〜分析結果サンプル〜
中華邪仙ド貧乳エルフ師匠をちんぽでこらしめるやつ@NEO/鵺野新鷹
Hong-Kong!!!
爾汝の交わり、肝胆相照らさむ!
水魚断金、友誼を結び友情育め天空街都!
今や十二国志の第十三国! 友であり敵である!
Hong-Kong!!!
/
――起きたジェームズさん他、治療を終えた警官の皆さんにより、以下の事実が調査され、公表された。
総督――姜龍の殺害。
実行犯、マウスの死亡――殺害犯は不明。
そして、政庁より、しばらくの間は副総督が代理総督となること、また、選挙で新総督を決めることが、発表された。
あんなことがあった、次の、次の日。
新聞の一面には、そう書いてあった。まあ半分くらい血で読めなかったが。
――隣の部屋から、ドキュン、とややくぐもった音が聞こえた。
どきゅん、だん、ぱん――音が繰り返され、そして止まった。
ややあって、拳銃を持った張さんがやってくる。
話し合いは無事殺し合いに発展し、そして終わったらしい。
俺の方も、ぴくぴくと痙攣する椅子から立ち上がる。
今回は役割分担をした。
ボスと二人きりで話すのが張さんの役目。
それ以外を躾けておくのが俺の役目、だった。
「おい。行くぞ、"シルバーロッド"」
「その呼び方、やめてくれます? 俺、"銀杖"は持ってないもので」
「……そうか。行くぞ、"シルバーロッド"」
舌打ちをしつつ、張さんについて歩いていく。
総督が死んだことで、香港の裏側も混乱に陥っていた。
あの豚総督は、悪党だった――表においても裏においても、一大勢力を築いていた。
だからこそ、死んだ後には空白ができた。
張さんは、――張さんの組織は、即座に動き、勢力を拡大せんとしている。張さんは比較的身が軽く、しかし信頼されている幹部、らしい。
俺にとっても、臨時のバイトが山のように、って状況だ。
「……それで、いつ日本に戻るつもりだ。無論、報酬の一部として航空券程度は手配するが……」
「いったん護衛、引き受けましたからね。ひと段落するまでは護衛させてもらいますよ――と言っても、今の俺じゃあ、ちょっと微妙ですがね」
「ふん。……今のおまえなら、ジェームズの部下にでもなればいいだろう。日本に帰るより、楽に暮らせるのではないか。奴は昔から部下は大切にする方だからな」
「まあ、そうかもしれないですけどね」
ただ、香港には、もういたくなかった。
色々な意味で思い出深い地にはなったが――と、会話を思い出す。
/
「……そう言えば、おぬし……」
と。疲れ切った、しかしどこか満足げな笑みを浮かべて、彼女は言った。
半分眠ったような声だった。
「なんです」
ほとんど目を閉じかけた彼女の背を軽くなでながら、先を促した。
流石に疲れていた(勿論俺だけではなく、次の日彼女は午前中を寝て過ごすことになる)。
「……もう、制御は大丈夫であろ……」
「まあ、……そうですが」
頷く。
キレた時にしか出せなかった全開も、平常時の身体能力底上げも、高速再生も、およそ習得していた。
勿論最低限で、これからの伸びしろは多く残されている。
まだまだ、彼女の元で学びたかった。
だから、続く彼女の言葉には即答した。
「……もう、日本に帰れるのではないか……?」
「帰っても、行くところないんで」
孤児院を出て、俺は香港に来た。
帰るべきところはもうなかったが、帰って一人で生きていくことは、多分不可能ではなかった。
そうは思ったが、即答したのだ。
「……ここにおるしか、ないのか……?」
彼女の言葉には。
そうであってほしいと言う、響きがあった。
だから、俺は言った。
