エロ率分析 (α)

〜分析結果サンプル〜




 ああ、クソ。ツイてねえ。


 夜中にトイレの電球が切れちまった。

 他のところならまだ、何とか耐えられる。というか、困らない。

 だから、明日コンビニにでも寄ればいいや、なんて放置だ。


 だが、フロ場とトイレだけは別だ。


「……クソ。」


 ツイてねえ。街灯少ないし、最近、クソしか言ってないような気がする。


 10月だってのに、夜だってのに、なんでこんなに暑いかね。

 冷房が効いた部屋で、一杯やってたのによ。ビールと乾き物と餃子。

 AVなんてオカズまで楽しむ。


 週末は、それが楽しみなのによ。


 ちっ。


 なんで、トイレの電球は切れるかね。

 なんで、それに気づいちまったかね。


 ダメだ。


 クソ暑い中、他のこと考えようとするから益体もないことばっかり考える。

 っていうか、この道、暗くねえか? こんなに街灯なかったっけか? 道路整備か? まあ、いいや。やけに歩きにくいなと思ったら、ヘタクソのパッチワークみたいにデコボコした道路だな。掘り返しすぎだろ。


 こんな路面じゃ、蹴っ躓いちまうよな。

 おっとっと、ってさ。


 ……ああ、そういえば。


 昔、蹴っ躓いた子がいたなあ。


 名前、なんだっけ。


 えーっと。そう、10年くらい前だったな。


 俺が26歳の時だったか。当時の彼女とのデートの帰り、いつも通り彼女を俺の部屋に連れてこうとして信号待ちしてた時、反対側で母親と信号待ちしてた6歳児が、交通事故のお手本よろしく車道に躍り出たんだ。何に蹴躓いたのか知らないが、二歩、三歩よろけて転ぶ光景がスローモーションみたいで、しかも、ノンストップのトラックが、ゆっくり突っ込んできやがった。


 ――ゾクっと、した。


 気づいたら、その子を抱えるようにして、道路に尻もちをついてた。

 間の出来事は、バグった動画のつじつま合わせみたいに早送りで頭の中を駆け巡った。

 全力のダッシュで、車線の真ん中で手をついてた女の子の襟元をつかんで引っ張り上げた、っぽい。

 目の前を急ブレーキをかけたトラックが凄い速さで通り過ぎて、右から聞こえたのはでかいクラクションの音と、運転手の怒号。


 高校で、ラグビーやってて良かった。そのときはまだ、彼女に見栄張って、鍛えてたから体が動いた。


 っていうか、生きてた。

 少女は何が起こったかわかってないみたいな顔をして、で、急に腕の中で泣き出した。

 直ぐにその子の母親が血相変えて走ってきて。なんやかんやあって、メチャクチャお礼を言われた。


 そうだ、そうだった。女の子の名前は……確か、結菜ちゃん、だったな。


 あれから、もう鍛えてた身体もしっかり鈍って、無駄な贅肉もついた。元々ガタイが良かったのもあるから、よけい重く見えるのか、やたらデカいデブになってしまった。


「暑い……。」


 この体型の所為だろう。暑い。昔も暑いとは思ってたが、ここまでじゃなかった。

 電球と、後そうだな。アイスでも買って食うか。そういや、おつまみとかも無くなりかけてたか?

 買うものが増えるな。全部、暑さの所為だな。


「あ。」


 そういえば、ここだった。


 この信号。


 夜は特にそうだ。この道路は、大型のトラックが良く通る。高速料金を嫌ったドライバーが、バカみたいな速度で片側1車線しかない、少し広めの道路を走り抜けていく。路駐した車の隣でも、猛スピードですれ違うようなバカが、よく使う道路だ。信号の手前だってのに路駐してるバカもいる。この辺りじゃ、よく見かける軽だ。

