エロ率分析 (α)

〜分析結果サンプル〜


 Hong-Kong!!!

 死して十界生して十界!

 惑い悟りも混迷果てるは天空街都!

 今や十二国志の第十三国! 跳梁跋扈夜魔横行!

 Hong-Kong!!!




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 "九龍背城"に踏み入る。

 なぜか――と言うほどもなく、いつもより活気がある。

 深夜ではあるが、影をがさごそと何かが蠢いている。銃撃の音も、どこか遠くから、ひどく反響して聞こえてくる。

 渾沌を特に煮詰めたような街だ。

 香港全体が騒いでいれば、ここはより騒ぐってものか。

 ……氷雨が身に沁みこむ。

 微妙に曲がって傘のようになっているビルの下、雑多な通りを抜けて、街の外側に近いほど雑居ビルに踏み入る。

 そこから地下に降りれば地下道に直通だ。

 三つ目のマンホールから上がって、やはりハの字に湾曲している気がするビルの間を三角飛びで登って、屋上に上がり、隣の通りに降りる。

 いつもなら、途中の洗濯紐に注意しなければならないのが面倒だが、今回は千切れていた。

 ともあれ着地すると、そうすると目の前に路地があるのでそこに入ると、


「……どうしたんだネ」


 ――このように。

 黄さんのアジトたる黄信征信所に辿りつく道が開く。

 血色の悪い、帽子を目深にかぶった大男――黄さんのキョンシーが、俺の前に立っている。

 黒い肌の、恐らく別人の腕を接続したのであろう両手には、剣があった。


「ちょっとお話を伺いたくて。アポなくてすみませんね」

「……フム」


 大男は、剣を鞘に落とし、唸った。


「……いいよ。お話をしよう」


 大男が、案内をするように路地から出た。

 その後ろをついていくと、結界を抜けた感覚が肌に来た。

 以前ジェスター・クラウンの爆弾恐竜に結界を抜けられたためか、結界が強化されている気がする。

 アジトに入り、2階へ向かう。

 大男も、俺の後ろについてきた。

 ――おいおい。と、思う。思うが、何もしない。

 事務所の扉を開けば、真っ暗闇だ。

 正面、大きな椅子に、胡散臭い男が座っている。

 スーツの上着を脱いで、ワイシャツの袖をまくった状態だ。

 鼻眼鏡の奥で、赤い眼が爛々と光っている。


「ようこそ。――どうしたね?」

「あぁ、ちょっと、マウスについて聞きたくって、ですね」

「成程、ネ」


 黄さんは、鼻眼鏡の位置を直しながら、言う。


「おおよそ、答えを返せるだろうね」


 手でソファーの位置を示された。

 腰の杖を、近寄って来た美人秘書キョンシーさんに渡し、かわりにタオルを受け取った。

 濡れますがすみませんね――と、言いつつ、ソファーに腰かける。

 頭をわしゃわしゃと拭いて、ざっと髪をかき上げた。


「それデ、何から聞きたい?」

「マウス今どこにいます?」

「ウーン率直……」

「当り前じゃないですか、馬鹿がぶっ殺そうとしてるんで知ってるだろうとこに来たんですよ」

「成程、成程――では、ちょっと、話をしよう」


 お願いします、と返しつつ、思う。やべえなあ、と。

 すぐに居場所について吐くことはなさそうだ。

 あからさまな時間稼ぎだった。


「まず……姜家についてはどこまで知っているのかネ?」

「マウスが初代総督の娘で、黄さんの養子で、親父の敵討ちに総督ぶっ殺してください、と、……銀精娘々に頼んだってことまで」

「裏の裏の経緯まではあまり知らないと見てよさそうネ」

「そうですね」

「まあ、表側の――裏側の事情は、それで間違いない。真の事情を、これから話すとしましょうか」


 黄さんの口調が変わる。

 普段は演技派なもんで、胡散臭い言葉遣いをしているが。本来はまた別なのだと、ジェームズさんからも聞いている。

 指先から繋がった糸をいじっている。

