〜分析結果サンプル〜
「なあ、どうしてここまでしてくれるんだ?」
そう切り出した晴彦さんの顔が、後ろめたいような、それでいて何かを期待するような苦しみを抱えているように、伏し目がちだったから。
ボクの胸も、ぎゅっと苦しくなった。
晴彦さんの気持ちは晴彦が一番よくわかる。
だから、どうしてそれを問い質さずにはいられなくなったか、すごくわかる。
自分を卑下しすぎてる。
ボクは、そんな晴彦さんに「自分の価値を低く見過ぎないで。」って、言いたかった。
晴彦さんからすれば、ボクみたいな女子高生は可能性の塊だし、もう接することもないと思ってた存在だろうし、しかも何を考えてるか最もわからないんだろう。
だから、怖い。
逆を考えれば、本来ボクだって晴彦さんみたいな人は怖い。
晴彦さんはそれに加えて大きいし、重そう。
ボクたちはおじさんとかに対してキモイとか言うけど、正直アレはボクたちの想像できない存在が怖いだけ。
自分を守っているだけなんだ。
なのに、ボクは晴彦さんにノーガードで接してる。
ううん。ボクの方から晴彦さんに近寄っていってる。
晴彦さんは、どうしてそんなことをするのかわからないから、怖いんだろう。
そして、自分を守ろうとして、卑屈になっていく。
無価値な自分に近寄ってくる理由は? とか。
ボクに疚しいところがあるのでは? とか。
少なくとも晴彦さん自体に価値があるなんて、これっぽっちも思ってないんだろう。
昔のボクだって、晴彦さんのことを好きだったし、今のボクからすれば晴彦さん以外と恋愛する気にはなれない理由がある。
それをボク側の打算的な理由にするなら、晴彦さんがまだ若いうちに相手をしてくれないと困るっていうことになるのかな。
ボクが大人になるまで待ってたら、晴彦さんはおじいちゃんになっちゃうよ?
ふふ、それはないけど。
でもやっぱり、晴彦さんが好き、だけじゃ晴彦さんは納得してくれないんだろうな。
だけど、「晴彦さんじゃなきゃ嫌なんです。」とか、「自分をそんなに虐めなくてもいいんですよ。」とか、そういうふうに慰めるのは逆効果だよって晴彦が教えてくれる。
「むむむぅ。」
小娘が何を、って思われるかもしれない。けど、ボクは晴彦さんを甘やかしたかった。
晴彦さんは男の人だから、泣きたい時に泣けるほど強くない。
ボク程度の付き合いが薄い小娘が、そんな役目を果たせるかわからないけど、晴彦さんの蟠った感情を、グチャグチャした黒い部分をすべて受け止めたいって思った。慰めたい。
それが劣情に繋がって、八つ当たりみたいに乱暴に犯されることになっても構わないって思った。
その瞳が、ボクを映さなくてもいい。
晴彦さんが泣いてるように見えるから。
抱きしめて治まるならそうする。それ以上が必要ならそうする。
破滅思考は凄く甘美だ。引き返せないというのは、心が楽になる。
けど、そうじゃないんだ。
晴彦さんは要求しない。晴彦さんを引き返せなくするのは、ボクだ。ボクが胸を貸すとか、おっきな晴彦さんを慰めるとか、これから晴彦さんがどうなっていくか、ボクの匙加減も重要になる。
ボクは、晴彦さんのあげまんでいたい。
「……確かに、あえてこうしている部分もありますよ?」
だからボクは言葉を選ぶ。
上手いこと、この空気をメチャクチャに壊せるような勢いが欲しい。
「これでも、抑えてる方なんですからねっ。」
晴彦さんのポカンとした顔。
ボクはポーカーフェイスで続ける。
「晴彦さんって、自分がカッコイイって絶対思ってないですよね?」
ボクは、見た目からして小娘だ。
そんな小娘が無理して背伸びをしてる、だなんて思われるくらいなら、小娘が小娘らしいことを言ってる方が何倍も説得力がある。
ボクは、あなた以外の誰も見ていないし、見る気だってない。
好きに喋っちゃいなよ、結菜。晴彦さんは、何度だって確かめたいみたいだし。
結菜だって、晴彦さんに惚気たいでしょ?