 交差点の角にあるコンビニに用があるにしたって、もう少し何とかしろよ。


 クソが。


 なんて。悪態をついくだけ、なんだよな。何かができるわけでもなく、夜間信号機のボタンを押して、待つ。


 ――ウィン。


 向こうで、コンビニのドアが開いた。


 美少女が、出てきた。

 すっげぇ可愛い子。うん。こんな夜中にどう考えても美少女としか呼べない子がコンビニから出てきた。


 遠くからでもハッとするような綺麗な目鼻立ちに、小柄で華奢な、守りたくなるような身体つき。夜中で暗いのに、なお艶めくような黒髪。


 どこを見てるのか、わからない視線。

 すごい美少女なのに、まるで無表情。


 疲れてるんだろうな。スクールバッグが肩に食い込んで、ブラウスも少し草臥れているように見える。この辺の子かな? どこかで会ったこと、あったかな。

 時間的に、予備校からの帰りかな。少し惚っとしたような足どりで――、


 ――え?


 おい、ちょっと待て。


 ちょっと待てよ。


「え、あ、え?」


 そのままフラッと道路に躍り出る。


 おいおいおいおい!


 気をつけろよ! 知ってんだろ!


 夜は特に注意しなきゃいけないって!


「おい、、、おい!」


 惚けてる場合じゃないぞこら!


 ブブーッ!!


 あ。


 ――パッと少女が明るく照らされる。路駐の軽で見通しが悪くなってたのに、速度を落としもしなかったバカドライバーのトラックだ。


 戦慄とした。


 この道路で。この信号で。


 またしても、トラックがビュンビュン通るこの路で、あの子みたいにこの子も、おっとっとって事故直前。


「          !!!!!」


 何を叫んだっけ。


 気づいたら、左から眩しかった。

 走ってた。

 クラクションとブレーキ。

 タイヤがスリップする時の嬌声


 ふにっ。


 おっぱいの感触。

 ハッとした顔。

 今更かよ。

 やっぱどこかで。



 ――――バンッッ!! ぐちっ。




 あ、死











 ――――――――ギュルンッ!



「やあ。」




 ?


 ? ? ?


 ?? ?? ??


 え、え、え、え、え、え???


 あ? は?


 俺、死ん、で、ない?


 え、いや、だって。道路で、おっぱいが。


「やあやあ。」


 うるせえな。

 俺は今死んだところだ――ぞ?

 誰?


「ああ、やっとこっちを見たね。」


 どっちだ!?


「こっち、こっち。」

「いや、どっちだよ!」

「君の目の前さ。」


 ん?

 誰かいるのか?

 というか、ここはどこだ?


 真っ暗なのか、真っ白なのか、とりあえず地面は、あるな。ほとんど何もないように見える、いや、見えてるのか? たぶん見えてるけど、地面もよく見えないのはどういう事か。あるには、あるが。ヒンヤリしてやがる。

 いつの間にか座り込んでたから、とりあえず立って、見回してみても何が何だか。


 広い。


 ただただ広い。

 おそらく、広い。


 なんというか、コンピュータで3Dモデリングしてる時みたいな感じと言えばわかりやすいか。

 無限遠の空間に光を投射したせいで、対象は明るく見えるものの、果てが無いせいで距離感もつかめず、しかも明るいのに暗い、っていう変なイメージが付きまとう、あの感じ。

 この空間もそんな感じだ。方向も何もあったものじゃない。


 だから。


「目の前って言われても。いないじゃないか。」


 そう。暗いが、明るいから、目の前レベルで近くにいたらさすがにわかるだろう。

 でも、見えない。じゃあ、いない。

 簡単なロジックだ。


「というか、アンタは誰なんだ?」

「気になる?」

「気になる? じゃねえよ。今、ようやくちょっと落ち着いたところだが、そもそもここはどこだ? 俺は死んだだろ? なのに生きてる? いや、この空間を地球上に存在させるとなると、錯覚を使ったって、相当な広さが必要だ。」