 それは多分、"九龍背城"の各所につながっているのだろう。

 張さんと同じく、色々動いているのだろう。


「そも、あの子は、私の養子ではありましたが……私のところで、育てはしなかった。

 私はこの通り悪党です。あの子の父も、その弟も悪党でしたが、彼女まで悪党に育てることはない。

 保護者と言うよりは後見人として、ある場所に修行に出していました。それでも、年末だとかに、帰ってきていたのですが」


 クソピエロの時は、たまたまそんなタイミングだったってことだろうか。


「あの子が盗人をしていると知ったのは、1年程前になりますか。

 そうならないように、修行をさせていたのに。なぜそんなことをしているのかと、問うたものです。なんと言ったと思いますか?」

「……なんですか、知ってしまったら、仇を討たざるを得ない、とか?」

「叔父さんを開放したい、ですよ」

「開放?」


 しゃりんしゃりんと下の階から鈴が鳴るような音がする。


「ええ。……姜龍は、何歳だったか知っていますか?」

「……38歳」


 俺も、新聞を読んで知った。

 約20年前の香港浮上時、醜化、老化の呪いを食らった――らしい。

 およそ倍速で年齢を重ねており、40前だと言うのに、50歳以上と見える外見になっていた。


「おかしいとは思いませんか? 仮にも香港総督です。呪いを解除するのは確かに難しいですが――なぜそれを解かなかったのか、と」

「そりゃ、ぁ……そうですけど。解けない呪いなんじゃ、ないんですか?」

「たしかに、あれは死者の呪いで、とても強い呪いではあります。ですが、解けない呪いなど存在はしない。解くことが実際に可能かは置いて」


 『理論上解けるけどそのためには人類すべてを生贄に捧げる必要がある』、とか、そういう呪いだと不可能ではあるよな、と話を理解する。

 下階ではがちゃがちゃと音がしていた。


「解ける呪いではある、んですかね。……が、解いていない。解けない。解くことができない、」


 いや、と思い出す。開放、という言葉を。


「解くべきではない。解いている。解くことができていない……どれかは分からないですが、総督と言う役割が、呪いをそのままにしている原因、ってことですかね」


 張さんの眼が、赤く輝く目が、笑みで隠れた。


「――解いている、が正解です。ただし、別の呪いを、ですが」


 大男のキョンシーと、美人秘書キョンシーが、黄さんの後ろに立っているが。

 めき、ぺき、と、体の中を組み替えている音がする。


「香港が浮上する際、色々と騒動がありましたが、結果として香港は浮上しました。中華12国の沿岸部3国が主に争った戦争です。

 負けた彼らは、それでもあきらめず――香港を転覆するため、総督という役割に呪いをかけました。

 彼が最初、裏に回ったのは、その呪いの大半を引き受けるためだったのです。その解呪をずっと続けているために、彼は自分自身の呪いを解くことができていなかった。

 ……これは、当人自身と、私と、銀精娘々と……他、数名しか知らない事実です」


 黄さんの指先から、糸が切れた。


「……話が少し、ズレましたね。ともあれそのような事情を知った彼女は、叔父を開放したいと願うようになった。

 そのために、印璽を探し出したのです。香港総督の証となる印璽を」

「そう、その、印璽。なんなんです? マウスが、ウチに来て、し、……銀精娘々に。印璽の約により、と……」

「浮上後のことです。ほとんどすべての仙人は、積極的に香港に関わろうとはしなくなりました。そして、素直に言うことを聞く連中でもない。

 私のように、裏で生きる者もほとんどおらず、ほとんどが元々の生活に近いそれに戻りました。

 ですが、危機はある。危機は来る。故に、姜星は交渉しました。

 ……彼は弟とは違い巨乳派の助兵衛で、ハニートラップによくひっかかる最低の屑でしたが、弁が立ち、そして人を惹きつける魅力がありました。

