エロ率分析 (α)

〜分析結果サンプル〜


 Hong-Kong!!!

 赦しは誰がため我がためか!

 裁判無用直行牢獄天空街都!

 今や十二国志の第十三国! 土下座外交待ったなし!

 Hong-Kong!!!




/




「はー……」


 あったけえなあ。と、思いながら、ぼーっとする。

 窓から差し込む日差しの下。

 目を閉じ、ベッドの上にぼけーっと座りながら、リンゴを噛む。


「銀兄さん、まだいりますか?」

「おー……」

「分かりました」


 ケイが笑う気配がある。

 別にリンゴごとき、そのまま丸ごと食えるっちゃ食えるのだが。


「じぇっ、じぇじぇじぇっ、じぇーむず、しゃんっ、あッ、あーんッ…………!!!」

「いや、セシリア君。一人で食べられるよ」


 ジェームズさんも大変だなー。と思いながら、しょりしょりという皮を剥く音を聞く。

 朝イチで非番だって言う数人が見まいにやって来て、そしてセシリアさんだけが残っているのだが。

 二人部屋の病室だ。

 廊下には、人が行きかう気配がある。


「……麻酔、まだ効いてますか?」

「あー、そうだな……脳がぼーっとしてる感じあるわな……」


 ふふ、とケイは笑った。


「銀兄さん、本当、無茶するんですから……」


 ケイが手を伸ばしてきて、左手を握ってくる。

 再生医療――というか、部分的時間遡行で治してもらったわけだが(流石に腕を生やすほどの修練は積んでない)、反動でもわりとマジで死にかけた。

 その他、腹腔内に漏れた血とか内臓のきれっぱしとか、背中とか、砕けた胸骨とか、まあそのあたり色々を外科的になんとかした翌朝――アランとやりあってから、28時間、ってところだ。

