エロ率分析 (α)

〜分析結果サンプル〜


 Hong-Kong!!!

 飛脚よ走れ吹雪を裂け!

 乱慮思惑交差するは天空街都!

 今や十二国志の第十三国! 姫君一丁お届け物!

 Hong-Kong!!!




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 ――市街に入る。


「ふっ、ふっ、はぁっ、……っく、ふ……!」

「だいぶお疲れだねえ」

「そ、っすね……!」


 "銀杖"を横に突き刺して、肩で息をする。

 植込みの影――雪山を雑に穿ってかまくらを作った、なんて雑な隠れ場所だ。

 のぞき込まれるか、あるいは探知系魔法でも食らわない限りは隠れていられるはずだ。

 勿論、これ以上時間をかけては、集まって来たクソどもに袋にされるだろうが。


「ホンット……香港、クソすぎ、る……っ」


 帽子は途中でどこかに行った。

 手袋ははじけ飛び、ジャケットも右腕の袖がない。

 ここに来るまでの代償だ。


「アンタも、隠れて、ろ……!」

「はいはい」


 "白雪姫"は俺の横に降り立ち、雪を白い指で丸め始める。


「ふーッ……」


 自己に埋没し、気の巡りを確認する。

 表面的な損傷は回復を終えているが、調整が済んでいない。

 血管がささくれ立っているようなものだ――特に右腕がズタズタだが、肺もまずい。


「は……ぁ、あ……」

「ところで」

「なんですか……」

「銀は、師匠としてどうだい?」

「……評価、しにくいですね……」


 力を生み出すのは呼吸だ。

 右腕は動かすだけならばできるので、肺を優先する。


「暴力的?」

「……かなりこの上なく」

「女性としては?」

「性格悪いですね……」


 即答すると、"白雪姫"はけらけらと笑った。

 あんたもだいぶ性格悪いと思う。

 いきなり、女性としては、とか。次回会った時、俺に評価を語ったように、何か師匠に面白おかしく伝えるかもしれない。

 言質だけは、取られないようにしなければならないか。


「そうだね、ひねくれ者だ。昔はもう少し素直だったんだよ? 多少年を取って偏屈になっちゃってるだけだね」

「あんまり……想像、できないですね……」

「うん、彼女はエルフとしては若い方だけど、それでも知り合ってから……」


 ひーふーみー、と彼女は細く長い指を折って数え、


「ええと、800年ってところかな。それくらい経っているから。それだけあれば、エルフだって変わるさ」

「ちょっと……生命スケール違いすぎて……よくわからないですね」


 師匠が約900歳とのことだから、それこそ幼馴染とかに近い関係だろうか。


「まあ私は、過去は冬の間しか生きていなかったから、存在した年数と意識があった年数はだいぶ違うんだけど――ともかく。イングランドからやって来た女の子だった彼女は、それだけかけて、君の"師匠"になったんだね」