「もう二度も命を助けて貰っちゃったから、ボクは晴彦さんのことが格好よく見えるのかもしれないですけど。それでもボクの中では晴彦さんが、ぶっちぎりのナンバーワンで格好よく見えるんです!」
身体と声が自動で動いていく。
そして感情のままに止まらない結菜が、何を言ってるかわかっているけど止められないから顔が赤くなっていく。
恥ずかしくて、感情が昂ぶる。
「今はちょっとプニってるから、そこは可愛いんですけど、すっごく頼りになりそうな感じですし、そのくせちょっと抜けてるのかな? 一昨日は如何わしいDVDを片付けなきゃいけなかったんですけど?」
フリーズしたまま動かない晴彦さんにボクは、捲し立てる。
「そもそもですね。義務感とかそういうのでお世話をするほど、ボクは出来た子じゃないですよ。当然ですけど晴彦さん限定なんですからね。というか、ボクは晴彦さん以外の男の人って、ちょっと苦手だったりして。って、なんでこんな恥ずかしいこと言わせるんですか!?」
八つ当たり気味だ。
「なのに晴彦さんはニブちんですか? そもそもボクみたいな女子高生が、のこのこやってきてるのに、、、なのに、どうしてキスの一つもしてくれないんですか!?」
もう少しだけ、ボクに寄りかかって欲しい。
受け止めるから。
そのためだったら、何度でだって丸裸になれる。
恥ずかしいのは、服を脱ぎ去るより無防備なような気がするから。
肌がチクチクするような気がするし、心臓は煩い。
晴彦は結菜になって、恋が理屈じゃないことを知った。
ボクは、一世一代のプロポーズをするつもりで話してる。
まるで微熱でぼやけた思考が加速していくような感覚だ。
なのに今のボクには心地いい。好きな人に好きだって、身体いっぱいぶつかっている。
ボクは今、めちゃくちゃ恋してる!
「……だって、そんなことしたら、、、取り返しがつかなくなる。」
晴彦さんの声もつられてなのか、上擦ってる。
きっと頭の中はぐるぐるとかき混ぜられて様な気分なのかな。
ボクみたいな女子高生の熱量は、晴彦さんには微熱程度じゃ済まないような気もするし。
だとしても、ボクはボク自身のためにも、晴彦さんには無理矢理幸せになってもらわないと困る。
「……その、取り返しがつかなくなることを、して欲しいんです。」
そういう打算を隠さずに言っているボクは今、どんな顔をしてどんなふうに見えてるんだろう。
ねえ晴彦さん、そんな女の子ってどうかな?
「――俺が今、賢者タイムで良かったな。」
ボソッと。晴彦さんは、そっぽを向いたまま呟いた。
「え? 賢者……?」
賢者タイム。射精して、性欲が治まっているときの、落ち着いた状態。
じゃあ、賢者タイムじゃなかったら。
この場で食べられちゃったのかしら。なんて。
きゃー。
もう、晴彦さんも大胆なことを言うじゃないですかー。
しかも気まずそうに、自棄になってご飯を食べてるし。可愛いなあ。
えへへ。
ボクの晴彦さんっ♡
*** ***
「今日から、お風呂に入れるんでしたっけ?」
「ああ、そういえばそうだ。」
結局、キスしてくれなかった。
「お風呂には入りますか?」
ちょうど、ご飯も食べ終わって、洗い物も終わったからまったりしていた。
「……そうだ、結菜。」
「なんですか?」
「風呂に入るの、手伝うとか言わなくて良いからな?」
――え?
「ダメ、ですか?」
そう訪ねれば、晴彦さんは少しやり辛そうな苦い顔になる。
「そんな顔するなって。単純に、もう夜も晩いから、結菜を帰らせないとご両親に申し訳ないのと、俺も一人で風呂くらい入れるようにならないと、だな……。」
「うん。……わかった。」
「そうか。」
晴彦さんがホッとした顔になった。
ボクは、そんなにションボリしてたのかな?
