〜分析結果サンプル〜
ぽふん。
ボクは帰ってきて、ベッドにダイブする。
わあああっ。
何やってるんだよもうっ!
あんな、あんな破廉恥なことを、、、ううっ、しちゃった。
自分からスカートをたくし上げるとか、もうっ。
ボクはじっと手を見る。
まだ3回目なのに、スルッとフェラチオしてた。
違和感も抵抗も、ぎこちなささえ無かった。慣れた手つきだった。
ううー。
ボクは、自分のスペックが恨めしい。物覚えが良いのも考え物だよー。
でも、同時に、奈緒に思ったことが跳ね返ってくる。
垢抜けてしまう。
それは、ボクのことだったのだろうか。
ボクは、乙女で無くなることがそんなにショックだったのだろうか。
ボクは、変わり行くことに、そんなにも恐怖心を抱いていたのだろうか。
だから、奈緒も巻き込んでしまおうと思ったのだろうか。
だとしたら、ボクはなんて酷い女なんだろうか。
しかもその上、良い方に転がって行かないことを不満に、不安に思っている。
この感情が独善でないとしたら、なんだっていうんだ。
ボクは割りと最低だった。
だって、そんなことを考えながら指は左胸に伸びる。
二人で堕ちるところまで堕ちて、ドロドロに溶けあうような関係を、頭の片隅では憧れている。70年前の小説家たちのような耽美で溺れた関係は、劣情を掻き立てるには、熱を上げるにはもってこいだ。それを、晴彦さんとボクの関係に落とし込んで、なぞる。そんな妄想が、ボクをかき混ぜる。
罪悪感と背徳感をメインに、嫌悪感を隠し味にした自慰行為にどうしようもなく興奮する。晴彦さんに見られたら、恥ずかしさで死んじゃいそうになると思うけど、知ってることをネタに脅されて、命令をなんでも聞かなきゃいけない関係になりたい。
さっきまで無意識の晴彦さんに弄ばれて開発されちゃったおっぱいだ。
ちょっと前まで揉み拉いても、ピクリとも反応しなかったのに、今は熱を持って何かを期待するようにジンジンする。
乳首を弄れば、その期待通り胸を貫くような感覚が頭を通ってお腹まで落ちる。
そこで弾けて次の刺激を期待する。
クリトリスが欲しがってる。
ボクは、指を濡らすためにしゃぶりかけて、気付く。
吐く息が精液臭い。
そんなことは無いってわかってても、ドキドキする。
ボクは、これから晴彦さんの精液で指を濡らして、お、おまんこを弄りますっ♡
精液をローションみたいに使っちゃいます♡
うわ、あわわわ。
そんな妄想一つで、ボクはもうビチャビチャだ。
ショーツが濡れて張り付いているのがわかる。
晴彦さんの前でスカートをたくし上げるちょっと前からずっとボクはヌレヌレで、帰ってくるとき冷えてしまったのがわかったけど、また、元に戻ってる。
――ひうっ♡♡♡
そんなことを考えながら、ボクの指はクリトリスを激しく責め立てる。
だって晴彦さんはきっとそうするから。止めてと言っても止めないだろう。
ボクは、晴彦さんに優しくして欲しいって言わないと思う。
晴彦さんは今までの人生でずっと優しくしてきた。
けど、指はともかく挿入したあとは体格・体重の差が如実に表れて、ペニスが大きいのも合わさって、満足できたことはない。
自分勝手というわけではない。
一度、昔の彼女がねだったから、その子の言った通りでやってみた。
高校時代、真夏の地獄の練習よりずっとハードな強度の筋トレだった。
その子が一度絶頂を迎えるまでにボタボタと汗が落ちた。身体の全部で細かく動くには何もかもが合わなかった。
結菜は、晴彦さんのすべてが欲しい。
晴彦さんが本気になって、3分の1くらいの体重のボクを玩具みたいに扱うところが見たい。感じたい。ボクも理性を飛ばされたい。
晴彦さんの心も身体も、最後の一滴まで全部欲しい。
そのためにボクの全部が必要なら、すべて使って欲しい。ボクの何もかもを渡すから、晴彦さんの何もかもを、ボクの中に注ぎたい。
ボクの初恋は、だいぶ燻っていたせいで激情型で燃えている。
それが周りも巻き込んで焦がしてしまいそうで、さらにとてつもない嫌悪感に襲われる。
そのくせ、何もかもを渡してしまう気のボクは、周りに構う必要は無いと思ったりして、オナニーを続けている。
その背徳感で、右のおっぱいも開発していく。
――ううっ、イクッ。
「はあっはあっはあっ。」
