エロ率分析 (α)

〜分析結果サンプル〜




 酷い目に会った。

 晴彦さんってば、いくら敏感だからって身体を触ってくれるだけじゃイクことが出来ないのに、グッタリするまで弄るんだもん。

 汗びっしょりだったんだからねっ。

 出したばかりの冬服スカートなのに、アイロンじゃないと取れないシワが付いちゃって、大変だったんだよ?

 あのね、夜に帰ってきた娘がアイロンを持って部屋に入っていくんだよ?


 どんな激しいことをしたのかって、親なら気になるじゃん! ボク、女の子だし!


 お母さんにアイロン持ってるの気付かれちゃったし、それで何か勘違いされちゃって「そういうことは、お父さんに挨拶してからにしなさい。」なんて割りと真面目な顔で言われちゃったし。

 一瞬、「まだ処女だもん!」って叫びそうになったよね。でもそこはグッと堪えて「わかってるよ。お母さんとお父さんを悲しませるようなことは、ボクしてないよ。」って冷静に答えたら、ホッとしたようで、頷いてくれた。

 うんうん。


 なのでボクは晴彦さんの頬っぺたを突っついているのです♪


 このこのー。あんなにするならスカートを脱いだのにー。

 でも、晴彦さんが優しくしてくれたから、ああなったってわかるから、ボクはニヤニヤしちゃって、怒ったような嬉しいような変な感じだ。


 このこのー。


 このこのー……。


 今日、夕ご飯作れないんだよね。新人さんが入ってきたとかで、歓迎会だって。

 寂しいなー。

 でも、そういう飲み会ってさ、ちゃんと笑顔で行ってらっしゃいって送り出すのが、良いお嫁さんじゃん?

 でもさ、今日は予備校が夜まであるからお迎えが出来ないんだよね。

 それに!

 晴彦さんのお見送りもしたいのよ、本当は。高校があと30分遅く始まるなら、一緒に家を出られるのにね。


 このこのー。


 このこのパクっ。


「え?」


 え? ちょ、晴彦さん!? ボクの指を咥えてネボスケさんですかー?


 もごもご。


 それはご飯じゃないですよ? よ?


「あの、、、晴彦さーん。」


 モグモグ。


 あっ、あれ。

 ちょっと擽ったいっていうか何か何だか! あっ、あっ♡

 あれ!?

 あ♡

 なにこれ、晴彦さんが、寝ぼけて指を吸ったり甘噛みしてるの、めちゃくちゃ可愛いじゃないですかー♡


 え、赤ちゃんみたい♡


 乳首を吸われるのもすっごい可愛くて、よしよし♡ って頭撫でたり、あ、、、でもそんなことすると晴彦さんからちょっと強めに甘噛みされたり、おっぱいを強く揉まれちゃったりするんだけど、でもそれも痛気持ちいいっていうか、揉んだりされてるうちに柔らかくなって痛くなくなって気持ちいいのだけになるっていうか、それは置いといて、今! ボクの目の前で晴彦さんがボクのおっぱいを吸うときの顔をしてるって事じゃないですか?


 きゅう♡ 可愛いよぉ♡


「よしよし♡」


 ボクの人差し指を一生懸命吸ってるーっ♡♡

 あーもうっ♡ 晴彦さん可愛過ぎだしカッコ良すぎじゃないですか!!??


 ぎゅーっ。


 はうぅっ♡ ちょっと、強く噛まれてるーっ♡

 もちろん痛いんだけどっ♡ 全然痛くないっていうかっ♡

 あーもう可愛いよぉ♡

 えへへへへぇ♡


「晴彦さぁんっ♡ えへへー♡」


 ちゅぽんっ。


 あっ……。


「……おはよう。」

「おはようございますっ♡」

「うん。」


 あれ、もしかして。


「起きてました??」

「…………うん。」


 うん。


 うん。


 うん。


 ボクは、勢いよく布団を被って篭城したんだけど、同じ布団に晴彦さんもいるワケで、つまり、ぎゅーって縮こまって、チラッと目を開けたら、当然晴彦さんと目が合っちゃって。


「……うう。出来心だったんです。」

「怒ってないよ?」

「本当ですか??」

「なんで怒らないといけないのかな? それとも、怒られると思って俺の頬っぺた突いてたのかな?」


 だって、八つ当たりだもん。


「……。」

「言わないの?」


 ボクは、迷った。晴彦が考えた最善と、結菜のぶちまけたい衝動が、正面衝突している。

 でも、ここでボクは正直な方が、ずっと先の将来には良いんじゃないかなって思った。


「あの……、八つ当たりなんです。」

「八つ当たり?」

「今日は、晴彦さん、歓迎会で今夜は晩くなるじゃないですか。」

「ああ。」

「ボクも予備校があるから、夜、晴彦さんをここで待っていることができないじゃないですか。だからせめて、お夕飯は作りたかったなあって、思っちゃいました。」


 それが、凄く寂しくて。


 ボクは、ポツリと呟いた。


「ごm、」

「謝ったら、ダメですよ? ……これはボクの我が儘だし、面倒臭いことを言ってるってわかってます。本当は、今、遊んでただけってごまかして、行ってらっしゃいって言わないといけないんです。……こんなことを言えば、晴彦さんが申し訳なく思うのもわかります。しかもボクのことが気掛かりで、晴彦さんは今夜の歓迎会を十分に楽しめなくなっちゃうと思うんです。だから、怒ってください。」


