〜分析結果サンプル〜
結局、3曲も歌ってしまった。晴彦さんも3曲くらいかな。でも二人で歌ったのが2曲だから、全部で4曲になる。
晴彦さんは流行りの曲とか知らないけど、ボクは10~20年前の懐メロとかは知っているし、子供のころ聞いた歌謡曲とかもわかるよって言ったら、一緒に歌うことになった。ただ、15の夜や卒業とかはまだしも、浅草キッドとかもっとずっと前の勝手にしやがれ辺りまで歌えるよーって言ったら、めちゃくちゃビックリされるよね。だって、子供のころの歌謡曲が、晴彦さんの子供のころだなんて思っていなかったと思うし、精々First Loveくらいまでしか歌えないって思われてたっぽいし。それでもボクが生まれる前だ。
「スッキリした?」
「お付き合い、ありがとうございます。晴彦さん。」
そう、話は終わってない。
「そっか、じゃあまずは明日の事から話そうか?」
「はい。」
ボクは、どさくさ紛れに晴彦さんにプロポーズめいた事を口にした。それも含めて、叱られるんだろうな。
「何時に、伺えばいいのかな?」
「お昼過ぎのつもりです。」
「わかった。じゃあ、次は金田くんの、」
「え!?」
それだけですか!?
「どうしたの?」
「え、ボク、さっきどさくさ紛れに割りと重めの事を言っちゃったような気がするのに、スルー、です、か?」
晴彦さんはチラッと何かを考えて、そして何かに苦笑して、ボクに答えた。
「結菜は、素直だなあ。」
言って、晴彦さんはボクの前髪を弄る。
クルクルと指に巻くように絡めようとするけど、前髪はスルスルと踊るように躱している。
擽ったい。
「確かに、明日結菜のご両親と会うなら、俺はどういうスタンスでいるべきか、決めなくちゃいけない。というか、結菜は俺とどうなりたいんだ?」
「ずっと、そばにいたいです。」
結婚してください、は、言えなかった。
何かが、蟠った。
「なら、俺は娘さんをください、って当初の通り、言うだけだな。」
晴彦さんは、少し陰のある言い方をした。
どうして晴彦さんは、ちょっと冗談めかすのかな。
露悪的というかニヒルというか。
「晴彦さん?」
「勢いで、ああいうふうに言ったわけだが、」
「晴彦さん。」
「ああ。」
「ボクは、その場の雰囲気とか、そういうのに流されて、ずっと一緒にいたい、なんて言っているわけじゃないですよ。」
その一言を口にするだけなのに、とっくにそうするって願っていたのに、何故か、喉元で止まって出てこようとしない。
だから、無理矢理押し出すように言ってしまう。
「晴彦さん、ボクと、結婚してくれないんですか?」
「……馬鹿。そういうのは、もっと、、、言うタイミングってものがあるだろ。」
痛てっ、デコピンされた?
ボクは、ポカンとした顔をしているんじゃないかな。
デコピン。
晴彦さんは、何かをごまかして、自分に言い聞かせている?
ボクの言葉を信じ切れていないのは、わかる。
でも、なんで?
なんでボクの事を信じられないって思っちゃうのかな。
晴彦さんが、元カノと別れてから、あまり女性を信じられないっていうのは、知ってる。それにボクが、女子高生だから、移り気だって思ってる?
まだ?
