エロ率分析 (α)

〜分析結果サンプル〜







 ――ピピッ、ピピピッ、ピピピッ、ピピカチッ。


「ふあぁ……っ。」


 …………。


 起き、、、たぁ。


 ……じゃあ、今日も一日がんばりますかー。


 ボクは日課の体操、掃除、朝の勉強を始める。

 当然体操は腰周りを重点的に鍛えつつ、身体を徐々に起こしていく。続いて目に着くところを主に、昨日終えた所とは別の場所の掃除を始める。こうやって毎日掃除する所を順に変えていけば時間も短くて済むし、後で楽できる。

 それが終われば勉強だ。今日も英語の小テストがあるからそれを勉強する。……というか、水曜日の朝以外、毎日何かしらの小テストのために勉強しているような。

 月火は英語の単語と文法でしょ? 木は現国の漢字と古文の単語、金は化学の反応式とかと漢文の文法とか。その他にも、折々に各教科の小テストが挟まる。

 宿題で言えば、英語の月一で読んでる小説のテスト対策をしつつ授業で扱う英文の日本語訳をしたり、数学の問題を解いたり、そうだ、古典も日本語訳をしないといけない。

 最近はそれらが常識では考えられない速度で終わっているから、もうちょっと先まで手を伸ばしているんだけど。特に、英語と数学。英語は新しいペースで進めば、今週末までに今持っている教材はすべて訳し終えてしまう。


「まぁ、こんなところかな?」


 ボクは、日本の大学受験に特化した英語の例文の訳を覚えた。日本語だって文脈があって、同じ文章でもTPOで意味が変わるんだから、英文も一部分だけ取り出して、それを理屈通りに訳したからって、文脈上その通りの意味にならないことは多い。

 そもそも、読まされてる小説でそういうことが起きてるじゃないか。


 でもまあ仕方ないか、とかボクは納得しつつ、朝ごはんを作りにキッチンに向かう。


 今日はボクがお弁当を作る日だから、ついでに朝ごはんも用意する。普段はお母さんと代わり番こで朝ごはんとお弁当を用意してた。

 朝ごはんは、お弁当の中身に左右されることが多い。流石に同じ料理を出さないにしても、同じ食材を使うことは普通にある。今日は豆腐ハンバーグを作って、照り焼きっぽい甘めのタレをかけたけど、材料の豆腐が余った。

 だから朝ごはんのサラダが、冷しゃぶっぽい豚肉を申し訳程度に乗せて、砕いた豆腐と胡麻ダレを和えた物になった。

 サラダがそんな感じだから、メインは軽めの創作洋風炒飯というかバターライスみたいなものに、カップスープを付ける。


「あ、お父さんっ。おはよう!」

「ああ、おはよう。」


 お父さんはいつもボクより遅くに家を出るから、朝ごはんを一緒に食べることは少なくなってた。最近はお仕事が忙しいって聞いてないから、、、どうしてだろ?

 ともかく、ボクは用意できた朝ごはんと、紅茶をお父さんの前に配膳する。お父さんは紅茶派だから、朝はアールグレイかイングリッシュブレックファストをポットに淹れて持っていく。


「ありがとう。……結菜、あれからどうだ? 体調が悪くなったりしてないか?」

「うん! 大丈夫だよー。」


 お父さんも、ボクが直接事故で骨折とか大きな怪我を負ったわけじゃないし、せいぜい軽く転んだ程度なのを知ってる。

 それでも、親だから。心配なのは変わらないんだ。

 特に、ボクは娘だし。


 独りっ子だし。


「そうか。」


 お父さんは、ゆっくりご飯を食べてる。

 やっぱり、ボクのことが心配で朝に時間をとったんだ。いつも夜晩くまでお仕事してるから、予備校に通ってたボクよりも後に家に帰っていたし。

 ……ごめん。運命の所為には出来ない罪悪感で胸がチクリと痛む。


 ボクもお弁当を包んで自分の分の朝ごはんを持って行った。もちろん、晴彦さんの分はお父さんから見えないところに置いてある。


「いただきます。」


 ぱくっ――うん、美味しい♡

 もぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐ、、、ごっくん。


「んーっ♡ おいしく出来てるっ!」


 ボクは自画自賛になるけど燥いだ。

 普通に作って、普通に美味しいんだから当たり前なんだけど。


 チラッと時計を見て、あんまり時間がないのを確認する。とはいえ昔からの習慣で、よく噛んでから飲み込む。

 うん。ボクにしては早く食べてる。


「ごちそうさまっ。」


 食器を水につけて、お弁当を二つ持つ。

 チラッ――と確認すれば、お父さんは新聞を広げてる。

 ボクはそそくさとお父さんの横を通った。

 めっちゃドキドキした。


 あー、シャワー浴びてサッパリして晴彦さんに会いに行こ。



   *** ***



 朝の通い慣れた道から外れると、なんだかムズムズする。

 悪戯してるような気分になる。


 しかも好きな人に会いに向かっているから、それでも心はウキウキと、ソワソワとして落ち着かない。

 いくら晴彦が太鼓判を押しても、晴彦さんとどう接したらいいか、わからなくなる。

 ボクはいつだって精一杯だ。


 すぅ――はぁ。


 ピンポーン。……がちゃ。


 ボクがいきなり鍵を開けないで、インターホンを鳴らすのは、ここがまだ、ボクにとって他所の空間だって意識するためだ。


「……ただいま。」


 えへへ。

 とかなんとか思いながら、小声でちゃっかりそんなことを言ってみたり。


 言ってみたり。


 うん。恥ずかしいね。誰かにツッコんで欲しい気分になる。

 ボクは紛らわすように、誰かに言い訳をするようなぎこちなさをもって、晴彦さんの朝食を準備していく。

 冷蔵庫から出したものを温めるだけなんだけど。

 それがどうしようもなく手抜きのような気がして、咎められたわけじゃないのに、少し俯いた。


 ――自己満足の理想が高すぎるのは良くないねっ!


 朝から晴彦さんに、笑顔以外の顔を向ける気なのかな? ボクは。

 ほらっ、起こしに行くよ。


「お早うございます、晴彦さんっ。」


 目の前に、ポケーっと眠そうな晴彦さんがいて、寝癖が跳ねててちょっとマヌケになってて可愛い。


 そんな無防備さんにボクは抱き着いてみる。

 きっと昨日も暑かったのかな? 晴彦さんの香りの他にも汗の匂いが混ざってて、きっとそれは嫌な臭いに感じるハズなのに、ボクはどうしてか愛おしくなる。

 晴彦さんもこうして朝、ボクが抱き着きにくるのに慣れたのか、自然に腕を回して引き寄せてくれる。

 まるでついて来いって言われているようで、ボクは嬉しくなる。


 そのうち、晴彦さんの手は、確かめるようにボクの背中を撫で下ろして、……凄く、えっちな感じだ。


 焦らすように、背筋の弱いところをなぞる。

 ボクの頭はグルグルとまとまらないから、そのままお尻の方まで手が伸びるんじゃないかとか、むしろお尻まで手を回してもいいのにとか、わけわかんなくなってる。


 ――きゃあっ。


 晴彦さんが、突然抱き寄せた。

 ボクは半ばベッドに上がり込んで、ケガが治ってない晴彦さんに体重を預けている。


「……危ないですよ?」

「疲れるだろ? その体勢だと。」


 うん。それはそうなんだけど!

