エロ率分析 (α)

〜分析結果サンプル〜


 Hong-Kong!!!

 光陰矢の如し、成るか成長若人たちよ!

 絡みあい、恐竜的発展続く天空街都!

 今や十二国志の第十三国! 送る月日に関守なし!

 Hong-Kong!!!




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 指先で、火が揺らめいていた。

 熱を感じる。

 指先がライターになったような感じである。

 超自然の火は、風に揺らめくことなく、燃えている。


「お……おおお……はっ、初成功っ!!!」


 ッシャァ! と拳を天に突き出すと火が消えた。


「あっあああ、あーと――」


 覚えた詠唱――師匠が買ってきた『死んでも治らん馬鹿でもわかる! 《炎》の術!』という本の詠唱を思い出す。

 なんと《火》の魔術だけで一冊を使い切った狂った本(《炎》の術って題名のくせに!)だが、それでも魔法が使えなかったらどうしようかと思ってたぜ。


「《僅かなり命の火、虫の魂が如き仄かな光、火種となりて我が指先に顕現せよ》。――《火》っ……!」


 魔力を指先に集中し、詠唱――己の色を塗り替えていくイメージ――白から赤に――そして発動。

 ゆら、と、火が俺の指先に現れる。

 まぐれではない。再現性がある。習得した――と、言えるだろう。やったぜ。――と思っていたら、デコピンされて飛んでいた。

 ドシャアア、と雪上を三回転させられながら、言葉を聞く。


「ようやったの」

「……クソが! おいクソババァ! なんで今デコピンしたぁ!」

「10秒も詠唱して《火》の術、それも魔術を発動して喜ぶなと。仙術を覚えよ、仙術を……」


 師匠が、呆れたように言う。

 はぁー、とため息をつくのはやめていただきたい。傷つく。


「や、でも進歩だろ進歩、それも具体的なっ!」

「そーじゃのー。すごいのう。かっこいいのう」

「やる気ない拍手やめてくださいませんかクソババァアイタタタタタタ痛覚魔法やめろ神経直刺激はキツいいいいい」

「……そんなにできるのであれば、最初からまじめにやらんか。まったく……そんなにわしを好きにしたいか」


 師匠が頬を紅潮させつつ、腕を組んだ。

 今日魔法を発動できたのは、師匠の言動と全く無関係ではない――魔法を発動できたら願いを一つ聞いてやろう、なんて言葉があったからだろう、と自分でも思う。


「師匠。自分で言うのもなんですが、これまでも必死だったし真面目でした。でも今ァ違うんです。必死で真面目なうえで、超本気なんですよ」

「……さ、さよけ」


 師匠が目をそらした。

 ん、ん、ごほん、と師匠は咳払いする。


「まあ、おぬしは生得の属性以外はあまり精度高く使えぬじゃろうな。実のところを言えばわしもそうでの。どうしても、生得の属性以外――特に、物質に干渉する術は不得手じゃ。無論、使えぬわけではないが……1000年近い研鑽を積めば、おぬしとてこうなるであろうが……まあ、10年や20年では、とても術師とは名乗れぬじゃろうな」