なに、してるんだろう。
お風呂も入ってないし、勉強もしてないし、ストレッチもしてないし、肌のケアもしてないし。
はぁ。
わかってる。
結局のところ、ボクが晴彦さんを言い訳に煮え切らないから、他人を巻き込むだなんてお門違いなことに罪悪感を抱くんだ。
ボクだって、ただのヘタレだよね。
そう考えると、宮本先輩はすごい。すごく、強い。
本当の意味で、周りを気にしないで神谷先輩一筋で、それだけ。
それだけをずっと続けているのも、それだけに押し潰されないのも、すごい。
だって、神谷先輩は浮気しかしてないんだ。というか、神谷先輩がどこかで宮本先輩のことを彼女だって言っているのを見たことも聞いたこともない。
正真正銘、宮本先輩は自称神谷先輩の彼女だ。
そういえば。
ボクはまだ、宮本先輩にも神谷先輩にも彼氏が出来たって言ってなかったっけ。
神谷先輩は、彼氏持ちの子まで無差別に毒牙にかけたりはしないって聞いたから、多分、ボクに彼氏が出来たって言えばアプローチしなくなるのかなあ。
まあ、少なくとも宮本先輩には伝えておくかな。
ボクはスマホをタプタプ操作して、宮本先輩にメッセージを送った。
*** ***
ボクは、晴彦さんを押し倒して左半身に体重を乗せる。もはや日課になりつつある朝のひと時に、ボクはホッとする。
だって、昨日あんなことをしちゃったんだ。
嫌われるんじゃないかっていう不安は常に付き纏う。
絶対に失敗したくないから。
ハッピーエンドのその先まで全部、ボクに敗北は許されてない。まず目の前の晴彦さんを落とさないといけない。
少なくともライバルがいない、というのは救いだ。
「お早うございます。」
「ああ、お早う。」
レンジが鳴った音で、晴彦さんに跨がるように起きる。一旦、晴彦さんの足を跨いで女の子座りするように上体を起こして、ノロノロと下りる。
もうちょっと、クンクンしたり、スリスリしたりしたかったなぁ。
「もうちょっと横になりますか?」
朝ご飯の用意が終わるのは15分後くらいだ。
「いや、起きるよ。」
「はいっ。」
ボクは晴彦さんに手を伸ばして、掴んで、引っ張る。
晴彦さんが起き上がった勢いにフラついたフリをして、もう一度、そっと身を寄せる。
晴彦さんは紳士だから、しっかり抱き留めて、頭を撫でてくれる。
「えへへ。」
*** ***
ボクはこの一週間ですっかりつまらなくなってしまった授業を、真面目な顔で背筋を伸ばして受けている。
晴彦さんのお世話をしているのに、以前より効率が上がっていて、勉強内容もどんどん先へ進んでいる。
ボクの一週間という時間は、あっという間で濃密で、まるで一月を過ごしたかと錯覚させるほどだけど、経ってみれば驚くほど短かったような気がする。
ボクは、英語の教科書の日本語訳を考えていた。
ボクの頭は、よほど作りがよかったのか、覚えたいことはスラスラ入ってくる。
おかげで教科書の英文も、まるごと3つくらいなら覚えてしまっていた。ボクは既に日本語訳を終わらせていたけど、何かの不備とか勘違いをしていないか、考える。
そういえば、初香は時々ネットで日本語訳を探すとか言ってたっけ。毎年毎年、内容はそうそう変わるものじゃないし、全文の訳とか、探せば確かに転がっていた。
けど、クオリティが低かった。
ちょっと前までのボクでもそう思ったんだ。今のボクなら不満しか無いんじゃないだろうか。
今回扱っているのは、とある論文をめぐるエッセイ。地球温暖化は、本当に人為的なものなのか、という問い掛けだった。
そもそも、その答えなんて出ていないから、オープンクエスチョンで締めている、だなんて無責任な文章だった。
とはいえ、ボクもジェネラルトピックスを扱った論文とか、日経サイエンスみたいなちゃんとした内容のものは好きだった。
テレビとか、よく突っ込んでた。
そういえば晴彦は学生時代に、めちゃくちゃ論文を読まされたっけ。あの頃は苦痛でしかなかったけど、今はどうかな。
普通に読んでみたい気もする。女子高生の知識じゃ、オープンアクセスの論文が沢山あるなんて知らないけど、ボクは知ってる。
うん、なんだか読んでみたくなってきたな。
変な論文とか、尖った論文を見つけて、みんなで笑ったりしたっけ。
探してみるかな?
