エロ率分析 (α)

〜分析結果サンプル〜


 Hong-Kong!!!

 光に塗れ、それでも輝く星がある!

 煌めく夜空に浮かび歌うは天空街都!

 今や十二国志の第十三国! 奔れ彗星空を裂き!

 Hong-Kong!!!




/




 ――絶技とは。と、師匠は言った。


「絶技――奥技というものは、おおよそ2種類に分けられる。どちらも切り札と言う言葉で表現できるものじゃが」


 大の字になって荒く息を吐く。

 雪が身の熱を奪って心地よい。

 全身を全力で動かした代償だ。

 如何に仙人道士と言えど――無尽蔵の気力、すなわち無限の活力を持とうとも、一時的な枯渇からは逃れえない。

 回復するよりも多く吐き出せば、力は尽きる。


「うち一つは、おぬしももう扱える。即ち、《閃光》の術。魔術とも仙術とも言い難い原始的なそれではあるのじゃが、切り札ではあろう」

「しょっぱい……光、出すだけ、だぜ……」

「突きを用いぬ流派で突きを用いるような……言わば、隠し玉、というやつじゃ。そのような小技こそが、伯仲した相手との戦いにおいて、首の皮一枚での勝利を呼ぶものよ。研鑽せよ。……自爆に見せかけるのもよいかもしれんな。工夫は己でしてこそじゃぞ」

