エロ率分析 (α)

〜分析結果サンプル〜


 Hong-Kong!!!

 事件が終われば大団円か!

 主客転倒問屋が卸さぬ天空街都!

 今や十二国志の第十三国! 嫉妬の獣は碧眼銀髪!

 Hong-Kong!!!




/




 ――香港の空は、からりと晴れていた。

 雲は寒波と一緒にどこかへと散り消えて、もう春かってくらいうららかな日差しが、街都を照らしていた。


「いい天気だなあ……」


 足元がべしゃべしゃなのがちょいと気になるが、幸い新品ブーツを貰えたので歩くのも楽しいくらいだ。長靴買ってもらったガキかな、って感じだが。

 昨晩は沢山死にかけたが、喉元を過ぎたので熱さを忘れた。

 もう少し正確に言おう、この二年でも稀に見る地獄だったので思い出したくない。


「~~~~♪」


 鼻歌なぞ歌いつつ、ゆっくり歩いてバス停に。

 香港警察や交通局の皆さまの努力により、今朝から電車やバスの運行が再開している。

 ややいつもの時間より遅れがちではあったが、半分融けた雪を撥ねながら、バスがやってくる。

 外周道路を回る路線だ。

 香港らしからぬ真っ白な景色を楽しみながら、バスに揺られて外周へ。

 人も少ない路線だ。

 変なところで降りる客だな、という視線を受けつつも、いつものバス停に降りて、ゆっくり、ゆっくり歩いていく――と。


「おや。おぬしも今帰りか」


 ――と。

 今一番聞きたくない声を聞いた。

 背後からだ。

 バスから降りるときに気配はなかったが、いつの間に。


「ようやったの。白のやつから話は――どうしたんじゃ、顔を見せよ」


 てしてしと肩を叩かれる。


「おーい、馬鹿弟子やーい」


 べしべしと肩を叩かれる。


「――こっちを向かんか」

「ぐああ鎖骨!」


 鎖骨を握りしめられて振り向かされた。

 振り返ると、コート姿の師匠がいた。

 長耳を帽子の中に押し込んだ、暖かそうな服装である。

 師匠は俺の顔を見て、覗き込んで、……顔を近づけてきた。


「どうしたんじゃ、そんな、皿を割った童子のような顔をしおって」

「いや……あーと、はい。師匠……その、」

「"銀杖"にヒビが入ったことなら知っておるぞ」

「ヴッ」


 思わず息が詰まった。

 そう――昨晩のことである。

 色々あって、"冬将軍"が、香港を襲った寒波に乗り移り、俺を追いかけて暴れまわった。

 5時間で寒波の力を使い切る暴威にさらされ、流石の"銀杖"にも無理が祟った。

 表面を覆う真銀を剥がれ、内部の神珍鉄、どころか心材である緋色金にまでダメージが入ったのだ。

 今ホルスターの中に入っている"銀杖"にはヒビが入り、ぐねり、とねじ曲がってしまっている。


「その……すみません。未熟で」

「未熟を言い訳にするでない」


 べし、と額を叩かれる――見覚えのない傷がある場所だ。

 いつの間にか傷ができていたのだが、こんな具合にできたのかもしれない。


「……あの爺様も、途中からは加減してくれておったようじゃが、それでもうっかり死ぬのがヒトゆえな。よう生き残った」

「アレでですか」

「本気の本気だと今頃香港が落ちる瀬戸際になっておるの。本国であればわしですら逃げる他ない御方じゃ。……おぬしを生かして帰して来て。しかも砕けていないならば、わしもそれを作った甲斐があるというものよな」