 整調も麻酔が切れてからやってね、と言うことなので、わりとヒマ。

 ケイが来てくれてなかったらどうやって時間を潰そうかってところだった。


「はい、口を……あーん、ってしてくださいね」

「あーん……」


 口を開くと、リンゴが入ってきた。

 もぐもぐと噛む。

 と、


「お邪魔するわ」


 と、女性の声が聞こえた。

 誰だ。と思い、リンゴを噛みながらそちらを見る。

 そこにいたのは、灰髪の女だ。

 病院と言う場所には全く似つかわしくない、夜会で着るようなドレスを纏った巨乳美女。

 30歳くらいだろうか。艶めいた白い肌、高めの身長、ウェーブのかかった長髪と、手に持った小さな革バッグ――あるいは高級娼婦のようにも見える。

 作り物めいた美貌だが、真っ赤な唇がいやに生物的な――と、言うか。後ろにいる大男と、スーツを纏った美女を見るに。


「……黄さん。どうしたんですかその姿」

「ふふ。あの身体ダメになっちゃって。5代目ね、この身体は。この二人も予備体よ」

「……あー。すみません」

「いいのよ。……調子はどう? 私は急遽乗り換えで死にかけたんだけれど。というか身体はぶち殺されたのだけど」

「マジすみません。……明後日くらいには退院できるんじゃないですかね……たぶん」

「そう。それは重畳……色々お願いしたいこともあるしね――お弟子さん?」


 ふふ、と笑う。

 変に色気を感じる。谷間も見えてるしな谷間。

 はああ、と、ジェームズさんが溜息を吐いた。


「年齢を考えた方がいいと思うな……200歳超えてるんだろう」

「だまらっしゃい。何、昔の出会った頃の肉体の方がよかった?」

「誤解を招く発言はよしてほし、……セシリア君。やめてくれ。鱗が剥がれる」


 大変だナー、と思っていると、パン、と音が聞こえた。

 黄さんの尻が叩かれた音だ。


「ひゃんっ」

「デカい尻が邪魔だ。入り口で溜まってるんじゃないファック」


 尻の陰から姿を現したのは、10歳くらいの、トンボのような羽を持つ男の子――張さんだ。


「笑いに来てやったぞジェームズ。そして一応見舞いに来てやったぞ"シルバーロッド"」


 張さんのやたらとナイスバディな奥さんも一緒に入って来て、俺の方に果物の入った籠をくれる。


「ええい君たち、病室が狭いだろうが。出ていけ」

「嫌だね」

「嫌です。ふふ、ふふふ。――若造に、竜体まで出して負けたそうじゃないの」


 ……ジェームズさんの方はと言えば。

 今の俺より――いまだ腹とか右腕とか胸とか首とか足とかの抜糸が済んでいない俺よりよっぽど重傷である。

 昨日、アランはどうやら、病院で別れた後、どうやらジェームズさんと戦闘し、ケイの居場所を聞き出したらしい。

 怪獣大決戦の様相だった、と聞いている。

 みしり、と鱗を軋ませつつ、ジェームズさんは言う。


「君も"銀杖"君に肉体を壊されたようじゃあないか。お互いロートルだな。君の場合は老婆とでも言った方がいいか若作り」

「ここは病院だ馬鹿が。やめろ馬鹿。嫁が怪我したら両方ぶち殺すぞ」

「「病院病院」」


 フー、と、ため息を一つ。

 ジェームズさんは竜首をめぐらして、セシリアさんに視線を投げた。

 肩に手を置いて、すまないな、と言う。


「……これから少し、話があるのでね。今日のところは……」

「あっ、あの、えっと……! ま、また、お昼過ぎに、来ますねっ!」

「…………あ、ああ。昼過ぎなら終わっているだろうからね……また後で」


 同様に、張さんの奥さんが、黄さんの秘書さんたちと一緒に部屋を出て行く。

 一人と、三人が出て行くのを見て、張さんが言った。


「いい加減結婚でもしろ。いいぞ結婚は。嫁は美人だし娘もかわいい。息子は最近反抗期だが」

「……僕は竜専なんだよなあ……」

「それならそうとはっきり断った方がいいんじゃないかしら?」

「いや、断っているんだけどもね……」


 あの人も愛が重いんだなあ。と思いつつ。

 こちらの方を向いた視線を、リンゴを食いつつ受け止める。


「……で、だ」


 と、張さんが腕を組んで仁王立ちする。

 病室内を魔力が走ったのを感じる。

 結界でも張ったか、と察しつつ、そのくりくりとした目を見返す。


「我らが姫君の秘密を知ったお前は、タダでは返せないわけだが」


 言葉を受けて。

 ちょっと胡乱な頭で、人間関係とかを軽く整理し直す。

 ここ数日の――あるいは、13年前の事件の顛末を、だ。


「ちょっと話をしてもいいです?」

「……許可しよう」

「とりあえず、ケイの秘密とか、吹聴する気はないんですが――後で契約でもなんでもしますが。ともあれ。今回、裏で糸引いてたのは――こうなるようにした黒幕は、黄さんなんですよね」