とかなんとか考えている内に4限が終わる。
あ、そうだ。授業前後に号令って無いんだ。晴彦の記憶じゃ、高校まで号令があったような気がするけど、結菜は高校に上がって号令が無くなって、最初はちょっとムズムズしたっけ。
うんうん。
「ゆいー。」
初香が呼んでくれるけど、今日はボク、用事があるから。
「ごめんねー。今日はちょっとあーや先輩に用があって。」
「え、え? マジ?」
宮本先輩は高校で悪名高いトラブルメーカーだ。
ボクがずっと絡まれていたのは初香も、奈緒も麗も知っている。
だから大丈夫? って心配してくれるけど、呼び出したのがボクなんだよね。
「大丈夫だよ。今はけっこう仲良くなったんだよ?」
「ウソ。」
「ホントだって。」
ボクは掌をヒラヒラさせて、教室を出る。お弁当は持っていく。
*** ***
こういうとき、屋上に呼び出してしまうのはなんでなのかな。少し涼しくなってきて、風が気持ちいいからかな。
ボクは宮本彩佳先輩を待っている。
部室は誰かがやって来るかもしれない、かといって屋上に誰も来ないわけじゃない。
でも、こっちの心の準備が出来るか出来ないか、というのは大きかった。
――ギイッ。
「……こんにちは、早いのね。」
そうこう思っている内に宮本先輩が来た。
風が吹いて、宮本先輩の肩の下辺りまで伸ばして内側にカールさせた、亜麻色の髪の毛が揺れる。
「あーや先輩を呼び出したのはボクですから。先に来るのは当たり前ですよ。」
ボクたちは、屋上に置いてあるベンチの一つに並んで座って、お弁当を開く。
宮本先輩もボクも、お弁当を作る相手がいるからお弁当箱そのものは可愛いんだけど、中身はけっこう地味だ。
いただきます。
ぱく。もぐもぐもぐもぐ。
うん。ちゃんと美味しい。
晴彦さんの家で料理を作れるようになったから、煮物とか時間のかかる料理にも挑戦できるようになった。
「……それで、話したかったことって?」
つまらないことで呼び出したのだったら許さない、と視線が射殺すほど怖いけど、結菜にとっては慣れたものだ。
ボクは口の中の食べ物を飲み込んで、一息ついてから答える。
「ボクにも彼氏が出来たので、もう本当に心配事が無くなりましたよ、という報告です。」
「はぁ……。」
それだけのために私を呼び付けたのか、とでも言いたそうな雰囲気。
やっぱりボクの人選は間違ってなかった。
宮本先輩は無敵だ。
「それと、あーや先輩に一つ、相談、、、と言いますか、愚痴とか聞いてほしくて。」
その言葉で初めて宮本先輩は態度を変えた。軟化させたというより、困惑して怒れなくなったといった感じかな。
「相談、愚痴……?」
「ええ、あーや先輩は友人から相談を受けて、その解決の糸口の正解と別解が頭に浮かんでしまったとき、どちらを教えますか? 別解は咄嗟の思いつきで、本当にそれで解決できるかわかりません、が、その別解の通りになれば正解よりずっと、過程は美しくなる、そんな解決策です。」
一気に喋ったから喉が乾いた。
ボクは、同情して欲しいのか、もしくは叱って欲しいのか。
少なくとも、奈緒に言った無責任な言葉に後悔しているのかな。
「――なんで、後悔なんてするの?」
そんなことで、と、宮本先輩は不思議そうに首を傾げた。
「結局、問題を解くのは結菜じゃないんでしょ? ……ああそっか。それって自分が可愛いから、自分が嫌なヤツって思いたくないから、言い訳が欲しいの?」
「そうかも知れないですし、そうでないかも知れないです。ボクが、自分をそこまで無責任だったと自覚したくないだけかも知れないですし。」
まったく、宮本先輩の言葉はグサグサと突き刺さるなあ。
自分で呼び出したんだけど、このせいで宮本先輩はトラブルメーカーになっているんだなって、よくわかる。
「それで?」
いきなりだった。
宮本先輩は、ブワッと一気に怒気を蘇らせて、下らないことを聞かされてウンザリだという雰囲気を纏った。
「そんなことを聞かせるために、ゆーくんとのお昼ご飯を台無しにしてくれたの?」
「まさか。」
これだ。
ボクは、宮本先輩以上に今のボクの相談に値する人を知らない。