 なにせ、明るいのに光源が見えない。わからない。

 ああ、俺は混乱してるな。やけに饒舌だ。


「まあ、俺がトラックに跳ねられて、意識を失ってる内にここに運んできて、で、そういえばケガも無いな。おい、あれからどれくらい経った? あの子はどうなった?」


 いまだに、さっき突き飛ばしたおっぱいの感触が生々しい。

 なかなかのサイズだった。たぶんFカップとかもう少し大きいくらいか。


「まあまあ、そんなにいきなりたくさん言われても、初めから答えるのでいいかい?」

「お、おう、そうしてくれ。」

「じゃあ最初の質問から。ここは地球上じゃないどこか。そして、まだ死んでないよ? トラックに跳ねられてからはそんなに経ってないし、突き飛ばした子はちゃんと生き残るよ。」

「は、ん? んん?」


 地球上じゃ、ない?


「というか、さっきから目の前にいるって言ってるんだから、さっさと気付いてほしいなあ。」

「何を?」

「本当に見えてないの?」


 は?

 目の前、に?


 ……板?


 と、文字。


 【じゃあ最初の質問から。ここは地球上じゃないどこか。そして、まだ死んでないよ? トラックに跳ねられてからはそんなに経ってないし、突き飛ばした子はちゃんと生き残るよ。

 というか、さっきから目の前にいるって言ってるんだから、さっさと気付いてほしいなあ。

 本当に見えてないの?】


 メッセージボックスかよ!

 あったよ!

 というかなんでメッセーボックスが浮いてんだよ!


「お、気付いたね?」

「い、やいやいやいやいやいや、謎が深まっただけだろ。なにこれなんだこれ!?」

「まあまあ落ち着いて。」


 声と一緒に目の前のボックスにも、聞いたものと同じ文言が浮かび上がってる。


「すごい、仕掛けだな。」


 なかなかビックリするじゃないか。

 とりあえず俺、落ち着け。


「うーん、何か勘違いしているようだね。まあ、それでもいいや。」

「わかった。なんだかよくわからんが、とにかく今はいい。」

「安い妥協だね。」

「問題は、さっきの質問の答えだろ? ここがどこだかわからない? 地球上じゃない? まだ死んでない? トラックに跳ねられて時間も経ってない? なんだそりゃ。意味が解らないだろう。」

「だね。」

「そもそも、なんで俺はここにいる?」


 そう、そこだ。

 どうして俺はここにいるんだ。


「ああ、それなら簡単に答えられるよ。――ここに、連れてきたからさ。」

「連れてきた、だ?」

「そう、連れてきた。今の君は、言うなれば、そう。魂の状態。」


 なんだそりゃ?

 魂の状態? 幽霊ってことかよ。


「おいおい。俺の身体はここにちゃんとあるじゃねえか。なに言ってんだ?」

「? 身体というのが、触った感触を認識できる実体だというなら、エネルギーの塊であるところの君が、自分の身体に触れられるのは当たり前の話じゃないかい?」

「は?」

「だから。なんで自分の体に触れられることが、そのまま、魂の状態じゃないことの証明になるのかな。」

「え、あ?」

「とはいえ。自分の身体があるかどうかということを、その身体がどんな状態になっているかということを、自分自身のみで確かめることも、証明することも、難しいよね。」


 いやいや、何を言ってる?

 わからん。不完全性定理か何かかよ。


「言っても切りがないからね。百聞は一見に如かず。下を見るといい。」

「下……? ぉわっ、なんだこりゃ。」

「君の事故現場、上空5メートルくらいからの映像、みたいなもの?」


 ちょうど、俺がグチャって潰される寸前だった。

 突き飛ばした美少女は、尻もちをつく途中の間抜けな格好で、目を大きく開けて驚いてる。

 俺の方は、ああ、もう駄目だな、こりゃ。すでに左足がトラックの下へ巻き込まれがちに押し付けられてるとこで、身体も傾いでやがる。


 このまま再生ボタンでも押せばきっと、醜いミンチが出来上がるだろうさ。


「悪趣味な。」


 これじゃ、俺が死んだって言ってるようなもんだろ。

 なんだ、あれか? 死んだ魂を異世界に転生させてくれるとか、そういう展開か?