「結菜。」
そんなことを考えていて、晴彦さんの声に視界が戻る。ちょっと、一瞬でネガティブに考え込んでた。
「さっき、ハラは決めた。だから、結菜。ちゃんと、プロポーズは、するよ。……だけど、な。頭ではわかっているんだ。わかっているんだ。」
晴彦さんが、しどろもどろになった。
初めてだった。
初めて、ここまで情けない姿を晒してくれた。
グッと堪えないでくれた。
「だが、わかっていて、それでも体が重いんだ。さっき、ハラは決めたんだがなぁ、一旦落ち着いたから、失速しちまった。……もう、俺ぐらいの歳だと大言壮語も吐けないし、無鉄砲にもなれないんだ。もっと年上の人に言わせれば、まだまだ若いって言われるだろうけども、それでも、何もかも失う覚悟を持つには、ちょっと時間がかかるんだよ。」
そう言って、眉毛を下げた、情けない笑みを浮かべる。
「ずっとそばにいて欲しい。……って言うので精一杯なんだよなあ。俺みたいなオジサンは、何となく気が合って、飲みに行くようになって、フワッと付き合いはじめて、同棲して、相性をそうやって段々と確かめていくんじゃないかな。今、ふと思ったというか、一緒に歌って、そういえば俺は結菜と付き合って、まだ2週間しか経ってないんだなと思ったというか。」
そうだ、ボクは晴彦さんの全部を知っているけど、晴彦さんはボクのことをほとんど知らないんだ。
「晴彦さん。ボクも、まだ2週間しか付き合ってないから、決断するには早いんじゃないかって思うのはわかります。」
でもさ、ボクは少し怒っても良いんじゃないかな。
ボクはスマホのカメラを起動して、インカメラでビデオモードにする。
チラッと見たカメラの奥のボクも、ちょっとムッとしてる。
「でも、晴彦さんが、ボクのことを逃がさないよって言ってくれても良いんじゃないですか?」
「は?」
「は? じゃないです。晴彦さんはボクのことが好きなんですよね?」
「あ、ああ。」
「じゃあ、なんで、まるでボクに決定権がある、みたいに、言うんですか? そんなに、ボクに不満があるんですか? なら全部直すので、言ってください。」
晴彦さん、ボクも晴彦さんを逃がす気は無いんですよ?
って思うと、さっきまでの言い出しづらい感じがしなくなるから不思議だ。
ボクは右手を伸ばしてスマホを構えて、撮影を始める。
そして、そのまま晴彦さんを襲ってキスをした。
有無を言わさないディープキスだった。晴彦さんの唇をハムハムしてやった。
左手で頭を押さえてるし、右手はスマホを構えるのに使ってるから、身体を支え切れずに晴彦さんに体重の全部を乗せた。
でもやっぱり、晴彦さんはビクともしないんだよね。
ボクは、ベチャベチャになるまで堪能して、そして唇を離した。
そのままカメラの方を向く。ボクの顔が、しっかりわかるように映す。
そして、また晴彦さんを見る。
「ボク、希埼 結菜は、望月 晴彦さんのことが好きです。」
やっぱり、なんでか結婚の言葉は喉に引っ掛かる。
でも、本気だよ。
「愛してます。結婚してください。」
「……っ、はい。」
ピロン♪
「やった♪ ……保存しちゃいましたから、ごまかせないですよね?」
「あ、ああ。」
晴彦さんはたじたじだ。
ボクは、晴彦さんの唇についた口紅を拭う。
「晴彦さんが、向こう見ずになれないなら、ボクが大言壮語を言えばいいんです。……もう、晴彦さんは、ボクを娶るしかないんですからねっ。」
「うん。……いや、ありがとう、結菜。」
「どういたしまして。」
ボクが、めちゃくちゃ恥ずかしいことを言ってるって、見ればわかるでしょ?
顔、凄く暑いし。
「なあ、でも、やっぱりなんで俺なんだ? いや、前にカッコイイとかなんとか言っていたが、正直、そうか?」
「それ、ボクに言わせるんですか? 晴彦さんがカッコイイのは、本当です。でも確かに情けない時も、可愛い時もあります。というか最近は割りと可愛いって思うことの方が多いような? ……だから、晴彦さんが良いっていう理由は、薄いかもしれないです。けど、晴彦さんじゃなきゃヤだっていう理由ならいっぱいあるんですよ。」
「俺じゃなきゃ嫌だっていう理由……?」
触れているだけで、暖かくなれるところですよ。
それに、他の男性は視線が大嫌い。視線の種類は何となくわかってきたけど、わかっただけで、嫌なのは変わりない。
その他にもある。
でも。
「秘密です♡」
一番大きな理由の他は全部、ボクの中に晴彦という男性が混ざっている所為で起きているものだからだ。
ボクは、晴彦さんに一番重要かもしれないことを秘密にしたまま、話す気がない。
「わ、かった。……だけどな、結菜。」
「なんですか?」
「俺を好きになってくれたのは、嬉しい、が、ちょっと無鉄砲過ぎる、というか破滅的なところがあるから、ほどほどにな?」
晴彦さんは、恥ずかしそうに言う。
「はい、わかりました。ほどほどにしますね。……晴彦さん。」
「なんだ?」
「ボクが破滅的なのは、取り返しがつかなくなるようにするためですから、大丈夫ですよ。」
「……それは大丈夫なのか?」
「はいっ。だって、ボクは、ボクのことを信じてないんですから。」
「自分のことを信じてない?」
そうだ、ボクみたいな中途半端な存在を、ボクが信じたらいけない。
「晴彦さんは、いつまでボクのことを好きだって思ってくれますか? 10年後も20年後も、50年後も思ってくれますか?」
「え、あ、ああ?」
「ボクもです。50年後だって晴彦さんのことが大好きです。」
「あ、りがとう?」
「……でもですよ? その保証はどこにあると思いますか?」
「…………ない、な。」
「はい。どこにもありません。だから、ボクは取り返しがつかなくなるようにしているんです。ボクは、ボクが信じられないから、ボクが裏切らないように、一つずつ枷を作っているんです。」
「自分が、、、信じられない?」
「はい。ボクは、ボクが思っているほど、ボクのことを信じられないみたいです。」
ボクの中に晴彦さんがいたからかな?