「まあ……不意は、打てるわな……」


 ……魔力は、高めればその属性の、ごく原始的な魔術を発動する。

 例えば俺の場合は、光熱系"光"属性――なので、魔力を高めればぴかっと光る。

 だが、もう一つ―― 一定以上の魔力さえあればだれでも使える魔法がある。

 《自爆》だ。


「まかり間違っても……使いたくないですけどね、自爆とか……」

「使わぬで済むよう鍛錬するべきじゃのう」

「そう、ですね……」


 うむ、と師匠は頷き、木剣をくるりと回した。

 にこり、と、いまだにどきりとするような笑みを浮かべて、師匠は言う。


「とは言え、今のおぬしのように力尽きることもあるじゃろう。それこそ自爆くらいしか選択肢のないような、真の窮地が」

「追い込んだのは師匠ですけどね、クソババァ様」


 言いつつ、杖を手に立ち上がる。

 経絡を軽く傷つけられて、未だ身に気力が回りきらない。

 そんな有様の俺を上から下まで確認し、うむ、と師匠は笑った。


「――そして。今よりおぬしが習得するべきは、もう一つ。己で編み出すべき――」




/




 思い出しながら、打ち合う。

 一発逆転が出来りゃあ世話ねーな、と。

 アランは二刀を使っている。

 握手をするような形で己の手を握り、ごきん、がきん、と、骨を打ち付けてきている。

 ち、と舌打ちして、一歩、左足にて下がる。

 開いた隙間に、即座にアランは踏み込んでくるが、それに合わせて俺も身を回す。

 双方右前で、すれ違うような立ち位置にある。

 杖と二刀。

 どちらも両手を使っているが、俺の場合、一本の武器である。

 二刀を扱えるならば、攻撃においてはそちらの方が有利だろう。

 だが利点もある。

 一本の武器であるが故に連動している。

 踏み込みに踏み込みを合わせた。

 顔と顔の距離は20センチもないほどの至近距離だ。

 長柄の武器であるが故に、ここは俺の距離ではない――と、言うこともない。


「がッ」


 アランの蟲顎にヒビが入る。

 杖のアッパーが入ったからだ。

 およそ武器にはストロークが必要である。

 この距離で十分なストロークを確保することは難しい。

 だが、俺は左手で杖を押し下げることで――てこの原理で、それを確保した。


「おおおッ、」


 ぞばッ、と押し下げた後端が泥を抉った。

 緩んだ地を力づくで引き裂き、右手を離し、左手一本で回転――打ちあがったアランへ追撃する、


「るぅおおおおッ!」


 ――明らかに剣がおかしな動きをして、"銀杖"との間に挟まった。

 チ、と舌打ちをする。

 運指で杖の回転を継続――高速、ヘリが飛べそうな速度で回転する杖を嫌ってか、アランが一歩下がる。

 回転の隙間を抜け、勢いを付けた杖で追撃にかかる。


「おらァッ!」


 重い金属音が響く。

 骨剣は砕けない――異様にやわらかに、衝撃が受け流されている。

 衝撃を受け流し止められている理由は三つ。

 一つ、骨剣が強固である。

 二つ、アランの剣腕が優れている。

 三つ、剣がまだ生きている。


「!」


 振り下ろす軌道がねじ曲がった。

 握手をするように握った剣が、手首で曲がったためだ。


「くぁっ、」


 背を反らすが、首の皮を裂かれた。

 真っすぐの切り降ろしが斜めからの斬撃になる。

 小技ではあるが、肉を断たれただけで形成は大きく不利になる。


「ふッ!」


 "銀杖"の質量を増し、逆上がりでもするように身を引き寄せ、二連の蹴り――アランの方も身を反らすが、ブーツの踵が骨剣で3ミリほど削がれる。

 跳びあがった状態から、"銀杖"を軽くして加速、振り回し、身を反らし、背負った姿勢で瞬時に重量を増し、


「ぐぉらァッ!!!」


 片手一本で振り下ろす。


「ッ!」


 地面が衝撃で泥濘化――受け止めきれず、ど、と土砂が舞い上がる。

 クレーターの中央で浮きながら、土砂に舞い上げられるアランを目で追う。


「伸びろッ!」


 "銀杖"によって、クレーターの底を穿ち加速する。

 一瞬の突きによる加速だ。

 すぐさま武器として適切な長さに短く戻し、空のアランに叩きつけに行っている。


「おおおッ!」


 空中でのフルスイングは、しかし手応えなく振り切られた。

 外した。

 翼――油断した、構造的に頭上方向にしか飛べねえと思い上気味を狙ったが。

 アランの翼は動いていない。

 下に行ったわけじゃない。跳ね上げられる時に上に飛んでいて、俺が突撃する前に、飛ぶことを止めた……!