「……ぐーたらに成り果てた、わけですね……っと」


 立ち上がり、ぐ、と伸びをする。

 ひとまず全身、少なくとも8割の稼働率。

 足元の《不沈》が切れかけている。

 道は半ばと言った塩梅か。香港中のヤバいアホどもが集まっている気配すらある。


「昔の話とか、聞かないのかい? 今しか機会はないと思うけれど」

「今の師匠が、俺の師匠なんで。気にはなりますけどね、当人から聞くべきでしょう」

「なるほどね――じゃあ重要な秘密だけ聞かせよう」

「遠慮します」


 言って、浮くように視線で伝えるが、"白雪姫"は座ったままだ。


「本当に聞きたくないのかい?」

「話してる暇はないって言ってるんです」


 仕方ねーな、と、その腰を掴む――うわ、細いな乳のわりに――そして、"銀杖"を持って、かまくらから出立、跳びあがる。


「こら、女の子を持つ、持ち方じゃないぞぅ……!」

「急いでるのでっ」


 ここから中心地までは跳んで五分程度だ――ここにつくまでに30分ほどかかっている。

 《不沈》が持つかどうかは、やや微妙なところだ。


「仕方ないな、勝手に話すとしよう! 彼女は今で言う英国出身なんだけど、なんでこっちに来たと思うっ?」


 やや声を張って、"白雪姫"は言う。

 ……気にはなっていた部分だ。

 銀髪碧眼、肌の色――どう見ても大陸エルフではない。

 素質を見出されたとか、浚われてきたとか、あるいは放浪の旅にでも出たのか。

 止めるか迷う一瞬の間に、彼女は言葉を続ける。


「彼女はね、仙人骨を持って生まれたエルフなんだよねっ」


 その言葉で、ちょっと足元が滑った――立て直し、再度跳びあがりつつ、聞き返す。


「……はい?」

「仙人骨を持って生まれたエルフっ」

「……おかしく……ないですか?」


 ――仙人骨。

 ヒトが仙人になるためには、実質必須の身体的特徴。

 無尽蔵の生命力を生み出す部位だ。

 およそ100万人に1人の確率で生まれるとされるそれだが、通常、人間にしかそれは生まれない。

 道士が戸籍管理上人間として扱われるのはこの特徴があるためだ。

 所詮は、突然変異した人間以上のものではない。

 最も、妖物や器物が精を蓄えて人化し、仙人と成る例もあるが。

 ともあれ、エルフはエルフとして生まれた時点で、仙人と成りうる。

 人間の50倍以上の寿命。自然と親しむ能力、極めて高い性能。

 仙人骨など持って生まれるまでもない――それがエルフだ。


「エルフに、仙人骨は……」


 ――師匠は約900歳。

 英国出身。


「閃いた?」

「……ノルマン、コンクエスト!」


 11世紀、イングランドの戦火、ブリテンエルフが世界の裏にこもり鎖国した直接の原因――!


