エロ率分析 (α)

〜分析結果サンプル〜


 Hong-Kong!!!

 叙述・双子・変装・錯誤!

 化かし騙されそれでも回るは天空街都!

 今や十二国志の第十三国! 真実はいつも一つ!

 Hong-Kong!!!




/




 鎖上を駆ける。

 背後に気配がある。

 鎖をかき鳴らし走る。

 空を飛ぶなにかがいる。

 雨で滑る鉄鎖を疾走する。

 異様な巨鳥が飛翔している。

 全力でスプリント。

 そう長くもない距離がいやに辛い。

 内臓が、のたうち回っているような痛みがある。

 肩口の傷もじくじくと痛み再生しきっていない。

 魔力を一気に放出したせいで、魂が軋んでいる。

 雨で体が冷却されることだけが幸いだ。

 "九龍背城"から一直線。

 呼吸を乱せばすっころんでそのまま海まで1000メートルダイブだ。

 巨鳥が隣に並ぶ。

 翼の差し渡しは20メートル以上にはなるか。

 金色の瞳が俺を見ている。

 クソが、と思う――わずかに、俺より早い。

 差がそれで済んでいるのは、その翼が傷ついているからだ。

 雨ではない、赤黒い液体の尾を引いて、巨鳥は飛んでいる。

 ――結界を抜ける。

 驚いたのは――いや、ある意味では予想通り。結界はいまだ、俺のことを身内で判定してくれていた。

 ぶち抜く覚悟でいたため、ちょっと転びかける。

 だが、巨鳥は違った。

 ゲァア、と、巨鳥が鳴く。巨鳥は結界に遮られ、それを砕くように、身をねじ込んでくる。

 ここまでくれば、もう一瞬だ。

 二度と踏むまいと思っていた、島に到達する。

 くおお、と鳴き声が聞こえた。

 巨大な木々の間を抜ける。

 踏み固められた、しかし今は泥でぬかるむ道を走る。

 わずかに道が湾曲しているために、木々の上を飛翔する巨鳥が追いついてくる。

 最短を最速で駆ける。


「っ!」


 そして――庭先。

 雨のせいですっかり融けた雪でびしゃびしゃのそこに。

 迎え撃つように、二人が立っていた。


「マウスっ!」


 "銀精娘々"は、ニタリと笑いながら腕を組み、腰に剣を佩いている。雨に降られてぴったりと、ドレスじみた装飾のシャツと、巻きスカートが透けていた。

 その斜め後ろ――マウスは俯いて、目深にキャスケット帽をかぶっていた。

 巨鳥が歓喜の鳴き声を高く響かせ、突貫する。

 "銀精娘々"が、マウスへの道を開けるように、身を翻す。

 翼の差し渡しよりもなお遠くに、ステップするように軽やかに逃げていった。

 巨鳥が一瞬迷った。

 コイツにとっては両方仇だ。まずは、と。仙人でもない、マウスを殺そうと決意したのだろう。

 だが、と思う。違和感がある――その選択は、多分まずい。


「ちょっと待てやお前ッッッ!」


 跳躍――巨鳥の下から蹴り上げる。

 分厚い胸筋の奥で、骨が砕けた感触がある。

 ぐぎゃ、と、巨鳥は鳴き声を上げて、きりもみ回転でマウスの頭上を落ちていく。

 二人の間を抜けて、木々をへし折って落ちた巨鳥に向けて杖を構える。

 ――爆発するように、木々が吹き飛び、そして弾丸のように、それは突っ込んできた。

 シルエットは熊に近い。

 グリフォンに、さらに熊を足し合わせればこうなるだろうか。

 双の剛腕が振り下ろされ、同時に言葉も降ってくる。


「早い、おつきだッ!」


 めぎ、と杖が嫌な音を立てる。

 クソが、とがら空きのボディに蹴りを入れる。足先には、分厚い毛皮、脂肪、筋肉の感触があった。

 恐らく体重は400キロを超えているだろう。質量保存の法則が、1970年以降、魔力を使わない場合、と限定された理由もわかる。

 わずかに浮いて、そして距離が開いた。

 その股下から、尻尾が蛇となって襲ってくる。


「かァッ!」