 ひえー、と、今更のように肝を冷やす。

 そもそも師匠が『御方』とか、初めて聞くレベルの言葉だ。

 そもそも師匠が爺様呼びとかお幾つですかって話だが。


「ま、所詮道具よ。幸い素材がないわけでもなし、修復は可能じゃ」

「……すみません」

「よい。あの爺様を相手に腕の一本も落とさず逃げ切っただけでも上々よな」

「はい」


 んむ、と師匠は満足げに笑む。

 額を叩いた手は、俺の左頬を撫でている。


「――それはそれとしてあやつの唇はどうじゃった?」

「ヴッ」


 本日二度目。息が詰まった。

 眼窩に軽く親指が差し込まれ、顎骨を小指が捕まえている。


「言わんでもよい言わんでもよい顔を見ればわかるわ」

「この顔に思考が顔に出てるってかババァああああ目玉が出、あ、出、出るッ!?」

「ちょっとくらい出ても問題ないじゃろ」

「あるわクソババァアアアアアア両目! 両目はやめろってあぁあああああああ!!!」


 ぐりぐり目玉で遊ばれて、手を離される。

 目をおさえてしゃがみこむ俺の背に、師匠が腰かけてきた(尻の感触がたまらねえ)。

 二人がお友達な理由が魂で理解できた。


「やれやれじゃのー。せっかく褒めてやろうと思うたのに」

「その後の言動がひどすぎるんだよ師匠はよ……」


 立ち上がろうと、軽く身を揺する――が、師匠がどけようとしない。

 む、と思いつつもゆっくり立ち上がると、どういう体術なのか、師匠が肩に座っていた。

 肩車だ。


「……いやちょっと待て師匠今のどうやった? 尻の感触的に今の体重移動おかしいだろ」

「こうやったのじゃが」


 再現されたが全く分からなかった。

 というか、俺は今直立しているわけで、なぜそれでその動きが成立するのか全く分からねえ。

 ……まあ、師匠は純粋な体術で空間を踏み越えることもできるタイプの武術家だ。

 その類の、まだ理解が可能な域の、頭のおかしい所業だろう。

 再度師匠が肩車の体勢になった。

 諦めて、顔横の師匠の太ももを掴んで、歩き出す。


「んー、高い、高い。天も高く、いい天気じゃのーっ」

「スカートベロめくりですけどいいんですかね」

「どうせ通る者もおらんわな」

「まあそうですが……」


 太ももは、俺の指が沈みそうな柔らかさを持っている。

 筋肉の張りもあり、まったく勘違いなのはわかっているが。体温で挟まれて俺の理性がやばい。

 この世にこれ以上の耳当てはあるまい。

 もっちりやわらかで、人肌やや下の温度。耳どころかうなじや頬までカバーする上に軽い筋トレにまでなる。

 というか、タイツか。タイツ。いいよなタイツ。去年の年末あたりからタイツスタイルもやるようになった師匠だが、この脚にタイツは反則だろうタイツ。

 うなじの後ろにある場所のことを思うと、ちょっと理性がよじ切れそうになる。


「どした? 足を早めおって」

「いえ」

「…………?」


 ざくざく雪を踏み越えて、鎖に踏み入る。

 風も凪いでいる。

 雪がこびりつくように乗っているが、足を滑らせるほどではない。


「これ。腿を揉むでない。くすぐったいわ」

「いえ」

「……ふむ。……てやっ」


 さくっと頭頂部に爪が突き刺さった。

 無視して鎖上を突き進む。


「あっ、これ、止まれ、止まれっ、おぬし理性が地味に飛んでおるなっ!?」

「いえ」


 血が流れて来たのでちょっと前かがみになると速度が上がった。


「あっ、ば、馬鹿! 馬鹿弟子! 走るでない! この姿勢はまずい! 転んだら顔面から行くじゃろうが! 降ろせぇ! ――腿を固めるでないわ馬鹿弟子がぁ――」


 師匠の身が一度大きく後方にかしいで、――勢いよく前に倒れて、俺の身がつんのめり、倒れる直前、師匠の手指が鎖を掴み、


「――頭をひやせぃッ!!」


 首を挟み込まれたまま、一度ぐるりと回されて、次の瞬間には全身を衝撃が襲っていた。

 ――音がない。

 師匠が、世界が回りながら、どんどん遠ざかっていく。

 世界がスローだったが、それでも早かった。

 フランケンシュタイナーの変形だろうか。どう投げられたものか、ジャイロ回転だ。

 師匠は倒立して、脚をこちらに投げ出すような姿勢だった。

 辛うじて、師匠のタイツと、スカートの中、わずかに白いフンドシ部分が見えた。やったぜ、