「……ここに、いたいんで」
言葉と共に、抱きしめた。
「……さよけ……」
最後にそう言って、彼女は俺の胸に額をこすりつけるように身を潜り込ませて、寝息を立て始めた。
腕の中の女に惚れていることを自覚した日。
ここに、ずっといたいと思った日――
/
――もう、ここにいたいとは思わない。
「……まあ、残るにせよ、黄だけは勧められんがな」
「そのまま隙見てキョンシーにされそうですしね」
「その通りだ――と言うか、それとなく、お前をアジトに連れてこいとか言われていてな。行くんじゃないぞ。今のお前は後ろ盾がない」
「……気をつけます」
クク、と張さんは笑う。
短い歩幅でちょこちょこと歩くのを、後ろからゆっくりついていく。
小汚いアジトを出て、外に。
湿気を含んだ冷たい風が頬を撫でる。
雲が徐々に厚くなっている。
「……一雨来るかもしれんな」
張さんは、空を見上げて言う。
「そろそろ……雪ではなく、雨が」
「……そうですね」
寒風が吹きすさぶ。
人通りは少ない。
雨はきっと、冷たくなるだろう。
/
恙なく、4件目の話し合いも終わった。
予想通り銃口がこちらを向いたので、予定通り全員ぶちのめした。
「で? ――どうすんだ、アンタ」
杖で男の顎を持ち上げながら、問う。
部屋にいる人員のうち、脚を組んで椅子に座る張さんと、俺自身以外。
8人の男たちは、全員腕と脚に一個づつ関節を増やしていた。
「わっ……分かった……きょ、恭順を、」
「あ゛ァ!? 答えンなら張さんだろうがテメェ頭脳がクソかッ!? 首すげ替えたっていいんだぞこっちゃよォッ! 」
ひ、と男が震える。
砕けた手足で張さんの方に向き直り、男は言う。
「わ、我々は……あなたに、忠誠を、誓うッ……!」
「……よし。"シルバーロッド"。いいぞ。合意は取れた」
「へい。――ったく、勘違いしやがって」
杖を3つ折りにしてホルスターに納め、一息吐く。
棒は、張さんが強化魔法をかけてくれてくれたそれだ。
4属性を同時に持つ破格の術師である張さんの術付与品だが、それでも"銀杖"には及ばない。
今更ながら。あれは俺には、過ぎた道具だった。
チ、と舌打ちする。
未練だな、と。
「追って人を寄越す。それまでは大人しくしていろ」
退室する張さんの後ろに付き、コートを肩にひっかけてやる。
10歳の子供がやるにしては、仮装じみた格好だ。
俺の方もジャケットを羽織って、追う。
「……俺がいなかったらどうするつもりだったんですか、今日」
「オレ一人でもどうにでもなる。お前を使ったのは演出だな」
外に出て、車に乗り込む。
手で合図をして、防弾ガラスによって遮られた運転席に出発するよう伝えた。
張さんが、コートの懐からタバコを取り出した。
ライターを取り出し、それに火をつけてやる。
ほぼ同時に、車が走り出す。
外はすっかり暗くなってしまっている。
今日一日、張さんに付き合った形だ。
この後は、張さん(正確に言えば張さんの組織の息のかかった)ホテルまで送って貰う予定だ。
以後数日――総督の死の波紋が収まるくらいまでは、こうして過ごす予定である。
張さんは、紫煙をくゆらせながら言う。
「……オレがこのナリだからな。どっしり構えていたいのさ」
「なるほど」
「今回は、お前が圧倒的にやってくれて、助かった。……お前もまだまだ若い。ガキ二匹なら与しやすしと、噂を信じぬ屑はそう思うわけだ。舐めて襲いかかって来る屑は多い」
「最初に心をへし折っとくわけですね」
「そうだ。返り討ちにしてやった方が、素直に従われるより使い勝手がいい。……オレはロートルだからな。噂も古いものが多い。実際、昔よりは衰えた自覚はある」
