エロ率分析 (α)

〜分析結果サンプル〜





「望月、というのは君か?」


 マーケティング部長、齋藤 圭吾といえば仕事の鬼だ。

 なにせ我が社のマーケティング部を発足させた張本人で、企画部とも仲がいい。齋藤部長自体は営業部の出で、若くして成った課長時代に我が社が行っていた営業方法に限界を感じたのが始まりだ。その後、営業部長に掛け合い、戦略的な営業のために企画部とも掛け合いながらマーケティング課を始動させた。そして、マーケティング部へと成長させていった。

 企画部が行っていた市場参入や撤退の指針と、営業が行っていた実際の市場との折衝。この中間を橋渡しし、より効率的に機能させることを目的にして、具体的なマーケティング戦略を練っている部署でもある。


 正直、齋藤部長はかなり厳しい。マーケティング部の人間が辞めていく原因のトップも「齋藤部長の指摘が的確かつ辛辣であるため、自分の存在意義を見失ったから」らしい。自信満々でマーケティング部に配置換えしてもらった人間が、1年もしないうちに異動願を出すのもよくある話だ。

 そんな男が、こんなところへ何の用なのだろうか。


「済まなかった。」


 俺の警戒をよそに、齋藤部長は流れるような仕種で少しだけ、頭を下げた。


 ――――っっ!!!!


 それは、簡単に詫びるときのような動作だったが、部長がそれを行ったという衝撃はデカい。


「……へ?」


 何が起こったか、頭が理解するまで少しかかってしまった。そして一瞬、周りに目が無いかどうか確認してしまった。幸いにしてパーテーションの背が高かったおかげで、ここにいる人間以外に見られてはいないだろう。

 寺田課長のポカンとした顔が見えるだけだ。


 これだ。

 この竹を割ったような性格。

 齋藤部長が、それでも嫌われていない理由の一つが、厭味たらしくないことにある。

 指摘は的確かつ辛辣でも、後に引かない。さすがに2度も3度も同じミスを犯せば檄が飛ぶ。しかし、それで理不尽に評価が下がることもないらしい。


 齋藤部長には一切のおべっかも効かない。


 上司の心証が評価に繋がる世の中で、ほとんど絶対評価に近い判断を下してくれるのが齋藤部長であるため、抜け目がなく、仕事に自負を持っているような連中が、最終的に齋藤部長の下に戦士のように残る。

 故に、5年以上マーケティング部に配属されているような連中は、社内でもかなりの逸材と目され、部発足後の入社時から生き残っている生え抜き連中はエリート街道を驀進する。

 そう、教育される。


「え……っと。とりあえず、頭をあげてください。」


 話が見えていないので。


「む。そうか。昼からの会議の前に仕事が溜まっているため、詳しくは今、話せないが、望月君の同期だった和田から、君のことを聞いた。――我が部が、本来行うハズだった仕事をいくつか肩代わりしてくれていたというのに、私は長い間、関知していなかった。済まない。この礼は必ずする。」


 一方的にそれだけ捲し立てて、昼前に済ませるべき仕事に取り掛かるべく「ではこれで。」と一言残して去っていった。

 さすがに、一人で新部署を立ち上げさせただけはある。凄いバイタリティーだ。

 なにせ、俺も10年以上この会社にいるわけだから、齋藤部長が新部署を立ち上げた話も当時から知っていた。ここ7年以上は閑職で、それ以前に会ったことが無かったから、パーテーションの向こうから感じるだけだった熱量を目の前で受けちまった。


「……すごい、人ですね。」


 嵐のような人だった。

 数分くらい固まって、何事が起きたのか未だに整理がついてない頭がようやく「椅子に座れ、脚が痛い」という悲鳴を処理した頃に、俺はそんなことを言った。

 なんのことだか、すごく阿呆っぽい。


「だよねえ。あの人、僕と同期なんだけど、頭一つ抜けてるし。」


 むしろ寺田課長は頭一つ低いんじゃないかという疑問は置いとこう。というか、いくら名ばかりとはいえ、なんでこの人が長いこと課長なんていう重要なポジションにいるのかっていうのもずいぶん謎だ。

 俺の係長ってのも謎といえば謎だが、部長が尻拭いをさせるだけじゃ人聞きが悪いっていうんで、一見すると配置換えと同時に昇進させることで、昇進させたいから部内の他の課に配属した、というようなストーリーで考えると不思議は少なくなる。