 ボクは結局、卑怯なことを言っている。


「結菜。」

「はい。」

「なんで、凄く寂しいんだ? ……その、俺、と、一緒にいられないから、とか?」

「それもあります。」

「それも……?」

「ボクは、晴彦さんの全部が欲しいんです。着ている服とか、会社で個人的に使っているものとか、食べ物とか、ボクが全部選んだり、用意したりしたいんです。」


 ボクは、欲張りなんです。


「それが、ボクの独占欲なんです。晴彦さんを誰かに渡したくないんです。例えば、ほとんどすべての物をボクが用意したとして、ある日、知らない女の人から、晴彦さんのメールアドレスがその人と一緒に決めたものをずっと使ってるって言われたら、どうしようって思います。……晴彦さんのメールアドレスが初期設定なのは知ってますよ?」


 結菜の衝動は、これ以上晴彦さんがボクの知らない思い出を作らないでって訴える。


「わかった。」

「ごめんなさい。つまらなくなっちゃいました、よね?」

「怒ってないから、そんな顔しないで。」

「……?」

「結菜は、どうしてほしい?」


 あ。

 そっか。


「……頭を、ぎゅーって胸に抱いて欲しいです。」


 晴彦さんはゴロンとこっちを向いて、ボクの頭を胸に押し付けて、ぎゅーってしてくれる。

 20秒とか30秒とか、けっこう長めに抱きしめられて、ボクは晴彦さんの心臓の音を聞いていた。

 頭が解放されたと思ったら、両手がそのまま横に添えられて、ボクは晴彦さんのおっきな手に包まれて、晴彦さんを見つめる。


「……行ってらっしゃいっ。」


 謝らないでください。ボクはそう言った。

 

「行ってくるよ。」


 晴彦さんは照れ臭そうに笑って、続けた。


「結菜は、けっこう嫉妬深いね。」

「うー。そうかも、しれないです。」

「そうそう。」

「はい。」


 ボクは、晴彦さんに笑顔にしてもらえた。


「あ、そうだ。」


 ?


「結菜は、どんなお仕置きをして欲しいのかな?」


 そんなことを囁いた。


「~~~~っっっっ♡♡♡♡」


 その不意打ちはダメですよ!

 耳が、犯されちゃいました♡


「ああ、あと、どっちにしろもう起きないと完全に遅刻しちゃうね。」

「え!? ――あ、はいっ、昨日と同じくらいですね。急がないとダメですから、ボクはもうご飯を用意しますね。」


 もうダメ、逃げるー。



   *** ***



 希埼さん、と伊藤先生に呼ばれて職員室に行ったら、やっぱり来週末の模試の話だった。

 実力テスト、上位五人。

 ボクは実力テストが満点だったことを褒められて、当然一位通過で模試を別室で受けられることになった。ボクの他に受けられる人も、個々に説明を受けているそうだ。

 とにかく、初めてのことで試験的なものだから、3年生を刺激しないように配慮がなされていた。

 なるべく、模試を受けることを他人に話さないようにと釘を刺されたんだけど……もう遅いです。初香とか麗とか奈緒とか仲の良い友達には話しちゃったよ。


 たぶん、言い触らさないから許して? ダメ?



   *** ***



「……好きです。付き合ってください。」


 昼休み、校舎の人目につかないところに呼び出されて、三歩離れたところから真っ直ぐな瞳で見つめられた。


 お手本みたいな告白のシーン。


 ボクに真剣な、純粋な熱を研ぎ澄ましたような視線を向けるのは住吉 綴くん。イケメンと言われるだけはある整った容姿で、身嗜みに気を遣っていて、優しくて、でも男らしくもある。サッカー部のツートップの片割れで女子の間でも噂によく上る。

 そんな男の子の、半年ぶり3回目のボクへの告白だった。


「ごめんなさい。」


 ボクも、せめてしっかりと告白してくれたお返しに、住吉くんを真っ直ぐ見て答える。

 半年ぶり、3回目の拒否。


 張り詰めた空気。

 それが一転、弛緩する。

 何かを堪えたのか、肩が少し上がっていたらしく、住吉くんは大袈裟に見えるほどハッキリと肩を落とす。

 けれど言い縋ったり、罵ったりしないで飲み込んで、そしてちょっと歪な笑顔をボクにむけて諦めた声で尋ねてくる。


「やっぱり、ダメなのか。」

「うん。ごめんね。住吉くんがいい人なのは知ってるし、カッコイイんじゃないかな。……だけど、やっぱりボクのタイプじゃないし、それを性格で補うことも出来なかったから。」


 住吉くんとは1年生のとき、同じクラスだった。

 一目惚れされて、半年で告白されて、そして断った。それ以来、半年毎に断っているけれど、住吉くんが本当にイケメンなのは顔だけじゃない。

 それをボクは、告白されて断る度に思う。


「……き、っつい、、、なぁ。」


 住吉くんは苦しそうで、泣きそうな顔で、それでも堪えるために一瞬ギュッと目を瞑って、そして無理矢理笑う。取り繕っているってわかるから、その笑顔が歪んで見える。


「でも、そういうストレートなところとか、俺は好きなんだよなぁ。」


『嫌いになれたら良かったんだ。フラれたから、いっそ嫌いになる。……そういうわかりやすい八つ当たりで、嫌いになれないほど、希埼さんのことを好きになってしまったから。』