「あ、でもお風呂に入るときはちゃんと準備してくださいね。ビニール袋も二重にするとか、、、そういえば、ガムテープとかどこですか? それに右手が使えないから、」
「結菜。」
「え、あ、はい。」
「ありがとう。でも大丈夫だから。」
「……はい。お弁当箱だけ持って帰りますね?」
「ああ。お弁当、旨かった。」
「えへへ。明日も美味しいお弁当を作ってきますね。そうだ、何か、これが食べたいなって思う物があったら、作れるかわからないですけど言ってください。ボク、頑張りますよ。」
「あー、今は、どうだろ。食べたばっかりで思いつかないかな。」
「あ、はい。ごめんなさい。催促してるわけじゃないですから、気が向いたときで良いのでメールとかで教えてくれれば、」
「わかってる。」
「じゃあ、その。……帰りますね?」
このときボクは、すっごく不満げな顔だったと思う。
「そうです、明日は予備校があるので、夜、一緒に過ごせないんでした。」
「……ああ、わかった。」
「ごめんなさい。」
「いや、それが学生の本分だから、謝ることなんて必要ないからな。」
そういえば、と、たった今気付いたような晴彦さんの反応は、ボクと一緒にいたいって思ってくれていることへの裏返しのようで、嬉しい。反面で、ボクの方に理由があって一緒にいられないから、それで少し、申し訳なくなる。
「うん。じゃあ、帰ります。……お休みなさい。」
「ああ、また明日。」
えへへ。
また明日、だって。
ボクは、たったその言葉だけで嬉しくなっている。
*** ***
「ただいまー。」
もう、9時を回るくらいの時間だった。
「あら。おかえりなさい、結菜。」
「うん、お母さんただいま。」
「ご飯は、食べてきたのよね? じゃあお風呂に入っちゃいなさい。」
ボクは、晴彦さんだった時の記憶があるから、お母さんが実年齢よりは若く見える。若く見えるのはお父さんのお弁当をかなり気合を入れて作ってきたからなのか、生き生きとしているからだと思う。
「はぁいっ。」
「……そのあと、お話ししましょうね。」
「……はぁい。」
当然、予想した通りだ。
土曜日、日曜日。そして今日に至るここ数日、ボクはずっと晴彦さんのところへ行っていた。それがお見舞いのためだけじゃないのは、お母さんもわかってるハズ。
「はふぅ……。」
ちゃぷ……ん。
ずっと前から、お風呂は暖かい方が好きだった。女子だとぬる目が好きだっていう子の方が多いような気がするから、これも晴彦さんの、見えない影響なんだろうか。
そうだったら、と思うと嬉しくなる。
そして繰り返し考えるのは、ボクについて。
ボクってなんだろう。
神様みたいなあのヒトの言ってたことを考えた。エネルギーとしてボクの中に入り込んだ晴彦の魂が結菜の魂より多くなったせいで、意識の中心が晴彦よりになってる。
でも、感情は結菜が中心だから、頭脳は晴彦で、心と身体が結菜っていうことだ。
なんだか、不思議な気分だった。
心が結菜だからなのか、意識的には自分に対して恋してるし、えっちなこともしてるのに、嫌じゃないって思う。
結菜が、嫌がってない、ううん、そうしたいって思ったからだ。
本質的に、判断の部分には嫌悪感というものはない。だから、ボクは目の前におっきな晴彦さんがあって、それを銜えても何も思うところはない。ただ、セルフフェラみたいなことしてるって、思うだけだ。
「でも。」
変な感触だったなあ。
おちんちんを噛まないようにしゃぶるとき、頭を前後に動かしてビクッて震えたのを感じるとき、喉の奥まで突き入れられて咽吐くとき。ボクの口は、そんなときを覚えてる。
唇を指でなぞると、誰に使われたのかを再確認させられる。
鏡の中の、ボクはエロい。
えっちな表情を隠すこともしないで、恍惚に酔っているような蕩けた顔を晒している。
ボクは、発情している。
「えへへ。」
ボクの身体は熱を持って、しっとりと濡れている。
キスだってまだなのに、もっとすごいことしちゃった。晴彦さんがキスに意味を持たせたからだ。
取り返しがつかなくなる、だって。
意味もなく、ただ貪られてもよかった。
結菜が処女だって気付いたからかな?
初めてに、意味を籠められて嫌な女の子はいない。
ボクは、面倒なハズなのに、そんな素振りも見せないで当たり前にしてくれる晴彦さんが、凄く好きなんだ。
ちゃぷちゃぷ。
*** ***
「……結菜。」
冷蔵庫を開けて、水を探す。
ドアポケットに入ってるのは、お父さんが選んでる天然水だ。
別に高いわけじゃないけど、家では水を飲んでる。
ふぅ。染み込んでくる。
そういえば、晴彦さんの実家では麦茶で、今は面倒だから普段の飲み物は適当に済ませてるんだっけ。
麦茶、確かどこかにあったハズ。
「こっちに来なさい。」
「はぁい。」
いつになく真剣なお母さん。
ボクは、まずお母さんを味方に付けないといけない。それが、晴彦さんと円満にハッピーエンドを迎える条件の一つだ。
「私ね、思うのよ。」
「うん。」
「このままじゃ、ダメだよね。」
――っ。
ボクは、咄嗟に身構えた。
お母さんは、ボクが晴彦さんと付き合ってる、ううん、少なくともボクが晴彦さんのことが好きで、通っていることは知ってるから、それを咎める気なのか。
お母さんは眉間の険を深くする。
「ええ、このままだと結菜。来週も朝、お弁当作りを任せてとか言い出す気でしょう?」
「――ほぇ?」
変な声出た!
