〜分析結果サンプル〜
「ふあぁ……。」
眠いよね。
朝の電車内で、同じ制服に身を包んだ知らない子が、単語帳を広げながら時々欠伸をする。
ボクは、毎朝晴彦さん成分を吸収しているからか、ずっと調子が良い。
それに、、、うん。認めたくないけど男性からのえっちな視線でゾワッとさせられて、嫌でも起きる。特に、朝の電車内って視姦されやすい。
視線がどこを向いているかわかるようになってきてるから、まず胸を見て、次に顔を見て、腰周りを舐め回すように見てくるって気付いちゃった。
まあ、大体どんな想像してるかわかっちゃうよね。
朝から邪過ぎないかな、おじさんたち。
そんな、圧力を感じるような視線に晒されながら、複数の路線が重なる駅ごとに増えていく同じ制服の子を数えてみたりして時間を潰す。
ある意味で、ボクが一番無防備なのは、登下校時間なのかも知れない。
ボクは、ボクという人間を希埼結菜という枠に押し込めるために、あえて強調して振る舞っている。
無意識に。
学校の友達と一緒にいるときと、晴彦さんと一緒にいるときで異なったボク。
高校一年生の時の現国で勉強した『人間失格』。人間は他者と接するときにペルソナを持つ。……ボクは、どんなペルソナを持ってるだろう。
接する人ごとに少しずつボクを変えているだけでなく、晴彦と結菜が混在している。
意識が晴彦よりだって、神様に言われたからそうだと思っているんじゃないか。
何せ今のボクには結菜の意識を証明する手立てが無い。
ふう。
人がセンチメンタルを気取ってるんだから、少しは自重してよね、おじさんたちっ。
*** ***
授業自体の面白さでいえば、高校の方がずっといい。だってカリキュラム通り進みながら、かなりの確率で脱線していく先生が多いから。
その中で一際目立ってカリキュラム通りなのは伊藤先生だ。
今日も今日とて、キッチリ時間を測ったみたいな配分でチャイムとともに授業を始め、チャイムとともに終わらせた。
「それでは、宿題の英訳と、今日の復習をしっかりしてきてください。――希埼さん。」
「はい。」
ボクは教壇から下りて廊下へ出ていく伊藤先生を追って、英語科職員室へ向かう。
「結論から言いますと、正規の模試に、2年生が参加することは出来ません。」
「はい。」
「ただし、毎回安定して5部は余りが出ますから、それを別室で同じ時間割で解く、ということは出来ます。」
「はいっ。」
「とはいえ、これは2年生全体に向けて告知できるようなことではない、少なくとも今回は、予告する時間があまりにも短かったということから3年生に配慮して、告知はしません。次の2年生の実力テストで、成績優秀者に対してのみ挑戦するかどうか、聞くことになると思います。」
「はい。」
「希埼さん。私は、貴女に期待をしています。試み自体は大変意義があることでしょう。特にこの時期、3年生はピリピリしてきます。ですが、2年生には負けられないと頑張ってくれるようになるのではないかと、次回の模試からは告知することができそうです。」
ふ、っと。伊藤先生は柔らかく笑う。
「ありがとうございます。」
ぺこり。
伊藤先生は、とても生徒思いの優しい先生だって、知らない人が多い。
*** ***
今日は、週2回ある体育の日だ。
普通に女子で仲良くバレーをやるくらいなんだけど。昼休みの前だから、というのもあって、そんなに真面目にはやってない。
ちなみに今日も初香とかボクの胸を揉んでこようとするんだよ? ひどくない?