 半年前、住吉くんがポロッと零した弱音。

 相手がボクじゃなければ、心から応援できるのにね。

 世の中はままならないよ。


 諦めて、もっと周りを見た方が良いよ。住吉くんって人気があるから、告白を断る度に「どうだった?」って聞いてくる女の子たちがいる。

 でもボクが諦めろ、周りを見ろだなんて、どの面さげて言ってんだーって話しじゃんか。

 

「ありがとう、ごめんね。」

「謝んないで、大丈夫。こっちこそ、無理言って呼び出して、迷惑なのに来てくれてありがとう。」


 こういうふうに言ってくれる住吉くんだから、ボクは素直に呼び出されるし、ちゃんと正面から断るんだよ。

 ……だなんて言えないから、ボクは住吉くんを置き去りに、


「待って。」

「――何?」


 振り返る。


「希埼さん、って、、、あー。あ゛ーっ。……ゴメン、ダサいこと、聞きそうになった。」


 潰れちゃいそうなほど、辛そうな、涙を堪えたように見える笑顔。

 格好つけの笑顔だった。

 何も聞き返さずに、そのまま踵を返してほしい。そんな悲痛な感じさえする。


 告白されて、それを断る。


 住吉くんはボクに3回も告白した。ただ浮かれているだけの人とは違う何かの感情が、渦巻いているんだと思う。

 その感情ってなんだろう。


『やっぱり、ダメなのか。』


 住吉くんのさっきの言葉。

 断られるって思ってた?

 なら、なんであんなに辛そうなの?


 もしかして。


 住吉くんはボクに断られるって気付いていて、それでも告白せずにはいられない、のかな?

 住吉君は、見た目からして爽やかイケメンだし、何より誠実なのはボクも、みんなも知ってる。そんな誠実な住吉君は、一度フラたらハイお終い、次の恋をしようって思うかな。

 思わないんじゃないかな。

 ううん。最初の一回目に断ったとき、それは考えたんじゃないかな。

 でも、まだ会って半年。お互い色々知らないことだらけで、性急過ぎたって思っちゃったら?

 その結果が半年前の告白?

 誠実な住吉くんは、そこで断られて、良くない負の連鎖にはまっちゃったりして?

 だとしたら、今回ボクは、住吉くんの呼び出しに、応じちゃいけなかったんだ。

 ボクがノコノコ現れるから、期待を持っちゃう。

 断られたとしても、次があると思って前に進めなくなってる?


 それは住吉くんもわかってるんじゃないかな。

 だから、あんなに辛そうなんじゃないかな。


 だとしたら。


 告白の場に、3回も来てしまったボクに出来ること。

 希望があると思っちゃうから、後ろ髪が引かれるようで次に進めないなら、、、嫌われても良いからボクが叩き潰してあげるべきなんだ、と思った。

 だから今、ボクを留めてしまったのが人生最大の失策とばかりに、辛そうなのを隠そうとして表情が保てていない住吉くんの未練をバッサリ切り落とす。


 ふわっ、と微笑む。この場に似合わない、穏やかな微笑。


「ボクにね、彼氏が出来たんだ。学外の人なんだ。……だから、ごめんね。住吉くんの告白には応えられないし、これからも応える気はないから。。。もう、呼び出さないで。」


 呆気に取られた顔を見てから、ボクは踵を返した。


「……今喋ったことは、出来れば内緒にしてくれたら嬉しいな。」


 その答えは聞くために待つことはしない。

 住吉くんを信じているから。


「……わかった。それと、ありがとう。」


 本当に小さな声で、そう呟くのを聞いた。

 住吉くんは、やっぱりイケメンだと思う。


「バッカじゃねーの、俺。格好つけて……。」


 校舎の角を曲がって、ボクが見えなくなった瞬間に聞こえた自嘲。

 格好つけるのは格好悪いことじゃないって、ボクに言う資格なんてないんだけど。


 こういう時、ボクにできることが無いのはわかってる。

 いつも住吉くんのことを好きだって、告白を断った後に詰め寄ってくる女子のみんなは、今、住吉くんをそっと慰めたらいいんじゃないかな。


 ボクは、晴彦さんが辛そうなら、そうすると思うし。



   *** ***



「あ、結菜こっちこっちーっ。」

「お待たせ。」


 天気のいい日は外で食べたくなる。

 時々、ボクたちは外のベンチでお昼を取る。ちょうど、L字になっているから話すのもちょうど良い感じ。

 初香が一人で座る隣をポンポン叩いている。

 ボクは素直にそこへ納まった。


 パカ。


 今朝も時間をかけられなかったから、昨日の残り物も多い。キノコ尽くしの残り物。舞茸の甘辛煮とか、日持ちする物でお弁当に合いそうな物を詰め込んだ。

 うう。晴彦さんに手抜きって思われてないよね?