「……はい」


 指先から火を消し、頷く。

 師匠の属性は生命系"霊魂"。

 死霊術師としての属性であるほか、薬草なんかの保存にも使っているらしい。

 物理的干渉には向かない属性――変換効率が悪い属性らしいが、師匠は火炎や時空間を操作する術も使えるので、適正はあっても諦めるのは甘えだって実例だ。


「幸い、おぬしの属性はそう悪いものではない……生得ゆえ、これも才能、天運の一環と思っておくがよい」

「……はい」


 乙女座の男、みたいな感じであまり好きではないんだが。

 あるいは、だいたい物理で解決してきたっていう変な自負のせいなのかもしれない。


「ま、切り札は使わぬほうがよいし、手は広いに越したことはない。励めよ」


 と、師匠は虚空から木刀と杖を取り出し、杖を俺に投げてきた。


「さて。次じゃ――構えよ」

「はい」


 杖を受け取り、構える。

 まだ"銀杖"は直っていない。

 普段よりもだいぶ軽く脆い木の棒ではあるが、技の修行であるためにこちらの方がいい。

 ……俺の修行は、大きく4つに分けられる。

 ひとつ、物理。

 主に、ひたすら模擬戦を繰り返す形式。比率としては、一応最も高い。

 飛んでくる言葉は精々が煽り――そうじゃないにしても、『次は右からじゃ!』とか言った瞬間には右腕がポッキリ折れているような修行だ。

 ふたつ、精神修養。

 道徳とかではなく、冷静さを保つ修行であったりするものだ。

 殺気を叩きつけられたり、ひたすら追いかけまわされたりもあるか。

 みっつ、座学。

 雪が降っていると師匠の方も外に出たくないようで――俺が、雪上での体術をひとまず習得したのもあるらしい――この冬はこれが多かった。

 ダベりに移行することもたまにはあるが、基本的に体系立てて教えてくれている。

 簡単な傷薬くらいなら俺でも作れるようになったし、山に生えている薬草を取って来るのは俺の仕事とされたため、薬草の見分け方は(文字通り)叩きこまれた。

 よっつ、仙術。

 だいたい半年前、時期としては師匠を抱いた時期くらいから始まった修行だ。

 最初は言葉もなかったが、次第に口で言ったりボディタッチが来たり魔力を流されたりと、段々と懇切丁寧手取り足取り、といった風情になって来た修行である。


「ふっ」


 まずは、と師匠が一歩踏み込んで来て、木刀をゆるく振り下ろしてくる。

 杖でそれを巻くように落として、首元を突こうとして、逆に巻かれて杖を落とされ、気づいたときには剣先が眼前に合った。


「狙いが読めるわ。先を決めるのも読むのもよいがそれに固執するでない」

「はい」


 師匠が跳んで離れ、片手で木刀を構え直した。

 剣先を下に向けた構えである。

 先程までと同じくゆるく、しかしスライドするような奇怪な動きで、雪に足跡を残さずに師匠が近寄ってくる。


「くっ」


 奇怪な動きを見切り、すれ違いざまの木刀を杖で受けるが、ほとんど重さがない。

 囮か、と気がついたときには、脇腹に指が突きつけられていた。

 ここで魔法を撃たれていたら腹が消し飛んでいる。


「歩法を読むのに集中しすぎよな」

「むぬ」


 師匠が跳んで離れ、片手で木刀を構え直した。

 ぴしりと背筋を伸ばした、正統派の構えだ。


「少し早く行く」

「はっ、」


 い、と言う前に、師匠の姿が消えた。

 ボッ、と雪が踏み込みで破裂したように舞い上がっているが、正面に師匠の姿はない。

 ――縮地とその応用――体術による空間跳躍技術のアレンジ。

 正面に真っ直ぐ進んで真横に到着するたぐいの、意味のわからん技術――!