あと、体育館を半分に区切って向こうでは男子がバスケしてたけど、こっちをチラチラ見るのはバレてるぞー。
「ねえ、ゆいー。」
ボクは、奈緒とバレーの試合を観戦してた。
「なに? 奈緒。」
初香は得点係でちょっと離れてる。麗は試合中だ。
「付き合うって、どんな気持ち?」
「ちょ、今それ聞くっ!?」
ボクは、ちょっと慌てて、左右の誰かに聞かれているんじゃないか確認して、そして奈緒を恨みがましく見つめ――られなくなった。
奈緒が、体育座りの膝頭に、頬っぺたをつけてボクをジッと見てた。
「誰にも聞かれてないよ。」
いつになく、真剣な奈緒。
「うん。」
ボクは、そんな奈緒の雰囲気に飲まれる。一瞬、ここがどこだかわからなくて、落ちるような深い視線。
「で、どんな気持ちなの?」
「う、ん。」
考える。
今のボクには、晴彦さんと付き合う前というのが霞がかった記憶で、ボンヤリしてて直感的に判断しづらい。
でも。
「世界一嬉しくって、死ぬほど辛いよ。」
「……。」
「ボク、まだ本当には、晴彦さんに相手してもらえてないんだ。」
「付き合ってるんでしょ?」
ボクも膝小僧に頬っぺたをつけて奈緒を見る。
「勢いで押しきってね。……辛うじて付き合わせてもらってるだけなんだ。」
「なにそれ。」
奈緒はボクの、そんな自嘲じみた言葉に怒ってくれている。
だからかな。そんなところまで話す気なんてなかったのに、口が滑る。ボクは、晴彦さんと付き合ってる実感が薄い、だなんてことを。
「ボクの憧れだったんだ、晴彦さんって。昔から、本気でずっと好きで、、、結婚したいって本気で思ってるんだよね。えへへ。」
軽いなあ。
ボクみたいな小娘が口にする、結婚の言葉。
初恋に夢を見たままの、何もわかってない乙女の幻想。童話みたいなハッピーエンドで、王子様と幸せに暮らしましたじゃ済まされない。
だとしても。
ボクは、本気だよ。
視界が少しぼやける。
ぐっと堪えて、真剣な奈緒を真っ直ぐ見詰め返す。
「なんで、こんなこと聞きたかったの、奈緒?」
ボクは問い質す。
「私も、ゆいみたいな感じで。……そのことばっかり考えてたら、ゆいがちょっと違うのに気付いたっていうかね。そういえば、もしかして3年生の模試を受けたいのも、それ関係、、、だったりする?」
「うん。」
「そっか。」
今週、奈緒がやたら鋭かった理由かな。奈緒は、言葉を探すように、ううん、落とした言葉を見つけるように手探りで、ボクに伝えようとしてる。
そのことを話すのに少し躊躇って、でも奈緒はぽつんと口を開いた。
「……告白、されたんだ。」
「――やったじゃん。おめでとう。」
「ありがと。」
「誰?」
知ってる人?
「私の、、、幼馴染み。今、中学3年生の受験生。けっこう大人びててね。」
「うん。」
「家が近くて。幼稚園も小学校も中学校も同じで、よく一緒に帰ってたし、あっちの親が共働きで小学生のときから私の家で夜まで預かってたりして。」
「うん。」
「ここに、入りたいんだって。」
奈緒は、顔を膝に埋める。
「そしたらまた私と一緒だねって言って。……気付いたら告白されてた。」
「うん。」
「なんで、告白するかなぁ。昔から一緒にいたせいで、それが当たり前になってた。弟みたいに思ってたのに。」
弟のままでいたくなかったんだね。
「付き合うって言っても、断っても、昔には戻れないよね。ゆいは幸せなのかと思ったら、そうでもないみたいだし。……私も、好きだから。」
なんかサラっとディスられたような気もするけど。わかる。
「怖いんだ。付き合って、別れたらって。」
「うん。」
「付き合ったら絶対、別れたくない相手なんだ。高校って長いじゃんか。3年間もずっと付き合ってる人なんて聞いたこと無いし。でも、私は3年間どころかその先も、ずっと、、、一緒にいられると思ってたのに。」
「うん。」
「……なんで、あいつ告白してきたかな。ばか。」
「うん。」
「今週、ゆいがすごい変わってて、もしかしてって思ったら、付き合ってて。」
「え、そんなに、だった?」
「うん。なんでか初香は気付いてなかったっぽかったけど。バレバレ。」
「うそ。」
「でも、私も告白されてたから、そればっかり考えちゃって。……でも今週中には答えないと。」
「うん。」
「なんで、あと3年後とかじゃ、なかったのかな。」
ポツンと、奈緒は呟いた。くぐもった声で。
そんなとき。
結菜じゃ思いつかなかった、簡単なことを閃いた。
「……ボク、思ったんだけどさ。」
「なに?」
「これから、凄く無責任で酷いこと言っていい?」