 何か言ってくれればこんなに恥ずかしくって顔から火が出そうな気分にならなかったと思うんですよね。

 大きな声で「きゃっ。」なんて言っちゃったのも、、、まあ晴彦さんしか聞いてないなら構わないような気がするけど。


 ボクは一息吐いたら、身体を捻って晴彦さんの腿に座る。

 煩い心臓を聞かれないようにごまかして。


 座ってみると晴彦さんの顔が近くって嬉しくなる。


「えへへ。」


 首に回してぶら下がった腕にも力が篭る。

 ボクは、晴彦さんの胸に頭を擦りつけて――そういえば。


「痛くないですか?」


 今更だ。

 今更なのを晴彦さんもわかってるから、一瞬だけポカンと呆気にとられたようになって、ニヤリと笑った。


「痛かったら、言ってくださいね。」


 でも空気椅子とかムリだなーって思うけど。

 晴彦さんはすごいなー。骨折して5日でまだまだ痛いはずなのに甘えさせてくれる。


 ボクは、晴彦さんの腿を堪能した。


「……そうだ、晴彦さん。」

「ん?」

「今日は、予備校なので夜、会えないんです。」

「……わかった。」


 晴彦さんが露骨にガッカリするのがわかる。

 たった数日会っていただけで、それが当たり前になったような気がするからかな。

 そうだったら、そのくらいは心を許してくれているのかなって思って嬉しくなって、ボクは晴彦さんの胸板に顔を擦りつける。

 マーキングだ。

 

 ~~♪


「――あ、ご飯も温まったみたいですね。」


 今日も一日がんばってこー。



    *** ***



「この例文では、このように訳しますね? では、例題でいくつか確認しますか。」


 伊藤先生は今日もキレがいい。

 キリッとしたメガネをかけて、まさに女性の英語の先生といった感じだ。女子受けはそこそこで、男子からはかなり嫌われてるみたい。

 伊藤先生は2年生の英語文法の授業を担当してるけど、1年生と3年生は読解の授業をしてる。

 英語訳は、教科書通り。

 あまり冗談を言うような先生じゃない。


 キーンコーン。


 文法の授業が終わる。

 時間通り、ピッタリとカリキュラムを刻んでいる伊藤先生に死角はない。


「……はい、それでは残りは宿題ですから来週までにやってきてください。」


 ボクは、教室を出ていく伊藤先生を追った。


「――伊藤先生っ。」


 先生はキビキビとしながら、クルリと振り向いた。


「なんでしょう?」

「少しお話が。」

「聞きましょう。」


 ボクと先生は英語科職員室へ向かった。

 ボクは伊藤先生が、意外にお茶目な先生だって知ってるから、職員室までは実の無い会話を楽しんだ。


「――それで、話ってなんですか?」

「はい。その前に確認したいんですが、来週の木曜日に2年生は実力テストがあるじゃないですか。」


 予備校が実施している全国一律の実力テストだ。再来週末は3年生には模試が待ってる。

 なんでボクたち2年生は木曜日かというと、単純に授業日程的に木曜日が余るから、らしい。


「ありますね。」

「ボクを含め、実力テストの成績上位者に、3年生が受ける模試に参加をする機会をくれないでしょうか。」


 ぺこり。


「――なるほど。わかりました。それは難しい相談ですね。」

「はい。」

「もちろん、希埼さんが優秀なのは知っています。……けれど、それとこれとでは話が変わります。」

「はい。」

「まず、私の一存で決められることではないので、職員会議にかける必要があります。けれど、それだけじゃなくいろいろなことを考えないといけません。」


 よかった、即座に断られなかった。

 そしてボクは腹案も提示する。


「……それなら、こういうのはどうですか?」


 聞きましょう、という態度にホッとしてボクは続けた。



    *** ***



「あ、帰ってきた。」

「ホントだ。ゆいっ、こっちこっちー!」


 お昼休み、ボクたちは誰かの机に集まって、いくつかくっつけてご飯を食べる。

 今日は初香の机の周りか。


「いまいくー。」


 ボクは自分のお弁当を掴んで空いてた席に向かう。

 途中で、いくつか男子が座っている横を通る瞬間、ゾワッとする。

 もう慣れたけど。

 うん。慣れたんだけどね?


 さっき教室に入った瞬間とかもだけど、ボクをえっちな目で見ないで欲しいなーなんて。


 クラスメイトを嫌いになりたくないよ。

 持て余してるのはわかるけどさ。

 授業中とかも時々、いきなり背筋が凍るんだよ?