「……? だって、結菜は望月さんのことが好きで、今朝もお弁当作りを横取りしたじゃない。」
お母さんがプリプリしてる。
「なら、今週のお弁当作りを結菜優先にして、来週は私ねっていう約束だって、結菜が破るかもしれないじゃない?」
「え、破らない、よ?」
あれ? さっきまでの態度は!?
「ウソです。今週中ずっとお弁当を作っておいて、来週からいきなり止めます、みたいなこと、私の娘なんだからムリよ。」
「う。」
すごい説得力。
「だから、今のうちに話し合っておかないと。」
「……わかった。」
お母さんは、お父さんのことが好きすぎる。だからこそボクみたいな娘が育ったともいえるけど。
そういえば。
「そもそもさ。お母さんは、ボクが晴彦さんのところへ行っているのは反対しないの?」
緊張してドキドキする。
「反対? ……結菜は反対して欲しいの?」
お母さんは目を瞬いて、きょとん顔。
「そういうわけじゃないけど。」
「……はぁ。私から、どうしてって思うほど賢い子が産まれたのに、そういうことはまだまだなのね。」
「……?」
「結菜と望月くんは、けっこう歳が離れているわよね?」
「え、うん。20歳くらいかな。」
「じゃあ、やめた方が良いと思うわ。」
瞬間、谷に落とされたような絶望感が襲った。
「――誤解しないで聞いて、ね? 結菜。」
「う、うん。」
それでもコップを掴む手が震える。ボクは、お母さんを味方につけられるだろうか。
「歳の差って、大きいのよ。それが20歳にもなれば、どれほどなのか、私にはわからないわ。それにね、私も少しは望月くんのことを知っているのよ? スーパーのレジを打っているときに挨拶するくらいだけど、それでも昔から、望月くんは好青年って感じだった。」
ボクは10年前にも晴彦さんに助けてもらって以来、時々遊んでもらっていたけれど、お母さんの方は少し話す程度にはなっていた。ここ数年はお母さんもパートを減らしていたし、晴彦さんもスーパーにあまり行かなくなっていたから会う機会も減っていた。
「少なくとも、望月くんはいい加減な人じゃなかった。今でもそれが変わらないならきっと、結菜より望月くんの方が悩んでいるんじゃないかしら? 流石に30歳半ばにもなって、本気で女子高生を誑かすことなんて出来ない。誰かと付き合うのだって……好きになるのだって体力が必要なのよ。だから、望月くんが結菜のことを本気で考えているならきっと、すでに結婚のことも視野に入れているんじゃないかしら?」
お母さんは、そこで一息置いて続けた。
「結菜が、いい加減な子に育ってないのは私が一番知っているけど、相手を考えるとすごく考えないといけないわ。望月くんは、きっと重いわよ?」
お母さんは、見たことがないくらい真剣だった。
「うん。わかっ、」
「――そこまで。」
お母さんは、ボクの即答を遮った。
「私はね。結菜が幸せになれば良いなって思うのよ。だから結菜が望月くんと付き合いたいっていうのを応援してもいいかなって思うわ。
――けれど、望月くんは結菜より先に、死んじゃう。」
先に、死んでしまう。
知ってるよ。
「他のことは案外、なんとでもなるかもしれない。けど、私は私より先に確実に、一生さんが死んでしまう状況は考えたくない。」
今でもお母さんは、お父さんにゾッコンだ。
夢は老後に二人でお散歩に出かけること、とか。
「それを考えたら止めた方がいい、ってわかるじゃない?」
「うん。」
でも。
「頭では。……それがどうしようもないから、恋、なのよねぇ。」
「うん。ボクだって、どうしようもない。」
そうなのか。
ボクは、かつて晴彦さんだった。その名残なのか、男性の視線がわかるくらいに大嫌いになってしまった。
そうならないのが晴彦さんだけ。
だから……って、どうしてか後ろめたくなる。
きっと、お母さんの人生が眩しいからだ。
けして大きなことを成したわけじゃない。ただ、好きな人と結婚して、幸せな家庭を築いてる。昔を懐かしむような声と、一瞬、見たことがないくらい無防備な笑顔を見せるのは心が青春に戻るから、かな。
お母さんが、お母さんじゃないみたいになる瞬間が見え隠れする。思考の隅が勝手に思いを馳せているような感じだろう。
もう耳タコだけど、お父さんは幼馴染みで、しかも初恋の相手だった。1歳年下で、なのに頑張って大人ぶろうとしていたのが……ってもう覚えちゃったよ。
「本当に、どうしようもないわよねぇ。……結菜も、そういう顔をしているわ。諦めなさいって言われても、諦められない時の顔。――どうして、こんなに頑なで賢い子が私から産まれて来ちゃったんだろうね?」
「お母さん……。」
「結菜。私は一生さんが決めたことに反対をしないから。だから、何をしなくちゃいけないか、わかるわよね?」
お父さんを納得させるだけの、実績。それが今のボクに圧倒的に足りないものだ。
差し当たっては、晴彦さんと付き合ったから成績が落ちたなんて言わせないことだろう。
――パンッ!
