エロ率分析 (α)

〜分析結果サンプル〜


 Hong-Kong!!!

 雑然とした街並みを往く多種多様にすぎる民族!

 笑っちまうくらいの人いきれ、英国から返還され、文字通り宙に浮いた天空街都!

 今や十二国志の第十三国! 分かたれた中華への窓口!

 Hong-Kong!!!






/






「ほんこーん……」


 ――の、路地裏で。

 うっかり俺は死にかけていた。

 なにが悪いって、たぶんドッペルゲンガーだと思うんだが、犯罪者が俺の姿を使って犯罪した。

 警察当局の方はびっくりするほど容赦がない。

 さんっざ絞られた結果、無関係(せいぜいすれ違った程度)と分かり釈放された……はいいんだが、尋問は半分くらい拷問だったし、留置所内で掘られかけるし、しかも財布の中身は半分くらい消えてるし(問い詰めたが無駄だった)、その残った半分も落としたか、すられたか。

 傷が残らんような拷問だったのが幸いか――まあそもそも俺に傷をつけるのはなまなかなことではないし、拷問受けた時点で幸いじゃないんだが。名目上はマッサージだもんなあアレ。

 『ヒャハハ――! 犯罪者は9割方不摂生だからこのツボがよく効くんだぜ――ッ!』とか、

 『おらッ、胃腸のツボはここだぜ――ッ! 香港の飯が美味いからって油もの食いまくったツケを払わせてやるぜ――ッ! 若さに感謝するんだなぁ~~っ!』とか、

 『ヒャハハハハハ! 野太い悲鳴が心地いいぜーっ! 次は鍼も使ってやるからなーっ!』とか。

 おかげで(食いすぎで)不調だった胃腸が健康ですげえ腹減ってるよ畜生。金もないのに。

 人生一番の腹の音は断末魔に近い。ぐえー。

 と。


「邪魔じゃい」


 蹴たぐられて、俺は宙に浮いた。

 悲鳴すらも上げられない――俺はぎゅんぎゅん横回転しながら、よく分泌されていた胃液を吐き回し(初めての表現だ)、途中で看板に引っかかって縦回転になって、後頭部から着地した。


