エロ率分析 (α)

〜分析結果サンプル〜


 全ての特徴を有してはいても、全ての長所を表せるわけではない。完全な人類として不適である。故に失敗作だ。

 ――『最終ハイブリッド計画/No.01』報告書より抜粋




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 数人の男たちが、音もなく進んでいた。

 毛足の長い絨毯に足音を吸わせながら、銃を構えながら、周辺を警戒しながら、小走りに。

 遠くから――外から爆音が聞こえている。


「…………」


 廊下の曲がり角で、先頭の男が手を上げ止まった。後続の男たちも、止まった。

 戦闘の男は、ジャケットから手鏡を取り出し、廊下の先を確認。

 ハンドサインを後続の男に送ろうと振り返り、そして硬直した。


「おいッ! ジジイこの先かッ!」


 ここにいてはいけない男が、後ろにいたからだ。

 無言無音で進んでいた男が、思わず声を荒げた。


「しゃッ……社長ッ!? こ、ここは任せてくだせぇッ!」

「テメェらが遅いからだスカタン! 退いてろ!」


 社長、と呼ばれたのは、金髪の青年だ。

 英国系と見える容姿である。金髪からは山羊じみた角が生えており、普通人ではないように見えた。

 右手には、1メートルほどの棒――魔術士たる証、ロッドを携えている。


「しゃっ、社長ゥ!?」


 引き留める声を無視して、青年は歩き、廊下を曲がる――瞬間、火線が走った。

 銃撃。魔術、あるいは投擲だ。

 それらすべては、青年へと投射され、しかしその直前で床に落ちる。

 掲げられた杖の先端が、黒光を放っている。


「《圧殺》ッ!」


 叫ぶような命名と同時、ばちゅっ、と音が廊下に響いた。

 青年は唾を吐き、高さ1センチのバリケードと、身長1センチの死体を踏み越えていく。

 ねじ切れたような分厚い扉を蹴り開け、そして、ベッドに視線を向けた。

 暗い室内――ベッドには、不健康に肉のついた男が横たわっている。


「よォう、ジジイ。クーデターしに来たぞ」


 男は、ぐ、と唸った。

 金色の目が、廊下からの光に照らされて光っている。

 男も同じく英国系の顔立ちであり、禿頭には、青年のそれとよく似た角が生えていた。


「……馬鹿なことを。10年も待てば、すべて、すべてが円満におまえのものになっていたというに……」

「今欲しいんだよ。ジジイになってから好き放題できても意味ねえんだ」


 青年は、ベッドに近づいていく。

 ロッドの先端に、黒光を灯らせながら。

 それ以上に昏い瞳で、言う。


「今からだ。今」


 男は、ふうう、と息を吐いた。

 諦めたような表情だった。

 天井を見上げながら、男は言う。


「……窓を開けてくれるか」

「あ?」

「これまで殺すことはあるまい」


 シーツの中から、ちりん、と音がした。

 青年の視線の先、男は、猫を引っ張り出す。

 音は、首輪についた鈴からのものだ。

 白、黒、茶色の毛並みを持った、三毛猫だ。

 向かって右の耳がへたれるように折れている。

 その尻尾は二筋あった――猫股、と呼ばれる、日本の猫だった。


「……チッ」


 青年は、杖持たぬ左手を壁に向け、黒い弾丸を撃ち放った。

 壁が音もなく黒弾に呑みこまれ、ぽっかりと穴が開く。

 みゃっ、と、猫が驚いたような鳴き声を上げた。


「……窓に攻勢結界張ってあんのは調べが付いてらぁ。オラ、逃がせよ、ジジイ」

「やれやれ……」


 男は、猫を腹の上に置き、一度撫でた。

 ふわり、と猫が浮く。

 男の手が押せば、猫は浮遊したまま、壁の穴から出て行く。

 それを見送った男は、また、天井を見上げた。


「……あとは、そうだな……ジェイコブと李正は殺しておけ。あれは儂の言うことしか聞かん。コロネルは後継者ができるまでは生かしておけ」

「……おう」


 青年は、ロッドをベッドに向ける。

 黒い光が、先端に集まっていく。


「じゃあな、ジジイ」

「さらば。そしてざまを見ろ、不詳の孫」

「地獄で隠居しやがれ。――《奈落》」


 ガオン、と音がした。

 ロッドから放たれた黒い光は、一瞬で、ベッド周辺を削り取った。

 床材を丸く削り取ったような跡だけが残っている――否、一つだけ、残ったものがある。

 黒檀の箱が、削り取られず、無傷のまま床に落ちて転がった。


「……さて、と……」


 青年はロッドを肩に乗せ、室内を見回した。

 後ろからついてきた男たちが、無線で報告を行っていた。

 戦闘音が、徐々に収まっていく。


「……当主の証は、これの中かね……」


 黒檀の箱を拾いながら、青年は呟く。

 《奈落》の一撃を受けておいて、傷一つない。

 無論のこと、鍵がかかっている。

 ハン、と青年は笑う。こうまで頑丈ならば、逆説的に、中に入っているのは当主の証だろう、と。


「……印璽の欠片。確かに頂いたぜ、ジジイ」


 へら、と笑いながら、青年は去っていく。

 その中身が空と知らぬままに。