ボクもずいぶん重い女に成長してますね。
「晴彦さんのスマホにも、さっきの動画を移しちゃいますね。……はい。これでもう、ボクは「結婚したいなんて言ってない。」なんて言えなくなります。」
もうちょっと放っておけば、移行が完了するでしょう。
「子は鎹って言うそうですね。それって、子供を作ってしまったからには、そうそう簡単に別れられないよっていう、枷、のことですよね。」
普通の10代だったら、好きという感情にアヤを付ける行為は忌避の対象だと思う。でも、晴彦さんは好き嫌いに条件が絡むような大人だ。ボクがしたことが突飛だとしても、好き嫌いに枷をつけることを疎むような人じゃない。
「ごめんなさい。これじゃ、まるでいつかボクが晴彦さんのことを好きじゃなくなっちゃう、、、みたいな言い方ですよね。嫌いになんてならないです。ずっと好きだと思います。それでもボクは、」
「結菜。」
「はい。晴彦さん。」
「俺も、結菜とちゃんと付き合って無かったかな。ごめん。」
「え……?」
「何か、悩んでいることがあれば教えて欲しいとか、辛いと思うことを相談してほしいとか、俺の不満は全部ぶつけて欲しいとか、そういう当たり前の会話を、してなかったな。……結菜が、背伸びしてくれているのはわかっていたハズ、だったんだがなあ。」
晴彦さんの顔は、凄く、凄く優しかった。
「あ、、、りがとう、ございますね。悩んでいることはありますけれど、もうちょっとだけ自分で頑張ってみたいんです。辛いと思うことは、たぶんないと思います。見つかったら晴彦さんに慰めてもらいますね。それと、晴彦さんに不満なんてないですよ。」
「そ、か。」
「あの。……とりあえず、なんですけど、今からボクが晴彦さんの膝の上に座ったら、後ろからギュッて抱きしめてくれますか?」
「お、おお。ドンと来いよ。」
ぎゅっ、て晴彦さんは抱きしめてくれた。
ボクの手を両方とも上から捕まえて、抱きしめてくれたから、ボクはまるで自分の腕で自分を抱きしめてるみたいな格好になってる。
だけど晴彦さんに包まれてるみたいな感じがして、ボクは暖かくなる。
これが、ボクが晴彦さんじゃなきゃ嫌な理由の一つ。さりげなく、優しいところ。
「ふふ、あったかいです。」
「そいつはよかった。」
晴彦さんと付き合っていくには、覚悟が必要だった。
覚悟。
たぶん、ボクはその覚悟を持つという意識をするから、結婚の言葉を口にするのに蟠るんだ。
ボクが、中途半端だって、ボク自身が思ってるから。
ボクが、完全な女の子じゃないから。半分は晴彦さんの意識で出来ているから。
中途半端なボクが口にする、覚悟の薄っぺらさに、ボク自身が嫌悪感を覚える。
明日、ボクはボクとして晴彦さんを好きでいられる保証がない。自信しかない。
ああ、だから、ボクはカナダくんのことを好きになれないんだ。
神谷先輩は、あれで宮本先輩を抱えながらハーレムを作るという目的のための意識が高い。
住吉くんは入学して以来、フラれたことを噂されても堂々と告白してくる。
それに引き換えカナダくん。
覚悟も、行動も何もない。
ボクは晴彦さんと付き合うのに、覚悟を決めて体当たりをし続けている。
これは、同族嫌悪の一種なんだ。
ボクは、覚悟も持たずに土俵に立とうとするカナダくんの態度が気に入らないんだ。無理やり土俵の上で暴れ出したら、出場資格もないのを有耶無耶に出来るんじゃないかっていう振る舞いが、我慢ならないんだ。
ああー。カナダくんに、悪いことしたかなあ。
謝らないけど。
悪いことしたかもしれないって一瞬思うだけ。
「晴彦さん。」
「どうした?」
「カナダくんについて、何か聞きたいこととか、ありました? さっき、遮っちゃいましたから。」
「ああ、そうだった。金田くんについてだが、大丈夫なのか?」
……はて?
