エロ率分析 (α)

〜分析結果サンプル〜


 Hong-Kong!!!

 亡者蠢き取引は裏にてかかる!

 地金たる渾沌暴露す天空街都!

 今や十二国志の第十三国! 信用信頼命取り!

 Hong-Kong!!!




/




 張さん部下の転移術士さんに《防寒》《不沈》と魔術をかけていただき、屋根上を走っていく。

 今日ばっかりは、屋根上を飛び回るヒキャクもいない。

 ごうごうと吹雪く空。

 街は機能を停止したようで、その実動いている。

 映画館はやっているし、地下闘技場に繋がる道路は除雪がなされていて、救急車が走っている。

 たまに眼下に事故った車が見えるのはご愛敬――歪んだドアをもいで人を引っ張り出して(幸い軽傷っぽい)、ケータイ(クソピエロ逮捕報酬で買った)から警察と救急に連絡して、先を急ぐ。

 まあ凍死はせんだろうとか、素人が気の巡りを軽く読んだだけで診断するなど――と、自分にツッコミを入れていく。張さんからの報酬がそんなに欲しいか、と。


「ま、欲しいんだよな……!」


 自分優先だ。

 ディスティニーランドチケットは貰ったし、次はなんだ、何がいいかな、っつーところ。

 悩みつつも、飛び跳ねていく。

 雪に足は沈まなくなったが、180センチほどの男が着地するわけだ――場所によっては足場である雪ごと滑るし、雪庇を踏めば砕けて落ちる。

 転移術士さんからは、『防寒はしばらく持ちますけど、不沈の方はあなたみたいな人にかけると効果が急速に死んでいくので、早めにケリを付けてくださいね。十全に動くと一時間くらいで切れると思います』とも言われている。