「わっ。」
「それはさておき。」
お母さんは顔の前で拍手して合掌したみたいになってる横から、覗くようにボクを見る。
「今は朝お弁当を作る話をしなくっちゃ!」
さっきまでのシリアスなお母さんはどこへやら、大人ぶった少女の面影は、すでに見えなくなって、むしろもっと幼い少女のような顔になる。
「う、うん。」
「つまり、結菜は結菜で、私は私でお弁当を作りたい。けれど家のキッチンは一つ。……どうしよっか?」
お母さんは「うーん。」って難しい顔をして問題を解決しようとする。
うん。普通に考えたって一つのキッチンで二人が別々のお弁当を作るとか、ムリじゃない?
二人一遍がムリなら、片方ずつ。……そうはならないのが希埼家の女だ。
「……ねえ、お母さん。」
「うーん、、、なに?」
「ボク、晴彦さんの家でお弁当とか作っていい?」
普通、こんなことを言ったって通りはしない。けど、ボクには勝算があった。
「望月くんの家で、結菜が? ……それもアリかも?」
ほらね。
「じゃあ――、」
「私は、結菜が朝ご飯もろくに食べずに、どこかへ出かけて行くのを見逃すだけですよ?」
「はぁいっ。」
「とは言え、朝ごはんも食べられないのは辛いでしょうから、食費代として月に1万円くらいなら出してもいいかな?」
「お母さん大好きっ。」
「――あっ、そういえば。最近、結菜、夜まで望月くんのところに残ってる上に晩御飯まで食べて帰ってきてるじゃない? それは、望月くんが出しているのよね?」
「え、う、うん。」
「いくら?」
「え、今週は5000円だけど。あっ、まだ使い切ってないからね?」
「当たり前です! ――ああ、でもこっちで出すとか、ないわね。……よし、そこは望月くんに任せちゃいなさい。結菜、明日1万円渡すけど、それは貰っていることを聞かれなかったら言わなくていいからね?」
「はぁいっ。」
ふぅ……なんとかなった。
「……でも、結菜。」
「一生さんがいつまでも気付かないと思っちゃダメだからね?」
「わかってます!」
ボクは、上機嫌で勉強に向かった。
*** ***
「ううーん……っ。」
ひとつ伸びをする。
ボクは、日課の勉強を終えた。普段から、あまりのめり込みすぎないようにノルマを課してやっているけど、あの日以来、どんどん早く終わるようになっている。
晴彦さんと会っていることに打算があるなら、おそらく一番のメリットはこれだろう。
晴彦さん成分を補給すると、圧倒的に勉強が出来るようになるんだよねっ!