「おい。どういうことだ」

「豚総督が、初代総督を殺したのにも、理由があったってこと……みたいですよ」

「む」

「簡単に言えば、不可抗力、ってやつだったらしいです。ウチの師匠でも、死後にようやく分かったような」


 そうですよね、と、黄さんに視線を向ける。

 黄さんは、いやに妖艶に笑って、言った。


「それについては、契約で口にすることができないわね」

「お答えありがとうございます」


 ――総督暗殺事件。その顛末。

 その始まりは、約20年前、香港浮上時に『総督』という役割に呪いが降りかかったこと。

 それをカバーした豚総督――本来初代総督に降りかかるべきだった呪いを、当時副総督だった豚総督が受け持った。

 だが、その実、すべてをカバーを仕切れていたわけではなかった。

 初代総督本人にかけられた呪いはそのままだった。

 師匠が死後の検分にて初めて発見した、高度な呪い――『総督への呪い』は陽動、見せ札であった。

 あるいは沿岸諸国、香港を求めて争った3国が、それぞれ別のことをして偶然そうなったという線もあるのだけど――ともあれ。

 それによって、約13年前、初代総督は理性を失い、狂った獣と化して、妻を殺害。

 子である当時1歳くらいのケイも殺そうとして、豚総督によって止められた。

 その戦闘終了間際に、ジェームズさんと張さんがケイを救出。

 初代総督を何のいわれもなく殺害したと誤認した二人は、黄さんにケイを預けることにして、豚総督を敵視することになるのだが。

 黄さんは、初代総督に呪いが降りかかってああなったってことを知っていたはずだ。

 ケイが――マウスが。

 自分が総督の娘だと知ること、豚総督を"解放したい"と言いだすこと、その他事情を知ることは、誰かに聞かなきゃできないだろう。


「ケイが、それをどんな理由で察したのかは、まあまだ聞いてませんが。ともあれ察したケイは、豚総督を呪いから解き放ちたいと考えるようになった」


 背中側でケイがどんな顔をしているのかは分からない。


「それがために、ウチの師匠に話を持って行った。マウス、っていう、自分のもう一つの身体を犠牲に差し出しながら。……マジで驚いたんだぞ、ケイ」

「う……はい。ご迷惑をおかけしました……」

「いや、腹いせで師匠にマジで殺されなくてよかったな、本当」


 で――4日ほど前になるわけだが、豚総督を、師匠が殺害。魂をぶっこ抜いて、"解放"。"マウス"を師匠が殺害。

 この際、おそらくジェームズさんが、裏で手を回していた――停電や、死体をマウスだと判定したりとか、そういう動きをしてたんだろうとは思う。

 "マウス"を犠牲にして対外的に事件はおしまい――しかし、仇討のためにアランが動き出し、話を聞いた俺が真実を知るために動き出し。

 そして、ウチで匿われていたケイを巡って色々争うことになるわけだが。


「"マウス"の死体の準備とかで、色々考えて……アレですよね。多分、俺の死体欲しかったから色々やりやがったわけですよね」

「……ウチの娘に近づく悪い虫ではあるからねえ?」

「その言い方やめましょうよ。誤解を招きます」


 なあ、と振り返ると、ケイは耳を真っ赤にしながら俯いていた。


「……おケイさんや?」

「ぎ、銀兄さんなら……あくどい企みなんかに負けないって、信じてましたっ……」


 信頼が重いわ。

 ともあれだいたいの計画立案は黄さん――"白雪姫"の事件の時、一度『しばらく帰って来るな』って言った師匠が、帰って来てもいいぞって言ったのは、黄さんがだいたいの準備を整えていたからだろう。