「っ!」


 勘で、背中に杖を回し、木刀を受ける。

 カッ、と、木が打ち合う音が聞こえる。


「お?」

「せぁッ!」


 杖を振り上げ、同時、前に跳ぶ。

 空中で身を回し、同じ速度で跳ぶ(跳んでいた)師匠の突きを身をひねって回避し、その動きで杖を振るう。


「おっ」


 師匠がちょっと驚いた表情を浮かべながら木刀でそれを受け、すぐさま杖の表面を滑らせて手指を狙ってきたが、


「うらッ!」


 と振り上げた足によってふっ飛ばす。

 蹴れたわけではなく、蹴ろうとした足を足場にして跳ばれただけだ。


「……これ初見ではなかったかの」

「そう、ですね」

「ふーむ。わしの持つ技も、おぬしが覚えられそうなものはそろそろ一周かの」

「すみません俺踏み込みで時空超えるとかよくわかんないですね」

「まあこの歩法は体得する他ないからのう……わしも理論的なことは言えぬわ。なんとなくやったらできると習得できる」


 まあよいわ、と師匠が普通に歩み寄ってきた。

 今度は俺の方から攻撃を加える。

 型らしい型はない。

 そもそも師匠も俺と似たような修行を、師匠の師匠から受けていたらしい。

 木刀と木杖が、カッ、コッ、と音を響かせる。


「――おぬしの魔力量じゃが」

「はい」


 お互いに緩い動きをしながら、会話する。


「現状、道士としては低いが、術を使えぬほどではない。現に、集中、発動に問題はない。魔力を感じ取ることも、まあできておる。むしろ、感知については中々筋がよいくらいじゃ」

