エロ率分析 (α)

〜分析結果サンプル〜





 いやもう、だんまりとか止めてほしい。これ、俺が仕切らないといけないのか?

 はあ。

 料金とか碌に確認もしないで手近なカラオケに入ったが、不思議なメンツがギスギスした空気を醸して受付をするもんだから、店員さんの目が痛いことなんの。

 金田くんは自分から突っ掛かってきたクセに、何をビビったのか、エレベーターに乗る辺りから後ろをついてきて、なんでか俺が部屋の一番奥に座っている。あ、もしかして俺が逃げないか見張ってたとかか?

 逃げないっての。


「……じゃあ、まあ自己紹介から、しようか。」

「……ええ、それでいいです。」


 空気が固すぎだ。


「えーっと、望月 晴彦だ。」

「金田 信吾です。希埼先輩とは同じ部活ですね。」


 さっそく喧嘩腰か。


「ボクは希埼 結菜だよ。」


 一瞬、ちらっと結菜の方を見て、また俺を睨む。


「さて自己紹介でも終わったところで、用件を聞こうかな。」

「……さっきから言ってるじゃないですか。おじさんは、希埼先輩とどんな関係なんですか?」


 ナヨッとしているクセに、度胸だけはいっちょ前というか、コイツは思い込みと怒りで我を忘れている感じか?

 そんなふうに突っ張ってる坊やだから、どこを終着点にするか考えて何を言うか決めないと事態がややこしくなる。一方で、さっさと答えて何かを考えている素振りを見せないようにしないと警戒される。

 結菜と作戦会議も立てられないとなると、俺の見立ても正しいかわかりゃしねえ。

 ま、ここで嘘を吐く危険性を考えれば答えは一つ。


「結菜は、俺の彼女だが。」

「なっ!」

「本当ですよ。」


 うっ、と声を詰まらせる金田くん。


「そ、そんな! おかしいですよ!」


 声を荒げるが、それもこっちが何か言う前に先制をしなければならないとでも言うような悲壮感が混ざっている。

 つまり、ヒステリックってことだ。


「おかしい、そう、そうですっ! だって、あなたは良い大人ですよね!? なのに、、、なのにそれは変ですよっ!」

「何もおかしなところは無いだろう?」

「なんでそんなことが言えるんですか!?」


 金田くん、見切り発車は良くないな。


「つまり、結菜が俺のことを好きで、俺も結菜のことが好きだという実にシンプルな話じゃないか?」


 俺が結菜を騙しているわけでもないのだから、それを引っ掻き回すなら、然るべき正義が必要だ。

 それが君にはあるかい?


「そう! そもそもそれがおかしいんですよ! ホントに希埼先輩はこの人の事が、、、す、好き、なんですか!?」


 おい、一瞬恥ずかしがるんじゃねえよ。


「好きですよ。」

「…………っっ!!??」


 結菜も相当お冠のようだ。何事も無いかのように小首を傾げている。

 で、まあ、そんな結菜の様子もあってか、坊やの方は立ち上がりかけて、ストンと腰を落としたかと思えば、落ち着かないみたいに忙し気に体を揺する。

 こっちもかなりのパンチを喰らっちまったような感じか。憧れの先輩が、想像も着かないような年上の事を好きだと言って、、、腕を取って、しな垂れかかって、おーいっ。

 結菜さんや、ソイツはやり過ぎだ。


「何なんですかっ!?」


 ほーら、火に油を注いじまった。

 しかも睨まれるのは俺だぞ。


「どうしてその人と付き合ってるんですかっ?」

「ボクに聞いてる? うーんと、そうだなあ……、」


 結菜は頤を人差し指で押し上げて、思案気だ。

 あ、それは俺も気になる。

 何せ結菜が誰かに俺のことを話すのを、聞いたことがあるわけない。

 そして、何かを思いついたようで、押し付けていた人差し指を外して、フリフリと振り出した。


「うーん、好きになった理由はいっぱいあるし、好きな理由もいっぱいあるんだけど、、、付き合ってる理由は一個かな。」


 そこで、結菜は溜めを作った。人差し指もピタリと止まる。


「この人の為にボクの人生を使っちゃっても後悔しないって思ったし、思っているからだよ、カナダくん。」


 その覚悟が君にはあるのかい? とでも言うような突き刺す言葉だった。金田くんは突き殺されたように声が出せなくなっている。


 結菜の事を凄えなと思うのは、こういうことをサラっと言い退けるところだな。肝が据わり過ぎているというか、確実に、普通の高校生が生半可におちゃらけているのを黙らせる凄みは3、40の姐さんってレベルだ。まあ、俺も言われてハッピーくらいだと思えるのも、36になってるからで、これを10代の頃に言われたら、あまりの重さに潰れるところだ。