「さっきのは相談事でも愚痴でも無かったでしょう?」
「じゃあ、なに?」
「……あーや先輩は、、、」
ボクは躊躇う。
少し言葉を考えてから、言葉を続けた。
「なかなか振り向いてくれない相手に、不安にならないためのモチベーションってどうやって持ったらいいんですか?」
だいぶ条件は違うし、なんだかんだ暴走気味の宮本先輩に尋ねるのはどうかと、一瞬思ったけどね。
彼氏が振り向いてくれないことに関しては、ボクよりずっと心を痛め続けているハズだから。
そして、不安にならないための、なんて皮肉を聞き流してくれそうなのも宮本先輩だけだろうから。
ボクとしては、割りと藁にも縋る思いなんだけど。
「ゆーくんは。」
そういえば、宮本先輩の惚気を聞くなんて初めてかもしれない。見える部分を見てるだけでお腹いっぱいだからね。
「優しいんだよ。」
「はい。」
「毎日、手を繋いでくれるし、あ、今日も寝顔が可愛かったし。」
え、神谷先輩、まだ宮本先輩のマンションに住んでるんだ。
去年のクリスマスくらいかな。テストが終わった冬休みちょっと前から神谷先輩が学校に来なくなった。原因は嫉妬に燃えた宮本先輩による神谷先輩の軟禁だった。神谷先輩はその後、1月の半ば辺りからまた学校に来るようになったから、家に帰ったんだと思ってた。
まだ、宮本先輩のマンションで二人暮らししてるんだ。まあ、宮本先輩といえばこの辺一帯の不動産王の一人娘だから、神谷先輩の将来は安泰なんだけどね。
そんなことをつらつら考えながら、ボクはボンヤリと宮本先輩の惚気を聞いていた。
どうでもいいことしか言わない。
「時々いないこともあるんだけど。」
「はい。」
「でもね。最後は私に微笑んでくれるの。」
「はい。」
これは、もしかして人選をミスったかな。
宮本先輩は一言一言噛みしめるように話すし。
わけわかんないし。
「ずっと、ずぅうっと前からね、私は幸せよ? 今更不安にはならないわ。」
ああ、そうですか。それを言うための前フリが長いですよ。
「――ちょっと、嫉妬しちゃうんだけど。」
「え。」
あ。そうか。今更、不安にはならないって、そういうこと。でもちょっと、じゃないよね。かなり嫉妬に狂ってますよね。
ああでも、そうか。
宮本先輩はモチベーションがどうとか、そういうのじゃなくって。
世の中に、他に女性がいるせいで目移りしちゃう神谷先輩に嫉妬しちゃうから、そのお相手が被害に遭うのか。
あー。
ボクは、何に不安になっていたのかな。
メンドクサイ一人相撲。
感情に、振り回されてるなあ。
「ねえ。」
「――あ、はい。」
「もう戻っていいかしら?」
「あ、はい。ありがとうございました。」
「そう、じゃあね。」
宮本先輩の行動は、あまりにも首尾一貫としていて気持ちがいいくらい女子受けが悪い。
ボクは、そんな宮本先輩は嫌いじゃないけど、、、うん、やっぱり前に嫉妬を向けられちゃったから、大っ嫌いだ。
「……そうだ、あーや先輩。」
「なに?」
振り向いたけど、その顔に何も感情はない。
「ボクに彼氏ができたこと、神谷先輩には話さない方がいいんじゃないですか?」
「……? ――ああ、そうね。ふふっ、結菜。ありがとう。」
神谷先輩との関係に有益かそうでないか、宮本先輩の他人とのコミュニケーションの判断はそれだけだから、少しは留飲を下げてもらわないと困る。
神谷先輩は、彼氏持ちの子は見向きもしない。
だからボクに彼氏ができたことを伏せておいて、ボクに目を向けている間は他のフリーの子に手を出す可能性がグッと減る。
そういう利益をぶら下げてみたわけだ。
*** ***
今日は予備校がある日だから、その前に晴彦さんのご飯を作りに行く前の、ちょっとした時間を潰しに部室に顔を出していた。
「はぁ……。」
ボクは、反省していた。
どうしてか不安になる、なんて一人相撲をしていた。
宮本先輩が言ったように、自分を見てくれない間、誰かを見ているんじゃないかって嫉妬をするならまだしも、ボクは一体何の影に怯えたのかな。
――ガラッ。