 ちゃんと半分は、今朝作ったんだけど。


「……あれだよね。」

「何? 初香。」

「ゆいゆいのお弁当って、渋めのチョイスなのは良いとして、それ、毎朝自分で作ってるわけじゃん?」

「え? ああ、うん。最近は特にそうだね。」

「全部手作りのおかずなのに、毎日違う中身って、凄くない?」

「そ、そうかなっ。」

「私ら見慣れちゃって、当たり前な気がしてたけど絶対そう。で、可愛いし、成績もトップでスポーツも全般出来て、、、はぁ。私、生きてる意味ある?」

「? 何言ってるの? ボクは初香のこと大好きだよ?」


 これはあれだ。悩み事のパターンだ。


「私も、ゆいゆい愛してる。」

「うん。……どうしたの?」

「聞いてよー。」

「いただきます。桐ケ谷くんがらみ?」

「わかる?」

「うんうん、もぐもぐ。」


 そこで初香は声のトーンを落とす。


「奈緒みたいにさ、…………したんだ。」

「え?」

「昨日、好きなだけ、、、していいよって。」

「ごちそうさま。」

「待って! 聞いて!」

「ヤだ。っていうか麗に相談したら?」

「私に、死ねと?」

「うん。一回くらい?」

「ゆい~。」

「何の話?」

「奈緒、聞いてよ。初香ってば、ボクの胸と同じ感触の食べ物は肉まんだーとかなんとか言うんだよ? 酷くない?」

「え? 肉まん? はんぺんの方が近くない?」

「え、そこっ!?」


 初香が小突いてくる。ちょっと涙目だ。

 ボクは小さな声で初香の相談に乗ることにする。


「それで?」

「もっと自分を大切にしろって。」


 桐ケ谷くん超いい人じゃん。知ってたけど。

 っていうか、この前の奈緒の話が初香の乙女センサーに引っかかっちゃったのか。


「うん、それで? あと麗、ボクの胸を色んな食べ物と比較するのは、よろしくないよ。ドサクサに紛れて揉んでくるのも無しだからね!」


 麗と奈緒は、さっきからボクの胸の柔らかさを食べ物に例えているんだけど、めっちゃ声が大きいから、少し離れたところで仲睦まじくご飯を食べてるカップルとか、二人とも顔真っ赤だし、彼氏の方がこっち見ようとして彼女さんに叩かれてるし。

 破局の危機かと思ったら、ちょっとモゾモゾしてるっぽいし、あれ絶対イチャついてるよね!?

 お前の胸ってどんな感じだったっけ? みたいな?

 あ、ご飯食べ終わってたんだ。けどそっちはもっと人目に付かない方だよね。

 なんでそっちに行くのかな? 何をしに行くのかな?

 あんまり考えないことにしよう。


「……なんか、想像してたのと違うなって思ってさ。心配そうな顔でちょっと怒られて、もしかして、私、エロいのかなってヘコんだんだよね。」

「えっちだと何かダメなの?」

「えっ、女子の方ががっついてるってウケが悪いじゃん?」


 え、そうなの?


「っていうか、ギャルっていうか、、、ビッチっぽいし。……ねえ、ゆい。私、レンに嫌われてないよね?」

「うーん。それで、桐ケ谷くんは怒っただけなの?」

「え? いや普通にシたけど。。。あーというか、うん、いつもよりちょっと興奮してたかな? 今考えると、だけど。私、そのときヘコんでたから気付いてなかった。」

「じゃあ大丈夫じゃん。桐ケ谷くんも急に言われてビックリしたけど、満更でも無かったんでしょ。たぶん。でも毎回そんなこと言っちゃダメだから。」

「わかってる。」

「初香、自分を安売りしちゃダメだよ?」

「わかってるってばー。」


 でも初香は、こう見えて凄く乙女だから、コロッといっちゃう気もするし、何より今の桐ケ谷くんが凄くいい人だったとしても、将来どうなってるかわからないし。

 桐ケ谷くんがどうなっちゃうか、初香の影響って凄く大きいと思うんだ。


「ねえゆいー。」


 ボクと初香が小声で、けっこう長いこと相談してたから、奈緒がついに痺れを切らす。


「告白されたんでしょ?」


 奈緒の言葉は、いつでも真っ直ぐだ。


「断ったよ、もちろん。」

「何て言って?」

「今回の告白で、住吉くんが意固地になってたっぽいのがわかったから、もう、バッサリ。」

「そう。」

「そういえばレンが言ってたっけ。『綴は不自由な性格してるよな。』って。」


 初香は不思議な顔でしゃべる。モノマネだ。けど、桐ケ谷くんってそんな顔だっけ?


「不自由な性格?」

「えーっと、なんだっけ。……そうっ! そうそう! レンが言うには、綴って、まるでそうあるべきっていうふうに行動して、辛そうなことが結構あるんだって。」

「へー、そうなんだ。やっぱり同じ部活だとボクたちじゃ見えてこないこともわかるんだ。」


 去年までの住吉くんはクラス内でそんなそぶりは見せてなかった。やっぱり部活とかでみんなで苦労する中で、不満とか意見とかがぶつかり合って、ようやくそういう面も見えてくるんだと思う。

 ボクじゃ、せいぜい告白を断った後のストレスをどういうふうに受け流すか、割り切るか、みたいなことしかわからないし。それでも住吉くんがちょっと生きづらそうな、息苦しそうな性格をしているのはわかったんだけど。


「まあ、そんな不自由な性格をしてなければ、ゆいに3回も告白しないって。みんな1回目の玉砕で諦めてるじゃん。」

「あ、それな。結菜って事故に会ってからすっごい可愛くなって、先週とか男子は誰も声かけられなかったよね。いつもなら最低でも週一で告られてたじゃん。」

「ボクとしては、別に告白してほしいワケじゃないんだけどね。」

「そーいうこというー。」

「だって選択肢が断る以外ないから、悪くないのに罪悪感が割りとあるし、正直罰ゲームなんじゃないかって思ってるんだよ?」

「でもさ、これからもっと告られるんじゃない? だって、住吉くんが告白したって噂は止められないだろうし、結菜がすっごく可愛くなったとしても、告白するのに気後れしてた人も見慣れてくるでしょ? あとは勢い? 今のうちにフラれとけみたいな?」

