エロ率分析 (α)

〜分析結果サンプル〜


 Hong-Kong!!!

 深海より来たる白!

 打って砕く者たち住まう天空街都!

 今や十二国志の第十三国! やきうしようぜ!

 Hong-Kong!!!



/




「そう言えばなんですが」

「ン?」


 と。

 肉まんをはむはむ食べながら、紅可欣が言った。


「銀兄さんは、銀精様とご結婚なさらないんですか?」

「パボフッ」


 飲んでいた茶が噴き出た。違う。噴き出した。眼前に誰もいなくてよかった。屋台だったら大変なことになってたぜ。今俺が大変なことになってるが!

 げーっほ、ごほ、と思いっきりむせる――鼻の中に茶ァ入ると熱いんだな仙人でも!

 背中を、体格の割に大きな手がさすってくる。

 足元の袋――とうとう購入できたどてらにはかかっていないようで一安心だ。

 今回、竜双子様から「ケイと遊んでやって」なんて依頼を受けてケイを連れ出したわけだが、俺の捜し物に付き合わせてしまった感もある。


「ケイ、お前なあ、ホントなぁ、お前よぉ」


 ケイは、『なにか変なことを言ったかな?』みたいな顔で、俺のことを見ている(表情が薄く、ちょっと分かりにくいが)。

 色を知る年かお前。14になってたもんなお前な。


「なんですか? それで、しないんですか?」

「しねぇよ。なんで師匠を嫁にすんだよ」

「高弟に娘を与えて武門を継がせるのは、よくある話だと思うのですが」

「パターン違うだろうが。師匠は別に後継者を探してるわけじゃねえし、そもそも当人だし、エルフで長命だ。俺も高弟ってわけじゃねえし……」


 少なくとも現在唯一の弟子なので、弟子の中で一番高位なのは間違いないが、それを持って高弟と言えるほど俺の面の皮は厚くない。

 師匠が、4桁には届かない程度に長生きしているのは確定している。

 その間に数人くらいは弟子もいたようだ。

 竜双子様たちは1500歳くらいらしいが、これだって「そんくらい」「多゛分そう゛ですね゛」とのことだし。

 口元、鼻下を拭いつつ見てみれば、ケイはイマイチ納得していない顔だ。

 結構思い込みが激しいと言うか、マイペースなやつだが。


「……まあ、別に恋人ってわけじゃねえし。師匠は師匠だ」

「そうなのですか。竜田様は、そんなことを言っていたのですが……」


 ケイはあまり竜田様を信用しない方がいいと思う。正月、「ケイの処女欲しい」とか抜かしてたし。

 もちろん竜圏様も危険で、「童女状態で生態固定して百合奴隷にしたい」とか抜かしてたが。

 人の師弟関係に口を挟む気は無いが、貞操のことを考えるなら出て行った方がいい気がする。……いや、俺も師匠に襲われたわけだし、ウチも人のところ言えないか。

 ともあれ、お互い茶も飲み終えた。ゴミを握りつぶして圧縮し、近くのゴミ箱に投げ捨てる。

 買い食い軽食とか、実質箱入りだったらしいケイに悪いこと教えてんな、という、ちょっとした罪悪感もなくはない。

 まあ最初から抵抗なくはむはむ肉まんとか食べてたが。

 立ち上がり歩き出すと、ケイも後ろから付いてくる。


「……まあ、そういうことなら……弟子同士の婚姻などあるかもしれないですね。銀兄さんの後継者はいないわけですから」

「ハッハッハ冗談にもなってねーぞおケイさんや。そもそも俺たちだって寿命長くはあるだろ。そもそも普通のヒトとしても10代だぜ。まだまだ先だ」

「……そうですね」


 ……んんん、と首をひねる。