 ……俺よりは軽いってか? やかましいわ。


「ぁ……っ。」


 ほーら、一発で黙ってら。


「……っ、で、でもっ! 希埼先輩が仮にその人のことを好きだとしてもっ! その人が希埼先輩のことをどうしようって思ってるかなんてわからないじゃないですか!」


 おいおい、息吹き返したからって矛先をこっちに向けない方が賢明だぞ坊や。たった今、人生使い果たしちゃって構わないって言った相手が罵られようとしてるんだ。その彼女が、そんなことを最後まで言わせやしないだろう? 結菜もしな垂れかかるのを止めて、背筋を伸ばしはじめたじゃないか。柔らかクッションの温かな感触がどこかに行っちまったじゃねえか。

 ……って、俺もまあ随分と嬉しがって。

 結菜に言われたことが嬉しすぎてフリーズしてるんじゃないよ。


「そうだ、そうですよ! その人が希埼先輩のことを騙していたりして、」

「カナダくん。」


 ゾッとするほど澄んだ声だった。


「憶測だけで他人を謗るのは良くないよ? ……晴彦さん、ボク、、、捨てられちゃうの?」


 そう言って、結菜は上目遣いで俺にまた、しな垂れかかる。

 いやもうコレを手放すバカがいるなら見てみたい。


「ずっと傍にいろよ。」

「はぁいっ♡」


 とまあ、こんな茶番をしていれば黙って無いのが金田くんだ。


「だからっ! なんで、、、なんなんですか!? 俺に、俺にそんな姿を見せて……っ!! 希埼先輩はっ、あんたなんかにっ!」


 ほとんど言葉になっちゃいない。


「なあ、金田くん。」

「なんですか!?」

「まあ、ちょっとおじさんの話でも聞いてくれよ、な?」


 それだけ言って、俺は黙る。

 そもそも、だ。この金田くんはいろいろ間違っている。

 そして、少し喚いた金田くんの熱が冷めるのを待って、話しはじめた。


「金田くんが、結菜の事を心配して、こうして俺みたいなデカいおじさんにもめげずに向かって来たのは正直、凄い勇気だと思う。」

「あ、、、え。だからなんだって言うんですか? って言うかさっきから希埼先輩の名前で呼んで、馴れ馴れしいですよ。」


 まあまあ、結菜。そうかっかしないでよ。ようやく金田くんが落ち着いてくれたんだから。


「まあ、それは置いといて。……さっきから、結菜を俺から引き離そうと頑張っているよね。」

「……そうだったら、なんなんですか?」


 落ち着いたからか、ブスッとした顔で睨んでいるつもりなんだろう。


「それが間違っているんだよ。」

「は!?」

「まあ、まあ。聞いてくれよな。そもそも結菜が誰と付き合うか、という話は、結菜とその相手の間だけの話じゃないか? だから、この場合、結菜と俺、もしくは結菜と金田くん、それぞれ別の話でしかない。」


 どうどう、熱くなるなよな?


「確かに、俺と付き合っている結菜にちょっかいをかけてくるヤツがいたら、俺は面白く無い。だが、結菜の頭の上を飛び越えて、俺と金田くんで結菜を取り合う、というようなのは道理が通っちゃいないと、俺は思うんだがなあ。」


 まあ、つまり。面白くは無いがさっさと結菜に告白して、フラれたらすっぱり諦めろってことだ。

 といって、すっぱり諦めてくれるような性格はして無さそうだよなあ。しつこくて、何をしでかすかわからない。

 そういうふうに見えるし、金田くんの危うさは、そういうところにある。


「……そうかも知れません。」


 お? 意外に殊勝な態度をとるじゃないの?


「けど、俺は貴方の行動そのものを非難しているんです。だいたい、いい大人のクセして女子高生に手を出して、恥ずかしく無いんですか? 俺と先輩とか貴方と先輩とかの話の以前の問題じゃないんですか!?」


 まあ、さっきからその辺を突いているっぽかったからな。ちょっとそこら辺は攻められると弱いんだ。

 特に、俺の側じゃなあ。


 つまるところ、今の俺が結菜にどう接しているか、という問題だ。


 結菜が未成年なのは明らかだ。そして俺はいい歳したオッサンだ。俺が、結菜を成人した女性のように接するのは、本音としても建前としても色々問題がある。

 本気でそんなこと思ってたら、大問題だ。法律に未成年の結婚には親の同意が必要なのは、思考能力はさて置いても見識の狭さから判断力が低い、というより狭い考えで突っ走るのを防ぐ目的がある。自分や結婚相手は食い扶持を稼げるか、結婚相手が年上なら騙されていないかなどなど、そういうことを判断するには若い思考じゃ完全じゃないが、一定の判断力や責任能力もあると認められるから、親の了承が取れれば結婚できるようになってる。