「あ、はい。ありがとうございます」

「問題は、属性の変換よな」


 魔法を使うための5ステップ、すなわち、構築、集中、変換、指定、顕現。

 魔法を構築し、魔力を集中し、魔力を変換し、位置を指定し、命名によって顕現させる。

 例えば、火炎の弾丸を放つ場合。

 1.『炎弾を放つ』ように構築し、

 2.魔力を手に集中して、

 3.属性を炎に変換し、

 4.手から対象に向けて放つように指定し、

 5.『炎弾』とでも名付けて放つ。

 こんなステップになるが、2、5番が下手、1、4番がヘタクソで、3番が、クッソドヘタクソ、ってのが俺だ。

 まあ、集中速度とかもそんなに早くないのだが。


「魔力を集めるだけ集めれば、属性が発露する――故に集中して変換するだけで魔法は使うことができる。と、教えたの」

「はい」


 学校で習うことでもある(だから俺が下手なことは香港に来る前から分かってたが)。


「極論魔力の集中さえできれば原始的な魔法を使用することは可能じゃが――と会話に付き合っているとこうなるからの。殺すと決めたらなにを言おうが殺すようにせえよ」

「ぐああああああああなんで肋骨の間に木刀刺さンだよくそばばぁああああああああああああああ!!!」


 引っこ抜いて――恐ろしいことに骨が折れてもいないし血が出てもいないのに、ぐっぽりと皮膚と肉がへこんでいる――師匠は跳んで、距離を離した。

 力量差著しいとは言え、杖と剣のリーチ差をなんでもないように踏み越えてくるのはマジでどうかと思う。

 肋骨の間の神経を痛めつけられて流石にじくじく痛みが残る。

 クソが、と呟きつつ、構え直す。


「そう言えば、そろそろ春節の祭りじゃのう」

「…………」

「無視するでないわ寂しいじゃろうが!!!」

「どっちだクソババァああああがあああ骨! いろんな骨ェエエエエ!!!」




/




 午前で今日の修行は終わり、午後から師匠は用があるとのことで外出――今晩は戻らない可能性もあるとのことで、留守番を頼まれている。

 ヒマだ、本でも読んでるか、あるいは座学の復習でもするか――と思っていたところで、島の結界に反応があった。


「おや」


 操作権限は俺にはないが、感知はできる。

 数名の男女が、この島への鎖上を歩いているようだ。

 一人は馴染み深く、その他も顔見知り程度ではある。

 ケイを含む、竜双子様のところの、お弟子さんたちだった。

 ひとまず茶を準備して、到着を待つ。

 5人の男女が庭先に入る前辺りで表に出て、ようこそ、などと声をかけてみる。


「やあ、"銀杖"くん」


 40がらみの男性が、気安い笑みを浮かべつつ近寄ってきた。

 竜双子様の高弟の一人――師範代などをやっている男性だ。

 他の面々も、高弟、内弟子などである。


「……名前で呼んでくださったほうが嬉しいんですが。どうしたんですか? 今、師匠は不在なんですが……」

「いや、今回は君に用があってね。……ほら、可欣」

「……は、はい」


 父親のような年代の男性に背中を押され、ケイが前に出てきた。


「ええっと……これから、……出稽古に行くんですけれど、銀兄さんも、ご一緒にどうですか、と、思いまして」

「出稽古?」

「はい。もうすぐ春節の祭りがありますから、その関連で」

「ははぁん……?」


 竜双子様は、警察などの方にも協力している。

 香港でもわりと例外的な、俗世にガッツリと関わる仙人様たちだ。

 師匠は本気で死霊術を使うと香港を転覆できる危険人物だが、

 竜双子様も、本気で弟子のコネを使うと香港を転覆できる人物である。

 勿論全員、そんな面倒なことはしないタイプの方々だが。


「そこで、銀兄さんには、その、ご協力いただけたらな、って」

「まあ、構わねぇけど。昼から暇だし」

「……ありがとうございます。その、先に謝っておきますけれど、ごめんなさい……」

「んん?」


 ケイが何やらひどく申し訳無さそうな表情を浮かべている。

 首を捻りつつ、出かける準備を整えることにする。

 留守番を頼まれてはいるが、書き置きでも残しておけば十分だろう。




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 ――ヤケだった。


「ハーッハッハッハァ!!! ケイちゃんは! この"黒剣"が頂いたァ!!!」

「きゃぁあああ――っ! たっ、たすけてーっ!」

「あっ! ケイちゃんがあぶなーいっ! みんなっ! キメラレンジャーを応援してあげてっ!」


 曰く。

 『若く、背が高くて、わりと悪役っぽい凶相で、アクションも出来る』。

 ふざけんなぶっころすぞ。と思ったが、思うだけにしておいた。

 なぜならば。哀愁漂うジェームズさんが、すでに同じ役どころの仮装をしていたからだ。


「クッハハハハハハハ!!! その程度かァキメラレンジャー!!! そしてちびっこたちィ!!! その程度では、この"黒剣"を倒すことはできんんンンン!!!」


 ……子供向けに、ヒーローショーを企画していたらしい。

 ジェスター・クラウンの一件でぶっ潰れた旧総督府の敷地内に会場を設営し、一大スペクタクルヒーローショーを、企画していたらしい。

 が、契約していた専門の俳優会社が時空流異常に飲み込まれてしまったらしく、急遽出演不能に。

 しかし、穴は開けられない――そこで、政庁・警察が合同で、なんとかすることとなった。


「カッハッハッハッハァ!!! 遊びは終わりだっ、来いッ! 悪竜!」

「ぐおおおおおおおおっ!!!」


 ヤケッパチの叫び声を上げて、ジェームズさんが走り寄ってくる。

 本番ではここで竜となる予定らしい。それでいいのか香港最上級戦力。

 観覧するオッサンオバサンどもが、口々に叫ぶ。

 がんばれーっ、きめられんじゃー、決めてやれー、と。


「キメラレッド!」

「恐れるなッ! みんな、いくぞぉっ!」

「わかったわ、キメラレッド!」


 キメラレッド――赤いコスチュームの男が、俺の方に飛びかかってくる。

 今は赤いヘルメットに隠れているが、その中身は、異様に鋭い目の、黒髪の。金のメッシュを一筋垂らした男――政庁八卦衆の一人、アラン・モングレルだ。

 何かと縁があるよな、と思いつつ、その剣を受ける。

 アナウンス……というか。"お姉さん"は、ジェームズさんに惚れてる金髪巨乳さん。

 大柄なイエローは師範代。すでに倒されているが、戦闘員たちはケイと師範代を除く高弟さんたち。

 警察としては当日の警備に人員を裂くためあまり人を入れられず、政庁としても動ける・あるいはヒーローショウなんてものに出られるようなタイプがすくないために、警察経由で竜双子様の道場に声がかかった、というのが真相というか、経緯と言うか。