 ケイがはっきりと不満そうな表情を浮かべたのだ。

 踏み込むとまずいことになりそうな気がしたので、話題を変えてみる。


「ところでケイ、俺の名前に銀とかつかねえんだけど……俺の名前、知ってるよな?」

「はい、もちろん知っています。でも、"銀杖"さんで、私より年上ですから、こう呼んでみたのですが」

「あのな、俺その"銀杖"って字名、好きじゃねえんだけど――」


 あとは、マウスのやつのことも思い出す。

 検査入院をして、案の定腕肉の中に散らばっていた骨を取り除いて、マッサージサービスを受けた後。

 あいつは姿を消しており、結果としてジェスター・クラウン逮捕の報奨金が宙に浮いているのだ。

 それに、お疲れ様会もしていない。

 何にせよ、一回会って話をしなければならないだろう。

 黄さんに聞きに行くべきだろうか、ってところだ。


「ところで、ケイ」

「はい、なんでしょう、銀兄さん」

「"快盗"、マウスを名乗る、お前くらいのトシの、ドッペルゲンガーの女なんだが。もし見かけたら、"銀杖"が探してたって、伝えてくれるか。もし見つけたらだが」

「……はい、わかりました。きっと伝えますね」


 頷くケイに頷き返し――パタパタという音を聞いて、振り返った。

 聞き覚えのある羽音だ。

 一生懸命、という言葉が似合いそうな雰囲気で、全長30センチほどの翼竜が――ジェームズさんの使い魔が、こちらに飛んで来るのが見えた。


「あれは、」

「ジェームズさんだな」


 新調したジャケットの袖を捲って、腕を突き出す。

 ワイバーンがそこに止まったので(ちょっと爪が痛い)、首からぶら下がっている筒から手紙を取り出す。

 このワイバーンが俺のところに来るってことは、つまり依頼だ。

 こいつは俺を覚えており、だいたいどこにいても俺を見つける、眼と頭のいいやつだ。

 どれどれ、と読んでみる。


『【緊急】』


 まずその文字が見えた。


『可及的速やかに(遅くとも本日13時までに)、晒草湾棒球場に来られたし。

 可能ならば紅可欣も参集のこと。

 詳しくは会場にて話す。』


 首をひねる。

 晒草湾棒球場――詳しいことは現場でってのはままある話だが、変なところに集合するものだ。

 しかも、ケイもできれば連れてこいとか。

 ケイが見たそうにしていたので、紙を渡すと、ケイの方も首をひねった。

 一応今は昼前なので、13時まで、って刻限には十分間に合うが。


「なんなんでしょう?」

「なんなんだろうな?」




/




 ――やれることにも限度があるぜと、俺は思った。

 数こそ同数なれど、貧弱な味方。

 ジェームズさんの奮闘があっても、これでは勝てまい。


「やってくれるか。弟子君……否、"銀杖"君」

「依頼を受けりゃ、否とは言いませんよ。基本的にはね」


 話を受けつつ、柔軟体操。

 "銀杖"を置き、そして服を脱ぐ。


「ありがとう」

「ま、いいんですよ……ルールブックくらいは、あります?」

「ああ」


 ややサイズが小さいそれに着替えて、帽子をかぶる。

 渡された靴を履き、ぎ、と絞ってフィットさせる。


「――では、君には1番・ショートを任せる」




/




 棒球ってのは、つまり野球だ。

 そして、我らが警察署チームの、あまりにもあまりなる惨憺たる有様に、ちょっと涙がちょちょぎれそうだった。

 1番、ショート、道士の俺。自分で言うのもなんだが、目がよく俊足強肩で強打者。まあここはいい。ルールはよく知らなかったが、さっき多少勉強した。