「悪趣味だって? これでもギリギリだったんだけどな。」

「いや、何言ってんだ? どうせこれだって、過去の光景か何かだろ?」

「……? なにか、勘違いがあるみたいだけど、これでも現在だよ。ちょっと状態を止めてるだけだし。」


 あ?

 ははは。聞き間違いか?

 状態? 時間を、止めて――いや、もういいや。


 納得しよう。


 このヘンテコな光景が足の下に広がってるだけで、十分だ。

 コイツは神か何かで。俺は、時間が止まってるあの身体から、魂を引っこ抜かれてここにいる。

 どうせそういう事だろ?


「わかった。分からんけど、わかった。……なあ、なんで俺なんだ?」


 そこだ。なんで俺なんだ。

 問題はこれだけだ。


「ようやくまともな話ができるよ。」


 メッセージボックスのくせして、ホッとしたような文言だな。


「で、理由は?」

「あえて言うなら、趣味、かなぁ。」

「趣味、か。」

「まあね。でもここからはちょっと話が複雑になるんだけどさ。」

「話が長くなるなら座って、……座れるのかここ?」

「うん? 適当なところに座ればいいんじゃないかな?」


 よっこらせ。


「で?」

「話しを続けようか。趣味だって言ったけど、その前に君たちの宇宙のことを。」


 でかい話だな。

 メッセージボックスもなんだか饒舌だし。


「まあ、簡単に言うと、知的生命体って呼ばれるモノには複雑な系を持つエネルギーの塊が発生するんだよね。単純に、物質であればそれはエネルギーに変換できるんだけど、時間経過に伴ってエネルギーの状態が変化するのは、地球だと、生物か、もしくはコンピュータとかの機械みたいな動作するものだけなんだよね。特に、コンピュータはソフト上では情報の量が変化するけど、ハード上では周期的なエネルギーの変化しかない。これはつまらないよ。生物は、良いよね。ハードが変化することで、行動や判断が変化する。特に、知的生命体まで行くと、その変化は爆発的だ。」


 メッセージボックスのくせに、うっとりしたような、声だった。


「集め甲斐があるよね。」


 そしてそのまま、うっとりと宣った。


「……なん、だって?」

「だから。君たちみたいな変化に富む生命体に内在する複雑なエネルギーの系って、コレクションするには持ってこいじゃないか。なにせ、君もそうだけど、複雑な系を持つエネルギーは、それ自体がそのもののように複雑な動作をするんだ。見せてあげようか。今まで集めたエネルギーで出来た、仮想の世界を。」


 ぅわっ!


 光!? なんだこれ、すげえ光。


 光、光、光。。。


 違う。


 違うぞ。


 これは、光って見えるのは……人だ。


 眩暈がするほど長い帯の上に、膨大な数の人間がいる。


 帯、といっても短い方の端が見えるわけじゃない。なのに、これが帯状の何かだということがわかる。なんでか、そういうふうに知覚出来る。しかも米粒みたいに小さく見える人の、一人一人の様子が手に取るようにわかる。家を出て学校に向かう学生、電車に乗るサラリーマン。帯の最先端はそんな感じで、そこからどんどん時代が古くなっていく。


 バブル、昭和、戦中、戦前、大正、明治、江戸……クソが、どこまでも遡っていけそうだ。


「そうだ、ちょうどいい。君も、あそこに加えてあげようか?」


 は?


「それがいい。今の君を、保存しておこう。」


 なん、だって?


 やめろ。


「君の人生を、コピーしておこう。」


 やめてくれ。


 俺の、人生なんて、クソなんだ。





 だから……やめてくれよ。









~to be continued~