「クッ、」


 空中で身をよじり、肘をわき腹前でガードに入れ、骨を全力で強化。

 ぞぶ、と、骨の剣が腕に食い込む。


「野郎ァッ!」


 追撃が来る前に、蹴りはがそうとして、その脚も外された。

 太ももの肉を、人参の皮でも削ぐように剥かれた。


「ッ!」


 気合で耐えて、身をよじり、膝を押し当てるようにして距離を離す。

 ――左腕と左足をやられた。

 "銀杖"を持ったままの右手拳を地面について回転――空中で身を立て直すが、アランはその翼で既に肉薄している。


「くっおおおッ!」


 交差の剣を杖で受け止める。

 左腕が動かない――骨までは行っていない、あと2合で治る――左側に交差を流すと、アランは勢いに逆らわず縦回転。

 鳥のような足、カギ爪を備えた両足が降ってくる。


「っらぁッ!」


 蹴り上げで片足を止める――もう片足は、頭を前に出しつつ額で受けた。

 ご、と衝撃が走る。

 地面に蹴り落され、速度をつま先立ちの右足一本で吸収し、


「はぁあッ!」


 振り下ろしの剣を、踵を付けることで不格好に跳躍、転がって――両手で、"銀杖"を握り、顔面に向けて一直線に、杖を伸ばす。

 左手の傷口に泥が入ってクソ痛いが我慢だ。


「ッ!」


 真っすぐ伸びてきた杖を、アランは辛うじて回避した。

 頬部分の甲殻が弾ける。

 戻りと同時に突っ込んでくるが、俺の方も左足が完治している。


「おおおッ!」

「はぁああッ!」


 突きの連打で距離を離す。

 伸縮も含めた変幻自在。

 斬撃の連続で距離を詰める。

 生きた剣は手首のスナップで予測よりも早くあるいは遅く、そして予測を外れた動きをする。


「!」


 こちらから一歩踏み込み、突きから振り回すような動きに。

 石突で打ち、穂先と見立てた側を振り降ろし、そして突く。

 突きを真正面から受けた骨剣にひびが入った。


「ッ!」


 手首の動きだけで剣が飛んでくる。

 髪ひと房を犠牲に回避し、距離を詰める。

 アランは後ろに跳ぶが、無論逃がす気はない。


「カッ! はァッ!」


 笑いが漏れる。

 アランは翼をはためかせ、巨大化し、そして身を覆った。


「こんなもッ、」


 ん、と言う前に、横に跳んだ。

 翼をぶち抜いて、白球が向こう側から飛んだからだ。

 一度、一球ではない。

 2、3、4、と連打される。


「フォアボールだばぁああああああか!!!」


 翼を巡って回り込む。

 アランの背からは翼が切り離されており、その両手には白球があった。

 距離は5メートル程度――


「うるァッ!」


 縦に構えた"銀杖"で叩き落す。

 砕けばそれも骨だと分かった。

 アンダースローの投擲と、手首のスナップで放たれる。

 重い左と、牽制の右。右の球は小さい。球と言うよりは弾丸だ。


「しゃらくせぇッ!」


 左の球を撃ち落とし、右の弾を肩口に受け、食い込ませながら突貫する。

 足刀――顔面真っすぐに蹴りをぶち込みに行く。


「ッ!」


 アランの身が沈み回避される――どころか、角がブーツの革を突き破り、首のひねりで蹴りが流される。

 カブトムシの喧嘩じみて、ぶん、と振られる――クソが、と空中で身を捻り、体勢を立て直し、


「"銀杖"。――貴様には、俺の真の一投を、見せていなかったな」


 言って、アランは左の手の中に白球を生み出して見せる。

 骨が巻き付くように、ぎちぎち、ぎりぎりと、ここまで音が聞こえてくるかのように、球の密度が増している。

 身は空中にある。

 アランの目、複眼じみたそれは、俺が着地するであろう場所を睨んでいる。


「受けるがいい――父上も取れぬ、我が至高の一投」


 着地の直前、アランは右足を一歩踏み込んだ。

 泥が跳ねあがりかける――だが、その前に。アランは投球を完遂していた。

 踏み込みの力が、全身に伝っていくのが見えるようだった。

 ――身を沈ませて、大きく羽撃く。翼のように腕が撓る。

 指が地をこするような低空からの、異様なモーション。

 異様でありながら、どうしてこうも美しいモーションなのか。

 泥が遅れて跳ね上がる。

 音速を超過した球は、空気をぶち抜いて、そして白く輝いている。

 魔力は感じない――軌道変化はない。

 否。

 アランからは、魔力と言うものを、一切感じない。

 着地する――彼我の距離は丁度18メートル。

 何故だ、と思う暇もない。

 右足を付き、左足を付き、杖を構え、迎え撃つ。

 過剰なインコース。

 前で受けるよう"銀杖"を振り、


「ッ!!!」


 衝撃で弾かれる。

 向かう先は、俺の胸部だ。

 白球は、天へと駆け上る。


「――"霹靂鳥"」


 胸骨が砕かれる。

 ぐ、と息が詰まる。

 衝撃が走る。

 肋骨が砕ける。

 白球が分解し骨と戻って、その衝撃を余すところなく内臓へと伝えてくる。

 そこで、足が衝撃に負けた。

 シャツを抉りながら――いまだに回転しながら。顎下の肉を削りながら、白球の残骸が天に昇っていく。


「――がはッ!」


 泥に倒れる。

 がふ、ごふ、と、喉の奥から登ってくる血を追い出すが、後から後から登ってくる。