 2番、レフト、小人のイシュー。小人だが怪力。サイズが5倍だったらいい選手だった。

 3番、キャッチャー、熊人のウルル。体格がよくパワーはあるが鈍足で手が短い。

 4番、ピッチャー、竜人のジェームズ。4番ピッチャーとは派手だが、僕がやるしかないのさとぼやいていた。

 5番、ライト、冬霊のダンナー。雪だるまの彼がこの打順にいる辺りで察してほしい。

 6番、セカンド、窮奇の陳文楽。半精霊の高位獣人だが、人間体だとものすごくヒョロい。

 7番、ファースト、人魚のチョウ・シンファ。一応脚は早いが全く打てないし肩も弱い。美人だが。

 8番、センター、睡魔のスリリルルスリルラ。エラー率ナンバーワン。ただし比較的ましな方。

 9番、サード、金髪巨乳のセシリア。間違えた。事務員のセシリア。どう見てもジェームズさん狙いで必死なのは分かるが運動向いてない。

 加えて、今回は病欠の、本来の1番ショートであるスケルトンの峨眉山栖鳳。バントの名手らしい。

 ……以上敬称略。

 まともな人材はジェームズさんくらいで、綺羅星の如き香港警察オールスターズはみんな別のスポーツを嗜んでいるのであった。ジェームズさん部下引っ張って来いよ。

 対戦相手は、政庁チームだ。

 不味いのは、相手は一応最低限成人男性が9名揃ってる、ってあたりだろうか。

 あ、いや、一人はオークの女性だった。すげえデブもいるが一応人間っぽい。

 ……成人男性相当が9名揃っているってあたりだった。ついでに三人ばかりチアがいる。

 相手も政庁オールスターズってわけでもない。力量的には、俺を含めて素人に毛が生えた程度だ。チアさんたちは美人だが。

 勝つことは不可能ではないだろうが、流石にハンデが厳しい。

 こちらのエースは、2メートル超の身長、それに見合う長い四肢から大迫力の投げ下ろしストレートを放る我らがジェームズ。

 ただし変化球を投げることはできない(一応投げられるが爪鱗でボールが傷ついてしまうため不可)。

 そして僭越ながら一応俺。ポジションはショートだが、セカンドサードにセンターとレフトをカバーしている、ってなんだこれマジで。

 ジェームズさんのストレートは強力ではあるんだが、流石にストレート一本で抑えきれるほどではない。

 そのため俺が全力を出すことになっているわけだ。

 打撃の方もそんなもんで、俺とジェームズさんが敬遠されては本気で勝ち目がなくなるが、そこはまともに勝負してくれるようで何よりである。

 敬遠に卑怯だって意識でもあるのか、あるいは相手ピッチャーのプライドが原因か。

 相手のエースは、二十歳くらいの男で、明らかに武技を学んでいる身のこなしだ。

 黒髪に一筋金色のメッシュがある他は、目立たなさそうな容貌をしているが、唯一、異様なほどに鋭い眼光が印象に残る。

 何よりも目立つのは、その投法だ。

 左のアンダースローなんぞ中学時代は見たこともなく、流石にタイミングが合わず芯も捉えられず、これまで2回の打席が凡打に終わっている。

 他、ジェームズさんが2打席目でヒット、この回でキャッチャーのエラーが一度――つまるところほとんどパーフェクトピッチを食らっている。

 キャッチャーの方も、純血オークと見紛うデブったおっさんだが、案外動きが良い。一度エラーを出してはいるが、単なる左アンダースローならさっきの打席で打てている。あの配球がここまで打てていない原因の一つだろう。