「あれでですか」
「おいおい。オレはもう40近いんだぞ? 20年前のように元気にハネまわることは、もうできんな」
「妖精系なんですから、寿命は……」
「環境によっては、あと100年は持つがな。オレはもう50年も持つまい。不健康だからな」
その前に殺されるかもしれん、と、張さんはタバコを振る。
「……オレと、ジェームズと、姜兄弟。それに黄も加えて、当時の香港浮上を目指す悪党一派、だ。……姜の一族は、これで皆死んだ、か」
言って、張さんは遠い目をする。
「……あの、姜龍と言う男はな」
昔を懐かしむように。
整理をつけるかのように。
「端的に言って、ロリコンだった。昔はあれでも、美少年だった。呪いを受けて見る影もなくなってしまったが。何度ファックと言ったか分からん。顔と一緒に、心根まで歪んでしまった男だ」
「故人にひでえこと言いますね」
「事実だ。――兄を殺した男なのだから」
兄。
先代――初代総督のことだろうか。
あの豚総督は、二代目の総督になる。
「……だからこそ、あの娘は殺そうとしたのだろうな」
「やはり、マウスは――」
「知っているのか。……あの娘は、姜星の、……初代総督の娘にあたる。害されようとしたところを、オレ達が保護した」
ふぅっ、と、張さんは煙を吐く。
車の中、ゆらゆらとそれは漂い、エアコンに吹き散らされる。
「……姜星は、なんと言うか、な……口がやたらと上手かった。カリスマ性があった。スパイを口説き落として二重スパイにして、その後嫁にするような男だったからな。
年長は黄だったが、あの通り、表に出る性格ではない。実質的なリーダーで、だからこそ、総督となることも納得されたし、龍も裏方となることに納得したのだろうと思っていた」
だが、と張さんは言葉を続ける。
「7年。7年かけて、やつは自分が総督となれるような根回しをしていた。それが結実したのが、13年前だ。奴は星を殺し、そして総督となった。……まあ。今となっては、ただの昔話、だがな」
もう既に、総督は死亡している。
司法解剖も済み、死因も特定されている。
今頃は葬儀でもしているころだろうか。
香港は葬儀場が少ない土地だが、総督ともなればそれなりに早く行われるだろう――と言うか、早めに葬儀をキメておかないとうっかり生き返ってきかねないし。
「……友達だったんですか」
張さんは、ちょっと驚いたような顔をして、そうだな、と言った。
「機会があれば殺してやるとは思っていたが、死んだとなれば、こうして思い出すくらいはする。……ただの昔話、としてな」
それきり、張さんは口を閉ざした。
言葉の代わりに、紫煙が車内に満ちていく。
/
「部屋はひとまず1週間だ。それ以上泊まりたければ、また連絡しろ。今後については、また明日、人をよこす。8時までには出られるようにしておけ」
「はい」
「それと、その杖はくれてやる。無茶な使い方をしない限り、一月くらいは持つだろう」
「ありがとうございます、何から何まで」
窓から顔を出しながら、張さんは言った。
実際素手では少し不安だった――拳銃の数丁程度ならともかく、機関銃だと体に穴が開いて痛いし、ジャケットも痛む。
拳銃弾を弾く程度は余裕の棒だ。
頭を下げて、ありがたく受け取る。
「……日本に帰ったら、そんなものは捨ててしまえ」
「……はい」
「まっとうに稼げ。学校へ行け。いや、行かなくてもいいが勉強をしろ。人を殴るな。法律には従え」
素直に頷いておいて、続く言葉に、く、と、思わず笑ってしまう。
「なんですか、張さん。張さんが言う言葉じゃあないでしょう」