「   、」


 ――と。思考が続く前に、俺は雪山に突っ込んでいた。

 雪山を三つ四つ背でぶち抜く。

 何か硬いものを砕いてまだ吹っ飛ぶ。

 衝撃で息がつまる。

 雪というやわらかなはずのものだが、山となって自重で圧縮されていた。

 庭先を突っ切って、笑う渦状馬が見えて、最後に、庭の雪を排雪していた雪山にめり込んで、そこで止まった。

 流石に雪山と言えど、この速度で叩きつけられては――


「――がッ!」


 一瞬の間を置いて吐血する。

 早くもボロボロのジャケット、ズボンに血が降りかかる。

 張さんと奥さんが忙しい中贈ってくれたものだったんだが。ジャケットはちょっと類を見ないくらいイカしたデザインだったんだが。

 これはもう、着れたものじゃないだろう。


「げぼっ、ごほっ」


 気管から血を抜いて、内傷を治癒していく。

 衝撃で砕けた背骨も同時並行だ――濛々と立ち上る雪の向こうから、師匠の怒気を感じる。

 スパルタもいいところだ。

 ぶち殺されたくなければ早く復帰しなければならない。

 雪に手をついて、震える膝で立ち上がる。

 正直感覚がないが、繋がってはいる。

 肺が爆裂しそうなほどに痛い。

 頭がガンガン痛んだ。

 ぼたぼたと何かが零れている。

 風が少し吹いて、火山じみて立ち上る雪煙が晴れた。

 視界が霞んでいるのでどっちにしろ白いが、辛うじて、師匠は分かった。

 師匠は、鎖から上がってくるところだった。


「ぬう……」


 そして師匠は、俺を、上から下まで眺めて、顔を反らした。


「……ちょっとやりすぎたかの?」

「……だい、ぶ」


 言葉を発すると、ごぶっ、と血が溢れた。

 真白な雪に血の赤がごぶごぶ零れ、ついで、それが迫ってきた。

 膝から力が抜けていた。

 倒れて、顔面から雪にうずもれる。

 意識がオチなかったのは、逆に不幸だと思う。




/




 上裸になる。

 眼前にはストーブがあり、その上にはヤカンが乗っている。

 師匠の部屋だ。


「《加熱》……と」


 師匠がそれに熱をくわえつつ、タライに手ぬぐいを潜らせる。

 やや熱い湯だ。

 師匠は、ぐ、とそれを絞り、俺の身に当ててくる。

 背中側が血にまみれていたからだ――ブッ飛ばされた時は気付かなかったが、何本か樹を粉砕して飛んでいたらしい。明らかにやりすぎの師匠である。

 だからと言ってこれは、だいぶ気恥ずかしいのだが。

 傷自体は既に塞がっている。

 ただ、再生してすぐなので、多少くすぐったい。

 湯で温まった手指が、俺の肩をとらえる。

 そして、手ぬぐいが俺の背に当てられていく。

 流れた血を拭うように、だ。


「……すみません」

「すみませんでは済まぬわ。この戯けが」


 ごし、と、血が拭われていく。

 すぐに手ぬぐいが真っ赤になった。

 師匠は湯にそれを潜らせ、絞り直し、またこすってくる。


「全く、おぬし、わしに弟子入りして何年になる」

「……1年と、10カ月ってくらいですかね」


 ぬぐ、と師匠が唸った。そう言えばそのくらいじゃった、とか。


「……1年もおれば、わしがどうするかくらい、わかろう」

「はい」


 背中を少し強くこすられる。

 まあ予想してしかるべきだった。首の骨を折られなかっただけ行幸だろう。

 ……なんだか額のあたりがずきずきする。見覚えのない傷があるあたりだ。

 そう言えば傷に気づく少し前、妙に師匠が優しくなった日があったなあ、などと思い返しながら、手指の感触に集中する。

 半分、触診でも受けている気分だった。

 師匠が筋肉を触りながら、感慨深げに声を出す。


「おぬし、本当にデカくなったのう」

「成長期でしたんで……」

「そうじゃのう。わしも、ひみつ栄養剤を食事に混ぜ込んでおいた甲斐があったわ」


 ……ナニ混ぜてたんだよ、とか。

 ……なにを勝手に、とか。

 ……ひみつってなんだよ、とか。

 思ううちに、もう一度師匠は手ぬぐいを絞った。

 背中はだいたい擦られた感触がある。


「……師匠、ありがとうございます。すみません、やらせてしまって」

「いや、よい。ここまできたらば、ついでじゃ。腕をあげよ。ほら、ばんざーい」

