〜分析結果サンプル〜
中華邪仙ド貧乳エルフ師匠をちんぽでこらしめるやつ@NEO/鵺野新鷹
私たちが作ろうとしていたものはこんなものではない。完全な人類として不適である。故に失敗作だ。
――『最終ハイブリッド計画/No.01』報告書より抜粋
/
――20年ほど前になる。
彼は、原形質の海より産まれた。
より正確に言うならば。何にもならなかった存在の残骸から鋳造された。
"完璧なる人間を創る"という妄執を父に。
"完全なる人類を創る"という理想を母に。
そして生産された彼は、しかして失敗作だった。
彼は理想とは程遠かった。
彼では妄執は潰えなかった。
……彼は今でも覚えている。
周囲の人々の視線を、言葉を、覚えている。
最終なる人類の雛型として期待された。
完成した人類の原型として造られた。
結末を――ピリオドを打つものだと願われた。
白衣を着た人々は、勝手に彼に期待した。
……結果だけを。現代に至る経緯だけを述べるならば。
彼は全てのデータを採取され、改造を施され、調整を行われ、枯れ果てるまで実証実験を行われた。
そして売り払われた。
完全完璧とは程遠くとも、究極結末とは言い難くとも、それでも彼は超人類と呼べる存在ではあったからだ。
生物兵器として、既に十分な性能を持っていたからだ。
そして彼は命じられるままに、その男を殺しに行った。
単なる嫌がらせだった。丁度良く足元に石があったから投げつけるような扱いだった。
男は彼を受け止めた。受け止めきった。負けを認めさせた。裏切らせた。息子として扱った。
そして彼は、"完全なる人間"からどんどん遠ざかって行った。
プライドを得た。嘘を覚えた。人付き合いというものも知った。怒りを感じた。
それを好ましいと認識することこそ、最も唾棄すべきことだと思いながら、それでもいいと思った。
彼は、最終ハイブリッドの失敗作。結末シスターズの意欲作。欠番ナンバーズの流用品。
そして彼は、その誇りをかけて名乗る。
姜龍の子、と。
/
右の剣を前に、右前の構えを取って、対峙する。
基礎となる人型に近い姿を取りながら。
"銀杖"と背中合わせに。
いまだ20歳にもならぬ男。
仙人骨という稀なる素質を持ってはいる。それでも、ただの二年の修行で、この香港において上位の強さに踏み込んだ、才ある男。
心強い援軍――そう言っていいだろう。
それでも数は倍だが。
緩やかに呼吸しながら、身体を作り直していく。
大犬状態から再生したのは、通常の身体――人間体だ。
眼球を複眼にしながら、筋肉密度を骨密度を高めながら、対峙する――足音と、呟きが聞こえた。
「……アラン!」
――"銀杖"が叫んだ。
咄嗟に跳べば、足指が突如として数百キロになったかのような感触が来た。
根元から引きちぎれる前に範囲から抜け出せたが、元いた場所の周囲が大きくへこんでいる。
もう一人――魔術士がいるか。
「――重力系魔術師だ!」
叫びと共に認識する。
二階部分。俺の位置からは陰になっていた場所に、角を生やしたスーツ姿の男が立っていた。
その手にはロッドがある。
"銀杖"の言葉を信じるならば、重力系魔術士か。
無論重力以外の魔術を放ってくる可能性もあるが、余程器用でない限り己の生得属性こそが最も力を発揮できるはずだ。
「ガキ二匹も片付けられねぇのかテメェらッ」
「不意打ちで仕留められなかったアンタに言われたくないわねェッ」
「うるせぇ、あっちがイカレてんだよ!」
言いあいながら、"傑道"が跳びこんでくる。
両手を組み、ハンマーのように振り下ろしてくる。
剣を掲げつつ回避しようとして、膝が折れた。
「…………!」
身体が重い。
周囲の空間が歪んでいる。
「ふぅんッ!!!」
翼で形作った大剣がへし折れる。
同時、"傑道"の手にもわずかに切り傷はできたが、ほとんど威力が落ちない。
「く……!」