「ぐ」


 と声が漏れる。

 気絶できないのはむしろ不幸だ。

 不幸極まりすぎじゃないだろうか。

 頑健な体を呪う。


「なにを路地裏で寝ておるか、カスが。とっとと去ね」


 げぼっ、と胃液を吐いて、なんとか身を起こす――と。

 そこには、天女がいた。

 路地裏出口の光を、後光が如く纏っている。

 透けるような銀髪、洋装の上に羽衣を纏い、切れ長の青い瞳をクッソ機嫌悪そうに細めている。

 年頃は、ハタチに行くかどうか、というあたり。女の艶めかしさと、少女の瑞々しさが同居している。

 俺を蹴り上げたのであろう長い脚――むっちりと肉のついた白い脚を降ろしている。

 そして、ぴん、と尖り、長く伸びた耳を持っている。

 ここまで来れば、相手が何者なのかは分かる。


「大陸……エルフ……!」


 ――仙人。

 そう呼ばれた存在が、そこにいる。

 彼女は足を降ろし、つかつかとヒールのある靴で近づいてくる。

 ぐい、と腰を曲げて――体やわらけえな――顔が近づいてくる。

 思わず息を飲むような美しさ。

 胸元の布が落ちて、サラシに包まれた、ぺたーん、とした胸と、肌が見えた。

 彼女は顎に手を当てて、怪訝そうな顔で、俺を見た。


「はー? なんで立てんのじゃこの程度で。カスもカスとはいえ仙人じゃろおぬし」


 人体を蹴り飛ばしておいてそりゃねえよ、常人なら死んでたぞマジで。

 ……そう。まあ、俺は、常人じゃあないのである。


「いや、年季がちと足りなすぎるか。つまりアレか――おぬし、天然ものか」


 そうだよ、と答えたかったが、その前に腹が鳴った。


「ははぁん、大立ち回りでもして力を使い切ったか? 妙に薄汚れておるしの。未熟者めが。カカカ」


 笑われて、顔が昇っていく――彼女は身を起こす。

 カッ、と、ヒールが路地裏に音を立てた。


「さっさと精気を補充せねば飢えて死ぬるぞ。せいぜい精進せよ」


 ――と、去っていこうとする彼女のくるぶしを、とっさに掴む。


「おっ?」


 そのまま彼女は、ずべしゃーっ、と、転んだ。

 顔面からだった。


「待て……待ってください……!」


 必死で俺は懇願する。


「アンタ、仙人かっ!? 俺を、あんたの弟子にしてください……!」

「いいから放さんかカスがぁ――!!!」


 スカートを抑え顔を真っ赤にした彼女にげしげし蹴られる。

 下着はふんどし系で、白かった。やったぜ。




/




 ――仙人とは、二種類の意味を持つ。

 上古の時代――歴史に記されぬ神代の時代。ヒトが生きられぬほどの濃度を持つ地球の大気を、神々はその権能を以て緩和した。

 まあ人が先か、神話でいうところの天地創生が先かは異説があるのだが。

 ともあれそんなこんなで、神によって導かれた原人たちであったわけだが。

 世界の方を変えるより、ヒトを作り直す方が楽なのは間違いないわけだ。

 そんなわけで、大気を緩和する前、神々は、当時の惑星に応える性質を持つ、ヒト以外のヒトを作り出したのだそうな。

 それがドワーフだったりホビットだったり竜人だったりなんだったりするのだが、中でもエルフは傑作だったらしい。

 作り出した神は自分のところで独占しようとしたらしいのだが、唯一の欠点――繁殖力のなさから、ある程度広めて全滅のリスクを減らした方がいい、という友の言葉にうなづき、二人の神友にエルフを株分けしたのだそうな。

 ブリテンのブリティッシュエルフ。

 アフリカのダークエルフ。

 そして大陸の仙人エルフ。

 無論のことはねっかえりはいるもので、世界中で、珍しくも見ることはできるのだが、ともあれ大きな部族はその三つだ。

 で。

 ブリテンエルフは1000年ほど前に世界の裏側に隠れ鎖国(元から外界と関わっていなかったらしいが)。

 ダークエルフは2000年ほど前にサハラの森ごと世界の裏側に隠れ鎖国。

 仙人エルフはどうしたかというと、約5000年前に、深山幽谷に個々人で引きこもる方針を立てた。

 どうせ不老長寿である――上古の時代のハイエルフともなれば、生きることをやめない限り死なないというのだから、なんともはや――個々人で引きこもっても何の問題もない。

 が、半ば異界ではあるが、物理的な接続を絶たれた異界ではない。歩いて到達できる場所ではあった。

 古代人は偶然見つけた彼ら彼女らを、仙人だ天女だ神だともてはやし、そして不老長寿であることを知ると、彼女たちの生活を真似し始めた。

 そうすることで自分たちも仙人になれるのだと考えたらしい。


「そんなんでおぬしらの言う仙人になれるわけないじゃろ、アホか」


 みたいなことを言ってはいたらしいのだが、そのうち本当に仙人になってしまう人間が出現。

 マジかーっ、となりつつも、修行をつけてやったり、現在でいうところの封神演義的なことをやったりしつつも、今日まで至る。

 だいぶズレたが、とにかく、仙人には二種類がいる――

 ひとつ、仙人と呼ばれるエルフ。

 ふたつ、仙人になった人間。

 ――で、ある。

 俺の場合は後者――の、卵。仙人となれる素質、仙人骨を持って生まれたらしく。

 家が火事になって両親は焼け死んだのに当時赤ん坊の俺は無傷で生き残るし鉄パイプで殴られても鉄パイプの方が曲がるし10円玉を重ねて指で挟めば破断する。

 15になっていよいよこれはおかしいぞと診断を受けた結果、仙骨が仙人の様相をとっていることが分かり――なけなしのバイト代を振り絞って、仙人になるかはともかく、せめて制御が可能になるよう修行するため、香港までやってきたのである。