 急ぎつつも注意して、だ。

 街外れにかかると、周辺にも人が跳んでいた――張さんの部下だろうか。あるいはまた別口か。

 数が多いので、俺の情報を、張さんの部下か誰かが横流ししたらしい、と言うことは分かる。

 政庁にお届けすれば金一封でも貰えるだろうし、人質にできれば(可能ならば、だが)身代金もとれる、殺害などしてしまえば香港とロシアの間に致命的な溝が生まれるだろう。

 ……腕時計を見れば、映画館を出てから10分程度、話をしてから15分強か。

 その間で行動を起こせるとは、なんとも行動の速いクソどもだ。

 政庁まではそれなりに遠いんで20分程度。予備時間に10分を見るとして、活動可能時間は残り20分ほどの計算になる。

 数名に追いつき、追い抜き、あるいは並走する。

 まるでビーチフラッグだ。それも、行った先にフラッグがあるかも分からない、クソのような。


「…………!」


 最後の直線と言うべきか――そこに入ったあたりで、わざと着地に失敗する。

 《不沈》がかかったこともあり、水切りのように背と尻で跳ねる――上から嘲笑の気配がするが、まあ構うものか。

 口の中に入った雪を吐き出し、並走者達が吹雪で見えなくなったあたりで90度左にダッシュを開始。

 さて、並走者達がどこを目指しているのか俺にもよくわからんなあ。


「俺と会った場所から離れてるはずなんだよな、と――」


 森に入り、枝に手をかけくるりと回って飛び上がり、幹を蹴って大きく跳躍する。

 そのようにして高速で森を突破すれば、吹雪に霞みつつも、"白雪姫"に伝えた道が見えてくる。

 時間にして30分と少し前か。

 とんぼ返りだな、と思いつつ、道路に着地。

 足跡は――やはりない。スケートのように雪の表面を滑っていたからだ。


「……と、なりゃあ、だ……」


 "銀杖"を取り出し、雪に突き立てる。

 手袋を外して素手で"銀杖"を握る。

 雪がびしばしと頬に当たる中、目を閉じて、深く、深く、呼吸を繰り返す。

 この"銀杖"は、三つの金属から作られている。

 メインは神珍鉄。俺の思念を吸い、肥大化し、あるいは重量を増す。

 次に多いのが真銀――ミスリル。これは表面素材であり、神珍鉄の膨張にすら耐え、魔なるものを打ち砕く効果や、魔法を弾く効果がある。

 そして、緋色金。これは心材であり、宝貝としての"銀杖"の機能を制御する中核でもあるが、同時に、様々な魔法的特性を与えている。

 緋色金は、魔力伝導率が極めて良い材質だ。俺が未熟で活かせていないだけで、"銀杖"は、魔法の杖としても極めて優秀である。重いが。

 苦手ながらも、必死で手に魔力を集中する。

 肉体に重なる魂の気脈を、ともすれば見失ってしまいそうなそれを必死で掴む。

 流し込むたび、"銀杖"が光り輝く。

 瞼を閉じながら、足裏に集中する。ブーツに鎧われ、雪に埋もれた足裏に。

 こちらは慣れたものだ――いまだ未熟ながら、気を捉えることは、日常とも言える。


「……フッ……」


 コン、と、"銀杖"で地面を突いて、蓄積した魔力を地面に流す。

 道とは国の血管だ。

 街の方では政治上の都合でそうでないことも多いが、ここのような郊外であれば、道路の真下には、地脈が――風水的に言えば龍脈が――走っている。

 そこに打ち込んだ魔力は、龍脈によって弾かれ、帰ってくる。

 風水系の術師であればここで接続など行うが、俺にはまだまだ難しい――次の瞬間、足裏から強い寒気が来た。

 龍脈に弾かれたと言えど、その影響は甚大だ。

 俺の魔力は、冬の気配に染まっていた。

 身を通る寒さに震えながらも、その波長を感じ、そして――先ほど感じた、あの異様に強く鋭い冬の気配を、感知できなかった。


「……ふむ」


 ちょっと考え込む。

 さっきスケートしていった。

 だからあの場からはおそらく移動している。

 だがこちらの道には来ていない。

 ……こちらに曲がらなかった。

 曲がらなかった先にあるものはなんだ。

 曲がり角にはたしか標識と言うか、行き先看板がある。

 その内容を思い出す。

 結論、


「……あの女、面白そうだからって街に来なかったんだな!?」


 目を開き、"銀杖"を短く格納して、叫ぶ。