 そういう未成年をマジで成人した女性と同じように考えて接しているのか? と言われればNOと言うしかない。


 じゃあ未成年だから、俺より弱い立場の女の子扱いしているのか、と問われれば、それもまたNOだ。

 そいつを認めれば、俺は無意識では、心の底では結菜を見下している事を認めることになる。


 そして俺は、だからどちらの問いにもNOというわけではない。


 そもそも、この問いは破綻している。

 『仕事と私、どっちが大切なの?』問題並に破綻している。


 俺が結菜に抱く感情は、そんなYES/NO式の単純なものじゃない。結菜という女性と少女を重ね合わせたような女の子は、俺に若さを強要しない。

 そもそも、結菜は俺に若さがあるかどうかなんて、初めから一切関係ないという態度だ。結菜自身、自分の年齢も俺の年齢も、頭に無いんじゃないか。自然と、そう思わせてくれる。

 結菜はハッとするほど大人っぽく、艶っぽく、色っぽく見えるときがある。それが一瞬で白昼夢のように翻って、無邪気で幼くて可憐に見えたりもする。

 不思議な気分になる。

 急に若くなったり大人びたりする。

 それは、結菜が俺を俺として見ているし、結菜自身が何にでも馴染む液体のように器用だからだろう。


 きっと、友達と一緒にいる結菜を見たらキャピキャピしていて、俺は疎外感で申し訳なくなるのかもしれない。そして俺なんかと一緒にいて楽しいかどうか聞きたくなるかもしれない。

 けれど殊、俺に関しては、結菜はむしろ歩み寄ろうとしてくれる。それが、見た目が明らかに若いから、俺に合わせようとするための背伸びだと、わかりやすいポーズで教えてくれる。


 結菜が若さに線引きをして接してこなかった。


 俺も自然に結菜を許容させられて、何段階も飛ばしてするりと懐に入れてしまった。結菜をどう思って接しているか、なんて若さの線引きには「知らん、気付いたらそこにいた。」くらいの答えしか持ち合わせていない。


 だが、それをいい歳した大人が言うには無責任過ぎる。結局、未成年に良いように手玉に取られているってことかと、次の若さの線引きの問いのネタにされるのがオチだ。


 だから、俺はこの手の質問に弱い。

 そして金田くんの質問の仕方も、しやすいように言ったとしても、中々ずるい。それに気付いているかどうかは別だが。

 恥ずかしくないんですか。

 つまり、自分達のような高校生という若さに線引きをして、こっち側に来るのか、そっち側から大人気なく手を出しているのか、という問題にすり替えてやがる。


 問いが破綻しているという反論は、感情の結論から導き出される勘違いな正論という美酒に酔っている金田くんには理解できそうにないしなあ。

 どう答えても俺が不利になる、か。


 だから俺は煙に巻きたかったんだがなあ。失敗したか。

 しかも無言を貫く秒数の分だけ、相手の主張を肯定しているような形に捉えられてしまうとか、俺にどう答えろって話だよ! ……普通に考えたらな。


 まあ、どちらにせよ答えるしかない。

 俺が頭を悩ませているのだって、結菜に本気だからだ。


 さて、少年。俺も答えさせられる土台を作られたからには逃げられなくなってしまったじゃないか。

 こういうとき、もっとずるい大人はどう答えるか、しっかり学ぶといい。

 君が作った若さの線引きという土台は、オッサンという高校生には想像できない、得体の知れない立場にひっくり返れるんだ。こちらには、こちらの狡さというものがある。


「はぁ……。」


 溜め息紛れに、ヤレヤレ困った坊やだとでも言うかのような仕種で、此れ見よがしに煽る。少しイライラした感じを滲ませる。

 そして、徐に結菜を肩を抱き寄せて、勘違いな坊やを見下す。


「恥ずかしいも何も、そもそも結菜は俺の物だぞ?」


 それはまるで、自分以外のすべての物が等しく無価値であるとでも言いた気な傲慢さを孕んだ、大根役者の三文芝居だ。

 ついでにニタリと笑ってやる。

 食ったこともねえが、結菜はとっても美味しかったぞ、とでも言うような下卑た笑みってやつだ。


「はぁいっ♡」


 …………、あっれー?