「――勝負。ありだ、"銀杖"」


 左腕をだらりと下げながら、アランは近づいてくる。


「ンな、ワケ……」


 "銀杖"を握る手に力を込める。


「――ねぇだろがッ!」

「見えているッ!」


 背筋で飛びあがった俺の顔面に、アランの拳が入った。

 鼻骨が砕け、また泥土にもんどりうってうつぶせに倒れる。


「貴様の再生速度は先ほど見た。異様なほどだ。俺が骨を折られたとて、そうまで早く再生はできまい。内傷の応急処置も、なんだその速度は」


 ぶっ、と鼻血を噴きながら、足を狩りに行ったが。

 踏みつけるように杖を抑えられ、背中に骨剣が入った。

 肉を裂き、反射的に強化した肩甲骨すら割られる。


「がっ、あぁッ……!」


 チ、と、アランの舌打ちが聞こえた。

 加減してやがんのか――と、思ったが、違うらしい。


「……貴様の骨は硬すぎる。どれだけ折られたと言うのか。俺は心臓まで裂くつもりでいたが――」


 仕方ない、と、アランが剣を構え直した気配があった。


「クソババァ、が……ひでぇ、もんでな……俺、殺すなら。首切るか、焼くかした方が、いいぜっ……」

「心臓を貫くことにした」

「ハ、そりゃあ、万全じゃねぇか――」


 泥と一緒に、"銀杖"を握りしめる。

 そして気力ごと、それをぶち込む。


「――《閃光》ッ!」

「くぉッ!?」


 "銀杖"が眩い光を放つ。

 全力であれば、俺の目すら焼く光だ。

 だが、泥と瞼がそれを遮った――それに魔力の集中も足りず、光は文字通りの目くらまし程度。

 アランの足裏に捕まえられた杖を回し、体勢をわずかにでも崩す。

 振り下ろされる剣を転がって回避して、


「く、」

「うぉらッ!」


 と、こちらも体勢が悪いながら――しゃがんだ姿勢から振り上げ、胴の甲殻を砕く。


「ぐッ……!」


 アランが吹っ飛び、巨木3本をベキ折って森の中に消えて行く。

 自分から吹っ飛びやがったな、と、手応えから判断する。


「くは、」


 一瞬呼吸を入れる。

 胸骨はグチャグチャだが筋肉は繋いだ。

 肺の中にはまだ血が溜まっている。

 胸の肉は削がれて血が出たままだ。

 鼻の位置を直して鼻血を排出する。

 角でひっかけられた足は無視する。

 割られた肩甲骨は辛うじて繋いだ。

 そこまで全身を確認して、跳ぶ。


「アァアアラァアアアアアアンッッッ!!!」

「くぅおおおおおおおおおおッッッ!!!」


 木々をぶちまけて、アランが姿を現した。

 両手には骨の剣。

 両膝からも剣が飛び出ている。


「ぜぁッ!」


 骨剣を投擲される――アランは膝から剣を抜いて、更に投擲。

 弾く――が、異様な重さだ。

 パワーそのものは俺が上だが、芯まで残る衝撃がある。

 込められた気力の差――瞬間的な出力に差があるか。それにしては、差が大きい。

 先ほどの《閃光》は正直言って苦し紛れの一発だった。


「ふッ!」


 4本の剣を弾けば、アランは背から翼をもいで剣にしていた。

 大剣と呼べるサイズのそれだ。

 振り下ろしを受けられる。

 心中舌打ちをしつつ、弾かれるままに宙返りし、追撃――開けられた口からの胃液を回避。

 じゅわ、と木々が解けて穴が開いた。


「っぶねぇなクソがッ!」

「知るかッ!」


 俺は長柄、アランは大剣二刀。

 木々をへし折りながら攻防する。


「くらァッ!」


   ――蹴りを入れ胸の甲殻を砕く、


「せァッ!」


 大剣が羽ばたき、羽根が飛んで身に突き立つ――


「ッ、」


   ――大剣を裏から踏み折り、石突で足を打つ、


「ォ、」


 角が伸び、額の皮を裂かれた――


「クソがッ!」


   ――左のストレートが頬の甲殻を砕く、


「うるさいッ!」


 乱杭歯が殴った腕肉を噛みちぎる――


「肉返せッ!」


   ――"銀杖"を手放しての右の貫手で喉を抉る、


「…………!」


 血を吐きながら、アランが膝の剣をわき腹に突き立ててくる――


「この、」


   ――左拳をもう一度振りかぶる、


「「クソ、」」


 膝を引っこ抜き、それをそのまま踏み込みにして――


「「野郎ッ!!!」」


 左のストレート――

   ――左のストレート。


「ぐッ……」

「……、がっ……」


 よろけたのは、俺だけだ。

 わずかにリーチが違った――アランの方が、早かった。

 それに、アランは左利きだ。

 右利きの俺より。わずかにでこそあれど、早く、そして強い。

 頬骨が砕けている感触がある。

 そもそも甲殻の拳だ。肉も爆ぜている。

 強かった。

 予想通りに。

 よろめきながら、後ろ手で"銀杖"を握る。


「…………!」


 アランが左拳を撃ちだしたまま硬直する。


「いいィ男に、」


 そこに。


「してくれたじゃねぇか――!!!」


 右手一本の振り降ろしを、ブチかました。


「ごッ、」


 左の肩口から入り、甲殻を砕き、左腕をブッ千切って、肋骨の端を折り砕き、腰骨にまで到達し、股関節を砕いて、左足を滅茶苦茶に圧縮して、地面に着弾し、波打たせ、根を引き裂いて、弾けさせた。