というのは半分冗談。
たぶん、魂のエネルギー的な話が絡むんだと思う。
何もしなくとも、ボクは普通の人より2.2倍もの潜在的なエネルギーがある。
それは人望とか才能とか、そういう運命を左右するエネルギーが人より2.2倍あるってことで、晴彦さんと一緒に居れば一時的に2.7倍にまで上昇する。
運命がボクに味方する、その効果は凄まじい。
一を聞いて十を知る、だなんてレベルじゃない。
勉強して理解するときは何かを発見したような、納得の瞬間があって、それを小さくでも積み重ねることで出来るようになる。
普通は、そういう納得の瞬間までにある程度時間がかかって、天才的に理解が進むときくらいは、次から次に発見の波が襲って来るくらいだった。
だから、ボクは勉強が好きなんだけど。
うん。
今は、ヤバい。
その、理解に至るまでの時間が、ほとんど無い。0に近いといっていい。一つを知った瞬間には頭が働いて、それを使って考えられることのほとんどすべてを考え尽くしてしまう。
数学で一つの公式を見たとしよう。
ボクは次の瞬間、難しい応用問題の解き方にまで考えが及んで、そして終えている。
今まで学んできた公式とも絡めて、より高度な場合を考えはじめ、さらには、どういう問題の時はどのアプローチが一番美しいか、だなんていうところまで考えてしまう。
その過程で頭を働かせすぎて、知恵熱が出たみたいにぼうっとしちゃうから、そこで勉強が終わる。
今のレベルの問題集では、習字をしているのと変わらない。
この前までは、予備校の授業でも得るものが多かった。けど、今はどうだろう。明日、夜に晴彦さんと会わずに予備校へ行く。その結果、どれほどのものを得られるのかな。
正直、自己学習の方がずっと効率が良い。
我が儘を言えるなら晴彦さんの膝の上に座って勉強したい。晴彦さんはテレビを見ててもらえば退屈じゃないだろうし?
流れで、ギュッと抱きしめられちゃったり?
きゃー。
ボクは「勉強が出来ないよー。」なんて言いながら、素直に晴彦さんに身を預けてみたりして。
それで、、、それで、さ。
ボクは晴彦さんを見上げるんだ。少しだけ身を捩るようにして。
結菜は、妄想で身体が熱くなる。結菜の両手を晴彦さんだと思って、自分の身体を抱きしめてる。
その時は、どんな顔をしてるんだろ? おねだりする感じかな? それとも悪戯っぽい感じ? これから何をされるかわかってるくせに、何も知りませんって感じに、きょとんとしてみる?
結菜の両手は、次第に大胆になってくる。妄想より先に、身体のあちこちを確かめる。
どっちにしても、晴彦さんは狼さんなんだ。ボクを美味しく食べちゃう。
まずは、抱きしめてる両手で、ボクの身体を弄るんだ。
「はぁ……っ。」
ベッド行こ。
お腹から、おへそを通って、上に、、、ボク、Fカップだから、胸には自信があるんだ。
晴彦さんは、どんなふうに触るんだろう。
……わかんない、けど。
晴彦の記憶には、晴彦さんの遠慮した好みが、入ってる。
晴彦さんは、ボクみたいな顔と身体つきの子が好きだ。
そんなボクに、心の底からの鳴き声をあげさせたい。
屈服させて、支配したい。
そんなふうに望んでいるのに、それが叶わないって思ってる。
依存させたい相手に依存しそうになって怖い。
それで裏切られたら、今度こそ立ち直れない。
拗れて、捻れてる。
だから、少し過激な程度には、痛みを入れて確かめる癖がある。風俗のアユミさんは、たまたま痛いのを気持ちいいのに変換できるように、昔の彼氏さんから調教されてて、抓られたり摘まれても大丈夫だった。
ボクは、晴彦さんの全部を受け入れたい。少しサディスティックなプレイなら、、、うん。勉強するよ。
想像だけなら、いくらでも痛いのを気持ちいいのに変えられる。
結菜の感情は、既に出来上がってた。
それと乖離したみたいにゾッとするほど冷静な部分がある。
意識が感情と繋がりきってないから、ボクが晴彦と結菜を分けていられるから、妄想よりもハッキリと、ボクの両手に晴彦さんのイメージを乗せられる。
意識的な動きは感情を刺激する。
「はぁ――っ、はぁ――っ、はぁ――っ♡」
えへへ♡
そう考えたら背筋が、ゾクッとした。
ボクは――期待してる。
きっと晴彦さんは最初、恐る恐るそろそろと手を近づけて来る。
ボクの妄想の中で晴彦さんは快復してるから、両手で責めてくる。
下から、重さを確かめるみたいに、支えて持ち上げる。
結菜はそれに気づいてるのに、気付かないフリをするんだ。
でも、恥ずかしいからボクは無言になる。晴彦さんはそんなボクの様子を楽しむように、何でもないことを尋ねてきたりするんだ。
「はぁ……はぁ……♡」
晴彦さんは当たり前のように下からタプタプとおっぱいが揺れるのを楽しんで、何事も無いようにボクとお喋りを続けるんだ。ボクは、それにうまく答えられない。
それで、ボクがうっかり胸を触られてるって気付いちゃったようなことを言っちゃう。
タプタプと揺らしてた両手が開いて、ボクのおっぱいは下から鷲掴みにされちゃう。
「はあっ――んんっ。」
だめっ、声出したらお母さんに聞こえちゃう!