 急な話だが、話の筋書きくらいはもう覚えているし、専属の精神感応系術者がセリフなども伝えてくれている。

 ここは竜化したジェームズさんの背中の上で殺陣を演る予定になっており、他4人はジェームズさんと戦い拘束(もちろん見た目だけのものだ)をする予定だ。

 左手にケイを、右手に剣を持って、キメラレッドと切り結ぶ。

 無論、見栄え重視の、戦いとは呼べないようなものだ。

 ある程度はアドリブになるが、大きく、コスチュームを翻すように回避すること、格好良く防御すること、ケイはもちろんの事相手も傷つけないこと――など、色々縛りがある。


「ふぅんッ!」


 俺の――"黒剣"のコスチュームにはマントまでついている。

 正直踏んづけてコケそうなのだが、それをするとケイまで転ぶからな、と気をつけて切り結ぶ。

 しかも時間制限もある――うまいこと隙を作って、ケイを放り出さなければならない。

 一応、その流れだけは事前に決めてある。


「『その程度か、キメラレッドッ!』」


 叫ぶと同時、俺は大上段に構えを取る。

 キメラレッドも、装飾過多な剣を構える――


「とぁあああ――ッ!」


 ――交差し、勿論互いに剣は当たっていないが、


「ぐっ、ぐおっ! ぐわぁああっ!」


 と、俺が苦しみ、その隙にキメラレッドがケイを回収――ジェームズさんの四肢を捕え、再集合。

 そして、どこからか大砲を取り出す。


「「「「「必殺! キメラバーストストリームッッッ!!!」」」」」


 かっ、と、5人のうちの誰かが使ったのであろう、七色の光魔法が俺とジェームズさんを照らす。


「ぐっ、ぐわっ、ぐわぁああああ――っ!」

「ぐおおおおおおおおおん」


 もうちょっとやる気出せよぉジェームズさんよォ! と思いつつ、膝を折る――ここでジェームズさんは竜化を解除し、消滅した、という演出になる。


「く、くくく、やるな、キメラレンジャーっ……だがっ、俺は何度でも舞い戻ってくるぞッ! 首を洗って、待っているがいいッ!」


 捨て台詞を残して、俺は跳躍し退場――あとはヒーローたちが応援ありがとう云々、だ。

 フー、と息を吐いて、舞台袖から出る。

 キメラレンジャーは全員顔を隠しているが、俺は素顔だ。

 一応本番では悪そうなメイクをする予定だが。

 ともあれ、演技は疲れる。

 一応大根役者とかではないようで、一安心だが……。


「中々やるじゃあないか、演技派だな、"銀杖"くん」

「……ありがとうございます」


 と、横合いから声がかかった。

 礼を言いつつ向き直れば、オークのように丸々と太った、人間の男がいた。

 ……どこかで見たなと思えば、以前草野球をやった時の、キャッチャーさんだ。


「早速で悪いのだが、きみ、八卦衆に入る気はないかね。一人、そろそろ引退したいと言っていてね」

「はい? ……ああ、いえ、ええと?」


 変なことを言われて、キャッチャーさんを改めてまじまじと見てみる。

 ぶくぶくと肥えた身。

 たるんだ腹。ソーセージじみた指。低い身長、ハゲた頭。

 なによりもその悪人ヅラ。豚鼻。

 キャッチャーさんとしてではない――どこかで見た――って、


「そっ、総督じゃねぇかっ……!?」

「そう、実は私は総督だったのだよ。以前はよくもウチのアランの球を打ってくれたね? それと、"白雪姫"の護衛の件もあるな」


 ニタァ、と総督は笑った。

 名前までは覚えていないが、新聞で見た覚えくらいはある――香港総督。

 浮上後の初代総督であった兄が急死した後、その跡を継いだ弟。

 一説によれば、彼が暗殺したとも言われるが――ともあれ、香港浮上の立役者の一人!