 アランが衝撃に、今度こそ本当に弾き飛ばされた。

 頭を砕くつもりだったが、外した。

 それでも重篤なダメージだ。アランは左肩を抑え、のたうち回る。


「がぁッ、あがぁああああああああッ!!! ぐァああああああああああッッッ!!!」


 びし、と、俺の右手指も音を立てる。

 爪が全部剥がれている。

 衝撃を受けた右腕の骨に微細なヒビが走っている。

 胸骨、肋骨が揺れ、内臓に食い込み、グ、と血が昇ってくる。


「…………げ、ぼッ」


 口元に垂れた血を左手でぬぐい、額からこぼれた血も拭う。

 右手をビキビキと再生させながら、"銀杖"を拾って、立ち上がる。


「ガ――あ、ァ。ぐ――」

「ごぼっ、」


 まだやるか、と、倒れるアランに声をかけようとして、血が出た。

 ン、と息を整え、改めてアランを見て、――ぞわり、と嫌な予感がして、二歩下がり、


「が。あ、ア、ァアアアアアアアアアアアアアア――――ッッッ!!!」


 ――全力で跳んだ。

 アランの身が弾けた――と、見えた。

 弾けた肉が、肩口にあたって、張り付いていた。

 見れば、肉片は、肌に癒着している。

 もはや切れ端となったシャツごとそれを握って引きちぎり投げ捨て、着地する。


「なンだってんだッ、」


 そしてアランの方を見て、


「クソ……が?」


 アランを見上げることになった。

 めきめきと。木々を食い折りながら肥大化していく影があった。

 天を見上げて、それは咆哮する。

 オ、と。その一音を、高低強弱を全て重ね合わせたような音で。

 あらゆる生命が混然となったような――どれでもない、肉塊。

 そうと見える、ナニカだった。


「…………おいおい、おいおい」


 ――体高にして30メートル超。

 体重は何トンあるってのか。

 それは、俺の方を、見た。

 100対はある瞳で。

 そして、


ア、


 と、咆哮が聞こえた――ような気がした。

 次の瞬間には、音が壁となって、俺の身をブッ飛ばしていた。


「、」


 背中側から、衝撃が幾度も繰り返された。

 木々のきれっぱしが視界に映、――




/




「――そして。今よりおぬしが習得するべきは、もう一つ。己で編み出すべき――」


 師匠は言って、殺意を向けてきた。


「最後の、最後の。真正の切り札、鬼札」


 死の予感に身がすくむ。


「術でも。体術でも。それ以外の手法でもよい。何かを、編み出して見せよ」


 殺されないはずだ、なんて甘い現実逃避が、脳を溶かしそうになる。


「ま。今日一日で習得――否、体得できるとは思っておらん。安心して死ね」




/




「――死、ねるか……クソ、ババ……」


 あ。

 と、気づく。

 オチていた。

 一本の樹にめり込んで、俺は止まっていた。


「…………げ、ぼッ、」


 どぼ、と血を吐く。

 目がかすむ。

 バランスが崩れたのか、身が剥がれて地に落ちる。

 身が動かない。

 血と一緒に、気力が抜けて行く。

 補充が追い付かない。


「が…………」


 ――死ぬ。

 否。

 ――動けん。

 こうだ。

 ――困った。

 こうだ、

 ――師匠の名代だろ俺ぁ、

 そうだ、

 ――師匠はアレに負けるか?

 否。

 ――立てるか?


「お…………ッ、」


 ぶし、と背中から足りない血が飛沫をあげた。

 "銀杖"に、相棒にすがりながら、立ち上がる。

 正直、今にも意識がぶっ飛んで、今度こそ戻ってこれなくなりそうだ。

 オチている間に、肉塊がこちらまで近寄ってきていた。


「…………っ、」


 カカ、と。心で笑う。

 丁度いい。

 足が動かん。マジで動かん。

 倒れたら二度と立ち上がれる気がしない――右足の関節何個になってんだコレ。数えたくねえな。

 だが、近寄って来てくれりゃあ殴れる。

 マジでピンチじゃねーか。

 楽しくなってきたぞオイ。

 俺もマゾだってか、クソが。

 戦うのが楽しいってか?

 死にかけてんだろ。

 死ぬのは嫌だぞ。

 師匠抱けないじゃねーか。

 未練でも残してゴーストになるか。

 そっちの方が師匠の隣にいるにゃあ丁度いいんじゃねーのか?