/




「んぬぉおおおおおッ!?」

「ほらほら叫んで力が出るなら最初からそうせんかカスが! あと五周じゃぁ!」


 ――そんな身の上話を話すと、実にスパルタに鍛えてくれる師匠ができました。

 実際スパルタっていうか、スパァン! って言うか。今だってなんか変な動物に跨って、手にした鞭で俺を打とうと追いかけてくるのである。


「くそババァ――! いつかぜってぇ殺してやる――ッ!」


 あと五周。

 島の外周を全力疾走だ。

 距離にしてだいたい200キロである。

 左手側には空がある。

 ――香港。

 英国99年の借款が終了した1997年、返還されるべき国は最早なく。

 騒動の末に独立し、仙人たちの手により地上1000メートルに浮上した浮遊島。

 香港235の島々は、地上からコイルのように仮想風水路を結んでいるが、仙客の住まう島はそれとは別に浮いていることもある。

 大陸側から山谷ごと避難してきた仙人もいるためだ。

 山谷を合体され、あるいは周囲の海底も浮上させた香港領土は、1900年代の数倍にもなっている。

 この島は、235島に含まれぬ、独立し、そして鎖に繋がれた島だ。


「よう言うた! 後の禍は今潰してやろう誰がババァじゃ――っ!」


 鞭がツインになった。

 文字通り飛ぶように走っている俺だが、師匠の乗っている変な動物は文字通り飛んでいるので、色々話にならん。

 『振るうと伸びて敵の頭を潰す宝貝じゃ』とか言ってたが、


「頭潰すの好きすぎだろ宝貝! なんで二本あるんだよふざけんなぁあああああああ!!! なんで鞭で岩が砕けてんだよぉお! 死ぬだろォオオオオ!!!」

「カーカカカカ! 仙人の体は良い薬の材料となる、首から上は要らんぞーっ」

「クソババァ――!!!」


 ……まあ、そんなこんなで、そろそろ一年なのだった。




/




「なんで一年生きられたのか不思議でならねぇ」


 ごりり、と岩に指で穴を開けて、ひーふーみーの、これで365個の穴。

 強くなった自信はある。これまで振り回していただけの力を、まあ収束させてぶちこむ、くらいは可能になった。

 一年前の俺は、岩を砕けても、岩に穴を開けるなんて芸当は不可能だった。

 が、強くなればなるほど、あのババァの力を思い知るのである。

 ――銀精娘々。

 彼女はそう名乗った。

 ニューヨークの言語統一塔のおかげで、日本語発音でも通じるのは幸いだったが、名で呼ぶことはめったにない。

 ふー、と息を吐き、日課に入る。

 まずは薪割りである。


「別にやらんでも死なんのでなー、普段は面倒なのでやっておらんのじゃが、そういえば久々に風呂に入りたい」


 とか言って、この手のことを任されているわけだ。

 薪割り洗濯水くみ調理に掃除来客対応おつかい野獣退治食糧調達薬草採取秘書業務! たまにバイトさせられたかと思えば100%搾取されてお小遣い制!

 師匠の乗り物はいまだに姿が確定してねえのに世話させられるし、ついでとばかりに拷問、じゃねぇ修行! 死ぬわ!