奈緒は少し考えて、最後小さくに頷いた。
「いいよ。」
「……エッチ、したらわかるんじゃないかな。これからも、その人と付き合っていけるかどうか。」
ボクは、頬っぺたが熱くなりながら、凄く嫌な気分のまま続けた。
「だって、奈緒はその人と付き合いたいって思っちゃって、どうしようもないんでしょ?」
静寂。
奈緒がボクを見て、目にいっぱいの涙を溜める。
けれど、それは目の縁でウルウルと留まって、決してこぼれ落ちない。
「……酷いこと言うね、ゆいは。」
私は、答えが欲しかったんじゃないんだよ。奈緒は呟いた。
答えが出たら、動き出しちゃうじゃんか。そう呟いているように見えた。
願わくば、身体を重ねてより一層、自分に引き込まれますように。
飽きられませんように。
奈緒の肩が震えてた。
「でも、確かにそうなのかも。あいつ、いつも落ち着いてるから、ここに受かってからにしたいとか言うかも。」
奈緒は自分に言い聞かせるように呟く。そうだと良いなって、そうなるように願いを込めて。
でも、さすがに中3の男子にそれは無理じゃないかな。
ボクは奈緒と違って、出来る限り早く答えを出さないと、手遅れになりそうなんだ。だから、ボクに相談してしまったのが、全部間違い。ボクが、以前のボクじゃないっていうのを知らなかったとしても。
それでも初香とかに相談するべきだったと思うよ。
一緒に悩んでくれたと思う。
「ゆいも変わっちゃった。」
待って! ボクはまだ処女だよっ。
って、言いたかったハズなのに、どうしてか見栄っ張りなことを言ってしまう。
「……相手は中3だし、ゴムは、こっちで用意しといた方が良いよ。」
だなんて顔を真っ赤にして。見られたくないから膝に埋めて。そのくせ変なドヤ顔で。
そして、さっきボクが言ったことを反芻する。
『まだ相手にされていない。』
そして腑に落ちる。それがボクの本心だからだ。
そっか、ボクは、それが怖くて、晴彦さんに迫ってるんだ。
下手くそなりに、恥ずかしがりながら。
「……い、一緒に、」
奈緒の掠れたような声にハッとする。
ぼうっとしてて、気が散ってた。
視線の先には、茹だるほどに顔を赤くした奈緒がいた。
「一緒に買いに行ってよぉ……ゆいぃ。」
ボクは、自分でも買ったことがないことに気付いて。
自分が処女だっていうのも棚にあげてたから、奈緒と同じように生々しい想像をしちゃって。
ボクたちは二人して真っ赤の顔で向かい合う。
「……うん。いいよ。」
奈緒の顔を真っ直ぐ見れない。
ピーッ!
「わっ!」
「きゃっ!」
ボクたちは二人だけの世界で話してるような気分だったから、試合終了の笛が殊更大きく聞こえてびっくりした。
得点係を買って出た初香も帰ってくる。
「さっ、次は私たちの番だよ! ……? なんで二人とも顔赤くなってるの?」
この時は、初香にすっごく感謝したくなった。
「――だって、10月になったっていうのに、こんなに暑いなんて聞いてないよねっ。」
「あー。確かに暑すぎる気がするー。」
ボクたちは初めの一言で印象が決まることを恐れて、話せなくなるときがあるんだ。特に、微妙な話題の直後とか。
初香は、そんな空気を吹き飛ばしてくれる。
ありがとう。
ボクは手をパタパタ仰いでごまかして、コートに向かった。
*** ***
お昼前の体育の出来事は、良くも悪くもボクをずっと上の空にさせていた。あんまりにも呆っとしていたからなのか、午後の授業では2回も先生に当てられたけど、そこはボクだよね。ほとんど何も聞いてなかったけど大丈夫だったし。
そしてボクは帰りのHRのあと、帰りもせず、部室にも行かずに一冊の小説を読んでいた。
今月の課題になった英語小説の日本語訳だ。有名なその小説は、昭和時代に翻訳されたものが図書館にも当然のように所蔵されていて、ボクはそれを借りていた。
不必要ではあったけど、ボクは比較的短篇なそれの全文を訳し終えていた。その上で、他の人はどう翻訳するのだろうと思った。有名な小説だったから、それこそネット上にもいくつか個人的な和訳が転がっていて、それらも参考に読んだりしている。
訳者によって、それこそストーリーのイメージから何から何まで全部ガラッと変わっているのが面白い。今読んでいる人は、いつもはミステリーを書いているからか、、、ブラスバンドの指揮者が指揮する合唱を聞くような、不自然さがある。近くて越えられない不気味の谷の手前で、なんで橋がかかっていないのだろうと、首を傾げているようなもどかしさがある。
「――ゆいっ。」
パタンと、小説を閉じて鞄に仕舞う。
「行こっか、奈緒。」