何に、でしょうか。
「え、と。あーや先輩を焚き付けたことですか? それなら大丈夫ですよ。」
「そうなのか?」
「はい。」
ボクは話しづらいから横向きに座り直す。
「うんしょっと。……あーや先輩、宮本 彩佳先輩が一番大切なものは、彼氏の神谷先輩と過ごす時間ですから。ボクも色々あったときは大変でしたけど、ファミレスで朝から晩までお話ししても、必ず夜までには帰してくれたんです。」
「はあ。」
「あーや先輩はここら辺の不動産王の娘なので、呼び出されて、行かない選択肢がないんですよね。それで、神谷先輩との時間を盗られてメチャクチャ不機嫌なあーや先輩から一方的に尋問? というかお話し? を、されて、ヘロヘロになっちゃうんですよ。それがあーや先輩が納得できるまでずっと続くので、大抵の人は数日で音をあげちゃうんです。元々、カナダくんには来週中だけ忙しくなってもらえれば良かったので、ちょっと、頑張ってもらいます。」
「な、なるほど?」
「どうなるか。ボクもわからないですけど、カナダくんに嫌われるとか、あーや先輩にボクが嘘をついたのがバレるくらいなら、問題無いです。」
「そうか。なら、大丈夫? なのか。」
「はい。あーや先輩は、あれで割りと常識があって融通が利く人なので、、、たぶん、ですけれど。」
じゃなきゃ、神谷先輩がいるとわかっている文芸部の、部活動を邪魔しすぎないように、ボクが連絡するまで部室に来ない、なんていう気遣いは出来ないと思うんだよね。
ボクがあーや先輩の誤解を解こうとしていた2ヶ月前より、ちょっとだけ前辺りは、あーや先輩がここ最近で一番トラブルを作っていた時期だ。前部長の早田先輩が、「学祭前なのにまともに部活動が出来ない。」とキレちゃった、なんていうこともあった。
「それに、ですね。これはボクの予想なんですが、たぶん、あーや先輩は、カナダくんが本当に神谷先輩のことを好きかどうか聞き出す、みたいなことはしないでしょうし。」
「そうか?」
「そうですよ。だって、カナダくんの姿を直接見ていないから、もしかして……って思っちゃうんです。実際にカナダくんを神谷先輩に会わせれば、態度で一瞬でわかりますよ、流石に。」
「なら、どうして金田くんを、その、宮本さん? に会わせようとしているんだ?」
「ボクがされたことだから、わかるんです。あーや先輩は、カナダくんが神谷先輩のことを好きかどうかに関わらず、目の前で、、、たぶん3時間は惚気てくれますから。」
ボクは、朝から晩までずっっっっと! 惚気られたんだけどねっ!