 こっちの身にもなって欲しいな。


 そんなこと言わないから伝わるわけないけど。


「――で、ゆいはなんで伊藤先生を追っかけたの?」

「え、そんなに気になる?」


 初香のお弁当はカラフルで女の子っぽい。


「だってノートとか仕舞ってたから、授業の質問とか以外のことなのに? 結構長く話してたみたいだし。」


 ――う、相変わらず奈緒は鋭い。

 そんな奈緒はいっつもサンドイッチみたいな何かを細かく食べてる。ハムスターっぽい。

 麗は兄弟がいるからか、意外に男子みたいなお弁当。

 ボクもお弁当を広げて食べはじめる。


「うーん、話していいのかな?」

「なになに? めっちゃ気になるじゃん。」

「そうそう。」

「えー、そう? ここだけの話だよ?」

「うんうん。」

「伊藤先生にね? ボクも再来週の3年生の模試を受けられないかってお願いしてたんだ。」

「あ、この話解散で。」

「ちょっと! 初香が聞いてきたんじゃん。」

「それはそれだよ。」


「でもなんで?」


「ちょ、奈緒は気になるの?」

「うん。」

「ちなみに私も少し気になる。」

「え、麗もー?」

「初香以外だねー。」

「ちょ、奈緒。なんでそこを強調するのかな? あとゆいも麗も笑わない!」

「あはは、ごめん、ごめんってばー。」

「――で?」

「うん。面白そうだったから、かな?」


 本当の理由なんて話せないし。


「そこを面白そうだから、だけで済ませるのがゆいだよなー。私なんて毎日の小テストだけで飽き飽きしてるってのに。」

「受けられそうなの?」

「断られた。」

「あー。」

「でも、一つ二つは余りがでるでしょ? それを別室で解かせてくれないかって言ったのは、脈ありだったよ。」

「へぇー。」

「私そこまで頑張る気ないわー。」

「まあ初香はね?」

「じゃあ麗はそこまでして模試なんて受けたいの?」

「当然。」

「受けたくないよねー。」

「ちょ、奈緒ってば。」

「やっぱそうじゃんか。」

「あはは。」


 ボクたちは、ひっそりと姦しくお弁当を突いてる。


「――って、そうじゃなくって。ゆい、今週の日曜ヒマ?」

「えっ、なんで?」

「そりゃあ……、」


 そこで3人は示し合わせたみたいにしたり顔になった。


「事情聴取が終わってませんからな。」

「だね。」

「だねー。」

「わあ、みんな仲良しだね。」

「そこはゆいも仲良くしてくれると助かるよー。」

「わあ☆」


 みんな何をそんなに聞きたいのやら。

 週末は晴彦さんもお母さんが来るから日中はボクがいない方がいいだろうし。


「……夕方には帰るよ?」

「さっすがゆいだね。」

「どこ行く?」

「じゃあ噂の……あの、、、えーっとぉ、どこだっけ?」

「どこだよ?」

「いつも通り駅前集合で、カラオケでいいんじゃない?」

「フツー。」

「文句言うなし。」

「あっ、新しく出来たっていうカフェは?」

「決定。」

「名古屋のカフェだっけ?」

「そうそう。」


 そのままボクたちは、やっぱり実の無い会話を楽しんだんだ。

 昨日みたいに晴彦さんについて触れてこないのは、まだ付き合ってばかりで話題が無さそうって思っているのが半分で、ボクがずいぶん年上の人と付き合っているのを他の誰かに聞かれないようにするためなのが半分かな?

 みんないい子だなぁ。



    *** ***



 部室のドア、磨りガラスの向こうに人影が見えたから、てっきりカナダくんかと思った。


「……あれ、神谷先輩じゃないですか。」


 ボクの不躾な言葉のどこを気に入ったのか、入学以来ずっとクスリと微笑みを絶やさない神谷先輩は、今日も前髪が流れている。


「こんにちは、希埼さん。」


 神谷先輩は参考書を広げて勉強していた。

 10月に入った受験生だから、勉強していることは、何も不思議じゃないけど、普通は教室か図書室か、自習室とかで勉強する人が多いんじゃないかな。

 不思議に思って首を傾いで、ボクは神谷先輩からスジ違いの位置の席に着いた。ビンゴゲームでリーチかと思って落胆するような、ズレた斜め前。

 文芸部には長机が平行に二つくっ付いて、部室の真ん中に置いてある。参考書を並べて勉強するには最適だから、ボクも先輩に倣って予備校の教科書を広げる。


「……希埼さんが、」

「はい。」


 ボクの高校では神谷先輩はイケメンの部類に入る。事故以来初めて会って一瞬身構えたけど、ボクを見る視線に嫌悪感は無かった。

 ボクのことをえっちな目で見てないっていうことか。変だな。


 ――ガラガラッ。


「こんちわっす。」

「あ、カナダくん。こんにちは。」

「……やあ。」


 一瞬、神谷先輩は梯子を外されたような顔をした?


「希埼先輩っ――と神谷先輩? が来てるんですね。」

「なんだい? 僕がいたら不思議かな?」

「い、いえ。先輩も学祭のあとはずっと来てなかったので、もう来ないのかなって。」


 期待してたのに。って小声だけど聞こえてるからね! カナダくん。ボクの方が神谷先輩よりドアに近いからってドキッとさせないでよ。なんでカナダくんは先輩にケンカを売ろうとするのかな。

 でも確かに、神谷先輩は少し、うーん、割と? トラブルメーカーだ。とはいえ、トラブルの7割が神谷先輩が起こしたものじゃないけど。


「うーん。僕も最初は自習室とか教室で勉強をしていたんだけどね? そういうわけにもいかなくなってさ。」


 やれやれだ――なんて時代遅れの主人公みたいな気障な仕種。

 神谷先輩は、博愛主義だって言ってる。

 節操が無いとも言える。

 つまり、神谷先輩は本気でハーレムを作れるって信じてるし、すでに何人か毒牙にかかっている。


 そして明らかにボクは狙われていた。


 前からそんな感じだった。

 ただ、神谷先輩のハーレム計画を強烈に阻止しようとしている、宮本先輩がいるおかげで神谷先輩の思惑の大抵は事前に挫かれている。


 ボクもそんなの入学当初は知らないじゃん? 文芸部に入っても半年くらいは気付かなくってさ。

 まあ、こっちが相手をしなければ無害な人だし、面倒見は良いから、それほど気にしてなかった。


 ただ、カナダくんは神谷先輩のことが嫌いなんだよね。


「今日は先輩方は二人とも勉強ですか。」


 そう言いつつ、カナダくんは神谷先輩から最も遠い席に着く。いつもはボクの斜向かい辺りなのに、今日はそれよりひとつ遠い。

 はぁ……。


「……そうだ、希埼先輩。」

「――なに? カナダくん。」

「俺、アンドロイドは夢の中にいたんだと思うんですよね。」


 夢の中、それはいい意味での勘違い。アンドロイドが自分をアンドロイドだと認識できないという、甘い夢。


「ふぅん。」


 パタン。と勿体振った仕種で参考書を閉じて、神谷先輩が応える。


「詩的な事を言うね。」

「……そっすか?」


 当然カナダくんはめちゃくちゃ不機嫌だよね。でもそこで返しちゃうのもカナダくんだ。


「アンドロイドが微睡みの中で生命を再現するなら、スワンプマンも本物ということになるね。」


 ――ドキッ、とした。

 晴彦が見た光景が――果ての無い帯の中で再生される魂が――思い出される。

 瞬間、だけど確かにボクは苦い顔になっただろうね。


「スワンプマン……?」

「精巧に作られた偽物、という意味でなら、バイロケーションだって十分詩的なオカルトですよ。SFの題材にもなっていますし。」


 ボクはカナダくんの言葉に被せるように、苦い顔をごまかすようにして会話に加わる。

 正直、神谷先輩の知識量は膨大だ。

 カナダくんだと太刀打ち出来ないし、現に神谷先輩から見えないところでスマホで検索してる。

 そんなに頑張ってケンカを買わなくたっていいのに。

 そしてそんな努力は、ボクには全部見えちゃってるし。


「ボクとしては、邦訳のせいなのかわからないですけど、電気羊って物悲しいというか、そんな感じですね。それにスワンプマンも何か寂しい印象があるんですよ。」

「バイロケならドッペルゲンガーを語らないと始まらないけど、そうだね。物悲しい感じか。退廃的な感じがそう思わせるのかもしれないね。何と無く物悲しい、寂しいというのは退廃的だからだろうね。」

「そうっすね! 電気羊はディストピア物? ですし。」


 カナダくんが頑張って会話に割り込んだ。

 正直、微笑ましい。


「ディストピアがすなわち物悲しいということには繋がらないけれど、根底に流れる物はスワンプマンやバイロケ、そしてドッペルと同じく灰色だ。」

「オカルト、ホラー、それとSFの要素が灰色の文脈でまとまっている物を読むならコズミックホラーなんかもそうですね。」


 クトゥルフ神話なら、まだカナダくんもついてこれるでしょ?