そう、ボクたちは約束通り、奈緒のためにコンドームを買いに行くことにしたんだ。奈緒が今日の日直だったから、日誌を職員室に届けるのを待っている内に、教室には誰もいなくなっていた。
「……うん。」
これから買いに行くものを想像しているのか、奈緒は顔を赤くする。
トテトテと奈緒がボクの後ろをついてくる。
なんで? と思ってボクが後ろに下がろうと歩みを緩めると、いつの間にかボクも奈緒も足が止まっているという不思議な状態に陥って、首を傾げる。
「え、何してるの?」
「あーうー、恥ずかしいじゃん。」
なにこれ可愛い。
うんまあ、それはいいんだけど。
なんかボクが積極的に買いに行きたいみたいになってるじゃんか。
ちょっと待って。
「奈緒? え、奈緒が買いに行きたいんだよね?」
「うん。。。」
「なんでボクの背中を押してるのさ。ボクが奈緒の背中を押したんじゃん。」
上手いこと言った!
「だって、だってぇ。――わっ!」
グイッと肩に力がかかって、後ろ向きに転びそうになる。
奈緒は、ちょっと抜けている。特に足元とかが覚束ないことが多い。
「ちょ、危ないよー。」
「ご、ごめーん。」
「もう。」
「……で、でも。ゆいが、、、ゆいがあんなこと言うから、私、、、こんなことになってるんだよ? 責任……とってよぉ。。。」
ボクのカーディガンもブラウスもまとめてギュッと掴む。背中越しでも、奈緒がどんな顔をしているかわかる。
サアッと風が吹いて、髪の毛を持っていく。
うなじが少し寒くなって、秋なんだなって思った。移行期間も今週で終わりだし、来週は冬服を出そう。
ふう、少し落ち着いた。
あまりにも奈緒が可愛いから、うっかり責任をとりそうになってた。
危なかった。
「責任の請求先は、ボクじゃないと思うんだ。そういうのは彼氏さんにお願いしてよね。」
「ま、」
「ま?」
「まだ、、、彼氏じゃないもんっ。」
「うん。」
うん。
*** ***
「ほらっ、行くよー。」
ドラッグストアの前まで来て、フッと背中が軽くなって違和感になった。振り返ると奈緒がそこに立ち止まっていた。ボクは縮こまった奈緒に、何てことないと気楽な調子で声をかける。
だけど、心臓が破裂しそうなのはボクだって同じだ。
普段、ドラッグストアに行くときは自分用のシャンプーとかリンスとかコンディショナーとかソープとか、リップクリームとか化粧品とか、日焼け止めとか制汗剤とか、生理用品とか頭痛薬とか、お菓子とかトイレットペーパーとか洗剤とかとかとか、そういうものを買いにくる。
当然だけど、コンドームとかエッチのためのローションとか妊娠検査薬とか、そういうものを買いにくることなんて無かったし、初めてそういうコーナーに来てる。
へぇー、最近は妊娠の最適時期を検査するものまであるんだ。すごいなぁ、妊活っていうの? 精子を見るための顕微鏡みたいなのもある。これってアントン・ファン・レーヴェンフックの顕微鏡と同じ原理だよね。生物の授業で習ったのとよく似てる。
「うう~。」
隣では奈緒が顔を真っ赤にしながらコンドームと睨めっこしていた。っていうか、なんでコンドームって棚の下の方に置いてあるわけ? というか、そういうものが下の方に追いやられてるのに、有名なTENGAとか、その卵とかそういうのは上の方にディスプレイしてあって、隣にマカの力とか、男性用の精力剤が……これは買っておくべきかなあ。
あれ……なにこれ。
おもちゃみたいなローターが隅っこの方にあった。
ローター。
申し訳程度に、肩コリとかのコリを解すのに使用してくださいとか注意書きに書いてある。
「ゆいぃ。」
「ん?」
あ。
ローター。持ったままだ。
「どれにしたr……それ、買うの?」
「見てただけ。」
そそくさと元あったところに戻す。
うん。見てただけでも十分アウトだよボク。言い逃れできないよボク。
晴彦の余計な知識があったから、初めて見たハズなのに態度に余裕があった。まるで、珍しくないものを手にしているような反応だったと思う。
うん。
「それで、奈緒は?」
「わかんないぃ。」
泣きそうな上目遣いの奈緒にやられたわけじゃない。
しゃがんだところから見上げてくる奈緒に保護欲が駆られたからじゃない。
元から奈緒はめちゃくちゃ可愛いから。
「この――0.01っていうので大丈夫。」
だなんて先輩風を吹かせてみる。
処女だけど。
絶賛先越され中なんだけど。
だって、奈緒はこのまま行ったら幼馴染みの中3の子に今週末までに、というか多分土曜日にセックスしようって自分から誘うことになるんだよね?