「あー。うん。そうかも。」

「ゆいゆい、おつかれさまですー。」

「絶交だよ初香。」

「許して!」

「許す!」


 ボクらはいつも通り楽しくお喋りして、そして楽しくお昼をとった。


「……ねえ、ゆい。」


 そして、教室への帰る途中。奈緒に袖を摘ままれた。


「初香、なんだって?」


 奈緒と、麗はさっき、ボクたちが気兼ねなく話せるように、あえて大きな声で話してた。

 ボクもそれはわかってるから、胸を食べ物に例える会話を怒れなかったし、それに、そういうふうにしてくれる二人が大好きだ。

 とはいえ、そもそも初香もなんでボクにばっかり、最初に相談を持ち掛けるかな?


「んー。大丈夫だよ。いつも通り、初香がちょびっと暴走してるだけ。」

「そう。」

「初香も、桐ケ谷くんとめちゃくちゃイチャイチャしたかったんだって。」

「ごちそうさま。」


 この手の話題を避けるのもいくつか理由がある。

 でも一番大きなものは、ついに彼氏がいないのが麗一人になっちゃって、この手の話題をチラつかせようものなら、ものすごい圧の負のオーラを浴びせかけてくるようになったからだ。


「それがいいよ。」


 時々、話すだけ話して自分だけすっきりする初香にイラっとするから、深くは聞かない方がいい。



   *** ***



 セリヌンティウスの慟哭。

 面白かった。

 文章の長さはメロスと同じくらい。物語りは、兵士が家にやってきて、急に投獄されることになるシーンから。


『セリヌンティウスは驚愕した。以前よりメロスは儘ならぬ奇抜な友であった。その傍若無人が、無謀を働いた身代わりになってくれないかと告げ、気づけば牢に繋がれていた。幼少の砌より、彼の男が起こす災難に巻き込まれてきた。しかし、セリヌンティウスはメロスを疎ましいと感じたことはない。友の実直さ、悪を見逃さない果断さ、そして人を身なりで判断しない高潔さを好ましく思っていた。ゆえに、あの短気で蛮勇を振るい、落ち着きという言葉を母の腹に忘れてきた友の暴走を、早くも許容する自らに自嘲した。』


 早く志乃ちゃん来ないかなー。


 ガラガラ。


「こんちわーっす。」

「……こんにちは、カナダくん。」


 カナダくんの視線が少し変わったように感じる。

 以前の熱に浮されていただけの視線が、じっとりと湿り気を帯びたような、そんな程度の違いだ。

 カナダくんは、ボクが視線の違いを感じとっているのを気付いているのかな。いつも通り斜向かいに座って、本を開く。


「……先輩、また告白されたって聞きました。久しぶりですね。」

「あー、もうそっちまで噂になっちゃった?」

「先輩は1年でも凄い人気ですよ。有ること無いこと、いろんな噂をされてますし、俺も、同じ部活だからって色々聞かれますし。」

「そうなんだ。」


 自惚れなく、ボクはけっこうモテる方だ。だけど、ボクを目的に文芸部に入部しようとする人は、大抵志乃ちゃんに弾かれているから、、、あれ、実はカナダくんって割りと凄い?

 でも、カナダくんの視線が変わった理由がわかった。


 カナダくんは普通にしてるつもりだろうけど、ボクにはわかる。

 じとーっと、見られている。


「なにかな?」

「え、いや、その。……どう、なったのかな、って。」

「断ったよ。」


 カナダくんは直後、心の底から安堵するような深い溜め息を吐く。


「そ……うですか。」


 よかった、なんて小声で言ってるの聞こえてるよ。

 ちょっと前のボクって、こんなにわかりやすいカナダくんの好意を、どうして気付いてなかったのかな。

 それとも、歯牙にもかけていなかったから、気づいてたけど毎回忘れてたのかな?

 うーん、謎だ。


 そんなことより、ボクとしては告白もしてこないカナダくんを告白してくる前にやんわりお断りするか、フラないといけないんだよね。ただ、カナダくんって、書いている小説が女の子二人の耽美系で、、、すでにボクが付き合ってることとか言っちゃったら、すごく面倒臭いことになりそう。っていうか、なると思う。