 そうして得たのが、印璽です。どうしようもないとき、印璽を以て願ったならば、その願いを聞き届けてくれ、と」


 下の階から、床がきしむ音が聞こえてくる。


「印璽は、セーフティのため、いくつかの部品に分けられました。

 実は、君への依頼は――銀精娘々への依頼は、実は分割した印璽の分割した願いだったのですよ」


 だから師匠は、面倒くさいとか言いながらも願いを聞いていたのか。

 そう言えば、アレだ――初めて彼女を抱いた日の昼だったか、そんなこと言ってたな、と思い出す。


「あの子は、ドッペルゲンガーとして半端です。彼女の母が、ドッペルゲンガーだったのですがね。

 ハーフの血が変に出てしまったのか、ドッペルゲンガーとして眼前の相手に変身することができず、しかし変身魔術ではドッペルゲンガーの反応が出る。

 そうだと言うのに、――修行中で、未熟でありながら、1人で。あるいは、私やジェームズ、張の力を借りて。やってきました」


 下の階から、ゆっくりと、何かが登ってきている。


「あの子はそのほとんどを集めていましたが、唯一――判子部分。総督府に収められているそれだけは、盗み出すことができなかった。

 私たちも力が及ばず、そして、最後の一線については、手を貸す気もありませんでしたが――狂道化の一件が、最後のひと押しでした」

「総督府に――」


 あ。と、思い出す。

 マウスは、クソピエロがホンコンガーを動かしている最中に、総督府内に入っていた。

 あの時――妙なタイミングで窓ガラスが割れたと思った。

 と言うか、マウスの身のこなしなら、わざわざ中に入る必要は、なかったはずだ。

 あの時、なぜ中にいたのか――それに、総督の最後の言葉。

 印璽は見つからなかった。盗んでいった。契約違反。


「あの時か……!」


 あの時。

 ホンコンガーとして起立した総督府内は、当然ながら構造強化などの魔法効果もすべて壊れていただろう。

 印璽を守っていた結界なんかも破壊されていたはずだ。

 フ、と、彼は笑って頷いた。

 椅子からゆっくりと、固太りの、横幅の広い、改造済みの肉体が立ち上がる。

 だいたい準備は終わったらしい。


「そして印璽を完成させたあの子は、君の師に……失礼。君の元・師に願い、姜龍を"開放"させたのでしょうね」

「そういう、経緯だったんですね」

「無論、仇であるのは事実。その気持ちがあの子に全くなかったとは、思いませんが、ね」

「なるほど、なるほど。――で、マウス、どこにいます?」

「マウスと言う娘は、この世にはもういません」

「……あン?」

「マウスは死にましたよ」

「……そうですね。死体まで用意しましたもんね。黄さん。首ねじ切ったのは、首輪跡がある死体しか用意できなかったからですかね」

「ええ」

「で。マウスはどこにいるんだ」

「マウスは死にました」


 俺も立ち上がる。

 全身に気を巡らせる。

 雨に濡れた服が乾いていく。


「最後だ。黄さん。――黄信。マウスがどこにいるか。今すぐ言え。俺ぁ敵を待たせてる」


 黄信が、剣を抜いた。

 後ろのキョンシー二匹が、ぐねり、と人型のシルエットを崩す。

 ぴしゅん、と黄信は剣を構える。


「――それより。一人でここに来たということは、どういうことか。わかっていますね、仙人骨を持つ、誰の弟子でもない、何者でもない少年」


 カッ、と笑う。


「自己紹介お疲れさんだクソ野郎。つまりテメェ、殴られないと話せないクソアホなんだな?」


 背後。

 扉がどばりと破れて、肉塊が飛び出してきた。


「オラぁッ!」


 回転。無数の触手を弾き飛ばし、座っていた椅子ごと柔らかな肉塊を蹴り飛ばす。

 ハンバーグに箸でも入れたみたいに真っ二つ――そこで背後に三つの気配が来た。

 屈強な肉体の大男――六臂の怪物。