 結菜さんや、その蕩ける声はなんですかい?

 確かに金田くんを煽るのには役立つでしょうが、俺の計画もパアですよって。だから抱き寄せた以上に俺にしな垂れかかるのは過剰演出ですよ、お嬢さんや。

 ほら、金田くんもさらに目付きを鋭くしちゃったじゃないか。


「くっ……。」


 まあ、俺が当事者同士の問題で、俺と金田くんで結菜を取り合う的な話は道理が通らないとか言ったクセに、思いっ切り道理の通らない煽りをしているわけだ。

 梯子は何度でも外すし、外された程度で直ぐにかけ直せないようじゃ、社会でやっていけないぜ? 世の中、自分が架けた梯子の位置を、悟らせないように上手く身を振らねえと生きてはいけない。

 主張のジャンルがバレバレなのは、大人の世界じゃ餌ですよ食いついたら美味しくないですよって言っているようなものだけど、高校生は真っ直ぐだな。餌に針が付いちゃいねえ。


 若さの線引きを餌に、人格否定を畳み掛けるくらいは攻撃出来なきゃ、二度三度手の平を返してバイバイだ。


 まあ、俺としちゃあね、ここで悪者になっておけば、この坊やも高校で言い触らしたりしないだろうって打算があるわけだ。

 この金田くんのことだ。結菜がどうして俺みたいなオッサンと一緒にいるかってことを勝手に妄想して、あとは結菜が悲しげに詮索しないでとか言っていれば自分の無力を悔しがるなんてヒロイックな感傷に浸って、それで煙に巻けそうだった。

 だが、結菜が俺に熱を上げてるってわかっちまったら、可愛さ余って憎さ百倍。噂を流されて、結菜が好奇の目に晒されて、虐めの対象になる可能性まで出てくるじゃないか。


 結菜のせいだぞ?

 ここにきて、また急な方向転換だ。


「ま、そういうことだ。坊やには付け込む隙なんて初めから無いんだ。わかるだろう?」

「そ、そんな。……いや、あんたが!」


 この類の手合いが面倒なのは、水掛け論がエンドレスになることだ。感情論がすべて悪者だとは言わないが、感情のぶつけ合いは、相手が自分を許容しているという下地があって初めて、雨降って地固まる結果を収めることができる。俺と君じゃあ泥濘んで地滑りして終わりだ。


 この茶番をいつまでやってりゃいいのか、一秒ごと、すべて無駄な時間が過ぎていく。

 俺は金田くんの言いたいように言わせている。

 しかしなあ、金田くん。反論できないなら、一旦引くことを学ぼうか?

 俺は今にも飛び出しそうな結菜を分かりづらいように抱きしめて、押し止めるのに労力割いているんだ。


「そうだ。俺は、そもそもあんたが、」


 ピロリロリン♪ ぷっぷーぱっぱー♪ ピロリロロン♪


 突然響いたのは、やたら愉快な着信音だった。

 金田くんのスマホだった。


「――はいっ、なんですか母さん! え、あ? あー! え、はい! はい。でも! っく。」


 器用にこっちを睨みながら電話をしている。


「あー、わかりましたよ! はいはい! じゃあもう切りますよ? 切るよ? ……失礼しました。母からで、今日は買い物に付き合う予定があったんですよ。スーパーに行かなきゃならないんで、俺は帰ります。」


 おい、おい。

 金田くんは、そう言って帰る用意を始める。

 急に電話がかかって着たのは、まあいいとして、そっから先が怒濤の展開過ぎないか?


「先輩は、一旦あなたに預けますけど、俺は認めてないですから!」


 ああ、そうか。

 金田くんもバカじゃないから、負け戦なのはわかっていた、と。ただ、引き際がわからなかった、というか、この場合、悪の親玉である俺が、結菜を掻っ攫ってここから出ていくとか、そういう演出でも無いと、一人で帰れなかったんだな?


 俺がそんなことを考えている内に、金田くんはさっさとドアを開けて出ていく。すごすごと尻尾を巻いて逃げるようなその姿は、敗北者であることを自覚していることの裏付けに見える。

 そして、開けた瞬間に誰かが歌っている声が聞こえて、それが楽しそうだなあとか、思った。


「……ごめんなさいっ!」


 金田くんが見えなくなって、数秒して、結菜が俺に謝った。


「結菜が謝る必要は、ないだろう?」

「……晴彦さんが、ボクのためにわざわざ悪者になってくれたのに、ボクが台なしにしちゃったから。」


 これだよ。

 結菜の、この察しの良さというか、何と言うか、俺の意図を的確に掴んでいるところは、正直ドキッとする。

 初めに気付いたのは、風呂を焚いた時の温度だったか? 俺の帰宅にピッタリ合わせてみせたところだったか?