 あー、志乃ちゃん来ないかなー。



   *** ***





   *** ***



「希埼さんってさ、最近もっと可愛くなったよね。」

「あ、思った―。」


 予備校の授業と授業の合間、ちょっと長めの休み時間に息苦しい空間から抜け出して、ボクは一息ついていた。


「そう?」


 ボクの周りには予備校で仲良くなった他校の女子と、男子がいる。


「そうだよ希埼さん。先週の頭くらいからかな? 何か、変わったことでもあったりした?」

「変わったこと~? 何それ田中くんやらしー。」

「ちょ、そんなんじゃないって。ほら、何か、いいことでもあったのかなって。俺の姉さんなんか、エステとか行ったりしたあとの週頭はやっぱりテンションとか色々違うし。」


 田中くんには年の離れたお姉さんがいて、OLとしてバリバリ働いてるって聞いたことがあったっけ。


「いいことかー。あったよーな、なかったよーな?」

「何それ、めっちゃ気になる。」

「なるなる。」

「えへ、秘密。」

「うわー、一番気になるやつじゃん!」

「えーでも、可愛くなったってことはアレじゃない?」

「ああ、それ?」

「うん、希埼さん、彼氏できた?」

「え!? それ聞いちゃう?」


「――うん。」


 き、まで黄色い声が出かかって、口を押えて目をいっぱい開ける女子と、「うわー!」ってビックリして嘆いている男子。何人か崩れ落ちる。

 ボクは彼氏がいるという情報を、学校外から流すことにした。


 だれ? どんな人? っていうかどこ高? みたいな質問を受け流していれば、年上? 大学生? むしろ年下? みたいな質問もあって、全部受け流す。

 そうこうしている内に時間が無くなって、ボクに彼氏ができたという情報だけが彼らに残る。

 今日が金曜日だから、来週末までにボクの高校まで届くと思う。

 噂の真偽を聞きに来る人は来週末から少しで初めて、再来週から増えるんじゃないかな。

 そのくらいのペースでじわじわと、学校にもボクに彼氏ができたって知らせておかないとね。


 ボクにとって、予備校の存在はもう学力の向上のためじゃない。他校の生徒から、いろんなことが聞ける方が重要だって気づいた。

 だから、ボクとしては授業よりも休み時間の方が大事だったりする。

 なんだか不良になった気分だ。



   *** ***



「かかりちょー、飲んれますー?」


 まさか、山下が飲まれる側の人間だったとは。

 あざとい性格だったから、摂取アルコール量くらいコントロールできるのかと思えば、一杯目にビールを呷ってからこっち、面白いくらいに飲んで、飲んで、そしてお手本のように絡んできた。


「飲んでる飲んでる。」

「そうれふかー? あははー。」

「課長、今日も早めにお開きにしましょうか。」

「そうだね、僕たちもそんなに長い時間いるつもりもなかったけど、さすがに山崎専務の娘さんをベロンベロンに酔わせて帰らせたら、今月末までに僕の席が消滅しそうだ。」

「ええ、帰りはこの山下をタクシーで連れてってくださいよ?」

「ぅ……ああ、わかったよ。はぁ。小遣いがn、」


 ダンッ!


 ビールジョッキは叩きつけちゃダメだって、山下。


「かかりちょー? 山下は思うんれすよー。」

「はいはい。どうしたのかな?」

「かかりちょーの彼女さん、何歳れふかぁ??」


 何歳。さて、どうやって答えようか。

 結菜を大切にしようと決めたは良いものの、結婚してるとか、婚約したならまだしも、まだ誑かしているだけの段階で、馬鹿正直に話してみろよ、どうなると思う?

 社会的な抹殺、これだ。


 そんな俺の葛藤をどう思ったのか、山下は焼き鳥をお行儀悪く豪快に食べ、酒を呷る。

 そしてまた、勝手に喋る。


「あ~、もしかして知らないんれふね。うんうん。」

「いや、何をひとりで納得してるのかな?」

「山下が思うにぃ、」


 聞いちゃいねえ。


「かかりちょーよりちょっと下くらいれふかねぇ。」

「……どうしてそう思う?」

「らって、今日かかりちょーノロケってたじゃないれふか。彼女さんがメールアロレスまで一緒に決めたものにしたいって。」

「……?」

「いまろき、メールアロレスなんて使わないこともありまふから。山下と同い年ならぁ、ツイッターの共有アカウントとかそーいうのが先に思い浮かぶっていうか、ペアな感じのメールアロレスを登録するっていうのが流行ったの、今30歳くらいの人が高校生とか大学生くらいのときらったと思うんれふ。」

「……なるほど。」


 結菜がときどき、実年齢よりずっと年上に思える瞬間が何度もあった。

 結菜の包容力や、男性に対する理解力はきっと、女子高生レベルじゃない。

 だというのにエロいことに関しては積極的なのかどうなのか、大胆なのに恥ずかしがるという矛盾しつつも相当そそられる反応をしてくれる。

 初心な乙女と経験を積んだ淑女が同居して、しかも感じやすくて積極的で、エロいとか、絵に描いた餅でももう少し現実味があるだろう。それなのに、俺を愛しんで従順で、俺よりずっと勤勉で、、、あとは貞淑とかその辺が揃ったらトリプルくらいの役満だぞ。


「あとはー、りょーりのセンスがおじさんよりっていうかー、自分のために作ってないっていうかー、かかりちょー愛されすぎっていうかー、山下がほしいれふー。」


 山下は、ゆっくりと崩れた。


「……課長。そろそろお開きにしましょうか。」

「そうだね。」

「課長がタクシーで連れてってくれるんですよね?」

「その大役は望月くんに、」

「俺、骨折れてるんで無理です。」

「……だよなぁ。」


 新人を、最初の飲み会で潰した上司がそこにいた。実際には山下が、勝手に飲んで自分から潰れていったわけだが、そんな言い訳は通じない。

 なぜならば、この後、どう考えても山崎専務のお宅に連れて行かないといけないからだ。

 そうじゃない場合、山下が一人暮らしをしていたらもっと問題だ。酔いつぶれた女性を家まで上司が送っていくなんて、誰かに見られたら目も当てられない事態になるのは想像に難くない。