 ポチポチ検索しなくてもいいから、神谷先輩に言い負かされ過ぎなくて済むよね?


「そういう灰色の感情は漫画で言えば、水木しげる作品にも流れていると僕は思うけれど、画風の所為だろうか?」

「画風だって立派な世界観ですから。神谷先輩が思うように灰色の文脈はあるんじゃないでしょうか? ボクは、漫画であれば『11人いる!』なんかも灰色な感じがして好きですよ。」


 もはや神谷先輩はペンを置いて、そして持ち直してノートに走り書きを認めている。自分の意見、ボクの意見、そしてカナダくんの意見も後で見直したいのか、議論を交わしながらサラサラと書き残している。

 ボクは会話に参加しながら、問題を解いていた。頭のスペックが上がったから、こういう離れ業まで出来るようになってしまった。


 ボクは、神谷先輩とカナダくんが話し合っているのを眺める。

 何だかんだで二人とも、すごく文芸部の活動をしている。本当はとっても仲が良いんじゃないかって思うくらいに。


 そして会話に混ざりながら、スマホを確認する。

 サイレントモードの画面には返信の着信があった。

 もうそろそろ4時だし、帰る準備を始めますか。

 4時前に正門を出ないと、いろいろ間に合わないし。


「……あ、そろそろボクは帰りますね。」


 話題は、名状しがたい恐怖が根底に流れるクトゥルフ神話においてダーレスの行った再考証と神話体系の再編集の功罪、についてだった。


「あれ? もう帰っちゃうんですか?」


 カナダくんはボクが火曜日と金曜日に予備校に行ってることを知ってる。けど、先週まではこんなに早くなかった。


「うん。」

「そうですか……。」

「希埼さんも予備校へ?」

「はい、火曜日と金曜日ですね。」


 ボクはペンケースを仕舞いながら、この二人を残して大丈夫か、というような不安がチラッと頭を過ぎった。

 さっきから楽しそうに議論してるし、たぶんきっと本当は仲がいいんだよね、って強く思うことで後ろ髪を引かれる思いを断ち切る。

 宮本先輩も来るし、まあ大丈夫かな。ケンカにはならないと信じる。


 ――がらっ。


「お先に失礼しますね。」

「ああ。」

「先輩お疲れ様でした。」


 そして振り向いた廊下には、ピッタリのタイミングで宮本先輩が歩いて来るところだった。


「結菜ちゃん、連絡ありがとう。」


 宮本先輩は、うっとりするような口調で存分に色気を振り撒いていた。プロポーションはボクに近い。けれどハッキリとわかるほどお姉さんだった。

 

 そして宮本先輩は神谷先輩の幼馴染みだ。神谷先輩の自称彼女で、神谷先輩に寄り付く悪い虫を徹底的に叩くことで有名だった。神谷先輩からモーションをかけて落とした子たちの心を折りつつ、神谷先輩の愛を独占することに命をかけている。


 現に、ボクも一月半くらい前までは、一年以上宮本先輩から嫌がらせを受けていた。けど、ボクがオジ専だっていうことを、ようやく理解してもらって以来、嘘みたいに優しくなった。


「いえいえ、あーや先輩も困ってたでしょう?」

「うん。ゆーくんも寂しがっていたんじゃないかって思ってた。」


 そして話が通じない。

 でも、ボクの気分はハイタッチを交わして選手交代する時のそれだった。


「じゃあ、ごゆっくり。」

「……文芸部って、今、人いないの?」

「カナダくん一人ですよ。」

「え♡ やったぁ。」


 ちなみに宮本先輩の愛の前には、時間も場所も状況も関係ないらしい。精々、自分の裸を神谷先輩以外には見せないっていうくらいの自制心が働くくらいかな?

 入学式直後の最初のHRでの挨拶で、同じクラスになれた神谷先輩に突然キスをしたのは有名な話だ。宮本先輩曰く、マーキングのつもりだったらしい。


 まあうん。


 カナダくんを追い出した後に何をする気なのか、今ならわかる。ボク、めっちゃ顔赤くなってるし!

 うー暑いー!

 先週まではだったら、なんとなく神谷先輩に思いっ切り甘えるくらいはするんだろうなって思って恥ずかしくなってただけなのに。

 他人がいないことを聞くなんて。

 絶対そうじゃん。


「あーや先輩。」

「なに?」

「ほどほどでお願いしますよ? 一応ボクも使ってる部室なので。」

「……気付いてたの?」


 うっとりと。

 宮本先輩はそれだけ言って、流し目を零して行ってしまった。

 頼みますよ?