でも晴彦さんは気付かないフリしてた罰だって言わんばかりに強く、痛いぐらいに掴んでる。もいで取れちゃうんじゃないかってボクはちょっと不安になったりして。
ボクは痛いって言わないから、晴彦さんは掴んだまま固い粘土を捏ねるように揉み拉く。
当然固いわけ無いから、捏ね返された分だけボクのおっぱいは痛くなって、ジンジンと熱くなっていく。
……それが気持ちいいだなんで、今のボクには感じられない。
ただ、晴彦さんからえっちなことをされてるっていう気分が、頭をぼうっとさせて考えられなくなってるだけ。
「――ぃ、うっ。……ふ、んんっ。」
乳首を抓っても敏感な反応じゃなくって、背中を丸めそうになるから、晴彦さんも痛いんだなって気付く。
――なら先に、弄っていればいずれ気持ち良くなっちゃうところを、、、虐めるようになる。
結菜のクリトリスが虐められちゃうんだ。
初めて大事なところを触られるのは、怖い。
けど、何かを期待してるようにボクの身体は汗に濡れてて、それだけじゃない液体も出てくる。
それを指摘されるんだろうな、って思って、恥ずかしいと思いながら、どうしてか受け入れる準備が整っていくのが嬉しいような、身体が晴彦さんを求めてることがわかって、ボクは何かの覚悟――みたいな、予感めいた何かも受け入れちゃう。
「ぅあ……♡」
ボクの部屋には姿見がある。
いつも身嗜みには気をつけるようにってお母さんがくれたものだ。
今は、発情した雌を映してる。蕩けた目と目が合う。
ボクは、まだどこかで晴彦を受け入れてないのかな。
姿見の中に映るボクの、エロい顔や上気して鮮やかな肌、着崩れたパジャマを見ると、その淫らな姿に興奮する。
ボクが普段は真面目で、自分からこんなことしないっていうイメージがあるから余計に、大胆に憚ることなく好きな人を想って乱れてる姿に、変な優越感に浸っているような気分になる。
晴彦は意識だけだから、劣情に駆られた自分を見て変な優越感に浸ってるのも結菜なんだけど。
つまり、ボクは自分から変態的な行為をしたいと思ってるんだ。
晴彦さんを、その口実にしてる。
晴彦さんがしたいから、ボクは喜んで自分を差し出しているんじゃない。
ボクは、晴彦さんに気持ち良くして欲しい。
だから晴彦に弄られるだけで興奮する。
「――うっ、――んく。」
これだけ妄想してるのに、おっぱいも乳首もクリトリスも弄ってるのに、イケないんだけどね。
さっきから、身体の芯を貫くような甘い痺れは何度も経験してる。それが強くなるようなツボを、どんどん見つけて刺激してるから、何度も電流が走ったような錯覚もある。
けど、イケない。
どこか、何か繋がってないような、もどかしさがあって、そういえば10代の女の子だとまだそこまで気持ちいいのがわからないんだっけ? とかそれは膣内の話だっけ? なんて思ったり。
ボクって気持ち良くなる才能ないの?
うわーん!
まだ晴彦さんにイラマチオされた時の方が気持ち良かった。
ん、……気持ち良かった?