 そんなところに惚れてるわけだから、手放すなんてとんでもない。


 さて、そんな察しの良い結菜が、わざわざ台なしと言ったんだ。その理由が気になるじゃないか。

 というわけで、俺は話の続きを促すように頷く。


「晴彦さんは、ボクの高校での立場を気にしてくれたと思うんですが、ボクは、来週末にかけて、ジワジワとバラしちゃっても良いかなって思ってたんです。」

「どうして?」

「確かに、高校でボクが誰かと付き合ってる噂が立ったら、割りと目立つって思います。しかも相手が晴彦さんみたいな大人だったら、先生に呼び出されちゃうかも知れないです。」


 けれど、と結菜は続けた。


「先生たちの関心は、極論をすれば校内の風紀と学力だけですから、今週と、来週の模試で3年生を含めてもボクが校内1位になれば学力では何も言えません。風紀に関して言えば、晴彦さんのことをボクの両親が認めていれば、先生たちには口出しが出来ない話です。」


 ん?

 なんて言った?


「……だから、明日。あの、、、晴彦さん。」


 じっ、と見詰められる。


「明日、ボクの家に来てくれませんか?」


 はえーよ。急に明日かよ!

 確かに、女子高生に手を出しているんだから、早いところ顔出さないと疚しいと言っているようなものだよな?

 とはいえ、こう、心の準備的な期間は、欲しい。

 欲しい、が、ここで行かねえってのも、ダダ捏ねてるガキみたいだし、どうせ心構えの問題で、明日かよって思うだけなんだから、あーくっそ、今、ハラ決めろ。


「いつから予定してたんだ?」


 結菜は眉毛をハの字にした困り顔だ。


「……昨日、お父さんと喧嘩しちゃいました。それで、つい。……デートで、晴彦さんのお洋服も選ぶことだし、着て行くものにも困らないかなって思ったんです。」


 昨日か。ずいぶん前から計画されてたらどうしようかと思ったぜ。


「結菜。」

「はい、ごめんなさい。」

「いや、このことを話せば、今日のデートが楽しくなくなると思って、言えなかったんだろ?」

「晴彦さん……。」

「もし、金田くんと会わずに、ケーキでも食べに行って、もっと話を切り出しづらくなって、、、そうならなかっただけでもマシだな。」


 でもまあ、ちょっと不満は残るから、結菜の前髪をワシャワシャと乱す。なにせ、結菜は髪を編んで後ろでまとめてやがる。これじゃあおいそれと触れることも出来やしねえ。


「晴彦さん大好きです♡」


 こういうのをサラっと言えちゃう辺りが若さだよなあ。

 ペタペタと前髪を整えてやる。


「さて、そんな我らがキューピッドであらせられる金田くんについてだが、結菜、放っておいて良いのか?」


 と、冗談めかす。

 さっきの結菜の言葉を借りれば、来週バレる分には問題無いようなふうだった。


「困っちゃいます。ボクとしては、来週末にかけて、ゆっくりバレちゃうなら良いやって思ったんです。だって、さっきカナダくんは話しかけてきましたけど、見かけただけで話しかけなかった人もいっぱいいると思うんです。」


 ああ、なるほど。


「ボクもおめかししていますから、ボクにお姉さんとかいたっけ? って勘違いする人や、見間違いだって思う人もいると思います。でも、どちらにせよ不確定の噂としてジワジワ広がって、ボクが予備校で撒いた、彼氏が出来たっていう情報と組み合わさって、ようやくボクに尋ねて来れるようになるって、踏んでいたんです。……それが、カナダくんが何歩も飛ばして答えを広めちゃったら、模試を恙無く受ける前に先生から呼び出されちゃうかも知れないじゃないですか。」

「そうか。」

「あんな怒濤の勢いで帰られちゃったら、どうしようもないですよ。ボクだって、どうしようかって考えている最中だったんですから。」


 それなら尚更、結菜が煽る必要は無かったんじゃないか?