「オレのような立場だからこそ言うんだ。オレたちはまっとうな市民の皆様に、寄生しているようなものだからな。悪事を行うのはオレ達だけって状態こそが望ましい。そうでなければ、おちおち悪事も企めないのでな」
「なるほど。よく分かりました。日々をまっとうに生きますとも」
笑って返すと、張さんはどこか痛ましげな顔になった。
迷ったように視線を落とし、フ、と笑い、改めて俺の方を見てくる。
「……ああ、そうだな。――そう言えばだが。あの娘だ」
少年の顔には似合わないニヒルな笑みを、いつもの笑みを浮かべながら、張さんは言う。
「恐らく、あの娘は公墓に葬られるだろう。おそらくまだ警察病院にいるだろうな。検死も済んでいるだろうが、引き取り手がいない。黄の養子という立場にはあったが、戸籍がないからな」
「そりゃあ……」
「死に顔くらい、見に行ってやればどうだ。オレは忙しい。死人にかまけている暇はない。彼女が、"死"を選んだのであればな」
言い放って、張さんは窓を閉め始めた。
ククク、と笑いながら、だ。
「オレも今回は蚊帳の外だった。だから言うぞ、"シルバーロッド"」
タバコをくわえながら、親指で首をかっ切り、そして下に向ける。
「眼にものを見せてやれ」
/
バルコニーに立ち、街明りを眼下にする。
深夜であっても煌々と。香港の夜は、ひどく明るい。
びょう、と強く吹くビル風に煽られながら、ケータイを操作し、場所を検索する。
「……なんだ。ここからなら、案外近いんだな」
時刻は既に零時を回っている。
総督が殺害されてから――マウスが死んでから、丸二日が経過したことになる。
手すりに足をかけ、跳ぶ。
4車線の道路を飛び越え、対岸のビルの壁面に張り付き、再度跳躍――三角飛びの要領で昇っていく。
そうしてホテルの屋上のへりに立つ。
今日もどこかで、事件が起きている――見る先で、もうもうと煙が立ち上っている。
きっとどこかで、また危機が起きている。
ジャケットを翻し、香港の夜を跳ぶ。
……湿気が強い。ビル風もあって、あまり距離を稼げない。
「……しかし、なにやってんだか、だ……」
跳びながら耳に触れる。
ピアスを引きちぎった耳だ。
どうにも未練がましい。
さっさと寝てしまおう、と思っていたが、張さんに言われた言葉が頭に引っかかっていた。
「…………眼にものを見せてやれ、か」
跳躍時間で思考する。
なんというか。
少しは、頭が冷えている。
ししょ――銀精娘々が。初代総督の娘であるマウスに頼まれて。
マウスに偽装して、現総督を殺害し。
そしてその対価なのか、銀精娘々が、マウスを殺害した。
こういう経緯なのだろう、とは思う。
……思えば、最初に直感していた。
マウスか、と思う前に、誰だ、と思ったのだ。
あれはマウスの動きじゃあなかった。
勿論、銀精娘々の動きでもなかったが――あそこまで滅茶苦茶に、バラバラの流派の術理をごちゃまぜにして動けるやつなど、そうはいない。
銀精娘々が言うように超人薬を投与された上での動きだってんなら、クソピエロの一件の時にあの動きを出さないのも不自然だ。
変装なりで入れ替わっていた、って思うのが、自然だろう。
あるいは、童女化も変装の一環だったのかもしれない。
……ともあれ。なにか、俺が知らない事実がある。
「印璽について聞いときゃよかったな……」
クソが、と思いながら、冬空を跳び、警察病院に。
霊安室――でいいのかどうか分からないが、ともあれそこに侵入しようとしている身だ。
時刻は深夜と言える時間であり、当然既に門扉は閉じている。