 今度来たとき、匂いとか残ってたら……なんて考えないことにしよう。



    *** ***



「先輩っ。」


 焦がれるような視線を感じて振り向いてみれば、そこにはカナダくんがいて、そしてワンコみたいに駆け寄ってきた。

 仕方ないから少し立ち止まる。

 うん、帰りの坂道で上から男子が駆け寄って来るのって、ちょっと怖いな。


「どうしたの?」


 男性のえっちな視線を感じるようになって5日だけど、すでにどういった視線なのか、ボンヤリわかるようになってきた。


「えっ、あー。……俺、宮本先輩って苦手で。」

「そう?」


 とか言いつつ、ボクもめっちゃわかる。ちょっと前まで神谷先輩から近付いて来るのに、本当に刺されそうな視線をもらってたから。

 カナダくんはボクの答えに納得がいかないのか、どうやったら仲良くなれるんですか、なんて呟いてるけど。


「って、それはそれとして。宮本先輩、入ってきて最初に何をしたと思います?」

「うーん。」


 どうだろう。あの人、神谷先輩が自分の物だって主張するのに本当にTPOを考えないからなあ。


「神谷先輩の膝の上に座って、甘ったるい空気を作って、」

「あ、はい。よくわかりますね。」


 その辺で帰り出さなかったら濃厚なキスシーンが始まるんだろうなあ。


「一度あーや先輩がどこまでする気なのか試したことがあってね。」

「なんでそんな恐ろしいことを。」

「え? 気にならない?」

「――うっ。」


 カナダくん。目と顔がえっちだぞ。


「……結局、どうなったんですか?」

「気になる?」


 カナダくんは何か言いたげに言葉を詰まらせて、最後はため息を吐いた。


「気に、しないことにします。」

「それが良いんじゃないかな?」

「でもなんで神谷先輩はあんなに無抵抗なんですか?」

「――え? それはね。一時期神谷先輩がいないなーって思ったら、あーや先輩の沸点が低すぎて監禁されちゃったっていう事件があってね。」

「あ、はい。」

「あーや先輩はあんまり怒らせない方が良いんじゃないかな。」


 そのくせ神谷先輩は手当たり次第に女の子に声をかけるし。大変だよね。

 ボクはずっと神谷先輩の相手をしなかったし、オジ専だって言ってたから、神谷先輩が目の前に現れたら宮本先輩に教えるっていうことで話が付いたけど。

 うん。

 普通に宮本先輩ってヤバいんだよね。


 ボクはカナダくんと並んで坂を下る。

 ボクから話題を出さなくても、一生懸命カナダくんが話し掛けてくるのに適当な相槌を打った。


 …………。


 カナダくんは隣に並んで歩いていながら、奇妙なほどピッタリと一人分だけ、ボクとの間にスペースを開けていた。

 試しに一歩、カナダくんから遠ざかってみる。

 スッと一歩、カナダくんが近寄る。

 じゃあ逆に一歩、カナダくんに近寄ってみる。

 ピクッと反応して、何かを迷って、けど一歩、カナダくんは遠ざかった。


 やっぱり、カナダくんもボクのことが好きなのかな。

 昨日から感じてたカナダくんの視線。

 熱っぽい感じがして、そのくせフラフラと胸の方にも注がれてるから、緊張とか尊敬とか、あわよくばって思っちゃう妄想とかそういう、男子高校生が女の先輩に抱く普通の感情だと思ってたけど、そうじゃないみたい。

 そんなわけないかって思ったけど、そんなわけあったんだ。


 カナダくん、ボクのことが好きなんだ。


 好きだっていう視線がわかるようになったよ。

 晴彦さんの視線は、どんなものでも何も感じないから、今までは男性からのえっちな視線で一括りにしてた。

 けど、その中のいくつかは、カナダくんみたいな焦がれるような、熱っぽいものだった。そんなに不快な視線じゃなかったから、なんだろうって不思議だった。

 好きだっていう視線だったんだね。


 ごめん。

 カナダくんとは付き合わないから。


 君がボクのことが好きだってわかってから、君と並んで歩いていることを良くないって思ってる。

 晴彦さんに1%でも疑われたくないってしか思えないから、ごめんね。


 カナダくんが逆方向に向かう電車に乗ることに、ホッとしてるんだ。


 また明日ね。カナダくん。



    *** ***



 ――ガチャ。


「ただいまー。」


 なんちゃって。

 ボクは、いまだに慣れない晴彦さんの家の玄関を開けて、買ってきた物を置く。

 基本的にスーパーで特売されているものを中心にご飯を考えていくんだけど、明日からは晴彦さんのキッチンで朝ご飯とお弁当を作る予定だから、それ用のものもいくつか見繕ったら2千円もかかってしまった。すべてを明日使い切るわけじゃないけど、それでもちょっと無駄遣いしたような気分になって、晴彦さんにもお母さんにも申し訳なくなる。


 とはいえ落ち込むほどでもないし、それほど時間もないから、晩ご飯の準備をしていく。

 お米を研いで炊飯器にセットしたら、今日は水につけて置く必要がある食材もないし、部屋の片づけをしていく。簡単に埃とかゴミとかを掃いたら、いろいろな物を定位置に戻す。テレビとかクーラーのリモコン……晴彦さんは暑がりだから、帰ってきそうな時間にクーラーのタイマーをセットしておく。

 そういえば、ベッドのシーツとか取り替えてないんだよね。万年床だよね。


 うん。これは晴彦さんが匂い嗅いでいいよって言ってるのと同じだよね。

 いそいそ。ゴソゴソ。

 えへへ。晴彦さんのベッドで布団に包まると、抱きしめられてるみたい。

 クンクン。晴彦さんの匂いだ。

 えへへー。

 ゴロゴロ―。


 と、10分くらい堪能して、晴彦さんの部屋も掃除していく。本棚に普通に収められてるAVから、晴彦の記憶を頼りに、一番のお気に入りからいくつかを中身だけ借りていく。晴彦さんは普通AVを借りてきていたけど、その中で気に入ったものがあれば通販とかで買うこともあった。先週は借りてた方を持って行っちゃったけど、やっぱり勉強するなら、お気に入りは重要だよね。

 いくら覚えていても、結菜には新鮮だから。

 夜這いとか、和姦にしか見えない凌辱ものとか、そういう男性本位の嫌よ嫌よも好きのうち系のばっかりだけど。そのくせ、ギャルが一人で襲ってくる割りに、正常位中出ししてるようなものまで好きだから、いかに晴彦さんが無償の愛に飢えているかわかるよね。


 ボクをメチャクチャに犯すくせに、ボクから誘ってきて欲しいみたいな。


 ボクとしてはバッチコイって感じだから、全然問題ないけど、理想を押し付けすぎると普通は嫌われちゃいますよ? 晴彦さん。いくらここ10年で晴彦さんの性癖が凝り固まっちゃったとしても。

 ボクとしては全然構わないんですけどね!

 ボクは晴彦さん限定で、簡単にスイッチが入っちゃう系女子を目指してますから。


 まああまりバカなことをやっていられないから、掃除をして、お風呂もタイマーでセットした。

 そんなことをやっていたら、早炊きモードにしたご飯が炊けたので、余らせる分をタッパーに詰めて冷ます。ボクの分をよそって、晴彦さんの分を残して保温にする。

 それで晴彦さんの晩ご飯も用意したら、一食分味見してから予備校に向かいますか。ボクの授業は2コマ目からだから、7時までに着けば間に合う。もう6時過ぎだし、洗い物を終わらせて、ボクの茶碗とかを乾燥用のかごに乱雑に置く。

 晴彦さんの晩ご飯には、メッセージカードも添えておく。


「行ってきます。」



    *** ***



 やっぱり、つまらない。

 先週までは面白かったし、聞いていてためになることも、勉強のヒントになることもあった。けど、もう数学は通わなくていいような気がする。

 それと比べれば、英語の方が面白い。今日取り扱ったのは小説の一部分だった。何人もの人が日本語訳したことがある、有名な作品で、しかも訳者によって日本語訳が変わるところだった。

 確かに小説は、文脈があるから翻訳した人が感じたものが反映されやすく、それによって読み手の印象が大きく変わってしまう。

 それらに触れながら、大学入試だとどうなのかという着目点であられもない翻訳と、あんまりな解釈をしていく。情緒の欠片もないようなその切り捨て方は、いっそ清々しかった。


 それでも、ボクなら。こういうふうに訳すのに、とノート上で反抗してみた。

 文字が可愛かった。

 晴彦じゃ考えられないほどノートはきれいで、文字は可愛い感じで整ってるし、美しい感じに書くこともできる。

 ボクはハイスペックだなーって、授業中にどうでもいいことも考えた。

 だって、やっぱりボクを見てくる視線が嫌なんだもん。

 予備校は、教室に人を詰め込むようで息苦しい。なのにちょくちょくエッチな視線に晒されるんだよ?