 あるいはケイの方からそれを話したか。


「……黄さんに計算外があったとしたら、俺が黄さんをぶちのめしたってことくらいで。つまるところ」


 と、俺は二人を指さす。


「ぶちのめすなら、張さんだけを蚊帳の外に置いてた、そこの二人だと思いますよ」


 張さんが振り返る。

 両手には七色の光があった。


「落ち付け、レイ。――病院だ」


 チ、と舌打ちして、張さんが両手から光を消した。

 やれやれと言いたげに、巨乳を揺らしながら、黄さんが肩をすくめた。


「……だいたい話は理解できてしまっているようね」

「そうですねえ」

「タダで返すわけにはいかない――口止め料を払わずにはいられない状況ではあるわけね」

「後で契約でもしますよ」

「それだけじゃあ済まされない。迷惑料も払わないと、ってことよ」


 黄さんは、観念したように言う。


「実のところを言うとね。私ね、すごいピンハネしてたのよこれまでの依頼料とか」

「知ってます」

「僕もだ」

「もちろんオレもだ」

「知ってますつってんだろダボどもがァ!」

「「「病院病院」」」


 3人が声をそろえて言ってきた。

 ところでおケイさんや、剣に手をかけるのはやめておこうな、俺と3人どっち斬ろうとしてるのかは知らんが。


「……クソが」

「だから今回のと合わせて、勝手ながら――」


 と。

 バッグの中から、小箱を取り出し、放り投げてくる。


「――こうして、作らせてもらったよ。24Kの純・精霊銀の台座に、ブラックダイヤを入れている。今回ばっかりは、悪だくみもしてないわ」


 彼女に贈ってあげなさい、と、黄さんは言う。


「とりあえず子供でも何でも作って多少大人しくさせてほしいところね」

「全くだ。もう二度と死後の世界なぞ見たくはないな」

「動くたびに大変なことになるからねえ……むしろよくここまで制御できたものだ今回は」


 しみじみと3人は言う。

 ……ウチの師匠が、ほんとすみません。




/




 昼下がりの陽光を胡坐で浴びつつ、息を吐く。

 張さんや黄さんはもう帰った。

 ジェームズさんはセシリアさんに連れられてどこかに行ってしまった。

 そしてこの病室は二人部屋――つまるところ、ケイと二人きりになってしまった。

 ケイは持ってきた本を読んでいる。

 窓の外を見ながら、口を開く。


「ケイ。……ちょっと、聞いていいか?」

「……なんでしょう」

「……ケイの姿は、なんなんだ? ドッペルゲンガーとのハーフだってのは聞いてるが、本当の姿は、あのマウスの姿じゃあなかったのか?」


 そうだったのだとしたら。

 残る一生を、化けた姿で――ケイの姿で、生きることになったと思うのだが。

 あるいは、ドッペルゲンガーだから、それは苦にはならないのだろうか。


「そうであり、そうじゃない、が答えです――銀さん」


 向き直れば、そこにはマウスがいた。


「……私は、ハーフとして生まれて……他人には、上手く変身できないんだけど。でも、私には、上手く変身できた」


 表面の紙を燃やすように、マウスの姿の下から、ケイの姿が現れる。


「ケイも、マウスも、本当の私の姿です。お父さん似で生まれた姿と、お母さん似で生まれた姿、というか……双子の姿を切り替えてる感じ、っていうか……」

「なるほどなあ……それで仙人骨のあるなしまで変わるのはどうかと思うが」


 それでも、片方の姿は一生出せなくなるわけだ。

 いいのか、と思う。

 ……多分、それを良しとしたのだろう。

 そういうやつだ。

 窓の方。外を見ながら、言う。


「……"マウス"のことは、墓まで持ってく」

「はい」


 だが、


「マウスっていう、小生意気で、足が速くて、頼りになった、ダチのことは、忘れない」

「……はい」


 ケイは頷いて、涙を拭くように顔をこすった。

 足音が近づいてくる。

 ジェームズさんとセシリアさんだろう。


「……泣くなよ。今度こそ、殺されちまう」

「はい、……銀さん。ありがとう」


 二人が戻ってくる。

 小説を読むふりをして、ケイは俯き、目元を隠している。




/




 ――3日間の入院生活と、病院に巣食っていた異界生物の撃滅と、ジェームズさんが観念するハメになった事件を終えて。

 ようやく、家に帰れることになった。

 もう3月になる。

 入院して休んでたはずなんだが、妙に疲れたなあ、と思いつつ、鎖をケイと一緒に歩く。


「……ケイは今こっちに住んでるんだったか?」

「はい。ほとぼりが冷めるまでは、人の出入りも少ないこっちにいた方がいいだろう、って」

「まあ、そうだよな……」


 と、振り返って、ケイの顔を見る。

 こうして見れば、マウスとはどことなく似ている。

 それこそ、父親似と母親似ってことなんだろう。

 詳しくは聞いていないが、アランもこれで気付いたのだろうか。


「……師匠どんな様子だ?」

「4日前から私も帰ってませんから、今どうなってるかは、ちょっと……」

「色々あったもんなあ……」


 セシリアさんがまさかああなってしまうとは。って感じだ。

 愛が重かった。


「4日前でしたら、妙にそわそわして。一緒にお見舞いに行きませんか、って誘ったんですけど……」

「師が未熟な弟子の見舞いになんぞ行けるか、とか言ったんだろ」


 ふふ、とケイが笑う。どうやら当たりらしい。

 師匠的には、『俺が勝手をして勝手に死にかけた』ってことで、わざわざ見舞いには来れなかったのかもしれない。

 まあ、多分――


「――師匠、年のせいか泣き虫だからな。会ったら泣くとか、そんな感じで来なかっただけじゃねえかな」


 笑いながら、島に上陸。

 木々の間を抜けるうち、なんか、こう、ふぇえええええん、とか。なんか、泣き声が、聞こえてきた、ような。

 嫌な予感がしつつも、庭先に出る――と。


「や゛っ゛ぱ゛り゛弟゛子゛に゛逃゛げ゛ら゛れ゛た゛ん゛じ゛ゃ゛ァ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!! 駆゛け゛落゛ち゛さ゛れ゛た゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」