「こ、……光栄ですが、未だ修行中の身であるため、ご遠慮させていただければと」

「なに。アランの球を打てるような男が修行中か」

「師にはまだまだ遠く及びませんもので」

「なるほど。まあ、安定した収入が欲しくなったらいつでも言ってくれたまえ。君のような若くも強い者は大歓迎だ。八卦衆に入らずとも、アランの友人にでもなってくれると、嬉しいのだが。――そうだろう、アラン。お前は友人が少なすぎる」


 と、総督は言う。

 全く似ていない親子だ――と言うか、おそらくは養子なのだろう。

 ヘルメットを小脇に抱えたアランが、こちらに歩み寄ってきていた。

 憮然とした顔で、アランは言う。


「父上。俺にも友人はいます」

「……初耳だが?」

「ええ。人ではありませんから。家の裏のネコがそうです」

「……それは、友人ではないなぁ……いや。猫と友情を結べないわけでもないか……まあ、よい。ともあれ一緒にやっていくのだ。春節祭を盛り上げてくれ」

「わかりました」「はぁ、はい……」


 気のない返事が出た――アランが、俺の方を睨んでくる。

 俺を殺す方法を考えていそうな顔だった。やるかテメー。


「これ、アラン。私は気にしておらんよ。そも、総督だからと言って、彼より偉いと言うわけではないのだ」

「ですが……いえ。申し訳ありません、父上」


 アランは一息吐いて、俺の方を見てきた。

 頭を振って、左手を差し出してくる。


「本番では、よろしく頼む」


 ……ちょっと意外だった。

 こういうタイプには見えなかったのだが。

 あるいは、総督に言われたからか。

 手を握り返し、笑みを見せてやる。


「おう、任された。参加するからには、しっかりやるからよ」

「ああ。全力で、子どもたちを喜ばせよう。それが俺たちの役目だ」


 ぐ、と手を握り合う。

 と、そのあたりで、監督――まとめ役が、何やら叫んでいるのが聞こえた。


「今日はもうおしまいでーす、……おいあのデブどこ行った! 視察とか行ってエンディング見てねぇじゃねえかあのブタ! おいあのブタ探せ! また屋台引く気だぞ! 無駄に身軽だから気をつけろ簀巻にしてチャーシューにしろッッッ!」


 ニタニタと笑っていた総督が、その声を聞いて、真顔になり、弾むように跳んだ。

 マジで身軽なんだなあ、とちょっと引いた。




/




 竜双子様の島へと通じる橋を渡りながら、思う。

 いいヒマつぶしにはなったな、と。

 今日を含め、春節祭までの数日、そして春節祭のうちショー開催の一日は潰れてしまうが、まあ、中々できない体験ではあるだろう。


「銀兄さん」

「なんだ?」


 何やら飲みに行くらしい高弟さんたちやらとは違って、俺達は未成年だ。

 送ってやれと押し付けられての、夕暮れの帰り道だった。


「……すみません。騙す、騙したみたいで……私が頼んだなら、きっと断らないだろうって……」

「まあ、いいんだよ。案外楽しかったしな。映画とか好きだし、演じる側に回るのも悪かない」


 それに、まあ、嘘は言われていない。

 出稽古は出稽古というか――怒るやつはいるかもしれないが、ケイに当たるべきことでもないし、俺は怒らない(まあ話を聞いた時は流石に呆れたが)。


「私……その、重くはありません、でしたか?」


 モノがモノというか、参加者が参加者なので、ケイはサクラとして参加する予定だ。

 俺が抱えてキメラレッド――アランと殺陣をする予定だが、万一ウッカリしたときに取り返しがつかない。

 ギリギリヒーローショーを見ていても、まあ、弟を連れてとかそういう言い訳ができる程度ではある。

 政庁・警察合わせて、俺たちの殺陣に巻き込んでも平気そうなのがケイしかいなかった、というわけだ。


「いや、軽いもんだった。お前が速さが身上だって事ぁ知ってるが、お前のトシならもっと食って背ェ伸ばしたほうが強くなれるんじゃないか? 身体絞るのもいいけどよ」

「そうかもしれないですね。……けっこう、おっきくなってきているんですけど……」


 身長のことだろ? と視線を送ると、ケイはコートの上から乳を揉んでいた。

 見なかった振りをして、歩く。


「銀兄さんこそ、背が……最初にあった時より、大きくなりましたよね」

「ああ、師匠に一服盛られたらしくてなあ、俺。実は」


 ひみつ栄養薬ってなんだよ、ってなるやつだが。


「えっ……大丈夫なんですか?」

「まあ師匠だし、その辺はな……」


 基本的に背が高い方が喧嘩じゃあ有利ではある。

 190まで行くと、師匠を抱きかかえた時サマになるだろうか。

 と、ケイが、ぴょん、と腕に抱き付いてきた。

 ほとんど俺の腕に体重を預けて、爪先しか地面についていない。

 ……あっ、結構マジででけぇ。マジで?