身を反らし、腰に拳をかすらせつつも回避する。
それだけで、腰骨に衝撃が走り、砕けた。
「が……!」
「よい、っしょぉおおお!!!」
二階に立つ男を見る。
ロッドがこちらを向いていた。
重力結界でも張っているのか。
轢き潰れるほどではないが、しかし自由に動けない程度に身が重い。
突き上げの拳を両腕で防御しながら、思う。
不利だ、と。
「く……!」
拳を受ければ、骨にヒビが入る。
やはり、恐ろしいほどの剛力である。
大剣を腕と合体――ハーピーじみた形質とし、ボクシンググローブのように拳を固めながら、腰を沈めて殴り合う体制を取る。
距離をとった瞬間、この結界は俺を潰しに来るだろう。
"傑道"が近くにいるからこそ、この程度で済んでいる。
こうして俺の脚を止めさえすればよいと、魔術士は分かっている。
「おおッ!」
拳が重くなっているのは、俺も同じだ。
ひねりをくわえた突きを、"傑道"の顔面に打ち込む。
無論と言うべきか、通常人のひねりではない。関節を組み替えて、ドリルのように穿つ。
強固な肉体に、わずかに拳が――拳の先端から生やしたスパイクが食い込む。
「ん、ふッ……!」
"傑道"は、笑った。
左腕が持ち上がる。
血は止まっているが、手首は垂れ下がっている。
おそらく腱や神経を破壊した――が、"傑道"はそれを放ち、当ててくる。
「ぐっ、」
拳の硬さはないが、肩口を回した、正当な拳だ。
頬肉に手首があたり、肉が裂ける。
衝撃で脳が痺れるかのようだ。
脊柱内に神経節を発展させ、脳震盪対策としつつ、殴り返す。
倒れれば立ち上がれまい。
立ち上がる前に踏み砕かれよう。
「お……!」
体表を甲殻で覆う。
頭を支える筋繊維を増やし、衝撃に耐えうる頭蓋を形成する。
キチン質で形成した甲殻を生成し、足裏にスパイクを生やす。
そうしながら殴りつける。
急所を狙う暇もない。
押しこまれぬよう、一発に対して一発を返す。
「どこが急所なんだかッ」
複眼にした片目を潰された。
代わりに腋を殴りつけ、手応えを得る。
"傑道"の頬が歪んだ。
折れてはいない。ヒビが入ったか。
こちらの方も、強化したはずの首が痛むが。
身長差がある。俺は現在172センチに設定しているが、"傑道"は212センチプラス靴底分の高さがある。
打ち下ろしの拳はよく効く。
「分かんないわねェ、楽しいわッ、純粋な殴り合いはァ! 子供みたいッ!」
「そう、かっ!」
筋肉の表面に浮き出た血管を裂く。このまま殴り合えば、血を失った"傑道"は倒れるだろう。
俺や"銀杖"のように、流した血を急速に回復することはできまい。
俺も重量を――攻撃力を上げているが、それよりも"傑道"の防御力が落ちている。
血を流し、わずかなりとも弱っている――左腕も拳を握れていないのだ。
「ふッ!」
だが、"傑道"は笑っている。
幾度か共に戦った。
この一年半は同僚だったのだ。
敵が強大であればこそ笑うのが、この"傑道"という――生物学的には男、だったのだ。
敵として立っているのが俺だと言うのが、残念でならないが。
「"傑道"ッ、何故、貴様はッ!」
みぞおちに貫手を入れる。
流石の"傑道"と言えど、筋肉の隙間に刃のように鋭く衝撃を加えられてはダメージを受ける。
かふ、と"傑道"は息を吐き、しかし笑って右の手刀を刃のように振り下ろしてきた。
常人であれば手の骨が砕ける。鍛えていても肌は裂けよう。だが、"傑道"の手は、むしろ俺の甲殻を砕く。
「がッ……!」
「ンフ。……友達のためよォ。そもそも、アタシとピトフーイが八卦衆にいたのだって、友達のお願いだったんだからァ」
大づくりの手が、そのまま俺の首を掴む。
左腕は使えないが、この姿勢は――
「しッ!」
腹に大砲が炸裂した――と誤認した。
ムエタイで言うところの、首相撲だ。
胸部甲殻を砕く膝蹴りが来た。
首裏を持って引き寄せられての連打だ。