「うん、当たり。彼女は、人間の血がちょっと混じってる。オークもだけどっ」


 オークの血はやっぱり混じってたか、と納得する。

 あの尻はやっぱり純血エルフではありえまい。

 とは言え、100万人に1人って確率の仙人骨を持って生まれたエルフ、というのは、おそらく史上でも師匠ただ一人だろう。


「だから、大陸に連れてこられたって――」


 剣が飛んできたので撃ち落とす。

 今度から投擲武器でも持ち歩くべきだろうか。


「――ことですかっ?」


 わらわらと人影が群がってくる――屋根を飛び、影を這い、転移し、追いすがってくる。


「そうそう、そういうこと! 私と会ったのは、その修行の最中さっ!」

「とりあえずそろそろ浮いてくれませんかねぇ!」

「舞うと言ってほしいなぁっ」


 ふわり、と彼女の体重が無くなる。

 腰を持つ手を離せば、首輪と繋がった鎖の先で浮き始める。


「数が多いねえ?」

「急ぐんで、舌噛まないでくださいよっ!」


 単純な身体能力で言えば、俺は香港でも上位に来ている。

 それでもこうして速度負けするのは、俺が未熟だからだ。

 まだまだ俺の身体強化術は未熟であり、走法も未熟である。


「ふッ!」


 空中で身を回して、襲い来る剣を弾く。

 4本の剣、4本の腕――阿修羅系か。


「邪魔だクソがッ!」


 "銀杖"に気合を込めて、真正面から4本の剣をバキ折り、その身を蹴って軌道を変える。

 次の瞬間には、氷塊が8つ、俺がいた場所で衝突で砕けている。

 阿修羅野郎を蹴って移動していなければ、如何な仙人道士の肉体と言えど破断していただろう。

 チ、と舌打ちを一発。

 砕けた氷塊を指の間で挟んで止めて、身をよじりつつ投擲。

 続けての魔法を行使しようとしていた魔術士を牽制し、――天が光ったのを確認し、"銀杖"を最大速度で伸ばす。

 少し先に"銀杖"を投げつけ、その下を落ちていく。

 "銀杖"を笠にするようなかたちだ。


「天候系はまずいっつの……!」


 香港だと特にまずい。

 雲からの距離が近すぎる――だからこそ、この猛吹雪の中でも天を視認できたわけだが。良し悪しだ。

 ――雷撃が天より降る。

 "銀杖"にヒットし、アスファルトに稲妻が流れていく。

 突き立った個所が一瞬で沸騰し、アスファルトが溶けた。

 着地と同時に"銀杖"を手に取り、再度跳躍。

 電熱のためか"銀杖"が熱い。クソが。

 再度天が光る。

 もう一回は勘弁しろ、と思っていると、前方に壁が――否、巨大な氷が生えた。

 一瞬で100メートル近くまで伸びたそれは、道路を――ビルの間を完全に埋めている。

 その根元に、小さな人影があった。


「早く来い!」


 張さんだった。

 妖精のような羽を震わせ、青い光を発している。


「……ありがたく!」


 氷の壁の根元には、直径3メートルほどの穴が開いている。

 滑り込んだ瞬間、氷の壁に稲妻がヒット――魔力が乱反射を繰り返し、逆回しをするように、稲妻が天へと帰っていくのを確認した。

 張さんが、羽を震わせて俺を追ってくる。


「政庁周辺は転移防護陣が組まれている! 走れ! 後ろはオレが止める! 行けッ!」


 端的な言葉を述べて、張さんが魔法を俺に投射してくる。

 無詠唱、無命名の完全無音発動――足裏に来る感触からして、《不沈》のかけ直しだろうか。

 うおおお、と、氷の通路を、クソどもが追って来る――


「ってやべぇぞおい張だ戻れ戻れ間に合わねえガード!」

「げェ――ッ!? 誰だよ迂回しなかった馬鹿!」

「うっうをあああああああああ!?」

「遅い! 失せろ! 《四象天乱光》――!」


 ――炎氷風土の4色の魔力の奔流が、氷塊を内側から砕きながら突っ走る。

 その途中にいたクソどもがどうなったかはもはや語るまでもない。

 悲鳴すら呑みこまれ、吹っ飛ばされていく。


「ひゅー! やるものだね!」


 と、肩口あたりで"白雪姫"が言った。

 ……通常、属性というものは、一人一つが原則であるが。

 稀に、複数の属性を身に宿す者もいる。

 炎熱系"炎"。氷水系"氷"、風雷系"風"、大地系"土"――レイモンド・張という妖精ハーフの人間は、その身に炎氷風土の属性を宿した、香港最強の魔術士の一角である。


「行けっ!」

「はいっ!」


 跳んだ後ろに、再度氷壁が展開される。

 残り3分ほどで政庁に到達する場所だ。

 強く踏み込み駆け跳ね飛びながら、クソを迎撃し、あるいは無視して飛び越える。


「ちなみにだけどっ」

「なんですか今忙しいんですがッ!」

「銀はねっ、人間の血が混じってるんだけどっ」

「さっき聞いたッ!」

「だから発情バッチコイ一年中なんだっ」


 ブホッ、と噴き出し呼吸が乱れてナイフを一本迎撃し損ねてさっくり肩口に刺さった。


「ぐあ゛――! いてぇ! なに言ってんだよアンタぁああ!!!」


 ナイフを引き抜いて投げ返しながら叫ぶと、けらけらと笑う声が聞こえてくる。

 師匠とは別ベクトルで性格が悪い!


