敷が割れた。

 屋敷に一直線の亀裂が走る。地盤ごと真っ二つになって、本でも畳むみたいに歪む。


「お、お――」


 しゃがんで、脚を全力で強化する。

 真銀の塊が、落ちてきていた。

 生意気にも全力防御らしい。

 見る先で、塊から棘まで生えてきている。


「こ、お、お、おおおおおッ、」


 だが、関係ない。

 そんな守り程度で、どうにかなるものか。

 "銀杖"が柱じみて立つ。

 跳躍し、"銀杖"めがけて――真銀の塊を挟むように、飛び蹴りを放つ。


「おおッ、るぅうううぁああああああああッッッ!!!」


 着弾――

 速度でウニじみた棘を踏みつぶす。

 衝撃で真銀塊にヒビが入る。

 脚の骨が確かに押しつぶされ短くなる。まだまだ甘い。

 真銀塊は、蹴りで軌道を90度変えた。

 向かう先は、柱じみて立つ"銀杖"だ。

 床をぶち抜いて地盤に突き立っているし、なにより、アランも同じことをするだろうって確信があった。

     ――弾着。

 真銀塊が砕ける。

 内容物の腹に足裏が食い込み、銀色を纏わりつかせたその全身に衝撃が波及し、血管が浮き、破れる。

 同時に裏側からも衝撃が来ていた。


「――がばッッッ!!!」


 銀男が大量の血液を吐く。

 身体操作でくるりと回りながら着地し、そして空を見上げる。

 重力魔術の応用で自分を軽くしていやがるのか、あるいはピトフーイの飛翔力か。クラーク・シーズは、ピトフーイに腕を掴まれて、飛んでいた。

 なんとも、見切りの早い。

 "銀杖"を回収し、跳躍、壁を蹴って追うが、既にかなり離れてしまっている。

 カッ、と笑って、傾いた屋根に立つ。


「おい、アラン。任せた。アレは俺じゃあ追えねえわ」

「……貴様キャリコが怪我をしていたら許さんからな」

「すまんて」


 翼を生やしたアランが、悪魔みてえな顔で言った。

 屋敷は中央から30度ほど傾いてしまっている。

 どこかで寝かされていたりするのだとしたら、ベッドから落ちていてもおかしくはない。

 考えなしでしたと謝る他ない。ごめん。


「……キャリコの回収を頼む。できれば、その世話もだ」

「治療まで任されてやるよ。ウチの師匠だが。だからちょっと待て」


 師匠ならば、治せるかも――直せるかも、しれない。

 飛んでいく一人と一匹を見送りながら、"銀杖"を縮める。

 懐からタバコを取り出しくわえ、指を一本立てる。


「《火》、と……あんだよ」

「未成年だろうが貴様」

「師匠から押し付けられて困ってんだよ。一応、ニコチンもタールもゼロ。むしろ吸うと健康になる。……見た目が不良っぽくなるからヤだとは拒否したんだぞ俺」


 アランが変な顔をした。

 なんつーか、何言ってんだこいつ、みたいな顔をされているような気がする。

 薬くさい煙を肺に落として、問う。


「ところで、アラン。一個聞きてぇんだけど」

「なんだ」

「テメェ、猫子を助けに来たのか、戦いに来たのか、どっちだ」

「それは――」


 アランが視線をそらす。

 紫煙を吐きながら、言いよどむアランに畳みかけた。


「わァーってんぞ。テメェ、手加減してただろ。俺と戦った時」

「…………」

「ウチの師匠の見立てを舐めんじゃねえやってことで、あんまり自慢にゃならねえんだがな。テメェ、戦い大好きだろ」


 迷うアランに、"銀杖"を放り投げる。


「……んでもまあ、それで救われるやつがいるならそれでいいんじゃねーのって俺は思うわけな。だからよ」


 受け取ったアランの腕が落ちる。

 "銀杖"は今、いい感じの重さのはずだ。


「ここできっちりカタァつけて、猫子を助けに来たんだぜって胸張れや」


 アランが、腕を持ち上げる。

 "銀杖"は普段よりも太く、しかして短い。

 形状は、ほぼ球状だ。


「…………そうさせて、もらう」


 既に1人と1匹は、米粒なみの大きさになっている。

 夜っつーこともあって流石に見づらい、が。


「――目に刻め。この、アラン・モングレルの、至高の一投を」


 アランは、両手で"銀杖"を握る。

 セットアップより、大きく踏み込みコックアップ――アンダースローだからダウンか。

 翼のように左腕をはためかせる。


「ぬ、」


 ――もはや、見るべきもない。


「う、うううううおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」


 風で、前髪が揺れて、紫煙が散った。

 光り輝き、レーザービームじみて飛翔した"銀杖"が、着弾し、そして落ちていく。


「……名付けて、"神雷鳥"」


 アランが残心しながら、そう呟いた。


「――見事デッドボール」

「代走が必要だな」

「もう試合もできねえよ。人数足りなくてコールドゲームだろ」

「然り」


 "銀杖"の落下位置を見つつ、スマホを取り出し電話をかける。

 呼びだすのは、ケイだ。

 階下で、どやどやと声と足音。

 ジェームズさんたちが到着、突入してきたらしい。


「俺ぁ"銀杖"回収しに行く。猫子はウチに運び込むよう、ジェームズさんに伝えろ。師匠で駄目なら香港でどうにかできるヤツぁいねえ」

「……ありがたい」

「おう。そんじゃあ、またな」


 軽く手を振って、跳ぶ。

 ややあって、ケイが電話に出た。


『は、はいっ、もしもしぃっ』

「もしもし。ケイ? どした?」

『ぎっ、銀兄さんっ、たすけてくださいぃっ、銀精様がっ』


 背景で、ぶびぇーっ、と泣いている声が聞こえた。

 ……運び込んで大丈夫かなあ、と、少し心配になった。