 おっと、どうでも良いことを考えてたな。

 ああ、脚が早速ジンジンしてきやがった。

 よっこらせ。座らんとな。


「で、俺は一体何を謝られたんですかね?」

「さあ……? 僕だって、望月君が普段から何かやってるのは知ってたけど、正直、雑務課じゃ何をやってても、、、ねえ。」


 まあ、寺田課長も俺が何をセコセコやってたかなんて、知らんよな。俺でさえ、ただの惰性みたいなものだったし。

 和田、か。俺が予測を出すのに使ってた式を有効活用して、出来たばかりのマーケティング部の課長ポストに若くして収まった、出来るヤツだ。もともと、市場調査から宣伝の最大効率時期を判断する勘が異常に働くヤツだったっけ。正直、ネットコマーシャルも開始時期が1週間違うだけで効率が変わることを実証したのはすげえなって思ったね。

 まあ、スタートの技術が俺からだとは言え、その後マーケティングの統計学を学びまくって、独自の式を持ってる生粋の技術屋なのは間違いない。


 その和田が、未だに俺の式を使ってたのか……?


「ん?」

「どうしたんだい?」


 面倒くさそうに、バカから受け取った会議の資料をゆっくり持っていく寺田課長が、早速さぼる口実を見つけたとばかりに、俺に反応する。


「あー。さっきの齋藤部長からメールが着たんですが、午後に空きの会議室に来てくれって、呼び出しを受けました。」

「……うーん。お礼って言ってたし、気楽に行ったらいいんじゃないかな?」


 そんな他人事な。

 これは、ツイてないのか?



   *** ***



 ――パカ。


「おお。」


 美味そうだな。

 半分がご飯。もう半分がおかずというスタンダードなスタイルだ。しかもご飯はおかかと海苔をサンドした2段の海苔弁当スタイルを踏襲した無骨な作りだった。正直、JKが作る弁当なんて中途半端に彩を良くしただけみたいなものか、もしくはご飯にでんぷとかでLOVEとか書いてあるんじゃないかって、思った。


 これはすげえ。おかずも的確に旨いものだらけだ。野菜もサラダ系じゃなく煮物か。牛肉を甘辛く煮しめたものとか、山椒が最高に旨い。そのくせ卵焼きとか鶯豆なんかも入ってて彩もいい。

 渋いチョイスだ。これは、慣れてないと出来ないから、、、たぶん、父親にも弁当を作ってるんじゃないか? だとすれば、早苗さんが作ってたところに、中学生ぐらいから結菜も参加するようになって、この渋いチョイスの旨そうな弁当に繋がったのか? たぶんそんなところだろう。


 どれ、一口。

 …………。


「旨いんだよなあ……。」


 いつも、俺は寺田課長と昼飯に出かけてる。時々タイミングが合わないこともあるが、まあ大体は寺田課長と安い社内食堂の定食をつつくのが日課だ。

 今日も誘われかけて、しかし骨折があったから尻すぼみになった言葉に被せるように、すでに昼飯を持って来てることを告げたら「明日から僕も弁当でも買ってくるかな?」なんてことを言っていた。

 そういえば、課長も結婚しているはずなのに、愛妻弁当とか見たことないな。


 ……この弁当も、いつまで食えるのか。


 ああ、うん。まず、前段階としていつまでっていうのが、おかしな話だな。

 何を期待してるのか。


 俺は、期待なんてしなくなっただろ?


 部長の体面が悪くならないように誤魔化されたみたいなポストで、今まで消化試合をこなしてたじゃないか。

 佐藤が押し付けてくる雑用だって、途中から文句も言わなくなった。

 そのくせ、何を証明して見返したいのか、ペーパーベースの記録を電子データ化して。

 JKにちやほやされて、何を勘違いしたんだか。


 クソだな。


 旨い飯の味が途端になくなりやがった。

 俺が一番クソなのはわかってるよ。




   *** ***




「来たか。かけてくれ。」


 ふう。ちょっと部署から出て、20メートルも歩いてないってのに、こんだけ疲れる。

 ああ、ヤダヤダ。骨なんて折るもんじゃない。


「失礼します。」


 空き会議室には俺と齋藤部長。

 齋藤部長の前には何かを印刷した紙の束があった。

 俺は、ロの字に組まれた長机の角を挟んで齋藤部長の斜め前に座る。


「今朝、伝えた通りだが、我が部の仕事であった過去のデータの電子化を、望月君が代わりにやってくれていたという事実を、どういうわけか関知していなかった。先週の金曜日、仕事を持ち帰った際に、報告書にあった一部データに企画部の記載履歴しかないものが混じっていて、気になった。」