「ば、……か、か……」


 へら、と笑って、力を抜いて、バランスを崩して、一歩前に。

 肉塊は、森を溶かしながら、近寄ってきている。

 あのサイズになるには、魔力が足りないか。

 否。

 あれは魔力を使っていない。

 魔力がないというのにあんな生態か。

 否。

 いくらなんでもアイツの球は重い。重すぎる。

 投擲の修練ばっかしてたわけでもねえだろ。

 ――分かった。冴えてる。


「なんだ……お前も……俺と、いっしょじゃ、ねーか……」


 喋りと同時に血を吐き出し、肺を開ける。

 全身ボロボロだ――油断してたぜ、マジでいいの貰った。

 気力は普段の1割も出ればいい方だろう。

 だが、魔力は十全だ。


「へんな、属性もつと……苦労すんな、オイ……」


 聞こえちゃいねえか、と、へらりと笑って、"銀杖"を構えた。


「お、ォオオオ――」


 そして、内傷を無視して、今の限界を突破する。

 1割の出力を超える。2割。3割。ブチブチと色々千切れる音が聞こえる。

 ブッ千切れた血管から、気力が光となって噴出する。

 気の力だ。そしてそれは、肉塊も放っている。

 ――生命系"気"。

 そうなんだろ、と、100対を超える目を見て笑う。

 魔力がすべて、気力となっている――そういう属性だ。


「――オ゛ォオオオオオ゛オアアア゛アアア゛アアアア゛ア゛ア゛ア゛ッッッ!!!」


 血を吐き散らしながら、全力で気力と魔力を回す。

 触手が飛んでくるが。

 ばし、びしッ、と、はじけ飛ぶ。

 どうしてアランはこの攻撃を肉塊になってからしているのか。

 理性で制御していた。

 効かないって分かっていた。

 気を張ってれば、こんなもん効かん。

 その気力を回すことにより生命力を増幅し、色々な姿に変身していた。

 雑種とか言ってたから、生命の強調でもして形質を再現していたのか。

 からくりは分かった。つまりあとはぶちのめすだけだ。

 状況は悪い。かつてないほど悪い。最悪だ。全身損壊だ。気力は大半死んでいる。中学生の頃の俺にも負けるクソ雑魚だ。

 だが、魔力は2回《閃光》を使ったきりだ。無理にひねり出したがために、魂は軋んでいたが。

 量自体は、ほとんど使ってもいない――いまだ、魔力は、万全もいいところだ――!