今が4時くらいだから、カナダくんは5時過ぎとか、6時前には、宮本先輩の指定する場所に着くと思う。それから、8時か9時辺りまで惚気を聞くと良いよ。
「は?」
「あーや先輩は、今まで神谷先輩のことを好きになっちゃった女の子を排除するときに、その子を呼んでずっと惚気続けることで心を折る、と言いますか、相手に神谷先輩を好きになる覚悟を問う、みたいなマウンティングをしてきているんです。」
唯一、宮本先輩のことを好きになっちゃうパターンの時だけ、とことん相手を蔑むという行動をとる。
「ボクがカナダくんに、あーや先輩の惚気と覚悟を聞かせたかったのは、いくらボクたちがカナダくんに言っても、意固地になっちゃうだけで、聞く耳を持ってくれないんだろうなって思ったからです。ボクが、どれだけ晴彦さんのことを好きか、あーや先輩と神谷先輩を見て、わかってくれたらなあって、思うんです。」
それは、晴彦さんにも言いたいことだった。
「晴彦さん。」
「うん。」
「大好きです、ボクを、逃がさないでくださいね。」
どうせなら「ずっとそばにいて欲しい。」じゃなくて、「ずっと離さないからな。」って言ってほしいんですよ?
「逃がさないよ。」
「はぁいっ♡」
はぁ……幸せ。
写真に撮っておこう。
「晴彦さん、こっちを見てくださいっ。」
「ん?」
「はいチーズっ。」
パシャパシャ。
座る向きを変えてもう何枚か撮る。
横向きから前向きに戻って、首を傾げて晴彦さんの頭を乗っけるスペースを空ける。
「撮りますよー。」
肩に乗っかってる晴彦さんの顔に、ボクの顔をくっつける。
パシャパシャ。
「ふぅ。」
「満足した?」
「はいっ、ありがとうございますね。あとで、晴彦さんのスマホにも移しておきます。」
「わかったわかった。」
また話しづらい体勢になったけど、あんまり膝の上に乗っているのも悪いかなと思って、隣に座って身体をくっつける。
「……なあ、結菜。」
「なんですか?」
「さっき、結菜は金田くんに来週は困って欲しいような事を言っていたが、その、宮本さんは金田くんに惚気るだけなんだろう? それで、大丈夫なのか?」
「大丈夫だと思います。あーや先輩は、惚気ている間、ずっと不機嫌なオーラを出しているのに幸せそうな声で話すんです。しかも、何時間話しても、同じ話は一度もしないです。そして重要なのは、ほとんどの相手は心が折れるまで何日も呼び出され続けてるっていうことです。」
それに、宮本先輩が恐ろしいのはそこじゃない。
「前に、本当は神谷先輩のことが好きじゃない上に彼氏持ちだった先輩が、無謀にも神谷先輩のことが好き、みたいな話をしていたことがあるんです。さっそくあーや先輩に呼ばれまして、神谷先輩のことが好きじゃないのは、最初の15分で分かったそうなんです。……ただ、その後一週間、その先輩は心が折れるまで呼ばれ続けられちゃいまして。」
「うわ。」
「だから、ボクは一番面倒な先輩なら知ってるって言ったんです。幸いなんですかね、その先輩はちょっと高慢ちきな性格だったみたいで、あーや先輩に心を折られた後は、優しい性格になったので、他の人からすれば、この事件は賛否両論なんですよ。」
「なるほど? ま、うん。……うん、うん? そういえば、結菜もその宮本さんとひと悶着あったって言ってなかった?」
「そうなんですよ! あの時は、本当に苦労したんですから! ボク、同世代に興味なんて無いって言い続けたのに、信じてくれなかったんですから!」
「そ、そうか。……そんな人を、金田くんにぶつけたのか。」
「そうですよ?」
「あ、うん。結菜もけっこう怒ってるんだね。」
「だって、デートを邪魔されんですよ?」
「そうだね。それにしても、金田くんは、なかなか強烈だったね。」
それは、ボクも思った。
「ボクだって、カナダくんがあんなだなんて思ってなかったですよ。あんな、打ち切り漫画が無理矢理まとめたみたいな帰り方。実際に目の前で起こった出来事じゃなかったら、作者が強引にカナダくんを退場させたんじゃないかって疑うところですよ。帰るにしたってもっとマシな理由は無かったんですかね? カナダくん、本当にお母さんから電話があったんですか? ボクはそもそも、あの電話を疑ってますから。」
「そうなんだ。俺から見れば、金田くんの電話は、お母さんからで合ってると思ったけど。」
「仮にあれがお母さんからのじゃなくても、何かしらの理由をつけてカナダくんは帰っていったと思うんですよ。」
「そっか。」
ふう。とりあえず。もうカナダくんのことは話したくないなあ。
「あ。」
「どうした?」
「ボク、もう一個だけ、晴彦さんに言ってないことがあったんです。」
「何かな?」
「ボク、お父さんとケンカしちゃったって言ったじゃないですか。」
「ああ。」
「……だから、今晩は晴彦さんの家に泊めてもらえないですか?」