「おい、ケイ?」

「重くないのは分かりましたけれど、持たれ方。どうしましょう?」

「おぉい、おケイさんや」


 いい靴を履いているので、引きずるわけにもいかん。

 しゃあねえなあ、と、横抱きにする。

 両腕を使った、本番では出来ない抱き方だ。


「っ……」

「基本、腕一本になるんで、脚は俺が支えっから、抱き付いてもらえると楽だが……これ、悪役にさらわれた女の子、の抱き付き方じゃねえなぁ」

「は、は、はひ」


 ……ケイの顔が真っ赤だ。

 身が強張っている。

 『こうされるとは思ってなかった』って顔だ。


「……やっぱ俵持ちか? 当日スカートは履いてくるなよ」


 顔を見ないようにしつつ、持ち方を変えようとして、首筋に抱き付かれた。


「っ、おい、おい」


 人通りはないが、これで降ろしたら、ケイが俺の首からぶら下がる形になる。

 流石にそれは哀れと言うか、なんと言うか。


「……そう言えば、その……銀兄さん。そのピアス、どうしたんですか?」


 ケイが、胸元で言った。

 ジャケットに顔を埋めた、少しくぐもった声だ。


「ああ、これか……これ、な、あーと……オシャレだ」

「……そうですか。ピアスとか、そういうアクセサリに興味ないのかなって、思ってました」


 銀色の、男がつけるには少し大きなピアスだ。

 見事な装飾の、真銀製のものである。


「まあ――師匠からの、贈り物だよ。この前、誕生日だったからな」

「そう、なんですね」


 ケイは、ぎゅ、と抱き付いてきて、ヒョッ、と飛びあがった。

 やっぱり身が軽いな、と思いつつ、トンボを切って着地したケイを見る。

 ケイは歩き出しながら、言う。


「……そう言えば、マウス、って子。このまえ、見つけました」

「おっ、マジでか……なんて言ってた?」


 追うように歩きながら、問うてみる。

 確か、ジェスター・クラウンの報奨金の件で話をしたくて、ケイにも伝えたのだったか。

 その後ちょっと話はできたが、結局連絡先を置いていきやがらなかったので、決着が付いていない。


「……さようなら、って、伝えてね、と」

「……あ?」


 ケイは止まらず歩いていく。

 大股で歩き、ケイの細い肩を掴み、おい、と振り向かせる。


「どういうことだ。ケイ」

「……さようなら、ということでは」

「……おい、ケイ」


 手に力を込める――が、考えてみれば、ケイは、別にマウスと知り合いってわけじゃない、か。

 フ、と息を吐いて、手を離す。


「……悪い、ケイ」

「い、いえ。ごめんなさい」


 ……考えてみればアイツ犯罪者だしな。

 ドッペルゲンガーの特徴を活かして、香港から逃げ出すのかもしれない。


「……まあ、また見かけたら……そうだな。俺が怒ってたって、伝えてくれ」

「は、はい。分かりました……」


 ケイが頷く。

 もうすぐ竜双子様の島に辿りつく。

 ちょっとぎくしゃくしながら、送り届けて――まあその後、「留守番頼んだじゃろうがぁ!」って師匠に殴られるんだが、また別の話としておく。




/




 ――ケイと一緒に帰っているころ、その"予告状"は届けられた。

 春節祭の夜に、総督の命を頂くと。

 13年前のことを思い出せと。

 そのような、文面だったらしい。