男子からしたら、自分がずっと好きだった近所のお姉さんに告白したら、そのお姉さんからベッドに誘われた、ってナニソレ羨ましすぎない?
しかも誘ってくれるのは、こんなに可愛い奈緒だし。
「う、一番薄いやつ。」
とかなんとか言いながら、キラキラ光が反射する箱の隣にあった、真っ赤なパッケージをを両手で持って、それで顔を隠してる。
それ、恥ずかしいのを隠してるって思ってるなら、逆にえっちな感じになってるからね。
顔の前にコンドームの箱を差し出して、自分の調理法を教えてるように見えるからね。
「でも技術的に一番進んでるって思えば、逆に安心できない? ちょっと高いけど。」
「わ、わかんない。」
もう、ボクは吹っ切れて自棄っぱちだから、自分がどんな顔して喋ってるかも、わかってない。勢いだけで生きてるって感じがする。
「それも売り物なんだし大丈夫だよ。」
「う、うん。」
「ただ――、」
「うん?」
「――奈緒が持ってるのって、Lサイズの方だから、ノーマルの方を買ったら良いんじゃないかな……なんて。えへへ。」
これ以上赤くなれるんだって、ボクもビックリしたけど、奈緒は死んじゃいそうな顔で、どれだかわからないっていうふうだった。晴彦の知識から、ほとんど同じだけど微妙に違うパッケージを見て、ノーマルサイズの方を奈緒に渡す。
受け取ったLサイズの方は、、、やっぱいらないや。
ボクは最短で晴彦さんに幸せになってもらうわけだし。
そして、流石にボクもこんなところからは早く退散したいから、奈緒に立ってと急かす。
「ううー。」
奈緒は恥ずかしそうにノロノロとレジに赤い箱を持っていく。なんだか罰ゲームみたい。
「買ってきたよ……。」
流石と言うべきはレジのおばさんで、サッとレジを通したら、中身が透けないような紙袋に入れて、何事も無かったかのように対応していた。
「お疲れ様。」
「ホントにね。」
「行こっか。」
「うん。」
ボクが言うと嘘になるかもしれない。けど、ボクが奈緒に0.01 mm を勧めたのも理由がある。一箱に3個しか入っていないのに、1000円近くかかるからだ。
一度のセックスの価値を考えてしまうから、それを目に見えるコストで無意識に刻んだ方が、ボクたちは擦れないで済む。
同じ価格で1ダースも入っていると、一箱使い切るまでに身体が慣れてしまったことを実感して、心が擦り切れる。
垢抜けてしまう。
ボクが焚き付けたこととはいえ、それこそ奈緒の言葉を借りるわけじゃないけど、あと3年間は垢抜けない方が良いと思う。
大学生の時にそれを実感するだろうから。
でも、どっちにしてもボクが出来るのは半年間の猶予期間だけ。
中3の彼が持て余したものを抑えられるとは思わないから。高校生になるまでに傲慢にならないことを願うだけ。奈緒を当たり前だと思うようにならないことを祈る。
来年、奈緒が泣いてお話しするなんてことにならないといいな。
そんな嘘みたいなことを、ボクは思った。お前が言うなって怒られそうなことを願った。
そして素知らぬフリで、ボクは奈緒の友達でいるんだろう。
自分の言葉で苦しむくらいなら言わなきゃ良いのにね。まだ、上手く行かないとは決まってないのだから。
ボクは嬉しそうな奈緒の背中を追った。
*** ***
ボクは料理を作ることも好き。掃除も洗濯も、好きな人に尽くすこと全般が好き。それはお母さんが楽しそうにお父さんのお世話をしてたから。
毎日楽しそうに過ごしているから。
特に、ボクは6歳の頃から晴彦さんが好きだから、10年間、無意識でも晴彦さんにお世話をするイメージがモチベーションになってた。
そのおかげで、ボクは平均的な同世代よりずっと、家事は上手だし、美容と健康に気を遣ってる。ボクは贔屓目に見ても美少女だ。朝から晩どころか時々は寝ている間も頑張ってるからね。