「でも、ボクから晴彦さんの彼女にしてもらったのに、晴彦さんに守られているだけなのに、嬉しくて。本当は悔しくならないといけないのに、身体が勝手に晴彦さんに寄り掛かっちゃったんです。」


 そう言って、結菜は申し訳なさそうなセリフの割りに面白くないとでも言いたいような、不満を少し滲ませた表情になる。

 そうか、あれは、結菜の無意識の抗議だったわけか。

 確かに俺は金田くんを煽るために、俺と金田くんの対立の図式にした。

 だが、それは結菜に戦力外通告したのと変わらない。だから結菜は、強引に、無意識で俺+結菜と金田くんの対立図式に持っていってしまったわけだ。

 その結果が、金田くんを中途半端なところで取り逃がすことに繋がったワケだから笑えない。


 何が社会でやっていけない、だ。

 今現在、社会的に死にかけているのは俺じゃないか。


 金田くんは何をしでかすか、わからない危うさがある。今は母親の荷物持ちとやらで時間を取られている。だが、そのあとからは一分一秒のすべてで油断が出来ない。

 完全にやっちまってるじゃねえか。


「それは、俺のせいだろう? 気にするな、というか、ゴメン。」

「えっ、晴彦さんのせいじゃないですって。」

「いや、俺もイラついて短絡的だった。」


 学ばせるとか視野狭窄過ぎだ。

 自信過剰かよ、俺。

 結菜の頭でも少し撫でて、落ち着こうぜ。


「というか、まあ、そんなことより金田くんを、どうしたらいいか、だよなあ。」

「そう、ですね。」


 結菜が可愛いという当たり前の話は、問題を解決してから議論しても遅くない。

 元の問題の要は、金田くんがセックスの一つもしたことがない、坊やなのが原因なのだろう。


「結菜、聞きたいんだが、あの金田くんにかつて彼女がいたとか、そういう話を聞いたことはあるかい?」

「ないですね。カナダくんは、いない歴=年齢らしいですよ。」

「だろうなあ。」


 つまり、童貞を拗らせてるから、運命の女性が一人しか目に入らないし、盲目と言うより妄信しているわけだ。

 それが結菜なら、まあ、確かに俺は「打倒するべき悪」としてのスペックは高めだろうな。しかも、きちんと悪らしい行動もしちまったから、妄想は更に爆発するか。金田くんの頭の中で、結菜は気持ち悪いくらいエロい姿で俺に嬲られているんだろうな。


 あー、つまりだ。俺もそうだったわけだが、あれだ。色々良くしてくれる先輩とかに連れられて、風俗に連れていかれれば一発で解決する案件だ、これは。

 一発ヤれば、解決だな!


 解決だな! じゃ、ねえよ。


 この解決策を結菜に言えと?

 まず、誰だよ良くしてくれる先輩って。

 あと風俗は高校生の入店禁止だし。


「晴彦さん。」

「ん?」

「何か、思いついたんですか?」


 俺の彼女、察しが良すぎないか?

 え、言うの?

 カナダくんの周りに手解きしてくれそうなエロいお姉さんか、こっそりデリヘル嬢を呼んでくれそうな世話好きの先輩っている? って。

 言えるわけねえだろ。


「何か、思いついたんですねっ!」


 おい、だからその期待に満ちた「さすが晴彦さんです!」みたいな尊敬の眼差し止めようぜ。

 今の俺は最高に下品な、女の敵みたいな事を考えてるぞ。


「え、あ、うん。まあ?」

「どんな案なんですか?」


 言えねーよ。


 いや、だから、そんなキラキラした目で見るなって。


 無理だって。


 あー。


 なんでこの子は忠犬よろしく待っていられますかね?


「いや、その。デリカシー、に、欠ける方法、と言うか。」

「それでも教えてくださいっ!」

「あー、、、つまり、だな。」

「はいっ。」

「誰か、世話好きな先輩とか、いないかな、と。」

「?」

「だから……あれだよ。それ。。。ぐ、つまり、金田くんが一皮剥けるのを手伝ってくれる先輩とか、いたら話は楽だな、と。」


 コイツはどんな羞恥プレイだ!


「あ……っ///」


 ほら、こうなるじゃないか。


「で、でも! そっか。そうですよね! その手がありましたよね!」


 気ぃ使わせちまってるじゃねえか。

 でも、顔真っ赤で必死にフォローしてる結菜とか、マジですげぇ可愛い。



   *** ***



「で、でも! そっか。そうですよね! その手がありましたよね!」

「いや、俺もデリカシーが足りなかっ、」

「い、いいえ、いえいえ! 大丈夫ですよ、わかりますよ謝らなくっても大丈夫ですよドンと来いです!」


 何がドンと来いなんですかね!?

 晴彦さんの解決策は確かに、ボクに聞かせるには過激すぎる解決策ですよね!