「いや、ほら、銀が君のこと気になってたみたいだからっ? ン?」

「そりゃ弟子のこと気にするのは師匠として当たり前じゃないですか、ねッ!」


 飛んできた魔法を迎撃しようとしたところ、張さんの部下だろうか、別の魔術が飛んできて迎撃してくれた。

 ありがたく援護を受けつつも走る。


「そうじゃないんだなぁ! 見たか、あのの顔!」

「見てませんねっ!」

「なに、それは残念だ! 今晩夜這いでもかけられるかもしれないよっ? 私を送ったら即帰ることをお勧めするねっ」


 かけられたことあるわ、とは言い返さない。

 余計うるさくなりそうだったからだ。


「……黙ぁーってろこの性悪!」

「おや酷い酷い!」


 空を駆ける騎馬が俺に追いついてきた。

 身をよじってランスの一撃を弾き、続く連続の刺突を防御する。


「そのご婦人は! 我ら"香港憂慮騎士団"が譲り受ける! 共栄主義のため譲れッ!」

「勝手言ってんじゃねぇやクソが――ッ!」


 "銀杖"でランスをバキ折れば、騎士は剣を引き抜いて更に追いすがってくる。

 馬上からの乱撃だ。


「ぬ、ううううう!! 流石は音に聞こえた"銀杖"! やるではないか! だがッ!」


 剣の振り下ろしで、道路に落とされる。

 普段ならば転がるところだが、今は護衛中だ。

 舌打ちしつつ根性で着地し、勢いのまま道路を滑る。

 蹄の音を立てて、鎧だけの馬と、騎士が迫ってくる。

 足を止めて構え、両手で強く"銀杖"を握る。


「往くぞッ! 受けよ我が栄光の絶技! "鎧闘――」


 剣を振り上げた騎士の頭が跳ねた。

 面頬が歪んで跳び、鎧馬が分解する。

 騎士が背中から道路に着弾し、同時、天に高く、何か白いものが――ボールが飛んでいく。

 フン、と、背後から声が聞こえた。


「よく来れたものだな、"銀杖"」


 振り返れば、そこには青年がいた。

 黒髪に一筋の金髪メッシュ。

 目立たない顔立ちをしているが、目つきだけは異様に鋭い。

 そのシルエットは人体を模してはいるが、もふり、と全身に毛を生やした状態であり、その脚は鹿のそれに近い。

 腕には羽毛が生えており、露出した手には鱗が生えている。

 瞳孔は縦に割れたそれで、色も金に近い。


「お前は――」

「政庁、八卦衆が一。人呼んで、"嵌合体"――アラン・モングレル」


 言って、青年――アランは、左手にボールを構えた。

 政庁八卦衆。

 政庁唯一の実働戦力である八人、現総督直属の私設部隊だ。


「"白雪姫"は俺が預かろう。貴様はお役御免だ」

「あ?」


 羽ばたくようなフォームのアンダースロー――放たれたボールは、俺の頬をカスり、奇妙な変化を伴い、追いすがって来ていたやつらを撃ち落とす。

 以前、ジェームズさんの依頼で草野球に参加した時の、対戦相手たるピッチャー、だった。

 ただの人間ではなく、獣人だったか――鳥系のようだが、足を見るに、あるいはグリフォンなどの高位獣人か。


「……油断が過ぎるな」

「気付いてたわクソが」


 と、ずずず、と地響き。

 ン、と見上げてみれば、ビルの向こうから、巨大な雪だるまがこちらを覗き込んでいた。


『み、みみ……見つけた、"白雪姫"様……』

「…………付いて来い!」

「あっテメェ待てよ先に逃げんなぁ――!!!」


 全力ダッシュだ。

 アランはダチョウじみて走っている――滑らないようにか、爪を突き立てるように、だ。

 もはや政庁の勢力圏だ。

 前方から来る敵はなく、背後から迫るのももはや巨大雪だるまくらいであるが、


『お慕い申し上げておりました"白雪姫"ェエエエエエ好きですぅウウウエエエエエエエエエエエエイ!!!』

「言われてますよ!?」

「ごめん趣味じゃない!」

『アバ――ッ!? アババババッ、アバぁアアアアア!!!!!』


 言葉のナイフで雪だるまが苦しみ、そしてつんのめって宙を飛び、頭と胴が分離した。


「「「あっ」」」


 胴が転がって来て、そして頭が降ってくる。

 既に政庁が見えている。

 そうとなれば、もはや最後の全力を振り絞ることに否やはなし。


「上をやる!」


 アランが叫ぶ。

 俺も上の方が楽だったが、是非もなし。

 気合と殺意と苛立ちを込めて、踏み込み、


「ブチ砕け、"銀杖"ッ!」


 突くと同時に、"銀杖"を、伸ばし、そして太くする。

 巨大な雪玉に突き立ち、そして貫通し、しかし回転の勢いを受け止めきれず、"銀杖"がわずかに撓む。


「おッ、おおおおおおおおッ!」


 それを押しとどめる。

 手の内で"銀杖"が暴れる。

 回転は止まるも、速度そのものはまだ殺しきれていない。雪玉を、砕けていない。

 気合が、あとすこし、気合が足りない――


「ほら、がんばれっ❤」


 ――そんなところに背後から声。

 面白がるような、楽し気な、美しい声。


「だい! たい! アァンタのせいだろクソがぁあ――!!!」