正直、告白された回数だって両手で数え切れないくらい。
だとしても、好きな人に好きになってもらうことは難しいし、正解をなぞるだけだって晴彦が囁くのも煩いだけだ。
だってボクは晴彦さんに相手にされてない。
この10年ですっかり参ってしまっているから、押して押して、押し倒すことでようやくセフレ寄りの通い妻みたいな彼女擬きの何かには収まれた。
だけど晴彦さんから求められているわけじゃない。
それがボクを不安にさせる。
晴彦は失うのを怖がっているだけだから、直ぐに零れ落としたくなくなるから今のままで大丈夫だと思ってる。
でもボクは16歳の小娘で、失敗をしたことがない。挫折に対する免疫が育ってない。
そして晴彦さんはどうしても譲れない。
早く、帰ってこないかなぁ。。。
晴彦さんのために入れたクーラーが少し肌寒い。
――~~♪
あっ、ご飯が炊けた。
ガチャッ。
と、同時に晴彦さんが帰ってきた。
ボクの落ち込んだテンションは一瞬で最大になる。
クヨクヨしてどうする。
パタパタ。
「お帰りなさい、晴彦さんっ。」
ボクは、いつものように鞄を受け取って、晴彦さんのサンダルのベルトを外して、靴を揃えて、松葉杖が傾いだのを戻して立て掛けて、そして手渡されたジャケットにハンガーを通して壁のフックに、一時的に掛けておく。
こんなことをしていると、ボクは嬉しくなってくる。
ダイニングに着いた晴彦さんに麦茶を注いで、晩御飯を配膳して食べる。
早いもので、左手で箸を遣うのに慣れはじめながら、それでもゆっくり食べている姿を見て心がじんわり温かくなる。
美味しいって言ってくれる。
ご飯を食べたら、晴彦さんはお風呂に入る。ボクはその間に洗い物を終わらせて、晴彦さんが出て来たら少しマッタリして、二、三話して帰るツモりだった。
「テレビ、見ませんか?」
自分でもビックリした。
そんなツモりは無かった。
お風呂上がりに麦茶を飲む晴彦さんも、少し驚いている。
「時間は、大丈夫?」
「大丈夫ですよ。まだ、8時半にもなってないですから。」
「そっか。」
そもそも、昨日はこれくらいの時間からタップリ1時間は一緒にいたじゃないですか。
ボクはテレビをつけて、面白いものがなくて、録画を探すなんて失礼なことをする。
晴彦さんは最近、月曜日のドラマにハマっていて、寺田課長ともお昼に話していたハズ。なのに、録画は未だ未視聴の状態だった。
……あれ、ボクは火曜日は予備校に行ってるし、晴彦さんだって普段通りに帰ってきてるなら、なんで見てないのかな?
「そういえば、それ、見てないな。」
「月曜日のドラマですか?」
「そうそう。」
「じゃあ、これにします?」
「そうだね。」
よっこらせ。と、晴彦さんがソファーに腰掛ける。
「お邪魔しますね。」
ボクは晴彦さんの左側にピッタリくっついた。
不安な気持ちが、ボクを大胆にする。
「ちょっと、遠いです。」
そんなことを言って晴彦さんの左腕を持ち上げて、身体をもっと寄せた。
突然ボクがそんなことをしたものだから、ビクッと身体を震わせる。けどボクはそんなことお構いなしでもうちょっと近付く。晴彦さんは、お風呂上がりでホカホカしてる。
晴彦さんは置き場を失った左腕を、怖々ボクの肩に回して引き寄せるから嬉しくなる。
ボクは晴彦さんにもっと体重を預けた。頭をコテンって晴彦さんの脇に倒して枕みたいにした。
そして準備は万端とばかりにボクは録画を再生した。
流行りの月9が始まった。
――ここまでは良かったんだ。
「あっ――ん、んんっ。」
ボクは声が漏れないように意識して声を小さくして、甘い痺れのようなものを、引き上げるように感じている。
問題があるとするなら今、かな。
晴彦さんは見ていなかった続きに、すっかり夢中だからかな?