 道の先には、それなりに遠くも、"九龍背城"がある。

 英国借款時代には政治的に宙に浮いていたらしい地だが、今は香港総督府管轄だ。

 当然香港の領土であり、看板にも"このさき九龍背城"などと言う看板も出ている。

 クソが、と一発毒づいてダッシュ。

 幸いと言うか、"九龍背城"から政庁はもう少し近い位置に来る。

 ここまで来たのもそう遠回りでもない。

 今すぐダッシュで追いつかねばなるまい。俺のために。

 いちに、さんしと屈伸し、手袋をつけ直し、"銀杖"をホルスターに収め、クラウチングスタート。


「ク・ソ・が――ッ!!」


 一歩ごとに背後で雪が爆発する。

 掛け値なしの全力ダッシュだ。

 速度に乗ったまま跳躍して、山をサルのように昇り、この吹雪でもシルエットが見える大ハイドラを――"九龍背城"を視界に捉える。

 ここからだと、腕の方から登った方がいいか。

 少なくとも近いのはそこだ――道なりなのはそこだ。

 思いつつ、高速で疾駆する。

 一枚岩と化した爪の上を通る橋を渡り、長い上り坂になっている前腕を疾走、"銀杖"を伸ばして、除雪されている門前、サーチライトが照らす直前に突き立てる。

 棒高跳びの要領だ。やったことないが。


「――フッ!」


 全身で伸びあがり、更に"銀杖"を伸ばしてさらなる高度に到達――ライトの圏内に入る前に、"銀杖"を縮めて、高空を飛び越える。

 こんな日だと言うのに真面目に仕事する人もいるもんだ、と、眼下、検問前を除雪する人を眺めつつ、大ハイドラの肘あたりに着地。

 曲がりくねり登っていく道――急勾配であるため、それを和らげるよう鱗を削って蛇行するよう作られた――を大胆にショートカット。

 肩口あたりにも検問があるので、同じく突破――しようとして、違和感があった。

 門前を除雪する人が見えているが、雪が積もっている。


「…………!」


 吹雪いている。

 肩口あたりは高所で遮蔽物もなく、特に強風が吹いている。

 雪を削りながら止まり、そしてじっと目を凝らし、――検問付近に、誰も動いていないことを確認した。


「……来てやがるか!」


 瞬発。サーチライトの中を突っ切り、スコップを持ったまま停止する人の前に停止する。

 検問の男――防寒具を着た雪男系らしき毛むくじゃらの男は、目を閉じていた。生きている、というか、眠っているだけのようだ。

 芸が細かい。関節が凍らされ、姿勢を固定されている。そしてスコップは、身の支えとなるように巧妙に配置されている。

 恐らく彼はごくまじめに仕事をしていて、そしてあの雪女に襲われ、こうして偽装に使われたのだろう。南無。

 おそらく、表に出ていない――詰所の方にも寝かしつけられた人がいるはずだ。

 検問のゲートを蹴り開き、即座に再度の棒高跳び。

 吹雪の中、予備人員だろうか、"九龍背城"自警団が飛び出し、検問に向かっていくのが見えた。

 これで、検問の人員は目覚めるだろう。

 大ハイドラのわきの上空を飛びながら確認し、さて、と周囲を見回した。

 あの白さは、"九龍背城"の中ではさぞや目立つことだろう。

 問題は見通しが悪すぎるってことだが。

 大ハイドラは半ば化石化しているが生きているので、さっきの手法は使えない。

 この規模の竜ならば、その身の気脈はほとんど地脈と言っていいものだが、雑味も強いし、竜の気を受けて俺の身が爆裂しない保証もない。


「――と」


 人間で言う脇腹あたりに着地し、路地に入っていく。

 以前、ジェスター・クラウンの事件で爆発した範囲からは少し外れている。

 幸いと言うか、あの後なんか変な請求とかは来ていないが、黄さんにはあまり会いたくない。いつの間にか金を払うことになっていそうだし。


「つっても、一番顔が広いのも黄さんなんだよなぁ……」


 俺もこっちに知り合いがいないわけではないが、なんせ黄さんは顔役の一人だ。

 人脈の広さも深さも比べ物にならない。

 ……路地の入口はともかく、少し入ってしまえばほとんど雪がない。

 除雪して雪を捨てる場所もないが、そもそも雪が吹き込んでくる隙間がない。

 あるのは、底冷えするような寒さだけだ。

 凍死者が多数出ていても全くおかしくない。


「…………」


 多少雪が積もっている場所が、ヒト型に膨らんでいるような気がしてならない。