「クソがーっ、いい尻しやがって! だらけてっからそうなるんだよクソがーっ! いいへそもしやがって――ッ!」


 大木を素手で解体し薪にしていく。

 最初は斧を使っていたがなんかもう素手の方が早い。

 この薪も一晩でなくなるし樹は減らねえしどうなってんだか、だが。

 おらっしゃー、と薪を積み上げ、次は水くみだ。

 香港は地上1000メートルに浮かぶ複合空中島だ。

 大気を操作しているために、雨もめったに降らないし風も基本的に緩和されている。

 その状態でどこから水が来ているのかはわからないが、まあその辺は物好きな仙人がいるのである。

 ともあれ水瓶を持って隣の島へ続く鎖を渡って(落ちたら? 死ぬ)、川の水をすくわせてもらい、三度ほど往復。

 ふー、と息を吐いて、鶏(※体高3メートル)から卵をゲット。

 昨日買ってきたパンもまだ残っているし、今日はそんな感じかねー、と思っていると。

 腹をポリポリかきながら、師匠が起きだしてきた。

 つっかけた上着は半分脱げているし、銀の長髪がぼっさぼさである。


「おはようございます。寝癖ついてますぜ」

「おー……」


 寝起きばっかりはカス虫呼ばわりもされない――そこまで脳が回転していないらしい。

 仙人などと呼ばれる彼女であるが、基本的にはぐーたらそのものである。

 だいたい空を見てぼーっとしてたり、目をつぶってぼーっとしてたり。ひどいときは川で半分流されながらぼーっとしていたり。

 昔の人から見れば瞑想の毎日なんだろうが……メシも食わずその気になれば睡眠要らず、不老長寿で美男美女、ヤバい宝物を持っており当人の力もとんでもない、ともなれば、そりゃあ天人とか仙人とか呼び習わすだろうが。