 前の回で、ジェームズさんの球を3番ピッチャーが捉え、続く4番センターがホームランを飛ばし、現在の点差は2-0だ。

 この回、おそらく俺までは打順が回ってくるだろう。

 塁に出ているのが人魚さんで良かった。脚は早いし頭もいい。打撃センスが皆無で肩が非常に弱いだけだ。無駄に併殺はされないだろう。


「ットライーッ! ッターアウッ!!!」


 オーガの審判が、舟をこぐ睡魔さんに判定を告げる。

 セシリアさんがバッターサークルから出ていくのを確認し、俺の方も出る。


「打てるか」


 出がけに、ジェームズさんから声がかかる。

 バットを肩に乗せつつ、笑って返す。


「打ちますよ。勝ったら焼肉ですからね」


 球を見つつバッターサークルに行くと、


「銀兄さん!」


 と、ケイの声。

 金網裏に、ケイがいる。

 今回のバイトにあたって、メインは実はケイなのではないかと。そう思わざるを得ない。

 以前――もう3ヶ月以上前になるか――ケイと戦った後からになるのだが。

 これまでは、「一人じゃ出せないし他の弟子どもも過保護だからなー」、と箱入り娘だったケイだが、都合が合えば、俺のバイトに連れて行くことになっている。

 最初の手合わせの時、俺がギリギリ勝ちこせたのは、見知った汚い技を容赦無く使ったためでもある。

 わりとなりふり構わず全力で勝ちにいかなきゃ負けていただろう。地力で言えば、あの時点での俺より、ケイの方が優っていた。

 そういった物事への対処に慣れるため経験を積む。

 銃あり魔法あり武技あり毒ガスあり、たまになんかへんなのもあり。

 今回に関しては、なんかへんなの、に属するだろう。

 ケイに対する依頼は、『チアリーダー(※一人)をやってくれ』、だ。政庁チームの方は3人ほどチアがいるので、その対抗とのこと。

 ジェームズさんからの依頼は、まっとうな依頼――悪いことやってるやつがいるからとりあえずぶちのめせ、とか――も多い。ケイを連れて行くことも多かったのだが、その時に……見初めていた、って言い方をすると変だが、狙っていたようだ。

 セシリアさんの視線がかなり怖かったというか、セシリアさんをチアにしてケイを入れた方がいいんじゃねえかなと思わないでもないが、ともあれ。

 確かにケイは美少女だ。相手方3人もやるものだが、ケイの若さと瑞々しさには勝てまい、って俺はおっさんか。

 ……短いスカートにアンダースコートをやや恥ずかしがっていたが、俺的にはむしろ上半身側に着目したい。

 普段はあまり身体のラインが出ない服装で稽古をしているケイだが、ウム、この半年で、大きくなったものだ。成長だな。師匠涙拭けよ。


「……打って、勝ってください!」

「おうよ。いい加減、目も慣れた」


 セシリアさんが盛大に空振りして尻もちをついた。

 出番か、と歩き出せば、相手ピッチャーがこちらを睨んでいた。

 そんな睨むなよ照れるじゃねえか、と笑えば、ピッチャーは更に視線に敵意を込めてきた。


「アラン!」


 と、キャッチャーからの声がかかって、ピッチャーは一度そちらを見て、一息。

 改めて――冷静にこちらを見て、それから、ふ、と俺の後ろへと視線を投げた。

 ケイの方だ。

 ピクリ、と眉を動かしたのが見える。

 冷たい敵意の乗った表情だった男が、地面に視線を落とし、怪訝そうに首をかしげた。

 それから首を振り、キャッチャーの方へと向き直る。

 案外と表情が幼いというか、あれでもしかして俺と同年代くらいじゃあないだろうか。


「ま、だからっつって、加減もできねえが……」


 まあ、中学時代の魔球野郎よりはマシだ。

 今年あたり甲子園で優勝しそうだなあいつ、などと思いながら、メットをかぶってバッターボックスに入る。

 右打席だ。

 左投げに対してはやや有利。

 睨み合う。


「頑張れーっ、銀兄さーん!」

「打てーっ! ブチ殺せ――ッ!」

「私のマッサージ券あげるから! 打ってー!」


 気持ちはありがたいがマッサージ券は要らない。


「――――。」

「…………。」


 ピッチャー、踏み込んで、腰を回し、腕を羽ばたかせ、

 バッター、左足をキックして、踏み込み、回転を伝え、


「シッ……!」

「フッ……!」


 投げる、打つ!