 だから俺が課長なら、まずは山下の帰る家を聞き出して、一人暮らしっぽかったら、送っていくよりも奥さんが待ってる自宅に連れて帰った方がまだ、マシだと思う。

 俺にはそんな選択肢は取れないから何としても山下を押し付けたかった。


「じゃ、じゃあ、望月くんも送っていくからさ、二人で山崎専務のお宅に参ろうじゃないか?」


 うーん。こいつはどうやって反論したものか。

 ……ダメだ、酔っぱらってて考えがまとまらない。

 というか、確かに課長一人よりは、マシなんだよなぁ。

 うーん。

 う~ん。


「……わかりましたよ。俺と山下が後ろに乗るので良ければ行きましょうか。」

「理解してくれて本当に嬉しいよ。」


 ああ、とりあえずは、もう二度と山下には酒は飲まさねえ。



   *** ***



 酷い目にあった。

 やっぱり家は山崎専務のところだった。専務は支社の方にいて、来週までこっちに来ないという幸運のおかげで、殺されそうな視線が母親一人分で済んで本当に良かった。

 いくら山下がぐったり酔いつぶれてたとはいえ、俺は骨折してるし、課長もヒョロヒョロしてるから、何か間違いがあったとは思われなかっただろう。だとしても、娘がベロンベロンになって帰ってきて気分がいいわけがない。

 あとは山下、お前は今日の飲み会の記憶をちゃんと明日の朝まで保っておいてくれよ!

 そして、両親にちゃんとした説明をしておいてくれよ!


「はぁ。」


 そのあと、待たせていたタクシーで帰ろうと思ったが、ちょっと距離があったから、俺から定期券内の駅で下してもらって、で、電車で帰ってきたわけだ。

 すでに飾りとなった松葉杖とも明日でお別れ。

 ……というか、こいつのおかげで何度かコケそうになったな。


「はぁ。」

「晴彦さんっ。」


 幻聴か?


 ぎゅっ、杖を突く手に両手が絡む。

 それで足を止めて、振り向く。


「結、菜?」

「はい。晴彦さんの結菜ですよ? えへへ。」


 なんでいるんだ?


「帰宅時間が、揃っちゃいましたね。」


 今日は、予備校か。そういえば。

 そうこう考えている内に、結菜は俺のカバンを奪っていく。

 松葉杖は飾りだが、やはり片手で二つも物を持っていると、歩きづらい。結菜は、それに気付いたのか。


「――ああ。そうか、予備校だったか。」

「はいっ。晴彦さんも飲み会は終わったんですか?」

「ああ、新人が酔いつぶれたから、送っていかないといけなくなってな。」

「飲ませたんですか?」


 結菜が眉毛を吊り上げる。


「いや、勝手に飲んで勝手に潰れたんだ。」

「そうですか。」

「それで、課長と一緒にそいつの自宅まで連れてって、で、定期券内の駅で俺は下りて電車で帰ってきたというわけだ。」

「それはそれは、お疲れさまでした。」


 改札をくぐって、俺と結菜は同じ方に歩く。

 結菜は、いつも俺の歩く速度に合わせて歩いてくれている。

 松葉杖をちゃんと使っていた時はゆっくりと、今は少し早めだろうか。ギプスも取れたらもう少し早く歩けるんだが、すでにちょっと早かったことに気が付いた。

 結菜が息も切らさず付いてきたから、気付き辛かった。俺より小柄な結菜だ。一歩ごとの距離も違えば、足を動かすのも忙しなくなる。


「ああ、ごめん。足、速かったか?」


 ギプスをしているヤツの発言じゃないが。


「……実は、ちょっとだけ。」


 これくらいか。


「ありがとうございますね。晴彦さん。」

「いや、悪かったのは俺だから。」

「それでもです。」

「そうか。」


 飲み会の後、酒の廻りも気分も落ち着いてくれば、会話もしたいという気持ちも治まってくる。話し声が頭に響くわけじゃないが、こういう時はゆったりとしたい。

 結菜は、そんな俺の気分を知ってか知らずか、ペチャクチャと話さずに二人で並んで夜を歩いた。

 10月の風は温い時と冷たい時がある。

 冷たい方を気持ちいいと俺は感じるが、結菜は寒いと思うかもしれない。


「結菜、寒くないか?」

「え、あ、はい。大丈夫ですよ。」

「本当に?」

「はいっ、本当に寒くなったら、ボク、晴彦さんに抱き着くことにしていますから。」

「そ、うか。」

「はい。まだまだ大丈夫ですよ。」


 どうしてか、今すぐ冷たい突風でも来ないかと思ってしまう。


「そうです、晴彦さん。」

「なんだ?」

「明日、ギプスが取れたら、デートを、してくれませんか。」

「もちろん。」

「やった、えへへ。」


 俺は、即座に答えていた。俺自身ビックリするほどの即答だった。

 結菜は照れた顔を隠したいのか、カバンとかを引き寄せるみたいにして、ブレザーの袖で顔を半分隠しつつ、俺に何かを期待するような視線を投げかけている。


「どこに行きたい?」


 俺は、そんなことを聞いていた。


「お買い物とか、どうですか?」

「買い物。」

「はい。……あの、今朝の話、覚えてますか?」

「今朝……?」


『ボクは、晴彦さんの全部が欲しいんです。着ている服とか、会社で個人的に使っているものとか、食べ物とか、ボクが全部選んだり、用意したりしたいんです。』


「――ああ、俺の服を、結菜が選びたいのか。」


 それで合っていたのだろう。

 結菜はより一層、袖で顔を隠して恥ずかしそうにしながら、俺にぶつかってきた。


「……はい。ダメ、ですか?」

「いいよ。俺、服選びのセンスとかないから。結菜が好きなようにした方が、むしろ良いんじゃないか?」

「ありがとうございます。」


 えへへ。と、結菜は擽ったいように笑う。


 ……ん? 俺の、松葉杖まで取ってどうするんだ?