 ……ざくざく掘り出してみると、なにかのマネキンだった。なぜこんなところにこんなものが。


「人騒がせな……」


 ため息を吐きつつマネキンを立たせて、よし、と一息――した瞬間、轟音が路地に響いた。

 反響し残響し、文字として起こしがたいような音だ。

 反射的にそちらを見ると、そこには壁があった。

 マネキンを立たせていなければ挟まれていたあたりの位置だった。


「は?」


 そこには道があるはずだった――今から向かおうとしていた先だ。

 壁が唐突に出現している。

 その壁の上下を見て、さらに壁のように密集し突き立つビルを見て、納得した。

 ビルを一段ぶち抜いたらしい――ダルマ落としのようなものだ。

 路地が狭いので完全に抜けきってはいない。隣のビルを揺らして、壁を砕いて、そこで止まっている。

 どうやら2階以降が左右のビルに挟まれているらしく、落ちてこない――次の瞬間には、2階が打ち抜かれ、同時、ぎゃああああ、という声も聞こえた。

 1階の上に瓦礫をまき散らしながら滑り乗り、次の瞬間には3階、4階が乗って、5、6階。勿論のこと悲鳴もセットだ。

 最後の7階が抜かれ、寄りかかっていたらしい左右のビルが歪んでいく。

 やべえんじゃねえの、と思った瞬間、その表面に白色が走った。

 キシ、と空間が凍って音を立てたようだ。


「なんだ、こりゃあ……」


 倒れかけていたはずのビルは氷結し、歪んだままではあれど、その姿を保っている。

 こんなことができる心当たりは少ない。

 跳び上がり、路地を三角飛びしてダルマ落としされたビルの上空を越え、そして眼下、白い女を含む三人組を発見する。


「およ?」

「んん?」

「あっ……」


 ――師匠がいた。

 それに、マウスもだ。

 師匠はファー付きのコートからタイツの足を構えた姿勢であり――つまり、拳銃で言えば撃鉄を起こした状態であり――ビルを凍結させた白は"白雪姫"の足元から伸びている。

 なんやかんやあって師匠がビルでダルマ落としをしたのだろう――なぜ一緒にいるのかは分からんが。

 着地――うっかり滑ったので"銀杖"を地面に突き刺して停止し、……落ち着いたところで直立する。


「師匠、どうしたんですこんなところで」

「ン、まあ、ちょっと黄のやつに用があっての……」


 師匠が、ス、と足を降ろす。

 コートの下はスカートだ。コートを合わせなおし、師匠は俺を軽く見上げてくる。


「まあその途中でこやつをさらおうとか言うナメた連中がおったのでシメておったのじゃが」


 こやつ、と指さされるのは、"白雪姫"である。

 知り合いだったのか、と思いつつも、一礼する。

 彼女は、にこっ、と笑い、両手を広げて言った。


「また会ったね? 君が、銀の弟子か」

「ええ……はい。弟子をやらさせてもらってます」

「さっきみたいに毒づいてもらっていいんだよ?」

「……先ほどは失礼しました、"白雪姫"様」

「なんだ、知ってしまったのか、つまらない」


 やれやれ、と彼女は肩をすくめる。

 俺は無位無官の若輩者であり、相手はロシア内に公国を持つ強大な精霊の一族だ。

 権威に阿るつもりはないが、それはそれとして彼女は敬意を払われるべき立場の者だろう。

 ……と言うか、"あの"ナポレオン軍の99%を撃滅した人物の孫娘だし、正直なところ、師匠のお友達らしいってだけでも恐ろしい。

 こうして相対するだけでも、凍気が漂ってくるかのようだ。

 となりにいるマウスがすげぇ寒そう。脂肪少なそうだもんな。


「と言うことは、ふぅん、君、私を連れ戻しに来たとかかな?」

「そうなります」

「そうか、そうか」


 んー、と彼女は鼻先に人差し指を当てた。


「……まあ、仕方がないか。見つかってしまったものな」


 うん、と彼女は師匠に向き直り、ひらり、と手を振る。


「私は彼に送ってもらうとしよう。銀、いい加減、君もケータイくらい持ちなよ。現代社会じゃ必需品だよ」

「弟子が持っとるから要らんのではなかろうか」

「俺師匠専用の子機じゃないんですよババァ?」


 脛に関節が増えたぜ。


「……うわー。ひどいことするね。イチから育てるのは初めてなんだろ? あんまりひどいことすると、愛想尽かされちゃうよ」