 妖艶な肉体の美女――蜘蛛の下半身を持つ怪物。

 頑健な肉体の中年――肉体を乗り換える怪物。

 それらは手に手に刃を持っている。

 三方向から、彼らは肉薄してくる。


「かァッ!」


 気合い一発――狙うのは美女だ。

 大きく踏み込み、蟲腕の甲殻を右の裏拳で砕き怯ませる。

 刃じみた縁が骨に食い込んだが競り勝った。

 とは言え、流石に素手の突破は厳しい――と言うか。

 ぶっちゃけわりと、マジで死ぬ状況だ。

 右裏拳で泳いだ腕に、腕を絡ませ、叫びと同時に捻り千切る。


「おおおおおおおッ!!!」

「――――!」


 青い体液が飛沫く。

 美女は声なき悲鳴を上げる。


「ッ!」


 高速回転。

 黄信の刃を横から叩きそらし、そして、全力で横に跳ぶ。

 美女に対しての集中攻撃だ――肩から突撃し、甲殻を砕き、そして三つ折りの杖を、張さんからの土産物を手にする。


「ぬッ」

「ッラぁ!!!」


 蟲腕をサイドスロー。黄信はそれを弾く――美女は体当たりで身が泳いでいる――黄信の上を、六臂の大男が飛び越えて来た。

 杖を組み上げる。

 ほぼ同時に、右側三本の刃が降り注いだ。


「!」


 杖で、それを受け止めた。

 べぎ、と足元の床がへこむ。

 勢いでか、大男の帽子が落ちる。

 男の瞳は5つあった。


「ふッ!」


 三本の刃を杖を傾けて流し、その動きで首を打ち据えて、そのまま床に叩きつける。

 ゴギリと首を折った手ごたえにすら、かかずらっている暇もなし。

 叩きつけた杖を支点にして飛び上がり、肉塊からの触手を回避し、机に飛び乗ってさらに跳躍。窓をぶち破って雨降る外に出る――と、


「うおああマジかキモっ!」


 狭い路地にみっちりと人がいた。

 顔を隠した男女――黄信のキョンシー達だろう。

 顔を隠す布には、鈴がついている。

 杖の端を持ってとりあえず足元のキョンシーを砕く。

 つぶれた肉を踏みしだき、雨水を跳ね上げながら。杖を大きく振ってキョンシーを跳ね飛ばし、動くスペースを確保。

 追いかけて来た美女を突き上げて迎撃する。


「――――!」


 ぎぃん、と金属音。

 甲殻が剥がれ、その下の肉が露出するも、アラクネじみた身は止まらない。

 クソが、と数体のキョンシーを巻き込みながらバックステップ――薄い壁を背中でぶち抜いて、けほ、と一つせき込みながら、背中で潰したキョンシーの山から転がり降りる。

 そして立ち上がろうとした瞬間、刃を構えるキョンシー4体が左右にいることを認識した。

 切れかけの蛍光灯に、剣が濡れ光っている。


「あっマジか」


 読まれてましたか――と思った瞬間、さっきまで俺がいた場所に美女が落ちた。

 剣が振り下ろされる。

 姿勢がまずい。

 転がって立ち上がろうとしている体勢だ。


「くおおおおおッ!?」


 左手で棒を構え、ほぼ同時に刃が2本杖に食い込む。

 右側の一本を手でつかみ取る(手のひらの肉が削られた)。

 最後の一本――四本目。

 回避。無理。しゃがんでる。

 足。無理。しゃがんでる。

 口。無理。縦の振り下ろしだ。

 斬られる――しかないか。


「ふッ……!」


 肩口に気合いを込めつつ、腕と首をひねって、受け止める。

 ざっくりと刃が肌を断つ。身体強化のおかげで骨までは断たれていない――右手でつかんだ剣を握力で折り、手首のスナップで4体目のキョンシーへ投げる。

 アッパー気味の軌道で飛んだ刃は、4体目のキョンシーの片腕を断つ。

 いてえなクソが、と涙目になりつつ、刃が緩んだ隙に左に身を滑らせ、杖にキョンシー2体をひっかけつつ立ち上がる。

 さっきまでいた場所に糸が飛んで絡んできていた――杖にひっかけた2体のキョンシーを蹴りこんで、さらに追う。


「!」


 美女が糸を吐くが、壁が二枚もある。

 一枚が片腕で払われるが、2枚目の壁を破る腕は、さっきもいだ。