 でも、そのおかげでボクは一個、すごいことを思いついちゃいました。


「そう、か?」

「はいっ、ボクも、勘違いさせちゃうようなことを言っちゃいましたし。」


 ひぁー、顔暑いよ。


「勘違い……?」

「はいっ。世話好きな先輩は知らないですけど、一番面倒な先輩なら、知っているんですよ?」


 ボクの知っている中で、一番面倒臭かったというか、普通の人は進んで避けるような人を一人知っている。


「その先輩は、ですね。ボクが知っている限り、自分の不利益になりそうな人の対処が最も早い先輩ですね。」


 晴彦さんは、まだまだ情報が足りない、みたいな顔です。

 眉根が少し寄っていて、可愛い。


「ボクの、部活の先輩なんですけど、その人の彼氏さんに近づくお邪魔虫なんじゃないかって、最近まですっごく執拗く嫌がらせとかされていたんですよ!」

「え、そんな人に物を頼めるの?」

「はい、今では割りと仲が良い方なんじゃないでしょうか?」


 宮本先輩の交友関係的に、ボクはかなり近い方だとは思ってる。

 少なくとも、電話を無視されることはないんじゃないかなあ。


「なので、ちょっと電話してみますね。」

「う、ん? まあ、頑張って?」

「はいっ。」


 ピ・ポ・パー。

 テンテンテロンッ♪ テンテンテロンッ♪ テンテンテロンッ♪ テンテンテロ♪

 あ、録音しとこ。


『誰? 今、忙しいんだけど。』


 わぉ、これこそ宮本先輩。


「あ、そうだったんですか? でも、今あーや先輩に聞いて欲しい情報がありまして。」

『……。』


 無言だけど、電話の先で宮本先輩が顎をしゃくっているような姿が見える。


『……ぁれ、彩佳……?』


 ボクが続きを話そうとする瞬間、電話を通してちょっと息が切れてる、、、たぶん神谷先輩の声が聞こえた。

 あ、一緒にいたんですね。


「さっきまで、カナダくんといたんですけど、あーや先輩に警告しなくっちゃって思って。……そこに神谷先輩もいますか?」

『ならどうしたの? ゆーくんにも聞かせたらいいの?』

「うーん、聞かせない方がいいかもしれません。」

『そう。』

「あのですね。……カナダくん、もしかしたら、神谷先輩のこと、、、好きかもしれません。」


 ボクは、爆弾を落とす。


『冗談なら切るわよ。』


 ついでに宮本先輩の空いた時間にボクの首まで切られそうだけど。


「冗談じゃないんです。確かに全然信じられないようなことかもしれません。まず、今日何があったのかを話す前に、あーや先輩も部誌は読んでいますよね?」

『読んでるわ。』

「カナダくんが小説を書き始めたのって、今年の夏号からじゃないですか。」


 文芸部の部誌は季刊誌だ。入学直後の春号には間に合わないから、7月の夏号から1年生は参加できる。


「その夏号で、カナダくんが書いた、女生徒二人の耽美系の短編って読みました?」

『私も一応、文芸部員だから、当然読んでいるわ。』


 電話の奥で、神谷先輩が時々苦しそうな、もどかしそうな声を出している。

 何をしてる最中でした?


「その続編が、今回の秋号だったじゃないですか。」

『そうね。』

「はい。頼りになる先輩に、次第に惹かれていく後輩の話でした。……それと、夏号で、志乃ちゃんが書いた短編が、生徒会の検閲に引っ掛かって、切り取り処分になっちゃったじゃないですか。」


 文芸部の部誌は発行して、図書室などで配布し始めてから生徒会の検閲を受ける。

 そこで学生生活にふさわしくないと判断されると、回収され、該当箇所を切り取られて再配布されるという処分を受ける。生徒会が検閲する前の最初の何部かを手にした人だけが、こっそり該当箇所を読めるという、面倒な過程を踏んでいる。どうもかつての学生運動の名残らしい。ちなみに、年間1度はこの処分を受けている。

 その、検閲を受けた志乃ちゃんの短編こそ、神谷先輩×カナダくんというカップリングのBLだった。


「志乃ちゃんって人間観察が上手で、あの時にはすでに、カナダくんの気持ちに気付いていたんじゃないかなって思うんです。志乃ちゃんが書いた短編でも、神谷先輩は包容力があって、そして頼りになる先輩として描かれていました。カナダくんが書いた短編も夏号はまだ、先輩と出会って、その理知的なところと、価値観に惹かれていく描写が目立っていましたが、秋号になって、先輩の包容力と、期末テストとかを通して頼りになるところなんかを強調していました。」