「ガァアア゛ア゛ア゛ア゛ッッッ!!!」


 血管に気力と魔力を通して足を伸ばす。

 足が破裂するように血を噴いた。

 跳躍――突貫する。

 師匠の――"銀精娘々"の弟子であるという証を、相棒を、先端に。


お、


 と、衝撃が一瞬走り、身を洗い、そしてぶち抜く。


「、」


 叫びを置き去りにする。

 全力で。全開で。――背中で《自爆》する。


「、」


 光が背で爆発する。

 光の圧を受け、俺は飛ぶ。

 森を抜けて、雨天を裂いて、光の尾を引いて、飛翔する。


「ッ、」


 肉塊が衝撃波に削がれて、肉片が空に散っていく。

 同時、光を放つ"銀杖"が肉塊を削り、肉片が空に舞っていく。

 骨や肉。甲殻や牙、感覚器官や内臓が乱雑粗雑にまじりあったような肉塊の中。

 衝撃に震えるその中――それを認識したのは、多分奇跡だった。

 "銀杖"の先端に、ヒトの胸があった。

 半分癒着し、埋もれるように、アランの姿があった。


「ァ、」


 反射的に、左手を伸ばす。

 首根っこを掴む。


「る゛ゥ゛ウ゛ウウウウウウウウウウウウアア゛あ゛あ゛あ゛あ゛ああああああああああああああアアアアアアアアア゛ア゛ア゛アアッッッ!!!」


 腕を《自爆》させ、アランの上半身を焼くようにブッ千切り、ブン回し。――方向を変えて、地面へと、突撃する。


「死ィイイイイイイイねェエエエエエエエエエエエエエエエエエえええええええッッッ!!!」


 ――着弾する。











/











 ……唇に、なにか、柔らかい感触があった。

 そこから、なにか。暖かいものが、体中を巡っていく。


「……ぅ……」


 何か、あたたかいものに頬を包まれていた。

 目を開こうとすると、水滴が、頬に落ちた。


「……ぁ、」


 目を開く。

 銀色の光が、顔を照らしていた。

 きらきらと輝くそれは。

 陽光を通して、光っているみたいだった。


「し、……しょ……」


 眼前には、師匠の、うつくしい顔があった。

 涙がぽろぽろと零れていた。


「ぁっ……!」


 師匠が笑みを浮かべた。

 見ている俺までうれしくなるような、まるで子供みたいな、本当にしあわせそうな笑顔を。


「馬鹿、馬鹿弟子っ、ばか、馬鹿者っ――」


 師匠が、俺の名を呼んで、ぐ、と抱いてくる――あ、


「いぃッ……でぇッ……!?」


 びぎ、みき、と、頭とか首とか肩とか背とか胸とか肋とか腕とか腹とか腰とか脚とか手とか足とか、ああ、つまり全身の骨が、痛んだ。

 あ、いや。

 アラン掴んだ左手、ねえな。あんまり痛くねえ。


「っ、……今、おぬしはほとんど死んでおるっ……! わしの精気を渡した、よいか、落ち着いて、気を回せ、身を癒せッ……!」


 脳が無事なのはなんの冗談なのか。

 顔を横にそむけて、肺の中にたっぷり漏れた血を吐き、胃からの黒い血も吐いて、血の絡む喉で呼吸する。

 陽の光の中で、軽くのたうち回る。クソが。


「ッ……は、ふ……!」


 内臓――心臓。肺。砕けかけた首骨、脊椎――腕脚については、この際後回しだ。壊死さえしなきゃいい。

 肋骨を筋肉で拡張し内臓のスペースを確保し、潰れたそれを新造する。


「かッ……」


 気脈をサーキットに。

 清冽で凄烈な気を使って、気脈を均し、隅々までこびりついた血を洗い流すように。

 血を生産し、は、と筋肉を緩めて、骨を治す。

 だが、言っておくべきことがあった。


「し、……しょ、」

「治すのに集中せいっ!」

「……勝ったぞ、くそばばっ……」

「……馬鹿者っ! やかましいわっ!」


 ぎゅ、と、胸に抱かれる。

 だからいてえっつの――乳ないんだから。そんな強く抱かれると、いてえってば。

 血と泥にまみれた、残っている方の手で、その背を叩く。


「っ……、よし、よいか。力を入れるでない。そのまま。自分の気を産め」

「わぁ、ってる……」


 師匠が身を離す――そして、身をずらして、膝枕の姿勢になった。

 師匠の脚は、柔らかい。

 ああ、と、気持ちよく思いながら、す、は、と、呼吸する。

 後でしっかり癒すべきだが、とりあえず、峠は越した。

 よくこのくらいで済んだもんだ。


「……よいか、よく聞け、馬鹿弟子」


 額を撫でながら、師匠は言う。


「……あれは、術と呼べるほどの術ではない。ほとんど自爆――否、自爆以外の何物でもない。じゃが、あえて名付けよう」


 声は震えている。


「《彗星》の術」


 水滴が――涙が、また降ってきた。


「二度と、……二度と使うでないぞ、馬鹿者がっ……」


 ん、と、頷く。


「おう、おう……おぬしには、わしを、娶ってもらわねば、困るからのっ……あんな、死ぬようなもの、使うでないぞっ……」


 笑って、涙を流す師匠の頬を撫でる。

 師匠も、笑っている。

 泣き笑いだ。

 《彗星》なんて、格好いい名前を付けてもらって、残念だが。


「別の、考えるわ……」


 あーあ、なんて冗談めかして言うと、軽い拳骨が降ってきた。

 師匠にしては珍しい、全然痛くない拳だった。

 ――と。


「ぅ……」


 ――と、声が聞こえた。

 そちらを見ると。

 樹に半ば融合した、上半身があった。


「…………師匠、わりぃ」


 撫でてくれていた手に、手を重ねて、外す。

 治したばかりの右足を伸ばし、ゆっくり、立ち上がる。

 流石にまだ、血が足りない。

 ふらついたところを、師匠が脇から支えてくれた。

 樹から生えた上半身は、徐々に、徐々に、ヒトの形を取ろうとしていた。


「……ぉ、……おれ、は……」


 声。

 ややあって、そいつは、顔をあげた。


「負け、……た、か」


 アランは、俺と、師匠とを見て、笑った。


「……殺せ。"銀杖"」


 アランは薄く笑んで、言った。


「……はァ? 嫌だよ、馬鹿野郎」


 それを切り捨てる。


「殺せ、……今はまだ、再生中だ。今ならこの身、殺せるぞ」

「嫌だ、っつってんだろ」

「殺さねば、止まらんぞ」

「嫌だ、っつってんだろ馬ァ鹿!!!」


 血混じりに叫ぶと、アランも叫びかえしてきた。


「情けか!? 不要だ! 敵を討てぬならば、もはや死して父を追う!」

「黙れマジで今死なすぞ! あのなぁ――俺ぁ確かに勝った、おお、勝負には勝ったなァ! フツー死ぬわなんで生きてんだテメェ! だけどなぁ、俺も死にかけたんだよ! っつか師匠いなかったら死んでる、すまん師匠コレ相討ちだ!」