「おぉおおおおおるぁああああ!!!」


 二体目に追いついて、身のバネで杖を射出するように突きこむ。

 背中にヒットした杖は、簡単にそれをぶち抜いて、美女にヒット――する前に。大男が降ってきて、それを防御した。

 いつもは無表情な大男は、どこか怒っているような顔をしていた。


「ォ!」


 男の腕が弾けるように、杖を弾く。

 花咲くように広がったそれは、2体目のキョンシーを引き裂き血煙に変える。


「ォオオオオオオオオ!!!」


 嵐のような斬撃――だった。

 本来剣を振るうとなれば、腕力だけでなく、例えば体重移動であったり、姿勢操作であったり、そういった部分が肝要になる。

 だが大男は、その腕を振るうだけで、俺に致命傷を与えるに足る斬撃を加えてきていた。


「のっ、く、かっ」


 受ける――止める。受け止める。

 持っている剣も並ではない。

 このまま受けていては、杖の方が砕かれる。


「こ、のっ」


 右からの三連大振りに、杖を地面に突き刺すことで対処――左の三連の突きを、棒高跳びのように杖を持って身を跳ね上げて回避。跳ね上げた足を振り下ろして大男の頭へ踵落とし。


「!」


 大男の身が泳いだところで、杖を頼りに身をひねって、蹴り飛ばす。

 メギ、と骨が歪む足ごたえ。

 複数体のキョンシーを巻き込んで、大男がぶっ飛ぶ。

 だが、すぐに大男は立ち上がる。

 雑多なキョンシー達も骨を砕かれてはいるが立ち上がってくる。


「オイオイオイオイゾンビかってのクソが……!」


 笑いながら杖を構える。

 屋外に飛び出て、大男、美女のキョンシーと、あるいは雑多な鈴なりのキョンシーと、またあるいは肉塊と、切り結び、跳ね飛ばし、叩き落す。


「逃がす気はありませんよ」


 上空から黄信の声が降ってくる。

 文字通り高みの見物らしい。

 死ね、と思いつつ杖を振りまわす――振り回そうとして、膝から力が抜けた。


「く、」


 ざく、と、背中前面に雑魚キョンシーの刃が走る――


「ぐぉらぁッ!!!」


 ――大きく杖を振って空間を作る。

 メギメギと骨が砕ける音がして、周囲のキョンシーが一掃される。

 背中から、だくだくと血が落ちている。

 筋肉で締めてそれを止めつつ、息を吐いて調息する。


「……マジで逃がす気ねーな、アンタ」


 口から漏れた血を拭う。

 内臓がちょっとまずい。


「毒かよ」

「ええ」


 黄信が、ちょっと驚いた顔をする。多少ふらつきながらも立っていることに驚いてるのか、と予測する。

 多分、さっき肩で剣を受けた時――あの剣にでも、塗ってあったか。

 ……俺にとっては、解毒できない程強い毒ではない。ないが、普通人だったらきちんと即死してる毒だぞ、クソが。

 クソババァの実験体になってなかったら動けなくなってたところだ。


「ふぅーッ……この程度の、毒で。馬鹿にしてくれてんなァ、黄信。若造だって見くびってくれてありがてぇよ」


 気を入れる。


「――こんなもんで俺が止まると思うなクソがッッッ!!!」


 突進し杖を振るう。

 大男の腕を、剣ごと一本砕く。

 大男のキョンシーが、おそらく黄信最大の戦力になる。

 それでも俺と戦えるって程度で、一対一ならほぼ確実に勝てる。

 だがこれは多対一だ。

 不浄物たちだ――"銀杖"があれば一撃で消し飛ばせたが、杖は所詮打撃武器、刃の鋭さまでは持たない。骨を砕いても寄ってくるクソほどめんどくせぇ奴らの集まりだけに、どうしたものか、ってなる。


「おおおおおおおおおッ!!!」


 上空に浮く黄信めがけて突き進まんとするが、できない。

 どこにそんなに隠れていたのかって量のキョンシーが、溢れかえっている。――足元には粉々になるまでブチ砕いたキョンシーの再度死亡屍、周囲には杖の暴風圏、その外周には襲い来る怪物ども。