アソコに伸ばした手はそのままに、反対の手を銜えてみる。
この指は、おっきな晴彦さんだ。
この状態で擦ってみる。
「――ん゛うっ!!??」
上下が、背骨で繋がった。
口に押し込んだ指が舌の奥の方に引っ掛かって、クリトリスを弄る指の摩擦が重なった。
瞬間、クリトリスの快楽の脊髄反射の回路が開いたような衝撃を受けた。
ボクは、三大欲求の一つを抑えられない動物になった。
「――っは、ん。っく、ぅ。」
だって、気持ちいい。熱に浮されて頭が半分ぼうっとしてる。意識は結菜をどうやって責め立てるか、それしか考えてない。
どっちにしたってボクなのに、結菜は晴彦にしてもらってるだなんて蕩けてる。
晴彦さんのことだから、ねっとり責め立てるんだろうなって思えば身体がのけ反るくらいに反応する。
ボクは敏感だった。
一度、気持ちいいのが繋がったら、それが全身に拡がっていく。
肌で空気の流れがわかるんじゃないかって思えるくらいに表面がヒリついている。
結菜は次にどこを責められるんだろうって、期待しながら、一生懸命おっきな晴彦さんをしゃぶろうと頑張る。
でも、今日はボクの身体を開発したくてオナニーしてるから、お預け。もうクリトリスは、それだけで気持ち良くなれるから。
ズルッ。
「え、あっ、あっ?」
勝手に引き抜かれたものを探して口をパクパクするけど、その手は既に胸に伸びている。
晴彦さんは、ボクを屈服させたい。そしてボクは晴彦さんに屈服したいから、弱点は多いに越したことはない。
だから自分で開発できるところは開発しておいた方がいい。
胸もそう。
強く揉まれても、乳首を摘まれても、逆に撫でられても、優しく弄られても、擽ったくならないようにしたい。
今は、揉まれても撫でられても感じないし、摘まれたら痛いし弄られたら擽ったい。
クリトリスが感じられるようになったから、同時に胸も責めることで開発できるんじゃないか。
少なくとも晴彦さんなら上も下も満遍なく責め立てるだろうから、イメージ通りの晴彦さんを両手に乗せる。
ボクは身体を丸めて全身に力が入りすぎないようにする。
足を伸ばしたり、身体を硬直させるように力を入れた方がイキ易いのは知ってる。
だけど、そのイキ方だとセックスするときにイケなくなるってどこかで読んだような気がしたから、特に力が入りそうな足に気をつけて、なるべくリラックスして弄る。
「――っ、――っ、――っく、はぁ♡」
結菜の意志に反して身体は刺激に跳ねる。ビクッと強く反応したり、痙攣しそうになったりする。
晴彦は欲求のままにクリトリスを責め立てながら、身体の各所を開発していく。
晴彦さんにどこを求められても喜んでもらえるように。ボク自身も、晴彦さんに時間を忘れさせてもらいたいから。それくらいにはボクだって気持ち良くなりたいし?
とりあえず、耳とか腋とかお腹とか首筋とか、内股を撫でられるだけで濡れるくらいにはしておきたいんだけど、背中って自分でどうやって開発すればいいの?
「あっ♡ ――んっ♡ ん、んんうっ♡」
うんまあ、いっか。
*** ***
「――んっ♡ くっ♡ ~~~~っっ♡♡ ぃくぅ♡」
イクときはちゃんとイクって言えよ、って晴彦さんに言われたから、ボクは素直にイキそうなのを告げる。
初めてだから、けっこう時間がかかっちゃって、汗でぐっしょり濡れちゃってる。
ボクは心の中で、はしたない嬌声をあげながら声を押し殺して擦る指を少し力強くする。
結局、最後までクリトリスを摘むとか、そういう敏感なところは強く責められなかった。
初めてだったから、中途半端にイキたくなかった。
「ぃくっ♡ ~~っ♡ ――んんぅ♡ ぃくっ♡ ィク♡」
ボクは晴彦さんに言われた通りにする。
「ィ、あっ♡ ぁっ♡ ――ふっ♡ んっ♡ ん♡ んんっ♡ ~~~~~~っっっっっっ♡♡♡♡♡♡♡♡」
――――――っっっっっっ!!!!
――――っっっっは!!??
あっ♡♡♡♡
「はぁ……っ、はぁ……っ、はぁ……っ♡」
気持ち、良かったぁ……っ♡
意識が一瞬、刈り取られた。
え、すごっ♡
時間をかけて気持ちいいのを溜めたけど、それでも意識まで塗り潰されるとか。
なにそれ。
それを、好きな人にしてもらえたら、それだけで何もいらなくなりそうじゃんかっ♡
――ゾクゾクッ♡♡
考えただけで――うん。
ふぅ。
落ち着くんだ、ボク。
とりあえず、今ゾクゾクしたのは期待してるからだけじゃない。
汗かいて、それが冷えちゃってるから。風邪を引く前にに寝よう。明日はシャワーを浴びてから晴彦さんの部屋に行くんだ。
まだ心臓がバクバクしてる。
体中が敏感で、空間がわかるような気さえする。
――カチッ。
電気を消したけど、目が冴えて仕方ない。
割りと凄く疲れたハズなのに、まだまだ興奮が覚めない感じだ。
明日も早いんだから、羊さんでも数えますかー。
~to be continued~