 ははぁ。仕事の鬼は、そんな細かなところが気になるのか。


「そのデータは本来、我々の方で電子化したものだとばかり思っていたからな。不思議に思ってデータの報告書を提出した和田に確認をとったら、君が作成したデータだと言うじゃないか。……そのついでに、和田が過去のいくつかのデータや予測値算出にも君が関わっていたことを報告した、ということだ。」

「経緯は、わかりました。」


 わかったのは経緯だけだ。それだけのためにわざわざ部長が朝出向いたのも、まして、こうして時間を取ってまで俺を呼んだのも、理屈に合わない。

 つまり、なんらかの別の目的が――というより本命の用件があるハズだ。


「……それで、齋藤部長はどうして俺を呼びだしたのでしょうか。」


 お礼が前菜でメインが別にあるなら、トンチンカンな問いかけじゃないハズ。


「ふむ。……和田から、君が優秀であることは聞いている。つまり、我が部で抱えている案件のうち、いくつかの担当者として、君の名前を入れようか、という話だ。」


 ――何言ってんだ!? このヒト!

 金城 正にケンカを売る気なのか!?

 名前を入れるということは、俺が担当する案件が増えるというような単純な話ではない。

 部を跨いだ仕事をしない、というわけでもない。


 だが。


 部を跨いだ案件というのは、ひとつ仕事をするにも各部の部長なりの判子を必要とする。つまり、でかい仕事に限られる。

 でかい案件の前にはでかい会議を通さないといけない。

 仮に、この話が部署を二つ跨ぐ程度の話だったとしても、少なくとも、両部署の部長が参加するような会議になる。


 ここで考えたいのが、『我が部で抱えている案件のうち、いくつかの担当者として』という部分だ。でかい案件ってのは、つまり、ひとつの案件であって、いくつかの案件ではない。

 だから、これはそういう会議に上げられる案件のための、根回しじゃない。

 というか、俺に、根回しを持ってくる意味が分からない。


 だから、齋藤部長が金城部長にケンカを売りに来たとしか考えられない。

 考えられない、が。


 正直、俺を介さないで欲しい。


 立場のない俺を、矢面に立たせるようなことをしないでくれ。


「……何か、勘違いをしているようだが。」

「はあ。」

「これは最終的に、君を我が部に引き抜きたい、という話だ。」


 全然、勘違いじゃなかった。


「君は今、係長だろう?」

「はい。」

「和田の課長補佐か、課長代理あたりでどうだろうか?」


 どうだろうかじゃねえっての。

 異動願ひとつだって、各部の調整と、それと各部の部長の判子が必要だろ!?


「……考えさせてください。」


 それが、俺がようやく絞り出して言えたことだった。




   *** ***




「――っく、見せつけてくれるっ。」

「毎回見てくるけど、飽きないの? 麗。」


 体育の前に麗は必ずボクのおっぱいを見てくる。というか一年の頃は、揉んできたような気がする。ボクのおっぱいは高校一年にして、それなりに成長してたから、入学早々から麗には驚かれた。

 去年まで髪の毛を短くしてたから、今でも時々、麗君って言われるけど、麗はスレンダーなプロポーションで、ボクの身体つきを羨ましがる。


「まあ、ゆいのおっぱいがおっきいのはわかるけど、」

「いやいや、初香も何言ってるのさ? わかるけど、って何?」

「え? でかいおっぱいは、揉みたくなるのが普通じゃ、」

「ならないよっ!?」

「なるよー?」

「奈緒もそういう!?」


 奈緒は、かわいいショーツが丸見えで、ハーフパンツをひっかけながら、よろけてた。


「いや、奈緒は会話に入ってくる前に、着替え終わらせようぜ。」

「……流石に初香の言う通りだよ。」

「えー?」


 プツ……ぷるんっ。


「おおっ。」

「おお、じゃない!」


 だから嫌だったんだ!