 膂力重視で乱暴にブチ砕く。速度重視で素早くさばき、技量重視で甲殻のはざまを突き崩す。

 このまま死体を積み上げてテメェのところまで迫ってやるわと、縦横無尽、ほとんど足を止めて迎え撃つ。

 くはははは、と、黄信が笑う。


「暴れる、暴れる! やはり飢虎の類か! いいぞ、いいぞ、強いな! とても20歳にもならぬ少年とは思えない! よい、なんなら私の次の肉体にしたい! その肉がほしいッ!」

「熱烈だなあ、オイッ!」


 大男の剣が折れる。

 美女の足の半分をブチ折り砕く。

 だがまだ動く。だがまだまだたくさんいる。

 ――肉塊からキョンシーが生まれるのが見えた。

 足元の山を触手が浚っている――骨肉の補充は十分らしい。

 道理で多いと思ったが! クソが! つまり雑兵はほぼ無制限!

 ともあれ、この大男と、美女は特別製らしい――こいつらさえいなければ、なんとかなるか!


「もっぺん死ィいいいいねェエエエエエエエエエエエエエ!!!」


 ――叫びつつ、大男の額を砕き、顎を鎖骨にめり込ませた。

 ばぶゅっ、と、血が噴き出る――が、まだうごく3腕で、杖を掴んできた。


「っ、」


 取れない――捕まった。糸で巻かれそうになったので、杖から手を放して回避する。

 詰めていた距離があっという間にパーになる。

 大男が、杖を掴んだままあおむけに倒れ、そして杖ごと触手に回収されていった。

 予想通り特別製らしく、肉塊に飲まれはしなかったが。

 クソが、と歯噛みする。

 条件が悪くなってしまった。

 このコンディションで素手は流石にキツい。

 上がって来た血を飲み下し、くは、と、荒くなった息を治める努力をする。


「まだやるかい?」

「当り前だクソ野郎」


 壁を走る、質が悪い鉄パイプを千切り取って武器にする。

 水道管だったのだろうか、茶色い水が溢れ出てくる。


「痛くはしないので、安心してほしい」

「安心できる要素がひとかけらもねーな、クソが」


 ――殺到してくる。


「おおおおおおッ!」


 砕く、砕く。

 一撃がどうしたって軽い。

 鉄パイプは一撃でひん曲がった。剣を奪って振るうが、わりとなまくらだし、叩きつければ2度で折れる。

 飛んでくる糸をキョンシーを盾にして回避しながら、血を吐きながら、どうにかして距離を詰める。

 ――ははは、はははと笑う黄信が死ぬほどうぜぇ。

 ブチ殺す。

 邪魔しやがって。

 よりにもよって、

 こんな時に。

 俺は。

 マウスを、

 助けに、

 行きたいんだって、

 のッ、


「クッソがァアアアアアアッ!」


 ――足に触手が絡んだ。

 うお、と思う前に、触手が俺を釣り上げる。

 逆さ釣りだ。


「っ、……クソが」


 ……やられた。

 だらり、と垂れて、せめて呼吸を整える。

 およそ視線を合わせるように、黄信が空中を歩いてくる。


「……これだけ砕かれたのは久々ですよ、少年」

「ホントの喋り方の方がうさんくせぇよ、黄信」


 剣が振られて、顎下の皮膚が切られた。

 血がわずかに零れる。

 フー、と、黄信がため息を吐く。


「よくもまあ、その姿勢で……安心しなさい。アレも友の形見です。君の肉体を貰った後、助けに行くと約束しましょう。まあ、傍に守り手がいるはずですが」


 そして、嘲るように笑い、言った。


「……ともあれ君には、死んでもらう。君の肉があれば、"銀精娘々"に近づくのも容易かろう」


 ブチリ、とどこかの血管が切れたような音。

 血の気が引く。

 最後のひと押しと言うか――藁の一本と言うか。

 余計なことを言いやがって。

 視線で殺意が逃げないように目を閉じて、全身に気力と魔力を満たす。

 こめかみに血管が浮く。顎下から、全身の細かな傷から、だくだくと血があふれる。毒が体中を巡って死ぬほど痛い。