「知らんわ。まったく……」

「まあ、次は純粋に観光しにくるよ。その時は事前に手紙を出すから、案内してもらえると嬉しいかな」

「承った――が、今回最後のひと働きと行こうかの。全く、余分なものを連れて来おって」


 と、師匠がコートの中から剣を引き抜く。

 師匠の視線の先――俺の背後に、数人の男が立っていた。

 ……気配を感じなかった。

 否、今だって、映像として目には映っているが、意識して感じなければ、風景の一部として処理してしまいそうなほどの影の薄さだ。

 明らかに手練れである。

 師匠が徒手空拳で戦わない――最も得意とするらしい剣術で相手をするあたり、高位の実力者であることは、間違いない。


「……人呼んで、"剣星集候"、ブラウン・風」

「"金剛腕"、"麗しき鋒山の長子、鋼打つ鎚"」

「"堕神の焔"、焔ヶ原・暁」

「…………名はない」


 十八本の剣を背負った男、

 巨大な金属塊を腕とした男、

 燃える瞳を持つ男、

 ぼろ布で全身を纏った男、

 計四人が、こちらに向けて歩いてきている。


「そこを退け。女を渡せ。さもなくば、切り刻み殺す」


 先頭を歩む"剣星集候"が言う。

 いずれも音に聞こえた強者――最後の一人はおそらく"黒身病魔"と呼ばれる魔術師だ。

 地下闘技場で戦っているのを見たことがある(俺? 出場する側だった。もちろん)。

 対する師匠は、ぶらり、と剣を、右手一本でぶら下げたままだ。

 師匠は無造作に彼らに近寄っていく。


「人呼んで"銀精娘々"――ねずみよ。わしの後をついてくるがよい。達者での、"白雪公主"」

「ああ、君もね。……行こうか?」

「と、……はい」


 増えた関節を治癒して、ちょっと出た涙をぬぐい、立ち上がる。


「いざ受けよ我が絶技――"斬壊滅多"!」


 師匠の方はと言えば、全く同時に襲い来る18本の剣を正確に2枚に切り分け36本とし、ついでに"剣星集候"も縦に裂けていくところだった。

 続いて飛んできた魔法――重力すら歪める濃度の瘴気を放つそれを殴って撃ち返し、

 ほぼ同時に降って来た"金剛腕"の巨大化し変形した鋼腕を本体ごとみじん切りにして、

 路地ごと焼き尽くさんと迫って来た炎を吐いた本人ごと真っ二つにして霧散させた。

 自分の放った魔法を打ち返されて苦しむ魔術師の首にさっくりと剣を突き刺して首を掻いて、

 ひゅん、と血を払って、剣をコートの内に収めた。

 ……高位の実力者だと思ったのだが。あれぇ。


「馬鹿弟子よ。そやつの身柄を狙い、馬鹿が、まあ色々このように襲ってくるとは思うが、これも修行のひとつじゃ。我が友をしっかり守ってみせよ」


 ええー。としか言えない。

 一人一人が、少なくとも俺と同等かそれ以上だったと思うのだが。絶技とやらを放ってから5秒くらいで全員死んだぞ。やっぱ頭おかしいんじゃねえのババァ。

 別に今更殺人どうこうを言うつもりはないが、それにしたって雑に可哀想すぎる。

 南無、と4人分の死体に合掌していると、師匠から声がかかった。


「――ああ、それとじゃが、送ったら帰ってきてもよいぞ。ひとまずの目途は立ったのでな」


 マウスの、ナンダカの約束? の、件のことだろうか。

 マウスの方をちらりと見るが、帽子に隠れて目が見えない。俯いている。


「……分かりました。師匠も、まあ絶対心配するまでもないですが、一応お気をつけて」

「うむ。死ぬときはきちんと死体が残る死に方をするのじゃぞ。特に首から下。キョンシーにする故な」

「ぜってぇ死なねぇ」


 その意気じゃ、とからから笑って、師匠が歩いていき、マウスがそれにくっついていく。

 黄さんのアジトの方に向かう路地に消えるまで見送り、改めて"白雪姫"に向き直る。


「ええと、では、お送りします」

「よろしくお願いするよ、弟子君――」


 彼女は俺の足元に目を向け、む、と、ちょっと気分を害したような顔をした。


「――私の加護が消えているね。大事に使えば一生ものの加護だったんだけど」

「いや、凍傷になりそうだったんで。……すみません?」

「……そっかぁ……」


 ふう、と彼女はため息を吐く。

 軟弱だなあ、とでも言いたげな表情である。


「まあ、次の機会があったら二度と解けない加護を与えよう」