超重力によって流石に突き上げる膝の速度は落ちていようが、同時に俺が重くなっていることにより、ダメージはそう変わらないだろう。
「ぐっ、ごッ!」
内臓が胸部腹部に集まっているのは俺でも変わらない。
一発一発で内臓が爆裂しかねない衝撃が走っている。
先ほど、"傑道"は遊びと言っていた。
だがもはや、遊びではないのだろう。重力結界を利用して、俺を仕留めにかかっている。
己の課したルールは絶対に曲げないのが、"傑道"という――生物学的には男、だった。
「……ぷう。頑丈よね、アラン……」
右手一本。
子猫を掴み上げるように、"傑道"は俺を持ち上げる。
膝頭から血が流れているのが見えた。
やはりやや防御力は落ちている。
「悪いとは思ってるのよォ。でもねェ、友情も、義理も、カレとの方が深くて長いからァ」
"傑道"は、俺の首から手を離す。
「悪いけれどォ、お友達と一緒に、お墓の下ねェ!!!」
右手が引き絞られる。
戦車砲じみた右ストレートが、頭部に迫る。
俺は抵抗できない。骨を厚くしようが、甲殻を作ろうが、問題になるまい。抵抗は最早無意味だろう。
だから、首を伸ばして縦に割った。
「……は!?」
拳が素通りする。その衝撃波だけで甲殻にひびが入るのは流石の"傑道"と言うべきだろう。
"傑道"の腕――肘のあたりを掴みながら、縦に裂いた首の中に骨と筋肉を作る。
骨は硬質化させ、筋肉は口のスペースを潰して長さを確保。
高速で振動させ、"傑道"の手首の肉を削り取る。
呼吸はわき腹に開けた第二、第三の口で一時的に行う。
「ぐッ……う!」
"傑道"が左手で俺の頭を薙ぐ、が、問題はない。
既に脳機能は左太ももに退避している。
「おおおっ!」
"傑道"が無理やりに腕を引き抜いた。
喉を復旧し、脳機能を戻しながら、五指を開く。
体勢を崩した"傑道"の胸部に触れると、"傑道"は苦鳴を上げた。
俺の両腕は今、電力を発している。
人体機能の延長――そんなこだわりを捨てた、ともすれば俺自身の境界があいまいになる形質の獲得だ。
俺は究極の人類を目指して鋳造された――そうであるが故に、人体以外の機能を用いた場合、意識に違和感が出る。
普段から人間の姿を基礎としているのも、それが理由だ。
後付けの機能であるが故に、睡眠中に人体から外れていることも多いが。
「ぐゥッ、ううううッ!」
嫌がるように腕が振られる。
一歩離れて回避し、更に一撃を加える。
今度は、手指に喉に作ったものと同じものを増設した。
乱雑に配置されたチップソーで、体表を撫でるように傷つける。
「やッ、る、じゃないッ!」
腕を掴まれ、そして握りつぶされた。
この期に及んでなんたる剛力――否、一度も骨まで打撃を通していないのだ。
見た目こそ血だらけではあっても、まだ余力はあるか。
肘から先を自切しながら、もう一度電流を流す。
「~~~~~~!!!」
「俺もこだわりを捨てたならば、やりようは、ある」
呟くと同時、轟音――何か重たい金属が床に叩きつけられたような音がした。
複眼でそちらの方を認識する。
そこには、全身を銀色にした"大ナントカ"が落ちていた。
その向こうには、笑いながら、"銀杖"を振るい跳ぶ、"銀杖"の姿が見えた。
そちらにとどめを刺しに行くべきか――と迷ったところで、急激に身が軽くなった。
重力結界が、解けたのだ。
「ッ、」
軽くなった身を、意をそらした身を、拳が打ち抜いてくる。"傑道"もまだまだ動ける。
腕を再生しながら、ふっ飛ばされ、そして"銀杖"に受け止められた。
鼻と目じりからわずかに血を流しているが、傷らしい傷は残っていない。
どうやら、ピトフーイらを相手にしても対等に渡り合っていたらしい。
やるものだ、と思いながら、身を離し、構え直す。
"傑道"が、"大ナントカ"を回収して、階段下まで跳び退った。