 体育の時はブラを替えないと痛くなるけど、運動用のブラをつけっぱなしなのも汗が気になる。

 だから、結菜は体育の時だけブラも付け替えてる。

 そして毎回、こんな風に拝まれる。


 拝まれる。


「ありがたやー。」

「……ねえ、何やってるの? いつも聞いてるけど。」

「たぶんきっと、ゆいのおっぱい拝んだらおっきくなる教の教えか何かじゃない?」

「いやな宗教だ。」


 そんなわけで、晴彦は女の子の裸だらけの空間なのに、がっかり感のみを募らせていくという不思議な気分を味わっていた。



   *** ***



「やー、実際さ。何があったか気になるじゃん?」


 それは唐突に。


「ん? どうしたのさ、初香。」

「ゆいさ、事故ったけど、ケガとかなかったのは、いいじゃん。」

「うん。」


 ボクは今朝作ってきたお弁当をつつく。

 JKのお弁当にしては、かなり古風な内容だ。その代り、ウサギがかわいい金蒔絵風のお弁当箱を使ってるから、それらしく見える。

 うん。おいしい。

 いつもみたいに、初香と麗と奈緒とご飯を食べてる。


「じゃあ、なんで土日も電話とか繋がんなかったのか、気になるじゃん。」

「うん。」

「いやそこ、うんじゃなくて。」

「でも結菜、そこは私も気になってた。っていうかね? 初香が心配しすぎてちょっとウザかった。」

「あ、これ美味しい。」


 正直、追及されるってわかってた。

 正直、晴彦さんのことをどこまで話せばいいかなって思ってた。

 正直、放課後まで誤魔化せないかなって、思ってた。


「まあ、奈緒は置いといて。」

「うん。」

「さっきから”うん”しか言わないし、絶対なんかあったじゃん。」

「うん。」

「あ、そこは答えるんだ。」

「うん。」

「答える気は、ある。」

「ううん。」

「そこはうんじゃないのか。」

「じゃあ、あとは何があったか聞いていけばよくない?」

「ううん。」

「こいつ壊れたな。」

「あ、これも美味しい。」

「いやいや、奈緒ももうちょっとゆいに何があったか考えようぜ。」


「う~ん。じゃあねえ、、、ゆいってさ、彼氏できたでしょ?」


「――n、う、うん?」

「――え!? マジ!?」

「あー、どうりで。」


 ボクは、こんな時でも嘘はつけない。というか、つかない。

 晴彦さんの方が大事とか思ってるくせに、すごい年上だから、言いづらいっていうのは、ない。

 とかなんとか思ってるあたり、やっぱり結菜の感情が、おじさんって思ってるってことなんだろうな。

 友達に馬鹿にされるのが嫌だから、言わないっていうのは、馬鹿にされるって思ってるから。

 だとすれば、晴彦さんを馬鹿にしてるのは、ボクってことになる。

 そんなことはない。

 けど、誤魔化せるなら、誤魔化したいとか思ってる。


「ちょっと、みんなもっと静かに喋ってよ。」

「デリケートな問題だしな。」

「だけど早急な調査と対応が要求されるよね。」

「それって事故関係の人?」


 奈緒が鋭すぎる。


「……うん。」

「へぇーへぇーへぇー。で、どんな人?」

「っていうか私ら、事故でゆいがほとんどケガとかしてない、くらいの情報しかなくない? そもそも、なんで事故って、どうなったとか、聞きたいじゃん?」

「あ、それ。結菜……事情聴取だよ。」

「でも、あれでしょー? ゆいが事故りそうになった時に助けてくれた人とか、そんなオチじゃない? ご飯美味しー。」

「……奈緒、見てたの?」

「えー、だって週末にゆいにカレシが出来たって聞いたら、絶対そうじゃん。……あ、でもゆいってば、結構オジ専っていうか、年上好きでしょー? もしかして、助けてくれたのって、残業帰りのサラリーマン的な人?」

「――うっ。」


「……マジか。」


「なんで、そんなにわかるんだよぉ。。。」

「だってさー。普通わかるでしょ? 金曜の夜に事故りましたー。でもケガとか無いですー。ってなったら、土日、連絡取れなくなる要素、無くない? じゃあなんでーって思ったら、ゆいは事故ったってゆったじゃん。――誰が? ゆいじゃない?」


