エロ率分析 (α)

〜分析結果サンプル〜


 これは、進化する。進化する、余地がある。

 こんなものは、違う。完全な人類ではない。

 完全な人類として、不適だ。失敗作だ。

 なあ、そうだろう。

 だから――

 ――『最終ハイブリッド計画/No.01』報告書提出時の履歴より抜粋



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 ――車椅子を押す。

 病院のにおいはやはり嫌なようで、外に出た瞬間、キャリコは途端に機嫌が良くなった。

 5月も末――今日は少し涼しいが、陽光は暖かだ。

 病院の庭先と言える庭園。数人の入院患者の姿がある場所を抜けながら、会話する。


「いい天気ですにゃあ、アランさま?」

「ああ、そうだな」

「このお庭も、きゃり子は結構好きですにゃー。草とか、樹とか、花とか……」

「俺も嫌いではない」

「ちょっと日光浴でも、していきたい気分ににゃりますにゃー」

「気持ちは分かる――」


 ――そこで言葉を切ろうとして、はた、と気付く。

 キャリコは、多少願望を口にするようになった。


「……すこし、休んでいくか?」


 キャリコは、にゃ! と頷いた。

 そう長くもない経験から考えるに、こうして提案しなければ、うにうに唸られた後で願望を直接口にされ、俺が心苦しい思いをすると同時に、満足するまで猫扱いさせられるパターンだった。

 設置されたベンチに向かって車椅子を押し、未だ動かぬ脚と背中を支えて持ち上げ、ベンチに座らせる。


「ありがとうございますですにゃ、アランさま❤」


 座らせたキャリコは、腕を引っ張ってくる。

 逆らわず隣に座ると、キャリコは、アランさまぁ、などと言いながら、ごろごろと喉を鳴らした。

 頬は緩み、癖毛をこすりつけるように、俺に頬擦りをしている。

 とても嬉しそうな顔だった。

 キャリコの望みは、ささやかな望みだ。

 たまに、もっとえっちな下着が欲しいなどと言い出すのが困りものだが。

 それでも、言うことを聞くことで、満足感が得られる。

 そして、それ以外の――つい最近ラベリングした、あたたかいものも。

 頭を撫でてやり、よく晴れた空を見上げる。

 ……ふと、三重複合学園で受けた、最後の言葉を思い出す。

 幾人もいた、白衣の男の一人。

 やつれた、穏やかな狂気を持った男。


『……君はやさしい子だ。完全な人類としては不適だ。故に君は失敗作だ。だけどね――』


 ……そこから先は、思い出せない。

 だが、前半分でも、何を馬鹿な。と思う。

 俺は所詮、失敗作だ。意欲作ではあるかもしれないが、流用品である。

 人間としてすらも完成していない。

 だが、しかし。


「キャリコ」

「ん、にゃ?」

「今日は何を食べたい」


 彼女には優しくあれればいいと、思った。




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 ……あらァ。と、彼は声を上げた。

 彼の座高は高い。そもそもの身長が、2メートルを超えているためだ。

 着用する入院着も、人型用のそれとしては最大級だろう――それでも鍛え上げた胸筋の大部分が露出してしまっている。

 大男、だった。


「どした? ビゲスト」

「……ンー。なんでもないわよォ。……それよりアンタ、アンタはこう、馬鹿なのねェ。それもすごいおバカ」

「あ゛ァ?」

「100人が100人だって言うわよォ。コレ、ホントすごい細工じゃないのォ」


 大男の太い手指には、銀色の細工が乗っている。

 真銀、あるいは精霊銀――ミスリル、と呼ばれる金属の細工だ。

 通常の銀であればすぐに歪んでしまうような細工でも、ミスリルであれば強度を高めることができる。

 その分加工には極めて高い力量が必要とされるが、大男が見下ろす男は、その条件をクリアしている。


「アタシにはアンタの30年後がどんな大職人になるかが見えるわァ……アタシもイヤリングの二つや三つ作ってほしいくらいよォ。キレイじゃないの、これェ」

「……手慰みだよ。っつか、人から注文とかもう嫌だ。こっち来たばっかの時に、えらく注文激しいやつに当たってよォ。それも二度だぜ……細工で魔力枯渇とか初めてだったぞ畜生が」


 対面する男たちに、近づく足音があった。

 ややくたびれたスーツを着た、角の生えた男だった。

 腰には、短いロッドを吊っており、両手には缶コーヒーがいくらか挟まれている。


「うるせーぞスカタンども……あーあ、くそ……テメェらさっさと退院して護衛しやがれ。コバエがうるせえんだよ最近」

「流石復元魔術貰ったお方は違うわァ」

「俺達にはくれねえのにな」

「ほぼ即死だったんだぞ俺は。俺の分だけで動かせる金尽きたわスカタン。……まあ、おかげでサツに首根っこ掴まれちまったが」


 角を生やした男が溜息を吐いて、コーヒーを二人に投げた。

 どかりと芝生に腰を下ろし、プルタブを開く。


「落ちた時点で生きてたのはピトフーイのおかげだが、どこ行ったんだかだしよぉ……マジでさっさと身体治せテメェら」

「アタシたち2人とも真っ二つにならなかったのが不思議なレベルだったからァ。もう少しだけ頑張ってェ?」

「分かってるよ、ったく……」


 角を生やした男は、懐から黒い箱を取り出し、指先に乗せて回しだした。


「……結局こいつも開かなかったしな。今回はマジで回り道したぜ」

「ま、いいんじゃないのォ?」


 ンフ、と、大男は笑った。

 角の生えた青年も、へ、と笑った。

 一人だけが、むっつりと笑わなかった。

 大男は、ミスリルを手元で弄る男の肩に手を置き、笑顔を見せる。


「ねえ、金良? 手慰みなら、ちょっと指輪でも作ってもらえるかしらァ? こーのくらいの、大きさの?」

「あ? ……まあ、ミスリルつってもそのくれぇなら別にいいが。手持ちでいいなら、純度もそんな高くねえし」

「うん、それでいいわァ。それでいいのよォ。……まわり回って、どこかで誰かが幸せになったかもしれないんだから――ねェ?」





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 ――余談であるが。

 ある朝、カーテンを開くと、ベランダにハーピーがとまっていた。

 身長は高く、181センチ。翼を広げれば、5メートルにも到達しようか。

 極めて大柄――大型の、鷲系の、しかし色鮮やかな、ハーピーだった。


「あらん」


 彼女は、鋭い目で俺を睨み、口から瘴気を漏らしながら言った。


「つがいになって」


 …………なんと???