 こっちを向くでない、と顎を持たれてアランの方に向きなおされた。

 口の中の血を吐き、拭い、言葉を続ける。


「ってことでなぁあ! 俺ぁテメェに、負けてもいねぇが勝ってもいねぇ! それまでに死なれたら俺が困るんだよ分かれ! そのうちキッチリ勝ってブチ殺してやるから今は生きてろ!!!」

「な――」


 アランが口をぽかんと開き、――目じりを吊り上げて、視線で人を殺せそうな目つきで、叫んだ。


「どうあれ貴様は俺に勝っているッ! 殺せッ!」

「俺が! テメェに! 勝ってねぇっつってんだろうが! クソが! まだ生きてろッ!」

「貴様は……っ」


 アランが、天を見上げた。

 夜明けの空だ。

 そう言えば、いつの間にか、雨が上がっていた。

 く、と、アランが、声を漏らした。


「く、はは、は――」


 アランが、樹から抜ける。

 どしゃり、と跪いて、アランは笑う。

 はは、ふは、はは、と、アランは笑った。


「は、ははは……! 俺に、止まるなと言うか! 殺さねば止められないならば! 止まらなくていいから死ぬなと!」

「そうだよ。死ぬなよお友達……お前みてぇな美味しい敵逃すわけねえだろ。殴り合って楽しかったぞクソ野郎」


 ははは、とアランは笑った。


「いや、そんな口説き文句は、女に聞かせてやれ。気持ちが悪い。はは、は……」

「おう。羨ましいか。美人だろ」


 肋骨折れたぜ。


「し、ししょっ……今、やべっ……」

「すまん。いつもの癖でな。つい」


 ははは、と笑うアランが、ざ、とブレた。

 その身を、毛皮じみた衣服が覆う。


「――帰る。父上の弔いをせねばならない。他の八卦衆がしてくれているだろうが――八卦衆最後の仕事かもしれんな」


 どこか晴れやかな顔で、アランは踵を返す。


「あの娘には、いつか、……父を呪いから解放してくれてありがとうと。そして、いつか殺すとでも、伝えてくれ」


 おう、と頷きかけたところで、ばしゃばしゃ、と音がした。

 見れば、家の方からケイが走ってきている。


「……直接言えよ」

「言えるか。ここであの娘を襲ってみろ、今度こそお前の女に殺される。……理性が飛ぶ前に退散する」


 アランが歩き出そうとした瞬間、ぴ、と、師匠が手を挙げた。


「あー、それ、なんじゃが……な? その……」


 ケイが走って、そして止まる。

 余程急いできたのか、軽く息が弾んでいる。


「銀精、様っ……病院、手配、できましたっ! 再生医療チームもお願いしてますっ……!」


 ――と。ケイの肩の上に、青白い何かが浮いていた。

 俗にいう人魂であろうか。


「そのー……姜龍の呪い、総督の役割と、肉にまとわりついて、魂を縛っておったのじゃが……」


 言いにくそうに、師匠は言う。


「肉体ぶっ壊して魂を引っこ抜いてきたって状況での……?」


 アランが振り返った。

 人魂を見た。

 そしてケイを見て、俺と顔を合わせた。

 師匠は、ケイの横に浮かぶ人魂を指さし、言った。


「これ……姜龍、での……?」


 ……師匠から身を離す。

 探すと、"銀杖"は、地面に突き立っていた。

 引き抜き、片手で"銀杖"を構えた。

 アランの方も、手首を引き抜いて、両手に骨剣を構えた。

 二人で息を吸う。


「――最初に言えェええええええええええッッッ!!!」

「――弟子やめまァああああああああすッッッ!!!」


 朝焼けに、野郎二人の叫びが響く。

 ……もちろんと言うか。

 二人がかりで、戦闘時間は10秒もなかった。クソが。