 だが全開だ。

 血脈を魔力と気力が駆け巡り加速していく。

 ハンマー投げじみてぐるぐるぐるぐると、全力で出力を高める。


「っ、自爆かッ!?」


 黄信が距離を取る気配がする――が、関係ない。

 ――そう言えばアンタには言ってなかったな、と、思い出す。

 いつか敵になりそうだったし。

 言うのも恥ずかしかったからだ。

 構築は不要。

 集中も不要。

 変換も不要。

 指定も不要。

 ただ顕現のみを要する術。

 人は皆、生得の属性を持つ。

 魔力をただ集中させ発現させたとき、生得の属性の、原始的な術が発現する。

 言わば生得の術。

 魔力の集中はしていないが――これだけ高めていれば、集中したも同然だ。

 ――口を開き、その名を呼ばう。


「《閃光》――!」


 全身が光を放つ。

 瞼も容易く貫通する。

 今この瞬間だけは、俺は地上の恒星だ。

 ――光熱系"光"、なんて。

 勇者様じみた属性を、俺は生得している。


「ぐゥおおおおおおおおッ!?」


 全身で跳ねて触手を引きちぎりながら壁に飛び、叫びに向かって三角飛び。

 発光時間は1秒にも満たない。

 だが、眼前には既に、目を抑えてのけ反る黄信の姿があった。


「おッらぁあああッ!!!」


 飛び蹴りをぶち込み、地面に着弾――降りしきる雨によって、波乗りじみてその身が滑った。

 黄信が血を高く噴く。

 内臓を潰した感覚があった。

 カッ、と笑って、滑る黄信から跳びあがる。

 ボウリングじみて黄信は路地を滑り、ゴミ箱にぶち当たって止まった。


「……クソが。手間ァ取らせやがって」


 ごぼ、と出てきた血を吐き捨てて、歩み、近づく。

 痙攣する黄信の胸倉をつかみ、立たせる。


「……ッ……」

「オウ。さっき最後っつったけどよ、もう一回だけ聞いてやる。黄信。マウスは。マウスと名乗ってたやつは、どこにいる」


 黄信は立てない。

 間違いなく内臓がグチャグチャだ。


「、」


 何かを言おうとする前に拳を腹に入れた。

 ぐずぐずになった腹筋を抜いて、背骨まで拳が到達した感触があった。


「ごッぶッ……ぐがぁッ……!」

「余計なことしようとしてんじゃねぇよクソ野郎」


 実際にしようとしてたかは知らんが、する気だったんだろう。多分考えてはいた。つまり余計なことだ。

 蟲じみて無様に痙攣する黄信の襟をもう少し絞って、拳を振りかぶる。


「次は脳な。――言え」


 黄信は、震える唇で、場所を言った。


「……ぎ、ん……の……島……」

「……銀精娘々の、島か?」

「…………」


 黄信は、かすかに頷いて、白目をむいた。

 制御を失ったのか、周囲のキョンシーたちが崩れ落ちる。

 ……あっけに取られると言うか。……いや、考えてみりゃあ、当然と言えば当然だった。

 師しょ、――銀精娘々が"殺した"のだから、そりゃあ、匿ってもいるか。


「……クソが。遠回りした」


 黄信を投げ捨てる。

 もう動かない触手の近くまで歩いて張さんの杖を拾い、どうすっかな、と振り返る。

 黄信は、ぐしゃりと身を折っている。

 明らかに意識がない。アランには悪いが、ここで一手間かけて行くべきか――と。思った瞬間だ。


「っ、」


 脚を掴まれた。

 弱々しい力だったが、それは頭をほとんど砕かれた大男の腕だった。

 そして、蜘蛛じみた身の美女が、黄信を庇うように覆いかぶさった。

 ……頭をかく。

 雨で濡れて額に張り付くのが気持ち悪い。

 かきあげて、大男の手を振り払い、はあああああ、とため息を吐き、叫ぶ。


「……殺さねーよ! 黄さんは知り合いだから!!! 1人で動けンなら治療でもしてやれよお前らッ!!!」


 杖を折りたたみつつ、跳びあがる。

 雨の中を。

 2年近く過ごした、島の方へ。