 ごうも……修行の時にはイキイキと俺をぶっ殺しに来るんで、そんな神秘的な雰囲気を感じたことはほとんどない。


「メシ食います?」

「んやー……あー。食う」


 別に食わなくても生きていられるが(それこそ霞を食って生きてるが)、俺を弟子にしてから、だいたい半々くらいの確率で朝飯を食うようになった。

 ちゃっと準備して卓に飯を置けば、師匠は座ったままくかーっと眠っていた。

 ……いや。寝顔だけは、マジで女神というか(MGM48今センター誰になってんのかなあ)。ヨダレを垂らしていようが、美人なものは美人なのである。


「おーい師匠ー、起きてくださいよー」


 ぺちぺち頬を叩くも、薄目を開けたと思ったら、また瞼が落ちる。

 エルフってのは、油断すると半年くらい寝たままらしいので、24時間の規則的な生活なんて望むべくもない人種のようだが(スローライフにもほどがある!)。

 はー、と深くため息を吐き、呟いた。


「……寝坊助ド貧乳ババァ」

「だァれがド貧乳じゃぁ!!!」

「起きてんじゃねぇかっつかノータイムで首獲りにくんなババァあああああ!!!」




/




 首の代わりに肋骨を折られたわけだが。

 ともあれ、ヒナのように口を開く師匠にパンを食べさせ、髪を梳いてやっているうちになんとか治ったので、掃除を行う。


「脱ぎっぱなしかよ師匠ぉー……」


 術を使えば衣も新しくできるはずなんだが、面倒らしく俺に洗わせている師匠である。

 最初はうっかりくんかくんかしてしまったが、わりと毎日脱ぎ捨ててあったらもう感慨も湧かん。

 16歳男子がそれでいいのか。ってなるところだが。

 ともあれ布団からシーツを剥いで、今日はよく晴れてるから外に干そう、洗濯もだなー、……などなど考えつつ、ざっと終わらせて、厩舎の方へ。

 黒い靄に包まれた師匠の乗騎――渦状馬が、ブヒヒヒヒ、と笑った。

 3重、多い時には5重くらいに聞こえる低くも高い声が今日も耳に障る。


『大変だねえ君。大丈夫かい君。今日もいじめられたそうだね君』

「まあなあ、大変だし、いつでも大丈夫じゃなくなりそうだし、明日もいじめられんだろうなあ」


 主にお前に乗るときとか大丈夫じゃなくなる。腰から下が溶かされかけたの忘れてねーぞ。


『何か見返してやろうとは思わないのかい』

「思って頑張ってんだろ」


 ブルヒヒヒヒヒヒ、と、怪物が笑った。


『全うだねぇ青春だね。僕には感謝していいんだよ、君が殺されないよう追っかけるの手加減しているんだからね』

「いやほんといつもありがとうございます。おら今日のニンジンだぞーぅ」


 担いできた直径1メートルくらいのニンジンを転がして、影の中に突っ込んだ。

 かろうじて馬に……四足獣に見えていた身体が解け崩れて、ニンジンを包み込む。

 ぐじょっぬちょっ、バギッ、バチバチッ、と音が聞こえてくるが、ほんとこいつなんなんだろう。触れば硬いときもあるんだが。


『ごちそうさま。お礼に今日は君のズボンは食べないよ』

「いやいつも食うなよ。オマエのせいで足りない小遣いがもっと足りなくなってんだから」

『作れば? 簡単だよ?』

「作る術を覚えたらな」


 ともあれ厩舎を出て、手を洗って布団を干して洗濯して(洗濯板は偉大。隠しておかんと師匠に割られるが)、そこでようやく一息だ。


「茶ぁー!」


 と、いいタイミングで聞こえてきたので、俺もお茶にすることにした。




/




「おぬしもそろそろ肉の方はいっぱしじゃのー」


 と。

 茶を飲む師匠が言った。

 椅子の上に胡坐をかいて、薄着で前かがみ――谷間くらい見えてもいい姿勢だが、まったいらなのでそんなもんはない。へそまで見えるほどである。サラシの白さが目に痛い。

 もむもむ饅頭を食いつつ、


「はぁ」


 と、頷いた。


「なんじゃぁ、気のない返事をしおって」

「いやぁ、いっぱしっつーわれても、師匠に腕相撲で勝てねぇでしょ、俺」

「そりゃあ、…………何歳だったかちっと失念したが、1000年くらい生きておるからのー。生きて16年、修行に1年の仙骨持ちに負けはせんわ」

「まあそりゃあ、簡単に抜けるとは思ってねぇですけど。いっぱしって言われてもねえ」

「カカカ。……まあ、そろそろぴかぴかのいちねんせい、は卒業じゃのー。1年は記録的ではあるぞぅ。記念に――無論最終的に、わしの弟子となったからには全てを体得させるが、まずは何をやりたいかくらいは聞いてやろう」

「アンタに復讐する術とか?」


 軽く鼻骨を折られたのでまじめに考える。


「……そりゃあ、肉体制御のために弟子入りしたんだから、そっちやりたいですけど」

「なに、実験体? 原材料? よーしよーし」

「耳遠くなったかババァ」


 今度の肋骨パンチは止めたぜ。


「ぬ。……やはり素材自体は悪くないのー。死んだらキョンシーにしてやるからの、なるべくきれいに死ぬのだぞう?」

「死なねえよ」


 鼻骨の位置を指で調節しつつ(クソ痛いがだいぶ慣れた)、口の中に入ってきた血を茶で洗い流す。


「まあ仙術の一つや二つはそろそろ教えてやっても良いかとな。中々便利な小間使いじゃし。それに、総督府の小僧どもも煩くてかなわん。媚びへつらってわしらを利用しようとするばかりじゃし、おぬしを鍛えて代理にしてやればわしはぐーたらできるでな」