 ギィン、とやや鈍い音。

 球は左に切れて、観客席に飛び込んでいく。

 ファールもファール、大ファールだ。

 クソが、と呟いて、メットの位置を直す。

 変化量を読み違えた。芯で捉えることができなかった。スイングの修正で力みが入った。


「ふぁいとーっ!」

「銀おにいちゃーん頑張ってーッッッ」

「野太い声キモいわッ! 黙って応援してろクソが!」


 バットを降ろしつつ、ベンチの方に叫んだ。

 ……これまでの打席ではっきりした。

 奴は少なくとも野球用魔法を習得していない。

 野球において、魔法の介在する余地はそう多くない。

 一つ。ピッチャーがボールに込める魔法。

 二つ。キャッチャーが自己を防護する魔法。

 三つ。各選手各々が行う、自己の身体強化。

 それに加えて、審判が使う判定魔術。

 ボールを外部要因で変化させるのは反則だ。

 その投球方法と、ボールに込めた魔力でのみ変化させることが許される。

 例えば、

 火を噴く球、

 遅延発動により急速に遅くなる球、

 縮小する球、

 浮揚魔法により浮く球、

 幻影や砂埃を纏う球、

 運命を遮断され消える球、

 強化を通したバットすら重力崩壊によって因果地平の彼方へ葬り去る超重魔球・飢餓虚空弾、

 等。

 そして、やつの球は、そもそも魔力がほとんど籠っていない手ごたえだった。

 ――つまるところ、投球技法と打球技法の真っ向勝負だ。

 反省をして、身体運用の修正をして、構え直す。

 バットを立て、ゆる、と握る。

 とん、とんと踵でリズムを取って、投球を待つ。

 意識の中で狙いを絞る。

 ピッチャーもボールを受け取り、ミットの中にて握る。

 ―― 一息。

 まるで水鳥が羽ばたくかのようなモーション。サブマリンとも呼ばれる投法が、下から向かってくる。

 だが、遅い――球速もだが、リリースが遅かったッ!


「チッ!」


 派手に空振る。

 2ストライク、だ。

 野郎――と、睨み据える。

 腰の回転だ。

 粘るような腰の回転で、投球のタイミングが一瞬遅れていた。

 投球にリズムを合わせるのが打者だが、そこをずらされた。

 とは言え小技ではあるだろう。

 空振った後のボールは、ストライクゾーンを外れていた。

 こういうときのネタであるだけだ。

 フ、と一息。

 バットを握りなおしたところで、ピッチャーが投球板を踏んだ。

 ――奴は同じ球種――沈む球を3種類ほど投げ分けている。

 モーションも同じだ。

 おそらく握りによって回転を変えていると思われるが、リリース後の回転によって見分ける他ない。

 2球目のような小技くらいはあるかもしれないが、もう騙されん。

 1球目は、中程度沈む球だった。前の打席もこれで討ち取られた。

 ピッチャーは負けん気が強いらしいが、勝つために一度外すくらいは問題なく行ってくる。

 キャッチャーの配球を信頼しているのだろう。

 回も進んで汗を浮かせているが、まだまだ球には力がある。

 甘くはならない。

 むしろ外さず、ここで最高の球を放ってくることも覚悟しなければならないだろう。

 ――最高の球。

 2球目はもちろん違う。

 そして、3種の沈む球もおそらく違う。

 奴は手先が地面にこするほどの低みから投げてきている。

 アンダーだってのに、そこらのオーバースローを軽く超える球速。

 全身を使ったフォームからの、伸びあがる高速弾。

 これだけで一種の魔球と言っても過言ではない。

 高速で浮き上がってくる球をある程度沈ませるからこそ、俺たち警察チームは凡打の山を築かされているのだ。


「フッ……!」

「――はっ!」


 大きな踏み込みが来る。

 身を低く低く沈めて、背が見えるほどに腕を羽ばたかせ――それが回転する。

 一塁側に身体を完全に傾けたモーション。

 地面をこするほどの低空から――深海からストライクゾーンへ。

 球が向かってくる。

 握る指は見えていた。

 沈む球の握りではなく。

 腰のひねりはまっとうであり。

 球の回転も素直なものだ。

 ウィニングショットはストレート。


「ドン、」


 ――スイング。

 武技を束ねた、全力のそれだ。

 奴が背中を見せると同時に、俺も背を見せている。

 持ち上げた足を強く踏み込みスパイクを刺し、足首、膝、腿、腰、背骨、肩、肘、手首、指と力を伝える。

 高速の全身連動。バットの先端が雲を引いた。

 身の内を流れた力は、バットに到達して内力として発露する。

 衝撃。

 木製バットと革製ボールであるというのに、火花が散ったような錯覚があった。

 ストレートである分、強い内力を感じるボールだ――芯を外せば、俺のパワーでも押し負ける。

 やはり何かやっているか。流石に戦闘動作ではないのでよくは分からないが、竜双子様の系列の武技のような気がする(まあ、マウスもそうであったように、どこでもよく見る、香港で一番メジャーな流派なのだが)。