「結菜。」
「はい。」
「ここで、俺は「帰りなさい。」って言わなければいけないんだと思う。……そう、言わないといけなかったんだよなあ。」
「はい。」
「……結菜って、ずるいよな。」
「そうなんですよ。ボクって、結構ずるいんです。」
「はあ。わかった。今日結菜を泊めていくことも含めて、明日は謝らないといけないのか。」
「ありがとうございますね。」
「はあ、なんだろう。もっと何も考えない方が幸せな気がする。」
「そうですか?」
「結菜は、あれだよな。時々、凄く頭が悪いときがあるよな。」
「そうなんですか?」
「無鉄砲すぎると、俺も不安になるから、相談してくれよな。」
「わかりました。」
晴彦さんんは、まだまだジト目です。
「つまり、ボクが何かをやらかしてしまったら、晴彦さんの気が済むまでお仕置きをしてくれるという話ですねっ。」
何もわかってない、という顔をされてしまった。
でもちゃんとわかってますから、たぶん、大丈夫ですよー。
*** ***
4時も過ぎると、スーパーで安売りが始まる。
今日は晴彦さんの部屋に泊まるから、晩ご飯はボクが作るつもりだった。だから、晴彦さんには頑張ってもらって、かなりお安く食材が手に入った。
どうやら同じタイミングでお母さんも買い物に来ていて、バッタリ出くわしちゃったんだけど「あら、結菜。デパートで買い物を済ませなかったの?」と、ボクが街までデートに行ってたことはアッサリ見抜かれて、しかも何事もなかったかのように振舞われた。
何より、晴彦さんに目当ての食材の一つを取りに行ってもらっている途中だったのを考えると、タイミングを見計られていたのかもしれなかった。
「ふんふ~ん♪」
ボクは、帰ってきて、とりあえず干していた洗濯物を取り込んで、お風呂をセットして、エプロンを着けて、お夕飯を作り始める。洗濯物はボクが小まめにしていたから、沢山じゃない。だけど、いくつかアイロンをかけないといけないし、あとで晴彦さんがお風呂に入っているときとか、そういう時にかけとこうっと。
晴彦さんはお仕事のメールが転送されてきていないか、確認をしたり、色々忙しそうだ。
すでに6時を回ってるから、お米を研いで、献立を考える。
7時に間に合うようにするには、、、40分くらいかかるから、ああ、あと10分くらいヒマができるっぽい。
ふむ。
アイロンをかけないといけないYシャツは2枚だから、先にそっちをやっちゃいましょう。
ボクはエプロンを取って、アイロンをかける。このアイロン、10年弱放って置かれた、元カノの痕跡の一つ。買ったのは晴彦さんだし、結局元カノは使わなかったんだけど、なんだかイヤ。ボクが買い換えたいものランキングでも上位にくるものだ。
ともかく、Yシャツ2枚をアイロンにかけて、ハンガーで吊るしたら、残りの洗濯物は置いといて、ご飯作りに戻る。
「あ、結菜、何か手伝うことはある?」
ちょうど晴彦さんが自分の部屋から出てきた。
手には、シーツがまとめられている。
「あ、言ってくれればボクがやったのに。」
それに、シーツはボクが気づいたときに替えていて、今週は一昨日替えたばかりだし、明日替えればいいやって思ってたけど、まあ、いっか。
「晴彦さん、洗濯籠に入れておいてください。明日は晴れみたいなので、明日洗っておきますね。」
「わかった。」
晴彦さんが、歩く音が聞こえて、ボクは楽しくなる。
トントンと包丁がまな板を叩く音が聞こえる。
「ふんふ~ん♪」
今日は、デートだけど特別な献立にはしない。
デートだからって、特別にはしたくないって、なんでか思っちゃった。
パシャ。
「――ひゃっ! な、なんですか?」
「あ、ごめん。結菜が、可愛かったから。」
晴彦さんが、スマホを構えて、ボクを撮っていた。
「も、もぉ! ビックリしましたよ。」
「ごめんって。」
「ううん、怒ってはないんです。ビックリしちゃっただけで、ホントは、嬉しかったんです。」
「嬉しかった?」
「はいっ。もっと、撮ってくれていいんですよ? ただ、できれば、撮っても良いかどうか聞いてくれたら、、、あ、でも、晴彦さんが、撮りたいなら、言わなくても良いような?」
「いや待って、俺はそんな変態じゃ、」
「良いんですよ? ボクは晴彦さんのものなので、晴彦さんなら、自由に撮ってくれて良いんですよー。」
ボクは振り向いていた首を戻して、料理を作りながらお尻をフリフリする。
「ふんふーん♪ ふんふーんっ♪」
「結菜、もう一回歌って。」
「はーいっ。」
「ふんふーん♪ ふんふーんっ♪」
お尻フリフリーっ♪
――ピロリン♪
やっぱり、晴彦さんはムービーモードで動画を撮るよね。
えへへ。
どんどん、ボクを撮ってよね。
それがボクの狙いなんだから。
確かにね? デートの写真を残したいっていうのも、あるんだよ?