 まあ今はまだまだカスじゃが。などと言葉が続くわけだが。


「……まあ、制御できるよう修行もつけてくれるってんなら是非はねぇけどさ。師匠」

「欲のないやつじゃのー。ぼうちゅうじゅちゅ! くらい言ってみんか」

「言えてねえよババァ様。……房中術ってーとアレだろ? エロいやつ。……マジで?」

「おうおう、本気よ。まあ、1000年くらい後にのー」

性欲枯れ果てるわババァ! あっビームはやめろ! 服に穴が開くだろ!」

「ビームなどと呼ぶでない、百歩神拳ぞ。二歩か。二歩神拳」


 はー、と、師匠はため息を吐く。


「つーか、おぬし、なんじゃ、やーっぱりわしを抱きたいわけか? 乳尻見てるのは分かっとったが」


 ほーれほれ。と襟元をぱたぱたさせてくるが、俺が見てるのは乳じゃなくて主に尻だ。そのクソ残念な乳は哀れなのでしまっておいてほしい。

 ともあれ、尻を見ていることに関しては、完全に見破られているらしい。

 観念して、頷いた。


「まあ、はい。師匠美人だし」


 黙ってれば。とか、いいケツだし。とか、乳はないけど。とか言うと、今度こそ首を折られそうなので黙っておく。

 実際、クソほど不細工な表情してても美人なのである。

 一目惚れしなかったのは奇跡に近いといまだに感じる――最初に蹴られてなかったら一目惚れしてたかもしれん。

 ぴくぴくと師匠の頬が笑みにゆがむ。

 長生きなわりに会話経験が足りないのか、おだてに弱いのがウチの師匠だ。


「まー、なんじゃなー。おぬし16であるものなあ。美人師匠と一つ屋根で興奮しておるか?」

「一つ屋根じゃねーよ別棟だし最初犬小屋だったろババァ犯すぞ」

「素直なやつじゃのー」


 あきれたように、師匠は言う。

 言いながらビームが飛んできたので避けた。


「ちなみに渦状馬もじゃぞ? 一応」

「俺アレに欲情できるほど変態じゃないんでぇえええいいいい連射やめろババァ――!!!」

「さよけ」


 と、師匠は茶を飲み切った。

 百歩神拳とやらも同時にやむ。師匠は、んー、と首をひねり、問うてきた。


「とりあえず午後はなんじゃったか、なんかあったじゃろ」

「張さんトコとジェームズさんトコに薬の納品が」

「あー、おー。あったのー……となれば、ほれ」


 と、師匠は櫛を渡してくる。

 結え。ということなので、いい加減慣れた作業を行う。

 サラサラの銀髪だ。

 あまり詳しく聞いたことはないが、大陸エルフで銀髪というのは珍しい――師匠は、ブリテンエルフのように見える。

 何か事情があるのだろうなとは思う。

 ともあれ梳り、ポニーテールにしてやる。


「できましたよ、師匠」

「ご苦労。――っと」


 いつ変わったのかわからないが、師匠の衣装が変わっていた。

 先ほどまでは雑なズボンとシャツにつっかけ上着、かかとを潰したカンフーシューズだったくせに、立ち上がった彼女は剣を佩いたドレス姿になっている。

 ヒールの高い靴を履かれると、せっかく追い抜いた身長が、ほぼ同じ目線になる。


「よし行くぞぅー、昼飯も街で食えばよかろ」


 ざっ、と彼女は歩き出す。

 俺着替えてねぇんだけど――と思いつつ、しかたなくジャケットだけを持って付いていく。

 ヒールを履いたためいつもよりきゅっと上がった尻のシルエットが強い。

 後ろから追いかけつつ、じっくり拝ませてもらうことにした。




/




 で、半日後。

 俺は留置所にいた。


「ヒャハハー! 覚えてるぜ小僧ォ――! 俺の鍼が忘れられなかったみたいだなぁ~~ッ! だがどうやら内臓よりも筋肉のようだなぁ~~ッ、まずは指圧で凝り固まった筋肉と関節をほぐしてやるぜぇ――ッ!」

「クソがッ、ぐっ、ぐわぁあああああ――ッ! がぁあああああああ!!!」

「あぁン? なんだぁ~っ? ……ヒャハハ、なるほどなぁ、健康生活しているようで感心だがよぉーッ! しっかり体を休めねぇから若いくせにこうなるんだぜぇ――ッ! ギャハハハハ――ッ!!!」