 踏み込みで踏みつぶす。再度の剛腕の振り下ろしを杖で反らし、懐に入る――首が不自然に伸びてきて牙が迫った。

 うおわ、と背を斜めに反らして、目の前でかみ合わされる牙を見る。

 上半身がほぼ90度地面と平行であり、90度近く横を向いている。

 拳を固めて、起き上がる動きでその鼻面にストレート――軌道的にはアッパー。

 よろめいたところに、拳を引き戻す動きで回転し、後ろ回しの踵蹴りを入れて倒す。


「急いだんだよテメェが我慢できねぇ馬鹿犬って可能性見てよォッ!」


 回転着地の勢いを殺さず、杖を振り上げ、弓なりに反って振りかぶり、そして振り下ろす――熊グリフォンはその身を一瞬で縮めて、半裸の、体のあちこちを焼け焦げさせた人の身になる。

 そいつは転がって杖を回避した――杖で狭くも長く打たれ、泥雪が盛大に跳ね上がる。


「来ているなら待つ必要もあるまいッ!」

「お前やっぱ馬鹿だろッ!」


 男――アランは一度距離を取った。

 杖を構えた俺と、無手で荒い息を吐くアランが対峙する。

 動く気配が起こる前に、杖から片手を離し、手のひらを見せて、言う。


「――3分待て」

「な、」


 アランが、ぽかん、と口を開く。

 杖を地面に突き刺し、さて、と向き直る。

 アランが動く気配はない。律儀な奴だなー、と思いつつ、二人の姿を見る。

 身を縮めたマウスと、少し離れた位置に、"銀精娘々"の姿がある。


「…………」


 ふ、と思わず笑いが漏れた。

 "銀精娘々"に近づいていく。

 なにか、違和感があった。それがために、アランに攻撃をして止めたのだが――


「なんじゃ。謝りにでも来たか、馬鹿者」


 無視して乳を揉んだ。


「――ぁえ?」


 むに、もに。

 と、揉んだ。


「えっ……あっ……」


 かぁああああ、と、"銀精娘々"の顔が、耳が紅くなっていく。


「あ、あの……」


 うむ、と頷く。


「――マウス。変身やり直せ。師匠の乳はもっとちいさ」


 言い切る前に、横合いから殴り倒された。

 ドシャァアアアア、と泥中を身が滑る。口鼻目耳に泥が入ってクソ痛い。


「ぶっおおおおおおッ!?」

「な、な、なにをッ、人の、目の前でッ、おぬしはぁああああああああああああ!!!」


 いてぇえええ、と思いながら起き上がり、二人を見る。

 拳を握りながらわなわなと震えているのは、マウスの方で――"銀精娘々"は、胸を抱えるように、泣きそうな顔をしている。

 そして、その全身が燃え上がった。

 身長が縮む。

 紅い髪が垣間見える。

 幻影を纏っていた身が露わになる。

 そこにいたのは、"マウス"ではなく――


「おっぱ……おっぱい……ぎ、銀兄さんに……」


 ――紅可欣。

 ケイ、と、俺が呼んでいた、少女だった。


「……おい?」


 ――ぴん、と線がつながる。

 黄さんが言っていた『マウスは死んだ』って発言。

 二度とマウスは香港に現れない。

 別の姿を取っている。持っている。持っていた。

 紅い――炎色の髪と、灰色の髪が燃えるような変身解除。

 寒がりのくせに薄着。あの雪の日、"白雪姫"が来た日、雪に濡れていなかった。

 直前で変身した? いや、だが、眼前にいる人物に変身できないとか――変身魔法を使ってた姿がマウスか?

 ケイと同等に速かったマウス。

 その割に体力がなかった。

 マウスからは仙人特有の気力を感じなかった。

 ケイからは仙人骨の存在を感じる。

 普段は体力があるからこそのペース配分か。

 ドッペルゲンガーなら、仙人骨のあるなしまで変身が可能か。

 実家に帰ると言っていたケイと、実家にいたマウス。

 さようならと伝えて来た時の反応。

 ――ケイ、イコール、マウス。

 かは、と笑いが出てきた。普通にマウスが出てくるかと思ったのに!