「クソども! 俺をナメてやがるか! 俺ァ銀精娘々が弟子、人呼んで"銀杖"! 俺を殺したかったらお前ら全員二人になりやがれ、足りねえよ馬ァ鹿!」
朗々と、"銀杖"は叫ぶ。
流石にそれは大言壮語だろうと思うが。
"傑道"も"大銀……ナントカ"も、双方が手練れだ。
俺も、"銀杖"が来ていなければ今頃死体を焼き払われていてもおかしくはない。
"大銀…………"が、真銀の杖を使って、立ち上がる。
"銀杖"に打撃を幾度か貰ったのか、胸を抑えながら、苦し気に叫びだす。
「うる、せぇっ……なにが"銀杖"だッ……俺は、俺は……"大銀杖"だッ、この"大銀杖"を、食らって死ねよ、偽物……!」
「……聞いたことねえんだけど?」
「テッ……メェッ……!」
素の声を、"銀杖"は出す。
まったく聞いたことがない。
おそらく新参と言うか――山奥から出てきたばかりなのではないだろうか。
格好も、かぶれたものと言うか、小さな服屋でマネキンに飾られていたものをそのまま買ったような印象を受ける。
俺でも一目で分かるほどに怒り狂った"大銀杖"の肩を、"傑道"が掴んだ。
抑えるように――あるいは、名乗りあいをするかのように、鷹揚な笑顔を浮かべ、言う。
「アタシはビゲスト・ドリーマー。"傑道"なんて呼ばれているわァ」
お、と、"銀杖"は声を出す。
どうやら"傑道"のことは知っていたらしい。
「元、っつった方がいいか? 八卦衆最高の腕力家。お噂はかねがね?」
「ンフ? 若手ナンバーワン、なんて言われてる、かの"銀杖"殿にお見知りおきいただいてるなんて嬉しいわァ?」
「よせやい。いや、横目で見てたが、素手で殴り合ったら勝てそうにねーわアンタ。すげえな。聞いてた話以上だ」
"銀杖"が、照れくさそうな顔をする。
実際のところ、脚を止めての単純な殴り合いで"傑道"に勝る者は滅多にいないだろう。"銀杖"の師など、仙人を引っ張り出してくる他あるまい。
4人――3人と1匹の中で最も強いのが、"傑道"だ。
ンフ、と笑う"傑道"の腋から、"大銀杖"が顔を出す。
「金良。人呼んで、"大銀杖"!」
「だから聞いたことねえって。なんなんだテメェ自己主張激しいぞ」
呆れたように言う"銀杖"。
言葉だけで"大……銀杖"を倒してしまえそうだ。こめかみが痙攣しているのが見て取れる。
首を振りながら、フォローを行う。
「やめてやれ、"銀杖"。お噂はかねがね、と言ってやるのが礼儀と言うものだ。俺も聞いたことがなかったが」
「それはそれで失礼な気がするんだがなぁ。ハゲにかっこいい髪形だねっていう感じっつーか」
「たとえが分からん」
「ウフッフッフ」
"傑道"が、笑いながら"大銀杖"を押しとどめた。
そしてピトフーイが、肩に着地したのを見て、肩を回すように俺たちに――ほとんど"銀杖"に示してくる。
「こちらも元・八卦衆――ピトフーイ、よォ。喋られないから、代わりに紹介させてもらうわねェ」
「あ、お噂はかねがね。いや、マジで聞いたことあるわ、毒を放つ大鷲がいるって。そっか、そいつか」
友人が少なそうだが誰から聞いたのか――と思っていたら、まだ"大銀杖"が跳びだしかけた。
堪え性のない男だ――"傑道"が、その肩を掴み止めながら、顎で上を示す。
「そしてあちらが、アタシたちの雇い主、お友達。クラーク・シーズ。アタシたちは社長って呼んでるけどね」
「社長」
社長。
「そう、社長。最近はマフィアの取り締まりも結構激しいから、ウチも会社として成立してるわけェ。アタシたちも一応ボディガード枠で雇われてるのよォ」
もっともらしく、"傑道"は頷いた。
階段を下りながら、紹介された角の生えた男――おそらくは悪魔系か――が、乱雑な口調で話す。
「余分なこと言ってんじゃねえよスカタンが。……オイ、テメェら。流石に強えな」
クラーク・シーズ。
おそらくは全力の魔術を行使したならば、俺も"銀杖"も殺しうる、腕利きの魔術士。