 みんな勉強しようよ。


「はぁ。」


 夜も晩いから、暗がりから何かが出てきそうで怖い。特に鋭角とか超怖い。刺激臭がしないか匂いを嗅いでみても、いつもの土と緑の香りだ。

 クトゥルフ神話なんて話さなければよかったなあ。

 コンビニの前の信号で少し待つ。後ろのコンビニからおじさんが出てきて、やっぱりボクを視姦しながら、停めてあった軽自動車に乗り込んで行ってしまった。もう慣れたけど! おじさんたちは女子高生にぶしつけな視線を投げかけすぎだよ!

 しかも先週は、あの人のせいで晴彦さんが怪我しちゃったんじゃん。


 ボクはプンスカしながら、信号を渡って、ちょっと歩いて、晴彦さんの家に向かう小道に心を惹かれながらも、自分の家に向かう。

 一本は街灯もないような暗い道。だけどちょっと近道になる。

 もう一本は街灯があって、割りと明るい。だけどちょっと遠回りになる。

 ボクは夕方に話したことのせいで、いつもは暗い方の道を通るのに、怖くなって遠回りをした。うー、晴彦さんにぶら下がって帰りたいなあ。



   *** ***



 あ、そうそう。晴彦の記憶にあった通り、借りたAVはすごかったよ。

 めちゃくちゃ勉強になったし、めちゃくちゃ勉強した。

 あと、昨日よりボクの身体も敏感になった。いいことだ。



   *** ***



「……ふあぁ。」


 ――ん。

 ボクは目覚まし時計が鳴りだす直前に止める。

 今日も元気にいってみよー。



    *** ***



 ピンポーン。

 いつもより1時間くらい早い朝。いつもより新鮮で静かな朝。まだまだ暑い日もあるけど、秋を告げるような寒さも感じる朝。


 ――がちゃ。

 ただいまー。


「えへへ。」


 晴彦さんがいると、聞こえてるんじゃないかってドキドキする。

 晴彦さんの部屋に向かう前にキッチンを確認する。炊飯器のお釜が水に浸けられてる。冷蔵庫に保温してたご飯は無いから全部食べたんだ。

 それともう一度冷蔵庫の中の食材を確認する。

 ふむ。


 ――キィ。パチッ。


「おはようございますー。」


 いつもみたいに眠そうに起き上がってもいない。寝癖がボサボサかどうかわからない。


「え、っと。寝てますか?」

「…………。」

「起きてくださいよー。」


 ユサユサ。


「今日は一緒にご飯を食べたいから、ちょっと早めに来たんですよー?」


 ユサユサ。うーん、これくらい揺さぶったら起きたハズなんだけどなー。

 ホントに起きてないのかな?


「もう……ネボスケさんなんだから。……ちょっとビックリするかもですよ? ふぅー。」


 ――ビクビクッ。


「わっ! ――起きました?」

「あ、ああ。起きた。めちゃくちゃ起きた。だが、心臓に悪いな。」


 晴彦には、どうすれば一発で起きてるかどうかわかる。だけど、想像以上に晴彦さんを驚かせてしまったみたい。


「ごめんなさい。」

「いや、気にしなくていい。……それより、一緒に朝ご飯って、どういう?」

「あれ、やっぱり起きてたんじゃないですか。」

「――あ。」


 ふふ、起きてたのは知ってますよ。

 それを自分から白状しちゃうなんてネボスケさんですねー。


「もう。耳に息を吹きかけて反応したから、そうじゃないかって思ってましたけど。……晴彦さん、イジワルですね。」


 無性に、そんな晴彦さんが可愛く思えて。ボクは気付いたら抱き着いていた。

 晴彦さんが遠いような気がして、布団を隅に追いやった。

 晴彦さんの首に抱き着いて、いつもより深いところで匂いを嗅いだ。


「……で、朝ご飯はどうしたんだ?」

「朝ご飯はもう少ししたら用意します。そんなことより、晴彦さんはボクをビックリさせちゃったんだから、ちょっと心臓が治まるまで抱き枕になってください。」


 昨日、晴彦さんは遠慮しなくて良いって言ってくれた。だからボクは遠慮をやめる。

 本当は一緒に寝たい。

 朝、目覚めた時に晴彦さんの寝顔が見たい。

 時々ボクも寝坊して、悪戯されたい。

 今、それは叶わないから、せめて気分だけでも。


 ボクは晴彦さんを押し倒す。

 押し倒したら位置がズレて晴彦さんのビックリした顔が近くなった。


「痛かったですか?」

「大丈夫だ。」


 本当に痛くなさそう。

 晴彦さんの身体は本当に大きい。体重で3倍以上、つまり単純計算で体積が3倍以上ある。ボクは女子の中だったら身長は平均より高い。

 でも晴彦さんの前では、ぴょんぴょん跳ねたって大人と子供みたいな差になる。


「昨日は、夜に来れなくて、寂しかったんです。」

「そうか。」


 ボクはジワジワと感じる寂しさを埋めたくて、晴彦さんを離すまいとしっかり抱き着く。

 ここに晴彦さんがいるっていうだけで安心感がある。深呼吸でより深く感じる。


 ピクッと晴彦さんが身動ぎする。


 ああっ、晴彦さんの左半身をまとめて抱き枕にしちゃってたから窮屈だったよね。下敷きにしちゃってるよね。ごめんなさいっ。

 でも離したくないんです。


「ボクは、ヒトを好きになったらこんなふうになるなんて、思ってなかった。……知ってます? 晴彦さんが帰ってくる前に、予備校に行かないといけないのが、すごく寂しかったんです。」

「ああ。」

「……もう予備校なんて止めちゃおうかなあ。」


 割りと本気で無意味なんじゃないかって思ってる。それでも不満は半分に、少し戯けたことを言ってみる。

 案の定、晴彦さんが心配してくれる。


「待て待て、それは今まで勉強してきた分が申し訳ないだろう?」

「でも、別に予備校に通ってなくても、成績は落ちないと思うんです。」

「なんで?」

「ボク、言われなくても勉強はしますし、勉強自体も好きですし、勉強してる範囲でわからないところもないですし、何より、効率も悪いですし。」


 そう、効率が悪い。

 昨日の予備校だって晴彦さんに抱き着いてから行った方がまだ得られるものが多かったと思う。


「だとしても先生の話す中に、本で勉強する以上に役立つことが混じってることだって、あるだろう? そういうものの積み重ねが後で役に立つかもしれないだろう?」

「そうかもしれないですけど。」

「そういうもんだって。」

「そうですか。」


 晴彦さんに嫌われたくないし、今は信じてもらえないだろうから言えないけど、魂のエネルギーとか、そういう話を出来たらどうなるんだろう。

 言わないけど。たぶん、一生。どうせ誰も気が付かないんだし。


 クンクン。スンスン。


 それでもなんだか悔しいような気がして匂いを嗅いでみる。それだけでストンと落ち着いた。

 少し落ち着いてみると、なんだかいろいろ冷静になる。

 勢いで晴彦さんを押し倒してるけど、ずいぶんとボクは大胆になったんだなあ。それだけ寂しかった、って付き合ってもらってまだ数日だよ。ボクはずいぶんと乙女しちゃってる。