 暗器に内力を込めて投擲する、ってのはわりとどんな流派でもあるものだが、野球に応用するやつはそうそういない。

 つまるところ、異様に重い球だ。

 だが、真心で捉えた。


「――ピシャぁ!!!」


 打ち抜く快音。

 ピッチャーが、おそらく半ば反射的に振り返り叫んだ。


「センターッ!」


 センターが走って後退し、後退し、後退し――そして、壁に背が当たった。

 その頭上を超えて、観客席を超えて、白球が場外に落ちていく。

 打ち抜いた手が、心地よく痺れている。

 バットを放って、一塁側に声をかける。


「……チョウさーん! 回ってください!」


 見送っていた一塁の人魚さんが、はっ、と気づいたように塁間を泳ぎ始める。

 俺も軽く走り、塁を回っていく。

 悔しげな顔をするピッチャーの顔を横目で見つつ、ケイと、ベンチに軽く手を振る。


「やったーっ! 銀兄さん、やったーっ!」


 ケイが子供みたいにぴょんぴょんと飛び跳ねる。

 おケイさんや、嬉しいのは分かるが、そんなに飛び跳ねてはぷるんぷるん瑞々しく揺れおるぞ。


「ん、ン。ごほん。」


 視線をそらし、粛々とベースを回る。

 ベンチに戻れば、やったな、とべしべしと叩かれる。熊人さんとジェームズさんは真面目に痛いのでやめてほしい。

 チョウさんも叩かれたのか涙目じゃねえか。


 ――これでゲームは振り出しだ。

 助っ人、バイトとは言え、やる以上は勝ちたい。

 あと一回は俺に打順が回ってくる――そこでもホームランを打てれば、なんとかなるんじゃないだろうか。




/




 ……結果として、引き分けだった。

 あの後、目じりを釣り上げたピッチャーにソロホームランを食らったジェームズさんだったが、俺が四球をいただき、四球の後、盗塁盗塁で、ウルルさんの大フライからタッチアップの本盗で同点に。

 その後は気合を入れ直したピッチャー双方の投手戦となり、あえなく球場の使用期限が来て引き分け、だ。

 流石に二度ホームランを打てるほど甘くはなかった。

 打たされて処理されてしまった。クソが。

 で、なんだかんだ肉を食ってきた帰り――である。

 ジェームズさんは本当に悪徳警官だよな、と思うのは、ケイに酒を飲ませやがったあたりだ。

 警察官だろ未成年に酒飲ませるなよクソが。

 隣山だってことで、俺が送ることになったのだが、「襲うんじゃあないぞ?」とかどの口が言うのか。


「うぇ~……」


 気分が悪そうな声を出すケイ。

 耳元での声だ。

 小柄な身を、おぶって歩いている。

 あまり揺らすと良くねえよなあ、となるべく揺らさないように歩いているが、未熟ですまねえ。

 冬場だと言うのに汗をかいている。

 水は事前に飲ませてきたが、大丈夫だろうか。

 もう竜双子様の島に渡る橋のところまでは来ているので、もうすぐ送り届けられるが。


「銀兄さぁん……」

「なんだ?」

「ご、ごめんなさい……」

「いいんだよ、気にすんな」

「そ、その……」

「……どうしたんだよ?」

「……お、おといれ……」

「いいか落ち着けもう少し我慢しろよ!?」


 俺は可及的速やかに可能な限り揺らさないようにダッシュした。

 一応、尊厳は崩壊しなかった。