そうだ――聞いたことがあった。義父が、友が死んだとの知らせを受けたのだ。
病に倒れていたとは聞いていたがと、義父は言っていた。
そうか、その男の屋敷か。ここは。
「テメェらに確実に勝てる気しねェわ。手打ちにしねえか」
負けを認めたような口調だ。
実際ここからどうなるかは読みきれない。
"傑道"が、遊びを終えたように。
俺が、こだわりを捨てたように。
この状況をひっくり返す切り札の一枚や二枚、あってもおかしくはない。
例えば、俺を倒した、"銀杖"の切り札。
あれで"傑道"と"大銀杖"どちらかを倒してしまえば。相討ちでなく、2対3とできるなら、俺達が8割方勝利できる。
「俺の部下も散々ブチ殺されたし、そいつらも傷を負った。フツー許せねぇとこだが俺ぁ許す。別に致命的でもねえ。やめにしねえか」
「……俺も雇われだからな、俺はいいぜ。仕事の半分は達成したようなもんだしよ」
言葉を受けて、"銀杖"が杖先を下げた。
そうして、俺の方に、どうする、と視線で問うてくる。
そうだ――俺も、眼前の男たちを、殺すのが目的では、ない。
「……一つ聞きたい」
「なんだ」
「キャリコはどうした」
――表情を見て、答えは決まった。
「決裂だな。そりゃあそうか……」
息を吐き、クラーク・シーズはロッドを構え直した。
俺に魔力を感知することはできない。
通常の意味での魂がなく。故に、通常の意味での魔力がなく。故に、魔力と言うものを感知できない体質であるからだ。
だが、それでも、男たちが戦う姿勢に入ったことは分かった。
観念したように、クラーク・シーズは言った。
「無事じゃあ、ねえな。テメェが騒ぎを起こすまで、魂を解体してたもんでな」
魂の、解体。
義父も、"銀精娘々"の元で、魂にこびりついた呪いを解除するために行ったと聞いている。
あの義父が、話したがらなかったほどの行為だ。
たとえ"傑道"であっても、泣き叫ぶことができるならば泣き叫ぶ、そんな苦しみを受けると言う。
義父の場合は、いわば表面を削るだけの(表現としては適当ではないらしいが)ものだった。それで、心的外傷じみた想いを抱いたと言うのに――解体。
解体か。
そうか。
「……そうか。間に合わなかったか」
彼女と――彼女として接触したのは、一日に満たない。
だが、屋敷の裏で薄汚れた彼女を拾い、天井裏で飼い。
あるいは彼女の存在こそが、俺に、家に帰らねば、と思わせてくれていたのかもしれない。
猫であった時期を含めても、2カ月程度だった。
だが、俺の日々に意味を与えてくれた存在ではあった。
脳裏に、取るべき姿は思い浮かばない。
だが、未熟な、そして決して完成することのないだろう感情に、身の変形を任せる。
……ゆっくりと、口を開く。
「……我は、三重複合学園が鋳造せし最終ハイブリッド――欠番ナンバーズ・ナンバー01。
結末シスターズの長兄にして、失敗作、意欲作、流用品」
己を謳い上げる。
「人呼んで、"嵌合体"。またの名を"奇喜怪快"」
そして一言付け加える。
「姜龍が子にして――彼女の庇護者とならんとしていた者。アラン・モングレル」
全身が、音を立てた。
一つの生物として、形質を獲得した。
このように変身するのは、初めてだった。
やつらを殺すための姿になった。
「落とし前。つけるしかないみたいねェ」
"傑道"が、左肩を前に、右拳を腰だめに構えた。
表情から笑みは消えている。
"大銀杖"が、表情の消えた顔で、真銀の棒を構えた。
全身を激しく気が駆け巡っている。
ピトフーイが、跳びあがった。
その羽根の一枚一枚に、瘴気が宿っている。
クラーク・シーズが、ロッドの先端に重力球を生み出していた。
俺の目にも分かるほどの魔力が集中している。
俺と"銀杖"は、再度構え直す。
俺が右前構え。
"銀杖"は左前構え。
対のように構えて、きっかけに備える。
「…………」