 ――そんな泣き言を叫ぶ、師匠がいた。

 ガキのように泣く師匠の対面には、竜双子様の姿があった。

 少し離れて、プルヒヒヒヒヒヒ、と笑う渦状馬もいる。


「おう、おかえり。邪魔してる」


 と、竜田様がひらりと手を振ってくる。

 ニヤニヤと笑っているし、どうやら酔ってもいるらしい。

 まあ師匠が正体をなくしているし、そもそもまわりに酒ビンがしこたま落ちている。


「……何やってるんですか……」

「いやー、ハハハ。すまんすまん」


 言って、竜双子様が立ち上がる。


「ううううう、見捨てないどくれぇえええっ、わしら友達じゃろォオオオオ!?」

「いや、どっちかって言うと腐れ縁だろ。それに、ホレ」


 と、竜田様が、縋りつく師匠に指さして見せる。


「あっ、……あっ、あわわわ、ばっ、ばか、馬鹿弟子っ、うっうをあぁああああああああっ!?」


 師匠は一瞬凄まじい速度で面白おかしい動きをして、びゅばっ、と家に引っ込んだ。

 どっすんばったんと、家の中から音がする。


「とりあえず帰るかぁ。圏」

「そう゛ですね゛、田゛」


 竜双子様は、実に人が悪い笑みを浮かべながら、仙術によってか、飲み会の痕跡を消し去りながら、俺達の方に歩いてくる。


「頑゛張るん゛です゛よ?」


 竜圏様が、ケイの肩を叩いた。

 ケイは顔を真っ赤にしつつ、ぐ、と気合を入れて、叫んだ。


「はっ、――はい! が、頑張ります!!!」

「何をだ大人しくしてろよお前」


 一応総督殺人犯だろお前のもう一つの姿。ほとぼりを冷ますんだろうが。

 ふー、とため息を吐いていると、いつの間にか、竜田様が俺に身を密着させていた。

 そして、俺よりなお高い背を軽く折って、耳元に声を送ってくる。


「ケイの処女食っていいぞ。家賃がわりな」

「…………えぇえ」


 どういうことだあんたら――と思う間に、二人はからからと笑いながら去って行った。

 家の中からはまだどたばた聞こえてくる。

 どうするか、とケイに目線を向けると、ケイも頬を手で挟んでくねくねしていた。

 味方isどこ。




/




 師匠は、3日くらい飲み続けていたらしい。

 飲みすぎだろ、と思ったが、まあ師匠だし。

 見た目だけは取り繕った師匠に頭を下げ、帰還の報告をする。


「えー……ただいま戻りました、師匠」

「うむ。よう戻ったの。……遅いぞ、馬鹿者が」

「申し訳ありません。ちょっと病院が丸ごと異界に裏返って呑みこまれたりしたもので……」

「言い訳は聞きとうない。……が、病み上がりゆえ、説教する気もない。今日のところは休むがよい」

「はい」


 ケイが台所から、茶を淹れて戻ってきた。

 俺達の前にそれを置いて、あの、と、声をかけてくる。


「叔父様はどちらに?」

「あやつならば、もう肉体を与えて放り出したわ。今頃は露西亜にでも行っておるのではないかのう」

「……そうでしたか。一度、きちんとお話をしたかったのですが……」

「あやつが、おぬしの父を殺したのは確かであるからな。顔を合わせたくはなかったようじゃ」

「そうですか……」


 ――師匠の手が一瞬消えた。

 何をした、と睨むがどこ吹く風で、師匠は言葉を続ける。


「田達からは、おぬしにも修行をつけてやってくれと頼まれておる。この馬鹿弟子と同じく鍛えてやるからの。覚悟せよ」

「……はい。よろしく、お願いいたします」

「うむ」


 頷いて、師匠は茶を飲む。

 俺も口を付けて、ケイも飲んで、――ごッ、と机に額をぶつけた。


「ケッ、……イ?」


 すー、すー、と、寝息が聞こえてくる。

 これは、つまり、


「……師匠?」

「いや、うむ――ここからは、絶対に、おケイには見せられぬ姿に、……されると、思うのでな」

「おいクソババァ様」

「おぬしも、わしに聞きたいことがあろう。じゃが、答える気はない。――あの時聞かなかったのはおぬしじゃ。聞かなかったのは、おぬしじゃからな」


 師匠は腕を組んで、口をへの字に結んでいた。

 あの時――"マウス"を殺した時か。


「いや、……俺も、あの時は悪かったな、って思ってる。すまない、師匠」


 明らかに何か言おうとしてたし。

 ケイを抱き起こし、零れた茶を布巾で拭いながら、言う。


「大方、汚れ仕事じゃからー、とか、そういうことだろ。言わなかったのは」

「う、……い、いや。言えぬな。言えぬわ。……あまりにも、情けない」