「やめっ、やめろォーッ! がぁあああああ! 腰がーっ、腰が抜けるァ――ッ!?」

「骨がズレてんだよォ――! オラっ、力抜けッ!」

「ァアアアアアアアアアアアア――――ッ!?」




/




「……ええ、はい。食い逃げなんてしたくてしたわけじゃないんです。基本的に金の管理は師匠なので。師匠が財布持ってなかったら、俺ももってないんですよ。……俺は、皿洗いでもなんでもして許してもらおうって言ったんですよ。でもね、師匠は、そんなことやってられるかって俺の首根っこ掴んで。はい。強制的に共犯ですよ。しかも重いとか暴れるでないとか抜かして途中で落としていくし。結局あのババァどうなりました? ……はい、捕まってない。流石に足手まといがいない仙人を捕まえるのは無理ですか。そうですか。身元引受に来るよう連絡はしたけど、出ない。なるほど。……あと24時間くらいはいなくちゃですか。わかってます、規則ですよね。……食事代は立て替えておいてくださったんですか。ありがとうございます。いつか返しに来ますので……荷物の方は……はい、見なかった方向で。……あまり悪いことはしないようにって師匠に伝えておきます。……はい。ありがとうございます……」




/




 ――という、クソみたいな一日があって。

 帰ってみると、師匠がぐーすか眠っていた。

 近寄り、大量にあふれたヨダレを拭き取って(この量だと24時間くらい寝てたっぽい)、毛布をかけてやってから、家の裏に行って、


「いや違うだろ俺ェエエエエエ!!! 命を賭して抗議してやるって思ってただろ俺ェエエエエエ!!!」


 と、大木に頭突きを敢行する。

 ガゴンガゴンと一発ごとに粉砕されていくあたりマジで強くなったなーとは思う。多少痛いが。


「……はー。まったく……」


 ともあれ本日分の日課が全くできていない。

 師匠は帰ってきてソッコ寝ていたのか、水とかの量もひとまずは問題なさそうだが。


「……いやいや。待て待て。おおお……」


 ここできちんと日課を済ませようとするからナメられるのだ。

 俺とて怒るときはマジで怒るのだと思い知らせてやらねばなるまい。


「……よし、寝るッ!!!!!!」


 留置所でさんざん拷問を食らったおかげで体は軽いが、血流が変わったためか調子は悪い。

 一応留置所内で調整はしてきたつもりだが、このあたりまだまだ甘い。

 師匠のことなんぞ放っておいて、眠ってしまうことにした。




/




 ――気配で目が覚めた。

 ぱちり、と目を開けると、


「およっ」


 と、師匠がちょっと驚いた顔をしていた。

 まだ暗い――体内時計的に、日付が変わった頃合いか。

 むっくりと身を起こして、寝ぼけ眼をこする――夜と一体化する修行でもさせられるんだろうか。

 だが、それにしては恰好がおかしい。


「…………どうしたんです、師匠。そんなカッコで」


 暗い中、師匠は白く輝いているようにすら見えた。

 それもそのはず――彼女は、白い下着とサラシだけの姿だったのだ。

 雪の様に白い肌を惜しげもなくさらしている。


「んー、いや、なんじゃな。眠れ」

「ほわッ!?」


 ビュゴッ、と、耳元で音。

 反射的に――9割直感で回避したが、肩をかすめるように、師匠の脚があった。


「師匠、蹴りはやめっ……!」


 ゆっくりと脚が戻る。

 まるでリボルバーの撃鉄を起こすかのようだ。

 彼女は膝を胸に着けるまで足を引き寄せ、爪先で突くかのように喉をえぐりに来る。

 身を反らせば、喉があった空間を通り過ぎて、その背後――丸太の小屋のその壁が、爪先の形に音もなくへこんだ。


「ちょわっ、さ、流石に死ぬわァアア!」


 脚が伸びきった瞬間を狙い、師匠にタックルする。

 蹴り足をかいくぐり、軸足を刈るようなタックルだ――が、地面に杭打ち固定されたかのように、師匠は動かない。

 片足で、蹴りを放った直後で、細身で女だと言うのに!