感覚器が、瓦礫が崩れかけるのを感知した。
それが転げ落ちた瞬間、――動きが生じた。
「《圧殺》!」
クラーク・シーズの命名と同時、俺達は左右に回避する。
クラーク・シーズの視線は、俺の方を追っていた。
足元が高重力によって一瞬で圧縮されたのが見えたが、こうまでしておいて、クラーク・シーズは二の矢を構えている。
ロッドを振りかぶり、第二の魔術を放とうとしている。
"傑道"が、ほぼ同時に飛びかかって来ていた。
「こ、お、お、お、お――」
"傑道"は、右拳を光らせている。
基本的に格闘術で戦う"傑道"だが、その本質は常識を外れた気の操作だ。
義父が稀に行っていた、高速回転による打撃弾き――あれを、気で行っている。
それを気で可能とする気力操作の達人が、"傑道"だ。
では、それを右拳に集中すればどうなるか。
答えは単純だ。
触れた瞬間、あらゆるものが千切れ飛ぶ。
「お、お、お、お、お――」
着地し、俺は"傑道"を迎え撃つ。
つまるところ触れなければよい。
今現在、"傑道"の肉体は、頑強でこそあれど、鍛え上げた人間以上のものではない。
手を伸ばすなりして、先に心臓を貫けばよい。
――と思わせるのが、"傑道"の策だ。
この男は、気の操作の達人である。
今この瞬間は、右拳に気力を集中しているが、例えば首を狙えば首に同じ効果を発揮できる。
そして動揺したところを改めて殴り砕く。
俺は種を知っているので動揺こそしないが、しかし、無駄な攻撃を加えることはできない。
結論だけを言うならば――繰り返すならば、あの拳からは逃げるほかない。
これこそ、"傑道"が名付けた唯一の、そして最強の技。
「――《練気彩終掌》ッッッ!!!」
だが、それでは駄目だ。
腹の虫がおさまらない。
左腕を振りかぶる。
そうして、激突させた。
「おおおおおおおおッ!!!」
一瞬で手首までが千切れ飛ぶ。
肘までも数瞬だ。
だが、肩まで到達しない。
「…………!」
"傑道"が目を見開く。
高速で、俺は腕を伸ばしている。
大量の血液が舞う。
高速で再生する腕が、拳の到達を押しとどめていた。
「ぬッ……ううううッ!!!」
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」
"傑道"が着地した。
同時、重力結界が再度俺達に降りかかる。
だが、もはや関係がない。
"傑道"が腕を伸ばしきるか。
俺が、耐えきるか、だ。
徐々に徐々に、俺の腕は長さを増している。
触れて千切り飛ばす以上――作用をもたらす以上、反作用もまた、生じている。
"傑道"の拳からは、徐々に、徐々に光が失われていく。
"傑道"が、歯を食いしばり、紅をさした唇をむいて、拳を押しこんでくる――瞬間、轟音がして、天井が砕けた。
"銀杖"の叫びが、聞こえてくる。
「アラァアアアアアンッッッ!!!」
視界の端に見えている。
柱と見まごうサイズの"銀杖"が、床に落ちようとしていた。
そこは、既に《圧殺》で潰された場所だ。
――読めた。
"傑道"が目をむくが、もう遅い。
銀色の柱が、ゆっくりと、しかし膨大な力を以て床に触れ、ゼリーに指を食いこませるかのようにめり込んでいく。
無理な力がかかった地盤ごと、屋敷が歪む。
亀裂が走り、屋敷全体が轟音を立てた。
見えない巨人が、手刀を繰り出したかのように、地盤が持ち上がる。
そして、屋敷が割れた。
「あ――」
足元が持ち上がる。
その瞬間に身を翻し、拳を突きこもうとしていたままの"傑道"から距離を取る。
一瞬で"傑道"は全身に気を戻す。
通常の打撃で致命打を与えることは、できなかろう。
だが、尋常の打撃でないならば。
防御力を上回るならば、当然、"傑道"と言えど、死ぬ。
「く、お、お――」
"傑道"は、未だ重力結界にとらわれている。
地盤が持ち上がることによって影響から抜け出したが、もう遅い。