「香港を騙しやがったな、お前ェ!」


 ははは、と笑って、――そして、はっ、と気が付いた。


「うぇ……」


 ……雨でちょっとよくわからないが、ケイの顔が泣くように歪んだ、いやこれは間違いなく泣く、泣いてる。

 あっ、と思った瞬間には蹴り倒されていた。


「このッ、カスがッ、阿呆めッ、色情狂ッ、野獣ッ、強姦魔ッ、悪魔ッ、絶倫ッ、畜生ッ、色魔ッ、鬼畜ッ!」

「あっちょっとすみませッ、ぐああ折れるこれ!!!」

「折れろぉ――!!!」


 足蹴にされて転がされて蹴り飛ばされる。

 全身泥だらけのびちゃびちゃになって、……そのあたりで、ふぇええええん、と声が聞こえて来た。


「む、……おう、おう、おケイ。来い、来い。よしよし、怖かったのー……」


 ゲボッ、と血を吐いて、ぬぐぐ、と立ち上がる。

 銀精娘々の方も、変身の術を使っていたのだろう。

 マウスへの変身が解けた姿は、数日前に見た、ロリった姿だ。

 二人の少女が抱き合って、片方が泣き、片方が慰めている――という図であり、そして俺は泣かせた男であって――


「――アラン、その目はなんだよ」

「最低の屑め。友と言ったことは撤回する」

「やめろよ!!! やめろ!!! お前あのままだと3秒後にはバラ肉だったぞこいつら悪質な罠張りやがって!!!」


 あのまま、先にマウスを――マウスに変身した師匠をぶっ殺しに行った場合の結果は、火を見るよりなお明らかだ。

 叫ぶと足が高速で襲ってきた。


「もっと! 穏当な! やりかたがあるじゃろうがッ!」

「グワーッ!!!」


 ずどべしゃー、と滑って、あ、いかん、そろそろマジで立てねえ。

 口の中の泥やら血やらを吐き出して、深く呼吸する。

 肺から酸素が全身にいきわたっていくイメージの元、全身に活力を補給していく。


「……ふん。馬鹿者め。今更何のために戻ってきたというのか」


 ケイの背中をぽんぽんと叩きながら、"銀精娘々"は言う。

 身を起こしながら、答えようとして、


「そりゃあ、アンタ。マウ――いや、あー、ケイを……」


 言葉がぐしゃりと絡まった。

 雨粒が、空を向いた顔に当たっている。

 開いたままの口の中に、雨が入った。

 ぺっ、とそれを吐き出して、立ち上がる。

 ボロボロでドロドロのジャケットを脱ぎ捨て、顔をグイッと拭って、息を吐いて覚悟を決める。

 言いたいことはいくらでもある。

 だが、一番言いたいことは決まっていた。

 言葉を組み立てる。


「……あんたに、言いたいことがあるからだ。そのために、戻って来た」

「ほう? ――囀ってみよ。愉快であれば、故郷まで蹴り返してやろう」


 勘弁しろよできそうだから困るんだよ。

 あんたの冗談は分かりにくい。

 す、と息を吸って、頭を下げ、


「すみませんでした師匠! もう一回師匠って呼んでいいですかクソババァ!!!」


 叫んだ。


「は?」


 と、クソババァの口がぽかんと開く。

 返事が返ってこないので、頭を上げ、中指を立てつつ叫ぶ。


「それとな、後なぁああっ! 殺すフリすんのはいいけど先に言えよぉ事前によぉ!!! なんかあんだろなんか! 焦るわ! なんでケイがマウスなんだよ!!! 俺馬鹿みたいじゃねーか! なにさせてんだよばぁああああか!!! 日本に帰る旅券くれって頼んじまったじゃねーか!!! 無理やり孕ませッぞこのクソババァアアアアアアアア!!!」