 探偵かよー。やめてよね。

 ボクは、嘘をつかないんだから。


「なるほどな。そこまで言われたら、私でもわかるわ。」

「あ、自分が馬鹿だって知ってたんだ、初香。」

「麗とどっこいどっこいだと思うぞ? な? ……は、さておき。」


 初香は怒ったフリして一瞬で、ウキウキした顔になった。

 うう。


「ゆいじゃねーなら、ゆいを助けてくれた誰かが事故った、ってわけで。代わりに事故ったわけだから、お見舞いくらいはするわけだ。」

「うん。」

「で、普通、お見舞いだけなら、土曜日でよくね? って話だから、日曜日もそのオジサマと一緒にいる必要性はないわけだ。」

「うん。……うん?」

「よし、ゆいがゲロったぞ。」

「あ。」

「まあ、ゆいとしてはそのオジサマにときめいちゃったから、かいがいしくお世話をするという言い訳をして、押し掛けたわけだ。……言ってて私の方が恥ずいじゃんか。何やってんの? ゆい。」


 ホントにね!

 客観的に聞いても、結構危ない話だよね!


「とりあえず、その人はギルティ。」

「いや待って麗。先に――あ。」

「ナイスアシスト。ゆいがまたゲロったぞ。」


 こうしてボクは結局、根掘り葉掘り聞かれることになったんだ。

 ……よかったのは、晴彦さんが馬鹿にされなかったことだけど。

 でも、ボクが10年前にも晴彦さんに助けられたところから全部話さなきゃいけなくて、、、うう。




    *** ***




 ボクは、文芸部の一員だ。あと、名前だけ貸してるけど美術部も。

 意外かな?

 初香とかは運動部に入ってるって思われてそうだけど、ブラスバンド部だし、奈緒はバスケ部だし。あ、でも麗は弓道部だしぴったりって感じがする。

 ボクが文芸部に入ったのは、簡単な理由だった。部室で勝手に勉強して怒られなさそうなところは、なんて、不純な理由だ。ボクは一か所で根を詰めて勉強するのもいいけど、場所を変えて勉強するのも、好き。

 本を読むのは好きだけど、本といっても種類はたくさんある。あれを好きだと言えば、誰かにセンスが無いとか言われることもある。

 ボクは、そういう罵り合いは嫌だから。

 キチンと活動してあげない。


 とはいえ、活動無しでも済まされないから、文化祭の時にはちょちょっと書評みたいなのとか、短歌みたいなのとか詩とかを書くけど。


「先輩。」

「何かな? カナダくん。」


 金田くんは、担任の先生に苗字の読みを間違えられて以来、北アメリカ大陸のメープルシロップ産出国になった。

 カナダくん。もしくはおどけてキャナダくんと呼ばれてる。


 カリカリ……。


 キリの良いところまで書いてから、顔を上げる。

 今、部室に来てるのは幽霊部員を除いて二人だけだ。

 カナダ君が一瞬、ソワソワしたように身じろぎをする。


「二人っきりっすね。」

「そうだね。文化祭も終わっちゃったし。」


 ボクは視線を手許の宿題に戻す。明日、予備校で勉強する範囲の予習も、ついでにやっておく。


「先輩は、来続けてるんですね。」

「……うん。勉強とか、捗るし。」

「ほかの先輩とか、来るんですか、ね?」

「……さあ? カナダくんは、本とか読まないの?」


 正直、今は話しかけないでほしいな。

 今は勉強中だから。集中したい。


「俺、最近は結構SFとか嵌ってて、アンドロイドは――、」


 なんだか、言葉が通じてない感じ。カナダくんは熱っぽい視線を投げかけてくるし、時々ボクの胸あたりを見つめてるのか、ぞわっとする。本人はチラ見してる気なのかな。ボクは、男性の視線には敏感なんだ。

 その所為で、ここで勉強するのもちょっとし辛くなっちゃったかな。でも、自習室とか煩悩が渦巻いてるよ男子諸君、ってわかっちゃう。なんだろう、今のボクになるまでここまで視線を感じることもなかったと思うけど、やっぱり、晴彦が男性からの異性を見つめるような視線に晒されたくないから、余計に敏感なんだろうな。