侵入検知系と、悪意感知系と思わしき結界が張ってあるのも分かる。
侵入ができないたぐいのものではないが、侵入したら間違いなく騒ぎになるな、と、門前でちょっと迷う。
何かを壊したり盗んだりするつもりはないのだが。
うーむ、と考え込んでいると、似たような顔をした男が近場に立っていた。
「……あ、お前は……」
「む」
異様に鋭い眼の下に、クマを作ってはいたが。
アランがそこに、立っていた。
……眼が充血していた。頬には涙を流した跡がある。
表情は元から薄いが、今はなお薄いように見えた。
「どうした」
「お前こそだよ」
アランの声はかすれている。
「……丁度良い。貴様も、探しに行こうと思っていた」
「ン?」
「貴様に、詳しい話を聞きたかった」
だが、と、アランが病院を見た。
殆どの明かりは既に消えている。
寝静まった、と言っていい状態だ。
「貴様もここに用があるのか」
「ああ。……マウスは、知り合いだったもんでな」
「そうか。協力しろ。結界破りか、結界侵入を、だ。騒ぎは、あまり起こしたくない」
「……まあ、いいけどよ。俺も術とか使えねえぞ」
「使えんやつだ」
「張っ倒すぞ」
全く、上から目線なやつだ。
ケ、と毒づく後ろを、救急車が走り、病院に駆け込んでいく。
――と、そこで気づいた。
「そうか、張り倒しゃいいんだな」
「む――ああ。そうか。理解した」
言って、アランがしゃがみ、足を延ばし、そして膝に拳を振り下ろした。
ぱぎっ、と音がする。
あまりに躊躇いがなかったもんで、止めるのが遅れた。
アランの右膝は、本来曲がるべきでない方向に、見事折れ曲がっていた。
「ぬ……く。肩を貸せ」
「おっま……馬鹿だろ」
「貴様は案を出した。なら、俺が……身体を張るべきだ」
「馬ァ鹿」
言いつつ、俺も自分で頬を殴る。
「おー、いててて……ま、これでいいだろ……喧嘩して、もつれて骨折ったとかそんな感じでな」
歯が折れるほどではないが、何もしなければあとで腫れ上がる程度には力を込めた。
治療が必要なほどではない、我ながら絶妙な力加減だ。
「……分かった。貴様は隙を見て、あの娘を探せ。俺も後から動く」
頷きながら、肩を貸す。
アランより俺の方が10センチばかり背が高い。
ほとんど引っ張り上げるように、病院へと歩く。
/
と言うことで――隙を見て、地下、霊安室の前に到達した。
貰った氷冷剤をジャケットのポケットにしまい込みつつ、唸る。
どうしたもんかね、と思うのは、ここにも結界があるってことだ。
流石に死体になって入るわけにはいかない。
巡回もほとんど来ない奥地になるが、それでも一応隠形はして、アランを待つ。
……ややあって、アランも姿を見せた。
予想通りというか、脚は既に治っている。
変身の応用だろう。治したというよりは、人の脚を作り直した、ってのが近いだろうか。
アランは、俺が霊安室前に立っていることに、すぐに気が付いた。
そして扉を見て、ム、と唸った。
「もしや、結界か」
「ああ。……たぶん、ゾンビ対策だな。無許可で侵入、あるいは退出したら検知されるタイプ。ゴースト用に対霊体もだが」
「……ふむ。"銀杖"」
「あだ名で呼ぶんじゃねえよ」
「貴様、警報線は見えるか。警備室へ警報を飛ばす回路だ」
無視され、ぬむ、と唸る。だが、何か解決ができるってのか。
……多少目を凝らせば、魔力が流れるべきところというか。警備室までの回路は、わかる。
壁をコツコツと叩き、場所を示す。
「……多分、この壁の裏通ってるな。扉が破れたり、入退室を検知して、警備室まで通知するやつが」
「それだけか?」
「……だと、思う」