「なっ――なに、をっ、こ、このっ、」

「あと!!! そのロリ姿は!!! 年を考えた方がいいと思う!!!」

「それが弟子入りする態度かこの馬鹿者がぁ――!!!」


 右側肋骨全部折れたぜ。


「ぐぉおおおお……」


 泥雪に膝をつきながら、がしりと足首をつかむ。

 そう言えば最初も足首を掴んだな――ダウンと言えば、アレもダウンだったか、と、少し笑う。


「えっ、ええい、離せっ、離さんかこのカスがっ! 馬鹿か! ――馬鹿じゃった! 馬鹿じゃったな! この馬鹿! 馬ぁー鹿! 最初からしてそうじゃったか!!!」


 ごんごん頭を踏まれて額が雪を割って泥に突っ込む。

 震えた声が降ってくる。


「裏切るなと、言ったであろうがっ! なんじゃっ、言わなかったからとはッ、そんなものかっ! そんなものだったのかッ! このたわけがぁっ! 信じられるかっ、信じられるかぁっ!」


 後頭部、首、背中、肩、と踏みつけられて、痛む。


「ぎっ、銀精様っ、銀兄さんが、死んじゃっ……!?」

「おお、殺してやるともっ! よくも! わしの前に! わしの島に来れたもんじゃッ! 見逃してやろうと思っておったというにっ! 故郷に帰るならばそれもよいと! 思っておったというにッ! ――手を、離さんかぁっ!」