「……子供じゃねえんですから……師匠にして見りゃ、子供でしょうけどね」


 不承不承、腕をあげて、師匠の手さばきに甘える。

 わきの下や、腕先をこすられる。

 両腕が終わった。


「んっ」


 さらさらとした服の感触が、背にかかる。

 辛うじて骨と皮だけではない感触が背中に来た。

 俺の首を抱えるように、胸元を拭われる。

 首元に顔が来ているようで、呼吸がちょっとくすぐったい。


「……流石に前は……」

「よいよい、わしに任せておけ」


 ぐい、と拭われる。

 手ぬぐいは真っ赤だった。

 結構血ぃ出したもんだ、と思う。

 昨晩はマジで死ぬかと思ったが。

 そうこうするうちに、へそまでほじくられた。

 あと拭いていないのは、頭と下半身か。


「……今度こそ、ありがとうございます、師匠。後は自分でやるんで」


 立ち上がろうとして、腰が持ち上がらない。

 ベルトに指が引っ掛かっていた。


「下」

「いやいやいやいや」

「……頭くらい流してゆけ」

「ここでですか」

「頭を湯につけてから拭けばよかろう」

「まあそうですけどね……」


 師匠が盥に新たな湯を張る。

 薪を割っていないので風呂は使えない。

 シャワーでいいんじゃないかと思ったが、流石に無碍にするのは気が引ける。

 湯の温度を確かめ、頭を突っ込んで、髪に絡んだ血を流す。

 湯が一気に朱くなって、思わず引く。


「……うわ、結構出てましたね」

「頭じゃからのう」


 頭をあげて、ざっと髪から水を切り、師匠からタオルを受け取ってガシガシと拭く。

 首を伝って落ちないよう、首周りにタオルを巻いて、ふ、と一息。

 下半身の方もだいぶ血でぐちょぐちょだ。

 いいから座れと座らされたわけだが、床に血が染み込んでいるのではないだろうか。

 さっきまで座っていた場所を見ると、案の定だった。


「うわ」

「ン、……この程度。《浄化》」


 師匠がさっと手で拭けば、血は一瞬で消滅した――


「師匠。その浄化を使えば、俺の血も一発だったんじゃないですかね」


 ――見つめると、視線をそらされた。

 長耳がぴこっと動いた。

 回り込むと、顔が反対側を向いた。

 顔を近づけつつ追いかける。


「師匠?」


 師匠は身をよじってよじって、とうとう俺に背中を向けた。

 長耳が真っ赤だった。

 なんというか、なんだ――


「――とう」

「何をするかァッ!」


 両耳をつまむと瞬時の肘打ちで肋骨が折れて口から血が出た。ごぶっ。


「ぐおッおおおおお…………!」

「あっ。……お、おぬしが悪い! エルフの耳を軽々しく!」


 師匠は両耳を両手で抑えながら、真っ赤な顔で怒った。

 この24時間で肋骨何回折れたっけとか思いつつ治癒する。

 呼吸を落ちつけて、肋骨の位置を涙目で治しつつ、こっちを向いてくれた師匠と向き合う。


「……なんじゃい」

「いや……その」


 言葉にするのが、いやに気恥ずかしい。

 肋骨折られておいてこの感情を抱くのもなんだが。

 まあ、スパルタすぎて慣れてしまったのかもしれない。

 そうだとしたら、俺も大概だな、と思いつつ、言葉をひねり出す。


「師に、言うことじゃないんですが……」

「……うむ」


 師匠がぴこぴこと跳ねる長耳を、改めて抑えた。

 顔が赤い。師匠はやや下の位置から、何かを期待するように見上げてきて、


「……いや、……めんどくせなあと」

「ぉん゛?」


 その言葉で、表情をひきつらせた。

 一瞬の空隙。

 流石に体勢的に蹴りはない――頭突きもなかろう――つまるところは両腕。

 両方2、左が5、右が3、と言った割合か。

 上下は流石に見てから反応ができる腕の位置だ。

 俺の利き腕は右なので、攻撃は左からが多い。キレていても相手の弱点を突くのが師匠だ。狂人かな。

 ともあれ両方だとどっちも防げず死ぬしかないので、勘で左に絞る。

 狙いは胴が6、頭が2、腰から下が1、腕そのものが1ってところか。

 流石に最近は骨も頑丈になってきているので、腕そのものの破壊はあるまい。

 胴はさっき肋骨を折られたので少し確率が下がるか。

 頭。頭だな、と思い、勘任せのタイミングで、左腕で頭部をガードし、予想通りの掌打が来て、腕を浸透した衝撃で顎を打ちぬかれた。予想に意味はなかった。