目を閉じて壁に触れて、念のためもう少し確認する。
地下ではあるが、だからこそ回路は階段沿いと言うか――メンテしやすい形に走っているはずだ。
……誤作動防止のためか、無線式でもなさそうだ。
壁面には同軸2本――おそらく正副回路――の、力の流れを感じる。
「……ここだ。ここに2本、走ってる」
「分かった」
アランは、手袋を外して、素手になる。
俺と同じく壁に手を触れ、そして霊安室の鍵にも手を触れた。
何かする気か、と、俺は一歩離れた。
それがいけなかった、というか。
「ふっ……」
ずご、と、アランの手のひらの下から音がした。
は? と思った瞬間、警報線が切れる。
アランが手を離せば、骨じみて白い細い棒が、手のひらから飛び出していた。
なんだ、と思う間に、それはアランの手の中に戻っていく。
壁に、直径3ミリばかりの穴が開いているのが見えた。
同時、ガチャリ、と鍵が開いた音。
「なっ……なにやってんだ、てめッ……!?」
「警報線を切って、鍵を開いた。――ゾンビが出てきたわけでもない。おそらく多少時間ができる。故障か、と確認しにくる程度だろう」
「そうじゃねぇっ……ああ、クソが、時間もねえかッ、騒ぎ起こしたくないんじゃなかったのかテメーっ」
言った通り、確かに。警報線が切れているだけで、鍵を勝手に開けただけで、結界そのものに傷はついていない。
クソが、と霊安室の扉を開いて、中に入る。
結界が俺達を感知したのを感じるが、この情報はおそらく残る。
後でジェームズさんにでも頼み込んでなんとかするしかねーな、ってところだ。
流石に暗い――ケータイのライトを使って照らしながら、冷えたそこに踏み入った。
魔除けのためか、どこか香のにおいが漂う一室だ。
湿気はほとんどなく冷えており、壁に、引き出しと言うべきか――遺体が入っているのであろうそれがあった。
すん、と、アランは鼻を動かす。
がらり、がらりと端から狙って開けていき、4つ目で、目当てを引き当てた。
すなわち、首をもがれた遺体――マウスの遺体である。
「っ……!」
改めて――対面する。
綿のようなそれが敷き詰められた寝台棚に、彼女は寝かされている。
首は接続されず、ただあるべきところに置かれているだけだ――文字通りねじ切られたのであろう頸は、接合面がぐちゃぐちゃに引きちぎれてしまっている。
脊椎が、首についてしまっているため、身体側の首が少しへこんでいた。
……それ以外の外傷はない。
全裸であるため、それがよくわかった。
薄汚れているくせにきめ細やかだった肌も、細っこいくせに、骨が細かったせいか、予想以上に柔らかかった手足も、既に死んでしまって、もう動かない。
置かれた首は、あまりにも穏やかな表情を――穏やか?
「……首、ねじ切られてか?」
そこまでの覚悟だったってか? 総督を殺せたら殺されてもいいくらいだってか?
首をねじ切られても安らかな表情を浮かべられるくらいか?
麻酔でも打ったか、あるいは――というか。待て。師匠はあの時剣を抜いていた。
だってのに、わざわざ首をねじ切ったってのか。
ししょ、……銀精娘々の性格上、殺すにしたって剣で首を刎ねるだろう。
首を刎ねたなら一瞬だ。安らかともいえるような表情でも不思議はない。
いや、それに、死後硬直とかの関係で表情が変わっただけじゃあないか、……ないな。首を抱き上げたときに、既にあの表情だったように思う。
首と体を警官隊に預けたときに見た。
それに、いくら2月だからって。マウスが首をねじ切られてから、どんなに長く見積もったって、1分以内に俺は死体に触れたはずだ。なのになんでああも冷え切っていた?