「止めてくださいよアンタ鬼か」


 なるほど師匠のご友人なんだなぁ、と深く納得しつつ、歩き出す。


「とりあえず、政庁の方までお連れします」


 ……どごーん、と別の路地から爆音が聞こえてきた。師匠の笑い声も。

 無視して言葉を続ける。


「交通手段はないので、申し訳ないんですが、俺がおぶっていくか、抱えていくかになるんですが」

「ああ、そうだな……では、こうしようか」


 と、彼女のひやりとした手が、首元を覆う。

 ぞわり、と震えた瞬間、俺の首に巻きつくように冷気が来る。

 反射的に離れて首に触れれば、氷の首輪がついていた。

 冷たくない氷、という矛盾した物質が、そこにあった。


「よし」

「よしじゃないですよなんですかコレぁ!」

「こうするのさ」


 と、首輪からきらめく鎖が伸び、"白雪姫"の手まで到達する。

 彼女が軽く鎖を引っ張ると、ごくごく軽い反動が俺の首にかかり、そして"白雪姫"の方が寄ってくる。


「雪は漂うものだからね。君のペースで、政庁まで引っ張っていってもらえればいいよ」


 ふわり、ふわりと風船が浮かぶように、彼女が漂っている。

 緩やかに落ちてはいるが、ほとんど浮いている。

 目線の高さに乳があった。明らかにでけぇ。

 ともあれ、走ればおそらく後ろをふよふよ浮いて着いてくるだろう。

 しかし、


「……首輪にする意味は?」

「え、目隠しとかの方がよかった?」

「鬼か、そうか」


 師匠の友達碌な人いねえな。竜双子様とか。

 ため息を吐きつつ、路地を歩く。


「やあ、楽ちん、楽ちん。銀の字もいいお弟子さんを持った」

「へぇへ……」


 首にわずかに抵抗がかかるが、ほとんど気にならないレベルだ。

 高速になっても首が締まったりはしないだろう。

 挙動を観察するに、風に流されたり程度はするようなので、あまり街中で速度を出すとどこかに引っかかるかもしれない。そこだけは注意、か。


「君のこと、銀が褒めていたよ」

「そうですか」

「うん、いじめるのがすごく楽しいって」

「やっぱりそっちかよあのババァ」

「いくらブチのめしても立ち上がってくる根性とかもね」

「もう少し素直に褒めてほしいもんですがねホント」


 路地を抜けて、脇腹あたりに出る。

 検問側――腕側ではなく、尻尾側に向かう。

 そちらの方が政庁に近いからだ。


「じゃ、そろそろ走ります」

「分かったよ」


 ビルが三つ四つ沈んでいくがまあ見ないことにして、屈伸運動。

 軽く走りだし、わずかに前傾姿勢になって速度を上げ、《不沈》の効果を確かめつつ、尻尾側に向かう。

 流石に尾行はさっきの4名で打ち止めだと思いたいが、ああして現れた以上――そして一度襲われた以上、"白雪姫"が"九龍背城"にいることは香港中に知れ渡ったと思ってよいだろう――


「っと!」


 前方に壁が現れたので跳んで回避。


「賞金よこせやァアアア!!!」

「女置いてけえェエエエ!!!」


 跳び上がって来た男どもを打ち落として、さらに駆ける。

 さっきの4名ほどの強者が出てきたら死を覚悟するほかないが、あれだけの手練れを用意するのは難しかろう。


「おお、早い早い! 氷竜よりずっと早いなぁ!」


 バリケードを蹴り抜いて有刺鉄線を飛び越えて空間の穴を"銀杖"でぶち抜いて、なお走る、走る。

 今日が吹雪で幸いした。

 流石に飛行できる天候ではない。鳥人などに襲われては守り切るのは難しかっただろう。


「俺を何かのアトラクションと思ってないですかね!?」

「ジェットコースターって初めて乗るなぁ!」

「ちっげぇよクソがテンション上げてんじゃねえよぉ!」


 文句を言いつつ、男をラリアットして女を回避して罠を踏み砕きご老人は殺されそうなので避けて狙撃を撃ち返し、なお駆ける、駆ける。

 政庁までこのペースならば20分弱。

 結局のところ、政庁まで戻ることになるのだ。

 次に手練れがいるとするならば、そこだ。

 俺ならば、お届けする直前に掻っ攫う。

 無論、政庁近くまで行けば、政庁側人員の援護も受けられるだろう、が。


「配置は、読みあいかね……!」


 張さんに、確保した、とメールを打ちつつ、尻尾坂を駆け下っていく。