 額をすくうように足先が入って来て、蹴り上げられた。

 骨が嫌な音を立てる。後頭部と背中がぴったりくっつく。喉の肉が裂ける。意識が魂ごと持っていかれそうになる。足首を掴んでいた手が、上体に引っ張られて離れた。

 息すら出ない――力が入らず、べしゃあ、と地面に突っ伏した。

 きゃ、と、ケイが小さく悲鳴を上げた。


「…………ぅ、」


 ――身体が動かない。

 首が折れかけている。

 再生を。再生をしなければ。

 首。

 それから内臓。

 肋骨右側も全損している。

 額もまずい。

 毒も解毒しきっていない。

 意識が飛びそうだ。

 ここで飛んだら死ぬ。殺される。

 嫌だ。

 死ぬのは嫌だ。

 殺されるのも嫌だ。

 手を動かし、また、脚を掴む。

 だが何よりも嫌なのは。

 こんな形で、師匠を泣かせることだ。

 師匠を泣かせたままでいることだ。


「ぉ…………!」


 師匠が軽く足首を振るが、手は離さない。

 ふうう、と、師匠が息を吐き、足首を持ち上げた。

 雨と泥――ああ、泥はすみません、服が汚れた――でぬめる手が、ずるり、と掴みつつも滑って、俺は師匠の足首にぶら下がるような格好になる。


「まったく」


 脚を振り上げたまま、師匠は懐から薬を取り出し、飲んだ。

 ぐ、と手足が伸び、顔立ちが大人びて行く。

 服はそのままだ。

 袖が八分丈になり、巻きスカートを尻肉が押し上げる。


「……最期の言葉くらいは、聞いてやろ。おぬしのことは忘れん。我が弟子の中で最も恥ずべき屑として記憶してやろう」

「……最期……」


 蹴られた額から、だく、と血が溢れている。

 泥雪に混じった血だ。


「……わかっ、た……弟子いりは、あき、らめる……だか、ら……」


 片目に血が入る。

 残った片目に、師匠が下唇を噛むのが見えた。


「……おれ、の、よめになれ……」


 師匠が首をかしげた。

 ぽかん、とした表情は、案外と幼い。

 後ろを振り向いて、同じくぽかんとした顔のケイと顔を合わせ、それからもう一回俺の方を見て、――火が付いたように、顔を真っ赤にした。


「はっあああああああ!? おぬっ、ばっ、ちょっ、はぁああああああ!?」

「あい、している……好きだ……クソババァ」


 左側肋骨も全部折れたぜ。


「ぐ、がっ……ぁ、やべ……ま、マジ死ぬ……」

「当たり前じゃ求婚の時にババァ呼ばわりする馬鹿がどこにおるかぁ――――!!!」


 ぶわっ、と身が持ち上がる。

 離さないつもりでいた手があっさりと離れてしまっている――力を利用され、投げられたか。

 空が見えていた。

 くるくると回る――遠心力で、泥がはじけ飛んでいくような速度だ。


「がっ、」


 砕かれた肋骨が軋む。

 傷口から血が出て行く。

 ほとんど痛みも感じないくらい痛い。

 げぼっ、と血を吐く。

 いい加減出てくる血も無くなるぞ――と、思った瞬間。全身を、爽快感が洗った。


「っ、」


 泥雪に着弾するはずだった身が、手を支えられて、ふわり、と着地する。

 耳先まで朱くした師匠が、目じりを釣り上げながら、俺の手を掴んでいた。


「……あァ……?」

「……おぬしごときの嫁になどなれんわ。おぬし、阿呆か。阿呆じゃったわ」

「まぁ、そう、ですね……」


 ふらついたところを、師匠が抱き付いて支えてきた。

 いてぇ。それに、汚れる、と思ったが、身から泥が消えている――《洗浄》の術でも食らったか。

 ……師匠の身が熱い。

 熱を移すように。


「っ、」


 否――実際に、熱が、気が移ってきている。

 気づけば、毒が消えている。

 冷えていた身が熱くなってくる。


「……おぬしは、わしの婿にする」

「……かわんねーじゃねぇか……」


 折れた肋骨を、踏まれた背を治す。

 内臓を整調する。


「……変わるのじゃ。わしの気の持ちようが」

「そりゃあ、まあ、大事か……」


 かは、と笑って、首を捻って調子を確かめる。


「……無論。わしの婿に相応しくなってから、じゃがの。手に塩かけて、厳しく鍛えてやろう。……覚悟せよ」

「おう。……師匠」

「なんじゃ、弟子」

「……一生しっかり介護してやるからな、クソババァ」


 せっかく治した肋骨全部折られたぜ。


「ぐぎゃああああああ折れてるわクソババァアアアア俺が好きだからってそんな抱きしめてんじゃねぇえええええっ!」

「おぬしが阿呆だからじゃこンの馬鹿弟子がぁああああああ!!!」


 ふん、と、鼻で一息。

 距離を離され、背中を張られて、アランの方に叩き出される。


「馬鹿弟子。そこな男を追い出せ。わしの島に無断で入ってきおった男故に、遠慮は無用じゃ」

「へい、へい、と……」


 ダメージは回復しきっていないが、と。張さんの杖を引き抜こうとしたところで、それが折れた。

 あ。と声を上げる。

 まあ黄さんのところで酷使したし、アランの一撃も受けたしな。酷使しすぎたら折れるぞって言われてたし。

 ところでなんかビームが飛んできて折れたような気がするんだが――と、振り返り、睨みつける。


「……おいクソババァ様。流石にアイツ素手じゃキツいんだが」