でもね。それは、綺麗で可愛い写真を撮ってSNSとかにアップする気が無いんだったら、別の意味を持ちだすと思うんだ。
ボクは、ついに晴彦さんが自分から写真を撮りたいって、撮ることを不自然に思わなくなるようにできたのかな。
だとしたら、全部ボクの計画通りだよ。
くっくっくー♪
だってね? 自発的に写真を撮る、という行為は気付いて無くても構図を選ぶ行動を伴うよね。そして写真を撮りたいと思う行動と支配欲が重なると、自分の指定したポーズで写真を撮りたいという欲求になると思うんだ。
「結菜、こっち向いて。」
「はぁいっ♪」
ボクは、お尻をフリフリして、後ろを向く。
パシャ。
晴彦さんは移動して、ボクを横から撮りだした。
パシャパシャ。
「そのまま、料理を作れる?」
「もぉ、やってみますけど、へたくそになっても知りませんよ?」
パシャ。
チラッと晴彦さんの方を見た顔を、晴彦さんに撮られちゃった♡
晴彦さんは、どうも、そのままムービーを撮っているみたい。
これだ。
ボクは晴彦さんが最終的に、動画を撮るくらいになって欲しかった。
だって、素人が撮った動画って、どうやってもボクを綺麗なままには撮れないでしょ?
写真って、素人でも奇跡の一枚を撮ることってできる。でも、動画だとそうはいかない。
動画の中では、美人でも卑近な存在になる。構図もヘタクソで撮影技術も稚拙なのに、被写体の所為にされるからだ。
でも、ボクは、晴彦さんに羽根をもがれたい。晴彦さんという籠に閉じ込められたい。だから、晴彦さんにすべて撮られたい。
ボクが破滅思考なのは否めない。
だって、ボクは晴彦さんから逃げられない枷を、これから作るつもりだから。
しかもそれで、晴彦さんが自分で望んでボクを縛り付けてるって、思わせたい。
今日のデートで、ボクはずっとその計画を実行していた。
つまり、ボクは今夜、晴彦さんに恥ずかしい写真とか、動画を自然に撮らせるように仕向けるつもりだ。
当然すごく恥ずかしんだけど、滅茶苦茶恥ずかしいんだけど、もしかしたらそれも使わないといけないかもしれない。
ボクは、少なくとも今日、カラオケで撮ったあの動画を、対お父さん用の切り札の一つに使うつもりだ。明日、お父さんがどう出るか、まだまだ読めない部分が多い。
盗み聞きしちゃったのを考えると、大丈夫そうな、思ったよりずっとアッサリした感じになるかもしれない。
だとしても、武器は多い方が良いに決まってる。あの手この手を使って、お父さんを攻略しないといけない。
まあ、本当のところ、恥ずかしい写真とか、動画もいらないんだけど。
ボクの独占欲は、晴彦さんがAVを見ていること自体も嫌みたい。なら、ボクのえっちな動画とか撮っていいから、それを見てよって思う。もちろん、撮られた動画とか写真がネットに流れないように気を付けてもらうんだけど。
「結菜、こっち向いてー。」
「はぁいっ。」
とりあえず、そろそろコンロも使いたいし、晴彦さんにもちゃんとお手伝いをしてもらいましょうか。
~to be continued~