ボクの肩に回した左腕が下がってきて、さっきからボクの胸を軽く揉んでいる。
最初に手が落ちてきた時にピクッと驚いちゃって、でも晴彦さんを見てもドラマに夢中だし。CMは一瞬で飛ばせるから、我に返る瞬間がないのかな。
晴彦さんの左手は、感触のいいクッションでも握ってるみたいに、鷲掴みで揉み拉いて、気になるのか、先端を親指で転がしている。
これが無意識だというなら、ずいぶんな悪戯っ子だ。
仮に最初のポジションだったボクの肩が、急に柔らかくなってどうしたのか、とか思ってるならキチンと伝えないといけない。
それはボクのおっぱいだよ!?
この一週間、どんなにチャンスがあったとしてもほとんど触れて来なかった、踏み込んで来なかった晴彦さんにしてはずいぶんと無防備だよね。
だから、これは無意識――つまり過失による事故みたいな偶発的な接触というもので。
「あっ――く、……ふ、ぅ、はっ、んっ。」
ワザと焦らしながら素っ気なく揉む、みたいなサドっ気タップリの高等テクニックじゃないよね?
高等テクならボクはとっくに陥落済みだよ!?
だって、もう目の前でどんなストーリーが展開してるかわかんないもん。
ボクは晴彦さんのためにCMを飛ばす係をしてるだけ。
ボクは、さっきからずっと、おっぱいを通した甘い痺れに集中してる。
そして、ほとんどずっと、晴彦さんを見詰めてる。
けれどもあなたは気付かない。
ううー。
こっちも見てよ。
揉むのが少し、強くなったような気がする。
絶対わかって揉んでるよね!?
「――あ、んっ。」
「ふぅ。」
あ。
気付いたらドラマが終わってた。
同時に晴彦さんのも揉むのを止める。
「今週のd――、」
晴彦さんがゆっくりとボクに向いて、カチンと固まった。
だって、ボクは気持ち良くって涙目になりながら、晴彦さんを見詰めてる。
「――どうしたの?」
「どうしたの、じゃないですよ。」
ボクは、わかりやすいようにボクの手を晴彦さんのおいたを働いた左手に重ねる。さっきまで、とんだ無体を働いていたことを伝える。
それだけで十分だった。
「――あっ、ごめっ、」
「謝らなくていいんです。」
途端に慌てだしたからきっと、無意識だったんだろうな。
「ボクを、どうしたいですか? 今日もしたいですか?」
どちらかというなら、ボクがどうにかなりそうだ。
だっておっぱいを揉んでもらえたんだよ!?
「え、あ。」
晴彦さんからすればそれは突然やってきた熱量で、戸惑い気味なのは仕方ない、、、のか?
ともかくボクは、スウッと晴彦さんが行ってしまうようで寂しくなって、気付いたら晴彦さんの前に立っていた。
奈緒の言葉でハッとして気付いた本心が、反しの付いたトゲのように抜けなくて。
ボクはジクジクと痛む胸の内を明かせずに、ぶちまける。ほとんど八つ当たりなのはわかってる。
ボクは自分から、無理矢理でも晴彦さんに幸せになってもらうとか思っていながら、いまだに幸せにして欲しいって態度にも出して貰ってないことを気にして、実は苦しめてるだけじゃないかとか、はた迷惑なだけだとか、段々と嫌われていってるんじゃないかとか、そういうことばかり考えてしまっている。
反しの付いたトゲは、難解なキャストパズルみたいにこんがらがって、焦げ付いて手出しをしづらくなっていく。
ううー。
負けるなボク。
間違いなく晴彦さんはボクにメロメロなハズなんだ。
ちょっと立ち直るのに時間がかかっているから、美味しく食べてくれてないだけだから。
だからボクは晴彦さんの前で誘惑していれば良いんだ。
っていうか晴彦さん的に、ボクって理性を飛ばしちゃうくらいの美少女じゃなかったのかな。
まだまだボクは晴彦さんの好みの理想に近付ける余地があるってことなのかな。
それとも誘惑が足りない、とか。
ゆーわく。
えっちなDVDのお姉さんみたいにしたらいいのかな?