"銀杖"が柱じみて立つ。
「……仕方ないわねェ」
穏やかな笑みを浮かべながらも、"傑道"はその筋肉を膨張させた。
無意味だ。
この一撃は――俺が負けた一撃だからだ。
「ぬぅううあああッ!!!」
背で、翼で、爆発を起こす。
生物界に、爆発を起こして種を飛散させる生物は数多い。
そして俺には化学的な知識もある。
雑多な現象を、まとめて、背中で起こした。
力を受けた骨が軋む。
「ォおおおおおおおおおおおおおおおあああああああああああああッッッ!!!」
着弾――
突き出した拳が、全身を光らせる"傑道"にぶち当たり、削られる。
だが、千切り飛ばされるよりも、俺は速い。
200キロを超えるであろう"傑道"であるが、今の俺の速度の前には藁にも等しい。
増設した骨の一本が肩口から突き出た。
追加の爆発を起こし、さらに加速する。
――弾着。
"銀杖"との間で、"傑道"がひしゃげた。
頭と足先が俺の方向に向かって跳ねた。
左腕が破断し、内臓にも致命と思える打撃が入る。
同時に、裏側からも衝撃が来ていた。
「――――ぐげォッッッ!!!」
"傑道"が、大量の血液を吐いた。
紅が、噴水じみて立ち上る。
めり込んだ拳を引き抜きながら、空を見上げる。
ピトフーイに掴まれて、クラーク・シーズが飛びあがっていくのが見えた。
舌打ちし、飛びあがる。
"銀杖"もすぐに追ってきた。
背中を修復しながら屋根に乗るが、流石のピトフーイ――既にかなり離れてしまっている。
「おい、アラン。任せた。アレは俺じゃあ追えねえわ」
"銀杖"が言う。
……そう言えば、で、あるが。
この屋敷内に、キャリコはいるはずなのだが。
「……貴様キャリコが怪我をしていたら許さんからな」
「すまんて」
屋敷は閉じかけの本のようになってしまっている。
折れ曲がる中央にいたならば最悪の一語だ。
そうでなくとも、端側にいたならば、打ち上げられてしまっているかもしれない。
怪我をしているだろう。
つまりは許さんと言うことであるが。
ともあれ、後は俺の仕事だろう。
キャリコと同じ苦しみを与えてやらねばならない。
絶対に許さない。
復讐は何も生まないが、しかし、憤りを消してはくれる。
そのためにも、と、"銀杖"に視線を向けた。
「……キャリコの回収を頼む」
そして、付け加える。
「できれば、その世話もだ」
クラーク・シーズの言葉を信じるならば、俺ではどうにもできない。
通常の技術では癒せない可能性が高い。
仙人に伝手がある"銀杖"の方が、キャリコを癒せる可能性は高かった。
「治療まで任されてやるよ。ウチの師匠だが」
"銀杖"が、表情を消しながら、言葉を続ける。
「だからちょっと待て」
懐からタバコを取り出し、指を一本立てて、その指先に火を生じさせる。
いつの間にか、多少なりとも魔術を使えるようになっているらしい。
恵まれた、羨ましい男だった。
「……あんだよ」
視線を咎めと見られたのか、不服気な顔で、"銀杖"は俺を見る。
内心息を吐きながら、苦言を呈する。
「未成年だろうが貴様」
「師匠から押し付けられて困ってんだよ。一応、ニコチンもタールもゼロ。むしろ吸うと健康になる。……見た目が不良っぽくなるからヤだとは拒否したんだぞ俺」
……冗談で言っているのだろうか。
今更タバコを吸い出したところで、不良のような外見はどうしようもないと思うのだが。
顔立ちからしてその類型なのだから仕方ないのかもしれない。
心根は顔に出るものだ。そうでなければ、このような荒事に首を突っ込むはずがない(今回は、助かったが)。
"銀杖"はひと吸いして、おそらく本題を口にする。
「ところで、アラン。一個聞きてぇんだけど」
「なんだ」
"銀杖"は、言った。
言葉は煙を伴う。
「テメェ、猫子を助けに来たのか、戦いに来たのか、どっちだ」
「それは――」
視線をそらし、思う。
ここには復讐に来たのか。