 ――あ、そっか。ボク、どうしようもなくカナダくんのことはどうでもいいって思ってる。

 ごめん。


 カナダくんと目の前の勉強だと、目の前の勉強の方が重要で、少し鬱陶しく感じてる。

 これが初香とかなら、まだ話に乗っちゃうのかな。


 晴彦さんなら、たぶん、ボクが勉強してるときに不用意に声なんて掛けないと思う。

 仮にそれが不用意な場合であっても、優先順は間違いなく晴彦さんだ。

 うん。

 やっぱりボクは晴彦さんが好きなんだ。


 3日前までボク自身だったんだけど。

 やっぱり、考えてしまう。

 ボクって何なんだろう。


 認めたくないのにジワジワと、思い知らされる。ボクは、もう晴彦じゃない。

 朝起きた時、鏡に写る美少女に違和感が無くなってきてる。晴彦だったら朝は苦手なのに、結菜の記憶は朝の体操とか勉強とか、お弁当作りとかそういうことをしたいって責っ付く。

 女の子を見ても、お化粧とか髪型とか、ファッションとか仕種とか雰囲気とかそういうのばっかり気になってる。


 もう、めちゃくちゃ女の子してるじゃん。意識は晴彦とか、嘘じゃん。


 とか思えば、それ以上に男性の視線が怖いし。なのに晴彦さんからだったら嬉しいし。

 たぶん、

 『男性 + 女性 → 恋愛』

 って思ってるのに、晴彦の意識は女の子じゃ無いから、

 『男性 + ?女性(男性) → ×恋愛』

 っていうふうになってるんだと思う。

 ボクはホモじゃないし。

 そのくせ結菜がすっごく晴彦さんLOVEだから、晴彦さんだけオッケーみたいな。

 というか、晴彦さんにフェラチオした時って、意識は晴彦だったっけ?


 ……うん?


 何かいま、すっごく大事なことを考えてる気がする。


「……ぇんぱい? せんぱーい。」

「――えっ? あ、なに?」


 ああっ、今いいところだったのに。


「どうしたんですか? さっきからボーッとしてましたよ?」

「うん。……ねえ、カナダくん。」

「何ですか?」

「カナダくんの方こそ、本、読んでないよね。」


「えっ。」


「だってさ、さっき閉じてた場所から動いてないし。……ボクがぼーっとしてた時、カナダくんは何をしてたのかな?」


 カナダくんが、先輩の女子と二人きりというシチュエーションを恥ずかしがっているんじゃなかったら。


「え、えっ!? 先輩が急にボーッとしたから、なんでかなって……。」


 ずっと眺めてた?


「んー、ごめん。もう5時だし、ボクはもう帰るね。――あ、そうだ。電気羊の夢を見たのかどうか、今度教えてくれる?」



 そんなわけないか。





    *** ***




 トントントントン。

 グツグツグツグツ。


 勝手に部屋に入って、勝手に料理とかしちゃってるけど、いいよね?

 高校から帰ってきて、エプロンとか必要なものを持ってきた。

 そして今日必要な食材だけ買って、晴彦さんの部屋で晩ご飯の用意をしてる。

 ボクにとっても勝手知ったるキッチンだけど、今のボクにはちょっと新鮮で、なんでか昨日も少しまごついちゃった。

 とはいえ料理を作ることには慣れてるから、見慣れないような気がするキッチンだけど、違和感もなくなってきた。

 晴彦さんの嗜好とか、どんなものを食べたくなりそうかとか、ボクならわかる。

 献立は、大丈夫なハズ。

 ……美味しいって、言ってほしいな。


 チラチラと、時計を見てみる。


 足を骨折してない時も晴彦は6時とかには会社を出てたから、7時過ぎには帰ってこれてた。骨折の分だけ遅くなるのを考えても、7時半とか8時前くらいには帰ってくると思うから、それに合わせて炊飯器をセットした。

 たぶん、カンペキ。


 ~~♪


 あ、ご飯が炊けた。


 ――ガチャ。


 晴彦さんも、帰ってきた。


 パタパタ。


「本当に、来たんだ。」

「そうですよー。晴彦さん。おかえりなさい。」


 言いながら、晴彦さんのカバンを受け取る。

 そして言ってみたかったことを、続ける。


「ご飯にする? お風呂にする? それとも……私に、、、する?」






~to be continued~