「あっコラどこに顔を押し付けておるかっ!」

「倒れろよフツー押し倒されるだろここはよぉおおおおお!!!」

「えっ」

「えっじゃねーよ少しは市井と交われ引きこもりババァアアア!!!」


 ふんぎぎぎ、と歯を食いしばって押すが、ちーっとも動く様子がない。

 どこがどうなっているのか満遍なく謎だ。


「……あー、なんじゃ。そのな。わしも反省したのじゃ。してる間に寝たが」


 ぽんぽん、と頭を叩かれる。

 そのままぐぎぎぎぎぎと頭を握りつぶされそうになったので離れて悶絶した。


「一応とは言え弟子。まだまだ1年たらずとは言え、まあ、弟子のやりたいことをさせるのも師匠の務めよ」


 であるので、と、師匠は言う。


「まずはおぬしの魔羅がどの程度のモノであるか確かめに来たのじゃが。と言うわけで脱げい」

「とか言って脱がそうとしてんじゃねーよああああああコラ引っ張んなァアアア!」




/




 10分後。

 俺は鼻骨を指で固定しつつ、正座していた。

 師匠の部屋だ。

 俺の家? 師匠が暴れて吹っ飛んだぜ。さらばマイログハウス。


「勝てるわけなかろーにのー。最初から大人しくしておけば、痛い目も見るまいに。雉も鳴かずば撃たれまいであったか」


 全裸に剥かれた俺は、はひ、と頷くことしかできなかった。

 このペチャパイド貧乳大平原サラシ不要ノン脂肪母乳タンクゼロ垂れる心配だけはないぞ良かったなババァめ。


「しかしまあ、かわいいもんじゃのー。うりうり」


 つんつんと指先で突かれる。

 ぷにぷにと指先で揉まれる。

 かわいいとか言われてもこんな状況で勃起つかバカ。


「…………どした? タマっとったんじゃないのかのー?」

「こんな状況で勃起つかバカ師匠」

「それもそうであるのう」


 と、師匠は胸元を弄る。

 はらり、とほどけてぱらぱらと。キツく巻かれていたらしいサラシが、床に落ちて行く。

 お、おおお、と、思わず眼がそこに行くが。


「ここまでじゃ」


 と、最後の数巻が落ちる直前。師匠はそれを、腕で止めた。

 にまり。と笑われている。


乳首くらいは見えると期待したかのー? ほーれ、大きくなってきておるではないか」

「うっ……」

勃起させたなら、少しは見せてやってもよいのじゃがのう?」


 再度突かれる――くすくすと笑っている。

 性格の悪いばばぁだ。

 怜悧なまでの美貌にそんな表情を浮かべても美人なのだから、ホントエルフってやつぁ。


「なにか手伝ってほしいかのー? 手とか、脚でもよいぞ?」


 ……ふと気づく。

 普段はサラシで本当に無になっているわけだが、かすかに膨らんでいるのが分かる。

 するりと落ちて行くくびれのラインに、むやみにデカいケツ――そこまで視線が落ちる。

 白い褌系の下着が、身の割にかなり太い太ももの間にある。

 その面積は、ひどく頼りない。

 後ろから見れば、ケツの9割が見えるだろう。

 前から見てもそうなのだ――腰回りが豊かに発達しているせいで、相対的に小さく見えてしまっている。

 薄い肉付きのくせに、尻まわりだけデブっているのだ。このばばぁは。

 ……イライラムラムラとしてきた。

 毎度毎度ケツ振って歩きやがって。

 当人は枯れてるのかもしれねぇが、下着とか脱ぎ捨てたままだし、ぐーたらでたまに半ケツで寝てやがるし。何回ケツビンタで起こそうと思ったと思ってやがるのか。

 そりゃまあエルフから見れば人間のガキなんぞ赤ん坊未満だろうが、それにしたってひでぇ。

 座ればケツ肉を余らせるし、そのくせ腰はギュっと細いし。

 川で瞑想した後、乳首透けてたこともあったし。

 枯れすぎだろ。じゃなきゃ誘ってんのか。

 苛立ちと性欲とが入り混じって、胸がムカムカしてきた。

 ――師匠が、お、と声を出した。


「なんじゃ、流石若いのー……❤」


 ぺろり。と、師匠は唇を舐め、俺のちんぽに視線を合わせ、


「……………………で、デカくないか……の?」


 と。

 うっかりガチ勃起した俺のちんぽを眺めて、そう言うのだった。