キャリコを助けに来たのか。
助けに来たことは、間違いない。
助けに来ると言う名目で、戦いに来たのか。
俺は出荷時に、戦いを喜ぶように調整されている。
その影響が抜けきっていないと言うのか。
この男と、戦った時もそうだった。
俺は、戦う名目を求めていたのか。
「わァーってんぞ。テメェ、手加減してただろ。俺と戦った時」
見透かしたように、"銀杖"は言う。
その右手の、"銀杖"を縮めながら。
「ウチの師匠の見立てを舐めんじゃねえやってことで、あんまり自慢にゃならねえんだがな。テメェ、戦い大好きだろ」
……否定ができない。
俺の鋳造目的とは違う目的で、行動理由は変化している。
俺の本質は、人を助けるものではない。
上っ面だけを、人間らしく取り繕っても。
俺は流用品の、生物兵器だった。
口を開こうとした俺に、"銀杖"が、右手の"銀杖"を投げてくる。
ほぼ球状のそれを受け取る――
「……んでもまあ、それで救われるやつがいるならそれでいいんじゃねーのって俺は思うわけな。だからよ」
――受け取った右手が落ちた。
重い。
砲丸どころではない。
こんなもので殴られては、成程、甲殻も砕かれ、身も裂けるか。
これを持ち運ぶために、この男がどれほど高度なことを無意識にしているのか。
ヒーローショーの時に、周囲から聞き及んではいたが――この男が香港に来てから2年弱だというのが、信じられなくなる。
"銀杖"は笑って、煙草をもう一度吸った。
「ここできっちりカタァつけて、猫子を助けに来たんだぜって胸張れや」
筋力を強化して、腕を持ち上げる。
目を変異させて、ピトフーイたちを見る。
夜の香港であるが。色鮮やかなピトフーイは、よく見えた。
「…………そうさせて、もらう」
全身の連動を確かめる。
貯蔵していた栄養はほぼ枯渇しているが、しかし、この行動に際しては、持つか。
初めての変身形質ではあったが、全身が自然だった。
「――目に刻め。この、アラン・モングレルの、至高の一投を」
口上を述べる。
両手で"銀杖"を握り、胸元にてセットアップ。
傾いた屋根上ながらも、無意識のうちにフォームを修正。
踏み込むが、屋根は砕けない。
力の全てを、羽ばたく左手に集中する。
運動全てを連動させ、力に変える。
重量に、肘が砕けかける。
だが、
「ぬ、」
叫び、全力の、最高の、一投を。
「う、うううううおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」
左腕が雲を引く。
空気が破れ、衝撃波が走り、光が軌跡を描いた。
――"銀杖"が指先を離れる。
輝く一投は、ほぼ減速することなく、一直線にピトフーイらに向かい、そして砕いた。
血を流しながら、堕ちていくのが見えた。
……これは最早、"霹靂鳥"ではない。
発展したそれではあるが――その発展が、俺の想定すらも上回った。
もはや"傑道"ですら捕球はできまい。
「……名付けて、"神雷鳥"」
残心しながら、そう名付ける。
「――見事デッドボール」
言葉に、笑みを浮かべながら言う。
「代走が必要だな」
「もう試合もできねえよ。人数足りなくてコールドゲームだろ」
「然り」
姿勢を戻せば、"銀杖"がスマートフォンを取り出していた。
同時に、階下で足音と声が生じている。
"銀杖"を派遣した者が――おそらくはあの竜人警官が――踏み込んできたのだろう。
「俺ぁ"銀杖"回収しに行く。猫子はウチに運び込むよう、ジェームズさんに伝えろ。師匠で駄目なら香港でどうにかできるヤツぁいねえ」
「……ありがたい」
礼を言うと、"銀杖"は恥ずかし気に笑った。
「おう。そんじゃあ、またな」
そう言って手を振り、跳んだ。
身も軽く、香港の街を跳ねていく。
「……キャリコ」
呟きながら、再度屋敷内に入る。
実在する神以外の――運命とでも言うべきものに、祈りながら。