「ふん。……わしの弟子であるならば、持つべきものがあろう」


 言って、師匠は虚空に手を突っ込む。

 引き抜かれ、そして飛んでくるのは、銀色の杖。

 ぱし、と、驚くほど軽いそれを受け止める――持った瞬間、それは重くなる。

 久々の重み――手に馴染む重みだ。


「っ、」


 都合3週間ばかりか。

 ようやく手元に戻って来た、文字通りの相棒。


「"銀杖"……!」

「ほ、……放っておくのも、気分が良くなかったのでな。直しておいた」


 師匠は、視線をそらしながら、嘘を言った。

 ……素直に、帰って来ると思っていたからとか、帰って来ると信じていたからとか、そう言うふうに言って貰えりゃあ、俺の方も対応があるんだが。

 まあ、それでこそ俺の師匠だ。素直な師匠とか、ベッドの上だけで十分だ。


「昨日、修復が完了したばかりじゃ。……今度は"冬将軍"の爺様と打ち合おうとも折れぬ、曲がらぬ」

「ありがとうございます、師匠」


 ぐ、と、相棒を握りしめる。

 そうして、アランへと向き直る。


「――ご用命、確かに拝領」


 腕を組んで樹に寄りかかっていたアランが、む、と、目を開いた。

 鷹のように鋭い目線が、俺の方を見る。


「終わったか」

「待たせた。悪いな」

「いや、いい。俺の方も、休ませてもらっていた」


 上半身裸のアランの肌からは、焦げ跡が消えている。

 アランは、無造作に近づいてくる。


「貴様を倒し、"銀精娘々"と、そこな娘を殺さねばならない。そのための体力は、いくらあっても足りると言うことはない」

「ま、そうだよな――温存を考えて負けるなんてクソすんじゃねーぞ」

「ああ。まずは貴様を退けねば話にもならん」


 アランの輪郭が歪む。

 ざわり、と毛が生える。毛が生える身体も膨れて行く。

 ああ、と、師匠が、遮るように声を出した。


「そやつはわしの弟子。わしの名代。そやつが負けることがあらば、それはわしの敗北も同義。――我が弟子が敗北した時。この首を差し出すことを、ここに誓おう」

「おい」

「無論。我が弟子が勝つであろうから、無用な誓いであるが、の」

「……おい……」


 はああ、と、額を抑えて嘆息する。

 ますます負けられねえじゃねえか。


「……誓いを違えるな。"銀精娘々"」

「無論」


 バキバキと。

 音を立てて、アランの身が変貌していく。

 膨らんでいた身が縮んでいく。


「……ところで。お前、なんなんだ? 単なる混血じゃあるめぇが」

「モングレル」


 がらがら声で、アランは言った。


「三重複合学園が鋳造せし最終ハイブリッド――欠番ナンバーズ・ナンバー01。

 結末シスターズの長兄にして、失敗作、意欲作、流用品」


 人の身のシルエットを崩さぬまま、アランはまったく別種の生物と化す。

 虫とゴリラと恐竜と大鷲が合体して人型になればこうなるか。

 引き締まりつつも隆起した肉を、甲殻が覆っている。

 頭には虫じみた角があり、背には鳥のような翼があった。


「人呼んで、"嵌合体"」


 アランが手首を互いに掴み、そして引き抜いた。

 手首が裂け、腕の中から、紅に塗れた白い骨が出現する。

 それは手指を地面に落とすまでまっすぐに伸びる。


「またの名を"奇喜怪快"」


 手首を空へと蹴り上げ、一瞬で再生した手指が、それを握る。

 握手をするように握りしめている。

 それは、骨でできた剣だ。


「――そして姜龍が子。アラン・モングレル」


 声を受けて、ひゅる、と杖を回す。


「……"銀精娘々"が弟子――"銀杖"。あんまり好きじゃないんだが、な。シンプルすぎるし、通名と武器とで紛らわしい」


 虫じみて甲殻に覆われた顔が、ぎぱり、と顎を開いた。

 多分、笑ったのだろう、と思う。


「ま、あんまり大仰な名前だと、まだまだ名前負けしそうだけどよ」

「違いない」


 一足一刀の距離より、わずかに離れて。

 洒蘭、と、アランは二刀を構える。

 人体とは恐らく構造からして違うだろうに、なんと見事な。

 俺の方も、ぐ、と"銀杖"を握り、構え、ゆるりと脱力する。


「……貴様は、これまで人を殺したことがないと聞いた」

「別に不殺気取ってるわけじゃねえよ。ただの偶然だ」


 殺意を込めて殴ったりはしている――つもりだ。

 それでもどうしてか殺しきれない。

 クソピエロとか殺しておいた方が良かったとは思うんだが。

 甘さが出てるってぇことなのか。


「今日ばかりはその主義を捨てろ。貴様も本気を出せ」

「でなければ死ぬってか」

「ああ」


 カッ、と笑い飛ばす。


「嫌だね。自殺してえなら飛び降りでもしてろよ止めねえぞ」

「そうか。――忠告はした」


 アランの口元の甲殻が閉じる。

 笑いつつも、"銀杖"がずしりと重くなったのを実感する。

 こいつは。殺さねば止まらぬと、理解した。

 雨脚が強くなってきている。

 ――遠くで、雷が光った。


「――俺の未来のために死ねェええッ、アラァアアアアアアアアアアアアアアアアンッッッ!!!」

「――我が過去のために死ねッ、"銀杖"ッッッ!!!」


 打ち合いを。

 果し合いを。

 殺し合いを、開始する。