 結菜は、俺の持ち物を全部取り上げて、ようやく空いた手のひらを握った。

 いや、手を繋いだ。いわゆる恋人繋ぎだった。


「繋いじゃい、ました。」

「ああ。」

「晴彦さんっ♡」

「ああ。」

「えへへ。」


 それっきり。また静かに夜を歩いた。


「どーんっ♡」


 不意に、結菜が俺にぶつかってくる。

 それはぶつかるというにはあまりにも軽く、寄りかかるくらいの衝撃しかなかった。

 何故か、心地良い。


「きゃー♡ はねかえるー♡」


 楽しそうにぶつかって、そしてボールが弾むのを真似るみたいに、少し離れる。

 当然手が繋がっているから結菜が引っ張られて、そしてまたぶつかる。


「どーんっ♡ えへへー♡」


 そんなことを、何回か繰り返した。

 最後は「どーんっ♡」と寄りかかって、そしてぴったりくっついて離れなかった。

 ああ、そうか、これをしても、俺が歩くのに迷惑が掛からないか知りたくて、少し引っ張ってバランスを崩さないか、とかを試してたのか。

 明日取るとはいえ、俺はギプスをしている。

 寄りかかったら、邪魔かもしれないって思うよな。


 だから、むしろ引っ張ってやった。


 ぴったりくっついて、それでも絶妙に体重がかからないように寄り添っている結菜の手を下に引っ張れば、俺の方にぐらついて寄りかかるしかない。


「もっと、来いよ。」

「――はいっ♡ 晴彦さんっ♡」


 腕に結菜の頭の重みを感じた。俺の腕に沿うように、ぴったり身体をくっつけて、頭は倒している。

 結菜は、ジャケット越しでもわかるくらい暖かく、そして心地いい重さだった。


 コンビニを横目にあの交差点を過ぎて、俺の家に曲がる道とは逆方向に足を向ける。


「送っていくよ。」


 最近はリハビリがてら、結菜を自宅まで送って行っていた。

 今日だって例外じゃない。俺は、結菜を自宅前まで送っていく。


「ありがとうございますね。」

「大した距離じゃないし、当たり前だ。」

「えへへ。」


 夜を歩く。

 結菜の家までは2通りの道を選べるが、いつも、遠回りの方を選んでいる。

 夜を二人で歩きたいからだ。


 結菜の家は、ここら辺じゃよく見かける一軒家の例に漏れないオーソドックスなタイプだ。

 ガーデニングなんかもしているのか、門扉の脇にも鉢植えがいくつもある。

 暖かな家庭の雰囲気だ。


「ありがとございました。晴彦さん。」

「ああ、また明日。」

「はいっ、明日もボクが起こしに行きますから、寝坊していて大丈夫ですからね。」

「はは、わかったよ。」


 とととっと、結菜は近づいて、そしてつま先立ちになってちょんこんと啄むようなキスをする。

 今さらながら、俺は青春していた。



   *** ***



 部屋に戻ってきて、どうしてここに結菜がいないのだろうと首を捻った。

 それでもとりあえず、シャワーでも浴びるかと思えば、風呂が焚けていた。温度もちょうどよかった。つまり、結菜は風呂を沸かすためだけに今日、ここに来ていたことになる。

 本当に、頭が下がる思いだった。

 風呂から出て、いつもより心が弾んでいる俺に気づいて、ソファーに座ったものの、はて、なんで俺はソファーに座っているのかと疑問に思った。


 ああ、今日は金曜日か。


 前まで、金曜日はお楽しみだった。

 色々なものを発散したりするのに、AVを見ていたっけか。

 今は、結菜が積極的に絞りつくすから、明日もデートの後にここに帰ってきて、と想像して、明日まで溜めておきたいという気持ちになる。

 とはいえ、すでに懐かしいと思えるようになっていた習慣を、手探りで思い出そうとしてそっちを振り向けば、テーブルクロスのような布で目隠しされたカラーボックスがある。その、暖簾を潜る。


 そういえば、これと同じ感じで、結菜がスカートをたくし上げたこともあったっけ。


 俺は、そんなふうに思いながら、一つのパッケージを手に取った。

 取った。

 やけに、軽かった。

 あれ。

 開けてみた。中身は、なかった。


 マジか。


 マジか……。


 先々週見ていたのはこれじゃない。

 俺は、恐る恐る他のパッケージにも手を伸ばす。

 いくつか、軽いものがあった。

 さっきの兄妹のもの、素股企画のもの、前後ろ両穴を犯す3Pもの、フェラチオ専門のもの、それから、いくつか。というか、いくつも。


 教材、あったわ。


 うん。……うん。


 俺は何も気づかなかった。

 それでいい。






 いや、彼女に性癖ガッツリ知られるって、どんなプレイだよ!?














~to be continued~