「こんちわー……って、今日は、希埼先輩だけですか。」
「こんにちは、カナダくん。」
カナダくんは斜向かいに座る。
「昨日、先輩どうしたんですか? 予備校とかない日ですよね?」
「え? ああ、うん。ちょっと友達と買い物をね。」
フワリと、昨日のことを思い出す。奈緒可愛かったなぁ。今日もずっと、ソワソワしてたし。
「……昨日は、神谷先輩は来たの?」
「いえ、新部長がようやく来まして。」
「志乃ちゃん? 来たの?」
「そうですよ。俺一人で相手しなきゃいけなかったんですよ?」
真鍋志乃、といえばフィールドワーク系文芸部員として一部で有名だ。得意なジャンルはBLと怪談、という生粋のジャンキーで趣味は廃墟廻り。そこで得られたインスピレーションを基に退廃的なスチームパンクとSFで耽美的なBLを混ぜるという悪辣な錬金術をするものだから、部誌から志乃ちゃんの小説やエッセイが、学祭実行委員会の手によって切り取られることもしばしば。当然、コズミックホラーなんて好物以外の何物でもなく、去年書き上げた、実はミスカトニック大学に召還されて教鞭を奮っていたラヴクラフト教授とダーレス助教授の不思議で耽美的なホラーミステリーは、古き良きやおいを踏襲したような匂いを纏っていただけなのに、表現が性的過ぎるとして規制されていた。
かわいそうに。
ボクは苦手なんだけど、最近の志乃ちゃんが残穢とか忌録とかのホラー小説を楽しそうにするのを聞くのは、ボクも楽しかった。
「ああー。会いたかったなぁ。」
「いやホントお願いしますよ。」
志乃ちゃんは、この世のあらゆるものを憎んでいながら、それが羨望の裏返しであることを知っている。「なんで生えてないんだッ!」って叫ぶのを何度聞いたことか。目に映るものすべてが好物だから、当然カナダくん×神谷先輩の妄想も終わらせているし、その内容をカナダくんも読んでいる。それ以来、カナダくんのトラウマになってしまったけど。
どちらにせよ志乃ちゃんは、物語の重厚さは取材の量に比例する、と豪語して止まない。だから、文芸部なのにフィールドワーク系として動き続けている。
「志乃ちゃん、今度はどこ行って来たんだろ。」
「え、確か埼玉の方に男臭い廃墟があったとか言ってましたけど。」
「男臭い廃墟……?」
「今度聞いてくださいよー。確か、ブロックなんとかとかいう焼き肉店らしいですけど、、、熱いグラフィックアートバトルに悶えてきたとか怪しいこと言ってたんですから。」
「そうするよ。」
ちなみに、志乃ちゃんの書く小説はネットで凄く人気だそうな。ボクは志乃ちゃんから直接見せてもらった原稿とかだけしか知らないけど、確かに面白いと思った。被害者を除けば。
「でもまあ、真鍋部長が魔よけになったんですかね? 神谷先輩も来なかったですし。結果として、俺と部長の二人きりとかいう地獄でしたけど。」
ジトっとした恨みがましい視線は、やがてチラチラと、ソワソワとした眼差しに変わる。
ボクは相変わらず勉強の片手間に受け答えしていたから、カナダくんはボクが何も見えてないって思ってる。だけど、少なくともボクを見詰めている限り、どんな視線なのか、わかっちゃうんだよ。
ああ、そういえば、カナダくんも好きな人に振り向いてもらえない一人だね。
ボクみたいな特殊な状況でもなければ、宮本先輩みたいな特殊な人でもない、普通の高校生。
「ねえ、カナダくん。」
「えっ!? はいっ、なんですか?」
「ぷっ、はは、なんでそんなに慌ててるの?」
ボクの顔を覗き込もうとする直前だったから?
「っ。いやーなんでですかね? アハハ、きっと何か喉に詰まったんですよ。」
「そう。」
「……それで、なんでしょうか。」
「カナダくんは、」
この質問は、カナダくんにとってどれほど残酷なのだろうか。
「振り向いてもらえない相手には、嫉妬する? それとも不安になる?」
「――え?」
ポカンとした表情。
意味を捉えられてない顔。
ボクはそれを横目に帰り支度。
何を言われたのか、咀嚼する時間も併せて、
「来週までの宿題ね。」
ボクはウインクして帰る。
~to be continued~