 そんな乙女としては、晴彦さんの主張するおっきな晴彦さんが気になるわけで。

 もっと言えば、挟み込んでる左手の収まってるところはボクのアソコなわけで。晴彦さんが1センチも動かさないのをちょっと不満に思ってみたり、怖いような、期待してる感じ。


 どんどん客観的なボクが現実の様子を囁いて、ボクを赤面させていく。


 ある意味で、ボクが抱き着くのをやめて晴彦さんを跨ぐ形に持っていったのは、ボクなりの逃げだったんじゃないかって思う。


「……それはまあ、分りました。ところで――また、ずいぶん溜まっているみたいですね。」


 それにしては、ひどいごまかし方だとは思うけど。

 ポカンとした晴彦さんの顔は、朝の光を浴びてよく見える。

 ボクはさっきまでのことに、昨日勉強したこととか、この前したフェラチオとかいろいろなことが頭を駆け巡って、なんでか晴彦さんの苦い精子を飲みたいとかわけわからないことを考えてしまった。


「今夜は来れます。一緒にご飯も食べたいです。……そのあと、晴彦さんがお風呂に入ったら。晴彦さんの…………を、飲みたいなー、なんて、えへへ。」


 えへへじゃないよ!



   *** ***



 今日は一日中、ボクは少し浮ついていた。

 落ち着きがなかった。

 だって、あんなの。

 いくら勢いで言ってしまったからって、はしたなさ過ぎる。

 それで赤面したり、思い出してニヤニヤしちゃったりでボクもう変な子だったじゃん。


 今日が教員会議だったし、伊藤先生から返事は無く、奈緒とかに浮かれているのをバレないようにするのが大変だった。というか何に浮かれてるかバレないようにするのが大変だった。


 放課後は適当に時間を潰そうと部室に足を運ぶんだけど、相変わらず神谷先輩がいて、カナダくんが突っ掛かってた。

 で、ボクが頃合いを見計らって宮本先輩にメッセージを送れば出来る限り早くやってくる。

 うん。これはあれだ。

 宮本先輩なりの、ボクへの配慮だったりするんだろう。とは言え、あまり呼び出すのが遅くなると焦れてやって来ちゃうんだろう。

 あ、部室はちゃんと綺麗だったよ。

 うん。

 綺麗にした跡があったよ。


 トントン、グツグツ。


 だなんてボクは考えながら調理する。

 スーパーでちょうど精の付くレバーが安かったから、今日はレバニラ炒めとかシジミ汁とかにする。

 なんだろう。ボクの頭の中が少々ピンク色だからとはいえ、勢いだけで作るには恥ずかしい献立だよね。

 男性に、これからのことを予感させるお膳立て。言葉の通り、弥が上にも気分は高まるし、心臓は静かに煩い。


 ボクはずっとニヤニヤしてる。ずっと顔が熱い。


 ~~♪


 ――!

 不意にご飯が炊けたのを告げるメロディーが鳴って、ビックリした。

 また一歩、行為に近付いていく。


 ――ガチャ。


 あ、晴彦さんっ。

 パタパタ。


「お帰りなさいっ。」

「ああ。」


 ボクはどんな顔をしてるかな。

 恥ずかしくって、言葉も僅かに晴彦さんのカバンを引ったくる。


「ご飯に、しましょう?」


 ボクはカバンを置いて、晴彦さんの靴を揃えて、ジャケットを脱がせてハンガーにかけて、そしてダイニングで待っている晴彦さんに晩ご飯を配膳する。ボクの分も配膳が終わったらエプロンを外して晴彦さんを待たせないようにパタパタ急ぐ。


「「いただきます。」」


 えへへ。

 ボクはチラチラと晴彦さんを盗み見ながらご飯を食べる。覚束ないけど、左手でお箸を使うことにも慣れてきた晴彦さんだけど、骨折の治りが早いのか、少しずつ右手を使っても痛くなくなってきているらしい。


 へぇー、そうなんだ。

 なんでか昔より治りが早いような気がするけど、どうなんだろ?


 そんなふうに話していたら直ぐに食べ終わってしまう。

「「ごちそうさまでした。」」


 ボクは、ドキドキしながら続けた。


「……晴彦さん。お風呂に入っちゃってください。その間にボクは洗い物を済ませておきますから。」

「ありがとう。そうするよ。」


 ボクは、晴彦さんの手足にビニール袋を被せてガムテープでグルグル巻きにしていく。ちょうど足の方にガムテープを巻いているとき、ダイニングの椅子に座ってもらっていたんだけど、ふと前を見ると晴彦さんの股間があって、もう20分もするとズボンの中のおっきな晴彦さんにご奉仕するんだなーって思った。少し手が止まっちゃって、頭を撫でられて、ちょっとビックリして晴彦さんを見上げながら、なんだろうってキョトンとしちゃった。

 普通にガムテープが巻き終わってなくて晴彦さんがお風呂に入れないだけだったんだよね。


 ボクはずっと顔が赤くなっているのを隠せなくて、それでもなんとかガムテープを巻いて晴彦さんをお風呂に送った。


「お風呂から出たら、寒くない恰好でお願いしますね。」


 って、つい確認してしまって、ゴクリと晴彦さんが生唾を飲み込んで、ボクの身体を一瞬舐め回すように見た。

 ボクは自分がどうしようもなく破廉恥なことを口走っちゃったことに気が付いた。いくら今朝から頭がグルグルしてたとはいえ、これは淫乱過ぎる気がする。

 そんな子は嫌われちゃうんじゃないかって不安になって、でもおっきな晴彦さんが元気になっていたから少し安心した。


 そしてボクはバスタオルを押し付けるみたいに渡して、脱衣所を出た。


 

 カチャカチャと洗い物の音だけが響いて静かなのに、ボクの心臓は煩い。バスルームのドアが開く音がしないかと耳を澄ましても、耳鳴りが聞こえるだけだ。


 ギイッ。


 わっはあっ!!

 あ、あ。びっっっくりしたぁ。

 バスルームのドアが開く音一つで心臓が止まりそうになった。

 でも、ガサゴソと晴彦さんが身体を拭いたり、何かを着たりする音に意識が向いていく。


 あ、洗い物済ませなきゃ。

 ボクは残りの少ない洗い物も濯いでいく。


「ふう。」


 晴彦さんが何気なくダイニングに入った。


「上がったよ。」

「うん。」


 ボクは、晴彦さんに麦茶を持っていく。

 晴彦さんは、2枚使っているバスタオルの片方を腰に巻いて、もう片方を肩にケープみたいにかけたとってもラフな姿だった。

 ギプスが水に浸からないよう巻いていたビニール袋はとってきたみたい。


「~~~~~~っっっっ!!!!」


 好きな人のあられもない無防備な姿に、ボクは沸騰しそうになる。

 な、なんでほとんど裸なんですかぁ! だなんて自分から寒くなければなるべく脱ぎやすいような状態を要求しておいて、あんまりだとは思う。

 でも、考えてみてよ。

 高校生時代に好きな人の裸を間近で見たら誰だってこうなるでしょ?