 "銀杖"が膨張する。

 瞬時に起きたそれは、雪玉を内側から砕いて余りある。

 莫大量の雪が、俺たちの周囲に降り注ぐ。

 ――"銀杖"から気合が抜ける。

 思わず膝をつく。

 荒く息を吐き、全身が熱を持ってしまっていることを認識する。障害物競走にもほどがあった。

 上を見上げれば、アランが雪玉を蹴り砕いているところだった。

 しゅたり、とアランは地に降り立ち、フン、と笑った。


「……今からぶち殺されたいかテメェ」

「その疲労しきった身でか? ――迎えが来ているぞ」


 アランが顎をしゃくる。言葉通り、政庁側から数名が走ってきている。

 白い――雪の精霊と見える女性や、真っ白ななにかの獣人など、だ。

 "白雪姫"が地面に降り立ち、鎖を手繰った。

 首輪が砕け、しゃらしゃらと音を立てて落ちていく。


「お疲れさま、弟子君」

「……ホントそうですよホント」


 んふ、と、彼女は空を見上げ、首を傾げ、口をぱくぱくとさせた。

 何をやってるんだろうか。

 "銀杖"を文字通り杖にして立ち上がる。


「ともあれ、確かに……お送りしましたよ、"白雪姫"様」

「うん、ありがとう――実に楽しかった」


 ……"白雪姫"は、色素の薄い目で笑う。

 その全身には、傷一つない。

 俺の流した血も汗も付けていない。

 そのように戦った。


「100点満点だ。銀も、本当にいいお弟子さんを持った」

「師匠のご指導の、賜物ですんで……」


 "白雪姫"が、一歩近づいてくる。

 顔が近い――師匠とはまた別の、とんでもない美人だ。

 悪戯っぽい笑みを浮かべた彼女は、俺の肩に手をかけて、背伸びして、


「んっ❤」


 ……と、頬にキスをしてきた。

 は? と、思考に一瞬の空隙が生まれた。

 既に疲労しきっていたはずの身が、驚くほど速く後ずさった。


「ちょっ、何をっ!?」

「守ってくれたナイト君に、ご褒美を上げるのは姫の役目ってものだろう?」

「だからってなぁ、あんたはっ」


 くつくつと"白雪姫"は笑い、道を滑るように移動した。

 手を振りながら――踊るように滑りながら、笑う。


「修行がひと段落したら、私の公国にも来ておくれよ! その時は歓迎しよう、ナイト君!」


 お付きなのであろう人たちをするりと抜けて、彼女は政庁の方へ向かっていく。

 キスされた頬を抑えつつ、あ゛ー、と、しゃがみ込む。

 ともあれ無事に送れたのだ。

 任務は成功。お姫様の口づけなんて報酬もいただいてしまった。


「ご苦労。報酬は追って支払われるだろう」

「なんだテメェその上から目線は」

「立場を考えろ」


 アランは、フン、と腕を組み、その身を人体に近づけていくところだった。


「……次は球場で会おう。"銀杖"」


 言って、上半身裸の青年は、政庁の方へと去っていく。


「……いやあ、俺、そんな野球するわけじゃねえんだけどなぁ……」


 頭をかきつつ、"銀杖"をホルスターに納める。

 だが、まあ――あんな風に誘われちゃあ、出ざるを得ない。

 結局前回の試合は引き分けだったし、ホームラン一本、盗塁で一点を頂いてはいるが、全5打席の内3打席は負けている。盗塁の時も四球の、俺の粘り勝ちと言える形で、あまり勝ったと言える内容でもない。

 しかもあの獣人姿を見るに、前回の試合、アイツは本気を出していなかったと見える。


「……ジェームズさんに伝えるかね」


 ふ、と息を吐いたあたりで、汗が冷えてきているのを自覚する。

 ジャケットはビリビリだし、血が染み込んでもいる。

 島を出てから二時間も経っていないと言うのに――えらく濃い二時間だった。

 ケータイを取り出し、張さんに電話する。

 ワンコールで、彼は出た。


「あ、もしもし。お届け物完了しました」

『ああ、こちらでも確認した。急いで撤収しろ。いいか、可及的速やかに、だ』

「…………? 何かありました?」

『ああ。何が起きたか分からんが――寒波が強度を増している。端的に言おう。"冬将軍"が怒り狂っている!』

「……はい?」

『寒波に"冬将軍"が乗り移ったのを確認した! 今すぐ逃げろ、"シルバーロッド"!』


 マジでか。と思った瞬間、背後に、なにか、非常に、強い、何かが。

 寒気がする。

 物理的な寒気もそうだが――そう、これは、殺気による、命の危機と言うか――


『 ワ ガ マ ゴ ノ ク チ ビ ル ヲ キ サ マ 』

「――冤罪です」


 それだけを言って、走る。


『 ユ ル サ ヌ ゾ ォ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ 』

「あっぁああああああああああああ!!! クソがぁあ――!!!」


 そこから5時間ほど逃げ回ったが――性悪の白いのが、ずっと笑っているような気がした。

 死ななかったのは、多分奇跡だったと思う。