 平衡感覚をすっ飛ばされて、右に倒れる。

 仙人道士と言えど基本は人体だ。生命力がいかに高くとも、脳震盪など抗えないものはある。

 くわんくわんと揺れる脳で、師匠の言葉を聞く。


「……わしの方もな、おぬしの成長を感じて年甲斐もなくはしゃいだことは認めよう。じゃがな、めんどくさいとはなんじゃ、めんどくさいとは。師匠じゃぞ」


 かちゃかちゃと音がする。

 ベルトを外す音だ。


「ちょ……師匠……」


 まだ自由に動かない身で、何とか動く。

 師匠の手が、それを抑え、そして、ベルトが引き抜かれた。


「……《浄化》」


 肌をぞわりと波が走っていく――乾きかけて張り付いていた血が消滅していく。

 ズボンが引き抜かれ、脚が外気に触れる。

 パンツまで脱がされるか、ってあたりで、師匠が離れた。


「んっ」


 ぐい、と、男らしいまでの脱ぎっぷりだ。

 カジュアルスーツじみた上着を中のシャツごと脱ぎ捨てて投げ捨て、肌着も同様に。膝を立ててスカートのホックを外して、すとんと落とし、タイツをパンツごと抜く――上は、いつも通りのノーサラシだ。

 タイツから足先を抜けば、もう師匠は全裸である。

 涙で滲む視界に、白い裸身が輝くようだった。

 尻を床に付けた師匠は、俺を布団にするように、上に乗ってくる。


「……ん」


 と、頬を舐められる。

 両方だ。

 それから、鼻の頭に唇を落とされる。


「……わしは、おぬしだけの師であるが」


 細く、しかしやわらかな身が、俺の身に絡む。

 胸元に、つん、と尖った感触があった。腿に、熱く濡れた感触があった。


「おぬしもまた……わしだけの弟子である」


 わかったか、と、言葉が続く。


「……はい、師匠」


 頷くと、師匠は薄く笑い、顔を落としてきた。

 唇が重なるだけのキスだった。


「……ん」


 と、師匠が口を離して、ぺろりと唇を舐めた。

 唇が、紅を引いたように朱くなる――あ、俺の血か。


「すみません、血が」

「いや、よい」


 普段化粧っ気のない師匠だけに、唇に紅を引かれただけで印象が変わる。

 師匠は赤い唇で笑みを作って見せる。

 怜悧な印象の美貌だが、蠱惑的、という印象が出てくる。

 見慣れたはずの顔だと言うのに、この距離だといまだにどきどきすると言うのに、いつもより余計に心臓が跳ねる。


「っ……お、起きます」


 宣言してから、ぐ、と起き上がる。

 絡んでいた師匠が落ちる前に腕で抱き留め、ひざ裏と背に手を回して抱き上げる。


「ん、……いや、よいか」


 師匠は大人しく俺の首に腕を絡めて、抱き付いてくる。

 ……気づけば、口の中がかなり鉄くさい。

 フランケンシュタイナー食らった後で、更にさっき血を追加したせいだ。

 顎にも血が落ちている気がする。一度顔でも洗った方がいいかもしれない。


「……一回口ゆすいできた方もごっ」

「《浄化》」

「モゴーっ!?」


 師匠に指を突っ込まれた瞬間、眠気覚まし100個を同時にかみ砕いたかのような感触が、口と舌と喉と食道と鼻と粘膜を蹂躙した。

 目まですーすーする。青い光が顔の穴と言う穴から噴出したような気がした。たぶん実際にした。

 思わず身を折るが、師匠はあわてず騒がず、上手い具合に足を振って身を立て直してくる。


「これ、落とすでないっ」

「アンタのせいだしギュって抱き付かれても乳の感触無くて悲しくなるわクソババァああああああああ!!!」

「なんじゃとぉっ!?」


 師匠が背筋力だけで飛びあがる。

 脚を振り上げる、逆上がりじみた動きだ。

 首には腕が回ったままで、引っこ抜かれるように俺の身も回った。


「うおっ!?」


 落着の衝撃は、予想よりも軽い。

 背にはシーツの感触がある。

 寝台がぎしりと音を立てた。


「っ、」


 そして師匠は、俺の上で馬乗りになっていた。


「まったく。……そう言えばおぬし、いつもいつも、好き勝手してくれておるのう……今日は久々に、おぬしは何もせずともよいぞ――」


 にたり、と師匠は笑う。


「――うむ。本当によく頑張ったからの。今日はわしが、おぬしに奉仕をしてやろうぞ……❤」


 あの、と思う。

 それどう見ても、奉仕するって顔じゃないですよね、と。