 ちらり、と師匠は、眠るケイを見た。


「……なんだ。2週間近くヤってなかったから、溜まってるとか。そう言ってんのか、アンタ。吐かされたいってか」

「ち……違う。そうではない。むしろ……」

「むしろ、なんだ」

「……言えぬ」

「そうかい」


 布巾を持って、台所へ。

 洗って絞って乾かして、ケイを抱きかかえる。


「師匠。ケイの部屋どっちだ」

「……わしらの部屋の隣じゃ」

「そっか。……先に部屋戻って防音頼むわ」

「な、……何をする気じゃ」

「決まってるだろ。言う気がないなら、その体に聞いてやるって言ってんだよ。――言わねえって言ったのは、師匠だからな。吐いても許さん」


 はぅ、と師匠が耳の先まで朱くして、目じりを蕩けさせた。


「……い、言わぬ。絶対に言わぬぞ」

「そうかい」


 ケイの部屋――物置的に使っていた部屋に入って、ベッドにケイを寝かせて、そして俺の部屋に。

 すると師匠は既に、服を脱いで、髪を解いていた。

 二人で寝ても平気な程度には広いベッドに腰かけて、薄い胸を片手で隠し、褌状の紐パンを、ムッチリとした太もも肉で隠している。

 準備万端じゃねえか。

 息を吐きつつ、ジャケット(張さんからの贈り物で、すげえセンスの柄のカッコいいジャケットだ。昇り龍)を脱ぎ、ハンガーにかける。

 シャツを脱いだところで、背中に声がかかった。


「……ところで、じゃが……」

「なんです」

「……その……これ、なのじゃが」


 と、差し出してきたのは、銀色のピアスだ。

 10日近く前になるか――俺が耳から引きちぎるようにして返したものだが。


「……もう一度、付けてもらえるか」

「はい。……俺の方からも、あるんですが。付けてもらって、いいですか」


 ジャケットのポケットから、小箱を取り出す。

 黄さんからもらった、銀のピアスだ――が。そうか、ピアスか。


「……あー。ピアッサーとかはないんで、また後日付けてもらえればと思うんですが」


 俺の方も、耳肉から引きちぎって外したもんで、ピアス穴が塞がってしまっている。

 いや、俺の方は、今ここで適当な針でも使って穴を開けても良いのだが。

 などと言い訳がましく考えつつ、小箱を仕舞おうとすると、


「……いや、よい。今、付けてくれるか」


 師匠の手が、それを止めてきた。

 ちょっと震えている。


「大丈夫なんですか?」

「うむ」


 師匠が髪をかきあげ、耳を露出する。

 指先で薄い耳たぶを挟むと、そこには穴ができていた。


「んぁ、いつつつ……」


 エルフの耳は敏感だと言う。

 師匠は眉を潜めて、わずかに出た血を指で拭った。

 長耳に髪を乗せつつ、涙目の師匠は俺を見上げてきた。


「……おぬしはどうする?」

「じゃあ、交換、しましょうか」

「わかった」


 と、師匠の指が、俺の耳を挟む。

 ちくり、とした。

 ン、と、治癒を制御して、穴を作る。


「では……」

「はい」


 小箱からピアスを取り出す――ピアスは、片耳だけに付けるタイプのものだ。

 師匠の長耳に触れて、軸を穴に通し、軸受けを取り付けてやる。


「ン……」


 師匠が、ぶる、と震える。

 それから、俺の耳にも、ピアスがついた。

 サイズは俺の方が大きい。

 どちらも銀色――精霊銀のピアスだ。

 お互いにピアスを付け合って、少し離れて、


「……さて」


 と言うと、師匠が、ひぇっ、と声を出して、一歩引いた。


「どうしたんです師匠」

「い、いや、その、お、おぬし、顔、顔がっ」

「…………いやあ、まあ、なんです。俺もなんだかんだ2週間くらい溜まってるわけでして」


 細い肩を、ぐい、と引き寄せ、半分引きずりながら、ベッドに向かう。


「しっかり体に聞くんで。覚悟してくださいね、師匠」

「か、かは、ははは……お、おケイ、助けてっ、起きよ、おケイー!!!」

「黙ってろ」


 顔を引き寄せると、師匠は、もう泣きそうな目をしていた。

 口を、唇で塞ぐ。

 久々とも言える口づけだ。

 舌を侵入させ、軽く口の中を一周するだけで、師匠の身から力が抜けていく。

 唇を離し、ベッドに師匠を押し、転がす。


「ひぅ……!」


 手弱女のような声を、師匠は出す。

 俺の方もズボンを脱ぎ捨て、ベッドに乗る。


「じゃあ、よろしく頼むな。師匠」

「おっ、おて、お手柔らかに頼むぅ……っ」

「頑張ります」


 まあ。と思う。多分無理っすね。