『……それだけじゃ、まだ甘いわ。』

「はい、問題は、カナダくんが書いている短編の女生徒二人のモデルは誰でしょうか、という話です。後輩の女の子はもちろんカナダくんそのものでしょう。物語が入学から始まるのも符合しますよね。そして、残りは先輩です。この先輩は空想上の人物か、中学時代の先輩で、ボクたちも知らない誰かか、もしくはボクたち文芸部員の誰かか。」

『それが、ゆーくんだっていうの?』

「はい。この先輩の一人称が”ボク”なので、ボクか男子のどちらかです。男子の中で”僕”と呼んでいるのは、神谷先輩だけです。カナダくんの書いた先輩は中性的で、だから”ボク”って言わせているのかもしれないです。でも、そうじゃないと思います。だって、女性的な先輩だったとしてもストーリー上の影響はないじゃないですか。」

『そう……?』


 ボクはトンデモ理論を展開する。


「そうです。そもそも、自分を女生徒に投影するのですから、相手の先輩もわかりやすくしないと伝わらないんじゃないでしょうか。……もし、カナダくんの書いた先輩が、神谷先輩だとしたら。中性的で、”ボク”と呼んでいて、頼りになって、理知的。……ぴったりじゃないですか。しかも、登場人物が二人とも、実世界では男性という倒錯した世界観です。カナダくんは、そういうのも好きそうですし。」


 ボクは、宮本先輩から見えている文芸部の姿を考える。

 宮本先輩が文芸部に来るときは、すでに神谷先輩もカナダくんもボクもいて、ボクはさっさと帰ってしまうけど、カナダくんは割りと残っている。それが単に帰る機会を失っているだけだとしても、見方を変えれば、憧れの先輩がどうなるか、ハラハラして残っているようには見えないかな。

 そして、途中で出ていくのも、これ以上見ていられないから、と、解釈してくれたら嬉しい。

 カナダくんのことを宮本先輩はよく見てなんかいないから、今、判断するにはボクたちの情報を頼るしかない。


『……それで今日、結菜は何があったの?』

「カナダくんと、ばったり会いまして。ちょっと話している内に、ボクに彼氏が出来たっていう流れになったんです。ビックリしていて、どうして付き合っているのか、とか聞かれたんです。……カナダくんには前から好きな人がいるって聞かされていて、どうしたら良いかとか、尋ねられていたんですけど、相手についてはわからなかったんですよ。どうやらボクじゃないっぽいなーって思って、じゃあ誰かなあって思っていたら、ピンときた、と言いますか。」

『話せない相手だから、同性じゃないかと?』

「そうなんです。」

『……与太話だわ。』


 あちゃ、ダメだったかな?


『でも、お話を聞いてみるくらいはしても良いかもしれないわね。』


 やった。


 やったあ。


 これで、ボクが消されないで済むぞー。

 あー、怖かったー。


 かつて、この宮本先輩のことを好きになっちゃった不幸な人がいた。

 ちょっとして、噂、というか学校の怪談みたいな感じの話が流れた。

 その人は、首のあたりをビリッとされたと思ったら、手足を縛られて目隠しされていて、口に出すのも憚られるようなことで調教されて、帰ってきたそうな。

 というか、隣のクラスの明るかった佐野くんだ。去年の5月までは明るい運動部系の人だった。

 今は暗くて、女子が話しかけるとビクビクするするようになっちゃった。

 犯人について聞き出そうとしても、ショックから話そうとしない。

 宮本先輩は、男子には滅茶苦茶厳しい。

 ちょっとお話をするというからには、宮本先輩の抱えている不動産のどこかにお連れして、ゆっくりお話をする、ということだろう。


 考えるだけでも恐ろしいです。


『それだけ?』

「それだけです。」

『そう。今度から、私とゆーくんの時間は邪魔しないでね。わかった?』


 電話の奥で、『まだするのか?』とかなんとか聞こえてきた。

 そして、スマホを放り投げたっぽい音は聞こえるのに、通話を切り損ねているっぽい。

 具体的には、さっそく宮本先輩の切なげな声が聞こえてきたので、ボクは通話を切らずにバッテリーに繋いでカバンの中に突っ込んだ。

 くっくっくー。この音声はあとでボクが消されないための保険にしよーっと。


「あ、晴彦さん。そういうわけで怖ーいお姉さんがカナダくんを躾けてくれるそうですよ?」

「え゛……?」


 晴彦さんの引き攣った顔が印象的でした。

 そして、ボクはせっかく来たのだから、このイライラを歌にぶつけてやりましたとさ。









~to be continued~