「む、麦茶ですぅ。」

「ん、ああ。ありがとう。」


 晴彦さんは余裕っぽいし。

 なんだか、なんだか!

 ボクはわけわかんなくなって、晴彦さんは緊張とかしてないのかって思って、心臓の音とか聞きたくなって、とりあえずくっ付いたらわかるかなって思って。


 ぴと。


 まだ濡れた晴彦さんの胸の谷間(?)に耳をくっ付けた。


「ふおっ!?」


 何でか晴彦さんがびっくりして心臓が一度、ドクンと跳ねた。

 そして、あまりにぴったりくっ付いてたから、晴彦さんとボクの間にムクムクとした、違和感のある硬い棒みたいなものが起き上がるのが分かった。

 おっきな晴彦さんだった。

 ボクのお腹に押し付けられて窮屈そうだった。


「……結菜。」

「はい。」

「しゃぶれ。」

「はい♡」


 そんなふうに乱暴な口調のくせに、晴彦さんはすごく恥ずかしそうな声だった。

 心臓も、早くなってるし。



   *** ***



 前とおんなじで、晴彦さんにはベッドに腰かけてもらってる。

 ボクは晴彦さんの脚の間に跪いて、そそり立つおっきな晴彦さんに挨拶をする。


「よろしくお願いしますね。」


 なんだかとっても愛おしくなって、頬ずりとかしてみた。

 ボクがすることに一々反応して、ピクピクしてる。

 あまり晒しっぱなしなのも可哀そうな気がして、さっそくパクッと飲み込む。

 もちろん、前に晴彦さんから教えられた通り、お尻を上げて四つん這いになって、喉の奥が一直線になるようにしてる。


「うおっ。」


 急に奥まで咥えられると思ってなかったでしょ?

 前に一度、奥まで突っこまれたからかな。全部咥えることに抵抗もないし、そのあと6回目の射精まで何回も練習したから、出来るようになってるんだよね。

 もしゃもしゃした毛に、顔を埋めていく。あんまりいい感触じゃないけど、妙に達成感がある。


 そこから、ボクは体ごと顔を前後に動かして晴彦さんに気持ちよくなってもらう。

 たまたまは、四つん這いだと弄りづらいから二回目に食べることにして、今はどれだけ早く晴彦さんを射精させられるかに専念してた。

 まだボクはソープのアユミさんに勝ててない。

 確かにアユミさんの方がテクニックはあると思うよ?

 でも晴彦さんに関しては、ボクの方が上じゃないと嫌だ。


 だから、口の中はずっと空気が入らないようにしてるし、引き抜くときは舌を使って複雑な動きで刺激する。

 晴彦さんは、最初にちょっと驚いてからボクにされるがままになって、「うっ。」とか「ああっ。」とか喘いでくれる。そういう声がボクを応援してるみたいに聞こえて、疲れなんて感じずに、どれくらい動いているのかも忘れさせてくれる。


「――うっ。」


 不意に、頭を掴まれる。そしてボクの動きが遅いとばかりに押さえつけたり、引き抜いたり。

 利き手じゃないから、たぶん丁寧なつもりなんだろうけどボクのことを考えてないみたいな激しさで、頭を動かす。これは、前にボクがお願いした「イキそうになったらボクの頭を乱暴に扱ってほしい。」っていうのをしてくれているんだよね♡

 だから、ボクは晴彦さんが頭を掴んでおちんちんを奥に喉の奥に押し込む方に集中できるようにした。

 ボクは顔が晴彦さんのお腹にぶつかってから、出来る限り早く体を戻す。そしたらまた晴彦さんが頭を抑え込んでボクは晴彦さんのジャングルに顔から突っ込んでいく。


 それは、たぶん1分も続いてないと思う。


「うっ、イク。結菜。出すぞ。」


 言った瞬間、すごい力で抑え込んで、ボクの喉の奥に精液を吐き出していった。

 出そうだとは思ってても、言われてから射精までが一瞬で、ボクは息継ぎもできなくて、苦しい時間を過ごす。なのに、使われてる感がすごくてボクはそっちの方で興奮して、嬉しくなった。

 ぶっちゃけ、苦しいのとかどうでもいいみたいな♡

 晴彦さんにしてもらっているし?


 ドクンドクンって、何度も喉の奥に吐き出されて、ボクはなんとかそれを飲み下しながら、その嚥下する刺激が晴彦さんの射精を長くさせる。


 ふ、っと頭を抑え込む手から力が抜ける。

 ボクは射精が終わったと思い込んでる晴彦さんのおちんちんの中に残ってる精子を吸い出すために、亀頭を咥えて竿を手で扱く。


「ぅおおっ。」


 ほら、もうちょっとだけ、出るでしょ?

 そしてドロドロになった晴彦さんのおちんちんを舐めてキレイにしていく。

 同時に、二回目が始まっている。

 キレイにしながら、おちんちんを持ち上げて、さっきは見向きもしなかったたまたまを食べる。

 片方咥えて、口の中で転がす。

 袋の上から、たまたまにキスする。

 手で握ったりする。

 そんなことをしているうちに、また大きくなった晴彦さんを、思いっきり奥まで咥えて、上目遣いで晴彦さんを見つめてみる。


 そうすると、晴彦さんもまた火が付いたみたい。

 ボクは、晴彦さんに使われる。



   *** ***



 結局、4回目で止めた。おっきな晴彦さん的にはまだイケそうだけど。

 痙攣するみたいにヒクヒクするおちんちんが寒くないように、バスタオルを被せて晴彦さんに抱き着く。

 また心臓の音を聞くような体勢。


「美味しかったです♡」

「そ……っか。うん。よかったよ。」


 晴彦さんは疲れ切った様子だ。

 さすがに前より回数が減ったとはいえ、4回は多い。


「そうだ、知ってましたか?」

「何だい?」

精液って、すぐに飲んだり、口の中で転がしてから飲み込んだ方が苦くないんです。」


 飲みづらいのは変わらないんですけどね。


「そう、なんだ。」

「むしろ中途半端なタイミングで飲み込む方がずっと苦いというか。たぶん、空気に触ると苦くなるんだと思うんですよね。それで、逆にずっと口の中にあると唾液で苦いのが分解されるんだと思うんです。」

「へーそうなんだ。勉強みたいだね。」

「はいっ♡ これからも、晴彦さんにいっぱい、いろんなことを教えてもらいたいです♡」

「ははは。お手柔らかに頼むよ。」


 その日、家に帰ってから勉強が捗ったのは言うまでもないよね♡






~to be continued~