改めて近づき、首を見る。頭と体と、両方の接合部分を、だ。
そして、辛うじて。うっすらとではあるが、その痕跡を見つけた。
帯状の、日焼け跡だ。
待て待て待て、と思う。
まさか――と、結論を脳が出そうとした瞬間。
「く、……はは、ははははははは!!!」
と。
アランが、笑った。
「"銀杖"! 見てみろ! においを嗅ぐがいい!」
ははは、と、アランは、高笑いを繰り返す。
「これは偽物だ!まがい物だ! 偽装だ擬装だ偽証だ偽称だ! 別個の死体を混ぜ合わせた屍人形だ!!! よかった、なあ、やったぞ、"銀杖"!!! さあもうここに用はない! 出よう、"銀杖"!!!」
明らかに、様子がおかしい。
なにか、タガが外れてしまっている。
満面の笑顔で、泣きながら、かすれた声で、アランは言った。
正直に言って、かなり不気味だった――仏頂面の男だったのだ。
それが、こうも。
「さあ、脱出だ! もうここには用はない!!!」
だが、気持ちは分かる。
俺だって、そうしていいなら叫びたい。
考えるべきことはあるが、それらすべてを放り出して、まずは喜びたい。
――マウスは生きている。
アランの言う通り――もうここに、用はなかった。
張さんも遠回しなようでストレートなことを言う。
アランは棚を蹴りこんで閉めて、スキップでもするかのように霊安室から出ていく。
上階から、警備員だろうか、人が来る気配があった。
「アランッ……」
「ああ、わかっているッ」
すう、と、アランが消えた――否、保護色を纏ったのか。気配は薄くも存在する。
なんでもアリだな、と思いながら、俺も隠形。
二人で暗がりに潜んでやり過ごし、ダッシュで階段を駆け上る。
「貴様に話を聞こうかと思ったが、俺は別にやることができた! 貴様はどうだ!?」
駆けながら、アランは叫んだ。
1階廊下に出る――叫び返しながら、窓を開く。
「俺も、……やることが、できたよっ!」
警備結界に触れた手指がぴりっと痛む。
無視して窓枠に足をかけて中庭に。
ヴぉん、と赤いアイカメラを点灯させた警備ロボットを足場にして高く跳躍――脱出する。
アランも追って来た――腕の構造を鳥のように変えて、空を飛んでいる。
「分かった! 健闘を祈る、友よ!」
「……キモくねぇ!? 誰だお前!!! テンション上がりすぎだバーカ!」
「何を言うか! 俺とて嬉しいと思うことくらいある!」
「分かるけど限度があらぁ!」
ともあれ、と叫ぶ。
轟々と吹きすさぶ風は、それだけ俺が高速移動してるって証拠だ。
湿気が強い。いよいよ夜気が体に絡みついてくるかのようだ。
次に行くべきは――と思い返す。
"白雪姫"が来た日、"白雪姫"を含む3人がいた場所、話していた言葉。
それから、師匠、……銀精娘々は、殺害当日、ショーの前後で人と会うって話をしていた。
あの後、銀精娘々は、あの偽物の遺体を受け取ったんじゃあ、ないか。
そもそも――マウスが、クソピエロの一件の時に、あの場所に――黄さんの事務所にいた理由。
さっき張さんは、マウスは、黄さんの養子だ、と言っていた。
共犯者が見えてくる。
どちらか――と、思ったが。まずは、あのうさん臭い似非中華マフィア(まあ悪党なのはマジだが)に話を聞かねばならないか。
「俺ァ"九龍背城"に行く! お前は!?」
「俺は、また別所だッ!」
「おう、そうか!」
横を合わせて飛ぶアランに笑いかける。
腰に手をやる――杖を抜くべきか、一瞬迷った。
アランも、同じようだった。
カギ爪に変異した足が。鷹のような金色の目が、俺を狙っていた。
「おい、アラン!」
少し強めに、声を出す。
「なんだっ」
「お前、総督の仇討だよなっ?」
「そうだっ」
「マウスが生きてる。だから改めて仇を打てる。だから嬉しい。そうだなっ?」
「そうだっ」
「よく分かったっ」
ジャケットを広げて減速する。
アランも、同じように、翼を広げて減速した。
ビルの屋上に降り立ち、同じ方向を向いたまま、言う。
「多分――今のうちに、やりあう方が。面倒はないぞ、アラン・モングレル」
「ああ、……あの娘は、貴様の友だった、か。"銀杖"」
「一緒にメシ食いに行く約束して、まだ行ってねえんだ」
アランは、天を見上げたようだった。
同じように空を見上げる。
満月から少し欠けた月が昇っているはずの曇天。
雲が重く垂れこめる、今にも泣き出しそうな空。
アランは、嘆息して――それから、言った。
「……俺は、待つ。互いの納得の末に、決着があると信じる」
「そうかい」
じゃあ、しゃあねえな、と、踵を返す。
「じゃあな、お友達」
「ああ。さらば」
ばさり、と、アランが翼を広げた。
俺も、屋上から跳び出し、大ハイドラを目指す。
ぱしゃ、と、鼻先で雫が砕けた。
雨が、降り始めた。