誘惑が足りないなら、足りるようにするまで。
コスプレって、擬態がイメージを補うから興奮しやすくなるんでしょ?
じゃあ、シチュエーションを模倣したら、どうなるの?
それは、晴彦さんお気に入りの一枚に出てくるAV女優さんがとったポーズ。兄妹物のドラマ仕立てのAV。
女子高生の恰好をしたその人は、ソファーに座ったお兄ちゃんの前で、少しずつスカートを捲っていく。カーテシーのようにスカートの両端を摘んで、少しずつ太股が露わになっていくのを舐めるように撮影した効果で、艶めかしく上品な印象で、あまり見ないジャンルなのに、そのシーンは至る過程も含めて晴彦さんのお気に入りだった。
足を、あえて綺麗に揃えていたのもポイントが高かった。お高く留まったようなシーンの前半と、羞恥から横で持ち上げていた手が前にきて、顔を隠すようにしたかったのに、途中で引っ掛かって、恥ずかし過ぎてしゃがんでしまったところをお兄ちゃんが堪えられなくなって、腕を開いて押さえ付けながら押し倒して。
「可愛い、綺麗だよ。」って気障ったらしいことを言いながら怒涛の絡みに繋がる落差とか、結菜が見ても満足できる展開だった。
ボクは今、それをなぞっている。
晴彦さんの視線のど真ん中は、ボクがたくし上げる終着点。ボクは顔を真っ赤にして、恥ずかしがりながら、真っ直ぐ晴彦さんを見詰める。
晴彦さんも見詰め返すけれど、スカートを捲る衣擦れの音に視線を下げる。
「あ……。」
視線の先が、図らずも好きなAVと同じような状態になっていると気付いたような顔だった。
ここまでしたら晴彦さんはどういうふうにボクを欲しがるか、ボクはドキドキしてる。
最高ならAVのシーンを再現してくれるハズ。ヘタレたら、どうなるだろう。
ボクは焦らしに焦らす。ゆっくりと、わずか30センチくらいを勿体振る。
指が震える。
制服のスカートは、プリーツが細かくて横に広がって、端は逆アーチを描く。
もう半分も捲れたかなって思うのに、スカートの端は膝よりもうちょっと上の辺りで、太股を撫でる。
まるで、晴彦さんの視線が具現化したような錯覚があって、敏感になった太股まで甘い痺れに似たもどかしさを感じはじめた。
本当の指で触れられたら、撫でられたらどうなってしまうのだろうと期待してしまう。
「――あっ。」
それは、晴彦さんとボクのどっちから漏れ出た声だったか。
一瞬、ガッカリしたような、ホッとしたような表情を見つけて、ボクは下を見た。
ボクは不恰好にも腕を広げて捲くり上げるのを続けるようなポーズだけをしていた。
感覚が無くなって気付かなかった。
スカートを離してしまっていた。
あっ。
あ、ああ~~っっっっ!!!!
ボクはとんだヘタレになってしまう。
「あ、あは、あはは。どうでした? ムラムラ、しちゃったんじゃないです、か?」
「え、あ、、、ああ。」
言いながら、逃げるように晴彦さんの両足の間に収まって、当たり前のことを言う。
「ほらっ、こっちの晴彦さんも元気になっちゃってますよ?」
とかなんとか言って、晴彦さんの答えも聞かずにそそり立ったおっきな晴彦さんを慣れた手つきで露出させていく。見慣れたそれが、ピクピクと別の生き物に見えて、髪の毛がかからないように耳にかけた。
そのまま流れるように口に含んで、四つん這いで晴彦さんの股座に顔を埋めていく。
もう、ボクは自分からディープスロートを出来るようになっていた。
そして恥ずかしさをごまかすために、一生懸命頑張って晴彦さんを射精に導く。
精子が無くなるまで搾り取る。
晴彦さんは途中からノリノリで喉の奥に擦りつけて、ほとんど予告もなく射精をするという鬼畜なことをしてくれて、ボクは嬉しくなったんだけどさ。
AVの中で、なんで妹さんがあんなに恥ずかしくなったのかよくわかったよ。
絶対、裸で抱き着く方が何倍も恥ずかしくないよ!
ただ、うん。
晴彦さんがすっからかんになるまで絞り尽くしたのは、いくら恥ずかしいのをごまかす為だとはいえ、やり過ぎだったよね。
~to be continued~